2018年11月25日日曜日

北から登った神河町の日和三角点

この三角点は寺前から県道8号線を西に走り、小田原川を遡った宮野の北にあります。2009/11/07に宮野の方から登っていますが、今回は北から登ってみました。登り口は宮野から山をぐるっと北に8号線で回った所で、横瀬橋で小田原川を渡る手前です。扉があって短い道があるのですがその奥に関電の巡視路の札があります。本当なら赤い札に火の用心と書いてあるはずなのですが、真っ白になっています。これはStreet Viewで見つけました。ここから巡視路で登ろうという作戦です。さすがに巡視路は歩きやすく、急斜面を斜めに登っていき、すぐにかわいらしい南小田支線三鉄塔に着きました。ここで巡視路が終わっているとパニックなのですが、幸いその先にも巡視路がありました。次の鉄塔は巨大な播磨北線ニ九鉄塔です。この先の巡視路は白い札の位置が紛らわしく、ちょっと見つけにくかったのですが、黒いプラ階段が落ち葉に埋まっていました。非常に急な斜面なので助かります。この先は巡視路を見失ったのか、藪っぽい斜面を登り、ひどい藪になったと思ったら、播磨北線ニ八鉄塔に出ました。東にちょっと展望があります。ここからは尾根の西側斜面に巡視路が作られており、鉄塔に降りていく形になっています。しかしそのまま歩くと西に行き過ぎると思って(実は西に歩いて尾根にある鉄塔まで行ってから尾根を登った方が楽だったと後で思ったのですが)、尾根に上がることにしました。尾根を真っ直ぐに登るには藪がひどかったので、少し巡視路を歩くと作業道のようなものが尾根に上がっていくので、これを使って登りました。茨の道でしたが、尾根に出ると植林で、急斜面でしたが登り続けました。植林なので間伐した木がたまに邪魔なだけで、時間はかかりましたが、主尾根に上がることができました。最後は真っ直ぐ登るのは急すぎたので少し西に寄りました。

ここは2009/11/07に歩いていますが、記憶はほとんどありません。840mピークも特に特徴はありません。しかしその東は2009/11/07に「倒木多し」と書いているように大倒木地帯です。9年経っても事情は変わっていません。前に比べると木の枝は減っていて、代わりに倒木の間にシダなどが茂ったような感じでした(写真)。足元が見えないのは困ります。南側に抜けると倒木のない場所があって、そちらをなるべく通りました。倒木地帯を抜けると再び植林で、たまに紅葉もあります。そして日和四等三角点(606.55m)に出てきました。今回は秋で葉が落ちた木が多いので、木の間に北側の人家が見えました。三角点からの下りは、北側の尾根にしました。ちょっと急な所もありますが、意外と降りやすく、鞍部に出て、藪を登り返して461mピークに上がりました。後は東にひたすら尾根を降りましたが、ここも植林が多いので問題なく、最後は墓所に出たので扉を抜けて外に出られました。大正解の下山でした。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「長谷」です。

2018年11月23日金曜日

遠阪峠の南の山

遠阪峠は山東町と青垣町の堺にある峠で、今は朝来市と丹波市の市堺ですが、昔は但馬と丹波の国境でもあったと思われます。いまは北近畿豊岡自動車道の遠阪トンネルが作られていますが、峠を通っているのは国道427号線です。普通車310円のトンネル通行料を節約したいのか、意外と通行量は多いようです。しかし峠にあるホテル好楽園は廃墟と化しています。単に閉まっているというだけでなく、vandalismというのか、建物のあちこちのガラスが割られています。ガラスを割って売れるものは何でも持っていったのかも知れません。心霊スポットではないと思いますが、かつてこのホテルに泊まった楽しい思い出を持っている人達にはつらい光景だと思います。

ホテル跡から東に歩くと丹波市の看板があり、ここが峠です。峠の南側は急斜面ですが、木に掴まって登ることができました。植林の作業道を探して急斜面を登ると、東側から道が上がって来ていました。峠の東側から歩いて来られるのですが、峠から登ることに意義があったと納得しました。その道から黒いプラ階段で小振りな佐治養父線一一ニ鉄塔へ上がれます。ここから尾根を登ると、日蔭四等三角点(497.13m)がありました。名前とは違って切り開きで陽が射しています。603mピークの付近からは東側にネットが張られており、その向こうは藪です。西側はほぼ植林でした。その先の620m+ピークには、お地蔵様がありました(写真)。峠でもなくお地蔵様が置かれるには不思議な場所なので、どこかから移されたのかも知れませんが、後ろの石積みの上に載せられていたのかも知れません。ちょっと和田山方面が見えて、柴三等三角点(662.35m)に着きました。

柴三角点からは東に尾根を歩きました。植林もありますが落ち葉を踏んで歩ける所も多く、倒木もなくて気持ち良く歩けました。653mピークからその北の650m+ピークへは一度鞍部に降りますが、ここから西の谷は木が倒れていて航空写真でも地面が見えています。鞍部からは谷は見えませんが、逆にこの鞍部は西の尾根からもよく見えていました。この先も落ち葉を踏んで歩ける尾根で、気持ちよく歩けました。地形図で630m+のやや広く平らな場所がありますが、尾根の分岐が多くて迷いそうでした、さらに東に歩いて600m+には木の生えていない場所があり、人工的な感じがしました。このあともさらに尾根を東に歩き続けました。だいたい自然林で、落ち葉で滑りやすい場所もありました。そして400m+くらいの所で南に降りましたが、ここはなんとなく傾斜が緩いというだけで、はっきり枝尾根と分かるわけではありません。しかし勾配はさほど急ではなく、楽に降りられました。最後は金網の扉が2回あって、非常に急な斜面を降りると、今出川親水公園に出てきました。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「矢名瀬」です。

2018年11月18日日曜日

北から登る智頭町の櫛浪三角点

この三角点は山頂ではなく、しかも2017/07/17に来ています。その時は東に降りてしまったので、今回はそのときに歩かなかった三角点の北側の山を歩いてみました。

どこから登り始めるか悩みましたが、樽見集落に山に入る道があったので行ってみました。谷に入っていきますが、すぐに東に斜面を登る道があるので上がっていくと、少し登れましたが終わってしまいました。そこからは作業道の名残を探しながら急斜面を登りましたが、最後は名残も無くなってしまったので、無理やり木に掴まって登りました。足元の土が割としっかりしていたので、危険ではありましたが問題なく登れました。標高差100m以上を頑張って登ると、ようやく楽になって、西の谷の方から作業道が上がってきていました。この付近はやや平らですが、小屋があったので行ってみると、小屋の横の祠があって不動尊と書かれていました。中は見ていませんが、ここは尾根の突き当りで下は急斜面ですから、神様を祀るには適切な場所でしょう。

不動尊からは植林を抜けて登りました。気持ちの良い山です。特に歩きにくいところはありません。標高720m+あたりには長い尾根がありますが植林されています。その突き当りの手前は自然林で、ブナがきれいでした(写真)。830m+まで上がり、それからしばらく再び急勾配を登ると櫛浪三等三角点(916.73m)に着きました。前回は夏で気が付かなかったのですが、木々の間に千代川沿いの集落が見えます。

下山は830m+まで戻り、西側の尾根を降りました。暗い植林は避けて、なるべく明るい自然林の中を落ち葉を踏んで下山できるようにしましたが、この尾根の西側斜面は植林が多く、植林と自然林の境界を歩くような感じになりました。ときどきGPSで位置を確認して、谷に降りないようにしました。最後は植林を通って420m+の細い尾根に出たのですが、ここが意外と岩の多い細尾根でした。しかもその北の端は地形図ではなだらかですが、急斜面を降りる必要がありました。降りてくると、谷の両側の道の合流点でした。東に向かう道は舗装されています。あとは福原へ舗装道路を歩きました。

登りは駒帰の近くからの方が楽かも知れません。4時間弱の行程でしたが、標高差は500mほどありますので足腰は鍛えられます。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「坂根」です。

2018年11月10日土曜日

八頭町の伊呂宇山

地形図を見ると、鳥取県の若桜鉄道八頭駅の南に伊呂宇山という山があります。名のある山、ということで登ってみました。八頭駅に向かって延びている尾根の先は急斜面で周囲に人家もあるので、少し西に行ってから地形図にある道に入りました。墓地の脇を通るとすぐに小さな六地蔵があり、その付近から西側の尾根に登りました。斜面には木材運搬用と思われるレールがありました。尾根は植林ですが、少し登ると背の高い竹が生えています。幸い藪はたいしたことはなく、倒木をまたいで登り続けました。いかにも里山という雰囲気で、下草はなく倒木だけが障害物でした。主尾根に出て247mピークに行くと、宴会の跡のようでした。どうして宴会をしたかというと、この先のやや細い尾根がかつては松茸山だったからのようです。きっと豊作だったのでしょう。この細尾根も倒木はありますが切り開きが続きます。地形図で破線道が北東から上がって来ている所には、少し溝を掘ったような道があり、これが地形図どおりに尾根を登って行きます。そして地形図どおりに西に水平に行ってしまうので、それとは別れて尾根を登り続けました。相変わらず倒木以外には障害物の少ない尾根が続きます。植林もあります。そして大きな岩があって、勾配がきつくなっていきます。これは地形図から予想していましたが、そんなに大変な急勾配でもありません。周囲の紅葉を見ながら標高を上げていって、標高600m+の主尾根に出ました。ここからは平らな尾根ですが、伊呂宇山に登るところは急勾配です。登り切ると山頂で、岩渕三等三角点(696.74m)があります。山名のプレートも建てられています。北側の展望が木が伸びて遮られています。

下山は尾根を西に歩きました。ちょっと切り開きのある678mピークまで来て、北に尾根を降りました。この付近には赤い布のマーキングがあり、こちらの尾根にも付いています。じっさいこの尾根は切り開きがあって、よく歩かれているようです。勾配も急なところは少なく、登りにも最適という気がしました。茂田四等三角点(433.95m)の少し上に木が伐採されているところがあって、標高は低いながらやっと展望が得られました(写真)。三角点から降りていくと、徐々に藪っぽくなりましたが、最後は尾根裾を巻く道があって、道路と平行にしばらく歩いてから道路に降りました。あとは舗装道路で戻りました。

いかにも里山という感じで、紅葉もきれいでした。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「因幡郡家」です。

2018年10月28日日曜日

智頭町の大呂山

最近はおなじみになった鳥取県の県道6号線ですが、郷原から北股川を遡って走ると、東側に新大呂発電所があります。落差292mの水路が見えるので、登ってみたくなりました。発電所の上に行くと階段があって、水路に沿ってずっと続いています。階段は苦手なので水路を北に渡って、北側の植林を登りました。巨大な水路を見ながら登っていきます。色の感じはコンクリートですが、接合部を見ると金属製の水路でした。一直線ではなく、途中で勾配が変わっている箇所がありました。植林は登りやすいのですがどんどん急になっていって、水路脇の階段の手すりを使って登った所もあります。水路の上端がどうなっているか興味がありましたが、コンクリートブロックの中に消えていました。近くにはトンネルの入口があって「酸素欠乏のおそれあり」と書いてありましたが、鍵がかかっています。かなり奥の深いトンネルらしく、木霊がよく聞こえました。水路が出てくるコンクリートの上には、大呂四等三角点(517.87m)がありました(写真)。この上には階段があり、貯水タンクのようなものがありました。そのさらに上は道がなく、適当に作業道を登りましたが、コンクリートのブロックがありました。大きなブロックがいくつかあり、南側に道の名残のようなものもありました。建設時に上から重量物を降ろしたのかも知れません。この道は地形図の地下水路の方向に向かっているのでそちらには行かず、残りの標高差200m近くは植林を真っ直ぐに登りました。かなりの急勾配ですが美しい植林で、手を使わなくても登れました。

山頂は710mですが、ここは隠谷城という山城の跡だそうです([1])。今は幅の広い道が作られており、山頂には山城の面影はありません。共同アンテナと、地籍図根三角点があります。付近の展望は良好で、鳴滝山あたりの紅葉が見えました。道は北に下っていき、大きく曲がって広い平坦地に出ます。航空写真でも見えますが、何段かに別れた平坦地です。一番下には大きな井戸が2つあり、覗くと水が溜まっているようでした。螺旋階段で降りられますが、やめておいたほうが良いでしょう。事務所がありクレーンなども置いてありましたが、特に何の表示もないのでなんの作業をしているのかは分かりません。しかし山の上に井戸が作られているのは他の山でも見たことがあり、山崩れ対策と思われます。この北側には2018/09/23に北の山からよく見えた崩落した崖があります。そちらへ降りていく斜面には蛇腹のパイプがたくさん走っています。少し降りると不思議な装置がいくつかありましたが、伸縮計かも知れません。その下にはトラロープが張られていて、あまり降りないほうが良さそうでした。崖は斜め横の角度で少し見ることができました。

下山は頂上から東に伸びる幅広い道を使おうと思っていたのですが、登り返すのも面倒ですし、地形図を見ると西に伸びる尾根で北股川へ降りられそうでした。問題は川まで降りても橋がないことですが、地形図では川辺には水田があることになっていると思って、降りてみることにしました。後でよく見るとこれは水田ではなく荒地だったので、大変なことになりました。尾根は植林なので降りるには問題なく、432m地点まで来ました。ここから北に急峻な暗い植林の尾根を降りました。途中で尾根を巻くように平坦地がいくつかあって作業道かと思ったのですが、辿っても消えてしまいました。尾根の先は急峻ですが、東側にマーキングがあって、その付近から降りると作業道の名残があり、川に降りられました。しかし橋も無ければ道もありません。川沿いに東に歩いていくと、山が川にせり出していて川岸をトラバースするのは危険になりました。しかたなしに山側に少し登ると、作業道の名残と思われる踏み跡がありました。斜面をトラバースするように付けられているので、当然少し流されていますが、それでも気をつけて歩けば辿れました。木がせり出していたり崩落していたりで、決して歩きやすくはなく、危険一杯なのですが、不思議と道跡は消え失せることはなく、二つあった谷も上の方で渡り、最後は崩落地の下のススキの原っぱに出てきました。そのままだと大きの岩の上で終わってしまうので、ススキの中を少し登り、歩きやすそうな所を探して降りていきました。ここは採石所だったらしいのですが、地形がめちゃくちゃで背の高いススキが生い茂っているために、どちらに向かえば降りられるのか分からず、大回りしました。最後は橋にたどり着けたのですが、幅いっぱいに水が溜まっており、靴が新しかったので助かりました。あとは北股川沿いに県道6号線で帰りましたが、下山は山頂に戻って東に道で降りるのが正解でした。

大呂山は平成17年以来地すべりの観測対象になっているようです([2])。山頂の井戸については調べても情報がありませんが、あれだけの大工事を行うくらいなので、かなり力を入れて対策を講じているのでしょう。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「郷原」です。

2018年10月27日土曜日

和田山町と養父市の境界の三角点歴訪

最近よく歩いている和田山町の山ですが、円山川北側の山で室尾山と光明山の間の尾根は歩いていません。今回はこれを目指しました。登り口は和田山町林垣です。随泉寺の墓地から害獣避けの扉を開けて上がっていくと、八十八箇所の石仏が並んでいる道に出ました。割と新しいもののようで、道もよく整備されています。地形図の破線道にだいたい沿って登って行き、最後は大きめの石仏があって、巡礼はそこから東の尾根道で下山するようになっていました。石仏の先も登山を続けましたが、道というほどのものはなくても踏み跡がありました。そして230m+の小ピークに来ると、堀切らしいものがありピークは平らなので、山城らしい感じがしました。後で調べてみると今年の6月に発見されたばかりの「林垣随泉寺城」のようです。もうちょっと登ると金属プレートの林垣四等三角点(312.43m)に出ました。木が邪魔で展望は東に限られています。

ここから北に尾根を降りて、ちょっと荒れた里山の尾根を登りました。この付近は植林が稀で雑木林が多く、まさに里山の感じがします。そして420m+の主尾根に着きました。ここが朝来市和田山町と養父市の境界です。まず西に荒れ気味の尾根を歩いて奥米地二等三角点(448.67m)へ行きました。この付近は尾根に道が作られていたようですが、木が伸びたりして歩きにくくなっています。奥米地三角点付近の地形はなんとなく不自然で、人手が入っているのかも知れません。地形図にある南西に円山川へ降りる道は見つかりませんでした。

ここからは引き返して東に歩きました。490m+の小ピークは室尾山が見えます(写真)。ちょっときつい登りで500mピークに達するとあとは歩きやすく、金属プレートの黒谷四等三角点(535.51m)を過ぎ、尾根が少し狭くなりましたが、快適に歩けました。470m+の尾根の端では間違えて北に行ってしまい、戻りました。497mピークから北東は地形図どおりに広い平坦地です。そして朝日三等三角点(494.74m)からは東に向かい、尾根の先で南東に斜面を降りました。降りた鞍部は少し掘り込まれていましたが、南に道はありません。ちょっと登って東に歩き、次の鞍部も堀切かと思うような切れ込みがありました。しかし、切通しにしては南に降りる道がありません。この東を少し登ってから南に降りて長い尾根に乗りました。最初は植林で歩きやすく、その後も歩き易い雑木林でした。最後の270m+に登る前の鞍部も切通しのようでしたが、道はありません。堀切だとすると城跡かも知れませんが(これが和田城?)、南側には特に何もなく、そのままだんだん急になる斜面を南に降りて、最後は西の植林の谷に降りると、金網の端に扉があって人家の脇に出られました。

三角点を4つ巡りましたが、実は道を歩いて林垣に帰る途中に市場公民館四等三角点(110.44m)があって、5つでした。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「八鹿」です。

2018年10月21日日曜日

西から智頭町の野段三角点

智頭町の野段三角点には2018/07/14に登りました。この時は南から登りましたが、今回は西から登ってみました。登り口は郷原から芦津渓谷の方に北股川沿いに県道6号線を入った西野です。西野の南に小さな山がありますが、県道から見ると山の端に階段があったので上がると、墓地がありました。その上は植林で、平らな尾根を歩いて291mピークを過ぎ、最後はいったんほぼ平地まで降ります。そこから登り直しますが、ずっと植林が続きます。地形図で水路が通っている付近には、尾根を横切る道がありました。ずっと植林なので歩きやすいのですが、急斜面もあり、木に掴まらないと登れません。標高750mを過ぎて平らになると、美しい自然林もあります。この付近は地形図どおり平らです。その後は急斜面はなく、標高930m付近で林道に出ました。林道が尾根先をまわるところで切通しになっているので、切通しの斜面を降りて登り直す必要があります。林道はここから南は舗装されていました。この付近からは西に展望があり、西野の付近も見えていたので、下山してから見ると、確かに林道が見えていました。再び尾根を少し歩くと、野段三等三角点(999.49m)のある山頂に出ました。

下山は前回登ってきた尾根を山頂から南西に降りて、林道に降りました。ここでも林道が目的の尾根を切っているので、林道から斜面を降りて西に向かう尾根に出ました。この尾根は登りに使った尾根よりも勾配が少なく楽に歩けましたが、尾根の分岐には注意を払う必要がありました。途中で標高590m付近で北側から林道が尾根で折り返して行きました。そして城之段三等三角点(540.8m)ですが、植林なのですが堀切があってびっくりしました。後で調べると草木城という城の跡のようです([1])。山頂の東側には林道が来ています。ここから北東に縦走すると520m+ピークも平坦地が何段かあり、これは乗雲ヶ出城([2])だそうです。そのまま北西に降りていき、最後は尾根先から墓地に出ましたが、その後は人家の畑を通り過ぎなければならず、道路に真っ直ぐ降りるべきでした。

行きも帰りも植林ばかりで変化がありませんが、気持ちよく歩けました。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「郷原」です。

2018年10月15日月曜日

養父市の妙見山

これは有名な山ですが、姫路からは遠い山です。しかし一度登ってみたいと思っていたので、出かけてみました。播但道から無料の北近畿豊岡自動車道をひたすら走り、八鹿氷ノ山ICで降りて、北の山をぐるっと回って少佐川沿いを西に走ります。だんだん道が細くなり、すれ違いが難しくなりますが、木材を積んだトラックも通るので気が抜けません。道の両側の空きスペースと側溝を確認しつつ走り、なんとか名草神社に着きました。姫路からほぼ2時間です。

神社の下に車をとめて坂を上がると立派な重要文化財の三重塔がありました。しかし神社本体は修理中で見られません。登山道は神社から南に向かった所で始まり、西の名草峠へ登っていきます。植林の中の道で、ちょっと下を向いたお地蔵様がほぼ等間隔に置かれています。鳥取方面からの参道だったのでしょう。峠まで13丁でした。峠に出ると南に尾根を歩きます。西側下には林道もあります。周囲は植林が多いのですが、ブナも結構あって楽しめます。紅葉には早かったようです。案内板もたくさんありますが、大谷の頭というのがどこだったか分かりません。山頂は切り開かれて枯れたシダに覆われており、巨大な方位盤があります(写真)。ちょっと先には金属プレートの妙見山四等三角点(1135.49m)があります。名草神社からは1時間半程度です。

下山は東のキャンプ場に向かいました。植林の平らな尾根を歩きましたが、どこから降りたらよいのか分かりません。とりあえず地形図の破線道の方向に歩くと、階段があって登山道だということが分かりました。ときどき木に説明板が付いていたり、階段も多く、整備された登山道です。しかし遠くから見えるマーキングが少ないので、いったん道を外れると戻るのは大変です。特に尾根を降りていって、いきなり曲がる所ではだいぶ迷いました。景観を損ねるかも知れませんが、赤テープのマーキングを増やしてほしいと思います。登山道は急斜面をジグザグに降りて、広々した植林に降りてきて(ここは階段が無いのでまた迷った)、最後はキャンプ場の奥の道に出ました(ここも道が消えた)。キャンプは難しそうなキャンプ場を通って道路に出ました。キャンプ場への分岐にある案内図ではこれは大ナル新道という道のようですが、見晴らし台とかはどこにあったのでしょうか?

ここからは名草神社に道を歩けばよいのですが、歩き足りなかったので地形図の破線道を探してみました。これは道路より高い位置に描かれているので、植林の斜面を登りました。道はありませんが、よく見ると作業道のような、少し周囲の斜面よりも傾斜が緩い部分があるので、そこを歩きました。消えかかっている道なので何度も途切れますし、そもそもこれが破線道なのかも分かりません。後でGPSで確認するとだいぶずれていました。それでもなんとか二つの谷を渡り(2つ目は奥に滝が見えた)、そのまま歩くと道路に降りる所にはコンクリートの壁がありそうだったので、2つ目の谷で道路に戻りました。この斜面歩きは全くの蛇足です。

名草神社まで車で上って来れば、この高さの山にしては、登山はそれほど大変ではありません。人気があるのも理解できます。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆ 蛇足の部分は★★★
地形図は「栃本」「関宮」です。

2018年10月8日月曜日

八東町の鍛冶屋から遠見山

若桜の遠見山には2016/07/30に登っています。この時は若桜から登ったのですが、今回は西から登ってみました。長い尾根が延びているので、その先端へ向かいました。若桜鉄道の徳丸駅の南を八東川沿いに県道6号線を走ると、鍛冶屋温泉への曲がり角があります。ここを通ると鍛冶屋への近道なのですが、温泉までは行かずに途中で害獣避けの金網に扉を見つけました。谷に動物捕獲用の檻がありますが、一気に南へ斜面を登って尾根に上がりました。ここには水道用と思われる貯水タンクがあります。尾根は里山的な雑木林と植林ですが、倒木がたくさんあります。植林の坂を登ると、中ノ谷三等三角点(273.34m)に出ました。三角点の東側の平坦地は植林ですが波打つような隆起があります。そして斜面を降りて鞍部に出ると、水をたたえたコンクリートのマスとかゴミとかがあります。その東ではパイプが転がっていますが、北に少し降りた所にDocomoの八東基地局のアンテナがあり、舗装道路が尾根を切通しで通っています。小さなお堂の他に、切通しの両側には祠があります。

ここから東の山も倒木が多く、歩くのは疲れました。送電線の鉄塔が近づくと藪がひどくなり、草も生えていて歩けなくなり、北に少し迂回して巡視路に出ました。巡視路には「←島・皆原→」(皆原も島と同じく北側なのですが)と「遠見山」という道標があって、ここからは登山道ということになりました。鉄塔は八東大内線4です。切り開かれていて八東川沿いの展望があります。登山道と言っても特に整備されている訳ではありませんが、ここまでよりはずっと急勾配になりました。しばらく登ると、登ってきた方が「島、皆原登山口」、登りが「遠見山」の他に「珪石採掘遺構」という道標がありました。遺構を見に行きましたが、斜面を東に横切る方向です。ピンクのマーキングがあるのですが、途中で見当たらなくなりました。とりあえずそのまま東に進むと溝が掘ってありました。よく見るとレールが4本あって、上にはウィンチが置かれていました。この付近が採掘場のようですが、どこで掘ったのかがよくわかりません。東側は崖になっていて、この付近なのかも知れません。後で地質図を見ると、この付近の北は八東川沿いの泥質千枚岩で、南は2018/08/11に綾木峠の東で見た珪石の鉱山も含む珪質千枚岩の地質となっていました。境界付近で珪石を採掘していたのでしょうか。「山頂」への道標があったので、ここも登山道かも知れません。

珪石採掘遺構から登山道に戻り、急斜面を登って遠見山を目指しました。岩場に出ると金属プレートの島四等三角点(531.34m)がありました。岩場を抜けると植林の厳しい登りが続きます。時々八東川沿いが見えます。そして見晴台に出ました。案内板があるので景色を楽しめました(写真)。ここまで石英っぽい石があまりなかったのですが、見晴台の岩は珪石のようでした。見晴台を過ぎると、中島登山口から登ってくる登山道と合流して、整備された道を歩けば遠見山山頂です。投書箱と本谷三等三角点(805.84m)があり、展望も少しありました。植林の気持ちの良い場所です。

下山は西の鍛冶屋の集落へ真っ直ぐ尾根伝いに降りました。最初は植林ですが、すぐに岩場が多くなりました。登ってきた尾根に比べると藪が多く、岩場の細尾根に灌木が生えて藪になっているという最悪のパターンです。地籍調査の杭などはありますが、明瞭な道や踏み跡はありません。岩場からは木々の間に南側の展望があります。スリリングな場所が多く、特に586mピークは大きな岩で巻くに巻けず頑張って登りました。しかしここを登れば後は平らで歩きやすくなりました。そのまま尾根を歩くと谷に降りることになりますが、尾根が北向きになる手前で西に急斜面を降りて、長い尾根歩きを続けました。登りの尾根は三角点とか見晴台とか時々ランドマークがあったのですが、こちらはやや退屈な植林が多く、ときどき地籍調査の跡がありました。そして開けた尾根に八東大内線6鉄塔が立っていました。特に下山路があるようにも見えないので、さらに植林の尾根道を下りました。その先には祠があって、素戔嗚尊神社の御札が入っていました。さらに道を下り、最後は道路に降りる手すりのついた階段がありましたが、これが藪化しており、枝をかき分けて降りました。

いろいろなものが見られましたが、5時間以上かかる長いコースでした。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「因幡郡家」です。

2018年10月6日土曜日

道の駅あわくらんどから登る影石反射板

2018/09/22に西粟倉の道の駅から三角点をめぐって黒石城跡を通った時に、道の駅の西の山に反射板があることに気が付きました。この付近の山は歩いたことがないので、確認に歩いてみることにしました。

道の駅から北に歩き、吉野川を西に渡ってから塩谷川を渡って南に歩き、鳥取自動車道(正確には志戸坂峠道路?)を潜り、北に山裾を登りました。この道はすぐに終わりますが(今日は道の終点にたくさん出会う日でした)、終点から谷沿い(赤谷川というらしい)に道があります。車が通れるくらいの幅の道ですが、少し登ると谷の奥で終わってしまいました。北側の尾根を歩くことにして、北側の植林の作業道を探しながら急斜面を登りました。尾根に出ると歩きやすくなりましたが、少し登ると幅の広い道に出ました。未舗装ですが砂利が敷いてあるので航空写真ではアスファルト舗装に見えます。この道で少し登ってみましたが、すぐに終点でした。結局尾根を登るなら最初に登ってきた尾根をそのまま上がるのが正解なので、戻って尾根の続きを登り始めました。やや急な所もあり、ちょっと岩もありますが、楽に登れて主尾根に出ました。西に植林を登れば651mピークですが、反射板はこの地点よりは下にあるので東に尾根を下りました。ちょっと下に、反射板がありました(写真)。「岡山県影石反射板 型式3mX3m脚高5m 表面処理 溶融亜鉛鍍金(HDZ55) 完成年月 平成20年12月」とのことで、方角は黒石城とその向こうを見ているようですが、先に何があったか、思い当たるものはありません。

反射板からは西に尾根を歩きました。そのうちに南側に林道が見えてきて、それが尾根を横切って南北両側に分岐しました。ここは尾根の分岐で、ここから西の732mピークまでは南北に林道が並行して走っています。なるべく林道は歩かずに尾根を歩いたのですが、尾根はシダと倒木が多く、歩きにくい場所がたくさんありました。地面には石英が多いのが目を引きました。航空写真で見ても、この付近は林道だらけで、何度も尾根を南北に横切っていました。目標の732mピークには特に何もありません。

下山は南東の尾根と思っていたので、まず林道で尾根を東に歩き、尾根の端で南の尾根に曲がりました。倒木を避けながら降りていくと、東側下方に林道が見えました。しかし尾根に上がってきた所で終わっていました。さらに降りて、下宅四等三角点(602.53m)を通り過ぎると、また林道が尾根を横切っていました。これを突っ切って東に歩き、南の尾根に曲がって、ひたすら植林を降りました。鳥取自動車道の工事の音が聞こえるようになった頃に下に林道が見えたので降りてみましたが、これも少し歩くと終点になりました。仕方なしにその先の植林を降りると、また林道がありました。南北に尾根裾を巻いていますが、北に谷があるのでそちらに行ってみたら、これも終点になりました。逆に歩くと南の谷に出ました。ここから鳥取自動車道まで谷沿いに道がありました。土砂でだいぶ埋まっていましたが、倒木がないので歩ける範囲でした。自動車道の下のトンネルに害獣除けの扉があって、無事にトンネルを抜けられました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「坂根」です。

2018年9月28日金曜日

瓶割峠から黒頭峰・夏栗山・三尾山

篠山市と丹波市春日町の境界に位置するこれらの山並みは、登山道が整備されており東南の佐仲ダムや南の高蔵寺から登るのが一般的のようですが、そうすると3つの山を歩くと行ったり来たりになります。尾根歩きも楽しみたいと思って地形図を見ていて、北から登るルートを思いつきました。

起点は春日町の国領温泉です。旅館が1軒だけあります。ここを南に歩くと、害獣除けの扉があり、「瓶割峠登り口 国領地区元気な地域づくり委員会」という看板があります。近くの「ながたにやまばし」を渡って、草で覆われた道を登りました。上流には巨大な堰堤(国領川第2砂防堰堤)があり、その上流にもいくつか堰堤があります。道が尾根の下で別れている所に来ると、瓶割峠への道標が谷の方に付いています。これは地形図どおりなので、真っ直ぐに谷に入りました。ところが道はどんどん怪しくなりました。地形図では谷の途中で東に曲がって尾根を登るようになっているのですが、この曲がり口が分かりません。谷の奥を登るのは難しそうだったので、道は分からなかったのですが適当に東に曲がって植林の危険な急斜面を登りました。すると斜面の上には道が東側から来ていました。道標を見落とした可能性はありますが、この付近は分かりにくいと思います。出てきた道は倒木以外はよく整備されていてロープが張られている場所もあります。すこし登れば「見晴エリア」という北に展望が広がる場所があります。さらに登ると「休憩エリア」ですが、ここは大師堂跡だそうで、弘法大師像の置かれていたと思われる石積みだけが残っています。本尊は大戦に供出したとありますが、金属製だったのでしょうか?さらに登ると「テンプルコース 瓶割峠へ」という標識が現れてきます。これは鐘ヶ坂で見たのと同じものですが、テンプルコースのルートはよく分かりません。そして瓶割峠に着きました。ここは西瓶割峠だそうです。登ってきた道は県道138号線のはずです。道標では北方面は奥町となっていますが、国領のことでしょうか。

西瓶割峠から東に尾根を歩くと、東瓶割峠に出ました。ここには南から道がありますが、北側にはありません。しかし峠であるからには北側にも道があったのでしょう。丹南町と春日町の標識もこちらにあります。峠には石のブロックがいくつかあって寄進者の名前が彫られており、石工の名前もあるのですが、何がここにあったのかは分かりません。東瓶割峠からは東に尾根を歩きました。特に歩きにくいことはありません。これはテンプルコースで、「高蔵寺へ」となっています。そして、はるか北から続く春日町の「分水界の径」でもあります。標識があるのは有り難いことです。テンプルコースは554mピークを南に巻いていますが、分水界の径はもちろん山頂へ行きます。このピークは奥坪山というようです。いったん黒頭峰との間の鞍部に降りると、テンプルコースは南に行ってしまいます。黒頭峰への登りはとても急な斜面で、はっきりした道もありませんが、間違いようもありません。土は崩れやすく落ち葉も滑りやすいのですが、道の跡を探して登りました。そして、黒頭山二等三角点(620.34m)のある山頂に着きました。少しだけ北に展望があり、北には佐仲峠への道もあります。

黒頭峰からは東に降りましたが、こちらは夏栗山へとなっていますが、あまり道標はありません。藪っぽいのですが、黄色とピンクのテープが目印と信じて降りていくと植林に出て、道標がありました。黒頭峰と夏栗山の間の鞍部は美しい植林です。そして北に佐仲峠への分岐があり、その東はしっかり作られた道なのですが、倒木が増えてきて、どちらに行ったら良いのか分からなくなりました。地形図の破線道は夏栗山の西で南に曲がるのですが、よくわからないので真っ直ぐに歩きました。最初は道があったのですが、そのうちに藪になりました。しかし少し登ると丹波森の径の道標があって、ここが道なのかと思って、そのまま上り詰めて夏栗山山頂に着きました。NHKの共同アンテナと金属製の見晴台がありますが、見晴台に登っても周囲の木が高すぎて景色はほとんど見えません。東は夏栗山観音菩薩となっているので行ってみると、石の祠の中に小さな石仏がありました。

夏栗山からは北東に佐仲ダムの池の北に出て佐仲峠へ行くことも考えましたが、観音菩薩から東にはほとんどマーキングがなく、地形図で北に降りている破線道も見当たりません。結局西に引き返しました。今回は地形図の破線道通りに真っ直ぐ西に降りてみました。道がありましたが、下った所で倒木で埋まっていました。その下には道があって、道標は大ケ谷となっています。この場所も倒木が多く、北に向かう道を探すのに苦労しましたが、道ははっきりしていて、北に歩けばさっき夏栗山に直進して登って地点に戻ってきました。ここから西に道を戻って、分岐から佐仲峠へ向かいました。最初は暗い植林でジメジメした谷に降りました。これは佐仲ダムに流れる水で、分水界はこの西にあります。谷を抜けると佐仲峠から黒頭峰へ向かう分水界の道に出ました。これは歩きやすく、「丹波森の径 雄岳・雌岳の径」だそうです。そして佐仲峠に着きました。お地蔵様があります。

佐仲峠には多紀連山県立自然公園の説明板があります。三尾山への道は険しくて熟練者向きとなっています。登り始めると、よく整備されていますが確かに険しい道です。熟練者向きというよりも体力のある人向きという感じで、頑張って登ると鏡峠からの尾根道と合流しました。しかしここからもかなりきつい岩場の多い登りで、遠景を見ながら登ると三尾城址のある山頂に着きました。木が少し邪魔ですが、あちこちに展望があります。山頂は平らで、気持ちの良い場所でした。ここからは曲輪のある北に降りて、中三尾(西峰)へ向かいました。登山道から登る道があるのですが、それを待たずに南から藪の斜面を登ってみました。ここも多少段差が作られている感じがしました。ここも北に展望があります。そして登山道に降りて、前三尾(東峰)へ向かいました。ちょっときつい岩の多い道を登って、展望バッチリの山頂に着きました。ここからの北の展望は最高でした(写真)。ちょっと降りたところにある「やれやれ地蔵尊」の石仏を拝んでから下山しました。この道も地形図で見ると非常に急ですが、しっかり整備されているので問題なく降りられました。谷に降りてきてからガレ石が増えて少し歩きにくくなりました。谷を降りると丸太小屋があり、2つ目の小屋の脇は山岳訓練場と書かれおり、ほぼ垂直の崖がありました。そのまま堰堤の横を通って舞鶴若狭自動車道まで降りて、その側道を歩いて国領に戻りました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「宮田」です。

2018年9月26日水曜日

若桜の諸鹿から広留野高原へ

以前に若桜の諸鹿から森林鉄道を見に来見野川沿いを歩いた時に、屏風岩の東側に中国自然歩道の標識があるのに気付きました。地形図で見ると屏風岩の近くだけあってとんでもなく急な斜面(計算上ほぼ45度)を登る破線道が描かれています。あまりに急勾配なので、登ってみようと出かけてみました。高所恐怖症なので岩場の急勾配は困るのですが、航空写真で見ると林なので、滑落しても木で止まるだろうと考えました。

諸鹿の「全面通行止」を過ぎて、中国自然歩道の標識に着きました。広留野3.0kmとなっています。しかしその標識の下には紙があって「通行止 中国自然歩道 諸鹿-広留の区間(区間上部)で歩道が崩落し通行が危険な状態となっているため、この区間を通行止めとします。」と書いてあります。ビニール袋に入っていますが、かなり古いらしく右半分の地図は読めません。日付がないのでいつのものかは分かりません。区間上部と言えば勾配の最も急な所です。どうしたものかと考えましたが、歩けなくなったら戻ることにして登ってみました。ちょっと登ると「諸鹿の大岩壁と諸鹿岩」という説明板があり、さらに登りが続きます。岩の多い自然林ですが、道がしっかりしているので問題なく登れます。ただし林の中なので標高が上がっても展望は全くありません。途中から、最初はなかった緑色のケーブルが地中に埋まっていました。問題の崩落箇所ですが、途中に注意書きが登山道に落ちていました。その上部では確かにターンで道が消えていて、倒木に手をついて登る必要がありました。その後に倒木もありましたが、結局手を使わなければならなかったのはここだけで、すぐ上でガードレールが見えてきて、舗装道路に上がれました。登り始めて30分もかかっていません。

この舗装道路は鳥取県道103号線です。まずは広留の方向に歩いてみました。道は良いのですが荒れています。H22若狭町ICTという札の付いた電柱があって光ケーブルが張られていましたが、これが中国自然歩道に敷設されていたケーブルに繋がっていました。不思議なのは、広留に向かっていくとこの舗装が終わっていたことです。このあと再び舗装道路に出るまでの間は、ほぼ未舗装でした。舗装道路からの入り口は車両通行止めでロープが張られていました。この舗装道路も県道103号線ですが、丹比の方からの道と繋がっており、そちらから車で上って来られます。「広留野高原」の看板があり、中国自然歩道は扇ノ山へ向かっていました。近くの藪に金属プレートの広留四等三角点(717.64m)がありました。ここが今日の最高地点となります。

下山は、先程の舗装道路を下りました。荒れ気味と言っても舗装道路は歩き易いのですが、いきなり終わってしまいました。地形図から予想はしていましたが、終わった眼の前が岩だったので驚きました。しかし舗装の先を降りる短い階段があって、降りると道らしきものがあったので、それを歩きました。岩の下を過ぎると古い道に出てきて、これが地形図の破線道のようです。崖を削って作られた道で(写真)、今は落石や崩落がありますが、作られたときは良い道だったと思います。しばらく歩いてそろそろ地形図で再び舗装道路に近づいたと思ったあたりで、道が谷で終わっていました。谷の向こうを見ても道はないので完全に道が流されたかと思って振り向くと、道がUターンしていました。この道は勾配が少なく、歩くには広く自動車には狭いので、森林鉄道用かと思ったのですが、このターンは鉄道では難しそうです。ここからはまた西に向かって歩きました。崖を削ってあるだけでなく、石積みもあってしっかり作られています。しばらく西に歩くと再びターンがあって東に向きが変わり、しばらくほぼ水平に歩くと、コンクリートの壁が見えてきました。見上げると柵があるので道路の終端のようでした。よく見えると木の階段が作られていましたが、段の間に木が生えていて歩けません。苦労して斜面を上がると道路の終端に出ました。幅広い道ですが舗装していないため、背の高い草が茂っていて、抜けるのは大変でした。とはいえ100mも我慢すると舗装道路に出ました。ここからは舗装された県道103号線を降りましたが、大きくヘアピンにターンする所から上は通行止になっていました。あとは県道で植林を抜けて帰りました。途中に「栃の実持ち帰り禁止」の札が出ていたので、この付近では栃の実が採れることが分かりました。栗の実はたくさん落ちていましたが、全部食べられていました。栃の実は殻が硬いので食べられないのでしょう。

2時間ちょっとしか歩いてないので姫路から出かけた割には物足りないのですが、登りも下りも楽しめました。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「若桜」です。

2018年9月24日月曜日

多可の道の駅から登る鳴尾山

丹波市と多可町の境界にある鳴尾山には以前にも登っていますが、今回は杉原紙の里のある多可の道の駅の東の山を歩きたかったので、道の駅から登ってみることにしました。杉原紙研究所の前を通って南に歩くと尾根の先は金網で囲まれていますが、扉がいくつかあります。両開きの扉から入るといきなり足元には溝がありますが、これを渡って急斜面の藪を登ると、尾根の裾に出ることができました。あとは植林を登りました。作業道もあって楽に350m+のピークに出ると、アシビが生えている程度で歩きやすく、北の360m+ピークに行きました。ちょっと降りると林道の終点がありましたが、林道は歩かずに次の360m+に登りました。東に降りると340m+の鞍部には南からまた林道が来ています。地形図にある実線道の続きで、東の山にも折り返して登っていましたが、これも無視してそのまま尾根で登山を続けました。やや急峻な植林を登ると、511mピークに着きました。ここもアシビが生えている植林です。北に歩くと藪っぽくなり、下島四等三角点(536.14m)がありました(写真)。さらに北に尾根を歩きましたが、ひどい藪はありません。尾根がC字型に曲がっている所は、谷を渡る必要がありました。その先も植林ですが、550m+の細長い尾根は道があるだけで特に面白くもなく、やや急な斜面を登って606mピークに出ました。ここからは2013/08/06の逆コースとなります。この地点から北に降りる所は藪で、赤テープのマーキングが無ければ降りる気にはならないでしょう。

一度歩いたと言っても、歩いたのはだいぶ前ですし、逆コースだと風景も違います。たまに上りもありますが急勾配はなく、最後に真っ直ぐの急斜面を登ると、鳴尾山山頂です。三方三等三角点(753.12m)があります。周囲にはママコナが咲いていました。ここからも前に歩いた尾根の逆コースですが、登ったときには問題ない分岐も降りるときには迷う所がいくつかありました。最後は699mピークから急斜面を降りて、鳥羽坂に着きました。文化7年のお地蔵様があります。ここからの下山も2013/08/06の逆コースなのですが、これも上りと下りでは事情が違います。木に赤と黄色のテープが巻いてあるのが登山道のマークだと思うのですが、道は消えかかっており、一つのマークから次のマークが見えない所もあって悩みました。所々に低い金属の筒が立っており、NHKの共同アンテナへのケーブルが敷設してあったのだと思います。地形図の実線道の終点から鳥羽坂に登山道があるはずなのですが、途中でマークを辿ると藪の中を降りることになりました。短気を起こして谷を降りるとガレ石や倒木に悩まされますから、これが正解だったと思います。最後は舗装された林道が見えたのですが、そこへ行くには谷を渡る必要がありました。この付近の谷には石垣が作られていました。あとは林道で下山しました。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「大名草」です。

2018年9月23日日曜日

虫井神社から歩く虫井谷川上流の山

鳥取県の智頭町と八頭町の境界の山を幾つかに分けて歩いていますが、虫井谷川の上流付近は、虫井谷川を遡った時には綾木峠の方に行ってしまったので(2018/08/14)歩いていません。そこで、その残った部分を歩くことにしました。最初は、登りに2018/09/02に下山に使った尾根を、虫井谷川から登ろうと思いました。地形図には虫井谷川から西に真っ直ぐ登って行く破線道が描かれていますが、この場所に行っても橋がなく、破線道が描かれている斜面は急すぎて登れるわけがありません。虫井谷に入った所に木の橋がありますが、この付近の斜面も非常に急です。そこで結局尾根先から登ることにして、尾根先の虫井神社から登ることにしました。

実際には神社ではなく、神社の東の土砂置き場から尾根を登りました。植林で勾配も緩いので楽に登れます。しばらく登ると、大きな木が二本、石で囲まれていて、前に灯籠と思われる石が転がっていました。その後ろも石で囲まれており、虫井神社の奥の宮ではないかと思います。虫井神社はブナ林で有名と神社の説明板にあったのですが、この二本の木はブナではなく、ドングリ系の木のようでした。もちろん周囲にはブナの木もありました。

ここからは黒い蛇腹チューブと地積調査のテープに従って尾根を登りました。相変わらず歩き易いのですが、徐々に急になってきます。それでも木に捕まらなくても登れて、主尾根に出ました。ここには智頭の方向に向いたアンテナがありました。主尾根は植林で、登って行くと広くなだらかな場所に出てきました。この付近は2018/9/2に来ていますが、開放感があります。ちょっと急斜面を登ると、虫谷三等三角点(710.08m)があり、2018/9/2の逆コースを歩いて気持ちの良い尾根を抜けて、八頭町と智頭町の境の尾根まで来ました。前回は西からここに来たのですが、今回は東へ進みました。この付近は地籍調査のピンクテープが多く、道に迷うことはありません。気持ちの良い尾根を歩いて786mピークに近づくと南側が広い伐採地で、八河谷と芦津の集落が見えました。虫井神社の北股川の対岸は山の斜面が大きく崩れているのですが、その光景が良く見えました。ここから尾根は北に向かい(ピンクテープに従って降りれば目指す尾根に降りられます)、少しアシビの増えてきた尾根を歩きました。下奥四等三角点(771.47n)周囲は伐採されていて、ここでも南側に展望があります(写真)。ここからは東に尾根を歩きますが、植林が多いとはいえ自然林もあって良い感じです。710m+に上がる付近は地形図からは予想できない急斜面がありました。その後は854mピークに登る所は地形図どうりの急斜面でしたが、石英の石が多く、きれいに光っているものもあるので、それを見ながら登るとすぐに854mピークに着きました。ここは2018/08/14に来ています。

下山になりますが、まずは尾根を南に下りました。登りでは急斜面で苦労した所もありましたが、下りでも楽ではありません。2018/08/14には南の尾根から登ってきましたが、今回は尾根を真っ直ぐに西向きに降りました。ちょっと広々した場所を過ぎると少し荒れた感じにはなりますが、地籍調査のテープもあります。真っ直ぐに降り続けると、地形図どうりに林道の上に出ました。ここでもちょっと苦労して林道に降り立ち、あとは林道で虫井谷川を下りました。林道がヘアピンカーブする所は谷の奥で、ちょっとした滝がありました。この林道はあまり荒れておらず、県道6号線に戻れました。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「郷原」です。

2018年9月22日土曜日

西粟倉村の影清・大滝三角点

岡山県の西粟倉村の三角点を二つ巡ってきました。1つ目は影清三角点です。これは西粟倉の道の駅から登りました。道の駅の目の前から東に入る道があって、駒の尾山登山道に行けるはずなのですが、東に入ると智頭急行のガードの手前で通行止めになっていました。この理由は後でわかりましたが、とにかく登り口はガードの手前から南の山に入って、トンネルの上の植林を登りました。すぐに林道が横切っていますが、無視して尾根を登り続けました。結局この後4回尾根を未舗装林道が横切っていました。尾根は植林がほとんどですから、特の登りにくいことはありません。作業道の名残も残っています。標高480m付近には共同アンテナの部品が落ちていました。最後は平坦になると自然林が少し増えてきて、影清四等三角点(691.05m)に着きました。南側は植林、北は自然林ですが、全体に植林の多い山です(写真)。なお影清というのは藤原景清のことのようですが、Wikipediaは西粟倉に悪七兵衛の伝説が残っていることに言及していません。

山頂からは北に尾根を歩きましたが、こちらも歩きやすく、林道が両側の下の方に見えると思ったら、尾根を横切っていました。しかし林道で下山するとどこに出るか分かりませんので、そのまま影石谷トンネルの北まで尾根を歩いて、北からトンネルの南出口に降りました。しかしどうやらこれは不正解で、トンネルの真上から谷を降りたほうが楽だったようです。トンネル出口の脇に降りて、コザイ峠を目指しました。しかし人家の手前まで来ると道が崩落していました。これが通行止めの理由でした。いつ崩落したのかは分かりませんが、早く修復されることを祈ります。

コザイ峠には2016/07/18に来ていて、その時はここから駒の尾山に登りました。今回は林道ダルガ峰線も、直進の愛の村パーク方面も通行止めでした。駒の尾山とは反対側の南の山に登ろうとしたのですが、峠付近には登れる場所がありません。東側の青野に行く道を少し降りると真砂土を採取している場所があったので、ここから尾根に上がりましたが、崩れやすい急斜面でした。峠の西側から登るのが正解だったと思います。

こちらの尾根も植林が主体で歩きやすいのですが、数箇所伐採されており、背を越える高さのススキが生えていて、非常に歩きにくくなっています。特に最初の伐採個所は急斜面なので西側の尾根に逃げました。ここを抜けて植林を歩くと、植林の中に大滝三等三角点(708.54m)がありました。この先も何箇所か伐採地があって、見晴らしは良いのですが、ススキをかき分けて抜ける必要がありました。その先の663mピークは黒山というらしく、黒山城跡のようです([1])。じっさい歩いていても地形に段差があって城跡だとピンときました。ただし石垣はありません。南に降りる尾根にも段差があります。そのまま下山しましたが、最後はまた下草の多い場所になり、峠(米ヶ乢?)の切通しは急すぎて降りられず、一旦西側の植林を降りてその下にあった林道に出てから峠の舗装道路で降りました。峠には明治30年の大日如来と掘られた石がありました。峠を横切る道は林道野井張線だそうで、西から峠まで舗装されています。これが地形図で峠を横切っている道だと思って下山していたら、実は最初に降りた林道が地形図の実線道で、野井張線はGoogleマップにはありますが地形図にはありません。真っ直ぐに降りれば西粟倉駅で、あとは373号線で道の駅まで戻りました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「坂根」「古町」です。

2018年9月5日水曜日

養父の舞狂山

養父市役所のある八鹿町の円山川をはさんだ東側に、舞狂という小さな集落があります。なんでも陰陽師と関係があるようですが、「舞い狂う」とは面白い名前です。その裏山である舞狂山に登ってみました。

登り口はもちろん舞狂です。山頂にはアンテナ群があるので舗装された保守道路が北からあるのですが、それではつまりません。BukyobashiをわざわざBukyo Bridgeと書き直した舞狂橋から集落に入り、幅の広い堰堤に向かいます。堰堤の前で西に流れを渡る橋があるのでこれを渡り、航空写真でよく見える電柱のある切り開きを目指しました。橋を通っている道は送電線の保守路ですが登っては行かないので、ススキをかき分けて電柱の方に登りました。電柱の下はそこそこ歩けますが、直射日光が暑いので脇の林の中を登りました。そのうちに荒れ果てた道があって、その後はこの道で登りました。最初はジグザグに電柱に沿って登って行きますが、そのうちに東に向かい、谷の下に出ました。荒れた谷でいつもなら避けるのですが、地形図では山頂からこの谷にジグザグに道が描かれています。ちょうどそれが終わっている付近だったので、谷を登ってみました。しばらく谷の東側を登っていたのですが、地形図の道は谷の西側に描かれていることに気が付き、探しに行くと荒れた道がありました。上手に探せば登ってきた道と繋がっているかも知れません。

地形図通りに道をジグザグに登って、山頂の道に出ました。KDDIの八鹿基地局です。山頂にはこの他に兵庫県の舞狂山中継所、養父市防災行政無線舞狂中継所、名無しのアンテナ、NHKの八鹿テレビFM中継放送所、それにドコモの舞狂無線中継所があります。金属プレートの養父頭四等三角点(381.11m)もあります。展望は木やケーブルに邪魔されますが、特に西のほうが良く見えました(写真)。今日の目的は舞狂山に登るだけではなく、東の尾根を歩くことなので、ドコモの中継所から尾根を降りました。あまり手入れの良くない植林と自然林が混ざった尾根ですが、歩きにくくはありません。木が邪魔ですが、北にも南にも円山川が見えます。一箇所だけ尾根上に大きな岩があって登るのに苦労した所がありました。それを越えると切り開かれたピークに金属パイプが転がっていました。共同アンテナの跡でしょうか。そこから東に同じような尾根を歩き、472mピークを過ぎ、さらにしばらく歩いて江波三等三角点(508.07m)に着きました。ほぼ藪の中です。さらに東に522mピークまで行き、少し北寄りに植林を抜けました。その先は東の峠に降りたのですが、ここは急斜面を降りる必要があります。マーキングや杭はあるのでなんとなく方向は分かりましたが、真東に降りる必要があります。

峠には地形図では破線道が描かれていますが、形跡がありません。しかし南側の谷は植林なので苦労せずに降りられました。枝や石を避けながら降りていくと石積みがあって、道のようでした。最初は石積みのどちら側が道か分からないくらいだったのですが、徐々に道らしくなりました。この付近は谷の奥の割には石積みが多く、斜面にもあるので耕作地とは考えにくいのですが、かなり人の手の入った谷です。細い踏み跡を降りていくと、地形図にもある砂利道の林道に出ました。車が通れないような崩落もありますが、歩くには問題なく、泉光寺の脇の害獣避け扉に着きました。あとは大藪(あまり歩きたくない地名ですが)を抜けて舞狂へ戻りました。大藪も城跡や古墳群があって面白そうな所です。

名前や集落の歴史から、もっと謎めいた山であってほしかったのですが、アンテナ群がすべての歴史を消し去った感じがしました。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「八鹿」です。

2018年9月2日日曜日

智頭町浅見の北の山

数日前に智頭町の北股川沿いにある西野の集落から北に峠道を辿りました。その時に浅見に下山した尾根が気持ちよかったので、今回も同じ付近を歩いてみました。登り口は浅見を流れる浅見谷川です。前に下山に使ったのは谷の西側の主尾根ですが、今回は主尾根の東側の支尾根を登りました。谷川を歩いていくと、道路は川の東側に渡りますが、西側の尾根の先端の下に「浅見本谷まぶ」という説明板があります。まぶ(間府)とは鉱山の跡のことだそうで、100年ほど前に掘られたが、利益の出る鉱物は出なかったと書いてあります。この坑道入口の上から登り始めました。最初は非常に急ですが、植林の作業道の跡を探して登ると、意外と楽に登れました。それから長く植林を登りましたが、途中から自然林に変わり、最後は急斜面を標高差150mほど登ると、754mピークに出ました。前回も来ているピークで、北側は植林です。

今日は754mピークから北に降りました。こちらも植林が続きますが、たまに自然林もあります。気持ち良い尾根道です。西側から中電の巡視路が登ってきて、八東大内線41鉄塔に着きました。1系統にしては高い鉄塔です。尾根の東斜面に立っているので、東に展望があります。この付近に落ちている石は全て石英で、露出している岩も石英でした。西側下には林道が見えていました。鉄塔から植林を歩いて、790m+地点まで来ると、北に展望が開けます。そして尾根を東に曲がって、スリムだが背の高い八東大内線39鉄塔では南北に展望が開けます。鳥取放牧場の風力発電の風車、鳥取と日本海が見えます。鉄塔の周囲は広く伐採されているため、東に歩くには生い茂ったシダの原っぱを抜ける必要があります。そして797mピークに出ると、南側が伐採地となっています。もちろん展望があります。伐採地と言うのは木が生えてないという意味なのですが、周囲は植林ではなく自然林なので、なぜ木が無いのかよく分かりません。低く灌木がネマガリダケのように地を這うように生えています。尾根上も草がなく、砂地になっています。そして東に少し降りると、また木の生えてない場所に出てきました。ここには北側に大きめのお地蔵様が鳥取の方向を向いて立っています(写真)。かなり風化してお顔はほとんどわからないのですが、文字は頑張れば少し判読できるかも知れません。確かにこの鞍部は浅見谷川のつきあたりで、大江経由で鳥取に行くなら最短の峠です。しかし峠の両側も急斜面で、北側はシダが茂っており南側は砂地の斜面です。道と思えるものはありません。展望が南北ともに素晴らしい場所です。

峠から東に登って尾根を歩き、地籍調査のピンクテープだらけの分岐点から南に曲がりました。ここは地形図では破線道が描かれていますが、植林の中の道です。特に整備されていなくても歩きやすくてどんどん歩けました。暗い植林ですが、森林浴と言ってしまえば良い気分になれます。たまには自然林もあります。しばらく歩くと切り開きがあって、虫谷三等三角点(710.08m)に出ました。この南は最初は狭い尾根ですが、少し下ると広い尾根になって方向が分かりません。ここでは地形図にある林道を見つける予定だったのですが、なんとなく尾根があるので下っていくと、南に向かう尾根でした。これはそのまま歩き続ければ浅見に出られるのですが、浅見谷川の上流を見るのも目的の一つだったので、611mピークのちょっと北で西に枝尾根を見つけたので迷わずに降りました。下っていくと、予想どうりに林道の終点に出られました。ここからは林道を北に歩き、もう一本の林道と合流して南に浅見谷川沿いに降りました。途中には「通称」として谷の名前が書かれた杭があって、「かつら谷」「大木炭」「つえ谷」などがありました。未舗装ですが良い道だと思って歩いていたのですが、舗装になった付近で土石流で道が流されており、アスファルトの路面がデコボコになっていました。そこを過ぎると三の滝、二の滝と小振りですが美しい滝がありました。この谷川の滝は浅見谷川の本流にあるので、谷を登って見に行く必要はありません。最後は一の滝(浅見の滝)です。三段に分かれた大きな滝ですが木の枝に隠されてよく見えません。森林浴に適した谷なのですが、もう少し手入れが必要なようです。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「郷原」です。

2018年8月29日水曜日

智頭の西野集落から北の山

智頭の東、芦津渓谷に行く途中に西野という集落があります。地形図を見るとここから北に板井原へ山越えする道が描かれています。破線道なので無くてもおかしくありませんが、なんとなく必然性のある道なので確認しに行ってみました。

智頭急行の恋山形駅近くから北股川沿いの県道6号線を北上すると、すぐに西野集落に着きます。集落の中の道を北に歩くと、牛頭天王を祀った西野神社があります。小さな神社ですが彫り物は立派です。近くには墓所がいくつかあり、谷の西側にも古いものがありますが、道はその北にあります。しっかりした植林の作業道です。途中に中電の標識もあって、鉄塔の保守道路かも知れません。植林を抜けると切り開かれた草地の中に八東大内線51鉄塔がありました。鉄塔の基礎のコンクリートが鉄塔の脇にあって、平成24年に建て直したのかも知れません。ここから一気に尾根を登って行きたい気もしましたが、破線道は尾根の東斜面に描かれており、探すと見つかりました。

ここからの破線道は植林の斜面をトラバースする作業道で、倒木などもありますが意外としっかり残っています。次の鉄塔の上側を通り、倒木だらけの谷を渡りました。次の谷は渡りにくかったので谷の手前の急斜面を登り、それから北に歩いて破線道に戻りました。この先は斜面の上は自然林となり、自然と上の方を歩くようになりました。さらに尾根まで上がれそうでしたが、そうすると100m以上も余分に登ることになり、破線道からも外れるので、そのまま歩きました。しかし鉄塔が見えてくると、結局はそちらに行くことになりました。これは大内用瀬線9鉄塔で、この付近では送電線に沿って下の木が刈られています。航空写真で見ると一見歩きやすそうですが、背の高い草が茂っているので避けたほうがよさそうです。ここも送電線から北に降りて、破線道に戻りました。しばらく斜面を歩くと、上に道があることに気が付きました。登ると立派な林道で、しばらくはこれを歩いて、峠に着きました。

峠には文化8年のお地蔵様があります(写真)。これは峠地蔵(640m)だそうです。ここは板井原では西野越と呼ばれいます。いろいろな道標があり、地面に落ちているものもあって、「板井原集落 西野集落(通行不)」「海上山 Bコース」「毛谷登山口」「板井原集落(Bコース) 海上山(Aコース)」などなどありました。ここを通っている林道は「森林作業道ツエガ逧上線」だそうです。コースはよく分かりませんが、とにかく大内用瀬線11鉄塔に行って、北に尾根を歩きました。鉄塔付近は中電が植林したようですが、あまり成功しているようには見えません。ここからは篭山の反射板が見えました。北へ向かう尾根は気持ちよく、途中から自然林となりました。北側すぐ下に林道があります。尾根が北西に分岐する場所には「藤見平(鳥取市展望)」という札がありましたが、展望はありません。東寄りにに尾根を歩くと板井原へ下山する道があり、「板井原林道」「展望広場 Bコース」という札がありました。展望広場がどこかは分かりません。この場所には八東大内線43鉄塔が立っていましたが、地形図ではちょっと東寄りのピークを送電線が通っています。おそらく建て直した時に移したのだと思います。東のピークは切り開かれており、中電風に植林されています。さらに東に歩き、植林の754mピークに着きました。

ここからはまっすぐに南に下山しました。長い尾根で、ほとんどは植林です。最初は少し急勾配があり、迷いそうにもなりましたが、その後は歩きやすく、背中に雷の音を聞きながら急いで降りました。最後に尾根先で破線道が曲がっている所は新しい伐採用の林道が作られており、ちょっと苦労して林道に降りました。西に歩くと地形図のように舗装道路に出られました。この付近にはログハウスが数件あり、「浅見ログハウス」だそうです。付近には滝がいくつかあって、案内板がありました。GoogleのStreet Viewは頑張って浅見谷川をかなり遡っていますが、すれ違いの難しい道です。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「郷原」です。
「郷原」

2018年8月18日土曜日

芦津関山城から登る芦津渓谷の北の山

芦津は山奥と思っていたので、城跡があることを知った時は驚きました([1])。この山の東側は崖なので、西の谷から登ってみました。谷の奥に、地形図には描いてない祠があって、その前に建物があります。祠は神社ですが、鴨居の彫り物が蛸だというのがユニークです。神社の裏の植林を作業道を探しながら登りました。少し登ると北からの林道の終点がありました。この終点からさらに作業道を登ると、尾根の鞍部に出てきました。切通しのようですが両側に道はないので、これは堀切です。ここから細尾根を歩いて城跡に出ました。狭い城跡は切り開かれており、祠と芦津四等三角点(524.8m)の他に、屋根付きの台の上にサイレンが設置されていました。後で気がついたのですが、この集落には定時にサイレンが鳴り響きます。おそらく音源はこれなのでしょう。定時に登らなくてよかったと思います。山頂はこれだけでほぼ一杯で、城跡といっても見張り櫓を建てるのが精一杯だっただろうと思います。このサイレンは最近設置されたようなので、どこかに登山路があるのでしょう。

関山城跡は今日の登山の起点です。細尾根を引き返して堀切を渡り、植林を登りました。先程見た林道は西側を登って行きました。尾根は歩きやすいのですが、標高600m付近から急勾配になりました。そして650m付近で林道が尾根を横切っていました。しかも尾根の両側で上下に道が分岐していました。そのまま尾根を登ると、標高700m付近でも林道が横切っていました。林道の下側は打ち捨てられた木や枝が積み重なっており、上側は切り立っていて登るのに一苦労です。そしてさらに登って730m+の主尾根に出ました。ここは切り開かれていて地籍三角点があります。ここからもさらに東へ植林の登りです。しばらく登ると共同アンテナがありました。南側には林道が来ていましたが、この付近で終わっていました。そして植林の794mピークを通り、ちょっと下ってまた登り、820m+には切り開きがあって、地籍三角点がありました。南側の山が見えます。そして地形図では平らそうですが意外とアップダウンの多い所を抜けて、金属プレートの大東仙四等三角点(853.95m)に着きました。ここも南側の展望があります。この付近からは自然林が増えてきます。北側の谷の向こう側に伐採地があると思ったら、2018/08/08に登ってきた林道でした。この付近から徐々にブナの木が増えてきて、良い雰囲気になってきました(写真)。その分だけ足元には笹が増えてきます。そしてまっすぐに尾根を登って、出てきた尾根を北に行って、1074m地点に出ました。ここは少し切り開かれていて地籍三角点があります。そしてついでに2018/08/08に通った1010m+ピークまで行きました。この付近では枯れたネマガリダケの茎が地面を覆っています。

いちおう目標の尾根に出たので、下山をはじめました。1074m地点に戻り、そのまま南西に尾根を下りました。この付近では東の谷から水音が聞こえます。かなりの水量があると思われました。下っていく尾根はこの谷の西側です。登ってきた尾根よりは笹が多く藪っぽいのですが、時々マーキングもあり、踏み跡もあります。ちょっと急斜面を降りると谷に接近しますが、そのまま歩くと地形図にある細尾根に乗れました。この細尾根は藪っぽいのですが、時々倒木を越えたりしただけで、問題なく歩けました。ただし笹はなかなかなくなりません。921mはちょっと伐採されています。そのまま細尾根を歩いて、尾根を西に曲がり、自然林を降り続けると、岸上三等三角点(928.9m)に出ました。南に展望があります。この西は植林となりますが、そのまま芦津発電所の方には降りず、北西の倉谷を目指して北に尾根を降りました。この付近は気持ちの良い自然林ですが、尾根が複雑に分岐しており、GPSを見ながら尾根を探しました。徐々にブナは消えて植林になりました。美しい植林で、谷も歩けそうでしたが、上から見ると細い谷には倒木もあって、歩きやすい植林の尾根を降り続けました。複雑に折れ曲がり分岐した尾根を選びながら564m地点まで来て、さらに少し降りると林道が尾根を横切っていました。どこに行くか分からないのでまっすぐさらに尾根を降りると、地形図どおりに墓所がありました。周囲には石垣が多く、かなり手の入った耕作地だったようですが、今は植林です。倉谷の集落との間には東の谷から来る川があり、橋が掛かっていました。しかしこの橋はいかにも古くて今にも壊れそうでした。幸いに並行して上流側に堰堤があったので、そちらを使って川を渡りました。この堰堤から村の中に水を導いているのですが、水車があるのに驚きました。倉谷のこの付近の家はほぼ空き家です。

関山城はともかくとして、標高差が600m以上ある割には歩きやすく、美しい植林やブナの林が楽しめるコースでした。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「郷原」です。

2018年8月14日火曜日

智頭町の虫井谷川から綾木峠

つい先週歩いた綾木峠は鳴滝山から海上山に至る、八頭町と智頭町の境界に位置する長い尾根にあります。今日はこの尾根の、綾木峠の西側を少し歩きました。

登り口は虫井谷川という、芦津の西、虫井神社の北です。実は最初はこの川沿いを歩くつもりはなく、虫井谷川と堂本の間の尾根を歩きたかったのですが、虫井谷川沿いの林道に入って見上げると、尾根のこちら側は岩山で登れません。県道6号線に戻って尾根先の植林を登るのが正解だったかも知れませんが、未舗装ですが歩きやすい林道だったので、しばらく歩いてみることにしました。東側の山は急斜面であるだけでなく、川を渡らないと登れません。この川は深くて、林道から降りるのは大変です。結局登れそうな斜面を求めて上流まで歩いて、川が浅くなる付近から登ることにしました。地形図ではちょっと支尾根っぽくなっています。植林で地面は意外としっかりしていたので、木に掴まらなくてもなんとか登ることができました。尾根に出ると気持ちの良い植林で嬉しくなりました。

ここからはひたすら植林の尾根を歩きました。たまに自然林もありますが、ほとんどは植林で、下草もなく歩きやすいのですが、登りが続きます。574mピークを過ぎ、ゆっくり登って行くと、661mピークの手前では周囲のたくさんの木に地籍調査のピンクのテープが巻いてあり、華やかな雰囲気でした。その北はちょっと細尾根があり、それからきつい斜面になりました。ここもゆっくりと登って、854mピークに出ました。ここは西の海上山に繋がる尾根との合流点です。頭の赤い杭の束が積んでありました。この先では北の八東川沿いや西に河原方面が見えることがありましたが、ほぼ常に木が覆い隠しており、展望を期待するのは無理です。金属プレートの柳谷奥四等三角点(841.93m)はちょっと切り開きがあります。柳谷というのは八河谷の字の名です。

この先は尾根が北から東に曲がりますが、この付近は自然林が多く、ちょっと藪っぽい雰囲気もあります。しかしすぐ植林になって、斜面を降りると740m+の鞍部に出ました。ここは芦津の史跡案内板に大江越と書かれている峠です(大江では別の名前でしょう)。文政2年のお地蔵様があります。確かに山越えにはここは良いルートでしょう。お地蔵様の背後の急斜面を倒木を避けながら登って788mピークに上がり、ちょっと平らな植林を抜けた後、植林の急斜面を標高差200m近くも登らねばなりません。これはきつくて、ゆっくり休みながら登りました。途中で石英が目立つようになってきて、綾木峠に近づいているのを実感できます。疲れ果てて950m+の細長い尾根に登ると、あとは植林を歩いて八河谷二等三角点(971.26m)に着きました。ここには以前は祠があったのではないかと思います(写真)。そして斜面を降りて、綾木峠に降り立ちました。

綾木峠からは八河谷に中国自然歩道で降りました。最初は植林の中をジグザグに降りる道で、階段も作られています。峠の北には見られなかった枝打ちされた枝が地面を覆っています。このまま楽ちんに降りられるかと思いきや、道が落石で埋まった中に八河谷への道標が立っていました。ここからしばらくは道は渓流に沿って作られており、ほぼ完全に流されています。峠の北側と全く同じ状況です。ガレ石と流木の上を歩くのは同じですが、こちら側はマーキングが少なく、シダが茂っている所が多いので、北側よりも歩きにくい感じでした。たまに階段の横木のような棒が落ちているので登山道の残骸だということが分かります。場所によってはコンクリート製の道標がガレ石に埋まっていました。何度か渓流を渡り、登山道が再び現れるのを期待しながら降りましたが、結局道は中国自然歩道の案内図のある舗装道路の寸前まで現れませんでした。距離にすれば500mほどですが、とても疲れました。舗装道路も壊れかけてはいますが、歩くなら問題はなく、綾木谷川に沿って八河谷に降りました。途中には昔石英の集積場だったような空き地があったり、発電所用の取水口(芦津発電所経由で新大呂発電所に行くらしい)があったりしました。最後は八河谷から出発点まで県道6号線を歩きましたが、これは暑くてまいりました。

峠の北も南も中国自然歩道の荒れ方は相当なものです。人力で修復するのは不可能だと思いますので、しばらくはこのままでしょう。荒れまくっていてこれ以上荒れようがないのが救いです。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「郷原」です。

2018年8月11日土曜日

北から登った綾木峠と東の尾根

綾木峠は鳥取県の八東町と智頭町を結ぶ峠です。この付近は南の芦津付近を通って行くこともできますが、今回は北側から歩いてみました。若桜鉄道の八東駅の東から南に県道6号線を入って、柿原を登山口にしました。柿原はほぼ廃村で、けっこう立派な家もあって興味津々ではありますが、休日には人が来ていました。柿原から綾木峠までは中国自然歩道とされており歩きやすい道を期待しました。舗装はすぐに終わってしまいますし、自動車も入れなくなってしまいます。しかし道の周辺には立派な石垣があって耕作地だったことがわかります。問題は道が川沿いに作られていて、石や流木で埋まっていることが多いことです。これが最近の大雨のせいなのかどうかは分かりませんが、道の見えない場所が多く、非常に歩きにくくなっています。何度も渓流を渡りますが、飛び越えられる幅とは言っても滑ったら大変なので気を使いました。救いなのはマーキングが残っていることで、地籍調査のテープと間違えなければ迷うことなく登っていけました。ガレ石の上を歩き続けて疲れたころに、道は東側斜面に上がって、だいぶ楽になりました。階段が作られている所もあります。スギやチシマザサの説明板もあります。しかし斜面の道も流され気味ですし、再び谷に降りるとガレ岩の上を歩かねばなりません。谷の奥で地形図の破線道が東に曲がっている地点では西向きに階段が作られていますが、こちらが正解で、ここからは植林の急斜面をジグザグに登るようになります。たまに大きな草が茂っていますし、谷を渡る所には橋がありませんが、休みながら登れば大きな問題もなく、綾木峠に着きました。歩き始めて100分ほどかかりました。中国自然歩道だから歩きやすいと思ってはいけません。峠には道標がありますが、説明板は壊れていました。

綾木峠からは東に尾根を歩きました。まず急斜面をまっすぐに登りましたが、気持ちの良い尾根で風もあるので疲れもあまり気になりません。木の間隔が広く下草のないコナラやブナが主体の自然林となると、理想的な山歩きと言えます。ところが少し東に歩くと、いきなり尾根が切れていました。これは鉱山の跡のようです(写真)。綾木峠まで歩く間も石英の多い山だと思っていて、道標の上に石英が置いてあったりしました。尾根に出てからも露出している石がことごとく石英なのに驚いていたのですが、この鉱山は石英を掘っていたと思われます。南側はあまり詳しく調べなかったのですが、コンプレッサーが放置されていました。1981年の国土地理院の地質図によるとこれは珪石の稼行鉱山とされています。鉱山跡を北に巻いて再び気持ちの良い尾根歩きとなりました。しばらくは登りが続きますが、ゆっくり歩けば風も爽やかです。姫路は34度近い日でしたが、この付近は23度程度でした。

綾木峠から80分ほどで、西ケ谷四等三角点(1051.29m)に着きました。切り開かれていますが展望はありません。ちょっと南に曲がった1060m+ピークは東側が切り開かれています。ここは尾根に沿って歩くと南に行ってしまうので、間違えずに東に降りる必要がありました。この辺で植生が変わって、枯れ木が目立ちます。木の生えていない所は笹かヒカゲノカズラが生えています。また気持ちの良い尾根に戻ったかと思った付近の鞍部は、ちょっと切通しっぽくなっていました。ひょっとすると尾根を横切る道があるのかも知れません。この東も登りはありますが歩きやすい尾根が続きます。そして1023mピークの北に登ると植林になり、その東の鞍部には南から林道が上がって来ていました。林道にはこだわらずに尾根沿いに植林を歩き、厳しい登りで1150m+の細長いピークに上がりました。この付近から枯れたネマガリダケの茎が目立つようになります。

少し東に植林を歩くと、若桜町、八頭町、智頭町の境界点に出ました。特に何の標識もありません。ここからは北に尾根を降りました。ここは2016/08/05に鳴滝山からの下山で通りました。自然林の気持ち良い尾根です。その時と同じように糸白見川の突き当りまで降りて地形図の林道で戻ろうかとも思ったのですが、近道をして1053mの北から西に尾根を降りました。植林の尾根で幅広く方向が決めにくいのが難点でしたが、問題なく降りられて、地形図どおりに峠からの古い林道に出会いました。しかしこの林道は地形図通りにここで終わっているので、さらに尾根を降りました。さほど急な斜面ではないのですが、木の枝が落ち葉の下に隠れていることがあり、それで滑って何度か転びました。すぐに西側から林道が現れました。この林道は尾根近くを進んで、標高760m付近でターンして西の谷に降りて行きました。この林道で下山することもできましたが、歩きやすい尾根だったので、そのまま尾根を降り続けました。植林の尾根なので特筆すべきものはなかったのですが、細尾根は両側が切り立っていてちょっと楽しめました。それでも下り続けるのに飽きてきた頃に、最後はかなり急な斜面を降りて、地形図の舗装道路に出ました。あとは県道6号線を歩いて柿原に戻りました。

県道6号津山智頭八東線は、今回歩いた尾根の両側まできれいに舗装された道路が作られているのですが、両側ともパッタリと終わっていて、尾根をどうやって越えるのかが全く不明です。尾根を越えるとすると標高差はまだ400mもあるので、トンネルが一番簡単だと思うのですが、今日通った採石場を通ると尾根越えも少しは楽かも知れません。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「郷原」です。

2018年8月8日水曜日

八河谷から鳴滝山

鳥取県若桜町の南にある鳴滝山には、2016/08/05に東山から縦走したことがありますが、今回は西側から登ってみました。鳥取県道6号線を芦津渓谷の方向に走り、堂本で直進して八河谷方面に走りました。そのまま県道を走り続けると、谷の奥でUターンしますが、ここに車を停めました。この付近にはログハウスが何軒かあります。ここから八河谷(やこうだに)川を遡りました。林道があって所々で舗装されていますが、かなりの荒れ方で、ガレ沢と変わりありません。少し入った所に「智頭町大字八河谷字カンマチ口通称カンマチ口」と書かれた杭が立っています。しばらく荒れた道を歩くとチェーンが張られていて、鳥取営林署の「許可なく通行したときは事故があっても一切責任は負いません」の立て札があります。ここを過ぎるとすぐに鳴滝があります。滝の上の方は見えなかったのですが、大きな岩で埋まった谷で、これが本来の姿なのかわかりません。「ふるさとの川八十八景」と書かれているのですが。

鳴滝を過ぎると地形図では道がくねくねと曲がっていますが、道は実際にこの通りで、崩落だらけです。かなりしっかり作られた道だったようですが、谷側の側面を押さえていたコンクリートがずり落ちており、路上も山側から落ちてきた石や土で埋まっている所が何箇所もありました。これを過ぎると山側の岩がせり出した道で、それから川を南に渡ります。橋が落ちていないのでほっとしましたが、橋を渡るとしばらく道が川になっていました。それから立派な第4号堰堤(平成12年度)がありますが、上流側は湖になっています。ここで林道は南の山に入ります。道は少し歩きやすくなりますが、山側の法面は土がむき出しの所が多く、落石もあります。そして林道の終点に着きました。ここの谷側はしっかりと補強工事がされていて無傷でした。歩き始めて80分でした。

林道の先には斜面に作業道があり、これを使って林に入って、問題なく尾根に上がれました。やっと山歩きとなりました。歩きやすい尾根で、自然林がきれいです。なんとなく作業道があります。密に生えた林はなくて、むしろ開けた場所がたくさんあります。少し登ると、あまり太いものはありませんがブナの木が増えてきて、同時に地面には枯れたネマガリダケの茎が残っています。たまに急登もありますが、長くは続きません。周囲の雰囲気を楽しみつつ、ゆっくり登りました。ときどき見つかりにくくなりますが、マーキングもあります。1248mピーク付近はなだらかで、ブナがまばらに生えています(写真)。地面は膝より低い笹とシダが競合して、その中にネマガリダケの茎が残っています。シダの草原も通りました。

次の1240m+ピークを北に曲がり、北に歩いてまた東に曲がりましたが、人の手が入っていそうもない、気持ちの良い尾根です。東の1228ピークへは草地の細尾根を通り、シダで埋まった急斜面を登りました。幸い曇りだったので助かりました。山の上は林です。ここから鳴滝山までの尾根もブナの多い気持ちの良い場所です。最後の標高差100mほどは、膝くらいの高さの笹が茂った急斜面を登らねばなりません。林の雰囲気は良好です。途中に自撮り棒が落ちていました。断線したので捨てて行ったのでしょうか?自撮りしたい場所であることは確かです。そして笹の間を登って、鳴滝山の頂上に出ました。松尾三等三角点(1287.29m)がありますが、山名のプレートはありません(木が倒れたらしい)。

下山はまず前回同様に北に尾根を歩きました。この付近からは河原が見えます。尾根は植林になりますが、しばらくして西側下に林道が見えます。斜面を降りて林道に出て、林道を歩いて下山しました。と書くと簡単ですが、実は林道をどちらに歩いたら良いのかは大問題です。勾配が下りの方に行くのが正解とは限りません。今回は事前に航空写真で調べてあったので、迷わず南に歩きました。航空写真では林道は木に隠れて見えない部分もあるので、少し心配もあったのですが、幸運にもほぼ間違いなく降りられました。いくつかの林道が集まっている場所があり、木の橋がかかっていて、そこから谷の南側に道がありました。航空写真では見えないのですが、地形図の破線道とほぼ一致します。しっかり作られた道で、崩落箇所もあまりありません。川沿いの自然林を眺めながら、第4号堰堤に出てきました。ここからは再びガレ石だらけ、崩落だらけの道を歩いて県道6号線に戻りました。

林道の荒れかたは、山の上よりも下のほうが激しいようです。付近に降った雨が全部下流に集まるのですから当然なのでしょう。山の上は天国のようでした。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「郷原」「岩屋堂」です。

2018年8月4日土曜日

千種川から登る大鳴山

千草町の南に位置する大鳴山には、2017/09/03に北の黒土の滝から登りましたが、千種川から直接登れないか検討しました。すると、地形図では千種川沿いの県道72号線から、大鳴山へ繋がる尾根に向かって破線道があることに気付きました。行ってみるとこれは関電の巡視路です。まず植林を上がり、それから尾根沿いに登ると、千種佐用線二四鉄塔がありました。1系統の小振りな鉄塔です。この場所はさほど登っていませんが既に展望は良くて、千種川沿いに南方面が見えます。さらに登っていくと、川向かいの集落や笛石山が見えるようになります。少し急な植林の中を登っていくと、直射日光の眩しいススキの茂みに出ました。ススキをかき分けて登ると、山崎智頭線三五鉄塔がありました。ここも眺めの良い場所ですが、日差しが強くて参りました。

すぐに林に逃げ込んで、林の中を歩きました。傾斜は少なく、614mピーク付近までは自然林もありましたが、あとはほぼ植林となりました。たまに三室山が見えます。この道は関電の巡視路なので整備されています。尾根上が伐採地の場合はそれを避けて林の中に道があります。700m+のピークの植林には、34鉄塔への赤い火の用心があります。ここから東にまっすぐ歩くと、大鳴山の頂上に出ます。伐採してあるので明るいのですが、展望は皆無です。大鳴山三等三角点(742.88m)があります。(写真)

山頂からは2017/09/03と同じルートで巡視路を通って南に歩きました。時々巡視路を見失いますが、問題なく歩けて、山崎智頭線三三鉄塔に着きました。紅白の鉄塔で、高さは60mほどあるのではないでしょうか。ここも展望地です。ここから植林を降りて、前回同様に金属製の橋を渡って、林道に出ました。地形図ではここから西に谷を降りる破線道があって、それが下山には一番近道なのですが、この方向は草の生い茂った小川が流れているだけで、歩けそうもありません。そこでとりあえずは林道を南に歩きました。

この林道は少しずつ谷を登って行き、そのうち舗装道路になりましたが、峠を越した付近で終わってしまいました。地形図ではそのまま志文川まで行っているのですが。道が終わった先には作業道があり、これは山裾を巻いていく感じで、山側にはネットが張られています。いちおう重機で作ったような感じの道ですが、低い松が生えていて歩きにくく、しかも最後はこれも終わってしまいました。この先は作業道の名残があり、消えかかりながらも斜面を横切って行きます。しかしそのまま斜面を伝っていくと千種川には絶対に出られないので、山側の傾斜が緩い所で西の山に登り、尾根を西に歩きました。西側の谷は植林で、それを渡って尾根に上がってからは尾根の西側斜面につけられた作業道を南に歩きました。この付近は2011/04/03に来ていますが、その時には尾根を歩いています。斜面の作業道は崩れ気味でトラバースと変わらない場所もありますが、不思議と消えることはありません。途中で林道ツヅラ線(谷の北から志文川に延びている道)の突き当りになる鞍部には、たくさんのスラグが落ちていました。周囲を見回しても鉱山の入り口はなかったのですが。

この先もさらに西側斜面の作業道を歩きました。すぐに地形図の破線道と思われる作業道になりましたが、道の状態は相変わらずで流れて消えかかっています。そのまま南に塩地峠まで歩いても良かったのですが、斜面の作業道は疲れるので、降りやすそうな尾根を見つけて西に降りました。この尾根は多少は急でしたが、他の斜面に比べればずっとマシだと思います。途中に「村」という標石があって、眼下に村が望めました。地形図で塩地峠から北に延びる破線道と思われる付近に来ると、確かに道が尾根を横切っていました。これかと思って北に行くとなんだか登りになっていきます。変だと思って見回すと、一段下にもっと幅の広い道がありました。こちらがかつて千種から山崎への街道だった道で、県道72号線に降りた所にある県教育委員会による説明板では幅6尺に作られたとあります。しかし崩落が激しく、人が歩くのがやっとという場所がいくつもあります。しかも谷に来ると堰堤が作られており、沢を横断する道は消えています。路面上はガレ石が多く、歩くだけでも疲れました。最後は害獣除けの扉を通り、墓地の多い付近を抜けて、県道に降りられました。

このコースの難点は下山だと思います。急斜面でも尾根を探してまっすぐ降りるのが正解でしょう

展望 ★☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「千草」です。

2018年7月31日火曜日

若桜町の吉川から大川の上流へ

先週(2018/07/25)東山から芦津・吉川越まで中国自然歩道を歩いた時に、大川の上流付近を歩いている時間がなかったので、行ってみることにしました。しかし芦津の方から入ると伐採作業の邪魔になりそうだったので、北の吉川から登ってみることにしました。

登山の起点は沖ノ山林道にある芦津・吉川コースの案内板にしました。吉川からこの地点まではヒレジ谷川という川沿いに林道があり、Street Viewで見ても走れそうだったので、狭い吉川集落内の道を抜けて行ってみたのですが、集落から出る所の橋が落ちていました。しかたなく沖ノ山林道へ行ってみましたが、なんとこちらも若桜町側は通行止めで入れません。結局車は吉川に置いて、ヒレジ谷川沿いの林道を歩くことにしました。ところが林道につながる橋(正確には川沿いの道路)はほぼ完全に落ちていて、旅の安全を祈るお地蔵様はあるものの、車で通れないだけでなく、歩いて渡ることもできません。迂回路もなく、付近の畑を通ることもできず、結局橋の脇から南の畑に入り、そのままヒレジ谷川の東岸を歩きました。最初は作業道があったのですが、堰堤付近で無くなってしまい、急斜面を川沿いにトラバースして、やっと林道が川を東に渡った地点に出ました。ここからは作業道ヒレジ線をひたすら歩きました。特に土砂崩れなどもありません。ちょっと歩くと中国自然歩道の道標がありました。スヌーピーの縫いぐるみが下がっています。ここだけは旧登山道がありますが、ほとんどの部分では林道を歩きました。距離は1キロちょっとなので、30分もたたずに沖ノ山林道の下に出て、ここからは登山道を真っ直ぐに上がりました。谷沿いで、ここにもお地蔵様がありました。沖ノ山林道に上がると、芦津・吉川コースの案内板があり、ここが今日の本来の起点となります。やれやれ。

中国自然歩道はさすがに整備されており、階段があって芦津・吉川越までは快適でした。植林がきれいです。芦津・吉川越のベンチで休んでから、前回行かなかった南を目指しました。まず階段の急登で1111mピークに出ました。この付近は植林もありブナもありという感じで、雰囲気の良い場所です。下草は笹が主体です。いくらかのアップダウンののち、1191m地点を過ぎ、三町尾根点と呼ばれる若桜町、西粟倉村、智頭町の境界点に出ました。ここにもベンチがあります。中国自然歩道はここから東の若杉峠に向かうのですが、私は大川の上流に出るために西を目指しました。この県境の尾根には地形図では破線道が描いてありますが、踏み跡を探すのがやっとでした。ネマガリダケが茂っており、それをかき分けて進む場所がいくつもありました。赤テープのマーキングがたまにありますが、見つからない箇所も多く、あてにはなりません。笹の草原は暑いので日陰を探して林に入ると少し歩きやすくなりますが、林も荒れており、樹木はネマガリダケ並みに地面を這っています。積雪の多い地域なのでしょう。県境をジグザグに進んで、やっと若杉四等三角点(1196.07m)を見つけました。これも藪の中にあります。

三角点の北は笹の草原で、展望は良好です。眼の前には沖ノ山が見えます(写真)。問題はここからどうやって大川の上流に降りるかなのですが、特に道があるようにも見えないので、とりあえずは県境の草原を少し降りてから北に下って行きました。すぐに植林に入りますが、非常に荒れていて、しかも水が複雑に流れていて進路に困りました。とにかく木を乗り越え流れを渡って下り続け、地形図の大川沿いの破線道まで来ましたが、道はありません。さらに大川を下って行くと、西側の上の方に幅広い作業道がありました。航空写真で見るとこの付近にはたくさんの作業道があります。作業道は川に沿っているので、そちらを歩くほうが楽ですが、古い道なので川で分断されていたり、車で通れる状態ではありません。しかも川沿いと思って歩いていると山に登っていってしまい川沿いに急斜面を降りたこともあります。これは破線道ですが、あまりに退屈なので途中で東の山に入る道があったのでそちらに行ってみました。この道は1104mピークの南を通って、地形図の実線道へと繋がっています。実線道は沖ノ山林道大川線なので整備された道で、これを下っていきました。

地形図上では大川線には芦津・吉川越から破線道があります。これは先週に存在しないことを確認しているので、先週と同じ林道を使って芦津・吉川越に戻ろうとしました。先週は最後は川沿いを降りたのですが、今回は大川線に林道が降りてきているのでそれを登りました。ところがこの道はどんどん山奥に入ってしまうので、谷に戻ろうとして、眼下にあった別の林道に降りました。これをひたすら歩いたのですが、先週歩いた林道とは違うようで、狩谷三角点の近くまで行ってから中国自然歩道沿いに南に向かっていました。自然歩道の立て札にある「この先の作業道は立入禁止!!」の作業道のようです。最後は芦津・吉川越の少し北で終わってしまったので、中国自然歩道に出て芦津・吉川越に着きました。えらく大回りでした。

あとは登山時と同じように沖ノ山林道まで下り、さらに今回はずっと舗装された作業道ヒレジ線を吉川目指して降りました。が、吉川にどうやって入るかが大問題でした。登りでは谷川の東斜面をトラバースしましたが危険そうなので、地形図にある東側の山(吉川の南の山)の林道を通って東側に出ようと考えました。この道は草は生えていますがいちおう地形図どうりにあります。しかし崩落が激しく、道が流されていたり土砂に埋まっていたりで歩くのも楽ではありません。しかも最後は尾根に出て終わってしまうのですが、ここは背の高いススキが茂っていて歩けません。ちょっと北寄りに降りて、植林を抜けて畑まで降りましたが、金網があって通れません。扉があったのですが開かず、結局は土砂が溜まって地面が高くなっている場所で金網を乗り越えました。

今回は、橋の重要性を再認識させられました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「岩屋堂」「郷原」です。

2018年7月25日水曜日

東山から芦津・吉川越

鳥取県の若桜町と智頭町の町境に位置する東山には、以前も登っています。特に2016/08/05には北から登って東山から鳴滝山へ縦走しています。今回は南から登りました。登り口は沖ノ山林道です。吉川から芦津を結ぶ全長27kmもある長い林道で、2週間前の大雨でかなり荒れていました。それでなくても対向車が来ないように祈りながら走らねばならない道です。芦津渓谷から入って、冷や汗をかきながら三滝ダムに抜けて、大川を遡って「芦津部落東仙宿舎」の看板のある所まで来ました。宿舎らしきものはなく、「やまみち」と書いてある道標の方向にも道はありませんが、すぐ隣に北に入っていく林道があります。これは地形図にもありますが、今は川を西に渡って西の山に入って行くのに使われているようで、まっすぐ川沿いに北に上る道はとても荒れており、車の走れる状態ではありません。水流を避けながら歩いて行きました。気まぐれに舗装があったりしますが、荒れ方に変わりはありません。たまにキツネノテブクロの花が咲いているのが救いです。林道は地形図どうりの場所で終わります。その先は地形図ではなだらかな谷で、まっすぐに稜線に上がれるはずです。谷に道はありませんが、荒れているにもかかわらず期待どおりに歩けました。何回か流れを渡り、最後は流れの東側から斜面を登りました。ブナの木が現れると稜線近くです。

この稜線は2016/08/05に歩いたところで、東山まではチシマザサが所々に生えています。しかしほとんどの場所は林の中の日陰を歩くことができました。ちょっとは藪を抜ける場所もありましたが、たいした問題ではありません。それでも木が生えておらずシダとチシマザサが混じった草原を歩かねばならない所が何箇所かあり、特に山頂に近づくとチシマザサの草原を抜ける必要があります。とは言え道はつけられており赤いマーキングもあるので特に問題はなく、東山の山頂に着きました。広く伐採されており、日陰がありません(写真)。360度の展望があるのは、この地域の最高峰だからでしょう。若桜の市街や沖ノ山が見渡せます。藤仙山三等三角点(1387.98m)があります。氷ノ山が字は違っても「せん」で山の意味ですから、「藤仙山」の山は余分ではないでしょうか?

東山からは南に長い尾根を歩きました。まずは再び低いチシマザサの草原を抜けて1320m+のブナの林に着きました。この先も赤いマーキングに従って登山道を降りて行きました。最後がちょっと分かりにくいのですが、林道脇の空き地に降り立ちました。降りたところは実は草むらの下に水が流れており、靴が濡れました。ここは沖ノ山林道が尾根を超える地点で、中国自然歩道の案内板があります。ここから南は中国自然歩道を歩くことになります。いきなり急登がありますが、階段が設けられていて楽に上れました。この階段は助かりました。さすがに中国自然歩道はよく整備されていて、おかしな形の木やブナを見たり植林を見たりして、ゆったりした気分で歩けました。標高はずっと1100m以上ですので、涼しくて快適です。西側に林道が見えて、狩谷三等三角点(1158.75m)に着きました。沖ノ山林道から1時間もかかりません。この三角点の前には国定公園の説明板がありますが、山歩きをする人には不要の看板だと思います。

三角点から南に植林を降りると、「歩道が曲がっています。注意して歩きましょう!」という意味不明(明瞭?)の注意書きがありました。確かに道は少し曲がっているのですが、林道が見えてきて、「歩道に注意!この先の作業道は立入禁止!!」となると、やや意図が分かりました。要は歩道以外を歩くなということのようです。指示に従って歩道を歩くと、「芦津・吉川越」の説明板がありました。ここが昔の峠のようです。この先も中国自然歩道は続きますが、登りになりますし帰り道も心配なので、ここで芦津側に降りることにしました。地形図には破線道があるので少し谷を降りましたが、とても歩けるような状態ではないので、結局北側斜面の林道に上がって、林道で下山しました。立入禁止の作業道なのかも知れませんが、あちこちで崩落していて、とても車が走れる状態ではありません。草が茂っている部分は林道に水が流れています。ほぼ水平に作られているので谷を降りるよりは大回りですが、沖ノ山林道大川線に降りることができました。

沖ノ山国有林では伐採や積み出しが現在も活発に行われており、落ち着いて歩ける雰囲気ではありません。大川線の入り口には森林鉄道の説明板がありますが、その隣には「関係者以外通行止」の看板もあります。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「郷原」「岩屋堂」です。