2018年7月31日火曜日

若桜町の吉川から大川の上流へ

先週(2018/07/25)東山から芦津・吉川越まで中国自然歩道を歩いた時に、大川の上流付近を歩いている時間がなかったので、行ってみることにしました。しかし芦津の方から入ると伐採作業の邪魔になりそうだったので、北の吉川から登ってみることにしました。

登山の起点は沖ノ山林道にある芦津・吉川コースの案内板にしました。吉川からこの地点まではヒレジ谷川という川沿いに林道があり、Street Viewで見ても走れそうだったので、狭い吉川集落内の道を抜けて行ってみたのですが、集落から出る所の橋が落ちていました。しかたなく沖ノ山林道へ行ってみましたが、なんとこちらも若桜町側は通行止めで入れません。結局車は吉川に置いて、ヒレジ谷川沿いの林道を歩くことにしました。ところが林道につながる橋(正確には川沿いの道路)はほぼ完全に落ちていて、旅の安全を祈るお地蔵様はあるものの、車で通れないだけでなく、歩いて渡ることもできません。迂回路もなく、付近の畑を通ることもできず、結局橋の脇から南の畑に入り、そのままヒレジ谷川の東岸を歩きました。最初は作業道があったのですが、堰堤付近で無くなってしまい、急斜面を川沿いにトラバースして、やっと林道が川を東に渡った地点に出ました。ここからは作業道ヒレジ線をひたすら歩きました。特に土砂崩れなどもありません。ちょっと歩くと中国自然歩道の道標がありました。スヌーピーの縫いぐるみが下がっています。ここだけは旧登山道がありますが、ほとんどの部分では林道を歩きました。距離は1キロちょっとなので、30分もたたずに沖ノ山林道の下に出て、ここからは登山道を真っ直ぐに上がりました。谷沿いで、ここにもお地蔵様がありました。沖ノ山林道に上がると、芦津・吉川コースの案内板があり、ここが今日の本来の起点となります。やれやれ。

中国自然歩道はさすがに整備されており、階段があって芦津・吉川越までは快適でした。植林がきれいです。芦津・吉川越のベンチで休んでから、前回行かなかった南を目指しました。まず階段の急登で1111mピークに出ました。この付近は植林もありブナもありという感じで、雰囲気の良い場所です。下草は笹が主体です。いくらかのアップダウンののち、1191m地点を過ぎ、三町尾根点と呼ばれる若桜町、西粟倉村、智頭町の境界点に出ました。ここにもベンチがあります。中国自然歩道はここから東の若杉峠に向かうのですが、私は大川の上流に出るために西を目指しました。この県境の尾根には地形図では破線道が描いてありますが、踏み跡を探すのがやっとでした。ネマガリダケが茂っており、それをかき分けて進む場所がいくつもありました。赤テープのマーキングがたまにありますが、見つからない箇所も多く、あてにはなりません。笹の草原は暑いので日陰を探して林に入ると少し歩きやすくなりますが、林も荒れており、樹木はネマガリダケ並みに地面を這っています。積雪の多い地域なのでしょう。県境をジグザグに進んで、やっと若杉四等三角点(1196.07m)を見つけました。これも藪の中にあります。

三角点の北は笹の草原で、展望は良好です。眼の前には沖ノ山が見えます(写真)。問題はここからどうやって大川の上流に降りるかなのですが、特に道があるようにも見えないので、とりあえずは県境の草原を少し降りてから北に下って行きました。すぐに植林に入りますが、非常に荒れていて、しかも水が複雑に流れていて進路に困りました。とにかく木を乗り越え流れを渡って下り続け、地形図の大川沿いの破線道まで来ましたが、道はありません。さらに大川を下って行くと、西側の上の方に幅広い作業道がありました。航空写真で見るとこの付近にはたくさんの作業道があります。作業道は川に沿っているので、そちらを歩くほうが楽ですが、古い道なので川で分断されていたり、車で通れる状態ではありません。しかも川沿いと思って歩いていると山に登っていってしまい川沿いに急斜面を降りたこともあります。これは破線道ですが、あまりに退屈なので途中で東の山に入る道があったのでそちらに行ってみました。この道は1104mピークの南を通って、地形図の実線道へと繋がっています。実線道は沖ノ山林道大川線なので整備された道で、これを下っていきました。

地形図上では大川線には芦津・吉川越から破線道があります。これは先週に存在しないことを確認しているので、先週と同じ林道を使って芦津・吉川越に戻ろうとしました。先週は最後は川沿いを降りたのですが、今回は大川線に林道が降りてきているのでそれを登りました。ところがこの道はどんどん山奥に入ってしまうので、谷に戻ろうとして、眼下にあった別の林道に降りました。これをひたすら歩いたのですが、先週歩いた林道とは違うようで、狩谷三角点の近くまで行ってから中国自然歩道沿いに南に向かっていました。自然歩道の立て札にある「この先の作業道は立入禁止!!」の作業道のようです。最後は芦津・吉川越の少し北で終わってしまったので、中国自然歩道に出て芦津・吉川越に着きました。えらく大回りでした。

あとは登山時と同じように沖ノ山林道まで下り、さらに今回はずっと舗装された作業道ヒレジ線を吉川目指して降りました。が、吉川にどうやって入るかが大問題でした。登りでは谷川の東斜面をトラバースしましたが危険そうなので、地形図にある東側の山(吉川の南の山)の林道を通って東側に出ようと考えました。この道は草は生えていますがいちおう地形図どうりにあります。しかし崩落が激しく、道が流されていたり土砂に埋まっていたりで歩くのも楽ではありません。しかも最後は尾根に出て終わってしまうのですが、ここは背の高いススキが茂っていて歩けません。ちょっと北寄りに降りて、植林を抜けて畑まで降りましたが、金網があって通れません。扉があったのですが開かず、結局は土砂が溜まって地面が高くなっている場所で金網を乗り越えました。

今回は、橋の重要性を再認識させられました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「岩屋堂」「郷原」です。

2018年7月25日水曜日

東山から芦津・吉川越

鳥取県の若桜町と智頭町の町境に位置する東山には、以前も登っています。特に2016/08/05には北から登って東山から鳴滝山へ縦走しています。今回は南から登りました。登り口は沖ノ山林道です。吉川から芦津を結ぶ全長27kmもある長い林道で、2週間前の大雨でかなり荒れていました。それでなくても対向車が来ないように祈りながら走らねばならない道です。芦津渓谷から入って、冷や汗をかきながら三滝ダムに抜けて、大川を遡って「芦津部落東仙宿舎」の看板のある所まで来ました。宿舎らしきものはなく、「やまみち」と書いてある道標の方向にも道はありませんが、すぐ隣に北に入っていく林道があります。これは地形図にもありますが、今は川を西に渡って西の山に入って行くのに使われているようで、まっすぐ川沿いに北に上る道はとても荒れており、車の走れる状態ではありません。水流を避けながら歩いて行きました。気まぐれに舗装があったりしますが、荒れ方に変わりはありません。たまにキツネノテブクロの花が咲いているのが救いです。林道は地形図どうりの場所で終わります。その先は地形図ではなだらかな谷で、まっすぐに稜線に上がれるはずです。谷に道はありませんが、荒れているにもかかわらず期待どおりに歩けました。何回か流れを渡り、最後は流れの東側から斜面を登りました。ブナの木が現れると稜線近くです。

この稜線は2016/08/05に歩いたところで、東山まではチシマザサが所々に生えています。しかしほとんどの場所は林の中の日陰を歩くことができました。ちょっとは藪を抜ける場所もありましたが、たいした問題ではありません。それでも木が生えておらずシダとチシマザサが混じった草原を歩かねばならない所が何箇所かあり、特に山頂に近づくとチシマザサの草原を抜ける必要があります。とは言え道はつけられており赤いマーキングもあるので特に問題はなく、東山の山頂に着きました。広く伐採されており、日陰がありません(写真)。360度の展望があるのは、この地域の最高峰だからでしょう。若桜の市街や沖ノ山が見渡せます。藤仙山三等三角点(1387.98m)があります。氷ノ山が字は違っても「せん」で山の意味ですから、「藤仙山」の山は余分ではないでしょうか?

東山からは南に長い尾根を歩きました。まずは再び低いチシマザサの草原を抜けて1320m+のブナの林に着きました。この先も赤いマーキングに従って登山道を降りて行きました。最後がちょっと分かりにくいのですが、林道脇の空き地に降り立ちました。降りたところは実は草むらの下に水が流れており、靴が濡れました。ここは沖ノ山林道が尾根を超える地点で、中国自然歩道の案内板があります。ここから南は中国自然歩道を歩くことになります。いきなり急登がありますが、階段が設けられていて楽に上れました。この階段は助かりました。さすがに中国自然歩道はよく整備されていて、おかしな形の木やブナを見たり植林を見たりして、ゆったりした気分で歩けました。標高はずっと1100m以上ですので、涼しくて快適です。西側に林道が見えて、狩谷三等三角点(1158.75m)に着きました。沖ノ山林道から1時間もかかりません。この三角点の前には国定公園の説明板がありますが、山歩きをする人には不要の看板だと思います。

三角点から南に植林を降りると、「歩道が曲がっています。注意して歩きましょう!」という意味不明(明瞭?)の注意書きがありました。確かに道は少し曲がっているのですが、林道が見えてきて、「歩道に注意!この先の作業道は立入禁止!!」となると、やや意図が分かりました。要は歩道以外を歩くなということのようです。指示に従って歩道を歩くと、「芦津・吉川越」の説明板がありました。ここが昔の峠のようです。この先も中国自然歩道は続きますが、登りになりますし帰り道も心配なので、ここで芦津側に降りることにしました。地形図には破線道があるので少し谷を降りましたが、とても歩けるような状態ではないので、結局北側斜面の林道に上がって、林道で下山しました。立入禁止の作業道なのかも知れませんが、あちこちで崩落していて、とても車が走れる状態ではありません。草が茂っている部分は林道に水が流れています。ほぼ水平に作られているので谷を降りるよりは大回りですが、沖ノ山林道大川線に降りることができました。

沖ノ山国有林では伐採や積み出しが現在も活発に行われており、落ち着いて歩ける雰囲気ではありません。大川線の入り口には森林鉄道の説明板がありますが、その隣には「関係者以外通行止」の看板もあります。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「郷原」「岩屋堂」です。

2018年7月22日日曜日

宮ノ前三角点から赤谷山

赤谷山には何度か登っていますし、2012/09/16にはばんしゅう戸倉スキー場からも登っています。今回は同じ戸倉スキー場からですが、北西にある宮ノ前三角点を経由して登ってみました。

戸倉スキー場の入口の北側には尾根の終端があります。入り口のゲートを入ってすぐに北に階段があり、ここから尾根先に登れます。登ると何かの装置(サイレン?)と、祠が2つあり、北西の尾根に踏み跡があります。真っ直ぐに登ると急なので、踏み跡に従って少し南側を通って登って行きました。植林なのでどうにでも歩けます。途中には自然林もあって、いかにも熊が住んでいそうです。急斜面は最初だけで、あとは楽な登りが続き、宮ノ前四等三角点(909.98m)に着きました。展望はありませんが、周囲は植林と自然林の境目で切り開かれており、良い雰囲気です。(写真)

この先はしばらく平坦な尾根が続きます。特に荒れた場所も藪もなく、気楽に歩けました。方向を北西から南西に変えて914mピークを通り、下りになります。この付近から南下方に林道が見えてきます。航空写真でもこの付近には林道が見えます。さらに南西に下って行くと、最後は急斜面となって、820m+の鞍部に出ますが、ここでは東側に林道が南北に走っています。まっすぐ東の谷に降りていく道はありません。鞍部から尾根を登ってからも、しばらくの間は林道が東側に見えていました。尾根は植林が主体で歩きやすく、南に歩いて宮向四等三角点(997.84m)に出ました。ここは以前に戸倉スキー場から別の尾根で登ってきた場所です。南側に少し展望があります。

ここから赤谷山までは2012/09/16に歩いたコースで、特に問題はありません。標高1000mを超すと徐々に笹が増えて来ますが、かき分けるくらいになるのは尾根近くの少しの距離だけです。ブナの木が多く、途中には「奥山保全トラスト」のカメラが設置されていました。私も野生動物の端くれとして撮してもらえたかも知れません。県境の尾根はチシマザサの藪ですが、切り開かれて道が作られているので問題はありません。赤谷山の山頂は切り開かれて、北側の一部を除いて全方位に展望があります。この付近の主要な山がほとんど見えるのが嬉しいところです。宍粟50名山のプレートと、落折二等三角点(1216.57m)があります。

下山は2012/09/16に登ってきたコースで、まず宮向三角点まで取って返し、東に延びる尾根を下りました。方向を間違えないように気を付けて降りて、2012/09/16に登ってきた作業道で尾根を下りました。この作業道は標高780m付近で北の谷の方向に降りて行きます。2012/09/16に登った時に、この作業道を使えば登山も楽だろうと思っていたので、今日はこの作業道で降りてみました。植林の作業道なので急勾配の植林の間をジグザグに降りていきます。いったん傾斜の緩い、地面が枝打ちした枝で埋まっている所に出て作業道を見失ってしまったのですが、その外れでまた急斜面になると作業道が復活し、再びジグザグに降りて、赤谷川沿いの林道に出ました。この道が登りに使えるかですが、出てきた場所にはあまり特徴がなく、川が道から外れる場所としか言いようがありません。川底は茶色い岩盤を水がナメている感じです。林道をまっすぐ降りて、戸倉スキー場に出ました。

戸倉スキー場には「赤谷山登山口」の標識が立っているので、降りてきたルートが正しい登山ルートに近いのかも知れませんが、他に標識は見なかったので違うのかも知れません。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「戸倉峠」です。

2018年7月18日水曜日

芦津発電所から沖ノ山

沖ノ山は雪の積もった冬に東の若杉峠からスキーで行くのが定番のようです。これはチシマザサが茂っていて夏は歩きにくいのが一因です。以前(2016/05/14)に南の駒帰の方から林道を利用して登ったことがありますが、この時にもチシマザサを避けて歩く必要がありました。一方で沖ノ山の北西には長い尾根が延びており、一度歩いてみたいと思っていました。しかし航空写真を見るとこの方面は尾根に沿って草地がたくさんあります。草地がチシマザサの藪だとすると、とてもこの距離は歩けません。しかし最近この尾根を歩いたという報告があり([1])、勇気づけられて歩いてみることにしました。途中でチシマザサに行く手を遮られたら素直に戻ってくるつもりでした。

登り口は芦津発電所の西から南に入る林道です。入り口はチェーンが掛かっており、車は入れません。周囲には発電所から来ている送電線(中電 芦津線)があり、鉄塔の立っている部分は木がありません。植林を切ったというより、植林しなかったようで、今となっては鉄塔よりも周囲の杉の木の方が高くなっています。先々週の大雨の土石流で荒れている箇所もありますが、植林の中を斜面沿いに登って、谷に出ました。ここで林道は西に行きます。南西の山は野段三角点のある山で、ここから南に地形図の破線道で谷を登れば、2018/07/14に野段三角点から東に降りた谷に出ます。そこでは林道工事が行われていたのですが、この地点には工事の形跡はありません。地形図では南に向かう谷に破線道がありますが、灌木で覆われていました。この破線道をちょっと登ってから東に植林を登りました。かなりの急斜面ですが、足元は悪くありません。標高が高いので気温も27度程度で、なんとか標高差50mを登れば、あとは楽に登になりました。西からは工事の音がしていました。後で調べると、芦津渓谷の南あたりから林道を延ばして、2018/07/14に見た工事中の林道に繋がる予定のようでした。これを中ノ津線と呼ぶようです。

832mピークは植林です。ここから南東に植林を降りて(この付近を中ノ津線が通る?)、大きな岩を見たりマムシに挨拶したりしながら斜面を登って、980m+ピークに出ました。ここから東に964m地点を通り、少しずつ登って行きますが、勾配は緩く、たまにシダが生えているものの、周囲は植林か自然林なので気持ちよく歩けました。1162mピークを間違えずに東に進み、1138mピークに向かうとシダの間に枯れたチシマザサの茎が残っていることがありました。しかし尾根はほとんどが林で、照りつけられることはありませんし、シダは低いので問題になりません。航空写真どうりに北斜面は美しいシダの草原になっているのですが、尾根は大部分日陰を歩けました。ただその分だけ展望はありません。1138mピークを過ぎてもまだ林は続きますが、たまに通るシダ藪にはチシマザサの茎が増えてきます。1266mピークを過ぎても同じです。最終的に尾根に木がなくなるのは、1270m+ピークからで、ここで植林の縁は南に行ってしまいます。このことは航空写真でも確認できます。

1270m+ピークから東の鞍部に向かって500m程度は、シダの草原を歩かねばなりません。膝くらいの低いシダですが、踏み跡は不明瞭でチシマザサの茎も残っています。炎天下ですが、ところどころに大きなブナの木が生えていて、その日陰から日陰へと移動して進みました。そして沖ノ山の北東の林の日陰に入り、沖ノ山の頂上に出ました。中原二等三角点(1317.94m)がありますが、切り開かれて日陰がないので、近くのブナの林に逃げ込みました。とにかく山頂まで尾根歩きで来られたので満足でした。ブナの林も綺麗です。登り始めから4時間近くかかりました。

下山はさらに東に歩いて林道を目指しました。Google mapでは山頂の東に「沖ノ山展望所」というマークがあるのですが、道がないのでそちらには行かず、まっすぐに歩きました。林を抜けると、徐々にチシマザサの茎が増えてきて、枯れていないチシマザサも増えてきました。南下方には林道が見え、これが駒帰から来る大井谷林道に繋がっているはずですが、そちらには降りないで藪の1240m+ピークまで行き北に降りました。こちらもシダとチシマザサの混ざった草地ですが、正面の山が伐採されており、数本の木が面白い形に残っていました(写真)。この先をちょっと降りると未舗装の林道に出ました。

ここからは長い林道歩きで下山しました。ここも雨でかなり流されています。しばらく泥の多い林道を降りると、地形図の破線道になりますが、ここは沖ノ山森林鉄道の跡だそうです。レールなどは見当たりませんが、勾配が少なく、いかにも森林鉄道という感じです。そのぶん大回りになりますが、崩落箇所以外は楽に歩けました。その下は舗装されていますが、荒れている場所が多く、道に泥が積もっていたり、道が川になっていたり、ひどい状況でした。ただ、植林の美しさは印象的でした。この道は地形図の「小川」沿いで、降りていくと沖ノ山林道(東に行けば東山の南から吉川を通って岩屋堂に出る)に出ました。ただ、沖の山林道に出た所には、歩いてきた道の方にも「沖の山林道」と書かれています。メインの沖ノ山林道も泥が除去されたばかりのようで、この時はあちこちで路面を水が流れており、防水なしの登山靴には辛いものがありました。さらに三滝ダムから芦津渓谷セラピーロードを歩きました。道は整備されていましたが、谷沿いで湿度が高く風はなく、高所に付けられた鉄の橋は肝試しのようでした。この道も森林鉄道の跡のようです。結局林道から2時間歩いて発電所に戻りました。

とにかく沖ノ山まで歩けたというだけで大満足の登山でした。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「郷原」です。

2018年7月16日月曜日

養父市の光明山

この光明山は、養父市場から円山川を渡った北側に位置します。南に米地(めいじ)川が流れています。登り口は中米地にして、東に県道255号線を少し歩いて山裾の害獣避けの金網にある扉から山に入りました。この扉はStreet Viewで見つけたものですが、草が延びていて開けるのに苦労しました。山に入ると植林の急斜面で、作業道はありますが、暑さの中を登るのは大変でした。時間をかけて少し登ると竹田養父線一三鉄塔があります。これの保守道を登るのがおそらく正解でしょう。この後はやや藪っぽくなり、登りが続きます。そして九曜谷三等三角点(340.17m)に着きました。周囲は藪です。この付近の尾根は藪っぽいので、少し西側に降りて植林の中の作業道を歩いたのですが、次の340m+ピークは行き過ぎてしまい、ピークに登り返して北東の尾根を降りました。この付近の北側は伐採されており、これから歩く行程がほぼ全部見渡せました。ネット沿いに歩いて330m+ピーク付近を過ぎると少し広めの歩きやすい尾根になりました。296m地点付近には、養父市の地籍図根三角点があります。尾根は少し細くなりますが、岩場はなく植林が主体です。そのまま北に歩くと直谷三角点のあるピークにぶつかるのですが、まっすぐ登るのは辛そうだったので、植林の作業道に沿って東向きに登りました。結局地形図の破線道の通る鞍部の付近で尾根に出ましたが、この破線道は見当たりません。西に尾根を登って、金属プレートの直谷四等三角点(423.27m)に出ましたが、ここには国土交通省の中米地中継所が建っています。比較的新しいもののようです。

中継所から南西に尾根を降りましたが、藪です。しかしいきなり目の前が開けて、未舗装の林道の終点に出ました。この林道は中継所の建設のためのものかも知れませんが、それなら山頂までまっすぐ延ばせばよかったと思うのですが。とにかくこの道は北の大江の方に行っているようなので使えず、ずっと尾根を歩き続けました。少し藪っぽいところもありますが、比較的楽に南北に走る尾根に出ました。ただ、この尾根に上がるところは急斜面だったのでピークには上がらず、作業道を伝って南に斜めに歩きました。ここからは南にまっすぐ歩いて、最後はまた急斜面を登って、光明山の頂上に出ました。展望はほとんどありませんが切り開かれており、シダ藪の端に光明山四等三角点(551.01m)がありました。(写真)

下山は東の尾根に向かいました。すぐに尾根が別れており、最初の予定は東に降りて306m地点を経由するはずだったのですが、南に向かう尾根の方が植林で歩きやすそうだったので、南に向かいました。砂地の急斜面を降りる場所もありましたが、まっすぐ南に降りて竹田養父線一六鉄塔に出ました。ここからは巡視路で降りる予定だったのですが、どうも西に向かう巡視路は降りていかないようなので、途中から適当に尾根を降りました。藪ではないのですが急勾配の崩れやすい斜面で、木に掴まりながら谷に降りました。谷を下ると段々畑の跡が広がっており、宇留破神社に出てきました。この下山は不正解です。

とにかく暑い日で、和田山は36度まで上がりました。直谷三角点まで出てやっと北からの風が出てきて、気温も28度くらいまで下がりましたが、そこまでは32度以上で風もあまりなく、熱中症になりそうでした。夏に登るにはあまり向かない低山です。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「八鹿」です。

2018年7月14日土曜日

智頭町の野段三角点

この山は鳥取自動車道や智頭急行の走っている千代川と芦津渓谷の間くらいにあります。行きにくい場所ですが付近には林道がたくさんあるようで、下山はそれを利用することにしました。

登り口は山郷駅の近くの中原にしようとしたのですが、まずここの千代川に掛かっている橋が先週の豪雨で落ちていました。集落の中を通って迂回できるのですが、登り口にと思っていた鳥取自動車道のトンネル入口付近でも何やら作業を行っていたので、ここは諦めて尾根先の北にある智頭南ICまで歩いて行きました。工事中の県道373を恐る恐る歩いてICに近づくと鳥取道の下を抜けるトンネルがありました。名引橋を渡ってこれを抜けると山裾に出ますが、どちらから登るべきかちょっと迷いました。トンネルを抜けた所には小さな堰堤があるのですが、その南側の竹藪を急登することにしました。作業道の名残があって、それを登っていくと小さな祠がありました。中身は何か分かりませんが、とにかくお参りしてさらに急登を続けました。この斜面はかなり急ですが植林なので登りやすく、頑張って登って尾根に上がれました。尾根も植林で風もあって歩きやすく、591mの小さなピークを過ぎ、さらに620m+を歩いて少し降りて、一旦下ってから頑張って登ると704mピークです。あまり展望はありませんが、たまに北の遠景が見えます。

704mピークの東で尾根は北に折れます。ここを下った鞍部を林道が横切っていました。704mピークの西側で既に林道が南側下方向に見えていたのですが、その林道がここで尾根の両側の北の方向に分岐してる形です。ということは林道でこの先を登れるのかも知れませんが、尾根歩きは快適なのでそのまま尾根を歩きました。しばらくはなだらかな登りですが、徐々に勾配がきつくなります。なんとか登りきって821mピークまで来ると、ここも未舗装の林道が横切っていました。林道を無視してさらに尾根を歩くと、次は地形図にある舗装された林道が西側から上がってきました。この林道はとても歩きやすいのですが、日差しがきついので尾根の林の中を並行して歩きました。場所によっては尾根がほとんど残っておらず、尾根というよりも東側の斜面を登っていきました。最後は僅かに残った法面の上を歩いて、地形図にある実線道の分岐に出ました。どちらも舗装された道です。この地点には大きな平坦地が作られています。木材の集積場でしょうか。広く展望があります。ここから見えるのは白坪川沿いでしょうか。ここからも林道は歩かず、日陰の尾根を歩き続けました。割と平坦ですが結構距離はあって、野段三等三角点(999.49m)に着きました。ちょっと展望があります(写真)。

下山は林道を歩くつもりだったのですが、頂上から東に降りて地形図で破線道のある谷を歩くと近道できることに気付きました。こちらへ降りる尾根も問題ありませんが、破線道の鞍部まで北側の林道が延びており、さらに北に延びているようでした。まだ工事中なのか、工事の車が何台かとまっていました。破線道の谷は予想どうりに水が流れていて渓流沿いには歩けませんが、西側斜面に踏み跡があり、それを辿って南に降りました。途中から適当に林道の方へ降りていって、無事に林道に出られました。

あとは林道で下山しましたが、ずっと舗装されています。工事用車両のための道案内の表示が分岐ごとにありました。また作業用の枝葉の林道もたくさんあります。しかし先週の大雨のダメージは大きく、あちこちで舗装が剥がれており、一番ひどい場所では舗装が完全に流されていて、車が通れるようになるにはだいぶかかるでしょう。また、アスファルト舗装にヒビがたくさん入っている箇所が多く、上を歩くと凹みました。この道は林道野々段線というようです。横瀬川が分かれる部分には水門らしきものあって、東へ向かうのが「森林セラピーロード」のようです。しかしここからも土砂で道が埋まっている箇所がいくつもありました。鳥取県営横瀬川発電所もありました。最大有効落差54.37mとありますが、水路は隠されていて全く見えません。ここで横瀬川の南側に移りますが、中原夢来キャンプ場の西で道が川に完全に削られて通れない部分がありました。車で来られるのはここまでということになります。

今回は横瀬川沿いの道を調べるのが目的の一つだったのですが、車ではほとんど入って行けないということが分かったので、登山ルートも考え直さなければなりません。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「郷原」「坂根」です。

2018年7月1日日曜日

千種町の室三角点

千種町の西には日名倉山が聳えています。西斜面には鐘を鳴らせる目立つ建物があるため、あちこちの山から認識可能です。千種町からの登山道は雛倉神社からですが、この登山道は谷を登って奥海越を経由して尾根を登って日名倉山に登るコースで、かなり長いものです。今回は日名倉山ではなく、奥海越の東にある山に登りました。

千種町の雛倉神社から少し登ると東に行く道がありますが、この道が尾根先を切通しで横切っています。切れた先の方に登ると小さな祠がありました。登山は当然反対側の尾根から始まります。ちょっと耕作地がありますが、それを避けて登ると尾根裾をまわる道がありました。素直に道に従って歩くと、害獣避けの扉がありました。無理に登って金網に突き当たらずよかったと思います。扉を通って本格的に登り始めると、地形が複雑です。明らかに鉄を採取した跡です。地形図で見てもこの付近は比較的なだらかですが。これは山が削られたためと思われます。凹凸の多い地形ですが踏み跡があって問題なく歩けました。ある程度登って標高550mを超すと急斜面になりますが、踏み跡は続きます。踏み跡をたどってなんとか標高差200m程度登ると、少しずつ緩やかになりました。同時に踏み跡も消えてしまいましたが、下草のない植林なのでどこでも歩けます。山頂の平らな所では倒木もあり、ちょっと藪っぽくなりました。ネットも張られています。室四等三角点(857.15m)は、アセビとシダと低い松の藪の山頂にありました(写真)。伐採してあるのですが、そのままになっているので乱雑な伐採地です。日名倉山が望めました。

この後は少し山頂付近を散策しました。三角点の南の斜面は倒木をシダが覆い隠しているので危険です。ネットは西の伐採地の方へ行ってしまいますが、南の森に入って降りていくと、鞍部に未舗装道路がありました。東に延びていましたが、おそらくは西側から来ている道だと思います。西側は伐採地で、道路は真新しいネットで遮断されていました。さらに南に歩き、真東に登っていくと、826mピークに山崎智頭線四〇鉄塔がありました。ついでにもっと南東に歩いて、三九鉄塔も見に行きました。ここは東から南に向けて展望があります。この付近の植林は昼でも夜のように暗いのが印象的でした。

四〇鉄塔に戻って、次の鉄塔への赤い火の用心を頼りに西に降りると、道がありました。周囲はシダが茂っているので無理はせずにこの道で降りていきました。かなり荒れた道ですが、倒木だらけのシダ藪よりはましです。しばらく歩くと舗装道路に出ました。780m+ピークの東側を南北に走る道です。ちょっと北に行くと広場がありますが、航空写真で見えている四角いものは巨大な動物捕獲用の檻でした。この付近で地形図の破線道に合流しますが、西へ行く破線道はあまりはっきりしません。舗装はすぐに終わりますが、この付近は東に道があり、先程鞍部にあった道に繋がっているようでした。そのまま破線道を北から西に歩いて、日名倉山への登山道に出ました。この付近が奥海越です。760m+のピークに登りたかったのですが、周囲がしっかりとネットでガードされています。さらに航空写真でも分かるように山頂には木が残っていますが斜面は伐採されています。そこには背の高い草が茂っていて、登るのは大変そうだったので諦めました。おそらくネットで鹿が入れないので草が生え放題なのだと思います。

奥海越からは登山道で雛倉神社へ下山しました。ここは2011/07/23にも通りましたが、荒れかたは変わっていません。水が道と並行して流れており、途中で道が流されています。途中で道幅が広くなってからも水が道路上を流れている場所がいくつかありました。

特に面白い山ではありませんが、山裾の削られ方はこの付近には共通しており、地形は変化に富んでいます。奥海越へは倉谷から南の谷に道があり、千合地峠にも達しているようです。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「千草」です。

2018年6月16日土曜日

畑から登る養父市の建屋山

これまで何度か登っている養父市の建屋山ですが、今回は東の畑から登ってみました。登り口は乙屋神社で、神社の裏の植林を登ると尾根に上がれました。後はひたすら建屋山を目指して登りました。標高差は600m以上ありますが、長距離なので全体にゆったりとした登山となりました。とは言え最初は少し急登もあり、その先の尾根は場所によっては切り開きがあるものの、藪をかき分ける場所もありました。細い尾根を登っていくと、地形図どうりに道が横切っていました。あまり整備された道ではなく、西側は土砂崩れで埋まっていました。歩くのには問題ないと思います。

植林が増えてきて、そのうちに青いネットも張られています。そして金属プレートの毛坂四等三角点(620.22m)に着きました。周囲には低い松が生えています。ここには2014/08/30に来ました。ここから建屋山までのコースはその時にも登りましたが、楽なコースで、毛坂三角点までよりはずっと速く登れました。切り開きのある712mピークを過ぎて植林を登り、最後に急斜面を登り切ると建屋二等三角点(855.78m)のある山頂でした。切り開かれていて中央にはアシビの藪ができていますが、三角点はその西側にあります。

山頂からは南に歩きました。ここは2014/08/30と2015/04/18に歩いていますが、美しい自然林で落ち葉のクッションになっていました。829mピークまで来ると藪ですが地籍図根三角点があり、見晴らし良好です。西には建屋から餅耕地方面、東には和田山ICがよく見えましたが、竹田城は見えません。ここから東に尾根を歩きました。この付近は2014/08/30に藤和から登ってきた所で、養父市と朝来市の市境の尾根です。尾根は藪ですが北側に降りたところには林道があります。壊れたネットもあって足を取られますが、展望があるのを楽しみに我慢して東に歩くと、徐々に歩きやすくなりました。途中にパラボラアンテナがありましたが、機能していないようです。アンテナ付近はアシビの藪です。そして、乙屋四等三角点(747.05m)に着きました。ここは伐採されているのであちこちに展望が広がります。このあと770m+ピーク付近で林道が終わるまで、林道は尾根に近づきます。この付近からの北側の展望は素晴らしく、ハチ高原まで見渡せます。(写真)

林道終点の付近から、真北に延びた尾根で下山しました。まず739mピークまで歩き、西側の尾根に降りました。この後はこれも長い尾根ですが、数箇所地形図からは分からない急斜面がある以外は何も問題はなく降りられました。分岐がいくつかあって、どの尾根を選ぶか迷いましたが、なるべく乙屋神社に近い方向に降りました。標高300m付近はかなりの急斜面で、東の尾根にしたほうが楽だったかも知れません。最後は堰堤があり、長福寺の裏の舗装道路に出ました。

長い尾根を登って長い尾根を降りたという感じでした。林道から見えた遠景は儲けものをしたような気分になりました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「八鹿」「但馬竹田」です。

2018年6月13日水曜日

鳥取市用瀬の三角山と洗足山

用瀬(もちがせ)は鳥取市ですから、姫路からはだいぶ遠くなります。しかし無料の鳥取自動車道のおかげで意外と早く安く行けます。用瀬で有名なのは三角山と洗足山で、これを繋ぐ尾根を用瀬アルプスと呼ぶようです。

三角山へは用瀬から登りました。最初の鳥居は三角団地というちょっと不思議な形の家の団地の上にあります。ここから真っ直ぐ山に道が延びています。まず最上山道場という日蓮宗の祈願所がありますが、それを過ぎると神社関連の施設が増えてきて、女人堂に着きました。三角山神社の説明板があり、ここからが本格的な登山となります。かなりの急斜面を登りますが、道は整備されています。景石城址からの道と合流し、さらにロープも張ってある急な道を登ると、洗足山への分岐に出ますが、ここはまず三角山神社を見に行きました。大きな岩の上にある神社で、眺望もあります。名前の三角山は「みすみやま」なので三角点はありません。この山の形は特異なので用瀬から見上げてもすぐに分かります。

山頂から分岐点に戻って山頂を東側で巻くと、この山頂の周囲には大きな岩がいくつも聳えているのが分かります。そして山頂の南に出て縦走路となります。まず最初に岩が尾根に聳えており、西側に鎖があって巻いて進めるのですが、その先でいきなり岩が切れています。ここには梯子が作られているのですが、梯子を降りるには後ろ向きに足を掛ける必要があり、高所恐怖症には辛いものがありました。結局岩の北に戻って、東側を巻きました。この梯子は南から来て登るのなら問題ないと思うのですが、降りるには技を要します。この難所を過ぎると登りになりますが、ロープが張られています。ちょっと登ると592mピークの北には「おおなる小屋」という名前のログハウスがありました。新しいもので、中は木材の香りが充満していました。この南では再びロープのお世話になって、648mピークに登るとここは「おおなる山」だそうで、用瀬アルプスの案内板があります。ここと洗足山とは標高差100mほどなのですが、実際には一度大きく降りてから登り返します。尾根の外れでちょっと曲がって急斜面を降りました。そして下って下って、468mの「鬼ケ乢」に出ました。そしてここからは大変な急勾配で、ロープや鎖が大いに役立ちました。そして東からの道と合流すると、その上は展望のある平坦地でベンチがあります。ここからは日本海が見えます。この付近の石は赤く、また石英も見られました。この先は比較的楽な登りで、洗足山に着きました。洗足谷山一等三角点(736.18m)があります。流石に一等三角点は立派です(写真)。

下山は少しでも用瀬に近づくように、金屋へ向かいました。地形図で見ると急斜面を降りるのですが、「洗足山遊歩隊」が最近この付近の整備を進めているので、問題無いだろうと考えました。じっさいこの道は急斜面をジグザグに下っていきます。「路肩注意」という看板が立っていましたが、たしかにこの道は大雨が降ると流されて消失しそうです。登山道としては整備されており、時々道標もあります。ですが、基本的に登山用に整備されており、下山の時には必ずしも役に立ちません。役に立つのは木に付けられた赤いマーキングでしたが、場所によってはそれも見つけにくいことがあったので、もっと必要と思います。というのは、この道は単調に尾根を降りるようなものではなく、斜面を通る場所が多いからです。最後は谷に降りてきて、林道に出ました。ここが登山口となっています。気持ちの良い林道を降りて、用瀬に帰るのに1時間ほどかかりました。

見どころたくさん、楽しみもたくさんの登山道です。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「用瀬」「智頭」です。

2018年6月9日土曜日

法道寺城から登る養父市の石禾城

養父市と朝来市の市境の尾根に位置する石禾(イサワ)城は、2017/12/02に西から登っていますが、調べてみると東から登るほうが楽そうなので、こちらのルートでも登ってみました。登り口は国道9号線の法道寺交差点を南西に曲がり、少し走って法道寺城跡の看板が出ているところです。法道寺城は中山城とも呼ばれるそうで、戦国時代後期に改築されたと書かれた説明板があります。指示に従って法道寺(高野山信号週亀岡山 法道密寺)に向かい、鐘楼の後ろから大手登城路に入ります。イノシシ避けの扉を通ると「大師みち」という矢印がありますが、ここからは八十八ヶ所のお参りができる道です。これを登っていくと、山頂近くに大手虎口という看板があり、ここから先が城跡となります。確かに深い堀切があり、平らな山頂は周囲が盛り上がっており、ここが本丸跡となります(写真)。目指す方向へは大土塁を越して西に降りて堀切を渡ります。

ここからは尾根登りですが、すぐに尾根上に頑丈な金網があります。とりあえず北側に扉で抜けて金網沿いに登りました。そのうちに金網は終わって、やや急な登りになりました。そして地形図で尾根を南北に破線道が横切っている場所は、広く平らな場所で、ここも周囲が盛り上がっている感じがして、山城の一部だったような感じでした。そしてさらに登っていくと、石禾上城に出ました。市境の尾根です。前回は市境の尾根を歩いただけだったのであまり山城の感じはしなかったのですが、下から登ってくると山城のような気がしました。市境を南に歩けば、石禾城(畑高城)です。この手前がやけに急斜面なのですが、ここは堀切があるのです。山頂の廻りには一段低い所にぐるっと平坦地があります。このような人工の地形が500年近くも残っているのには驚きます。山頂には上野三等三角点(537.65m)があります。

下山はまず前回と同じく市境の尾根を北に歩きました。石禾上城を過ぎて、急斜面を降りますが、ここにも堀切があったのかも知れません。鞍部付近には地形図では破線道があります。はっきりしませんが、道の跡があるかも知れません。地籍図根三角点のある石禾下城からは今回は東にさらに市境を降りました。この尾根は切り開きが多く、勾配はなだらかで、実に歩きやすい尾根でした。ほぼ平坦地を歩いているような感覚でしばらく歩けました。植林が増えてきて、少し急斜面を降りると宮内四等三角点(220.32m)に出ました。ちょっと切り開きがあります。この付近からもさらに市境を降りましたが、そのままだと野球場の方に行ってしまい帰りが遠くなるので、東の植林を降りました。谷に降りると頑丈な金網があり、扉はあるのですが針金が錆びていて開けられず、別の扉を探してやっと外に出ました。東に降りると墓地に出てきました。

下山に登った尾根は距離は長いのですが勾配は緩いので楽に登れそうです。法道寺城からの尾根も、急登はありませんでした。法道寺城や石禾城については[1]に詳しく解説されています。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「八鹿」です。

2018年6月3日日曜日

智頭の篭山

前日に牛臥山に登ったときに、西に聳えていたのがこの篭山です。続けて登ってみました。

登り口は智頭駅の北西で、新見川を渡ると「比丘尼城 岩神城跡」という石標が立っており、そこから真っ直ぐに山に入りました。「かごやまトレッキングコース」の標識もあります。林道は複雑に曲がって山を登っていきます。分岐もたくさんありました。途中に鳥居があって、地形図で岩神から真っ直ぐ登ってくる破線道が鳥居に通じているようでした。つまりこれが岩神神社への参道なのでしょう。神社は再建されたようで、「つどいの館」という建物もありました。神社の先で道は草が増えてきます。344m地点を過ぎて、その先は尾根の先端に突き当たるので、普段ならここから尾根登りを開始するのですが、「登山口まで0.2Km」の標識があったのでそのまま道を歩きました。

登山口はこの道が終わった所にあり、尾根に向かって北に上ります。マーキングがありますが、途中からは作業道があって、ジグザグに登って行き、ススキの生えた尾根に上がれました。ここからは尾根登りで、少し平らになった場所では見晴らしも楽しめます。牛臥山や智頭の市街地も見えます。北から南まで展望が広がるのはこの付近だけでした。しかし徐々にススキの背が高くなり、手強くなってきます。標高600m付近からはススキの間を縫って歩くようになり、切り開きを探すのも困難になりました。特に夏はススキの背も高く日照りも強いでしょうから、避けるべきコースだと思います。なんとか頑張って登ると、市之瀬三等三角点(699.31m)の手前で南から整備された道が上がってきていました。この付近の展望も良好で、鳥取平野が望めます。条件が良ければ日本海も見えると思います。

ここからは笹の間に作られた道を歩くことになりました。雰囲気としては氷ノ山や駒の尾山に近く、風もあって気持ちよく歩けました。道標もあります。いったん868mピークにあがり、建設省の篭山反射板のある880m+を過ぎると、ちょっと茂みを抜け、笹の草原を抜けて(写真)、篭山頂上に着きました。篭山三等三角点(905.28m)があります。日本海が見えると嬉しかったのですが、ちょっと霞んでいました。

下山は山頂から南に降りようと考えていたのですが、笹が生い茂っており、道も無いので歩きようがありません。西に降りる道もすぐに終わっているようでした。しかたないので東に引き返し、「かご山中田」という道標のある所から南に降りました。最初は藪の中を通りますが、道ははっきりしています。降りていくと笹の背丈もだんだん低くなり、植林を快適に降りました。625m地点を過ぎて、最後は尾根から東側に降りる切り開きがあって、急斜面を降りると林道に出ました。これは林道篭山線で、地形図よりもさらに西に延びています。林道を戻る気はしなかったので、尾根に沿って下っていく林道を歩きました。この道は少し荒れていますが、無事に地形図に描かれている実線道に繋がっており、下山できました。途中に「智頭林業技術研究所」の建物がありましたが、この付近の植林の美しさは抜群でした。このあとは「ナメラ谷作業道」で下山しました。

林道篭山線の入り口にある案内板によると、今日は岩神登山道を登って、西側の登山道で下山したことになります。岩神城跡は神社の近くにあったようで、岩神登山道は林道の終わりまで行かずに登り始めるように描かれています。篭山線の途中から登る輪登山道がおそらく一番楽でしょう。素晴らしい山だと思いますが、冬は積雪があり、夏は暑いだろうと思います。

展望 ★★★
藪山度 ★★☆
地形図は「智頭」です。

2018年6月2日土曜日

智頭の牛臥山と海上山

これらは智頭の北東に位置する山です。牛臥山の尾根上にはアンテナ群があり、その保守道路(林道牛臥線)が智頭の上町あたりから登ってきています。それを歩けば楽に登れますが、あまりにつまらないので登山道らしい道で登ってみました。登り口は山裾の北西です。板井原方面に向かう道(登山道にあった道標ではこの道は林道八頭中央線となっていた)を歩き、墓地の所から山に入ります。この入口にはGoogle Street Viewで見ると登山道入り口の看板があるのですが、今は何もないので分かりにくいかも知れません。この登山道は植林の中をジグザグに登ります。階段も設けられていますし、急勾配ですがベンチもあって整備された道です。少し荒れ始めているのが気になります。

ひとしきり急勾配を登ると、アンテナ群に出てきます。いくつあるのか数えるのも面倒なくらい、たくさんありますが、所有者が不明なものも多数あります。鳥取県のアンテナ複数、日本海テレビなどは分かりました。保守道路の終点は牛臥広場と呼ばれ、トイレと牛臥山四等三角点(448.4m)があります。この時はヤマボウシが満開でした。ここからは登山道となりますが、NTTの巨大なアンテナ、ロッジと登れない展望台、さらにその上にも反射板に東屋があって、展望はまずまずです。

牛臥山への登山道は整備されています。途中に常磐岩(とぎわのがんきょう)という場所があって、智頭の町が見えました。655mピークは南を巻きますが、尾根に上がると板井原からの道と合流します。そして牛臥山の頂上は広場になっており、「宇し婦世山」の記念碑があります。展望もあります。牛臥山からは少し北に引き返して、海上山へ歩きました。これも歩きやすい縦走路で、新緑がきれいでした。海上山山頂は開かれた林で、智頭山三等三角点(785.24m)があります(写真)。ピクニックならお弁当にもってこいの場所でしょう。

下山はいくつかルートが考えられますが、智頭に帰ることを念頭に、南から西に曲がる尾根を選びました。まず海上山から南に尾根を探しました。これはちょっと難しかったのですが、尾根に乗れば後は快適でした。790m+ピークを南に曲がって、やや急な尾根を降りていくと、東側に林道がありました。これで降りられるかと思って、しばらくは林道を下っていきましたが、行き止まりになりました。この林道は航空写真で確認すると毛谷の奥から延びて来ているようで、反対方向に歩けば大回りですが下山できたはずです。林道終点からは尾根に登り返し、さらに尾根を下りましたが、どんどん急斜面になりました。自然林も植林も木に掴まって斜めに斜面を下り、最後は鳥取自動車道が見えてきました。自動車道に向かって降りるのはたいてい不正解なので、西側の谷に向かって降りました。この谷にある、杉神社という不思議な神社に無事に降りることができました。杉の精霊のお導きかも知れません。

気持ちよく歩ける山でした。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「智頭」「郷原」です。

2018年5月27日日曜日

佐用の蓑畑の北の山

これは地図で探すのは困難な地名です。佐用川の支流でである庵川の最上流です。県道443号線の寺坂峠の西の分岐を北へ、海内へと進み、そのまま上土居の八幡神社の前を過ぎて舗装道路を走りました。道路の舗装が終わった付近で車を降りて、さらに北に歩くと、蓑畑です。家が数件あり少なくとも一軒は住めそうな状態でしたが、人が住んでいる様子はありません。電気と電話は来ているようです。さらに谷を北上しましたが、地形図の破線道はすぐに荒れた作業道になります。それでも石積みがあって人手が掛かっているようです。谷の分岐を北に進むと倒木が増えてきて歩きづらくなったので、東側の支尾根に上がることにしました。しかしこの位置で尾根に登るには非常に急な木の少ない斜面を斜めに登る必要があって危険でした。尾根先から登るべきでした。

支尾根は倒木があり急峻ですが、谷よりは楽に歩けました。しばらく登り続けると主尾根に出ました。この稜線は2014/03/29に東の瑠璃寺から歩いています。奥海から瑠璃寺への参道だったらしく、石の道標が所々にあります(写真)。まず東に歩いて684mピークに行きました。前回見つけた変な物体はよく探さなかったので、確認していません。西に引き返して、参拝路どうりに680m+ピークは南に巻いて、北に曲がると倒木があり、その先は北に行けば722mピーク経由での桑村への分岐となります。この場所には以前はお地蔵様が立っていたかも知れません。前回は北に歩きましたが、今回は西に歩きました。こちらも歩き易い尾根で、「海内 分収造林地」の紙が木に貼り付けてありました。

徐々にコースを南に取って、やや藪っぽくなった尾根を歩いて、地形図で蓑畑と下村をつないでいる地形図の破線道を探しました。北の下村に続く谷は倒木の海で、かつては道があったかも知れませんが、今はとても通れません。南側はかろうじて道の跡があり、かなり崩落していますがジグザグに斜面を降りていきました。しかししばらくして現在地を確認するとこの道は南の谷へと降りていっており、蓑畑に向かう地形図の破線道とは違うルートを取っていました。それでも崩落箇所は多いもののなんとなく道は明確で、最後は谷に出ました。倒木が多く谷に沿った道は無いので、渓流をしばらく降りました。水量は少ないのでなんとか降りられました。とは言うものに、とても勧められるルートではありません。しばらく降りると地形図の破線道に出ましたが、ここも道は壊れている個所が多く、倒木で塞がれている場所もいくつかありました。また、川には護岸が作られていても、道路の川と反対側が流されて水路になっており、護岸壁だけ残っているような場所もありました。ちゃんと歩けるようになったのは、車を停めた道路に出る直前の100mくらいでした。

尾根は割と歩き易いのですが、谷は倒木が多いので避けたほうが良いでしょう。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「千草}です。

2018年5月12日土曜日

若桜森林鉄道を歩く

先週のリベンジは、[1][2]を十分に参考にしました。先週と同じように県道103号線から林道を歩き、今回は道標の石がある所から登り始めました。同じ場所でも下りと登りでは受ける印象は違います。最初の登りはとてもきつく、尾根に上がって一息つきました。その後も岩場の登りはかなりの急斜面でしたが、それを過ぎると気持ちの良い尾根歩きになりました。先週やっとのことでたどり着いた860mピークを過ぎ、さらに北に歩きました。ときどき標石があります。勾配は少なく、木の間隔が広いので広々しています。周囲はほぼ自然林ですが、笹が生えており、これがはびこると歩きにくくなりそうです。標高900m付近はちょっと登りで、944mピークまで来て、東の尾根に降りました。しばらく歩いて尾根を降りると、道がありました。これが森林鉄道(正確には沢川林道線というらしい)です。

まずは森林鉄道を北に歩いてみました。すぐに切通しがあり、両側はしっかりした石積みで抑えられています。地面には落ち葉や植林の枝の下にレールがありますが、水が溜まっている部分もありました。切通しを抜けると林道が分岐しており、北へ行くのは森林鉄道のルートですが、北西にも林道がありました。森林鉄道を歩くと、レールが道の端に積み上げてありましたが、鉄道を林道に拡張した時に打ち捨てたものと思われます(レールと言っても遊園地の乗り物用みたいなレールです)。あまり急な登りはなく(鉄道なので当然なのですが)、東因幡林道に着きました。これは若桜氷ノ山から続く長い林道ですが、この部分は未舗装です。しかもちょうど森林鉄道の起点となる部分で道路が崩落していました。バイクはともかく自動車で通るのは厳しいと思います。東因幡林道の下にも別の林道があったようですが、これは完全に流されていました。ここまで、県道103号線から2時間以上かかりました。

東因幡林道を起点として、沢川林道線全線制覇を目指しました。まずさっきの切通しまで戻り、その先を歩きました。ほぼ地形図どおりで、東に斜面を進んで行きます。小さな谷は石積みで補強してありますし、カーブは内側のレールを二本にするなど、しっかり作られています。斜面の崩落で埋まってしまった場所もあります。谷に降りて行くのですが、勾配を付けられないので大きくUターンを繰り返します。レールの間に太さ30cmほどの木が生えていて、歴史を感じさせます。最初の谷は橋が落ちており、レールだけが中に浮いていました。橋がどう作られていたのかは分かりませんが、下に特に大きな人工物が落ちているわけではないので、木造の橋だったのかも知れません。この先しばらくは真っすぐの幅の広い道で、ここはレールがほとんど見えなかったのですが、林道用に道を拡張した時に埋めたようです。

尾根先をターンして、次の谷にはコンクリートの橋が残っていました。両端に石を積んで段を作り、そこに二本のコンクリートブロックを載せるという形ですが、この大きなブロックをここまで運ぶのは、鉄道があったとは言え大変だったと思います。鉄道はこの東で切通しを抜けて、次の谷に入りますが、ここには小さなコンクリートの橋が二つ掛かっています。この付近には後から林道が作られていて鉄道のトラックを追えないのですが、標高の高い位置で谷の奥に入った鉄道が谷を東に一度渡り、Uターンして谷の手前でもう一度谷を渡って標高の低い位置で折り返す、という設計のようでした(写真は上流側から見たもの)。なんとも手の混んだ作りですが、この谷を下るにはこうせざるを得なかったのでしょうか。ここでは鉄道は地形図の破線道(林道)よりも下に作られており、分岐があって引き込み線が作られていました。すれ違い用かも知れません。ポイントの動作はよく分かりませんが、特に切り替えるような仕様は見られませんでした。

鉄道は支尾根をぐるっと廻って先程の最初のコンクリート橋の下流に戻ってきます。林道はここで最初の橋まで行ってしまうのですが、鉄道は下流側で再び谷を渡ります。ただしこの橋は落ちています。下にコンクリートブロックが落ちていないので、木製の橋だったのでしょうか?この付近でも鉄道は林道よりも下を通って尾根裾を廻ります。林道は斜面を削って作ってあるのに対して、鉄道は溝の中を走っています。これも勾配を避けるためと思われます。尾根を廻った先には小さな沢がいくつかあって、現存のコンクリート橋が一つ、それから落ちた橋が二つありました(もっとあったかも)。そして少し開けた場所で谷を渡りますが、渡った西側の少し上がった所に建物の基礎が残っていました。レンガやタイルもあり、地中にケーブルも見えました。

鉄道はさらに南に谷を下っていきます。広い谷ですが鉄道は斜面のやや上に作らてています。小さな谷には石積みで道を作り、出っ張った斜面は掘り込んで水平道になるように工夫されていますが、この付近にはレールは残っていません。尾根先を廻って谷が西に、さらに南に向かうと、山側が険しくなってきて、見上げると断崖があったりします。谷が再び西に曲がる付近では鉄道はかなり高い位置になっており、岩を削って作られています。この付近の岩は板状節理がきれいに入っています。尾根先を廻るとガードレールが作られていますが、見た所レールを組み合わせて作ったような感じもします。山側は節理の入った岩が続き、楽しめる道ですが、しばらく行くと終点に着きました。ここには大きなコンクリートのブロックがあって、ウィンチか何かが設置されて木材を谷に下ろしたのだろうと思います。GPSでは鉄道路を歩き始めて6kmほど、標高差150mほどになっています。Mirindaの瓶が落ちていました。

問題は森林鉄道の終点からどうやって下山するかです。斜面を100mほど登れば平らな尾根に出られますが、また860mピークに戻って帰ることになるので時間がかかります。降りる方は急勾配ですが、先週登った沢からは300mほどしか離れていないので、そちらを目指して降り始めました。最初は道らしいものがあって、斜めに西に下っていくとレールのようなものが落ちていました。しかしその先はガレ石(板状節理のかけら)の急斜面となりました。崩れやすい土の斜面よりは降りやすいのですが、その先は土なので枝や草に掴まって斜めに降りて行きました。斜面をトラバースして先週登った沢に着きましたが、沢の斜面は掴まるものがなくて、降りて沢を渡るのにはかなり時間がかかりました。今から考えると、最初から斜めに降りるのではなく、材木と同じようにまっすぐ谷に向かって降りて、[2]のように標高の低い位置で谷沿いに歩いたほうが、この沢の下の方に出てくるので楽だったと思われます。沢を渡ると先週歩いた作業道があり、さらにもう一つの沢を渡ってからも作業道を見つけて、無事に林道まで降りることができました。

姫路からは車で2時間かかりますし、決して行きやすい場所ではありませんが、森林鉄道だけでなく、周囲の自然まで含めて楽しめる山歩きでした。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「若桜」です

2018年5月5日土曜日

若桜森林鉄道を探す

これは次回のリベンジと一緒に読んでいただく必要があります。

若桜森林鉄道(正確には沢川林道線というらしい)は、若桜町の諸鹿の東にあります。この日は偵察という感じで、地形図の破線道がどこまで存在するのかを調べてみました。県道103号線は諸鹿のところで「落石のため通行止」となっていますが、森林鉄道につながる林道の入口までは舗装道路で問題なく行けます。途中で見上げると屏風岩が上の方に聳えています。来見野川に石楠花橋という立派な橋がかかっています。林道は整備されていますが雨上がりはぬかるみ気味で、車で入るのは勇気がいります。とりあえずは歩くことにして綺麗な植林を進むと、道は支流へと入っていきます。そしてかなり長く歩いて、地形図で破線道が谷に降りている地点に着きました。ちょっと広々しています。破線道はこの地点から北側の斜面に描かれています。林道はこの先も南の谷に続いていますが、この林道を横切って沢の水が流れています。

まずは破線道を辿ろうと北斜面を歩いてみましたが、倒木だらけの急斜面の植林で歩けません。そこで林道に戻って沢の水を駆け抜けて渡り、沢の南側を登りました。しばらく歩いて、地形図で破線道が斜面を登り始める付近で北側に移ろうとしました。しかし水量が多くて飛び越えるのは無理で、結局靴を脱いで歩いて渡りましたが、水が冷たく、たった数歩ですが渡り終わった時には足が凍えていました。北斜面は植林の急斜面です。木につかまって登ると、水平道を見つけました(写真)。破線道のように斜面を垂直に登る道はあるのかと探しましたが、結局ありません。そもそもこの急斜面に垂直に登る道を作るのは不可能でしょう。仕方なしに少し水平道を東に歩きましたが、地形図の破線道とはどんどん離れていきます。しばらく行くと沢がありました。破線道はこの上を通っているので、この沢を登ることにしました。ガレ石の多い非常に急峻な沢で、そのうちに疲れてきて西側の斜面を登り始めました。ところが下から見上げるよりも実際の斜面はずっと急で、四つんばいで這って登るしかありません。それでも木の枝や根など掴まるものがあれば良いのですが、それがないと登れません。何度か途方に暮れて進路を変えつつ、キャラボクの茂みを抜けて、やっと立てる支尾根まで上がりました。ここでGPSを見ると、既に破線道の上に来ていました。ということは、破線道に相当する道はなかったということになります。這って登ったくらいですから、道が崩落したとも思えません。

これで調査は終わりですが、ここからどうするかが問題で、結局主尾根の860mピークまで登ることにしました。支尾根なので最初は歩けましたが、そのうち尾根上に大きな岩が現れました。これを苦労して迂回して登ると、地形図どうりに標高750m付近は非常に急で、また四つんばいを余儀なくされました。疲労困憊して標高800mをクリアし、平らな尾根に出てきました。この後は楽に歩けて、860mピークに着きました。広々とした気持ちの良い尾根です。

この先更に森林鉄道を見に行く元気はなかったので、ここから尾根伝いに戻りました。この主尾根ルートは登る時にはあまり迷わないと思いますが、下りではかなり複雑です。まず最初に860mピークから方向を間違えました。途中は標高700mから750mの間は岩場の急斜面です。その下はやや藪っぽくなりますが、藪漕ぎと言うほどではありません。最後は調子に乗って標高600mより下まで降りてしまいましたが、林道に降りるには少し戻って支尾根を降りる必要がありました。やや急な支尾根を降りて、林道に降り立ちました。ここには古い石の道標があり、[2]によると「右・山ミち 左・おじろ」と書かれているようですが、おじろとは何処でしょうか?

今回はとにかく地形図の破線道が存在しないことを確認しました。林道までの行程の半分ほどしか行っていないので、次はちゃんとインターネットの情報([1][2])を使って鉄道を見たいと思います。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「若桜」です

2018年5月3日木曜日

福知から登る岡ノ上三角点

2009/07/04に福知から林道小の倉線で福地三角点経由で岡ノ上三角点へ歩いたことがあります。この時はとても長いルートだったのですが、もっと短縮してダイレクトに登れないか試してみました。

前回と同様に棚田から林道小の倉線を歩いて行ったのですが、害獣避けの扉に鍵が掛かっており、先に進めません。付近に扉を探したのですが、小さな扉も固定されていて通れません。結局少し戻って堰堤の下の所から登って行くと別の扉があって、これは通れました。この扉は小の倉線にも通じていましたが、今日はこの付近から植林に入って登り始めました。幅の広い尾根で、そこそこ急斜面ですが木に掴まらずに登れます。伐採された木や枝打ちされた枝がありますが、あまり障害にはなりません。そのうちに自然林や岩も多少増えてきます。そして標高700m付近まで登ると左手(東側)が伐採地となりました。さらに登ると、東四等三角点(829.83m)がありましたが、この付近だけ藪でした。さらに植林を抜け、伐採地を抜けて、主尾根に出ました。ここは2009/07/04に通っています。東に930m+ピークまで歩いて南東に曲がりましたが、この付近はまず藪、それから倒木だらけでした。2009年にはこんなに倒木はなかっただろうと思います。倒木地帯を避けて少し東に寄りつつ鞍部を抜けて、ゆるやかに登っていくとアセビの藪の山頂に着きました。藪の中に岡ノ上四等三角点(949.07m)がありました。ここは最近では2015/06/20にも暁晴山から来ていますが、新たに「宍粟別選5名山 岡ノ上三山 岡ノ上(949m)」というプレートが立っていて、見つけやすくなっていました。

下山は来た道(道はありませんが)を引き返し、930m+ピークをそのまま北に歩きました。周囲の雰囲気はここまでと変わらず、アセビを主体とした藪です。マーキングがあり道もかつてはあったようですが、かなり障害物が多く迂回する場所が多かったと思います。894mピーク付近には植林もありますが、尾根の上は藪です。ここで西に尾根を折れて、さらに藪を下りました。結局標高800mを切る付近になって、やっと植林を降りられるようになりました。長い尾根を下り、566m地点の手前まで来ると眼の前は伐採地でいきなり視界が広がりました(写真)。眼下に集落が見えますが、高峰も見えましたし、遠くの山々まで見渡せました。伐採地の下には林道があり、ジグザグに降りていく作業道がありましたが、ガレ石が多そうだったので西に尾根を歩いて植林を降りました。最後はちょっと急勾配でしたが、無事に林道小の倉線に降りられました。

ダイレクトと言っても標高差は700m近くあるので、お気楽登山ではありません。アセビだらけで鹿の食害がひどいようです。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「長谷」です。

2018年4月30日月曜日

上八代から登る朝来市の馬場山

2013/06/29に佐中から歩いてきた馬場山ですが、今回は東の上八代から登りました。上八代の集落の南の県道70号線際に階段で上がる平坦地があります。かつてお寺か何かがあったと思われますが、今は立派な土蔵が一つあるだけです。ここから植林を登ろうと思ったのですが石垣が登れず、結局県道から急斜面に作業道を見つけて登りました。植林に入っても急斜面ですが、倒木や倒竹はあるもののさほど苦労せずに登れました。しばらく登ると自然林も増えてきます。ネットが張られている場所もありましたが、木の間隔が広いので問題はありません。木の間から南にテラスリゾートASAGOの建物が見えます。この季節は藤の花がきれいでした。たまに少し平坦になりますが、急斜面が続き、1時間ちょっと登ると、白い棒が倒れかけている伐採地に出ました。ここは前回も訪れている展望地です。市川沿いが見渡せます。多々良木ダムも見えましたが、春は展望には向きません。ちょっと登山道を登ると山頂です。「さのう高原パノラマ展望台」の地図がありますが、付近の山にほとんど山名が書かれていないのが残念です。

下山は北に八代峠を目指しました。いったん先程の展望地に戻ってから作業道を水平に歩いて北向きの尾根に乗りました。あとは歩き易い尾根で、前回とは逆向きに歩いています。植林が主ですが自然林も多く、新緑がきれいでした。726mピークを過ぎ、地籍図根三角点を過ぎて、次の分岐を北に進みました。ここらからは朝来市と養父市の市境となります。こちらの尾根も歩き易く、問題なく605mピークを過ぎて、その先を真っ直ぐ行かずに東に降りました。尾根上に大きな岩があり、この付近には珍しいのでびっくりしました。その先に共同アンテナがあり、そこを一度南東に降りて、後は尾根を辿るだけでした。そのうちに北側下に林道が見えてきます。八代峠に近づくと林道が尾根先を廻っているのが分かりました。林道の西の一段上で峠を越しているわけです。南側では林道の法面はコンクリートで固められているので、北側に降りました。林道を下ると峠の北に出ます。峠の北側には休憩所や井戸(?)がありますが、峠は以前に来た時と変わらず東側斜面が崩落して塞がったままでした。東側斜面はネットで覆われていたようなのですが、上の方から大崩落してしまったのでネットでは支えられなかったようです。写真で岩が切り立っている所から道路側が崩落したと思われます。大きな落石を乗り越えて南側に出て、上八代まで歩きました。

最初の尾根登りは無理やりではありますが、大きな障害はありません。楽ちんなショートコースのようですが、3時間以上かかりました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「但馬竹田」です。

2018年4月22日日曜日

上月城の北の山

上月城の闘いは播磨の戦国時代を語るときには避けられません。今回は上月城のある山田の北の山を歩いてみました。この山は上月駅の南の山でもあります。最初は姫新線沿いから登れるかと思いましたが、あまりに急峻なので諦めて少し南にある谷に向かいました。住宅街の奥に墓地があり、そこからいきなり荒れた谷になりました。両側の斜面は急なので倒木を乗り越えて谷を奥まで歩いて尾根に上がりました。

尾根も倒木が多く荒れ気味ですが。道のなごりもあります。下草はほとんどありません。南西に歩いて徐々に斜面を登り、藪を抜けて上月四等三角点(257.69m)に着きました。共同アンテナの足元にあります。(写真)。この付近は平坦ですが、なんとなく人工的と思われる段差がいくつかあり、あれほどの戦闘のあった場所ですので山城跡だと嬉しいのですが。

山頂から西に歩きました。こちらの方が切り開きがはっきりしています。しかしそれでも時々枝を払ったり倒木を避けたりして歩きました。特筆することのない灌木の藪が続きました。途中に一升瓶と缶ビールが散乱している大宴会の跡らしき場所を通りました。一旦北に向かい、藪を西に折れました。尾根の藪を歩いていると北側に地形図にある林道がありましたが、この道は北に行ってしまうので、それとは別れて南に歩きました。この付近から植林が増えてきますが、尾根上は植林と自然林が交互に現れます。平坦な尾根を南西に歩き、南に向きを変えて294mピークを通って、その南は登りとなりました。そして植林を抜けて平坦な380m+に来ると、いきなり綺麗な広場となりました。これは「利他の花咲く村」でした。美しいスロープを抜けて道に出ました。あとは目高を抜けて帰りました。

全体に下草がなく、藪としては歩き易い方でしょう。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「上月」です。

2018年4月21日土曜日

畑川の上流から大倉部山

大倉部山には以前も東側から長い尾根を通って登っていますが、今回は西側から登ってみました。このコースは普通ならば大倉部山から北西に延びる尾根を登って山頂に着き、南から西に降りて畑川を通って帰ると思うのですが、畑川の上流の谷が歩けるのかどうか心配だったので、まず谷を南に歩いてから折り返すことにしました。

畑の八幡神社から道が畑川(はたがわ)の上流に伸びています。途中で未舗装となり害獣避けの扉がありますが、それを過ぎると川沿いに今は植林となっている段々畑が続きます。谷の分岐点にお地蔵様がありますが、ここを過ぎてもずっと耕作地が作られています。朝来市と養父市の境界を過ぎても、ときどき広い耕作地があります。しかしさらに南に歩くと地形図でも分かるように谷は細くなってきます。この付近まで道は川の西側に作られていたのですが、この付近で東側に渡る必要が生じます。しかし畑川は上流の藤和の付近の雨水が全部流れているわけで、水量が多く、渡るにはちょっと苦労しました。東側に渡ってからも、ときどき西側に平坦地があって再び川を渡るべきか思案しましたが、結局ずっと東側を歩きました。道はあるのだと思いますが、崩落箇所もあって歩けずに河原に降りる必要もあります。谷が狭い付近にお地蔵様が置かれていました(写真)。嘉永六年と記されているようです。

消えかかった道を歩いて行くと植林に入りました。この先は藤和の農耕地ですが、そこに入るには川を渡る必要があります。農耕地もしっかりガードされているので、ここから一気に大倉部山に登ることにしました。東側の斜面の登りやすそうな所を探して、木に掴まってよじ登りました。ネットがありましたが、壊れている場所があって抜けられました。その後もずっと急斜面が続きました。標高差300mの山頂まで水平距離800mで登ろうというのですから、急登にならざるを得ません。途中で作業道もありましたが水平に進んで埒が明かないので、結局は急斜面を登り続けました。最初は草地が多く、足元も崩れやすかったのですが、徐々に自然林になって登りやすくなりました。そしてツツジの花を見ながら山頂に着きました。山頂は岩場で最高の展望台です。竹田城も見えますし、粟鹿山や朝来山だけでなく、北側も見渡せます。小倉部三等三角点(691.85m)があります。

下山は北西に延びる尾根ですが、こちらは登山路が整備されていました。案内板もあり、道もはっきりしています。今回は下りでしたが、登りに使うと山頂付近の坂はかなりキツイでしょう。下りは快調に降りられましたが、登山道は途中で観音寺へ降りていってしまうので、登山道から外れて尾根を歩きました。こちらも一応道が作られています。この付近は細尾根も多く、楽しめる尾根です。岡四等三角点(358.36m)を過ぎると尾根にネットが張られており、倒木も増えてきました。それでも特に文句を言うほどの藪はなく、普通の藪歩きとなりました。362mピークを通り、自然林の尾根を伝っていくと、北側に未舗装の林道が現れました。最初は無視していたのですが、行く手の尾根先を横切っていたので、結局林道で下山しました。しかしこの林道は山の周囲を廻っているだけで、道路には北の方で繋がっているようでした。西の端まで来たところでまた尾根に戻って、尾根先から急斜面を降りました。林道を使わないほうがずっと速かったでしょう。

畑川の上流はいちおう歩けますが、靴を濡らす可能性が高いので準備して行ったほうが良いでしょう。

展望 ★★☆
藪山度 ★★★
地形図は「八鹿」「但馬竹田」です。

2018年4月14日土曜日

氷上町から登る鳴尾山

鳴尾山は多可町と氷上町の境界付近にある山です。以前(2013/08/06)に多可町の鳥羽から登りましたが、今回は東の氷上町から登ってみました。とは言うものの登山道があるわけではありません。氷上町三方の山裾を歩いているとゲンジボタルのための親水施設があり、そこから山に入る道がありました。入っていくと扉があり、開いていたので楽に植林に入れました。植林の中を登って行ったのですが、作業道がところどころにあるとは言え、登山道があるわけではありません。北側の尾根に登らなければならなかったのですが、最後は真っ直ぐに上がっていく切り開きがあって、そこを通って尾根に上がりました。

尾根に登ってもはっきりした道はなく、相変わらず急峻です。木に掴まって登る所もありました。さらに北寄りに尾根を登らねばならないのですが、ここからは金網が張られていました。金網に沿って登ればよいので方向が定まってよいのですが、金網の東側を登っていったら、北の尾根に出るところで金網が東に曲がっており、出られなくなりました。出入り口を探したのですが見つからず、結局金網の下に少し隙間のある所を見つけて地面を滑って抜けました。この手の金網には何度も悩まされています。

金網の向こうの尾根は間伐された植林で、これも急斜面です。枝が落ちているのでこれまでの藪と同じくらいに登りにくいのですが、少し登ると滑車やワイヤーが残っていました。この付近からは少し勾配が緩くなりますが、アセビの藪です。大きな岩が増えてきて、569mピーク付近にも大きな岩がありました。ここで少し尾根は平坦になりますが、開けた場所はなく、藪が続きます。その後は植林の中に道があり、だいぶ登りやすくなりました。それでも藪っぽいことには変わりありません。最後に急斜面を登ると、鳴尾山の頂上に着きました。標高差600mほど、ほぼ2時間の登山でした。三方三等三角点(753.12m)があります。(写真)

下山は普通なら北か南に市境の尾根を歩いて峠から谷を降りるのですが、どちらの谷もあまり楽しくないことは知っていたので、北に尾根を降りることにしました。こちらの尾根は最初は急ですが、あとは比較的緩やかです。植林が多く、藪の中にはっきりと道が付けられていました。アセビの藪になっても黄色い杭があって、尾根を外すことはありません。この季節だけではありますが、ツツジも咲いていました。430m地点から下の植林が一番急勾配でしたが、このコースは登山道として適当なものだと思います。真っ直ぐ降りると桜大池(三方大池)に出てきました。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「大名草」です。

2018年4月8日日曜日

三日月の判官三角点

これは、上月の西、姫新線の北側の山です。登り口は和田の付近で探しました。なんとなく山裾を南に歩いていくと、姫新線の近くに害獣避けの扉があり、その西から植林に上がれました。植林の上はコブシの植えられている急斜面でしたが、足元は落ち葉で滑りはしません。190m+の山頂まで登ると小さな祠があり、中は空でした。周囲はコバノミツバツツジが咲き乱れていました(写真)。山頂から北西に降りましたが、この付近の周囲もツツジが多く、ピンク色に囲まれた感じでした。地元の人が花見に来ないのが不思議です。下から見上げるとほとんど花は見えないので、隠れた花見スポットと言えるでしょう。

ツツジを見ながら尾根を歩きましたが、道があって楽に歩けました。150m+の鞍部は道が横切っていました。この先240m+のピークまで、ツツジを見ながら歩きました。道は幅広いものですが倒木が多く、ツツジの多い尾根上を歩いた部分のほうが多いと思います。ピークまで来ると伐採地がありました。伐採地を抜けて、伐採地を西に見ながら210m+の鞍部まで降りると、東から道が来ていました。この道は南のピークを北に巻きますが、ツツジがきれいだったので220m+ピークに上がりました。しかしここは笹藪なので、道を歩くに越したことはありません。これは次の270m+ピークでも同じで、道もかなり荒れていますが、道から逸れると倒木だらけの藪でした。その西は植林となり、判官四等三角点(290.07m)は植林の中にあります。

三角点の西は少し植林が続き、自然林になっても竹が生えていたりします。再びツツジが見られたのは、270m+ピークを過ぎてからでした。この付近は荒れているだけでなく地形が複雑です。地形図には破線道があり、確かに溝があるのですが、倒木で埋まりがちでした。倒木を避けつつツツジを見ながら歩くと、植林に出てきました。ここはシイタケの栽培をしているようです。ここを少し上がると開けた場所に出て、道が通っていました。290m+ピークの東側です。この道は地形図どうりに東にある340m+ピークの西の麓を通っていますが、そのピークに上がっていく道があったので登ってみました。この道はピークの南側に上がっていきます。ツツジがきれいだったので見ながら歩いていると、ピークには行かずに東に降りていきそうになったので、戻ってピークへの踏み跡を探しました。笹の間にかろうじて踏み跡らしい隙間を見つけてピークまで登ると、ピークは広く空き地になっていました。北側に降りる所には化学肥料か何かのタンクがいくつか並んでいました。舗装道路に降りると杉坂峠への道標があり、県境を歩いていたことに気が付きました。

山の上はツツジが満開でしたが、下から見上げるとほとんど見えません。もったいないことだと思います。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「上月」です。

2018年4月7日土曜日

閑谷学校から義方山

閑谷学校はとても有名な文化遺産で、キャンプ場も併設されています。その奥には地形図には義方山という山があり、ハイキングコースを使って登れそうなので行ってみました。

旧閑谷学校をキャンプ場の方へ歩くと、黄葉亭というとても落ち着いた藁葺の小さな家があって、そこから右に「備前市森林公園 閑谷の森」という標識があるので、そちらに向かいました。坂を登ると市谷池という溜池があり、山に登る分岐があります。ここから階段の遊歩道を登りました。コバノミツバツツジが両側に咲いていて、最高のコンディションでした。しばらく頑張って登ると、階段のない道になって気持ち良く歩けるようになりました。遊歩道は264mピークを東に巻き、次の260m+ピークも西に巻きます(ここには熊山が見える見晴らし台があります)。遊歩道はその先の鞍部で東に降りていきますので、ここで正面の藪に入りました。ツツジが咲いていますが、藪には違いありません。灌木だけでなく、場所によっては膝くらいまで伸びたシダが生えています。シダの間に踏み跡を探しながら歩いていくと、シダの間に大蔵山三等三角点(288.04m)がありました。展望は全くありません。

さらに義方山を目指して歩きましたが、どんどんシダの背が高くなりました。大きなシダの塊に突っ込まないように道を探して歩くと、なかなか思った方向に行けません。尾根上はシダが育っているので、南向きの谷に入り込んでしまい、東の尾根に登りました。そして義方山の西の尾根に向かいましたが、この付近は腰くらいの高さのシダで埋まっていました。どこが道か分からないのですが、踏み跡と思われる所を歩きました。義方山に向かって登り始めるとシダは少し減り、枝をかき分けて登ると、320mの山頂と思われる付近には標石(写真)と銃猟禁止区域の立札がありました。

義方山からは北に降りましたが、ここも大きなシダの塊を避けたので尾根から少し東に外れた付近を歩きました。鞍部には横切る道があったかも知れません。300m+ピークには岩が少しと銃猟禁止区域の立札がありました。この北もシダが多く、少し尾根から降りてシダの中に踏み跡を探して歩きました。再び標高300mを超すと西にも降りられましたが、溜池に突っ込みそうだったの更に北に歩きました。やや間隔の狭い灌木の藪で、時々シダ藪もありました。ツツジが咲いていなければ歩きたくない山です。しかしそれでも大きなシダ藪に突っ込んで身動き取れなくなることはなく、290m+のピークに上がって、西に尾根を曲がりました。こちらの尾根でも尾根の中心から南側はシダが多く、北側にシダの無い場所を探して歩きました。そのため時々尾根から外れそうになれました。それでもこの付近はツツジの密度が高く、目を楽しませてくれました。写真を撮ろうと思ってシダをかき分けて近づくと、方向を間違えがちでした。それにこの尾根は意外と地形が複雑で、主尾根を見失いがちでした。そして尾根の西の端では大きな岩の上に出てしまい、大きく南側に迂回しました。黄葉亭の前から見上げると、木の間に大きな岩が見えると思います。

ツツジの多い山で、視界からツツジが見えなくなることはありませんでした。しかしシダの多い藪山なので、山歩きを楽しむには向いていません。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「和気」です。

2018年3月24日土曜日

和気の雨乞山と室原山

これら二つの山はどちらも地形図に名前が載っていますが、和気町と美作市と備前市の境界付近にあるので、どこの山かと言われると形容は微妙です。とりあえず和気から北に車で行けば着くので、出発点は室原の北にしました。谷を北に登る道があります。堰堤があり、峠の付近に来ると地形図どうりに分岐があって、北東へ行く林道がありました。軽トラとユンボがとまっていましたが、作業をしている様子はありません。ここは和気町と美作市の境界なので、ここから境界沿いに東の350m+のピークに登りました。地形図には破線道があるのですが、切り開きはなく、溝があるだけだったので、藪を抜けて登りました。下草はありませんが灌木の枝が邪魔です。山頂まで登ると道がありました。林道と言うにはお粗末な道ですが、南北に走っています。ちょっと南に歩いて、地形図ではもう少し広い350m+の山頂にも行きました。こちらには道から切り開きがあります。山頂には平べったい石が数個ありましたが、建物の基礎石と言えるかは微妙でしょう。

この付近は荒れた道が沢山あって、選択肢に迷いましたが、まず東に降りました。この付近は水はけが悪いのか、水たまりがたくさんあります。おそらく理由はまさ土で、あちこちに穴を掘った跡があってそこにも水が溜まっていましたが、まさ土を採取したものと思われました。東に谷まで降りて、南に登りました。この道も古くて荒れています。登った付近はまさ土の山で、低い松が生えています。ここで南の方から来る林道と出会って、室原下四等三角点(393.18m)を見に行きました。林道から北に行く道があり、両側にゲートの名残の柱が立っています。その先は幅の広い道が山頂まで延びています。山頂に行くと、壊れかけた建物がいくつかあり、作業場のような感じでした。どんな作業をしていたのか、ちょっと見ただけでは分かりません。

三角点からさらに東に林道を歩きましたが、だんだん道が細くなって、最後はあまり良くわからなくなりました。しかたがないので藪を抜けて雨乞山を登りました。山頂手前には壊れかけた祠がありました(写真)。かつてはここで雨乞いをしたのかも知れません。山頂からは木の間からちょっと展望がある程度です。下山は少し降りると切り開きがあって、先程の林道の続きのような道に出てきましたが、もう林道とは言えない荒れた道です。この切り開きがこのあとずっと南に向かって続いていました。場所によっては土を盛ったような分かりやすい道ですが、見失うことはないと言え、荒れた道です。途中のピークに南を向いた共同アンテナの残骸があり、ケーブルは東に延びていました。その南で標高400mを切った付近では尾根を東西に道が横切っていました。その後はまさ土のピークが2つあり、北に南ウネ山がよく見えました。この付近は全体に山が低いので、400m程度の標高でもけっこう遠くまで見渡せます。ここまでの道は、まさ土を採取するための道のような気がします。というのは、その先は切り開きがなくなったからです。しかし木の間隔の広い灌木の藪なので枝を払えば歩けました。南に歩いて、室原山の広い山頂に出ました。薄い藪の中に保曾三等三角点(454.45m)がありました。展望はありません。山頂から南にさらに藪を抜けましたが、少し標高が400m付近まで下がると、切り開きがはっきりしてきて、最後は道になって林道の交差点に降りてきました。東に行けば牛中に行けそうでしたが、西に谷沿いに林道(民有林林道室原線)を降りました。

3時間ほどの里山歩きでした。たまにシダも生えていますが、びっしりと生えている所はないので助かりました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「日笠」です。

2018年3月17日土曜日

備前市吉永町の堂ガ谷山

この山は和意谷の西側の山です。和意谷側は谷が深くて登りにくそうなので、西の飯掛から登ってみました。県道46号線が南から飯掛の手前で曲がる辺りから尾根に上がりました。反対側の北側から上がる方が楽だったかも知れませんが、いずれにしてもこの付近は藪です。地面がちょっと窪んでいる作業道と思われるものの名残はありますが、藪に隠れています。枝をかきわけて登ると、地形図で丸く見える350m+ピークの付近からは少しまともな道になって、これで南側の斜面を上がりました。登って行くと道は消えてしまいましたが、あとは藪を登ると少し道らしいものがあり、木見谷四等三角点(320,33m)に出ました。三角点の東のちょっときつい藪を抜けると、尾根の南側に道がありました。これは地形図で南の谷から上がってくる破線道と同流して、ここからは割と歩き易い尾根歩きとなりました。

さほど高い山でもないので、アップダウンもたいしたことはなく、時々膝くらいまでのシダが生えていても、歩くのには差し支えありません。枝や倒木を避けながらですが、気持ちよく歩けました。ぐるっと尾根を歩いて南に向きを変えると、370m+ピークを過ぎたあたりの西側の谷は伐採地帯となっていました。その南で東への分岐を探すと、何のマーキングもありませんが、石標があって倒木が道を塞いでいる付近で道がありました。これも明確な道ですが、途中で南に向かってしまいました。しかしそのまま歩くと、谷を東に渡る付近は土が盛ってある明瞭な道でした。南側は植林です。その先の東側へも道がありましたが、途中で消えてしまいました。とりあえず尾根に上がって藪を歩くと、切り開きがありました。ここから堂ガ谷山まで、時々切り開きがあり、鞍部には盛り土がありますが、シダや灌木が多く、ちょっと歩きにくくなっています。北の尾根に上がって東に歩くと、堂ガ谷山の山頂に着きました。和意谷2三等三角点(364.75m)があります。周囲は雑木林ですが、雰囲気も陽当たりも悪くありません。(写真)

この山は行き止まりなので、西の尾根まで戻りました。北道なのに、何度か藪で方向を見失いそうになりました。西の尾根の道に出て南に歩くと西に曲がっており、たどり着いたた所は大伐採地の奥でした。この伐採地はネットで囲われているので、しばらくはネット沿いに歩きました。備前市と和気町の境界方向は藪で道もなさそうなので、しばらく南にネット沿いを歩きました。途中にネットに引っかかって憤死したらしい鹿の死体がありました。尾根先を西に折れると南側の谷には道があります。未舗装ですがきれいに整備された道です。しかしネットの向こう側なのでネット沿いに歩き、さらにネットから離れて古い道を歩きました。この道は地形図では南東から来ている破線道になります。この破線道は地形図では途中で北西に向かうのですが、そこの分岐が分かりません。何度か探したあと、藪に入ってしばらく歩くと切り開きがありました。この先は例によって途切れ途切れの切り開きと盛り土の道が続きました。298m地点に来てもあまり様子は変わらず、結局最後までそんな感じでした。マーキング等もまったく無く、古い里山という感じです。最後は道路際の斜面の上に出たので少し北に藪を抜けて谷に降りて、携帯の基地局のところで県道46に戻りました。

気持ちよく歩けた部分もありましたが、藪を抜けるのに少々飽きたというのが感想です。藪の密度はさほど高くないので、身動きが取れなくなることはありません。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「日笠」です。

2018年3月15日木曜日

篠山の三嶽と小金ヶ嶽

多紀連山で最も有名な山は三嶽でしょう。漢字は御嶽とか三岳とかいろいろありますし、三嶽山と山を付けることもあるようです。とりあえずは定番のルートで登ってみました。

三嶽山登山者駐車場に車をとめて、少し南に戻って御嶽道から登りました。階段が整備されていて登りやすいのですが、長く続くとさすがに斜面を歩きたくなります。とか思っていると、楽に尾根に上れました。尾根に出れば平坦なのでもっと楽に歩けます。途中に鳥居堂の跡があり、東へ降りるヨートギ谷からの道との合流点は、クリンソウ自生地だそうです。そのすぐ先には大岳寺の跡があります。15世紀の修験道のお寺だったそうです。この付近から勾配が急になり、岩場が増えてきて、南に展望が得られるようになりました。春霞で篠山の町すら霞んでいましたが、遠くまで見えていました。ルートは明確で、岩の間を登っていくと植林に出て、東屋と簡易トイレがありました。避難小屋だそうです。そこから西に登ると三嶽の山頂で、兵庫県の通信設備があります。展望は北側のほうが良いのですが、大きなゴルフ場が目を引きました。御岳山一等三角点(793.2m)は、方角を示す丸い台の隣にしっかりとコンクリートで固定されていました。東に降りると行者様が祀られていました。

三嶽の山頂から東に縦走するルートは雑木林で夏は緑がきれいでしょう。鎖場が一箇所ありましたが、ひどい急斜面はありません。少し降りると長い階段が続きましたが、ここはザレ石の斜面なので階段がないと歩きにくいと思います。気持ちの良い縦走路を降りると、大たわ(たわは漢字では山へんに定と書きます。普通の乢ではありません。)に出ました。ここにはフォレストアドベンチャーというフィールドアスレチックの施設があります。北からの道はよく整備されているので車で楽に上がってこれるようで、駐車場には数台の車がとまっており、実際にフィールドアスレチックを楽しんでいる人たちもいました。登山道はその中を真っ直ぐ抜けて植林を上がります。しばらく登っていくと、いよいよ岩場があります。最初の鎖場は尾根にそびえる大きな岩を巻くためのものです。その後は目の前に大きな岩山がそびえて(写真)、これをどうやって抜けるのだろうと思うと、鎖場続きで南側から巻いて裏側に上がりました。岩の上に出るにはコースと反対に西にちょっと登るのですが、これは高所恐怖症には無理です。ここ以外も高所恐怖症には辛い鎖場がありますが、危険な箇所は少なく、目眩でも起こさない限りは大丈夫でしょう。節理の面白い岩を鑑賞しながらゆっくりと登るとヒカゲノカズラが生えていて、小金ヶ嶽の山頂(725m)にでました。ここにも方角と見えている山の説明の載っている丸い台がありました。意外ですが見えている山には1000mを越すものがありません。

さらに東に歩けば小倉たわ(これも山定)まで2.4kmとありますが、もちろん南の小金口に向かって降りました。ここも最初は急な岩場で、鎖場もありました。なんとか一息つけたのは鞍部に出た時で、ここからは西に降りる道もありますが、定番の小金口への道を歩きました。畑山はピストンになるので寄らず、斜面を歩くと福泉寺跡に出ました。この付近の修験道の寺は15世紀終わりに吉野の僧兵に焼かれてしまったようです。このあとはジグザグに斜面を降りて谷に出ました。谷沿いでも斜面に道が作られている所は良いのですが、谷に降りると道は途切れ途切れで、土石流で流されてような場所が何か所かありましたし、道だったところに水が流れている所もありました。赤いマーキングがあるのですが、それも見つからない場所が何か所かありました。せめて流れを渡る場所だけでもしっかりとマーキングがあると、だいぶ助かると思います。雨の後でなくても川の石は濡れていて滑るので、けっこう危険です。美しい渓流を楽しんでいる余裕など無く、石積みのあるかつては畑だったような場所に出てからも、はらはらしながら堰堤の所まで降りてきました。ここで扉を抜けて道路に出ました。

よく知られているコースの割にはハードだったというのが感想です。小金ヶ嶽への登りの鎖場を考えると、このコースを逆に回る気はしません。

展望 ★★☆
藪山度 ★★☆
地形図は「村雲」です。