2018年9月26日水曜日

若桜の諸鹿から広留野高原へ

以前に若桜の諸鹿から森林鉄道を見に来見野川沿いを歩いた時に、屏風岩の東側に中国自然歩道の標識があるのに気付きました。地形図で見ると屏風岩の近くだけあってとんでもなく急な斜面(計算上ほぼ45度)を登る破線道が描かれています。あまりに急勾配なので、登ってみようと出かけてみました。高所恐怖症なので岩場の急勾配は困るのですが、航空写真で見ると林なので、滑落しても木で止まるだろうと考えました。

諸鹿の「全面通行止」を過ぎて、中国自然歩道の標識に着きました。広留野3.0kmとなっています。しかしその標識の下には紙があって「通行止 中国自然歩道 諸鹿-広留の区間(区間上部)で歩道が崩落し通行が危険な状態となっているため、この区間を通行止めとします。」と書いてあります。ビニール袋に入っていますが、かなり古いらしく右半分の地図は読めません。日付がないのでいつのものかは分かりません。区間上部と言えば勾配の最も急な所です。どうしたものかと考えましたが、歩けなくなったら戻ることにして登ってみました。ちょっと登ると「諸鹿の大岩壁と諸鹿岩」という説明板があり、さらに登りが続きます。岩の多い自然林ですが、道がしっかりしているので問題なく登れます。ただし林の中なので標高が上がっても展望は全くありません。途中から、最初はなかった緑色のケーブルが地中に埋まっていました。問題の崩落箇所ですが、途中に注意書きが登山道に落ちていました。その上部では確かにターンで道が消えていて、倒木に手をついて登る必要がありました。その後に倒木もありましたが、結局手を使わなければならなかったのはここだけで、すぐ上でガードレールが見えてきて、舗装道路に上がれました。登り始めて30分もかかっていません。

この舗装道路は鳥取県道103号線です。まずは広留の方向に歩いてみました。道は良いのですが荒れています。H22若狭町ICTという札の付いた電柱があって光ケーブルが張られていましたが、これが中国自然歩道に敷設されていたケーブルに繋がっていました。不思議なのは、広留に向かっていくとこの舗装が終わっていたことです。このあと再び舗装道路に出るまでの間は、ほぼ未舗装でした。舗装道路からの入り口は車両通行止めでロープが張られていました。この舗装道路も県道103号線ですが、丹比の方からの道と繋がっており、そちらから車で上って来られます。「広留野高原」の看板があり、中国自然歩道は扇ノ山へ向かっていました。近くの藪に金属プレートの広留四等三角点(717.64m)がありました。ここが今日の最高地点となります。

下山は、先程の舗装道路を下りました。荒れ気味と言っても舗装道路は歩き易いのですが、いきなり終わってしまいました。地形図から予想はしていましたが、終わった眼の前が岩だったので驚きました。しかし舗装の先を降りる短い階段があって、降りると道らしきものがあったので、それを歩きました。岩の下を過ぎると古い道に出てきて、これが地形図の破線道のようです。崖を削って作られた道で(写真)、今は落石や崩落がありますが、作られたときは良い道だったと思います。しばらく歩いてそろそろ地形図で再び舗装道路に近づいたと思ったあたりで、道が谷で終わっていました。谷の向こうを見ても道はないので完全に道が流されたかと思って振り向くと、道がUターンしていました。この道は勾配が少なく、歩くには広く自動車には狭いので、森林鉄道用かと思ったのですが、このターンは鉄道では難しそうです。ここからはまた西に向かって歩きました。崖を削ってあるだけでなく、石積みもあってしっかり作られています。しばらく西に歩くと再びターンがあって東に向きが変わり、しばらくほぼ水平に歩くと、コンクリートの壁が見えてきました。見上げると柵があるので道路の終端のようでした。よく見えると木の階段が作られていましたが、段の間に木が生えていて歩けません。苦労して斜面を上がると道路の終端に出ました。幅広い道ですが舗装していないため、背の高い草が茂っていて、抜けるのは大変でした。とはいえ100mも我慢すると舗装道路に出ました。ここからは舗装された県道103号線を降りましたが、大きくヘアピンにターンする所から上は通行止になっていました。あとは県道で植林を抜けて帰りました。途中に「栃の実持ち帰り禁止」の札が出ていたので、この付近では栃の実が採れることが分かりました。栗の実はたくさん落ちていましたが、全部食べられていました。栃の実は殻が硬いので食べられないのでしょう。

2時間ちょっとしか歩いてないので姫路から出かけた割には物足りないのですが、登りも下りも楽しめました。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「若桜」です。

2018年9月24日月曜日

多可の道の駅から登る鳴尾山

丹波市と多可町の境界にある鳴尾山には以前にも登っていますが、今回は杉原紙の里のある多可の道の駅の東の山を歩きたかったので、道の駅から登ってみることにしました。杉原紙研究所の前を通って南に歩くと尾根の先は金網で囲まれていますが、扉がいくつかあります。両開きの扉から入るといきなり足元には溝がありますが、これを渡って急斜面の藪を登ると、尾根の裾に出ることができました。あとは植林を登りました。作業道もあって楽に350m+のピークに出ると、アシビが生えている程度で歩きやすく、北の360m+ピークに行きました。ちょっと降りると林道の終点がありましたが、林道は歩かずに次の360m+に登りました。東に降りると340m+の鞍部には南からまた林道が来ています。地形図にある実線道の続きで、東の山にも折り返して登っていましたが、これも無視してそのまま尾根で登山を続けました。やや急峻な植林を登ると、511mピークに着きました。ここもアシビが生えている植林です。北に歩くと藪っぽくなり、下島四等三角点(536.14m)がありました(写真)。さらに北に尾根を歩きましたが、ひどい藪はありません。尾根がC字型に曲がっている所は、谷を渡る必要がありました。その先も植林ですが、550m+の細長い尾根は道があるだけで特に面白くもなく、やや急な斜面を登って606mピークに出ました。ここからは2013/08/06の逆コースとなります。この地点から北に降りる所は藪で、赤テープのマーキングが無ければ降りる気にはならないでしょう。

一度歩いたと言っても、歩いたのはだいぶ前ですし、逆コースだと風景も違います。たまに上りもありますが急勾配はなく、最後に真っ直ぐの急斜面を登ると、鳴尾山山頂です。三方三等三角点(753.12m)があります。周囲にはママコナが咲いていました。ここからも前に歩いた尾根の逆コースですが、登ったときには問題ない分岐も降りるときには迷う所がいくつかありました。最後は699mピークから急斜面を降りて、鳥羽坂に着きました。文化7年のお地蔵様があります。ここからの下山も2013/08/06の逆コースなのですが、これも上りと下りでは事情が違います。木に赤と黄色のテープが巻いてあるのが登山道のマークだと思うのですが、道は消えかかっており、一つのマークから次のマークが見えない所もあって悩みました。所々に低い金属の筒が立っており、NHKの共同アンテナへのケーブルが敷設してあったのだと思います。地形図の実線道の終点から鳥羽坂に登山道があるはずなのですが、途中でマークを辿ると藪の中を降りることになりました。短気を起こして谷を降りるとガレ石や倒木に悩まされますから、これが正解だったと思います。最後は舗装された林道が見えたのですが、そこへ行くには谷を渡る必要がありました。この付近の谷には石垣が作られていました。あとは林道で下山しました。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「大名草」です。

2018年9月23日日曜日

虫井神社から歩く虫井谷川上流の山

鳥取県の智頭町と八頭町の境界の山を幾つかに分けて歩いていますが、虫井谷川の上流付近は、虫井谷川を遡った時には綾木峠の方に行ってしまったので(2018/08/14)歩いていません。そこで、その残った部分を歩くことにしました。最初は、登りに2018/09/02に下山に使った尾根を、虫井谷川から登ろうと思いました。地形図には虫井谷川から西に真っ直ぐ登って行く破線道が描かれていますが、この場所に行っても橋がなく、破線道が描かれている斜面は急すぎて登れるわけがありません。虫井谷に入った所に木の橋がありますが、この付近の斜面も非常に急です。そこで結局尾根先から登ることにして、尾根先の虫井神社から登ることにしました。

実際には神社ではなく、神社の東の土砂置き場から尾根を登りました。植林で勾配も緩いので楽に登れます。しばらく登ると、大きな木が二本、石で囲まれていて、前に灯籠と思われる石が転がっていました。その後ろも石で囲まれており、虫井神社の奥の宮ではないかと思います。虫井神社はブナ林で有名と神社の説明板にあったのですが、この二本の木はブナではなく、ドングリ系の木のようでした。もちろん周囲にはブナの木もありました。

ここからは黒い蛇腹チューブと地積調査のテープに従って尾根を登りました。相変わらず歩き易いのですが、徐々に急になってきます。それでも木に捕まらなくても登れて、主尾根に出ました。ここには智頭の方向に向いたアンテナがありました。主尾根は植林で、登って行くと広くなだらかな場所に出てきました。この付近は2018/9/2に来ていますが、開放感があります。ちょっと急斜面を登ると、虫谷三等三角点(710.08m)があり、2018/9/2の逆コースを歩いて気持ちの良い尾根を抜けて、八頭町と智頭町の境の尾根まで来ました。前回は西からここに来たのですが、今回は東へ進みました。この付近は地籍調査のピンクテープが多く、道に迷うことはありません。気持ちの良い尾根を歩いて786mピークに近づくと南側が広い伐採地で、八河谷と芦津の集落が見えました。虫井神社の北股川の対岸は山の斜面が大きく崩れているのですが、その光景が良く見えました。ここから尾根は北に向かい(ピンクテープに従って降りれば目指す尾根に降りられます)、少しアシビの増えてきた尾根を歩きました。下奥四等三角点(771.47n)周囲は伐採されていて、ここでも南側に展望があります(写真)。ここからは東に尾根を歩きますが、植林が多いとはいえ自然林もあって良い感じです。710m+に上がる付近は地形図からは予想できない急斜面がありました。その後は854mピークに登る所は地形図どうりの急斜面でしたが、石英の石が多く、きれいに光っているものもあるので、それを見ながら登るとすぐに854mピークに着きました。ここは2018/08/14に来ています。

下山になりますが、まずは尾根を南に下りました。登りでは急斜面で苦労した所もありましたが、下りでも楽ではありません。2018/08/14には南の尾根から登ってきましたが、今回は尾根を真っ直ぐに西向きに降りました。ちょっと広々した場所を過ぎると少し荒れた感じにはなりますが、地籍調査のテープもあります。真っ直ぐに降り続けると、地形図どうりに林道の上に出ました。ここでもちょっと苦労して林道に降り立ち、あとは林道で虫井谷川を下りました。林道がヘアピンカーブする所は谷の奥で、ちょっとした滝がありました。この林道はあまり荒れておらず、県道6号線に戻れました。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「郷原」です。

2018年9月22日土曜日

西粟倉村の影清・大滝三角点

岡山県の西粟倉村の三角点を二つ巡ってきました。1つ目は影清三角点です。これは西粟倉の道の駅から登りました。道の駅の目の前から東に入る道があって、駒の尾山登山道に行けるはずなのですが、東に入ると智頭急行のガードの手前で通行止めになっていました。この理由は後でわかりましたが、とにかく登り口はガードの手前から南の山に入って、トンネルの上の植林を登りました。すぐに林道が横切っていますが、無視して尾根を登り続けました。結局この後4回尾根を未舗装林道が横切っていました。尾根は植林がほとんどですから、特の登りにくいことはありません。作業道の名残も残っています。標高480m付近には共同アンテナの部品が落ちていました。最後は平坦になると自然林が少し増えてきて、影清四等三角点(691.05m)に着きました。南側は植林、北は自然林ですが、全体に植林の多い山です(写真)。なお影清というのは藤原景清のことのようですが、Wikipediaは西粟倉に悪七兵衛の伝説が残っていることに言及していません。

山頂からは北に尾根を歩きましたが、こちらも歩きやすく、林道が両側の下の方に見えると思ったら、尾根を横切っていました。しかし林道で下山するとどこに出るか分かりませんので、そのまま影石谷トンネルの北まで尾根を歩いて、北からトンネルの南出口に降りました。しかしどうやらこれは不正解で、トンネルの真上から谷を降りたほうが楽だったようです。トンネル出口の脇に降りて、コザイ峠を目指しました。しかし人家の手前まで来ると道が崩落していました。これが通行止めの理由でした。いつ崩落したのかは分かりませんが、早く修復されることを祈ります。

コザイ峠には2016/07/18に来ていて、その時はここから駒の尾山に登りました。今回は林道ダルガ峰線も、直進の愛の村パーク方面も通行止めでした。駒の尾山とは反対側の南の山に登ろうとしたのですが、峠付近には登れる場所がありません。東側の青野に行く道を少し降りると真砂土を採取している場所があったので、ここから尾根に上がりましたが、崩れやすい急斜面でした。峠の西側から登るのが正解だったと思います。

こちらの尾根も植林が主体で歩きやすいのですが、数箇所伐採されており、背を越える高さのススキが生えていて、非常に歩きにくくなっています。特に最初の伐採個所は急斜面なので西側の尾根に逃げました。ここを抜けて植林を歩くと、植林の中に大滝三等三角点(708.54m)がありました。この先も何箇所か伐採地があって、見晴らしは良いのですが、ススキをかき分けて抜ける必要がありました。その先の663mピークは黒山というらしく、黒山城跡のようです([1])。じっさい歩いていても地形に段差があって城跡だとピンときました。ただし石垣はありません。南に降りる尾根にも段差があります。そのまま下山しましたが、最後はまた下草の多い場所になり、峠(米ヶ乢?)の切通しは急すぎて降りられず、一旦西側の植林を降りてその下にあった林道に出てから峠の舗装道路で降りました。峠には明治30年の大日如来と掘られた石がありました。峠を横切る道は林道野井張線だそうで、西から峠まで舗装されています。これが地形図で峠を横切っている道だと思って下山していたら、実は最初に降りた林道が地形図の実線道で、野井張線はGoogleマップにはありますが地形図にはありません。真っ直ぐに降りれば西粟倉駅で、あとは373号線で道の駅まで戻りました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「坂根」「古町」です。

2018年9月2日日曜日

智頭町浅見の北の山

数日前に智頭町の北股川沿いにある西野の集落から北に峠道を辿りました。その時に浅見に下山した尾根が気持ちよかったので、今回も同じ付近を歩いてみました。登り口は浅見を流れる浅見谷川です。前に下山に使ったのは谷の西側の主尾根ですが、今回は主尾根の東側の支尾根を登りました。谷川を歩いていくと、道路は川の東側に渡りますが、西側の尾根の先端の下に「浅見本谷まぶ」という説明板があります。まぶ(間府)とは鉱山の跡のことだそうで、100年ほど前に掘られたが、利益の出る鉱物は出なかったと書いてあります。この坑道入口の上から登り始めました。最初は非常に急ですが、植林の作業道の跡を探して登ると、意外と楽に登れました。それから長く植林を登りましたが、途中から自然林に変わり、最後は急斜面を標高差150mほど登ると、754mピークに出ました。前回も来ているピークで、北側は植林です。

今日は754mピークから北に降りました。こちらも植林が続きますが、たまに自然林もあります。気持ち良い尾根道です。西側から中電の巡視路が登ってきて、八東大内線41鉄塔に着きました。1系統にしては高い鉄塔です。尾根の東斜面に立っているので、東に展望があります。この付近に落ちている石は全て石英で、露出している岩も石英でした。西側下には林道が見えていました。鉄塔から植林を歩いて、790m+地点まで来ると、北に展望が開けます。そして尾根を東に曲がって、スリムだが背の高い八東大内線39鉄塔では南北に展望が開けます。鳥取放牧場の風力発電の風車、鳥取と日本海が見えます。鉄塔の周囲は広く伐採されているため、東に歩くには生い茂ったシダの原っぱを抜ける必要があります。そして797mピークに出ると、南側が伐採地となっています。もちろん展望があります。伐採地と言うのは木が生えてないという意味なのですが、周囲は植林ではなく自然林なので、なぜ木が無いのかよく分かりません。低く灌木がネマガリダケのように地を這うように生えています。尾根上も草がなく、砂地になっています。そして東に少し降りると、また木の生えてない場所に出てきました。ここには北側に大きめのお地蔵様が鳥取の方向を向いて立っています(写真)。かなり風化してお顔はほとんどわからないのですが、文字は頑張れば少し判読できるかも知れません。確かにこの鞍部は浅見谷川のつきあたりで、大江経由で鳥取に行くなら最短の峠です。しかし峠の両側も急斜面で、北側はシダが茂っており南側は砂地の斜面です。道と思えるものはありません。展望が南北ともに素晴らしい場所です。

峠から東に登って尾根を歩き、地籍調査のピンクテープだらけの分岐点から南に曲がりました。ここは地形図では破線道が描かれていますが、植林の中の道です。特に整備されていなくても歩きやすくてどんどん歩けました。暗い植林ですが、森林浴と言ってしまえば良い気分になれます。たまには自然林もあります。しばらく歩くと切り開きがあって、虫谷三等三角点(710.08m)に出ました。この南は最初は狭い尾根ですが、少し下ると広い尾根になって方向が分かりません。ここでは地形図にある林道を見つける予定だったのですが、なんとなく尾根があるので下っていくと、南に向かう尾根でした。これはそのまま歩き続ければ浅見に出られるのですが、浅見谷川の上流を見るのも目的の一つだったので、611mピークのちょっと北で西に枝尾根を見つけたので迷わずに降りました。下っていくと、予想どうりに林道の終点に出られました。ここからは林道を北に歩き、もう一本の林道と合流して南に浅見谷川沿いに降りました。途中には「通称」として谷の名前が書かれた杭があって、「かつら谷」「大木炭」「つえ谷」などがありました。未舗装ですが良い道だと思って歩いていたのですが、舗装になった付近で土石流で道が流されており、アスファルトの路面がデコボコになっていました。そこを過ぎると三の滝、二の滝と小振りですが美しい滝がありました。この谷川の滝は浅見谷川の本流にあるので、谷を登って見に行く必要はありません。最後は一の滝(浅見の滝)です。三段に分かれた大きな滝ですが木の枝に隠されてよく見えません。森林浴に適した谷なのですが、もう少し手入れが必要なようです。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「郷原」です。

2018年8月29日水曜日

智頭の西野集落から北の山

智頭の東、芦津渓谷に行く途中に西野という集落があります。地形図を見るとここから北に板井原へ山越えする道が描かれています。破線道なので無くてもおかしくありませんが、なんとなく必然性のある道なので確認しに行ってみました。

智頭急行の恋山形駅近くから北股川沿いの県道6号線を北上すると、すぐに西野集落に着きます。集落の中の道を北に歩くと、牛頭天王を祀った西野神社があります。小さな神社ですが彫り物は立派です。近くには墓所がいくつかあり、谷の西側にも古いものがありますが、道はその北にあります。しっかりした植林の作業道です。途中に中電の標識もあって、鉄塔の保守道路かも知れません。植林を抜けると切り開かれた草地の中に八東大内線51鉄塔がありました。鉄塔の基礎のコンクリートが鉄塔の脇にあって、平成24年に建て直したのかも知れません。ここから一気に尾根を登って行きたい気もしましたが、破線道は尾根の東斜面に描かれており、探すと見つかりました。

ここからの破線道は植林の斜面をトラバースする作業道で、倒木などもありますが意外としっかり残っています。次の鉄塔の上側を通り、倒木だらけの谷を渡りました。次の谷は渡りにくかったので谷の手前の急斜面を登り、それから北に歩いて破線道に戻りました。この先は斜面の上は自然林となり、自然と上の方を歩くようになりました。さらに尾根まで上がれそうでしたが、そうすると100m以上も余分に登ることになり、破線道からも外れるので、そのまま歩きました。しかし鉄塔が見えてくると、結局はそちらに行くことになりました。これは大内用瀬線9鉄塔で、この付近では送電線に沿って下の木が刈られています。航空写真で見ると一見歩きやすそうですが、背の高い草が茂っているので避けたほうがよさそうです。ここも送電線から北に降りて、破線道に戻りました。しばらく斜面を歩くと、上に道があることに気が付きました。登ると立派な林道で、しばらくはこれを歩いて、峠に着きました。

峠には文化8年のお地蔵様があります(写真)。これは峠地蔵(640m)だそうです。ここは板井原では西野越と呼ばれいます。いろいろな道標があり、地面に落ちているものもあって、「板井原集落 西野集落(通行不)」「海上山 Bコース」「毛谷登山口」「板井原集落(Bコース) 海上山(Aコース)」などなどありました。ここを通っている林道は「森林作業道ツエガ逧上線」だそうです。コースはよく分かりませんが、とにかく大内用瀬線11鉄塔に行って、北に尾根を歩きました。鉄塔付近は中電が植林したようですが、あまり成功しているようには見えません。ここからは篭山の反射板が見えました。北へ向かう尾根は気持ちよく、途中から自然林となりました。北側すぐ下に林道があります。尾根が北西に分岐する場所には「藤見平(鳥取市展望)」という札がありましたが、展望はありません。東寄りにに尾根を歩くと板井原へ下山する道があり、「板井原林道」「展望広場 Bコース」という札がありました。展望広場がどこかは分かりません。この場所には八東大内線43鉄塔が立っていましたが、地形図ではちょっと東寄りのピークを送電線が通っています。おそらく建て直した時に移したのだと思います。東のピークは切り開かれており、中電風に植林されています。さらに東に歩き、植林の754mピークに着きました。

ここからはまっすぐに南に下山しました。長い尾根で、ほとんどは植林です。最初は少し急勾配があり、迷いそうにもなりましたが、その後は歩きやすく、背中に雷の音を聞きながら急いで降りました。最後に尾根先で破線道が曲がっている所は新しい伐採用の林道が作られており、ちょっと苦労して林道に降りました。西に歩くと地形図のように舗装道路に出られました。この付近にはログハウスが数件あり、「浅見ログハウス」だそうです。付近には滝がいくつかあって、案内板がありました。GoogleのStreet Viewは頑張って浅見谷川をかなり遡っていますが、すれ違いの難しい道です。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「郷原」です。
「郷原」

2018年8月18日土曜日

芦津関山城から登る芦津渓谷の北の山

芦津は山奥と思っていたので、城跡があることを知った時は驚きました([1])。この山の東側は崖なので、西の谷から登ってみました。谷の奥に、地形図には描いてない祠があって、その前に建物があります。祠は神社ですが、鴨居の彫り物が蛸だというのがユニークです。神社の裏の植林を作業道を探しながら登りました。少し登ると北からの林道の終点がありました。この終点からさらに作業道を登ると、尾根の鞍部に出てきました。切通しのようですが両側に道はないので、これは堀切です。ここから細尾根を歩いて城跡に出ました。狭い城跡は切り開かれており、祠と芦津四等三角点(524.8m)の他に、屋根付きの台の上にサイレンが設置されていました。後で気がついたのですが、この集落には定時にサイレンが鳴り響きます。おそらく音源はこれなのでしょう。定時に登らなくてよかったと思います。山頂はこれだけでほぼ一杯で、城跡といっても見張り櫓を建てるのが精一杯だっただろうと思います。このサイレンは最近設置されたようなので、どこかに登山路があるのでしょう。

関山城跡は今日の登山の起点です。細尾根を引き返して堀切を渡り、植林を登りました。先程見た林道は西側を登って行きました。尾根は歩きやすいのですが、標高600m付近から急勾配になりました。そして650m付近で林道が尾根を横切っていました。しかも尾根の両側で上下に道が分岐していました。そのまま尾根を登ると、標高700m付近でも林道が横切っていました。林道の下側は打ち捨てられた木や枝が積み重なっており、上側は切り立っていて登るのに一苦労です。そしてさらに登って730m+の主尾根に出ました。ここは切り開かれていて地籍三角点があります。ここからもさらに東へ植林の登りです。しばらく登ると共同アンテナがありました。南側には林道が来ていましたが、この付近で終わっていました。そして植林の794mピークを通り、ちょっと下ってまた登り、820m+には切り開きがあって、地籍三角点がありました。南側の山が見えます。そして地形図では平らそうですが意外とアップダウンの多い所を抜けて、金属プレートの大東仙四等三角点(853.95m)に着きました。ここも南側の展望があります。この付近からは自然林が増えてきます。北側の谷の向こう側に伐採地があると思ったら、2018/08/08に登ってきた林道でした。この付近から徐々にブナの木が増えてきて、良い雰囲気になってきました(写真)。その分だけ足元には笹が増えてきます。そしてまっすぐに尾根を登って、出てきた尾根を北に行って、1074m地点に出ました。ここは少し切り開かれていて地籍三角点があります。そしてついでに2018/08/08に通った1010m+ピークまで行きました。この付近では枯れたネマガリダケの茎が地面を覆っています。

いちおう目標の尾根に出たので、下山をはじめました。1074m地点に戻り、そのまま南西に尾根を下りました。この付近では東の谷から水音が聞こえます。かなりの水量があると思われました。下っていく尾根はこの谷の西側です。登ってきた尾根よりは笹が多く藪っぽいのですが、時々マーキングもあり、踏み跡もあります。ちょっと急斜面を降りると谷に接近しますが、そのまま歩くと地形図にある細尾根に乗れました。この細尾根は藪っぽいのですが、時々倒木を越えたりしただけで、問題なく歩けました。ただし笹はなかなかなくなりません。921mはちょっと伐採されています。そのまま細尾根を歩いて、尾根を西に曲がり、自然林を降り続けると、岸上三等三角点(928.9m)に出ました。南に展望があります。この西は植林となりますが、そのまま芦津発電所の方には降りず、北西の倉谷を目指して北に尾根を降りました。この付近は気持ちの良い自然林ですが、尾根が複雑に分岐しており、GPSを見ながら尾根を探しました。徐々にブナは消えて植林になりました。美しい植林で、谷も歩けそうでしたが、上から見ると細い谷には倒木もあって、歩きやすい植林の尾根を降り続けました。複雑に折れ曲がり分岐した尾根を選びながら564m地点まで来て、さらに少し降りると林道が尾根を横切っていました。どこに行くか分からないのでまっすぐさらに尾根を降りると、地形図どおりに墓所がありました。周囲には石垣が多く、かなり手の入った耕作地だったようですが、今は植林です。倉谷の集落との間には東の谷から来る川があり、橋が掛かっていました。しかしこの橋はいかにも古くて今にも壊れそうでした。幸いに並行して上流側に堰堤があったので、そちらを使って川を渡りました。この堰堤から村の中に水を導いているのですが、水車があるのに驚きました。倉谷のこの付近の家はほぼ空き家です。

関山城はともかくとして、標高差が600m以上ある割には歩きやすく、美しい植林やブナの林が楽しめるコースでした。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「郷原」です。

2018年8月14日火曜日

智頭町の虫井谷川から綾木峠

つい先週歩いた綾木峠は鳴滝山から海上山に至る、八頭町と智頭町の境界に位置する長い尾根にあります。今日はこの尾根の、綾木峠の西側を少し歩きました。

登り口は虫井谷川という、芦津の西、虫井神社の北です。実は最初はこの川沿いを歩くつもりはなく、虫井谷川と堂本の間の尾根を歩きたかったのですが、虫井谷川沿いの林道に入って見上げると、尾根のこちら側は岩山で登れません。県道6号線に戻って尾根先の植林を登るのが正解だったかも知れませんが、未舗装ですが歩きやすい林道だったので、しばらく歩いてみることにしました。東側の山は急斜面であるだけでなく、川を渡らないと登れません。この川は深くて、林道から降りるのは大変です。結局登れそうな斜面を求めて上流まで歩いて、川が浅くなる付近から登ることにしました。地形図ではちょっと支尾根っぽくなっています。植林で地面は意外としっかりしていたので、木に掴まらなくてもなんとか登ることができました。尾根に出ると気持ちの良い植林で嬉しくなりました。

ここからはひたすら植林の尾根を歩きました。たまに自然林もありますが、ほとんどは植林で、下草もなく歩きやすいのですが、登りが続きます。574mピークを過ぎ、ゆっくり登って行くと、661mピークの手前では周囲のたくさんの木に地籍調査のピンクのテープが巻いてあり、華やかな雰囲気でした。その北はちょっと細尾根があり、それからきつい斜面になりました。ここもゆっくりと登って、854mピークに出ました。ここは西の海上山に繋がる尾根との合流点です。頭の赤い杭の束が積んでありました。この先では北の八東川沿いや西に河原方面が見えることがありましたが、ほぼ常に木が覆い隠しており、展望を期待するのは無理です。金属プレートの柳谷奥四等三角点(841.93m)はちょっと切り開きがあります。柳谷というのは八河谷の字の名です。

この先は尾根が北から東に曲がりますが、この付近は自然林が多く、ちょっと藪っぽい雰囲気もあります。しかしすぐ植林になって、斜面を降りると740m+の鞍部に出ました。ここは芦津の史跡案内板に大江越と書かれている峠です(大江では別の名前でしょう)。文政2年のお地蔵様があります。確かに山越えにはここは良いルートでしょう。お地蔵様の背後の急斜面を倒木を避けながら登って788mピークに上がり、ちょっと平らな植林を抜けた後、植林の急斜面を標高差200m近くも登らねばなりません。これはきつくて、ゆっくり休みながら登りました。途中で石英が目立つようになってきて、綾木峠に近づいているのを実感できます。疲れ果てて950m+の細長い尾根に登ると、あとは植林を歩いて八河谷二等三角点(971.26m)に着きました。ここには以前は祠があったのではないかと思います(写真)。そして斜面を降りて、綾木峠に降り立ちました。

綾木峠からは八河谷に中国自然歩道で降りました。最初は植林の中をジグザグに降りる道で、階段も作られています。峠の北には見られなかった枝打ちされた枝が地面を覆っています。このまま楽ちんに降りられるかと思いきや、道が落石で埋まった中に八河谷への道標が立っていました。ここからしばらくは道は渓流に沿って作られており、ほぼ完全に流されています。峠の北側と全く同じ状況です。ガレ石と流木の上を歩くのは同じですが、こちら側はマーキングが少なく、シダが茂っている所が多いので、北側よりも歩きにくい感じでした。たまに階段の横木のような棒が落ちているので登山道の残骸だということが分かります。場所によってはコンクリート製の道標がガレ石に埋まっていました。何度か渓流を渡り、登山道が再び現れるのを期待しながら降りましたが、結局道は中国自然歩道の案内図のある舗装道路の寸前まで現れませんでした。距離にすれば500mほどですが、とても疲れました。舗装道路も壊れかけてはいますが、歩くなら問題はなく、綾木谷川に沿って八河谷に降りました。途中には昔石英の集積場だったような空き地があったり、発電所用の取水口(芦津発電所経由で新大呂発電所に行くらしい)があったりしました。最後は八河谷から出発点まで県道6号線を歩きましたが、これは暑くてまいりました。

峠の北も南も中国自然歩道の荒れ方は相当なものです。人力で修復するのは不可能だと思いますので、しばらくはこのままでしょう。荒れまくっていてこれ以上荒れようがないのが救いです。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「郷原」です。

2018年8月11日土曜日

北から登った綾木峠と東の尾根

綾木峠は鳥取県の八東町と智頭町を結ぶ峠です。この付近は南の芦津付近を通って行くこともできますが、今回は北側から歩いてみました。若桜鉄道の八東駅の東から南に県道6号線を入って、柿原を登山口にしました。柿原はほぼ廃村で、けっこう立派な家もあって興味津々ではありますが、休日には人が来ていました。柿原から綾木峠までは中国自然歩道とされており歩きやすい道を期待しました。舗装はすぐに終わってしまいますし、自動車も入れなくなってしまいます。しかし道の周辺には立派な石垣があって耕作地だったことがわかります。問題は道が川沿いに作られていて、石や流木で埋まっていることが多いことです。これが最近の大雨のせいなのかどうかは分かりませんが、道の見えない場所が多く、非常に歩きにくくなっています。何度も渓流を渡りますが、飛び越えられる幅とは言っても滑ったら大変なので気を使いました。救いなのはマーキングが残っていることで、地籍調査のテープと間違えなければ迷うことなく登っていけました。ガレ石の上を歩き続けて疲れたころに、道は東側斜面に上がって、だいぶ楽になりました。階段が作られている所もあります。スギやチシマザサの説明板もあります。しかし斜面の道も流され気味ですし、再び谷に降りるとガレ岩の上を歩かねばなりません。谷の奥で地形図の破線道が東に曲がっている地点では西向きに階段が作られていますが、こちらが正解で、ここからは植林の急斜面をジグザグに登るようになります。たまに大きな草が茂っていますし、谷を渡る所には橋がありませんが、休みながら登れば大きな問題もなく、綾木峠に着きました。歩き始めて100分ほどかかりました。中国自然歩道だから歩きやすいと思ってはいけません。峠には道標がありますが、説明板は壊れていました。

綾木峠からは東に尾根を歩きました。まず急斜面をまっすぐに登りましたが、気持ちの良い尾根で風もあるので疲れもあまり気になりません。木の間隔が広く下草のないコナラやブナが主体の自然林となると、理想的な山歩きと言えます。ところが少し東に歩くと、いきなり尾根が切れていました。これは鉱山の跡のようです(写真)。綾木峠まで歩く間も石英の多い山だと思っていて、道標の上に石英が置いてあったりしました。尾根に出てからも露出している石がことごとく石英なのに驚いていたのですが、この鉱山は石英を掘っていたと思われます。南側はあまり詳しく調べなかったのですが、コンプレッサーが放置されていました。1981年の国土地理院の地質図によるとこれは珪石の稼行鉱山とされています。鉱山跡を北に巻いて再び気持ちの良い尾根歩きとなりました。しばらくは登りが続きますが、ゆっくり歩けば風も爽やかです。姫路は34度近い日でしたが、この付近は23度程度でした。

綾木峠から80分ほどで、西ケ谷四等三角点(1051.29m)に着きました。切り開かれていますが展望はありません。ちょっと南に曲がった1060m+ピークは東側が切り開かれています。ここは尾根に沿って歩くと南に行ってしまうので、間違えずに東に降りる必要がありました。この辺で植生が変わって、枯れ木が目立ちます。木の生えていない所は笹かヒカゲノカズラが生えています。また気持ちの良い尾根に戻ったかと思った付近の鞍部は、ちょっと切通しっぽくなっていました。ひょっとすると尾根を横切る道があるのかも知れません。この東も登りはありますが歩きやすい尾根が続きます。そして1023mピークの北に登ると植林になり、その東の鞍部には南から林道が上がって来ていました。林道にはこだわらずに尾根沿いに植林を歩き、厳しい登りで1150m+の細長いピークに上がりました。この付近から枯れたネマガリダケの茎が目立つようになります。

少し東に植林を歩くと、若桜町、八頭町、智頭町の境界点に出ました。特に何の標識もありません。ここからは北に尾根を降りました。ここは2016/08/05に鳴滝山からの下山で通りました。自然林の気持ち良い尾根です。その時と同じように糸白見川の突き当りまで降りて地形図の林道で戻ろうかとも思ったのですが、近道をして1053mの北から西に尾根を降りました。植林の尾根で幅広く方向が決めにくいのが難点でしたが、問題なく降りられて、地形図どおりに峠からの古い林道に出会いました。しかしこの林道は地形図通りにここで終わっているので、さらに尾根を降りました。さほど急な斜面ではないのですが、木の枝が落ち葉の下に隠れていることがあり、それで滑って何度か転びました。すぐに西側から林道が現れました。この林道は尾根近くを進んで、標高760m付近でターンして西の谷に降りて行きました。この林道で下山することもできましたが、歩きやすい尾根だったので、そのまま尾根を降り続けました。植林の尾根なので特筆すべきものはなかったのですが、細尾根は両側が切り立っていてちょっと楽しめました。それでも下り続けるのに飽きてきた頃に、最後はかなり急な斜面を降りて、地形図の舗装道路に出ました。あとは県道6号線を歩いて柿原に戻りました。

県道6号津山智頭八東線は、今回歩いた尾根の両側まできれいに舗装された道路が作られているのですが、両側ともパッタリと終わっていて、尾根をどうやって越えるのかが全く不明です。尾根を越えるとすると標高差はまだ400mもあるので、トンネルが一番簡単だと思うのですが、今日通った採石場を通ると尾根越えも少しは楽かも知れません。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「郷原」です。

2018年8月8日水曜日

八河谷から鳴滝山

鳥取県若桜町の南にある鳴滝山には、2016/08/05に東山から縦走したことがありますが、今回は西側から登ってみました。鳥取県道6号線を芦津渓谷の方向に走り、堂本で直進して八河谷方面に走りました。そのまま県道を走り続けると、谷の奥でUターンしますが、ここに車を停めました。この付近にはログハウスが何軒かあります。ここから八河谷(やこうだに)川を遡りました。林道があって所々で舗装されていますが、かなりの荒れ方で、ガレ沢と変わりありません。少し入った所に「智頭町大字八河谷字カンマチ口通称カンマチ口」と書かれた杭が立っています。しばらく荒れた道を歩くとチェーンが張られていて、鳥取営林署の「許可なく通行したときは事故があっても一切責任は負いません」の立て札があります。ここを過ぎるとすぐに鳴滝があります。滝の上の方は見えなかったのですが、大きな岩で埋まった谷で、これが本来の姿なのかわかりません。「ふるさとの川八十八景」と書かれているのですが。

鳴滝を過ぎると地形図では道がくねくねと曲がっていますが、道は実際にこの通りで、崩落だらけです。かなりしっかり作られた道だったようですが、谷側の側面を押さえていたコンクリートがずり落ちており、路上も山側から落ちてきた石や土で埋まっている所が何箇所もありました。これを過ぎると山側の岩がせり出した道で、それから川を南に渡ります。橋が落ちていないのでほっとしましたが、橋を渡るとしばらく道が川になっていました。それから立派な第4号堰堤(平成12年度)がありますが、上流側は湖になっています。ここで林道は南の山に入ります。道は少し歩きやすくなりますが、山側の法面は土がむき出しの所が多く、落石もあります。そして林道の終点に着きました。ここの谷側はしっかりと補強工事がされていて無傷でした。歩き始めて80分でした。

林道の先には斜面に作業道があり、これを使って林に入って、問題なく尾根に上がれました。やっと山歩きとなりました。歩きやすい尾根で、自然林がきれいです。なんとなく作業道があります。密に生えた林はなくて、むしろ開けた場所がたくさんあります。少し登ると、あまり太いものはありませんがブナの木が増えてきて、同時に地面には枯れたネマガリダケの茎が残っています。たまに急登もありますが、長くは続きません。周囲の雰囲気を楽しみつつ、ゆっくり登りました。ときどき見つかりにくくなりますが、マーキングもあります。1248mピーク付近はなだらかで、ブナがまばらに生えています(写真)。地面は膝より低い笹とシダが競合して、その中にネマガリダケの茎が残っています。シダの草原も通りました。

次の1240m+ピークを北に曲がり、北に歩いてまた東に曲がりましたが、人の手が入っていそうもない、気持ちの良い尾根です。東の1228ピークへは草地の細尾根を通り、シダで埋まった急斜面を登りました。幸い曇りだったので助かりました。山の上は林です。ここから鳴滝山までの尾根もブナの多い気持ちの良い場所です。最後の標高差100mほどは、膝くらいの高さの笹が茂った急斜面を登らねばなりません。林の雰囲気は良好です。途中に自撮り棒が落ちていました。断線したので捨てて行ったのでしょうか?自撮りしたい場所であることは確かです。そして笹の間を登って、鳴滝山の頂上に出ました。松尾三等三角点(1287.29m)がありますが、山名のプレートはありません(木が倒れたらしい)。

下山はまず前回同様に北に尾根を歩きました。この付近からは河原が見えます。尾根は植林になりますが、しばらくして西側下に林道が見えます。斜面を降りて林道に出て、林道を歩いて下山しました。と書くと簡単ですが、実は林道をどちらに歩いたら良いのかは大問題です。勾配が下りの方に行くのが正解とは限りません。今回は事前に航空写真で調べてあったので、迷わず南に歩きました。航空写真では林道は木に隠れて見えない部分もあるので、少し心配もあったのですが、幸運にもほぼ間違いなく降りられました。いくつかの林道が集まっている場所があり、木の橋がかかっていて、そこから谷の南側に道がありました。航空写真では見えないのですが、地形図の破線道とほぼ一致します。しっかり作られた道で、崩落箇所もあまりありません。川沿いの自然林を眺めながら、第4号堰堤に出てきました。ここからは再びガレ石だらけ、崩落だらけの道を歩いて県道6号線に戻りました。

林道の荒れかたは、山の上よりも下のほうが激しいようです。付近に降った雨が全部下流に集まるのですから当然なのでしょう。山の上は天国のようでした。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「郷原」「岩屋堂」です。

2018年8月4日土曜日

千種川から登る大鳴山

千草町の南に位置する大鳴山には、2017/09/03に北の黒土の滝から登りましたが、千種川から直接登れないか検討しました。すると、地形図では千種川沿いの県道72号線から、大鳴山へ繋がる尾根に向かって破線道があることに気付きました。行ってみるとこれは関電の巡視路です。まず植林を上がり、それから尾根沿いに登ると、千種佐用線二四鉄塔がありました。1系統の小振りな鉄塔です。この場所はさほど登っていませんが既に展望は良くて、千種川沿いに南方面が見えます。さらに登っていくと、川向かいの集落や笛石山が見えるようになります。少し急な植林の中を登っていくと、直射日光の眩しいススキの茂みに出ました。ススキをかき分けて登ると、山崎智頭線三五鉄塔がありました。ここも眺めの良い場所ですが、日差しが強くて参りました。

すぐに林に逃げ込んで、林の中を歩きました。傾斜は少なく、614mピーク付近までは自然林もありましたが、あとはほぼ植林となりました。たまに三室山が見えます。この道は関電の巡視路なので整備されています。尾根上が伐採地の場合はそれを避けて林の中に道があります。700m+のピークの植林には、34鉄塔への赤い火の用心があります。ここから東にまっすぐ歩くと、大鳴山の頂上に出ます。伐採してあるので明るいのですが、展望は皆無です。大鳴山三等三角点(742.88m)があります。(写真)

山頂からは2017/09/03と同じルートで巡視路を通って南に歩きました。時々巡視路を見失いますが、問題なく歩けて、山崎智頭線三三鉄塔に着きました。紅白の鉄塔で、高さは60mほどあるのではないでしょうか。ここも展望地です。ここから植林を降りて、前回同様に金属製の橋を渡って、林道に出ました。地形図ではここから西に谷を降りる破線道があって、それが下山には一番近道なのですが、この方向は草の生い茂った小川が流れているだけで、歩けそうもありません。そこでとりあえずは林道を南に歩きました。

この林道は少しずつ谷を登って行き、そのうち舗装道路になりましたが、峠を越した付近で終わってしまいました。地形図ではそのまま志文川まで行っているのですが。道が終わった先には作業道があり、これは山裾を巻いていく感じで、山側にはネットが張られています。いちおう重機で作ったような感じの道ですが、低い松が生えていて歩きにくく、しかも最後はこれも終わってしまいました。この先は作業道の名残があり、消えかかりながらも斜面を横切って行きます。しかしそのまま斜面を伝っていくと千種川には絶対に出られないので、山側の傾斜が緩い所で西の山に登り、尾根を西に歩きました。西側の谷は植林で、それを渡って尾根に上がってからは尾根の西側斜面につけられた作業道を南に歩きました。この付近は2011/04/03に来ていますが、その時には尾根を歩いています。斜面の作業道は崩れ気味でトラバースと変わらない場所もありますが、不思議と消えることはありません。途中で林道ツヅラ線(谷の北から志文川に延びている道)の突き当りになる鞍部には、たくさんのスラグが落ちていました。周囲を見回しても鉱山の入り口はなかったのですが。

この先もさらに西側斜面の作業道を歩きました。すぐに地形図の破線道と思われる作業道になりましたが、道の状態は相変わらずで流れて消えかかっています。そのまま南に塩地峠まで歩いても良かったのですが、斜面の作業道は疲れるので、降りやすそうな尾根を見つけて西に降りました。この尾根は多少は急でしたが、他の斜面に比べればずっとマシだと思います。途中に「村」という標石があって、眼下に村が望めました。地形図で塩地峠から北に延びる破線道と思われる付近に来ると、確かに道が尾根を横切っていました。これかと思って北に行くとなんだか登りになっていきます。変だと思って見回すと、一段下にもっと幅の広い道がありました。こちらがかつて千種から山崎への街道だった道で、県道72号線に降りた所にある県教育委員会による説明板では幅6尺に作られたとあります。しかし崩落が激しく、人が歩くのがやっとという場所がいくつもあります。しかも谷に来ると堰堤が作られており、沢を横断する道は消えています。路面上はガレ石が多く、歩くだけでも疲れました。最後は害獣除けの扉を通り、墓地の多い付近を抜けて、県道に降りられました。

このコースの難点は下山だと思います。急斜面でも尾根を探してまっすぐ降りるのが正解でしょう

展望 ★☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「千草」です。

2018年7月31日火曜日

若桜町の吉川から大川の上流へ

先週(2018/07/25)東山から芦津・吉川越まで中国自然歩道を歩いた時に、大川の上流付近を歩いている時間がなかったので、行ってみることにしました。しかし芦津の方から入ると伐採作業の邪魔になりそうだったので、北の吉川から登ってみることにしました。

登山の起点は沖ノ山林道にある芦津・吉川コースの案内板にしました。吉川からこの地点まではヒレジ谷川という川沿いに林道があり、Street Viewで見ても走れそうだったので、狭い吉川集落内の道を抜けて行ってみたのですが、集落から出る所の橋が落ちていました。しかたなく沖ノ山林道へ行ってみましたが、なんとこちらも若桜町側は通行止めで入れません。結局車は吉川に置いて、ヒレジ谷川沿いの林道を歩くことにしました。ところが林道につながる橋(正確には川沿いの道路)はほぼ完全に落ちていて、旅の安全を祈るお地蔵様はあるものの、車で通れないだけでなく、歩いて渡ることもできません。迂回路もなく、付近の畑を通ることもできず、結局橋の脇から南の畑に入り、そのままヒレジ谷川の東岸を歩きました。最初は作業道があったのですが、堰堤付近で無くなってしまい、急斜面を川沿いにトラバースして、やっと林道が川を東に渡った地点に出ました。ここからは作業道ヒレジ線をひたすら歩きました。特に土砂崩れなどもありません。ちょっと歩くと中国自然歩道の道標がありました。スヌーピーの縫いぐるみが下がっています。ここだけは旧登山道がありますが、ほとんどの部分では林道を歩きました。距離は1キロちょっとなので、30分もたたずに沖ノ山林道の下に出て、ここからは登山道を真っ直ぐに上がりました。谷沿いで、ここにもお地蔵様がありました。沖ノ山林道に上がると、芦津・吉川コースの案内板があり、ここが今日の本来の起点となります。やれやれ。

中国自然歩道はさすがに整備されており、階段があって芦津・吉川越までは快適でした。植林がきれいです。芦津・吉川越のベンチで休んでから、前回行かなかった南を目指しました。まず階段の急登で1111mピークに出ました。この付近は植林もありブナもありという感じで、雰囲気の良い場所です。下草は笹が主体です。いくらかのアップダウンののち、1191m地点を過ぎ、三町尾根点と呼ばれる若桜町、西粟倉村、智頭町の境界点に出ました。ここにもベンチがあります。中国自然歩道はここから東の若杉峠に向かうのですが、私は大川の上流に出るために西を目指しました。この県境の尾根には地形図では破線道が描いてありますが、踏み跡を探すのがやっとでした。ネマガリダケが茂っており、それをかき分けて進む場所がいくつもありました。赤テープのマーキングがたまにありますが、見つからない箇所も多く、あてにはなりません。笹の草原は暑いので日陰を探して林に入ると少し歩きやすくなりますが、林も荒れており、樹木はネマガリダケ並みに地面を這っています。積雪の多い地域なのでしょう。県境をジグザグに進んで、やっと若杉四等三角点(1196.07m)を見つけました。これも藪の中にあります。

三角点の北は笹の草原で、展望は良好です。眼の前には沖ノ山が見えます(写真)。問題はここからどうやって大川の上流に降りるかなのですが、特に道があるようにも見えないので、とりあえずは県境の草原を少し降りてから北に下って行きました。すぐに植林に入りますが、非常に荒れていて、しかも水が複雑に流れていて進路に困りました。とにかく木を乗り越え流れを渡って下り続け、地形図の大川沿いの破線道まで来ましたが、道はありません。さらに大川を下って行くと、西側の上の方に幅広い作業道がありました。航空写真で見るとこの付近にはたくさんの作業道があります。作業道は川に沿っているので、そちらを歩くほうが楽ですが、古い道なので川で分断されていたり、車で通れる状態ではありません。しかも川沿いと思って歩いていると山に登っていってしまい川沿いに急斜面を降りたこともあります。これは破線道ですが、あまりに退屈なので途中で東の山に入る道があったのでそちらに行ってみました。この道は1104mピークの南を通って、地形図の実線道へと繋がっています。実線道は沖ノ山林道大川線なので整備された道で、これを下っていきました。

地形図上では大川線には芦津・吉川越から破線道があります。これは先週に存在しないことを確認しているので、先週と同じ林道を使って芦津・吉川越に戻ろうとしました。先週は最後は川沿いを降りたのですが、今回は大川線に林道が降りてきているのでそれを登りました。ところがこの道はどんどん山奥に入ってしまうので、谷に戻ろうとして、眼下にあった別の林道に降りました。これをひたすら歩いたのですが、先週歩いた林道とは違うようで、狩谷三角点の近くまで行ってから中国自然歩道沿いに南に向かっていました。自然歩道の立て札にある「この先の作業道は立入禁止!!」の作業道のようです。最後は芦津・吉川越の少し北で終わってしまったので、中国自然歩道に出て芦津・吉川越に着きました。えらく大回りでした。

あとは登山時と同じように沖ノ山林道まで下り、さらに今回はずっと舗装された作業道ヒレジ線を吉川目指して降りました。が、吉川にどうやって入るかが大問題でした。登りでは谷川の東斜面をトラバースしましたが危険そうなので、地形図にある東側の山(吉川の南の山)の林道を通って東側に出ようと考えました。この道は草は生えていますがいちおう地形図どうりにあります。しかし崩落が激しく、道が流されていたり土砂に埋まっていたりで歩くのも楽ではありません。しかも最後は尾根に出て終わってしまうのですが、ここは背の高いススキが茂っていて歩けません。ちょっと北寄りに降りて、植林を抜けて畑まで降りましたが、金網があって通れません。扉があったのですが開かず、結局は土砂が溜まって地面が高くなっている場所で金網を乗り越えました。

今回は、橋の重要性を再認識させられました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「岩屋堂」「郷原」です。

2018年7月25日水曜日

東山から芦津・吉川越

鳥取県の若桜町と智頭町の町境に位置する東山には、以前も登っています。特に2016/08/05には北から登って東山から鳴滝山へ縦走しています。今回は南から登りました。登り口は沖ノ山林道です。吉川から芦津を結ぶ全長27kmもある長い林道で、2週間前の大雨でかなり荒れていました。それでなくても対向車が来ないように祈りながら走らねばならない道です。芦津渓谷から入って、冷や汗をかきながら三滝ダムに抜けて、大川を遡って「芦津部落東仙宿舎」の看板のある所まで来ました。宿舎らしきものはなく、「やまみち」と書いてある道標の方向にも道はありませんが、すぐ隣に北に入っていく林道があります。これは地形図にもありますが、今は川を西に渡って西の山に入って行くのに使われているようで、まっすぐ川沿いに北に上る道はとても荒れており、車の走れる状態ではありません。水流を避けながら歩いて行きました。気まぐれに舗装があったりしますが、荒れ方に変わりはありません。たまにキツネノテブクロの花が咲いているのが救いです。林道は地形図どうりの場所で終わります。その先は地形図ではなだらかな谷で、まっすぐに稜線に上がれるはずです。谷に道はありませんが、荒れているにもかかわらず期待どおりに歩けました。何回か流れを渡り、最後は流れの東側から斜面を登りました。ブナの木が現れると稜線近くです。

この稜線は2016/08/05に歩いたところで、東山まではチシマザサが所々に生えています。しかしほとんどの場所は林の中の日陰を歩くことができました。ちょっとは藪を抜ける場所もありましたが、たいした問題ではありません。それでも木が生えておらずシダとチシマザサが混じった草原を歩かねばならない所が何箇所かあり、特に山頂に近づくとチシマザサの草原を抜ける必要があります。とは言え道はつけられており赤いマーキングもあるので特に問題はなく、東山の山頂に着きました。広く伐採されており、日陰がありません(写真)。360度の展望があるのは、この地域の最高峰だからでしょう。若桜の市街や沖ノ山が見渡せます。藤仙山三等三角点(1387.98m)があります。氷ノ山が字は違っても「せん」で山の意味ですから、「藤仙山」の山は余分ではないでしょうか?

東山からは南に長い尾根を歩きました。まずは再び低いチシマザサの草原を抜けて1320m+のブナの林に着きました。この先も赤いマーキングに従って登山道を降りて行きました。最後がちょっと分かりにくいのですが、林道脇の空き地に降り立ちました。降りたところは実は草むらの下に水が流れており、靴が濡れました。ここは沖ノ山林道が尾根を超える地点で、中国自然歩道の案内板があります。ここから南は中国自然歩道を歩くことになります。いきなり急登がありますが、階段が設けられていて楽に上れました。この階段は助かりました。さすがに中国自然歩道はよく整備されていて、おかしな形の木やブナを見たり植林を見たりして、ゆったりした気分で歩けました。標高はずっと1100m以上ですので、涼しくて快適です。西側に林道が見えて、狩谷三等三角点(1158.75m)に着きました。沖ノ山林道から1時間もかかりません。この三角点の前には国定公園の説明板がありますが、山歩きをする人には不要の看板だと思います。

三角点から南に植林を降りると、「歩道が曲がっています。注意して歩きましょう!」という意味不明(明瞭?)の注意書きがありました。確かに道は少し曲がっているのですが、林道が見えてきて、「歩道に注意!この先の作業道は立入禁止!!」となると、やや意図が分かりました。要は歩道以外を歩くなということのようです。指示に従って歩道を歩くと、「芦津・吉川越」の説明板がありました。ここが昔の峠のようです。この先も中国自然歩道は続きますが、登りになりますし帰り道も心配なので、ここで芦津側に降りることにしました。地形図には破線道があるので少し谷を降りましたが、とても歩けるような状態ではないので、結局北側斜面の林道に上がって、林道で下山しました。立入禁止の作業道なのかも知れませんが、あちこちで崩落していて、とても車が走れる状態ではありません。草が茂っている部分は林道に水が流れています。ほぼ水平に作られているので谷を降りるよりは大回りですが、沖ノ山林道大川線に降りることができました。

沖ノ山国有林では伐採や積み出しが現在も活発に行われており、落ち着いて歩ける雰囲気ではありません。大川線の入り口には森林鉄道の説明板がありますが、その隣には「関係者以外通行止」の看板もあります。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「郷原」「岩屋堂」です。

2018年7月22日日曜日

宮ノ前三角点から赤谷山

赤谷山には何度か登っていますし、2012/09/16にはばんしゅう戸倉スキー場からも登っています。今回は同じ戸倉スキー場からですが、北西にある宮ノ前三角点を経由して登ってみました。

戸倉スキー場の入口の北側には尾根の終端があります。入り口のゲートを入ってすぐに北に階段があり、ここから尾根先に登れます。登ると何かの装置(サイレン?)と、祠が2つあり、北西の尾根に踏み跡があります。真っ直ぐに登ると急なので、踏み跡に従って少し南側を通って登って行きました。植林なのでどうにでも歩けます。途中には自然林もあって、いかにも熊が住んでいそうです。急斜面は最初だけで、あとは楽な登りが続き、宮ノ前四等三角点(909.98m)に着きました。展望はありませんが、周囲は植林と自然林の境目で切り開かれており、良い雰囲気です。(写真)

この先はしばらく平坦な尾根が続きます。特に荒れた場所も藪もなく、気楽に歩けました。方向を北西から南西に変えて914mピークを通り、下りになります。この付近から南下方に林道が見えてきます。航空写真でもこの付近には林道が見えます。さらに南西に下って行くと、最後は急斜面となって、820m+の鞍部に出ますが、ここでは東側に林道が南北に走っています。まっすぐ東の谷に降りていく道はありません。鞍部から尾根を登ってからも、しばらくの間は林道が東側に見えていました。尾根は植林が主体で歩きやすく、南に歩いて宮向四等三角点(997.84m)に出ました。ここは以前に戸倉スキー場から別の尾根で登ってきた場所です。南側に少し展望があります。

ここから赤谷山までは2012/09/16に歩いたコースで、特に問題はありません。標高1000mを超すと徐々に笹が増えて来ますが、かき分けるくらいになるのは尾根近くの少しの距離だけです。ブナの木が多く、途中には「奥山保全トラスト」のカメラが設置されていました。私も野生動物の端くれとして撮してもらえたかも知れません。県境の尾根はチシマザサの藪ですが、切り開かれて道が作られているので問題はありません。赤谷山の山頂は切り開かれて、北側の一部を除いて全方位に展望があります。この付近の主要な山がほとんど見えるのが嬉しいところです。宍粟50名山のプレートと、落折二等三角点(1216.57m)があります。

下山は2012/09/16に登ってきたコースで、まず宮向三角点まで取って返し、東に延びる尾根を下りました。方向を間違えないように気を付けて降りて、2012/09/16に登ってきた作業道で尾根を下りました。この作業道は標高780m付近で北の谷の方向に降りて行きます。2012/09/16に登った時に、この作業道を使えば登山も楽だろうと思っていたので、今日はこの作業道で降りてみました。植林の作業道なので急勾配の植林の間をジグザグに降りていきます。いったん傾斜の緩い、地面が枝打ちした枝で埋まっている所に出て作業道を見失ってしまったのですが、その外れでまた急斜面になると作業道が復活し、再びジグザグに降りて、赤谷川沿いの林道に出ました。この道が登りに使えるかですが、出てきた場所にはあまり特徴がなく、川が道から外れる場所としか言いようがありません。川底は茶色い岩盤を水がナメている感じです。林道をまっすぐ降りて、戸倉スキー場に出ました。

戸倉スキー場には「赤谷山登山口」の標識が立っているので、降りてきたルートが正しい登山ルートに近いのかも知れませんが、他に標識は見なかったので違うのかも知れません。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「戸倉峠」です。

2018年7月18日水曜日

芦津発電所から沖ノ山

沖ノ山は雪の積もった冬に東の若杉峠からスキーで行くのが定番のようです。これはチシマザサが茂っていて夏は歩きにくいのが一因です。以前(2016/05/14)に南の駒帰の方から林道を利用して登ったことがありますが、この時にもチシマザサを避けて歩く必要がありました。一方で沖ノ山の北西には長い尾根が延びており、一度歩いてみたいと思っていました。しかし航空写真を見るとこの方面は尾根に沿って草地がたくさんあります。草地がチシマザサの藪だとすると、とてもこの距離は歩けません。しかし最近この尾根を歩いたという報告があり([1])、勇気づけられて歩いてみることにしました。途中でチシマザサに行く手を遮られたら素直に戻ってくるつもりでした。

登り口は芦津発電所の西から南に入る林道です。入り口はチェーンが掛かっており、車は入れません。周囲には発電所から来ている送電線(中電 芦津線)があり、鉄塔の立っている部分は木がありません。植林を切ったというより、植林しなかったようで、今となっては鉄塔よりも周囲の杉の木の方が高くなっています。先々週の大雨の土石流で荒れている箇所もありますが、植林の中を斜面沿いに登って、谷に出ました。ここで林道は西に行きます。南西の山は野段三角点のある山で、ここから南に地形図の破線道で谷を登れば、2018/07/14に野段三角点から東に降りた谷に出ます。そこでは林道工事が行われていたのですが、この地点には工事の形跡はありません。地形図では南に向かう谷に破線道がありますが、灌木で覆われていました。この破線道をちょっと登ってから東に植林を登りました。かなりの急斜面ですが、足元は悪くありません。標高が高いので気温も27度程度で、なんとか標高差50mを登れば、あとは楽に登になりました。西からは工事の音がしていました。後で調べると、芦津渓谷の南あたりから林道を延ばして、2018/07/14に見た工事中の林道に繋がる予定のようでした。これを中ノ津線と呼ぶようです。

832mピークは植林です。ここから南東に植林を降りて(この付近を中ノ津線が通る?)、大きな岩を見たりマムシに挨拶したりしながら斜面を登って、980m+ピークに出ました。ここから東に964m地点を通り、少しずつ登って行きますが、勾配は緩く、たまにシダが生えているものの、周囲は植林か自然林なので気持ちよく歩けました。1162mピークを間違えずに東に進み、1138mピークに向かうとシダの間に枯れたチシマザサの茎が残っていることがありました。しかし尾根はほとんどが林で、照りつけられることはありませんし、シダは低いので問題になりません。航空写真どうりに北斜面は美しいシダの草原になっているのですが、尾根は大部分日陰を歩けました。ただその分だけ展望はありません。1138mピークを過ぎてもまだ林は続きますが、たまに通るシダ藪にはチシマザサの茎が増えてきます。1266mピークを過ぎても同じです。最終的に尾根に木がなくなるのは、1270m+ピークからで、ここで植林の縁は南に行ってしまいます。このことは航空写真でも確認できます。

1270m+ピークから東の鞍部に向かって500m程度は、シダの草原を歩かねばなりません。膝くらいの低いシダですが、踏み跡は不明瞭でチシマザサの茎も残っています。炎天下ですが、ところどころに大きなブナの木が生えていて、その日陰から日陰へと移動して進みました。そして沖ノ山の北東の林の日陰に入り、沖ノ山の頂上に出ました。中原二等三角点(1317.94m)がありますが、切り開かれて日陰がないので、近くのブナの林に逃げ込みました。とにかく山頂まで尾根歩きで来られたので満足でした。ブナの林も綺麗です。登り始めから4時間近くかかりました。

下山はさらに東に歩いて林道を目指しました。Google mapでは山頂の東に「沖ノ山展望所」というマークがあるのですが、道がないのでそちらには行かず、まっすぐに歩きました。林を抜けると、徐々にチシマザサの茎が増えてきて、枯れていないチシマザサも増えてきました。南下方には林道が見え、これが駒帰から来る大井谷林道に繋がっているはずですが、そちらには降りないで藪の1240m+ピークまで行き北に降りました。こちらもシダとチシマザサの混ざった草地ですが、正面の山が伐採されており、数本の木が面白い形に残っていました(写真)。この先をちょっと降りると未舗装の林道に出ました。

ここからは長い林道歩きで下山しました。ここも雨でかなり流されています。しばらく泥の多い林道を降りると、地形図の破線道になりますが、ここは沖ノ山森林鉄道の跡だそうです。レールなどは見当たりませんが、勾配が少なく、いかにも森林鉄道という感じです。そのぶん大回りになりますが、崩落箇所以外は楽に歩けました。その下は舗装されていますが、荒れている場所が多く、道に泥が積もっていたり、道が川になっていたり、ひどい状況でした。ただ、植林の美しさは印象的でした。この道は地形図の「小川」沿いで、降りていくと沖ノ山林道(東に行けば東山の南から吉川を通って岩屋堂に出る)に出ました。ただ、沖の山林道に出た所には、歩いてきた道の方にも「沖の山林道」と書かれています。メインの沖ノ山林道も泥が除去されたばかりのようで、この時はあちこちで路面を水が流れており、防水なしの登山靴には辛いものがありました。さらに三滝ダムから芦津渓谷セラピーロードを歩きました。道は整備されていましたが、谷沿いで湿度が高く風はなく、高所に付けられた鉄の橋は肝試しのようでした。この道も森林鉄道の跡のようです。結局林道から2時間歩いて発電所に戻りました。

とにかく沖ノ山まで歩けたというだけで大満足の登山でした。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「郷原」です。

2018年7月16日月曜日

養父市の光明山

この光明山は、養父市場から円山川を渡った北側に位置します。南に米地(めいじ)川が流れています。登り口は中米地にして、東に県道255号線を少し歩いて山裾の害獣避けの金網にある扉から山に入りました。この扉はStreet Viewで見つけたものですが、草が延びていて開けるのに苦労しました。山に入ると植林の急斜面で、作業道はありますが、暑さの中を登るのは大変でした。時間をかけて少し登ると竹田養父線一三鉄塔があります。これの保守道を登るのがおそらく正解でしょう。この後はやや藪っぽくなり、登りが続きます。そして九曜谷三等三角点(340.17m)に着きました。周囲は藪です。この付近の尾根は藪っぽいので、少し西側に降りて植林の中の作業道を歩いたのですが、次の340m+ピークは行き過ぎてしまい、ピークに登り返して北東の尾根を降りました。この付近の北側は伐採されており、これから歩く行程がほぼ全部見渡せました。ネット沿いに歩いて330m+ピーク付近を過ぎると少し広めの歩きやすい尾根になりました。296m地点付近には、養父市の地籍図根三角点があります。尾根は少し細くなりますが、岩場はなく植林が主体です。そのまま北に歩くと直谷三角点のあるピークにぶつかるのですが、まっすぐ登るのは辛そうだったので、植林の作業道に沿って東向きに登りました。結局地形図の破線道の通る鞍部の付近で尾根に出ましたが、この破線道は見当たりません。西に尾根を登って、金属プレートの直谷四等三角点(423.27m)に出ましたが、ここには国土交通省の中米地中継所が建っています。比較的新しいもののようです。

中継所から南西に尾根を降りましたが、藪です。しかしいきなり目の前が開けて、未舗装の林道の終点に出ました。この林道は中継所の建設のためのものかも知れませんが、それなら山頂までまっすぐ延ばせばよかったと思うのですが。とにかくこの道は北の大江の方に行っているようなので使えず、ずっと尾根を歩き続けました。少し藪っぽいところもありますが、比較的楽に南北に走る尾根に出ました。ただ、この尾根に上がるところは急斜面だったのでピークには上がらず、作業道を伝って南に斜めに歩きました。ここからは南にまっすぐ歩いて、最後はまた急斜面を登って、光明山の頂上に出ました。展望はほとんどありませんが切り開かれており、シダ藪の端に光明山四等三角点(551.01m)がありました。(写真)

下山は東の尾根に向かいました。すぐに尾根が別れており、最初の予定は東に降りて306m地点を経由するはずだったのですが、南に向かう尾根の方が植林で歩きやすそうだったので、南に向かいました。砂地の急斜面を降りる場所もありましたが、まっすぐ南に降りて竹田養父線一六鉄塔に出ました。ここからは巡視路で降りる予定だったのですが、どうも西に向かう巡視路は降りていかないようなので、途中から適当に尾根を降りました。藪ではないのですが急勾配の崩れやすい斜面で、木に掴まりながら谷に降りました。谷を下ると段々畑の跡が広がっており、宇留破神社に出てきました。この下山は不正解です。

とにかく暑い日で、和田山は36度まで上がりました。直谷三角点まで出てやっと北からの風が出てきて、気温も28度くらいまで下がりましたが、そこまでは32度以上で風もあまりなく、熱中症になりそうでした。夏に登るにはあまり向かない低山です。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「八鹿」です。

2018年7月14日土曜日

智頭町の野段三角点

この山は鳥取自動車道や智頭急行の走っている千代川と芦津渓谷の間くらいにあります。行きにくい場所ですが付近には林道がたくさんあるようで、下山はそれを利用することにしました。

登り口は山郷駅の近くの中原にしようとしたのですが、まずここの千代川に掛かっている橋が先週の豪雨で落ちていました。集落の中を通って迂回できるのですが、登り口にと思っていた鳥取自動車道のトンネル入口付近でも何やら作業を行っていたので、ここは諦めて尾根先の北にある智頭南ICまで歩いて行きました。工事中の県道373を恐る恐る歩いてICに近づくと鳥取道の下を抜けるトンネルがありました。名引橋を渡ってこれを抜けると山裾に出ますが、どちらから登るべきかちょっと迷いました。トンネルを抜けた所には小さな堰堤があるのですが、その南側の竹藪を急登することにしました。作業道の名残があって、それを登っていくと小さな祠がありました。中身は何か分かりませんが、とにかくお参りしてさらに急登を続けました。この斜面はかなり急ですが植林なので登りやすく、頑張って登って尾根に上がれました。尾根も植林で風もあって歩きやすく、591mの小さなピークを過ぎ、さらに620m+を歩いて少し降りて、一旦下ってから頑張って登ると704mピークです。あまり展望はありませんが、たまに北の遠景が見えます。

704mピークの東で尾根は北に折れます。ここを下った鞍部を林道が横切っていました。704mピークの西側で既に林道が南側下方向に見えていたのですが、その林道がここで尾根の両側の北の方向に分岐してる形です。ということは林道でこの先を登れるのかも知れませんが、尾根歩きは快適なのでそのまま尾根を歩きました。しばらくはなだらかな登りですが、徐々に勾配がきつくなります。なんとか登りきって821mピークまで来ると、ここも未舗装の林道が横切っていました。林道を無視してさらに尾根を歩くと、次は地形図にある舗装された林道が西側から上がってきました。この林道はとても歩きやすいのですが、日差しがきついので尾根の林の中を並行して歩きました。場所によっては尾根がほとんど残っておらず、尾根というよりも東側の斜面を登っていきました。最後は僅かに残った法面の上を歩いて、地形図にある実線道の分岐に出ました。どちらも舗装された道です。この地点には大きな平坦地が作られています。木材の集積場でしょうか。広く展望があります。ここから見えるのは白坪川沿いでしょうか。ここからも林道は歩かず、日陰の尾根を歩き続けました。割と平坦ですが結構距離はあって、野段三等三角点(999.49m)に着きました。ちょっと展望があります(写真)。

下山は林道を歩くつもりだったのですが、頂上から東に降りて地形図で破線道のある谷を歩くと近道できることに気付きました。こちらへ降りる尾根も問題ありませんが、破線道の鞍部まで北側の林道が延びており、さらに北に延びているようでした。まだ工事中なのか、工事の車が何台かとまっていました。破線道の谷は予想どうりに水が流れていて渓流沿いには歩けませんが、西側斜面に踏み跡があり、それを辿って南に降りました。途中から適当に林道の方へ降りていって、無事に林道に出られました。

あとは林道で下山しましたが、ずっと舗装されています。工事用車両のための道案内の表示が分岐ごとにありました。また作業用の枝葉の林道もたくさんあります。しかし先週の大雨のダメージは大きく、あちこちで舗装が剥がれており、一番ひどい場所では舗装が完全に流されていて、車が通れるようになるにはだいぶかかるでしょう。また、アスファルト舗装にヒビがたくさん入っている箇所が多く、上を歩くと凹みました。この道は林道野々段線というようです。横瀬川が分かれる部分には水門らしきものあって、東へ向かうのが「森林セラピーロード」のようです。しかしここからも土砂で道が埋まっている箇所がいくつもありました。鳥取県営横瀬川発電所もありました。最大有効落差54.37mとありますが、水路は隠されていて全く見えません。ここで横瀬川の南側に移りますが、中原夢来キャンプ場の西で道が川に完全に削られて通れない部分がありました。車で来られるのはここまでということになります。

今回は横瀬川沿いの道を調べるのが目的の一つだったのですが、車ではほとんど入って行けないということが分かったので、登山ルートも考え直さなければなりません。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「郷原」「坂根」です。

2018年7月1日日曜日

千種町の室三角点

千種町の西には日名倉山が聳えています。西斜面には鐘を鳴らせる目立つ建物があるため、あちこちの山から認識可能です。千種町からの登山道は雛倉神社からですが、この登山道は谷を登って奥海越を経由して尾根を登って日名倉山に登るコースで、かなり長いものです。今回は日名倉山ではなく、奥海越の東にある山に登りました。

千種町の雛倉神社から少し登ると東に行く道がありますが、この道が尾根先を切通しで横切っています。切れた先の方に登ると小さな祠がありました。登山は当然反対側の尾根から始まります。ちょっと耕作地がありますが、それを避けて登ると尾根裾をまわる道がありました。素直に道に従って歩くと、害獣避けの扉がありました。無理に登って金網に突き当たらずよかったと思います。扉を通って本格的に登り始めると、地形が複雑です。明らかに鉄を採取した跡です。地形図で見てもこの付近は比較的なだらかですが。これは山が削られたためと思われます。凹凸の多い地形ですが踏み跡があって問題なく歩けました。ある程度登って標高550mを超すと急斜面になりますが、踏み跡は続きます。踏み跡をたどってなんとか標高差200m程度登ると、少しずつ緩やかになりました。同時に踏み跡も消えてしまいましたが、下草のない植林なのでどこでも歩けます。山頂の平らな所では倒木もあり、ちょっと藪っぽくなりました。ネットも張られています。室四等三角点(857.15m)は、アセビとシダと低い松の藪の山頂にありました(写真)。伐採してあるのですが、そのままになっているので乱雑な伐採地です。日名倉山が望めました。

この後は少し山頂付近を散策しました。三角点の南の斜面は倒木をシダが覆い隠しているので危険です。ネットは西の伐採地の方へ行ってしまいますが、南の森に入って降りていくと、鞍部に未舗装道路がありました。東に延びていましたが、おそらくは西側から来ている道だと思います。西側は伐採地で、道路は真新しいネットで遮断されていました。さらに南に歩き、真東に登っていくと、826mピークに山崎智頭線四〇鉄塔がありました。ついでにもっと南東に歩いて、三九鉄塔も見に行きました。ここは東から南に向けて展望があります。この付近の植林は昼でも夜のように暗いのが印象的でした。

四〇鉄塔に戻って、次の鉄塔への赤い火の用心を頼りに西に降りると、道がありました。周囲はシダが茂っているので無理はせずにこの道で降りていきました。かなり荒れた道ですが、倒木だらけのシダ藪よりはましです。しばらく歩くと舗装道路に出ました。780m+ピークの東側を南北に走る道です。ちょっと北に行くと広場がありますが、航空写真で見えている四角いものは巨大な動物捕獲用の檻でした。この付近で地形図の破線道に合流しますが、西へ行く破線道はあまりはっきりしません。舗装はすぐに終わりますが、この付近は東に道があり、先程鞍部にあった道に繋がっているようでした。そのまま破線道を北から西に歩いて、日名倉山への登山道に出ました。この付近が奥海越です。760m+のピークに登りたかったのですが、周囲がしっかりとネットでガードされています。さらに航空写真でも分かるように山頂には木が残っていますが斜面は伐採されています。そこには背の高い草が茂っていて、登るのは大変そうだったので諦めました。おそらくネットで鹿が入れないので草が生え放題なのだと思います。

奥海越からは登山道で雛倉神社へ下山しました。ここは2011/07/23にも通りましたが、荒れかたは変わっていません。水が道と並行して流れており、途中で道が流されています。途中で道幅が広くなってからも水が道路上を流れている場所がいくつかありました。

特に面白い山ではありませんが、山裾の削られ方はこの付近には共通しており、地形は変化に富んでいます。奥海越へは倉谷から南の谷に道があり、千合地峠にも達しているようです。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「千草」です。

2018年6月16日土曜日

畑から登る養父市の建屋山

これまで何度か登っている養父市の建屋山ですが、今回は東の畑から登ってみました。登り口は乙屋神社で、神社の裏の植林を登ると尾根に上がれました。後はひたすら建屋山を目指して登りました。標高差は600m以上ありますが、長距離なので全体にゆったりとした登山となりました。とは言え最初は少し急登もあり、その先の尾根は場所によっては切り開きがあるものの、藪をかき分ける場所もありました。細い尾根を登っていくと、地形図どうりに道が横切っていました。あまり整備された道ではなく、西側は土砂崩れで埋まっていました。歩くのには問題ないと思います。

植林が増えてきて、そのうちに青いネットも張られています。そして金属プレートの毛坂四等三角点(620.22m)に着きました。周囲には低い松が生えています。ここには2014/08/30に来ました。ここから建屋山までのコースはその時にも登りましたが、楽なコースで、毛坂三角点までよりはずっと速く登れました。切り開きのある712mピークを過ぎて植林を登り、最後に急斜面を登り切ると建屋二等三角点(855.78m)のある山頂でした。切り開かれていて中央にはアシビの藪ができていますが、三角点はその西側にあります。

山頂からは南に歩きました。ここは2014/08/30と2015/04/18に歩いていますが、美しい自然林で落ち葉のクッションになっていました。829mピークまで来ると藪ですが地籍図根三角点があり、見晴らし良好です。西には建屋から餅耕地方面、東には和田山ICがよく見えましたが、竹田城は見えません。ここから東に尾根を歩きました。この付近は2014/08/30に藤和から登ってきた所で、養父市と朝来市の市境の尾根です。尾根は藪ですが北側に降りたところには林道があります。壊れたネットもあって足を取られますが、展望があるのを楽しみに我慢して東に歩くと、徐々に歩きやすくなりました。途中にパラボラアンテナがありましたが、機能していないようです。アンテナ付近はアシビの藪です。そして、乙屋四等三角点(747.05m)に着きました。ここは伐採されているのであちこちに展望が広がります。このあと770m+ピーク付近で林道が終わるまで、林道は尾根に近づきます。この付近からの北側の展望は素晴らしく、ハチ高原まで見渡せます。(写真)

林道終点の付近から、真北に延びた尾根で下山しました。まず739mピークまで歩き、西側の尾根に降りました。この後はこれも長い尾根ですが、数箇所地形図からは分からない急斜面がある以外は何も問題はなく降りられました。分岐がいくつかあって、どの尾根を選ぶか迷いましたが、なるべく乙屋神社に近い方向に降りました。標高300m付近はかなりの急斜面で、東の尾根にしたほうが楽だったかも知れません。最後は堰堤があり、長福寺の裏の舗装道路に出ました。

長い尾根を登って長い尾根を降りたという感じでした。林道から見えた遠景は儲けものをしたような気分になりました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「八鹿」「但馬竹田」です。

2018年6月13日水曜日

鳥取市用瀬の三角山と洗足山

用瀬(もちがせ)は鳥取市ですから、姫路からはだいぶ遠くなります。しかし無料の鳥取自動車道のおかげで意外と早く安く行けます。用瀬で有名なのは三角山と洗足山で、これを繋ぐ尾根を用瀬アルプスと呼ぶようです。

三角山へは用瀬から登りました。最初の鳥居は三角団地というちょっと不思議な形の家の団地の上にあります。ここから真っ直ぐ山に道が延びています。まず最上山道場という日蓮宗の祈願所がありますが、それを過ぎると神社関連の施設が増えてきて、女人堂に着きました。三角山神社の説明板があり、ここからが本格的な登山となります。かなりの急斜面を登りますが、道は整備されています。景石城址からの道と合流し、さらにロープも張ってある急な道を登ると、洗足山への分岐に出ますが、ここはまず三角山神社を見に行きました。大きな岩の上にある神社で、眺望もあります。名前の三角山は「みすみやま」なので三角点はありません。この山の形は特異なので用瀬から見上げてもすぐに分かります。

山頂から分岐点に戻って山頂を東側で巻くと、この山頂の周囲には大きな岩がいくつも聳えているのが分かります。そして山頂の南に出て縦走路となります。まず最初に岩が尾根に聳えており、西側に鎖があって巻いて進めるのですが、その先でいきなり岩が切れています。ここには梯子が作られているのですが、梯子を降りるには後ろ向きに足を掛ける必要があり、高所恐怖症には辛いものがありました。結局岩の北に戻って、東側を巻きました。この梯子は南から来て登るのなら問題ないと思うのですが、降りるには技を要します。この難所を過ぎると登りになりますが、ロープが張られています。ちょっと登ると592mピークの北には「おおなる小屋」という名前のログハウスがありました。新しいもので、中は木材の香りが充満していました。この南では再びロープのお世話になって、648mピークに登るとここは「おおなる山」だそうで、用瀬アルプスの案内板があります。ここと洗足山とは標高差100mほどなのですが、実際には一度大きく降りてから登り返します。尾根の外れでちょっと曲がって急斜面を降りました。そして下って下って、468mの「鬼ケ乢」に出ました。そしてここからは大変な急勾配で、ロープや鎖が大いに役立ちました。そして東からの道と合流すると、その上は展望のある平坦地でベンチがあります。ここからは日本海が見えます。この付近の石は赤く、また石英も見られました。この先は比較的楽な登りで、洗足山に着きました。洗足谷山一等三角点(736.18m)があります。流石に一等三角点は立派です(写真)。

下山は少しでも用瀬に近づくように、金屋へ向かいました。地形図で見ると急斜面を降りるのですが、「洗足山遊歩隊」が最近この付近の整備を進めているので、問題無いだろうと考えました。じっさいこの道は急斜面をジグザグに下っていきます。「路肩注意」という看板が立っていましたが、たしかにこの道は大雨が降ると流されて消失しそうです。登山道としては整備されており、時々道標もあります。ですが、基本的に登山用に整備されており、下山の時には必ずしも役に立ちません。役に立つのは木に付けられた赤いマーキングでしたが、場所によってはそれも見つけにくいことがあったので、もっと必要と思います。というのは、この道は単調に尾根を降りるようなものではなく、斜面を通る場所が多いからです。最後は谷に降りてきて、林道に出ました。ここが登山口となっています。気持ちの良い林道を降りて、用瀬に帰るのに1時間ほどかかりました。

見どころたくさん、楽しみもたくさんの登山道です。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「用瀬」「智頭」です。

2018年6月9日土曜日

法道寺城から登る養父市の石禾城

養父市と朝来市の市境の尾根に位置する石禾(イサワ)城は、2017/12/02に西から登っていますが、調べてみると東から登るほうが楽そうなので、こちらのルートでも登ってみました。登り口は国道9号線の法道寺交差点を南西に曲がり、少し走って法道寺城跡の看板が出ているところです。法道寺城は中山城とも呼ばれるそうで、戦国時代後期に改築されたと書かれた説明板があります。指示に従って法道寺(高野山信号週亀岡山 法道密寺)に向かい、鐘楼の後ろから大手登城路に入ります。イノシシ避けの扉を通ると「大師みち」という矢印がありますが、ここからは八十八ヶ所のお参りができる道です。これを登っていくと、山頂近くに大手虎口という看板があり、ここから先が城跡となります。確かに深い堀切があり、平らな山頂は周囲が盛り上がっており、ここが本丸跡となります(写真)。目指す方向へは大土塁を越して西に降りて堀切を渡ります。

ここからは尾根登りですが、すぐに尾根上に頑丈な金網があります。とりあえず北側に扉で抜けて金網沿いに登りました。そのうちに金網は終わって、やや急な登りになりました。そして地形図で尾根を南北に破線道が横切っている場所は、広く平らな場所で、ここも周囲が盛り上がっている感じがして、山城の一部だったような感じでした。そしてさらに登っていくと、石禾上城に出ました。市境の尾根です。前回は市境の尾根を歩いただけだったのであまり山城の感じはしなかったのですが、下から登ってくると山城のような気がしました。市境を南に歩けば、石禾城(畑高城)です。この手前がやけに急斜面なのですが、ここは堀切があるのです。山頂の廻りには一段低い所にぐるっと平坦地があります。このような人工の地形が500年近くも残っているのには驚きます。山頂には上野三等三角点(537.65m)があります。

下山はまず前回と同じく市境の尾根を北に歩きました。石禾上城を過ぎて、急斜面を降りますが、ここにも堀切があったのかも知れません。鞍部付近には地形図では破線道があります。はっきりしませんが、道の跡があるかも知れません。地籍図根三角点のある石禾下城からは今回は東にさらに市境を降りました。この尾根は切り開きが多く、勾配はなだらかで、実に歩きやすい尾根でした。ほぼ平坦地を歩いているような感覚でしばらく歩けました。植林が増えてきて、少し急斜面を降りると宮内四等三角点(220.32m)に出ました。ちょっと切り開きがあります。この付近からもさらに市境を降りましたが、そのままだと野球場の方に行ってしまい帰りが遠くなるので、東の植林を降りました。谷に降りると頑丈な金網があり、扉はあるのですが針金が錆びていて開けられず、別の扉を探してやっと外に出ました。東に降りると墓地に出てきました。

下山に登った尾根は距離は長いのですが勾配は緩いので楽に登れそうです。法道寺城からの尾根も、急登はありませんでした。法道寺城や石禾城については[1]に詳しく解説されています。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「八鹿」です。

2018年6月3日日曜日

智頭の篭山

前日に牛臥山に登ったときに、西に聳えていたのがこの篭山です。続けて登ってみました。

登り口は智頭駅の北西で、新見川を渡ると「比丘尼城 岩神城跡」という石標が立っており、そこから真っ直ぐに山に入りました。「かごやまトレッキングコース」の標識もあります。林道は複雑に曲がって山を登っていきます。分岐もたくさんありました。途中に鳥居があって、地形図で岩神から真っ直ぐ登ってくる破線道が鳥居に通じているようでした。つまりこれが岩神神社への参道なのでしょう。神社は再建されたようで、「つどいの館」という建物もありました。神社の先で道は草が増えてきます。344m地点を過ぎて、その先は尾根の先端に突き当たるので、普段ならここから尾根登りを開始するのですが、「登山口まで0.2Km」の標識があったのでそのまま道を歩きました。

登山口はこの道が終わった所にあり、尾根に向かって北に上ります。マーキングがありますが、途中からは作業道があって、ジグザグに登って行き、ススキの生えた尾根に上がれました。ここからは尾根登りで、少し平らになった場所では見晴らしも楽しめます。牛臥山や智頭の市街地も見えます。北から南まで展望が広がるのはこの付近だけでした。しかし徐々にススキの背が高くなり、手強くなってきます。標高600m付近からはススキの間を縫って歩くようになり、切り開きを探すのも困難になりました。特に夏はススキの背も高く日照りも強いでしょうから、避けるべきコースだと思います。なんとか頑張って登ると、市之瀬三等三角点(699.31m)の手前で南から整備された道が上がってきていました。この付近の展望も良好で、鳥取平野が望めます。条件が良ければ日本海も見えると思います。

ここからは笹の間に作られた道を歩くことになりました。雰囲気としては氷ノ山や駒の尾山に近く、風もあって気持ちよく歩けました。道標もあります。いったん868mピークにあがり、建設省の篭山反射板のある880m+を過ぎると、ちょっと茂みを抜け、笹の草原を抜けて(写真)、篭山頂上に着きました。篭山三等三角点(905.28m)があります。日本海が見えると嬉しかったのですが、ちょっと霞んでいました。

下山は山頂から南に降りようと考えていたのですが、笹が生い茂っており、道も無いので歩きようがありません。西に降りる道もすぐに終わっているようでした。しかたないので東に引き返し、「かご山中田」という道標のある所から南に降りました。最初は藪の中を通りますが、道ははっきりしています。降りていくと笹の背丈もだんだん低くなり、植林を快適に降りました。625m地点を過ぎて、最後は尾根から東側に降りる切り開きがあって、急斜面を降りると林道に出ました。これは林道篭山線で、地形図よりもさらに西に延びています。林道を戻る気はしなかったので、尾根に沿って下っていく林道を歩きました。この道は少し荒れていますが、無事に地形図に描かれている実線道に繋がっており、下山できました。途中に「智頭林業技術研究所」の建物がありましたが、この付近の植林の美しさは抜群でした。このあとは「ナメラ谷作業道」で下山しました。

林道篭山線の入り口にある案内板によると、今日は岩神登山道を登って、西側の登山道で下山したことになります。岩神城跡は神社の近くにあったようで、岩神登山道は林道の終わりまで行かずに登り始めるように描かれています。篭山線の途中から登る輪登山道がおそらく一番楽でしょう。素晴らしい山だと思いますが、冬は積雪があり、夏は暑いだろうと思います。

展望 ★★★
藪山度 ★★☆
地形図は「智頭」です。

2018年6月2日土曜日

智頭の牛臥山と海上山

これらは智頭の北東に位置する山です。牛臥山の尾根上にはアンテナ群があり、その保守道路(林道牛臥線)が智頭の上町あたりから登ってきています。それを歩けば楽に登れますが、あまりにつまらないので登山道らしい道で登ってみました。登り口は山裾の北西です。板井原方面に向かう道(登山道にあった道標ではこの道は林道八頭中央線となっていた)を歩き、墓地の所から山に入ります。この入口にはGoogle Street Viewで見ると登山道入り口の看板があるのですが、今は何もないので分かりにくいかも知れません。この登山道は植林の中をジグザグに登ります。階段も設けられていますし、急勾配ですがベンチもあって整備された道です。少し荒れ始めているのが気になります。

ひとしきり急勾配を登ると、アンテナ群に出てきます。いくつあるのか数えるのも面倒なくらい、たくさんありますが、所有者が不明なものも多数あります。鳥取県のアンテナ複数、日本海テレビなどは分かりました。保守道路の終点は牛臥広場と呼ばれ、トイレと牛臥山四等三角点(448.4m)があります。この時はヤマボウシが満開でした。ここからは登山道となりますが、NTTの巨大なアンテナ、ロッジと登れない展望台、さらにその上にも反射板に東屋があって、展望はまずまずです。

牛臥山への登山道は整備されています。途中に常磐岩(とぎわのがんきょう)という場所があって、智頭の町が見えました。655mピークは南を巻きますが、尾根に上がると板井原からの道と合流します。そして牛臥山の頂上は広場になっており、「宇し婦世山」の記念碑があります。展望もあります。牛臥山からは少し北に引き返して、海上山へ歩きました。これも歩きやすい縦走路で、新緑がきれいでした。海上山山頂は開かれた林で、智頭山三等三角点(785.24m)があります(写真)。ピクニックならお弁当にもってこいの場所でしょう。

下山はいくつかルートが考えられますが、智頭に帰ることを念頭に、南から西に曲がる尾根を選びました。まず海上山から南に尾根を探しました。これはちょっと難しかったのですが、尾根に乗れば後は快適でした。790m+ピークを南に曲がって、やや急な尾根を降りていくと、東側に林道がありました。これで降りられるかと思って、しばらくは林道を下っていきましたが、行き止まりになりました。この林道は航空写真で確認すると毛谷の奥から延びて来ているようで、反対方向に歩けば大回りですが下山できたはずです。林道終点からは尾根に登り返し、さらに尾根を下りましたが、どんどん急斜面になりました。自然林も植林も木に掴まって斜めに斜面を下り、最後は鳥取自動車道が見えてきました。自動車道に向かって降りるのはたいてい不正解なので、西側の谷に向かって降りました。この谷にある、杉神社という不思議な神社に無事に降りることができました。杉の精霊のお導きかも知れません。

気持ちよく歩ける山でした。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「智頭」「郷原」です。

2018年5月27日日曜日

佐用の蓑畑の北の山

これは地図で探すのは困難な地名です。佐用川の支流でである庵川の最上流です。県道443号線の寺坂峠の西の分岐を北へ、海内へと進み、そのまま上土居の八幡神社の前を過ぎて舗装道路を走りました。道路の舗装が終わった付近で車を降りて、さらに北に歩くと、蓑畑です。家が数件あり少なくとも一軒は住めそうな状態でしたが、人が住んでいる様子はありません。電気と電話は来ているようです。さらに谷を北上しましたが、地形図の破線道はすぐに荒れた作業道になります。それでも石積みがあって人手が掛かっているようです。谷の分岐を北に進むと倒木が増えてきて歩きづらくなったので、東側の支尾根に上がることにしました。しかしこの位置で尾根に登るには非常に急な木の少ない斜面を斜めに登る必要があって危険でした。尾根先から登るべきでした。

支尾根は倒木があり急峻ですが、谷よりは楽に歩けました。しばらく登り続けると主尾根に出ました。この稜線は2014/03/29に東の瑠璃寺から歩いています。奥海から瑠璃寺への参道だったらしく、石の道標が所々にあります(写真)。まず東に歩いて684mピークに行きました。前回見つけた変な物体はよく探さなかったので、確認していません。西に引き返して、参拝路どうりに680m+ピークは南に巻いて、北に曲がると倒木があり、その先は北に行けば722mピーク経由での桑村への分岐となります。この場所には以前はお地蔵様が立っていたかも知れません。前回は北に歩きましたが、今回は西に歩きました。こちらも歩き易い尾根で、「海内 分収造林地」の紙が木に貼り付けてありました。

徐々にコースを南に取って、やや藪っぽくなった尾根を歩いて、地形図で蓑畑と下村をつないでいる地形図の破線道を探しました。北の下村に続く谷は倒木の海で、かつては道があったかも知れませんが、今はとても通れません。南側はかろうじて道の跡があり、かなり崩落していますがジグザグに斜面を降りていきました。しかししばらくして現在地を確認するとこの道は南の谷へと降りていっており、蓑畑に向かう地形図の破線道とは違うルートを取っていました。それでも崩落箇所は多いもののなんとなく道は明確で、最後は谷に出ました。倒木が多く谷に沿った道は無いので、渓流をしばらく降りました。水量は少ないのでなんとか降りられました。とは言うものに、とても勧められるルートではありません。しばらく降りると地形図の破線道に出ましたが、ここも道は壊れている個所が多く、倒木で塞がれている場所もいくつかありました。また、川には護岸が作られていても、道路の川と反対側が流されて水路になっており、護岸壁だけ残っているような場所もありました。ちゃんと歩けるようになったのは、車を停めた道路に出る直前の100mくらいでした。

尾根は割と歩き易いのですが、谷は倒木が多いので避けたほうが良いでしょう。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「千草}です。

2018年5月12日土曜日

若桜森林鉄道を歩く

先週のリベンジは、[1][2]を十分に参考にしました。先週と同じように県道103号線から林道を歩き、今回は道標の石がある所から登り始めました。同じ場所でも下りと登りでは受ける印象は違います。最初の登りはとてもきつく、尾根に上がって一息つきました。その後も岩場の登りはかなりの急斜面でしたが、それを過ぎると気持ちの良い尾根歩きになりました。先週やっとのことでたどり着いた860mピークを過ぎ、さらに北に歩きました。ときどき標石があります。勾配は少なく、木の間隔が広いので広々しています。周囲はほぼ自然林ですが、笹が生えており、これがはびこると歩きにくくなりそうです。標高900m付近はちょっと登りで、944mピークまで来て、東の尾根に降りました。しばらく歩いて尾根を降りると、道がありました。これが森林鉄道(正確には沢川林道線というらしい)です。

まずは森林鉄道を北に歩いてみました。すぐに切通しがあり、両側はしっかりした石積みで抑えられています。地面には落ち葉や植林の枝の下にレールがありますが、水が溜まっている部分もありました。切通しを抜けると林道が分岐しており、北へ行くのは森林鉄道のルートですが、北西にも林道がありました。森林鉄道を歩くと、レールが道の端に積み上げてありましたが、鉄道を林道に拡張した時に打ち捨てたものと思われます(レールと言っても遊園地の乗り物用みたいなレールです)。あまり急な登りはなく(鉄道なので当然なのですが)、東因幡林道に着きました。これは若桜氷ノ山から続く長い林道ですが、この部分は未舗装です。しかもちょうど森林鉄道の起点となる部分で道路が崩落していました。バイクはともかく自動車で通るのは厳しいと思います。東因幡林道の下にも別の林道があったようですが、これは完全に流されていました。ここまで、県道103号線から2時間以上かかりました。

東因幡林道を起点として、沢川林道線全線制覇を目指しました。まずさっきの切通しまで戻り、その先を歩きました。ほぼ地形図どおりで、東に斜面を進んで行きます。小さな谷は石積みで補強してありますし、カーブは内側のレールを二本にするなど、しっかり作られています。斜面の崩落で埋まってしまった場所もあります。谷に降りて行くのですが、勾配を付けられないので大きくUターンを繰り返します。レールの間に太さ30cmほどの木が生えていて、歴史を感じさせます。最初の谷は橋が落ちており、レールだけが中に浮いていました。橋がどう作られていたのかは分かりませんが、下に特に大きな人工物が落ちているわけではないので、木造の橋だったのかも知れません。この先しばらくは真っすぐの幅の広い道で、ここはレールがほとんど見えなかったのですが、林道用に道を拡張した時に埋めたようです。

尾根先をターンして、次の谷にはコンクリートの橋が残っていました。両端に石を積んで段を作り、そこに二本のコンクリートブロックを載せるという形ですが、この大きなブロックをここまで運ぶのは、鉄道があったとは言え大変だったと思います。鉄道はこの東で切通しを抜けて、次の谷に入りますが、ここには小さなコンクリートの橋が二つ掛かっています。この付近には後から林道が作られていて鉄道のトラックを追えないのですが、標高の高い位置で谷の奥に入った鉄道が谷を東に一度渡り、Uターンして谷の手前でもう一度谷を渡って標高の低い位置で折り返す、という設計のようでした(写真は上流側から見たもの)。なんとも手の混んだ作りですが、この谷を下るにはこうせざるを得なかったのでしょうか。ここでは鉄道は地形図の破線道(林道)よりも下に作られており、分岐があって引き込み線が作られていました。すれ違い用かも知れません。ポイントの動作はよく分かりませんが、特に切り替えるような仕様は見られませんでした。

鉄道は支尾根をぐるっと廻って先程の最初のコンクリート橋の下流に戻ってきます。林道はここで最初の橋まで行ってしまうのですが、鉄道は下流側で再び谷を渡ります。ただしこの橋は落ちています。下にコンクリートブロックが落ちていないので、木製の橋だったのでしょうか?この付近でも鉄道は林道よりも下を通って尾根裾を廻ります。林道は斜面を削って作ってあるのに対して、鉄道は溝の中を走っています。これも勾配を避けるためと思われます。尾根を廻った先には小さな沢がいくつかあって、現存のコンクリート橋が一つ、それから落ちた橋が二つありました(もっとあったかも)。そして少し開けた場所で谷を渡りますが、渡った西側の少し上がった所に建物の基礎が残っていました。レンガやタイルもあり、地中にケーブルも見えました。

鉄道はさらに南に谷を下っていきます。広い谷ですが鉄道は斜面のやや上に作らてています。小さな谷には石積みで道を作り、出っ張った斜面は掘り込んで水平道になるように工夫されていますが、この付近にはレールは残っていません。尾根先を廻って谷が西に、さらに南に向かうと、山側が険しくなってきて、見上げると断崖があったりします。谷が再び西に曲がる付近では鉄道はかなり高い位置になっており、岩を削って作られています。この付近の岩は板状節理がきれいに入っています。尾根先を廻るとガードレールが作られていますが、見た所レールを組み合わせて作ったような感じもします。山側は節理の入った岩が続き、楽しめる道ですが、しばらく行くと終点に着きました。ここには大きなコンクリートのブロックがあって、ウィンチか何かが設置されて木材を谷に下ろしたのだろうと思います。GPSでは鉄道路を歩き始めて6kmほど、標高差150mほどになっています。Mirindaの瓶が落ちていました。

問題は森林鉄道の終点からどうやって下山するかです。斜面を100mほど登れば平らな尾根に出られますが、また860mピークに戻って帰ることになるので時間がかかります。降りる方は急勾配ですが、先週登った沢からは300mほどしか離れていないので、そちらを目指して降り始めました。最初は道らしいものがあって、斜めに西に下っていくとレールのようなものが落ちていました。しかしその先はガレ石(板状節理のかけら)の急斜面となりました。崩れやすい土の斜面よりは降りやすいのですが、その先は土なので枝や草に掴まって斜めに降りて行きました。斜面をトラバースして先週登った沢に着きましたが、沢の斜面は掴まるものがなくて、降りて沢を渡るのにはかなり時間がかかりました。今から考えると、最初から斜めに降りるのではなく、材木と同じようにまっすぐ谷に向かって降りて、[2]のように標高の低い位置で谷沿いに歩いたほうが、この沢の下の方に出てくるので楽だったと思われます。沢を渡ると先週歩いた作業道があり、さらにもう一つの沢を渡ってからも作業道を見つけて、無事に林道まで降りることができました。

姫路からは車で2時間かかりますし、決して行きやすい場所ではありませんが、森林鉄道だけでなく、周囲の自然まで含めて楽しめる山歩きでした。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「若桜」です