2025年12月16日火曜日

北から登る東河内の福田・本谷三角点

 


一宮町東河内の染河内川の南の山並みは何度か歩いていますが、今回は北から東へ歩きました。出発点は福田ですが、山に向かう道があり、扉があって林道が水平に西に延びています。これを歩いていくと下って行って、扉がありますが、これを出てしまうと意味がないので、フェンスの北から目の前の植林に入りました。ここから植林の尾根を登りました。かなり急斜面ですが林道なので作業道があり、ジグザグに登れました。この尾根はなかなか緩やかにならず、標高差250mほどを登りました。少し楽になると、溝のような道がありました。西の尾根に下っていっており、2010/12/12に降りた尾根です。これはしっかりと作られた道という感じでした。これを登っていくとやっと平らな所に出てきて、ちょっと西に行くと福田四等三角点(652.49m)がありました。ここまで1時間近くかかっています。


ここからは南に尾根を歩きました。2010/12/12の下山では迷った所もあったようですが、今回は気持ち良く迷わずに歩けました。緩い勾配が続きましたが、標高720m付近からまた山登りになりました。標高830mまで登り、南に行って東西の尾根に乗る付近で暁晴山が見えました。しかし東西の尾根は間伐材が転がっていて歩きにくくなりました。780m-の鞍部では南側に林道がありました。東に登ると、登ったところにネットがありました。2009/07/18にこの尾根を歩いていますが、その時にはなかったものです。尾根を歩くにはネットの北側の自然林を歩く必要があります。ネットの中は藪っぽいのですが、しばらく歩くとネットの南側に林道がありました。そのままネット沿いに南東に降りるとネットが終わり、林道がターンして東西に延びていました。地形図の破線道だろうと思います。林道は使わずに東に自然林の斜面を登っていき、本谷四等三角点(825.51m)に着きました(写真)。


尾根は南東向きになり、地形図では南側に実線道がありますが、この付近の林道は草の生えた古いものです。南斜面は植林ですが尾根上は藪になりました。藪を避けるために少し南に降りて植林を歩きましたが、南側は下に林道と岡城川がすぐそこです。この付近は2023/09/18に北から登ってきたところですが、林道があるとは言え、北へ下山するには向いているとは思えません。そのまま東に歩くと、藪が減って植林になり、やや歩きやすくなりました。そして735mピークの手前の切通しから地形図の実線道を北東に歩きました。この林道は2013/08/17に反対方向に歩きましたが、古くて荒れており、倒木もあり崩落も進んでいます。どこが道かわからなくなる所もありましたが、終点まで歩きました。ここからは杣道がありました。2013/08/17の逆コースです。両側の斜面がどんどん急になるのが気になりましたが、とにかく行けるところまで行ってみました。2013/08/17に登ってきた場所なのですが、登るのも大変だったようですが、降りるのはあまりにも危険でした。ちょうど北向きに植林の作業道があったので、これで斜面を横切って北に歩きました。この作業道は流されてはいませんが、急斜面に作られているため下手をすると滑落して谷に落ちそうでした。作業道は水平ですが、そのうちに谷も同じ高さになりました。ここで渓流を二回渡って東側の植林を歩きました。その後も二回谷を渡って、染河内川の赤い橋を渡って県道8号線に出ました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「長谷」です。



2025年12月12日金曜日

丹波市山南町の大部谷・下滝三角点

 


丹波市山南町の下滝と上滝の間の北の山にある大部谷三角点は、2016/11/26と2016/12/03に行っています。特に今回のコースは2016/11/26の逆コースに近いものです。今回は上滝から登りました。道路から山に入れる道を探しましたが、最初の道は墓所へ行くだけで、その上には頑丈なフェンスがあるので失敗、結局その北の、2016/11/26に降りてきた谷の扉から植林に入りました。北側の尾根に上がり、まっすぐ登って主尾根に上がりました。北に向かって歩きましたが、植林で気持ちの良い尾根です。ちょっと曲がってから斜面を登ると2つ目のピークにある下滝四等三角点(273.01m)に着きました。その先も少し曲がりくねった尾根を歩き、ちょっと急坂を登ると東側が伐採されて見晴らしの良い場所に出ました(写真)。ここからも植林で、たまにアシビが生えている程度で藪はありません。植林の尾根を西に曲がって、ここも2つ目のピークにある金属プレートの大部谷四等三角点(464.75m)に着きました。だいたい尾根の上まで植林してある山なのですが、三角点の周囲だけはアシビが生えた切り開きでした。


下山は2016/11/26に登ってきた急斜面を降りました。落ち葉が滑るのが危ないのですが、掴まれる木がそこそこあるので助かりました。降りきってしまえばまた植林です。まっすぐ南に降りたのですが、地形図で急斜面のところは確かに急斜面ですし、うっかり歩いていると間違えそうなところがたくさんありました。小ピークを2つ越すと植林の斜面になりました。水平な林道があり、その下には江戸末期から明治の墓石が4基ありました。このあたりで道を探せばよかったのですが、さらにまっすぐ降りると人家の裏手に出てしまいました。結局急斜面をトラバースして東の植林に入り、谷のところから降りました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「柏原」です。



2025年12月10日水曜日

閏賀から登る河原山三角点

 


閏賀から河原山三角点には、2025/06/02に黒尾山への途中で通っています。そのときは峠まで林道で登ったのですが、今回は峠には行かず、599mピークに直接登ってみました。閏賀の学校給食センターの近くから林道を登っていくと、いくつも北に林道の分岐がありますが、最後の分岐は地形図にもある、大きなヘアピンターンの場所で、その先には分岐はありません。そこで、ここから北向きの林道に入りました。この林道はほぼ水平ですが、最初にまず登っていく分岐がありました。これを過ぎると少し下りになり、分岐があったので登り気味の方に行くと、終点になってしまいました。先に踏み跡があるのでこれを登り、尾根っぽいところをよじ登っていくと、上に林道の終点がありました。この林道は南から来ていたので、しばらく歩いていくと、ターンして降りて行っていました。おそらく分岐後最初に見た道に繋がっているのでしょう。


林道がターンしているところは幅広い尾根なので、最初は少し藪を横切って登り、それから下草のない林の中の急斜面を登り始めました。障害物はないのですが、落ち葉で滑りやすく、まっすぐには登れません。それでもジグザグに登れば、特に苦労はありません。この尾根の中央には古いネットがあります。標高500m付近まで来ると、笹が増えてきました。そして標高差250mを登り切ると、599mピークに着きました。木立を通して向かい側の山並みが見えます。ここからしばらくは歩きやすい尾根を登っていきました。2025/06/02に峠から登ってきた付近からは藪っぽくなりましたが、それを抜けると河原山四等三角点(798.25m)に着きました。(写真)


河原山三角点からはいつものように西に尾根を歩きました。標高850m付近まで来ると尾根上は藪になり、もっぱら西側にある踏み跡を歩きました。ここはいつも苦労しています。我慢ガマンで「五」の標石のある893mピークに着きました。ここからは2011/11/27に歩いた長い尾根を下りました。なだらかで歩きやすいのですが、とにかく長い尾根です。標高630m付近からはしばらく倒木があり、東側に迂回して降りました。そして576mピークでは、なんとなく歩いていたら東向きの尾根を降りていました。2011/11/27にはここはまっすぐ北に降りたのですが、そちらはあまり歩きやすくなかったようです。東向きの尾根は急勾配ですが適度に掴まれるような灌木が生えています。藪はないのですが、問題は落ち葉で、ザクザクと落ち葉を踏んで降りるとすぐに滑ってしまいます。広い尾根の中央には少し窪んだところがあって、これが道らしいのですが、掴まるものもなく落ち葉で滑るので、ここは降りられません。灌木に掴まりながらジグザグに急斜面を降りました。これが標高差200m近く続いたので、とても疲れました。最後は笹原が少しあって、そこを降りると植林になりました。植林の中に林道があり、さらに植林を降りると地形図の実線道に出ました。すぐに道に降りられたという点では、この下山は正解でした。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「安積」です。



2025年12月7日日曜日

オートキャンプ場から奥海越経由で日名倉山

 


日名倉山には何度か登っていますが、2019/09/25には”おねみ滝谷オートキャンプ村”から登っています。このときはキャンプ場からいきなり北に登り始めたのですが、今回は滝谷川沿いの林道で奥海越まで行き、そこから日名倉山に登ることにしました。おねみ滝谷オートキャンプ村は今年3月末で閉まったようなのですが、いずれにしてもこの季節には人はいません。キャンプ場は谷の入口だけで終わり、少し谷を歩いた先にあるのは奥海水源地という水道施設です。林道は滝谷川を渡り、登っていくと滝谷堰堤があります。通常砂防工事となっていますが、落差の大きい堰堤で、しっかりと水が蓄えられていました。この先も未舗装ですが整備された林道が続きます。南にも北にも、ときどき斜面を斜めに上がっていく林道がありました。滝谷川を渡って南側を進みましたが、その先にもうひとつ橋がありました。ここは送電線が滝谷川を横断する地点で、赤い「火の用心」が川の両側にあります。橋があるので渡って歩くと、ミツマタの藪になってしまいました。これは北に向かう谷だと気付いて、戻って橋を渡らずにさらに滝谷川を遡りました。川の北に渡り、また南に戻って少しターンして進むと道が二手に分かれており、南に行く道は797mピークの方に行くのだろうと思って北側の谷沿いの道を進むと、道がなくなりました。おそらく土砂崩れで埋まったのだと思いますが、踏み跡があるので斜面を登っていくと、その踏み跡も怪しくなり、倒木に掴まって斜面をよじ登ると、上に林道がありました。未確認ですが、分岐で南側に行くべきだったのだと思います。見た感じでは、この付近の林道は谷沿いの旧道(地形図の破線道)が荒れたために、比較的最近に作られたようでした。奥海越へ向かって登っていくと、いくつか北方向に分岐がありますが、まっすぐに歩いて行くと終点に着いてしまいました。少し戻って周囲を見渡すと道標が見えたので植林を抜けて行くと、そこが奥海越の日名倉山登山口でした。林道は繋がっているのかいないのか、よくわかりません。


奥海越から日名倉山までは整備された登山道で、最初と最後がやや急ですが、道があるので木に掴まる必要はありません。自然林は葉が落ちていましたが、きれいでした。ちょっとアセビの藪もありますが、柿の木があって実がたくさん付いていました。この付近の熊は食べ物に困っていないのでしょう。今年は兵庫県はどんぐりが豊作だそうです。実のついた柿の木もありました。日名倉山の山頂には祠と宍粟50名山と、雛倉山一等三角点(1047.09m)があります。北方面の展望は素晴らしく、後山から駒ノ尾山がきれいです。三室山も見えます。山頂近くに南側の展望の案内図があって「瀬戸内海を見渡せるほどの展望」とありますが、植林が伸びすぎて見えません。


下山は南斜面を降りることにしました。この付近は航空写真で見ると林道がたくさんあります。植林なら降りられると判断して、まずベルピール公園に向かって降りました。公園の鐘楼が見えてきたあたりで広い伐採地の上を南に横切りました(写真)。地形図にある破線道です。伐採地の端まで来ると道は終わりですが、すぐ先に林道がありました。東へ向かう林道です。そういえば奥海越から登って来る途中、山頂手前で南から林道が折り返していたので、これに繋がっているのかも知れません。しかし林道を頼りにしていると大回りになるので、少し歩いてから植林の斜面を降りました。この付近から標高差200mほどは尾根っぽいところを辿って植林を降りましたが、何回も林道に出会いました。都合良く林道が折り返しながら目指す方向に降りていく所もありましたが、基本的に林道には頼らずに降りました。標高750m付近の西の谷はネットで囲まれた伐採地でした。何度も林道を横切って降りていくと730m+ピークに出ました。ここにも林道がありましたが、植林を西に歩くと、ピークの南側を回って来た林道に出会いました。この林道は谷の西斜面を南に延びていたので、好都合と思って歩きましたが、すぐに終わってしまいました。ただ、仙道がその先にあったので歩いていくと、うまい具合に尾根に出てきました。この尾根は途中から自然林になって枝や倒木が邪魔でしたが、歩けないほどではなく、山崎智頭線四五鉄塔に着きました。この先は巡視路で降りられるかと思ったのですが、赤い「火の用心」の先は道がよくわからず、結局植林を降りました。急斜面になると、非常に急な林道に出ました。これを降りていくと最後はミツマタの藪になりましたが、それを避けて滝谷川沿いの林道に降りられました。林道から見上げるとミツマタの藪で、林道があるようには見えません。この付近には他にも林道の入口があり、ここへ出てくることも可能だったかもしれません。オートキャンプ場の入口には石の道標があって、滝谷川の方向は「ちくさ」になっているように読めました。奥海越は古い山越えの道だったのでしょう。


展望 ★★☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「千草」です。



2025年11月30日日曜日

音水渓谷から登る山品山

 


今月3回目の山品山ですが、今回は音水渓谷から登りました。前回2025/11/16に下山の時に遊歩道を見つけたので、それを利用してみようという計画です。音水から音水渓谷を遡っていき、途中で下山のときに降りてこられそうな場所を確認しました。そのまま歩き続け、道が音水川を渡るところにある東屋で休んでから、「音水103林班管理歩道」に入りました。これは林道ではなく歩道で、朽ちた木製の階段があります。ジグザグに斜面を登ると水平になって北に向かいました。整備された道で、倒木がありますが流された部分はありません。多少のアップダウンはありますが音水川に降りることはなく、500mほど歩くとフェンスに突き当たりました。この付近は地形図で見ても音水川の東側に平らな場所が広がっています。それなのに道路(音水林道)は西側の斜面を削って作られているのが不思議です。フェンスは平らな場所を囲んで作られているように見えますが、何を保護しているのかわかりませんでした。道が突き当たった所にはちゃんとした扉は無いのですが、フェンスはあちこち倒れているので問題ありません。


フェンスの中の木に山品山への道しるべがありました。矢印は当然山の方を向いていますが、道があるようには思えません。この場所は広い谷なので、それを登っていくことにしました。最初はあまり急斜面ではなく楽に登れたのですが、だんだんと急になってきました。足元は落ち葉と、その下の石ですが、土は崩れやすく、登りにくくなりました。木が生えておらず掴まるものがありません。倒木でも草でも、とにかく掴まれるものに掴まって、四つん這いになって登りました。左右に尾根がありますが、そちらに登って行く斜面も木がないので、しかたなく谷の中央を登りました。30分近く悪戦苦闘して、ようやく尾根に上がれました。地形図を見ると、もう少し北に行くと勾配が少し緩かったかも知れませんが、木の無い斜面を登るのは大変です。


この尾根は何度か歩いており、歩きやすく気持ちの良い尾根です。南に歩いて行って、山品三等三角点(945.76m)のある山品山の山頂に着きました。ここ2週間の間に新しい山名板が立てられていました(写真)。山頂から南に気持ちの良い尾根を歩き、930mピークまで行って西に降りました。こちらも藪はなく落ち葉の歩きやすい尾根ですが、徐々に急になっていきます。尾根上に岩があって、どちらかに避けて降りなければならない場所がありましたが、植林で落ち葉が少ないこともあり、なんとか降りられました。最後に道に降りる部分では、最初に確認していた降りられそうな場所を探しました。道の脇に落ちている「通話可能ポイント表示」(通話不可能なのですが)が目印となり、確認していた通りに降りられました。良い目印でした。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「音水湖」です。



2025年11月23日日曜日

県道8号線から登る飯森山

 


多可アルプスの飯森山は、最近では2024/12/07に東の多田から、2025/07/21に西の大畑から登りました。今回は2025/08/31に見かけた林道で南から登ってみました。まず県道8号線の新松か井の水公園の下の旧道から登り始め、「角シガ谷」から関係者以外立入禁止の林道に入りました。舗装された林道でススキやイバラが邪魔ですが問題なく歩けました。そのまま谷を上がって行くとどうなるか興味がありましたが、今回は途中で谷を東に渡って南に林道を歩きました。少しずつ下って行きます。地形図では途中から破線道があって尾根に上がれることになっていますが、この道は探しても見つかりません。しかしその先にまっすぐ南に行く林道の他に、東に登っていく林道がありました。ここにあった「災害に強い森づくり」の説明板の地図では、この林道は山の南側を進んで、2016/04/16に荒田神社から登ってきた尾根(424mピークと宮前奥山を繋ぐ尾根)には達しないで、分岐したまっすぐに南に行く林道と合流し、広域基幹林道三国・千ヶ峰線に繋がっているようでした。とりあえずはこの林道で登りましたが、2ターン曲がったところで鹿と出会い、鹿が尾根の方に逃げていったので、ここから尾根に上がりました。尾根は自然林ですが藪というほどではなく、踏み跡もありました。ネットもありますが邪魔ではありません。急斜面もありますが踏み跡に助けられました。最後は岩場があり、その上は藪で、その中に金属プレートの宮前奥山四等三角点(682.58m)がありました。


宮前奥山三角点の北東側は広く伐採されています。この付近は何度か通っており、ここから飯森山までは2016/04/16同じルート(そのころは伐採されていなかった)、2024/12/07の逆ルートです。ネット沿いに北に降りると林道に出て、そこからも標高差300mをネット沿いに登りました。岩が多いせいか意外と登りやすく、非常に急な場所ではネットに掴まりました。東側には広い伐採地が広がっており、植えられた木も少し育ってきたようでした。遠く杉原川沿いが望めます。最後はネットから離れ、少し岩のあるところを歩いて、飯森山の山頂に着きました。福畑山三等三角点(900.59m)があります。


飯森山からは2016/04/16と同様に多可の天空を歩きました。自然林は既に落葉していました。尾根上は植林が多く、900m+の飯森山南から南に折れてしばらく歩くと東側に展望のある場所がありました。他の場所では展望はほとんどありません。全体としては下りですが、たまに短い急斜面を登ったこともありました。奥山四等三角点(731.38m)では、うっかり西に行きそうになりましたが、全体にマーキングがしっかりした整備された道なので迷うこともなく気持ち良く歩けました。高坂トンネルの上を歩き、ちょっと登ってから少し東寄りになり、593mを過ぎて広い植林を歩き、藪になったと思ったら生野支線一五鉄塔がありました。この付近からは少し藪っぽくなりましたが、最後は植林を降りて高坂峠に出ました。ここまで多可の天空を1時間半ほど歩きましたが、快晴の連休中にもかかわらず誰にも会いませんでした。もったいないことです。


高坂峠からは旧道で降りました。途中の松か井の水の紅葉は終わっていました。ここにも誰もいません。舗装された旧道を歩いて県道8号線に戻りました。


展望 ★★☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「生野」です。



2025年11月18日火曜日

学習歩道で黒岩滝へ

 


峰山高原の下に位置する黒岩滝への道しるべが県道8号線にあります。ここから登っていこうと思って、道しるべから整備された未舗装林道を走っていくと、橋があって「この橋は自動車の重さには耐えません」と書いてありました。橋を渡ったところに広いスペースがあるのですが、橋の手前に車をとめました。すぐに道しるべがあって、「太田ダム」「峰山高原・黒岩の滝」に道が分かれます。黒岩の滝の方へ植林を歩くと、良い道があって、そのまま歩いていると谷に寄って行き、堰堤に出てきました。これは地形図の破線道とは違うので、破線道の方向に植林を登っていくと道があり、「学習歩道」「峰山高原へ」と道しるべがありました。これが目指す破線道だと思って歩きました。この道は荒れているとネットには書いてありましたが、荒れているとしても私の予想とはだいぶ違っていました。藪があるわけではなく、だいたいはわかりやすく、しっかり作られた道でした。石積で補強されているところあって、かつては重要な道だったと思われます。植林を抜けると土石流の跡のような場所もありましたが、大きな問題はありません。一箇所だけ道が流されていて倒木を避けながら急斜面をトラバースしました。途中にも「学習歩道」の道しるべがありました。


黒岩滝が近づくと谷が近づいてきて、低い滝もありました(写真)。その先でも大きな岩があって、左に谷に降りるか真っ直ぐ登り気味に行くか悩みましたが、まっすぐに歩きました。すると道は徐々に消えていき、急斜面をトラバースする必要がでてきました。下るのは危ないので足がかりを見つけて植林に登っていきました。苦労して先に進むと道しるべがあり「黒岩の滝」「林道」となっていました。登山道に出たと思って黒岩滝の方へ歩くと、ここで渓流を渡る必要がありました。大きな岩があってその上を歩けば渡れそうでしたが、水量が多く岩の間はどこも水が流れていました。岩の上も濡れており、落ち葉もあって安全に歩けるものではありません。向こうを見ると道が続いているらしいのが見て取れましたが、そこまで安全に行くルートが見つけられず、雨も降ってきたのでここで引き返すことにしました。


ここの道しるべの「林道」は植林の斜面の上を向いていたのですが、急斜面の植林には道はありません。しかし谷沿いの水平な道があり、ここまで登山道を見失っていたことに気が付きました。この道を戻ると、来る時に谷に降りるかどうか悩んだ大きな岩に出てきました。正解は左でも真っ直ぐでもなく、右だったのです。ここからは来た道を引き返しただけですが、行きで出会った道の流されているところには出会いませんでした。ここでも道を見失っていたようです。最後は最初に見た「学習歩道」の道しるべに戻ってきて、そのまま歩くと植林で道が不明瞭になりましたが、すぐに溝のような道があり、出発点に戻れました。最初に堰堤の方に行った分岐も確認できましたが、ここは右に行くべきだったのでした。


この登山道は荒れてはいませんが、濡れた岩を渡るのは水量の少ない時期にしたほうが良いと思いました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「長谷」です。



2025年11月16日日曜日

金山神社から登る山品山

 


なんども登っている音水湖西の山品山ですが、今回は南の波賀町音水にある金山神社から登りました。神社の裏手はいきなり植林の急斜面になっています。ここは2025/11/1の下山の時に検討して急斜面過ぎると思って避けたところなのですが、やめておいて正解でした。急斜面ですがジグザグに登る作業道がありました。これを登ると平坦地があってコンクリートの基礎がありました。付近には似たような遺構がありそうでしたが、この基礎だけでは何があったかはわかりません。ここからも急斜面が続き、作業道を探しながら登りましたが、ほぼ何もなく、木や根に掴まって登りました。2025/11/1の下山でも苦労したのは岩場でしたが、この尾根にも岩場がありました。落ち葉の斜面よりは岩の方が足場はしっかりしますが、木が生えていないと掴まるものがありません。両手両足と膝まで使って登りました。ひとしきり岩場を登っても、さらに岩場がありました。地形図で地下を水路が横切っている付近もまだまだ大変でしたが、その後は少し楽になりました。標高650m付近から上は地形図では平坦な尾根ですが、実際にはまずピークがあって、急斜面を降りると細尾根になり、その後にも急な下りがありました。その後で標高710m付近から登りですが、これはここまでの急斜面に比べるとだいぶ楽に感じました。尾根登りは続きますが、徐々に普通の山登りになりました。付近の黄葉もきれいで(写真)、930mピークに着きました。ここからは2025/11/1の逆コースで、山品三等三角点(945.76m)のある山品山の山頂に着きました。


下山はいろいろ検討しましたが、あまり北に行くと音水渓谷に降りた時に道路が音水川の対岸に行ってしまいます。そのため、山品山から少し北に行ったところから比較的ゆるやかな尾根を降りました。この尾根は自然林の斜面でしたが、木があれば掴まった程度で、意外と楽に降りられました。しかも最後は木の階段のある遊歩道に出て、音水林道まで楽に降りられました。降りたところは道路が川を西側に渡るところで、ここの看板によるとこの遊歩道は「音水103林班管理歩道」だそうですが、道の詳細は消えていて読み取れませんでした。ここには東屋がありました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「音水湖」です。



2025年11月8日土曜日

宇徳神社から登る鉄鈷山

 


鉄鈷山は2014/06/08に東床尾山から尾根伝いに歩いてきました。今回は東側の板生川沿いの宇徳神社から登ってみました。県道56号線で宇徳神社に行くと、神社の背後の山にはフェンスがありますが、うまく壊れているところが神社の右手にあって、ここから植林を登りました。急斜面ですが作業道があるので手を使わないでも登れました。ちょっと登ればあとは快適な尾根歩きとなります。京都府と兵庫県の県境まで標高差350m以上ありますが、緩やかな尾根なのでゆっくりと登りましたが、尾根まで50分ほどでした。途中は植林が多く、急斜面は神社の裏と尾根の手前だけでした。


県境の尾根に出ても登山は終わりではありません。北に歩くと内海三等三角点(736.38m)に向かって標高差100mを登ります。自然林が多く、690m+ピークは切り開かれており地籍図根三角点がありました。内海三角点の手前は尾根が曲がります。内海三角点からさらに北に歩き、674mピークを過ぎ、次の680m+ピーク付近から植林になりました。703mピークでは植林を東に曲がりましたが、広い尾根でちょっと迷いました。尾根は北に向かい、737mピークへ急坂を登りました。いちど下ると鉄鈷山へ向かって緩い登りとなりました。この付近は自然林が多いようでした。鉄鈷山の名前の由来は砂鉄が採れたからだそうで、山頂には山名のプレートがあります。


鉄鈷山からは北東に尾根を降りますが、ここから北側の紅葉がきれいでした。この付近の南側は伐採されています。そして西谷三等三角点(718.06m)に寄りましたが、この付近も紅葉していました。そして戻って東に尾根を降りていくと、この付近でも紅葉している木が多く楽しめました(写真)。この先でちょっとわかりにくい尾根を東に降りると林道がありました。これは県道から上がってきて、鉄鈷山の下まで行っているようですが、少し尾根沿いに行った後ですぐに曲がって降りていってしまったので、林道は歩かず尾根を歩き続けました。北に曲がってその北では尾根を東に曲がる必要があり、曲がって少し降りたところに峠ノ谷四等三角点(527.6m)がありました。地形図では県境と少し外れたところに描かれていますが、尾根の上です。ただし低い松に隠された金属プレートだったので、白い杭がなければ見つけにくかったでしょう。この先は天谷峠に向かって降りましたが、途中で北に展望がありました。間違えやすい支尾根がいくつかありましたが、植林を抜けると県道56号線が眼下に見えました。しっかり作られた法面で、まっすぐには降りられず、北の小さな谷に降りて、さらにその先でフェンスが切れたところまで来てやっと県道に降りられました。県道の東側少し上に側道があります。峠のお地蔵様はありませんが、「従是東丹波国福知山領」と掘られた石がありました。道路の最高点は峠よりも少し南にあります。あとは県道56号線を歩いて戻りましたが、みなさん飛ばしますねぇ。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「直見」です。



2025年11月1日土曜日

引原ダムから登る山品山

 


何度も登っている山品山ですが、今回は引原ダムから登ってみました。グーグルの地図を見ると、引原ダムの北東に「引原ダム展望公園」があります。ここを起点にしようと思って、引原ダムから東に歩くと、「すすむ世の ためとてあはれ ささなみの そこに消えぬる 引原の里」と書かれた引原ダム記念碑があります。これの道の反対側に急階段がありました。入口にはトラロープが掛かっていましたが、これを登らないと山品山に行けないので、とりあえず登ってみました。ベンチのある展望スペースがあり、音水湖が木々の間に見えました。登り始める前に少し少し公園を歩いてみましたが、ダム建設時の遺構が残っており、興味深いものでした。


展望公園の東側には削られた尾根があり、これを登りました。急斜面ですが太いロープがあって、登山道のようでした。ロープを使って登ると上には岩がありましたが、ここにもトラロープがあり、問題なく越えられました。岩の先の538m地点は歩きやすい尾根で、しばらくは南側にコンクリートの大きなブロックがいくつかあり(写真)、ダム建設時にはこの付近まで利用していたようです。尾根はしばらくは植林で、急斜面でも問題なく登れました。標高750mまで登ると平坦な自然林になり、アップダウンするようになりました。770m+ピークを越えて曲がりながら尾根を歩いていくとまた植林になりました。アセビが生えている所もありましたが邪魔というほどではなく、ほぼ植林が続き、最後は植林の急斜面を登って自然林になったと思ったら山品山の山頂でした。静かな切り開きに山品三等三角点(945.76m)があります。今年は例年よりも栗やどんぐりがたくさん落ちており、樹の実は豊作のようです。兵庫県ではあまり熊のニュースを聞かないのはそのせいでしょうか。


下山は南に尾根を歩きました。広くて気持ちの良い自然林の尾根です。まだ少し早いとはいえ、紅葉が見られました。ほぼ平坦で、940m+ピークから930mピークまで歩きました。ここから北西や南東の尾根で下山できそうでしたが、940m+に戻って、ここから東の尾根で下山を始めました。歩きやすい尾根が続き、817m地点を過ぎて、間違えないように尾根を辿って降りていき、標高720m付近まで来ると少し灌木が増えて、そのせいもあって少し西寄りに降りてしまい、斜面を横切って正しい尾根に戻りました。さらに標高620m付近では正しい方向に倒木があって下の尾根が見えず、少し迷いました。倒木を避けて降りると次は岩があって巻きながら降りました。地形図で見るよりは急斜面という印象でした。この後もまっすぐに尾根を降りました。最後は崩落防止の金属網があって邪魔でしたが、問題なく道路に降りられました。引原ダムまでの帰りは引原川沿いの道で下流公園へ行こうと思ったのですが、この道路は拡幅工事の真っ最中だったので、国道29号線で戻りました。


展望 ★★☆

藪山度 ★★☆

地形図は「音水湖」です。



2025年10月25日土曜日

八上城跡から野々垣三角点

 


2024/10/2に丹波篠山の高城山(八上城跡)に登ったときに、道なりに歩いていたら近道で下山してしまいました。今回はその時の最初のプラン通りに、野々垣三角点まで歩いてみました。出発点は野々垣一の谷コースの駐車場です。害獣避けの扉を開けて、谷沿いの道を登ります。よく整備された登山道です。堰堤がいくつかありますが、きれいな谷です。途中に番所と朝路池跡があります。この朝路池の付近は人工的な地形に見えました。ここから高城山への登りとなり、長い階段を登って山頂に着くと、八上城跡です。いくつかの平坦地があって、篠山市街を望めます。城としては絶好のロケーションだったでしょう。


山頂からは2024/10/26と同じように斜面を降りました。こちらも山城らしく段があり、その間は急斜面ですが踏み跡があって安全に降りられました。途中で道がありましたが、これをそのまま歩いていくと2024/10/26と同じコースになるので、「六七六」と木に赤く書かれている付近から道を外れて南に行きました。この付近は地形図では破線道が東西に走っており、それらしい踏み跡がありました。さらに南に歩いて、ここは2016/07/16と同じコースです。特筆することは何もありませんが、自然林で尾根には踏み跡があって楽に歩けました。348m地点から長い尾根歩きでした。500m+ピークの手前では西に巻いていく道と南に登っていく道が別れていました。500m+ピークは天狗岩と呼ばれるようです[1]。この付近は岩が多く、少し展望もあります。大岩から急斜面を降りて、ここからも長い尾根歩きでした。周囲は自然林です。490mピークを過ぎて、北に降りていくと倒木が増えます。その東の鞍部には地形図通りに道が尾根を横切っていましたが、倒木が多そうでした。その先は曲がりくねった尾根で、433mピークでは間違えて南に行きそうになりました。だんだんに道もはっきりしてきて、ここも特筆することは何もありませんが、軽快に歩けました。野々垣三等三角点(384.67m)の周囲は自然林の切り開きでした(写真)。ここまで高城山から歩いてきたコースは、八上城の籠城の時に修行僧が物資を運んだルートだということです[1]。三角点の周囲も段があって砦があったと言われたら納得しそうな地形でした。下山は北西に尾根を降りました。まっすぐに降りていくと植林になり、害獣避けのフェンスがありましたが、扉がありました。そのまま降りると人家に降りそうだったので、竹藪を少し南に降りて道路に出ました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「福住」です。



2025年10月20日月曜日

道の駅あさごから登る三本松三角点

 


朝来市の円山川東側、多々良木川南側の山に三本松三角点があります。行ったことがないので、小雨の中の軽い登山に登ってみました。車は「道の駅あさご」にとめて、南に歩いて登山道を探しました。地形図に道が描いてあるところは、多々良木配水池への道でした。手すりが続いていますが、階段はシダなどが生えてわかりにくくなっています。配水池の前には鍵のかかった扉があって入れません。少し戻って植林を登って配水池の上に出ましたが、なかなか立派な丸い配水池です。航空写真でも確認できます。


配水池からは370mピークまで標高差150mの尾根登りです。邪魔なものはなく、単調に登って370mピークに着きました。ここから東へは緩やかな尾根で、北側に展望もあります。北側斜面は伐採地が多いようでした。地形図で南から林道が来ているところには、確かに林道の終点がありました。草が生えていて、倒木もあって歩きにくそうな林道でした。この後も標高差150m程度の登りですが、520m+ピークを越えるところは岩があって意外と急斜面、そして最後の山頂に向けての登り坂は急でした。そして、三本松三等三角点(586.76m)に着きました。ちょっと切り開きがあるだけで、展望はありません。霧雨の中でした。(写真)


下山は北に尾根を降りました。すぐに共同アンテナの残骸がありました。歩きやすい尾根を降りていくと尾根が広くなった付近は伐採地で、多々良木川沿いが展望できました。ここで尾根が別れますが、東寄りの植林を降りました。植林だから降りやすいかと思ったら岩のある急斜面があり、植林で体を支え、灌木に掴まって降りました。そこを抜けると少し楽になり、尾根沿いにネットが張られていました。最後はまっすぐに降りると急斜面に出そうだったので(この予想は当たっていました)、尾根に切通しのある所から東に植林を降りました。切通しはあっても道はありません。木の少ない植林なのでどうにでも降りられそうでしたが、じっさいは急斜面で作業道の跡を探して降りました。下の林道の法面も高そうだったので谷沿いを探して、多々良木八幡社に降りてきました。あとは、「あさご芸術の森」の興味深いオブジェや「山の神」を鑑賞しつつ、道の駅に戻りました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「但馬新井」です。



2025年10月14日火曜日

松尾神社から登る丹波の黒頭峰と夏栗山

 


丹波篠山市と丹波市の境にある黒頭峰と夏栗山には、2018/9/28に瓶割峠から登っています。その後2021/06/05に南から黒頭峰に登りましたが、今回はちょっと北の高倉にある松尾神社から登りました。神社の背後は急斜面なので、少し手前から東の尾根に上がりました。ここも急斜面ですが、踏み跡らしきものがありました。尾根に上がるとちょっと藪っぽいのですが、北に少し行くとフェンスがあり、これの扉を抜けると植林になりました。実は高倉からは登山道がありそうなのですが、神社に行ったついでで近くの尾根を登ったのです。この尾根は歩きやすく、最初は自然林、それから植林になり、ゆっくりと登って2021/06/05に西の520m+から歩いてきた尾根に出ました。すんなりと尾根が繋がっていて最初は西に歩きましたが、気がついて東に戻りました。少し下って藪を抜けると高倉からの道と合流しました。あとは大山振興会の白い杭のある整備された道でした。黒頭峰に近づくと「テンプルコース高蔵寺へ」という東への道しるべが気になりましたが、おそらく谷に降りていくのだと思います。そちらには行かずに市境まで行き、黒頭峰に登りました。最初は非常に急勾配ですが、マーキングに従うとジグザグに登る踏み跡があって、意外と楽でした。急斜面が終わってからも長い登りです。山頂には黒頭山二等三角点(620.34m)があります。


三角点の東には道しるべがあり、北は佐仲峠、東は夏栗山、西は奥坪山(黒頭峰の西の554mピーク)とのことで、地形図にはない道が東にあります。これを降りると植林になり、南の谷は植林ですが、伐採されて2021年に黒頭峰がよく見えた付近は既に背の高い木が育っていました。2021年は夏栗山はスキップしましたが、今回は夏栗山も登りました。黒頭峰よりは少し楽でしたが、まっすぐの登りでした。標高600mの山頂には金属の展望台があって、南の方向が見えました(写真)。黒頭峰もですが栗の多い山で、夏栗山にも秋栗がたくさん落ちていましたが、小さくて人が食べるのは難しく、ほとんどは動物に食べられていました。


夏栗山からは登った斜面を降りて、2021/06/05と同じルートで歩きやすい尾根道を大ケ谷という方向に歩きました。途中から倒木も増えて道が崩落している場所もありましたが、問題なく歩けました。南向きの尾根も倒木はありますが道があります。地形図では途中で破線道が南東に降りていきますが、この付近は植林で道ははっきりしなかったと思います。そして、地形図で破線道が尾根を横切っている所には道がありました。その先は尾根にネットが現れて歩きにくそうだったので、ネットの手前に道があったのでそれを西側に降りました。この道はジグザグに降りていく道もあったのですが、それは降りないで斜面をトラバースする道を歩き、なだらかな支尾根を降りました。最後はフェンスがあったので西の竹藪の谷に降りると、フェンスに扉があって出られました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「宮田」です。



2025年10月11日土曜日

音水湖西岸の山品山(3回目)

 


音水湖の西の山にある山品山には、2014//10/11と2022/11/06に登っています。今回は別ルートですが、2014//10/11の逆ルートで登りました。音水湖北端のさざなみ公園から音水湖西岸の道を南に歩き、2022/11/06に遡っていった林道のある谷の南側斜面を登りました。2014//10/11には植林を降りてきて階段を見つけて道路に降りたようですが、今回は谷から尾根先を登りました。踏み跡があるのですが、少し登ると切られた枝がうず高く積まれており、苦労して乗り越えると林道がありました。帰りに見たところでは、この林道は谷の少し奥から上がって来ているようでした。周囲は伐採地で、2014//10/11に降りた植林は無くなっていました。林道はジグザグに伐採地を登っており、以前からある南側の伐採地の上の林道にも繋がっていました。登り続けると林道は606mピークの展望地まで行って終わっていました。ここの展望は変わっていませんが、大木は伐採されていました。(写真)


ここから本格的な登山です。山品山まで標高差300m以上あります。植林が多く、藪はないので歩きにくことはありません。地形図で見ると細い尾根も通りますが、そんなに尖った感じはしませんでした。急斜面はまず748mピークの手前にありました。これを登ってちょっと下り、また急斜面を登って820m+まで登りました。ここから楽な尾根歩きになりましたが、山品山の手前にまたちょっとした急斜面があり、やっと山品山に着きました。山品三等三角点(945.76m)があります。展望はありませんが、気持ちの良い切り開きです。


下山はまず北に気持ちの良い尾根を歩きました。そしてちょっとアセビが増えてきた付近から東寄りの尾根を降り、さらに南寄りの尾根を降りました。付近は植林なので方向を間違えなければ問題なく歩けます。ここから2022/11/06に登りに歩いた林道を目指して降りました。しかし標高780m付近まで降りてくると、眼下に林道が見えました。ちょっと尾根をそれて林道の終点に降りていき、あとは林道を歩きました。たくさん分岐がありましたが、降りるつもりだった尾根をジグザグに降りていく道があり、最後は南北両方に分岐していましたが、北に歩くと谷に出て、目的の林道に降りられました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「音水湖」です。



2025年10月5日日曜日

笠形トンネルから三郡山

 


何度か歩いている宍粟市と朝来市の市境の尾根ですが、今回は須留ヶ峰林道を利用してみました。国道429号線で笠形トンネルを宍粟市側から朝来市側に抜け、しばらく降りて行くと須留ヶ峰林道への入口があります。週休二日の工事中で、土曜日なので安心して少し林道を走り、林道が分岐する点まで行きました。ここで両方の林道が通行止めになっていたので、車を置いて、須留ヶ峰林道ではない方の林道を歩きました。この林道は南に向かい、笠形山方面へ行くのですが、途中に北に行く林道の分岐があります。これは曲がらず南に歩き、登りやすいところを探して、林道から尾根の先を西に登り始めました。


最初は緩やかな植林ですが徐々に急勾配になりました。しかし植林なので問題なく登れて、市境に出ました。植林の歩きやすい尾根です。ちょっと下ると2013/05/23や2015/08/01に来た笠形峠に出ました。お地蔵様があります。前にはなかったと思うのですが、北東からここまで林道が来ていました。斜面を北に登りましたが、ここから先は急斜面となり、植林とは言えまっすぐに登るのは難しく、作業道の名残を見つけて西寄りに登りました。しかしこの道も結局流されたようで消えてしまい、斜面を四つん這いになって登りました。土が柔らかく、滑り落ちそうでした。なんとか尾根に登って北にさらに登ると、朝来四等三角点(845.59m)がありました。奥組山というようです。ここでも東の下を見ると林道がありました。


朝来三角点には道しるべがあり、西の奥組の方向から尾根沿いに登山道があるようです。ここから北の三郡山までは登山道で、道しるべがあります。これでだいぶ楽になりましたが、まだ登りです。周囲は東側は植林で、しばらくは林道がありました。西側は自然林が多かったようです。栗の木の多い山ですが、ことごとく食べられていました。ウリ坊が元気よく走っていきました。936mピークを過ぎ、神子畑二等三角点(977.48m)に着きました。ここは黒原山です。この付近から尾根上も美しい植林が増えて(写真)、北に歩くと宍粟別選5名山の三郡山(950m)です。ここから尾根の西側は養父市となります。さらに北に細くなった尾根を歩き、金属プレートの間歩谷四等三角点(967.24m)に着きました。この先は尾根を東に曲がり、細尾根を歩いていくと、須留ヶ峰林道に降りられました。ここにはプレハブ小屋や簡易トイレがあり、工事の起点となっているようでした。


下山は須留ヶ峰林道(正式には森林基幹道須留ヶ峰線)を歩きました。考えてみると、降りてきた地点は2013/05/23に既に工事が終わっていました。幅員5mの舗装された林道ですが工事開始は20世紀で、法面を見ると非常にしっかりと作られており、なんとしてでも道を作ろうという、ガウディの教会のような強い意思を感じました。法面はほぼ降りられませんが、要所にはハシゴが設置されているので、これを利用すれば山歩きには便利だと思います。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「神子畑」です。



2025年9月23日火曜日

波賀町溝野から登る今市山

 


2025/09/07に今市から今市山に林道経由で登った時に、東の尾根でも登れそうだと思ったので、登ってみました。まず国道29号線から波賀町谷で引原川を渡り、川沿いに溝野に行きました。送電線の鉄塔が何本もまっすぐに並んでいるのが印象的です。舗装道路から溝野の西にある鉄塔への巡視路に入って、安積上野線二二鉄塔に行きました。ここから今市山までは標高差450mの尾根登りです。なるべく植林を歩きましたが、藪はないので自然林も歩けました。急な尾根ですが、木に掴まらないと登れないような箇所はありません。それでもずっと登りですから時々休みました。標高500m付近から岩が増えますが、道があるようで上手に登れました。そして植林に入ると主尾根に出て、今市四等三角点(712.22m)のある今市山に着きました。


山頂からは2025/09/07と同じく北東に歩きました。きれいな植林です(写真)。倒木のある690m+ピークまで来て、南東に尾根を降りました。これは2015/11/15に登ってきた尾根です。長い尾根なので、登ってきた尾根よりは全体に勾配は緩いのですが、標高550m付近には少し高い岩場があり、その下には藪もあります。しかし大問題ではありません。この付近には東から来た林道の終点もあります。藪を抜けると植林になり、調子よく降りていくと尾根の真ん中の見つかりやすい場所に谷四等三角点(353.5m)がありました。その下には三峰神社の奥の院?があり、三峯神社に出ました。神社の前に安積上野線一九鉄塔が立っています。


三峯神社からの下山には舗装された北向きの道がありますが、さらに尾根の先に向かって道があったので歩いてみました。18鉄塔へもこちらとなっていましたが、分岐を見落としました。マーキングを頼りにまっすぐに植林を降りていくと、尾根の先にはフェンスがありました。扉はすぐに見つかりましたが、下の道路への法面がきついので少し北に歩いて岩のところから道路に降りました。あとで見ると、南に行ったほうが楽だったようでした。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「安積」です。



2025年9月20日土曜日

閏賀から登る閏賀三角点

 


閏賀三角点に行ったのは2009/08/18で、その時は2025/06/02に使った林道で470m+の峠に出てから南に登ったのですが、今回は閏賀の集落から延びる尾根を登ってみました。閏賀の墓地を過ぎると谷沿いに林道があります。少し登ると害獣避けの扉があり、これを抜けると尾根先を回る作業道があり、これで植林の尾根を登り始めました。この作業道は溝になっていて、ずっと続いていました。藪のない尾根で勾配も緩めで、楽に登っていけました。倒木の多い付近を抜けると地形図にある林道に出ました。この林道はここで終わりではなく、まだ南に続いていました。この先も尾根を登りましたが、道も続いていました。ここも楽な尾根登りで、多少の急勾配はありますが、長続きしません。途中に共同アンテナの残骸があり、真空管が30本も使われているアンプ?(写真)が落ちていました。ここでも溝ではなくなりますが道は続いており、そのまま閏賀山の山頂に着きました。閏賀四等三角点(561.91m)があるだけで、静かな山頂です。登り始めて1時間ほどでした。


2009/08/18はここから南に歩いたので、少し歩いてみました。標高510m程度までは楽な植林歩きでしたが、急な下りになって藪っぽくなりました。その先は植林のようでしたが、2009/08/18にひどい目にあっているので、ここで引き返しました。閏賀山まで戻って方向を見定めて北西の斜面を降りました。植林を下っていくと、林道がありました。降りてみると折り返し地点で、地形図を見ると登っていけば峠に降りられそうでしたが、登るとすぐに林道は終わってしまいました。戻って下り方向に行きましたが、荒れた林道で、崩落もあれば倒木も多く、その間に山椒とシダが茂っているという状態で、この日に歩いた中では一番の藪でした。我慢して下っていき、470m+の峠に出られました。あとはいつもの長い林道で下山しました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「安積」です。



2025年9月15日月曜日

生野の古城山

 


生野の古城山は近くに大規模な露天掘りがあって近づき難かったのですが、登山道もあるので登ってみることにしました。登り口は狭い道を登って行く「琵琶の丸健康公園」です。長い滑り台があり、さらに階段を登って一番上の見晴らし台の手前に登山道があります。標識はありませんが、歩き始めればよく整備されています。まずはジグザグに登るのであまり急ではありません。いったん平坦地に出ますが、これは城のマップにはなく、すぐ上に生野北支線五六鉄塔があります。ここからは幾分急な道になりますが、プラ階段があって関電の巡視路のようです。


途中で平坦地に上がる道があり、上がると別郭のようでした。ここで登山道とは別れてしまい、植林を登って三の曲輪に出て、二の曲輪から主郭に上がりました。二の曲輪に説明板がありましたが、完全に消えていて現在地以外は読めなくなっていました。主郭には岩がありましたが、掘られている文字はいたずら書きにしか見えません。とにかくここが古城山頂上(609m)です。たしかに北側を見ると平坦地が続き、しかも斜面は非常に急で、城趾の雰囲気があります。いまはぜんぶ植林になっています。


方向を確認しつつ山頂から東に降りました。少し歩きやすい尾根を歩くと南側に深く掘られた採掘地が見えてきます(写真)。遠くに鉛錫の製錬所が見えて、シックナーがいくつもあります。近くの採掘跡には水はありませんでした。深い谷になっていて斜面は非常に急です。あまり斜面に近づかないように北側の茂みを歩きました。採掘地のいちばん奥のところは意外と傾斜が緩く、降りようと思えば降りられそうでしたが、降りたらあとが大変です。そのまま歩くと上りになって、600m+の平坦地に出ました。ここはCATVの円弧状のアンテナが立っていたようですが、いまは倒れています。地籍図根三角点があります。そのままぐるっと歩いて古城山四等三角点(605.49m)のある太盛山に着きました。この付近からも覗き込むと採掘地の斜面が見られます。


いったん北に600m+地点に戻り、さらに北に稜線を歩きました。歩きやすい道にCATVのものらしいケーブルが延びています。途中にブースターらしいものも落ちていました。このケーブルは600m+ピーク付近で見られなくなりました。2025/09/13に見た「金掘りの径」がどこに上がってくるのか確認したかったのですが道しるべはなく、そのままもう少し北に歩きました。そのまま北に行って2025/09/13に登ってきた破線道で下山してもよかったのですが、2009/08/07に内山寺の裏から稜線まで上がったのを思い出して、同じあたりを降りることにしました。とは言え道があるわけではなく、木の少ない所を適当に降りました。稜線近くには昔なにかが建っていたと言われれば信じてしまうような平坦地がありますが、何の形跡もありません。自然林を適当に降りていくと最後は植林の急斜面になり、内山寺跡に出てきました。あとは2025/09/13の逆コースですが、鳥居跡までは神社跡の平坦地を歩いて、天明年間の墓石を見つけたりしました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「但馬新井」です。



2025年9月13日土曜日

生野の釜床山再び

 


再びとは言っても、前回登ったのは2009/08/07なので、だいぶ様子も変わっているだろうと思い、ほぼ同じコースを歩きました。奥銀谷の天満宮から北に天神坂を登り、焼飯天神跡からさらに北に歩きました。石仏がところどころにありますが、番号が振ってあるので四国八十八ヶ所参りだとわかります。ただ相当に抜けがあるのか、番号に一貫性が無いように思えました。周囲は植林が多く、道もよく整備されていますが車が通る幅はありません。以前より案内板が増えており、古城山に通じる「金堀の径」、「休み堂跡」、「内山番所跡」(ということは、この付近からも金が採れた?)、竹原野への下山道、そして「熊野神社石段鳥居跡 寛政8年(1796)」があって、この先に神社があることが分かります。ここで道は441mピークの西側を北上するように曲がり、ぬかるんだ道を避けて歩くと、右が熊野神社、左が内山寺、真っ直ぐが「至 岩屋観音 5Km」という道しるべがありました。まず熊野神社を見に行きましたが、広く平らな植林の中に社務所跡や熊野神社跡があります。石段や基石らしきものが残っていますが、建物の瓦礫などはまったく見当たりません。建物を分解してどこかへ運んだとしか思えません。内山寺を見に行くと、こちらは繋がった島のある立派な池がありますが、橋は丸太でした。草が茂っていますが、湿気が高い他は雰囲気は悪くありません。鐘堂跡(1629)があり、松滝山 内山寺は高野山南院末 寺格3等格地20等とのことですが、どの程度のものかは分かりません。和歌がいくつか掲示されていました。墓石は一箇所にまとめられており、苔がついて読みにくいのですが、江戸時代のものが多いようでした。(写真)


岩屋観音への道を北に歩きました。生野の住民がこの山越えルートで岩屋観音に参拝したというのはありそうな気がします。ルート的には釜床山を通りそうなので、ずっと道があることを期待しました。前回は内山寺付近から西に稜線まで登りましたが、今回は地形図の破線道どおりに北に植林を歩いてから細い支尾根で稜線に上がりました。支尾根に出たところには石仏があり、その上にもありましたが、その先は石仏を見なくなりました。四国八十八ヶ所は東に降りていったのかも知れません。稜線に出てからも踏み跡があったのですが、そちらに行くと西に行ってしまい、小和田の方に降りそうだったので慌てて戻りました。北に向かう尾根は細めですが、藪はありません。はっきりした道はありません。523m地点を過ぎて、降りてから登ると関電の白くなった「火の用心」がありました。ここからは黒いプラ階段がけっこう長く続きました。急斜面なので助かりました。階段の終わりからは展望があります。大河内線は稜線上にはありません。620m+に登ると、この付近からは2020/07/19にも歩いています。釜床山へは地形図では破線道が西から急斜面を登っていますが、そんな道はなくて、普通に尾根を上って山頂に着きました。山頂は広いのですが、釜床山三等三角点(648.65m)は松の藪の中なので、こちらから登ると見当たりません。山名のプレートなど何もないのが不思議でした。


山頂から三角点の前を通り、さらに北に向かいました。植林を下っていき、2009/08/07に谷を降りた550m-の鞍部まで行って新しい道しるべはないか探しましたが、なにもありません。前回はここから谷を降りたものの道がなかったので、今回は少し引き返して570m+の小ピークから、前回も降りた尾根を降りました。植林の急斜面で滑りやすいのですが、藪などはなくて楽に国道429号線のヘアピンカーブまで降りられました。帰りに小野の熊野神社に寄りましたが、これが内山の熊野神社を昭和26年に奉遷したもののようでした。


標高350mを国道429号線のヘアピンカーブから南に歩くと市川を渡る橋がありますが、その北で水路を渡ります。この水路は生野ダムから来ていますが、この付近から口銀谷まで標高350mを保って市川と並行して山裾を流れています。この水路は奥銀谷や新町の人たちには貴重な水源だったことでしょう。今は最後は三菱マテリアルの生野発電所で使われているようです。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「但馬新井」です。


2025年9月7日日曜日

波賀町の今市山

 


国道29号線を引原川沿いに北上すると、道の駅みなみ波賀の南に橋があります。これを渡ると今市集落で、その後ろに聳える山が今市山です(と、今市のマップに書いてありました)。この山には2010/08/27に北から来たことがありましたが、西向きの下山で苦戦しました。今回は素直に今市から林道で登ることを計画しました。


林道の入口付近に杭があって林道の名前が書いてあったようなのですが、消えてしまって読めません。害獣避けの扉を開けて林道に入るとすぐに赤い「火の用心」があって、送電線の鉄塔への巡視路だということがわかりますが、とりあえずは鉄塔には行かずに林道を歩きました。よく整備されている林道です。しばらく歩くと安積上野線二五鉄塔に着きました。東に展望が開けます。巡視路は東から上がってきており、火の用心はありませんがここから西の次の鉄塔に上がるようでした。ここが地形図の林道の終点ですが、さらに東に林道が伸びていました。これを歩くと徐々に登っていって、支尾根らしき所で折り返し、そこからは北西に延びていました。草が生えているところもありますが、歩くには文句ない林道です。途中で分岐が2つありましたが、最後は支尾根で終わっていました。この支尾根は今市山から西に延びている最も登りやすそうな尾根なので、ここから今市山に向けて登りました。木の間隔が広い自然林で、かわいいマムシに会った程度で問題なく登れました。山頂近くは岩が増えて、大岩をよじ登れば今市四等三角点(712.22m)のある山頂です。切り開きがありますが展望はありません(写真)。


ここからは気持ちの良い尾根歩きです。自然林も植林もきれいです。2015/11/15に谷から登ってきた690m+ピークから北に向かうと、2010/08/27に見た白い板は地面に落ちていました。アップダウンはありますが気持ち良く歩けて、藪の下にある谷村三等三角点(769.85m)に着きました。ここは最近では2024/07/07に東から来ています。


下山は「山の神」[1]を降りました。北西に延びる尾根で、最初は肝試しのような急勾配です。幸いに先人の方たちが作ったと思われる踏み跡があり、マーキングや杭もあり、周囲は植林なので割と楽に降りられました。少し降りれば美しい植林ですが、そこから作業道を見つけて少し北の谷に降りたら、枝打ちした枝と石の多い谷を降りる羽目になりました。急勾配でもまっすぐに広い尾根を降りるのが正解だったと思います。波賀城に行く道路に出ましたが、この付近はかつて牧場だったようで石積があり、それを観察しながら植林を降りました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「安積」です。



2025年8月31日日曜日

高坂峠へ東から旧道で上がる

 


これは山登りではなく、道歩きの記録です。県道8号線の高坂トンネルを多可町に向けて抜けて、坂を下ると「新松か井の水公園」があります。広い駐車場があっていつも車が何台かとまって水を汲んでいるようです。ここから少し下ると「松か井の水ここより2km」という看板があり、道標もあります。これらは県道8号線ではなく、旧道の道標です。ここから下向きの旧道は荒れ気味ですが、上向きにはやや狭い1車線の舗装道路が登っていきます。植林の間の道で、車は来ないので安心して歩けます。飯森山方向に延びる谷には林道の入口があり、「角シガ谷」と書いてあります。このような地名の札は他にもありました。少し歩くと高坂トンネルの上に出ます。ここは地名「荒谷」だそうですが、県道8号線に降りる道はありません。道は南向きになり、しばらく歩くと「松か井の水」の第1駐車場があります。「松か井の水」まで250mということで、250m歩くと「松か井の水 この左下」という表示があります。これがなければ気が付かないでしょう。階段をくの字に降りると湧き水がありま(写真)。2016/04/16にも来ています。播磨十水の内「落葉の清水」だそうです。堰堤の脇で、すぐ上にももう一つ堰堤があります。木陰で虫もいなくて人も来ないという素晴らしい休憩所で、しばらく本を読んでいました。


道路に戻って250m登ると狭い第2駐車場があります。ここから大量の水を汲んで帰るのは大変だったでしょう。少しで危険区間は終わり、高坂峠です。「為無縁佛供養」と天保二年の子安地蔵があります。ここから2021/11/28に歩いた作業道奥山3号線を歩きました。最初はまともな道で、真っ白になった関電の「火の用心」も2つあって、下方の鉄塔に行けるようです。しかしその先では作業道とは言えない、車は通れない状態になりました。藪漕ぎ状態のところもあり、山椒や松が邪魔です。道があっても落石注意の典型のように岩で塞がっているところもありました。しかし我慢して歩き続けると舗装道路に出ました。これは広域基幹林道笠形線で、福崎の東から延びている道です。ここではバイクやランナーと出会いました。的場山三角点に上がる付近には長い金属製のハシゴがありました。松井庄眺望駅は、木が伸びて眺望はありません。最後は県道8号線に戻りましたが、ここにある笠形線の案内図は「新松か井の水公園」の場所を間違えています。


Wikipediaには、「松か井の水」は1957年に林道工事(峠の旧道か?)で所在不明となり、1987年に治水工事(堰堤工事でしょう)の際に再発見されたとあります。高坂トンネルの開通が1984年で「新松か井の水公園」ができたのが2001年ですので、「松か井の水」が現役だった時代は短いようです。「新松か井の水公園」は「松か井の水」の下流にあるので、「松か井の水」の水も流れていると言っても良いでしょう。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「生野」です。



2025年8月29日金曜日

道谷から三久安山

 


2025/07/04に、波賀町道谷から南に歩いて三久安山に登りました。その時は県道521号線を歩いて阿舎利三角点経由で登りましたが、今回は県道48号線から尾根を歩いて行ってみました。道谷といっても、登ったのは県道521号線の西の尾根です。尾根の東に破線道があるので、48号線から橋を渡って耕作地の西を歩きました。この道は車は通れませんが、登っていくと地形図通りに平坦地があり、耕作地となっていました。小屋がありましたが潰れているものもあり、耕作地もススキが生え放題で、長い間放置されていたようでした。ここから尾根に上がるのは簡単で、気持ちの良い尾根歩きとなりました。2020/11/03の逆コースとなります。ずっと登りで、尾根は自然林でも両側の斜面は植林が多かったようです。途中で標高900m付近では東側から林道が尾根近くまで来ていました。


最後はちょっと急な登りで1012mピークに着きました。ここからも長い植林の尾根で992m地点を過ぎ、2025/07/04に通った1050m+に着きました。ちょっと西に歩くと1067mピークで、ここから南にお馴染みの長い稜線歩きとなります。最初に長い下りがあり、992mピークから1050m+ピーク、1067mピークからまた下りで、登り返して1012mピーク、さらに下って登って、少し歩けば三久安山です。登り始めて2時間ほどでした。小原三等三角点(1123.13m)があります。途中の稜線は自然林も植林も美しく(写真)、たまに藤無山も見えて、100m程度のアップダウンはあるにしても楽に気持ち良く歩けました。何度も歩きたくなってしまうルートです。山頂は水が少ないのかシダが枯れかけていました。しばらく風にあたっていました。


帰りは来た稜線を北に戻りました。登ってきた時とは逆で、急な登りは急な下りになり、長い下りは長い登りになります。疲れれば気持ちの良い林の中で休めば良いのですが、風が止まると暑くてメゲました。1067mピークから東に曲がり、1050m+から北に降りるところは登りと同じですが、帰りは少し違うルートにしようと思って、1012mピークから西に歩きました。これは最近では2024/11/09の逆コースで、ちょっとわかりにくいのですが、尾根を西に十分行ってから北に降りていくと目的の尾根に乗れました。ここはネットがあり、西側の鹿伏からの谷の斜面が伐採されています。だいぶ草が生えてきたようです。倒木があって歩きにくい尾根で、いったん降りてから植林を登ると草が茂っており、その中に道谷四等三角点(926.26m)がありました。


草叢から北に尾根を下ると、最初はシダの生えた植林ですが、すぐに歩きやすい植林になりました。ここは2020/11/03に登ってきた尾根ですが、下りでは分岐が多くて迷いやすく、GPSをしっかり見ながら降りました。793mピークまでは植林を登りましたが、ピークの北は伐採されていました。2020年とは大違いで、東に林道が降りて行っていました。少し林道を歩いてから、植林を降りました。最後はこの日最高の急勾配になりましたが、川沿いの草地に降りられました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「戸倉峠」です。



2025年8月26日火曜日

下牧谷から登った戸倉山

 


山崎町の戸倉山(宍粟50名山の篠ノ丸山)には最近では2023/03/02に篠ノ丸城跡から登っていますが、今回は歩く距離を縮めて下牧谷から歩きました。下牧谷に大倭物代主神社があります。この神社の随神門は神社から道路と駐車場を隔てたところにあって、随神門の前の道は舗装されていません。この道を南に歩くと溜池があります。ここで扉を開けて、溜池の南東側を歩くと道があります。地形図の破線道のようで、倒木もありますが溜池の奥に続いています。山のほうへは、地形図通りに上がっていく踏み跡があって、これを登りました。荒れた若い植林という感じですが、歩きにくくはありません。斜面にえぐられた溝があって、これに沿って登りました。よく見ると切った木をたくさん積んでありましたが、かなり昔のものに見えました。徐々に荒れ方がひどくなって溝もなくなりましたが、大きな問題はなく2023/03/02に通った稜線まで上がれました。


稜線を西向きに歩くとすぐに兵庫県の2級基準点のある場所に出ました。木の背が低ければ南に展望のありそうな場所です。ここからも歩きやすい道が続きました。380m地点を過ぎると宍粟市らしいきれいな植林になりましたが、472mピークの手前から少し藪がありました。棘のある枝に気をつけてここを抜けると、また道があり、472mピークには岩もありますが、問題なく歩けて、最後に植林の急斜面を登ると「戸倉山」という札が掛かっていました。山頂を示す札としては場所が変ですが、この一帯を戸倉山と呼ぶのかも知れません。ここには道標もあって、山頂へは200mとなっています。この200mが例によって大問題で、倒木とその周りの大きな草や灌木で道がよくわかりません。果敢にここを突破すると、上牧谷三等三角点(511.98m)に着きました。この山頂付近は少し開けています(写真)。


問題は下山で、2023/03/02には西に歩いて大倒木地帯で苦労しました。そこで北を降りてみようと思いました。地形図を見ると等高線の間隔はあまり狭くなく、支尾根っぽいところもあります。なんとなく地形図の神社マーク(住吉神社)を目標に降りてみましたが、広い斜面で方向が定まりません。倒木が多く、藪を避けていると西寄りの谷を降りることになりました。最初の目標の支尾根は藪で近寄れません。倒木だらけの急斜面の谷を、降りやすい所を探して降りていきました。しばらく降りると倒木が減って植林らしくなりましたが、そのまま谷を降りるのは危なそうだったので、西にトラバースして別の支尾根に行きました。ここにも倒木は多かったのですが、藪ではなく、しかも地面には登ってきた尾根にあったような溝がありました。これは作業道の可能性が高いので、この支尾根を倒木を避けながら降りました。なんとか標高差100mくらいを降りて標高300m付近まで来ると藪になりました。倒木は相変わらずあるので突破は難しく、東に降りていくと谷がありました。地形図ではわからないのですが、狭くて両側が急斜面の谷です。一度東側に渡ったものの、こちらも倒木が多くて降りにくく、結局西側の斜面を登って前の支尾根を降りました。今度は倒木も少なく、そのまま降りていって2023/03/02に通った湯塚池に着きました。堰堤の真ん中の階段を降りて、住吉神社にお参りに行きました。この神社は大倭物代主神社の御旅所だったそうで、縁のある2つの神社にお参りできました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★★

地形図は「山崎」です。



2025年8月24日日曜日

登山道で登る笠ヶ城山

 


波賀町皆木の笠ヶ城山に登ったのは2012/06/02のことで、だいぶ経っているのでもう一度登ってみました。登り口は2025/05/03に皆木三角点から降りてきた所で、「笠ヶ城山上野登山口」となっています。林道を登って行くと谷沿いになってユンボがありました。谷の東側の斜面は急斜面で道があるようなないようなで、ここに降りてくるのはやめようと思いました。ユンボの先の林道も草で覆われていましたが、問題なく歩けました。登っていって林道が水平に西向きになる付近に登山口がありました。ここでは急斜面をロープを伝って登れば笠ケ城山、西はモミジ谷方面となっていましたが、他の道標では左に大谷登山口方面へ、右には峠登山口へ、となっていました。ここからいきなり登るのは急斜面すぎると思ったので、林道を西に歩きました。次の道標は大谷登山口が下で、モミジ谷と観音堂は東、笠ケ城山は上となっていました。モミジ谷が謎なのですが、ここから斜面の登山道を登りました。仙道だった道のようでしたが、楽にすぐに600m-の鞍部に着きました。鞍部なのでどちら側にも登れますが、まずは南寄りの斜面を登りました。少し登ると岩が増えますが、すぐに650m+の山頂に着きました。クサイソ山の札がありました。また鞍部に戻って、急斜面を北に登りました。こちらも岩が増えてきますが登山道があってロープもあり、笠ケ城山の山頂に着きました。笠ケ城三等三角点(668.85m)があります。伐採されていて北側は展望があります。


山頂からはさらに東から北に歩きました。次の660m+ピークには「観音屋敷」というプレートがあって、観音堂の跡のようです。説明板によると観音様は皆木に降ろされたとか。この先には峠登山口への道標もあります。どうやら登ってきた登山道が大谷登山口からの登山道らしく、皆木からは谷沿いの道です。後で登山口を見に行ったところ、皆木登山口となっていました。最初に見た登山口は峠登山口コースの登山口ですが、そちらの入口は上野登山口でした。名称が混乱していますが、要は登山道は2つあるということです。今回は2012/06/02と同様に北に歩きました。するとすぐに峠登山口への道標がありました。なるほど最初に見た登山口からは近い場所ですが、さらに尾根を北に歩きました。自然林や植林が気持ち良く、アップダウンも少なく楽に歩きました。ちょっと急斜面があって、それを登ると690m+ピークで、ここは2025/05/03にも来ています。ここからその時のルートを逆に歩いて下山しました。


気持ちの良い尾根で、道もあってピークを巻いているところもありました。どんどん南に降りていき、660m+ピークでは2025/05/03のルートに従って東寄りに進み、南に降りました。この付近は鉄穴流しの跡で変な地形になっています。はっきりした道もないので、歩きやすいところを歩いて降りました。そのまま南に降りるつもりだったのですが、楽な方に行くと西寄りの谷を降りることになりました。変な地形に気を取られて降りていくと、結局谷を降りることになりました。行き先は最初にユンボから見た歩きたくない谷になりました。植林を降りていき、ススキをかき分けて道らしきものに出ました。これで降りられるかと思ったら、金網があって降りられなくなりました。この金網は堰堤で終わっており、堰堤の上の扉には鍵がかかっています。しかたなく堰堤から飛び降りて斜面を登って道に出ました。この道は川の東側でどこかで川を渡る必要があったのですが、堰堤のすぐ下に川を渡るための階段などがあったので、それを渡って西側に渡り、ススキの中を降りました。途中にあった説明板には徳長川砂防堰堤と書かれていました。ススキの原っぱを降りて、登山口に戻りました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「音水湖」です。



2025年8月17日日曜日

北から登る成卜三角点

 


神河町の長谷の西にある山の上の成卜三角点(なんと読むのでしょうか?)には、何度も登っています。今回は地形図を見ていたら山頂の北に通信塔のマークがあり、航空写真にもなにやら写っているので、これを見に行くことにしました。登り口は長谷ダムの近くのログハウス村です。目的の尾根の先に行くと、道路脇にコンクリートの法面があって登れません。しかし少し東に下っていくと、法面の切れたところに登り口があり、ここから仙道がありました。急な斜面を西寄りに登っていくと植林に出ました。ここからしばらくは急斜面の植林登りですが、標高450mを越すと一息つけました。その先も地形図通りに急斜面と平たい場所が繰り返すので、休み休み登りました。標高580m付近で林道に出会いました。これは以前に下山した林道なのですが、それに気づかずにさらに登りました。岩が増えてきますが、邪魔になるような大岩はありません。そして航空写真にも見えている伐採地があり、シダの中を登ると反射板がありました。通信塔ではなく反射板です。ここからは長谷ダムがよく見えるので(写真)、銘板は見つけられませんでしたが関電が設置したものでしょう。


反射板は標高730m付近なので、さらに登りが続きます。伐採地があって赤い「火の用心」の札が立っていました。以前にも見て、付近に送電線はないので不思議だったのですが、反射板への道標でした。さらに西に歩くともう一つ「火の用心」があって、そこからシダ藪を登ると低い松の間に金属プレートの成卜四等三角点(821.42m)がありました。


山頂付近をぶらついて、南の836mピークまで植林を歩きました。植林以外は藪もありますが、風があれば快適です。836mピークの手前の北の暗部では南から来た林道が東西に分かれています。この付近は何度か来ており、林道で降りるなら東に行くのが正解だったのですが、何も考えずに西側の林道を歩きました。成卜三角点のあるピークの西側を巻いていき、しばらく行くと「火の用心」が立っていました。あまり気にせずに林道を歩いているうちに、このままだと上部調整池に行ってしまうことを思い出しました。2022/04/02にこの林道を歩いています。そこで、「火の用心」が太田ダムから反射板を見に行く巡視路だと思い当たり、引き返して巡視路を歩いてみました。林道脇の「火の用心」から成卜三角点には登らず、斜面に道があります。流されている部分もありますが、途中にも「火の用心」を見つけてこれが巡視路だと確信しました。地形図には山頂から北に破線道がありますが、これは見つからず、じっさい2021/09/26には破線道と同じ谷を降りていますが危険な谷でした。林道を降りるなら2021/10/16と同じように東に行って林道カクレ畑線に出ればよいのですが、大回りなので「火の用心」に従って反射板に行き、尾根を下って林道カクレ畑線に出て下山しました。


林道を降りきった付近でサルの群れを見ました。2021/10/16には山頂付近で駆除をしていましたが、じっさいにサルが生息していました。あまり人のいない別荘地ですが、ゴミを漁りに降りてくるのかも知れません。なお、桜の名所でもある関電のPR施設は2年前に閉鎖されていました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「長谷」です。