2020年1月26日日曜日

丹波篠山市今田の不来坂・四斗谷三角点

姫路から国道372号線(デカンショ街道)で今田を過ぎると北側に住吉神社があり、その先は左右に少し山が迫っていますが、その北側の山に登りました。住吉神社の東の今田町辰巳付近の国道沿いに赤い鳥居があって、登ると神社があります。お稲荷さんという感じで質素なものですが、以前はもっと大きな神社があったのかもしれません。神社の裏から尾根を登りました。藪で灌木の枝が邪魔ですが、歩くには差し支えはありません。しばらく急斜面を登るとシダが茂っていますが、膝くらいの高さなので間を抜けて登りました。灌木が少しまばらになって、平らになると金属プレートの不来坂四等三角点(501.05m)がありました。

山頂からはまず北西に尾根を降り、西にそのまま降りる道を探しましたがなさそうなので、北に向きを変えて斜面を一気に降りました。木に掴まって降りていき、280m+の鞍部に降りられました。道が横切っています。そのまま北の急斜面を登りましたが、ここも途中にシダが生えているものの登りやすく、すぐに尾根歩きとなりました。355mピーク付近も特に何もありませんが、この付近は松茸山のようです。そのまま尾根を伝って西に向かい、シダが茂った360m+ピークから倒木だらけの鞍部、そして木に掴まって登る急斜面を経て、410m+ピークに上がりました。ここは岩だらけで、一気に登山らしくなりました(写真)。木々の枝の間から周囲の山が見えますが、西のトンガリ山が特徴的でした。

ここから尾根を南下し、岩の多い434ピークを過ぎ、一旦下がって420m+ピークに登り返し、標高差100mを下って道が横断している鞍部に降り、また登って歩きやすい平坦な尾根を南下し、四斗谷四等三角点(371.02m)に着きました。ちょっと下って360m+に上がり、方向はよくわからないので歩きやすそうな方向に降りていくと、そのまま南の尾根に向かいました。最後は急斜面で、特に降りやすそうな尾根もないので木に掴まって降りました。いきなり舗装道路に出ました。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「篠山」です。

2020年1月25日土曜日

熊山駅から熊山

山陽本線熊山駅の近くには熊山遺跡へのハイキングコースの標識が立っていますが、これとはちょっと違うルートで登りました。一般向けではないと思います。

熊山駅から北に歩いて、和気に向かう広域農道の坂を登って、大谷山の南の峠に出ました。舗装道路があり、終点に何があるのかと思って行くと、水道施設らしいピカピカの大きなタンクがありました。ここから登山を始めようと思ったのですが、急斜面の藪で囲まれていて斜面を登るのに苦労しました。それでもなんとか登りきって、藪っぽい尾根を歩きましたが、200m+ピークは何も面白いところのない藪で、そこから東に下りましたがここも藪です。さらに200mピークに向かって登る所はひどいシダ藪でした。200mピークには本四連係線第二一八号鉄塔が立っていました。巨大な鉄塔で、碍子の数(36個)には圧倒されます。500kVでしょうか?この時に気付いたのですが、この熊山登山コースは鉄塔の巡視路なのです。それなら最初から巡視路を捜せばよかったのです。余計な大回りでした。

巡視路は快適で、勾配も少なく、少し降りると車ケ乢ですが、何の標プレートもありません。峠を越える道と電線はあります。さらに南に歩くと鉄塔の番号は減っていき、二一七、二一六、二一五となります。この先で熊山駅からの正しい登山コースと合流して、ここからは道標や木の名前を書いた板があって、ハイキングコースという感じです。いったん舗装道路に出て、次は分岐がありますがどれを通ってもフェンスに囲まれた二一四号鉄塔に着き、蹄岩、展望東屋、蛙岩と楽しめます。二一三鉄塔は脇道を行ってみると展望良好でした。この付近は階段が作られています。ここが峠?と思うような所に赤松峠という札があります。東側には木々に隠れてよく見えない熊山池があり、休憩東屋もありますが少し熊山池が見えるだけです。もう一度道路に出ると、雄竜と雌竜の井戸があり、水も溜まっています。ちょっと歩くと備前焼きの狛犬のいる熊山神社に出ました。最初に余分な山を登りましたが、それでも2時間かかっていません。

熊山遺跡には行かず、神社から西に稜線上を歩きました。ここは道はなく、枝をかき分けながらの藪です。けっこう苦労して歩き、結局は舗装道路の分岐点に出ました。これは熊山を周回しているような道路で、南向きに南山崖遺跡900mと書いてありました。西に行くと通信塔がありましたが、てっぺんにはドームが乗っていて普通の通信塔ではありません(写真)。パラボラはすべて南か西をむいています。一切表示がなく、防衛省でしょう。ここも西に突っ切って更に藪のきつい幅広い稜線を降りていくと、今度は道路の法面の上に出てしまいました。苦労して法面の上を道路沿いに歩いて道路に降りて、西に歩くと正面の山の上の鉄塔に行く巡視路がありました。山の名前は経盛山だそうです。平家の落人伝説でしょうか?山頂の紅白の鉄塔は本四連係線二一一号鉄塔です。石積遺跡もあるはずですが見落としました。鉄塔の周囲は原っぱですが、どちらから西の尾根に降りたら良いのかわからず、適当に藪に入ったのが間違いで、最初は藪こぎを強いられました。しかし北に少しまわると道があり、これが熊山反射板に通じていました。

反射板から西に尾根を下るのはまた藪こぎのようだったので、素直に北に道を降りました。登ってきた幅広の道ではなく、いかにも山道という雰囲気の道で、反射板コースと呼ばれているようです。少し降りると分岐がありますが、西に向かうと下山できました。迷いやすい場所もあるので、赤テープのマーキングは重要です。三つ岩を通り、竜の岩のある段谷コースには行かず、302mピークを通ってJRの万富~三石10鉄塔を通って、巡視路で下山しました。最後は斜面を真っ直ぐに降りるので落ち葉が滑りやすくて危険でした。道路に出て、熊山駅に戻りました。

ちゃんと道を探して歩けば藪は通らなくてよい山です。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「万富」です。

2020年1月16日木曜日

前之庄の天神山城址から明神山

天神山城址には2011/07/03に登っています。今日のコースはそれをそのまま延ばして大明神コースで明神山に登ろうというものです。天神山城址については道路に標柱があるのですが、字が消えかかっていて読めません。[1]によると、室町時代に赤松一族の居城だったようです。登り口は相変わらず不明で、溜池(宮池)から害獣避けの扉を通って山の周囲をめぐる道に入るのが正解のようです。入るとすぐに打ち捨てられた乗用車がありますが、太い竹がエンジンルームに生えているのがシュールでした。この山は城址ではなくて何もありませんが、道がなぜか周囲を巡っています。

城址へは尾根を登りますが、前回に比べると冬のせいか下草が少なく、道はありませんが、あまり歩きにくいという印象はなかったと思います。ひとしきり登ったら間違えずに西へ歩くと、「天神山城址」という青いプラスチック板が下がっていました。さらに西に歩くと新庄三等三角点(262.32m)にも同じ札がありました(写真)。ここで尾根は北向きになりますが、その先の270m+ピークはシダに覆われています。木が邪魔で方向がわかりにくかったのですが、結局ピークに登らずに西側を巻けばよかったということが分かりました。この付近は平らな場所が多いので城の一部だった可能性はないでしょうか?270m+ピークからまた尾根は西を向きます。落ち葉を踏むかシダの間の踏み跡を通って歩いて行くとまた北向きになり、坂を登ると紅白に塗られた播磨線八二鉄塔がありました。展望良好です。巡視路で325mピークに登り、西に向かいます。290m+鞍部を過ぎると大きな岩があって、登ると展望は良好ですが先はキレットになっていました。この岩は東側を巻くしかありません。キレットで西側に出ても道はなく、次の大岩も東側を巻いて進むと、尾根に戻れました。巡視路の「火の用心」がありますが、ここで大岩に戻ると「明剣岳」と書いてあって、ここが大明神コースだと分かりました。

大明神コースはさすがに整備されていて歩きやすくなりました。シダの間の踏み跡もしっかりしています。岩も少しあって、西山四等三角点(342.45m)に着きました。「三角点山」で、ここが4合目だそうです。このあと5合目を過ぎると「鉄砲岩」があり、岩の間の狭い隙間をロープを頼りに登りました。次は「タヌキ岩」で、この付近からは明神山が近くに見えますが、ここから標高差400mを登らなければなりません。6合目、そして「衝立岩」はロープがなければ登れそうもない大岩でした。7合目を過ぎてちょっとネットがあって東側が伐採されていました。厳しい登りが続き、549mピークは8合目「五郎山」だそうです。岩のある急勾配を登って9合目は「小明神山」、これを過ぎると細尾根に小さめの岩がたくさん乗っている「恐竜の背」です。そして最後の急斜面をロープに助けられて登ると明神山の頂上に出ました。岩が多く、小さなコンクリートの祠の脇に明神山三等三角点(667.78m)があります。モニュメントがあってポケストップになっています。展望は最高で、案内板も完備されていて、周囲の山々を確認できました。前之庄だけでなく、市川沿いや海までよく見えます。歩き始めて3時間半でした。

下山は一番一般的なAコースにしました。まず急勾配の斜面を時々ロープを頼りに降りますが、これが意外と長くて疲れました。案内板がしっかりしていて迷う恐れはありませんが、急斜面が平らになるわけではありません。尾根を真っ直ぐに南に降りていくと、「三田岩」とか眺めの良い「夢展望台」などがありますが、岩の上を歩く部分は濡れていると危なそうです。さらに「西の丸」から東に尾根を降りますが、この尾根も岩だらけで急な場所も多く、下りにはロープにつかまる必要がありました。Auコースには行かず岩の多い急勾配のAコースを降りました。「マンモスの背」「大黒岩」など、尾根歩きと言うより岩下りです。やっと緑に塗られた播磨線七八鉄塔に着き、岩屋池の下に出てきました。後は道を歩いて出発点に戻りました。

明神山はその姿から分かるように山頂近くになると急勾配になる山ですし、途中の尾根も急斜面が多いので、高さの割には登山の満足感が得られる山です。しかも今回は長距離で、山歩きを十分に堪能しました。

展望 ★★☆ 
藪山度 ★★☆
地形図は「前之庄」です。

2020年1月13日月曜日

和気の松村山

松村山は和気神社から日笠川を遡った上流の東側にあります。地形図では日笠川沿いの金崎から破線道があるので、それを探してみました。入尾の集落を抜けると害獣避けのフェンスがあり、その後も地形図どおりに谷に道があります。途中に送電線の巡視路の分岐がありますが、鉄塔に行っても山頂には行けないので、そのまま谷の奥に向かいました。途中には丸太橋があり、車で登ることは想定されていないようです。しかし谷の奥には金属のタンクがあって、そばに洞穴がありました。人が入れるほどの横穴で奥は深そうで、坑道としか思えません。近くには炭焼窯の跡が3つあって、一つは煙道の穴も残っており、すぐにでも使えそうでした。

この付近で道は怪しくなりますが、登りながら探すと道がありました。もとは車の通れる道だったと思われますが、崩落したのかところどころで繋がりがわからなくなります。ターンが多いせいもあるかも知れません。ほぼ地形図どおりに道は作られており、329mの尾根に登ってからも良い道が続きました。

松村山に行くには途中から分岐があるのですが、極めて見つけにくく、適当に藪を抜けて行くと溝のような道がありました。340m+の鞍部付近まで降りると、「開運燈」と彫られた大きな石灯籠がありました。大正4年8月に金中さん達によって建てられたものです(写真)。付近は藪化していますが、その先には「南無妙法蓮華経南無妙見大菩薩(?)」と彫られた石碑もありました。こちらは大正5年9月ですが、金崎講社中となっており、金崎の人たちが建てたようです。鞍部近くにも基礎が残っており、何かが建てられていたのかも知れません。松村山の山頂には松村三等三角点(394.04m)があります。広々していて、枯れ木の間から周囲の山が見えました。

引き返して地形図の破線道に出て、少し歩くと道が3本に分かれていました。左の道は水平に北に行っているようでした。真ん中の道は妙見神社に続いています。木の鳥居があり、社殿は山小屋のような作りですが、手水らしきものもあり、中を覗くと絵馬もありました。絵馬は「中村・青山講中」となっているので、日笠川沿いの集落の人達が建てた神社のようです。

分岐に戻って右側の道が地形図の破線道のようでしたが、木が生えており場所によっては藪化していました。ここまでは広い良い道があったので、別の道が東から上がってきているのかも知れません。これは尾根道なので、藪になっていなければ歩きやすい道でした。全体として長い尾根をゆっくり下っていく感じで、迷いそうもないのですが、踏み跡を辿ると意外と分岐が多く、何度か尾根から降りそうになりました。最後も踏み跡を辿ると和気町と吉永町の堺の方に降りて行ってしまいました。そのまま道に降りられるかと思うと急な切通しで、切通しの上に道路に沿って道があるのでそれで北に行き、結局地形図の破線道と同じ付近で道路に出ました。これは旧道で、落ち葉が積もっていて一見すると未舗装に見える細い道です。あとは道幅のぶれの大きい県道46号線で戻りました。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「日笠」です。

2020年1月5日日曜日

東から登る福崎の大倉山

福崎の大倉山には2007/09/22に南から登っています。今回は東から登りました。長野の集落から尾根先を目指すと東光寺池の向かいに墓地があります。この付近は山裾にフェンスがあるのですが、実は墓地の南端付近でフェンスは切れており、山に入れます。このフェンスは害獣避けではないようです。斜面は意外と歩きやすく、踏み跡もあります。少し登るとシダが増えてきますが、踏み跡が続いており、平坦になると藪の中に長野四等三角点(225.8m)がありました。ここからは尾根歩きで、倒木はありますが道があります。しばらく歩くと播磨線九五鉄塔に出ました。さらに西に歩くと播磨線九四鉄塔があり、巡視路を歩いていくと北の方に行って、最後は急斜面を降りて切通しの道路に出ました。

切通しは登れないので少し北に歩くと急斜面に作業道と思われる場所があり、ここから登りました。とても急斜面で藪なので木に掴まって登りましたが、すぐにちゃんとした作業道に出ました。もう少し北に行けば楽に登れたと思います。ここも尾根に上がれば踏み跡があって、楽に歩けました。たまに植林もありますが、荒れ気味の自然林です。289mピークには地籍図根三角点があります。そして鶴居支線一二鉄塔があり、極楽の巡視路になります。途中に鶴居支線一一と播磨線九二に向かう分岐がありますが(鶴居支線一二へは「いってこり」と書いてあります)、真っ直ぐ歩くと播磨線九一鉄塔を過ぎ、再び地籍図根三角点がある310m+の分岐に出ました。ここからは福崎町と姫路市の境界を南に歩いて大倉山を目指しました。良い道で植林もあります。最後は少し西側にまわって登ると、大倉山三等三角点(384.9m)のある大倉山山頂に出ました。東に向かって展望があり福崎の町が望めます(写真)。いくつかのプレートなどがあり、人気のある山であることがわかります。

下山は東に尾根を降りました。良い道を降りていくと、鶴居支線九鉄塔に出ました。巡視路はここから南に下っていましたが、ゴルフ場に降りたくはないのでそのまま尾根を降りました。尾根にも道があって、迷うこともなく下山でき、最後はススキの間を抜けて、道路に出られました。

フェンスやネットのない歩きやすい山でした。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「前之庄」です。