2018年5月27日日曜日

佐用の蓑畑の北の山

これは地図で探すのは困難な地名です。佐用川の支流でである庵川の最上流です。県道443号線の寺坂峠の西の分岐を北へ、海内へと進み、そのまま上土居の八幡神社の前を過ぎて舗装道路を走りました。道路の舗装が終わった付近で車を降りて、さらに北に歩くと、蓑畑です。家が数件あり少なくとも一軒は住めそうな状態でしたが、人が住んでいる様子はありません。電気と電話は来ているようです。さらに谷を北上しましたが、地形図の破線道はすぐに荒れた作業道になります。それでも石積みがあって人手が掛かっているようです。谷の分岐を北に進むと倒木が増えてきて歩きづらくなったので、東側の支尾根に上がることにしました。しかしこの位置で尾根に登るには非常に急な木の少ない斜面を斜めに登る必要があって危険でした。尾根先から登るべきでした。

支尾根は倒木があり急峻ですが、谷よりは楽に歩けました。しばらく登り続けると主尾根に出ました。この稜線は2014/03/29に東の瑠璃寺から歩いています。奥海から瑠璃寺への参道だったらしく、石の道標が所々にあります(写真)。まず東に歩いて684mピークに行きました。前回見つけた変な物体はよく探さなかったので、確認していません。西に引き返して、参拝路どうりに680m+ピークは南に巻いて、北に曲がると倒木があり、その先は北に行けば722mピーク経由での桑村への分岐となります。この場所には以前はお地蔵様が立っていたかも知れません。前回は北に歩きましたが、今回は西に歩きました。こちらも歩き易い尾根で、「海内 分収造林地」の紙が木に貼り付けてありました。

徐々にコースを南に取って、やや藪っぽくなった尾根を歩いて、地形図で蓑畑と下村をつないでいる地形図の破線道を探しました。北の下村に続く谷は倒木の海で、かつては道があったかも知れませんが、今はとても通れません。南側はかろうじて道の跡があり、かなり崩落していますがジグザグに斜面を降りていきました。しかししばらくして現在地を確認するとこの道は南の谷へと降りていっており、蓑畑に向かう地形図の破線道とは違うルートを取っていました。それでも崩落箇所は多いもののなんとなく道は明確で、最後は谷に出ました。倒木が多く谷に沿った道は無いので、渓流をしばらく降りました。水量は少ないのでなんとか降りられました。とは言うものに、とても勧められるルートではありません。しばらく降りると地形図の破線道に出ましたが、ここも道は壊れている個所が多く、倒木で塞がれている場所もいくつかありました。また、川には護岸が作られていても、道路の川と反対側が流されて水路になっており、護岸壁だけ残っているような場所もありました。ちゃんと歩けるようになったのは、車を停めた道路に出る直前の100mくらいでした。

尾根は割と歩き易いのですが、谷は倒木が多いので避けたほうが良いでしょう。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「千草}です。

2018年5月12日土曜日

若桜森林鉄道を歩く

先週のリベンジは、[1][2]を十分に参考にしました。先週と同じように県道103号線から林道を歩き、今回は道標の石がある所から登り始めました。同じ場所でも下りと登りでは受ける印象は違います。最初の登りはとてもきつく、尾根に上がって一息つきました。その後も岩場の登りはかなりの急斜面でしたが、それを過ぎると気持ちの良い尾根歩きになりました。先週やっとのことでたどり着いた860mピークを過ぎ、さらに北に歩きました。ときどき標石があります。勾配は少なく、木の間隔が広いので広々しています。周囲はほぼ自然林ですが、笹が生えており、これがはびこると歩きにくくなりそうです。標高900m付近はちょっと登りで、944mピークまで来て、東の尾根に降りました。しばらく歩いて尾根を降りると、道がありました。これが森林鉄道(正確には沢川林道線というらしい)です。

まずは森林鉄道を北に歩いてみました。すぐに切通しがあり、両側はしっかりした石積みで抑えられています。地面には落ち葉や植林の枝の下にレールがありますが、水が溜まっている部分もありました。切通しを抜けると林道が分岐しており、北へ行くのは森林鉄道のルートですが、北西にも林道がありました。森林鉄道を歩くと、レールが道の端に積み上げてありましたが、鉄道を林道に拡張した時に打ち捨てたものと思われます(レールと言っても遊園地の乗り物用みたいなレールです)。あまり急な登りはなく(鉄道なので当然なのですが)、東因幡林道に着きました。これは若桜氷ノ山から続く長い林道ですが、この部分は未舗装です。しかもちょうど森林鉄道の起点となる部分で道路が崩落していました。バイクはともかく自動車で通るのは厳しいと思います。東因幡林道の下にも別の林道があったようですが、これは完全に流されていました。ここまで、県道103号線から2時間以上かかりました。

東因幡林道を起点として、沢川林道線全線制覇を目指しました。まずさっきの切通しまで戻り、その先を歩きました。ほぼ地形図どおりで、東に斜面を進んで行きます。小さな谷は石積みで補強してありますし、カーブは内側のレールを二本にするなど、しっかり作られています。斜面の崩落で埋まってしまった場所もあります。谷に降りて行くのですが、勾配を付けられないので大きくUターンを繰り返します。レールの間に太さ30cmほどの木が生えていて、歴史を感じさせます。最初の谷は橋が落ちており、レールだけが中に浮いていました。橋がどう作られていたのかは分かりませんが、下に特に大きな人工物が落ちているわけではないので、木造の橋だったのかも知れません。この先しばらくは真っすぐの幅の広い道で、ここはレールがほとんど見えなかったのですが、林道用に道を拡張した時に埋めたようです。

尾根先をターンして、次の谷にはコンクリートの橋が残っていました。両端に石を積んで段を作り、そこに二本のコンクリートブロックを載せるという形ですが、この大きなブロックをここまで運ぶのは、鉄道があったとは言え大変だったと思います。鉄道はこの東で切通しを抜けて、次の谷に入りますが、ここには小さなコンクリートの橋が二つ掛かっています。この付近には後から林道が作られていて鉄道のトラックを追えないのですが、標高の高い位置で谷の奥に入った鉄道が谷を東に一度渡り、Uターンして谷の手前でもう一度谷を渡って標高の低い位置で折り返す、という設計のようでした(写真は上流側から見たもの)。なんとも手の混んだ作りですが、この谷を下るにはこうせざるを得なかったのでしょうか。ここでは鉄道は地形図の破線道(林道)よりも下に作られており、分岐があって引き込み線が作られていました。すれ違い用かも知れません。ポイントの動作はよく分かりませんが、特に切り替えるような仕様は見られませんでした。

鉄道は支尾根をぐるっと廻って先程の最初のコンクリート橋の下流に戻ってきます。林道はここで最初の橋まで行ってしまうのですが、鉄道は下流側で再び谷を渡ります。ただしこの橋は落ちています。下にコンクリートブロックが落ちていないので、木製の橋だったのでしょうか?この付近でも鉄道は林道よりも下を通って尾根裾を廻ります。林道は斜面を削って作ってあるのに対して、鉄道は溝の中を走っています。これも勾配を避けるためと思われます。尾根を廻った先には小さな沢がいくつかあって、現存のコンクリート橋が一つ、それから落ちた橋が二つありました(もっとあったかも)。そして少し開けた場所で谷を渡りますが、渡った西側の少し上がった所に建物の基礎が残っていました。レンガやタイルもあり、地中にケーブルも見えました。

鉄道はさらに南に谷を下っていきます。広い谷ですが鉄道は斜面のやや上に作らてています。小さな谷には石積みで道を作り、出っ張った斜面は掘り込んで水平道になるように工夫されていますが、この付近にはレールは残っていません。尾根先を廻って谷が西に、さらに南に向かうと、山側が険しくなってきて、見上げると断崖があったりします。谷が再び西に曲がる付近では鉄道はかなり高い位置になっており、岩を削って作られています。この付近の岩は板状節理がきれいに入っています。尾根先を廻るとガードレールが作られていますが、見た所レールを組み合わせて作ったような感じもします。山側は節理の入った岩が続き、楽しめる道ですが、しばらく行くと終点に着きました。ここには大きなコンクリートのブロックがあって、ウィンチか何かが設置されて木材を谷に下ろしたのだろうと思います。GPSでは鉄道路を歩き始めて6kmほど、標高差150mほどになっています。Mirindaの瓶が落ちていました。

問題は森林鉄道の終点からどうやって下山するかです。斜面を100mほど登れば平らな尾根に出られますが、また860mピークに戻って帰ることになるので時間がかかります。降りる方は急勾配ですが、先週登った沢からは300mほどしか離れていないので、そちらを目指して降り始めました。最初は道らしいものがあって、斜めに西に下っていくとレールのようなものが落ちていました。しかしその先はガレ石(板状節理のかけら)の急斜面となりました。崩れやすい土の斜面よりは降りやすいのですが、その先は土なので枝や草に掴まって斜めに降りて行きました。斜面をトラバースして先週登った沢に着きましたが、沢の斜面は掴まるものがなくて、降りて沢を渡るのにはかなり時間がかかりました。今から考えると、最初から斜めに降りるのではなく、材木と同じようにまっすぐ谷に向かって降りて、[2]のように標高の低い位置で谷沿いに歩いたほうが、この沢の下の方に出てくるので楽だったと思われます。沢を渡ると先週歩いた作業道があり、さらにもう一つの沢を渡ってからも作業道を見つけて、無事に林道まで降りることができました。

姫路からは車で2時間かかりますし、決して行きやすい場所ではありませんが、森林鉄道だけでなく、周囲の自然まで含めて楽しめる山歩きでした。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「若桜」です

2018年5月5日土曜日

若桜森林鉄道を探す

これは次回のリベンジと一緒に読んでいただく必要があります。

若桜森林鉄道(正確には沢川林道線というらしい)は、若桜町の諸鹿の東にあります。この日は偵察という感じで、地形図の破線道がどこまで存在するのかを調べてみました。県道103号線は諸鹿のところで「落石のため通行止」となっていますが、森林鉄道につながる林道の入口までは舗装道路で問題なく行けます。途中で見上げると屏風岩が上の方に聳えています。来見野川に石楠花橋という立派な橋がかかっています。林道は整備されていますが雨上がりはぬかるみ気味で、車で入るのは勇気がいります。とりあえずは歩くことにして綺麗な植林を進むと、道は支流へと入っていきます。そしてかなり長く歩いて、地形図で破線道が谷に降りている地点に着きました。ちょっと広々しています。破線道はこの地点から北側の斜面に描かれています。林道はこの先も南の谷に続いていますが、この林道を横切って沢の水が流れています。

まずは破線道を辿ろうと北斜面を歩いてみましたが、倒木だらけの急斜面の植林で歩けません。そこで林道に戻って沢の水を駆け抜けて渡り、沢の南側を登りました。しばらく歩いて、地形図で破線道が斜面を登り始める付近で北側に移ろうとしました。しかし水量が多くて飛び越えるのは無理で、結局靴を脱いで歩いて渡りましたが、水が冷たく、たった数歩ですが渡り終わった時には足が凍えていました。北斜面は植林の急斜面です。木につかまって登ると、水平道を見つけました(写真)。破線道のように斜面を垂直に登る道はあるのかと探しましたが、結局ありません。そもそもこの急斜面に垂直に登る道を作るのは不可能でしょう。仕方なしに少し水平道を東に歩きましたが、地形図の破線道とはどんどん離れていきます。しばらく行くと沢がありました。破線道はこの上を通っているので、この沢を登ることにしました。ガレ石の多い非常に急峻な沢で、そのうちに疲れてきて西側の斜面を登り始めました。ところが下から見上げるよりも実際の斜面はずっと急で、四つんばいで這って登るしかありません。それでも木の枝や根など掴まるものがあれば良いのですが、それがないと登れません。何度か途方に暮れて進路を変えつつ、キャラボクの茂みを抜けて、やっと立てる支尾根まで上がりました。ここでGPSを見ると、既に破線道の上に来ていました。ということは、破線道に相当する道はなかったということになります。這って登ったくらいですから、道が崩落したとも思えません。

これで調査は終わりですが、ここからどうするかが問題で、結局主尾根の860mピークまで登ることにしました。支尾根なので最初は歩けましたが、そのうち尾根上に大きな岩が現れました。これを苦労して迂回して登ると、地形図どうりに標高750m付近は非常に急で、また四つんばいを余儀なくされました。疲労困憊して標高800mをクリアし、平らな尾根に出てきました。この後は楽に歩けて、860mピークに着きました。広々とした気持ちの良い尾根です。

この先更に森林鉄道を見に行く元気はなかったので、ここから尾根伝いに戻りました。この主尾根ルートは登る時にはあまり迷わないと思いますが、下りではかなり複雑です。まず最初に860mピークから方向を間違えました。途中は標高700mから750mの間は岩場の急斜面です。その下はやや藪っぽくなりますが、藪漕ぎと言うほどではありません。最後は調子に乗って標高600mより下まで降りてしまいましたが、林道に降りるには少し戻って支尾根を降りる必要がありました。やや急な支尾根を降りて、林道に降り立ちました。ここには古い石の道標があり、[2]によると「右・山ミち 左・おじろ」と書かれているようですが、おじろとは何処でしょうか?

今回はとにかく地形図の破線道が存在しないことを確認しました。林道までの行程の半分ほどしか行っていないので、次はちゃんとインターネットの情報([1][2])を使って林道を見たいと思います。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「若桜」です

2018年5月3日木曜日

福知から登る岡ノ上三角点

2009/07/04に福知から林道小の倉線で福地三角点経由で岡ノ上三角点へ歩いたことがあります。この時はとても長いルートだったのですが、もっと短縮してダイレクトに登れないか試してみました。

前回と同様に棚田から林道小の倉線を歩いて行ったのですが、害獣避けの扉に鍵が掛かっており、先に進めません。付近に扉を探したのですが、小さな扉も固定されていて通れません。結局少し戻って堰堤の下の所から登って行くと別の扉があって、これは通れました。この扉は小の倉線にも通じていましたが、今日はこの付近から植林に入って登り始めました。幅の広い尾根で、そこそこ急斜面ですが木に掴まらずに登れます。伐採された木や枝打ちされた枝がありますが、あまり障害にはなりません。そのうちに自然林や岩も多少増えてきます。そして標高700m付近まで登ると左手(東側)が伐採地となりました。さらに登ると、東四等三角点(829.83m)がありましたが、この付近だけ藪でした。さらに植林を抜け、伐採地を抜けて、主尾根に出ました。ここは2009/07/04に通っています。東に930m+ピークまで歩いて南東に曲がりましたが、この付近はまず藪、それから倒木だらけでした。2009年にはこんなに倒木はなかっただろうと思います。倒木地帯を避けて少し東に寄りつつ鞍部を抜けて、ゆるやかに登っていくとアセビの藪の山頂に着きました。藪の中に岡ノ上四等三角点(949.07m)がありました。ここは最近では2015/06/20にも暁晴山から来ていますが、新たに「宍粟別選5名山 岡ノ上三山 岡ノ上(949m)」というプレートが立っていて、見つけやすくなっていました。

下山は来た道(道はありませんが)を引き返し、930m+ピークをそのまま北に歩きました。周囲の雰囲気はここまでと変わらず、アセビを主体とした藪です。マーキングがあり道もかつてはあったようですが、かなり障害物が多く迂回する場所が多かったと思います。894mピーク付近には植林もありますが、尾根の上は藪です。ここで西に尾根を折れて、さらに藪を下りました。結局標高800mを切る付近になって、やっと植林を降りられるようになりました。長い尾根を下り、566m地点の手前まで来ると眼の前は伐採地でいきなり視界が広がりました(写真)。眼下に集落が見えますが、高峰も見えましたし、遠くの山々まで見渡せました。伐採地の下には林道があり、ジグザグに降りていく作業道がありましたが、ガレ石が多そうだったので西に尾根を歩いて植林を降りました。最後はちょっと急勾配でしたが、無事に林道小の倉線に降りられました。

ダイレクトと言っても標高差は700m近くあるので、お気楽登山ではありません。アセビだらけで鹿の食害がひどいようです。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「長谷」です。

2018年4月30日月曜日

上八代から登る朝来市の馬場山

2013/06/29に佐中から歩いてきた馬場山ですが、今回は東の上八代から登りました。上八代の集落の南の県道70号線際に階段で上がる平坦地があります。かつてお寺か何かがあったと思われますが、今は立派な土蔵が一つあるだけです。ここから植林を登ろうと思ったのですが石垣が登れず、結局県道から急斜面に作業道を見つけて登りました。植林に入っても急斜面ですが、倒木や倒竹はあるもののさほど苦労せずに登れました。しばらく登ると自然林も増えてきます。ネットが張られている場所もありましたが、木の間隔が広いので問題はありません。木の間から南にテラスリゾートASAGOの建物が見えます。この季節は藤の花がきれいでした。たまに少し平坦になりますが、急斜面が続き、1時間ちょっと登ると、白い棒が倒れかけている伐採地に出ました。ここは前回も訪れている展望地です。市川沿いが見渡せます。多々良木ダムも見えましたが、春は展望には向きません。ちょっと登山道を登ると山頂です。「さのう高原パノラマ展望台」の地図がありますが、付近の山にほとんど山名が書かれていないのが残念です。

下山は北に八代峠を目指しました。いったん先程の展望地に戻ってから作業道を水平に歩いて北向きの尾根に乗りました。あとは歩き易い尾根で、前回とは逆向きに歩いています。植林が主ですが自然林も多く、新緑がきれいでした。726mピークを過ぎ、地籍図根三角点を過ぎて、次の分岐を北に進みました。ここらからは朝来市と養父市の市境となります。こちらの尾根も歩き易く、問題なく605mピークを過ぎて、その先を真っ直ぐ行かずに東に降りました。尾根上に大きな岩があり、この付近には珍しいのでびっくりしました。その先に共同アンテナがあり、そこを一度南東に降りて、後は尾根を辿るだけでした。そのうちに北側下に林道が見えてきます。八代峠に近づくと林道が尾根先を廻っているのが分かりました。林道の西の一段上で峠を越しているわけです。南側では林道の法面はコンクリートで固められているので、北側に降りました。林道を下ると峠の北に出ます。峠の北側には休憩所や井戸(?)がありますが、峠は以前に来た時と変わらず東側斜面が崩落して塞がったままでした。東側斜面はネットで覆われていたようなのですが、上の方から大崩落してしまったのでネットでは支えられなかったようです。写真で岩が切り立っている所から道路側が崩落したと思われます。大きな落石を乗り越えて南側に出て、上八代まで歩きました。

最初の尾根登りは無理やりではありますが、大きな障害はありません。楽ちんなショートコースのようですが、3時間以上かかりました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「但馬竹田」です。

2018年4月22日日曜日

上月城の北の山

上月城の闘いは播磨の戦国時代を語るときには避けられません。今回は上月城のある山田の北の山を歩いてみました。この山は上月駅の南の山でもあります。最初は姫新線沿いから登れるかと思いましたが、あまりに急峻なので諦めて少し南にある谷に向かいました。住宅街の奥に墓地があり、そこからいきなり荒れた谷になりました。両側の斜面は急なので倒木を乗り越えて谷を奥まで歩いて尾根に上がりました。

尾根も倒木が多く荒れ気味ですが。道のなごりもあります。下草はほとんどありません。南西に歩いて徐々に斜面を登り、藪を抜けて上月四等三角点(257.69m)に着きました。共同アンテナの足元にあります。(写真)。この付近は平坦ですが、なんとなく人工的と思われる段差がいくつかあり、あれほどの戦闘のあった場所ですので山城跡だと嬉しいのですが。

山頂から西に歩きました。こちらの方が切り開きがはっきりしています。しかしそれでも時々枝を払ったり倒木を避けたりして歩きました。特筆することのない灌木の藪が続きました。途中に一升瓶と缶ビールが散乱している大宴会の跡らしき場所を通りました。一旦北に向かい、藪を西に折れました。尾根の藪を歩いていると北側に地形図にある林道がありましたが、この道は北に行ってしまうので、それとは別れて南に歩きました。この付近から植林が増えてきますが、尾根上は植林と自然林が交互に現れます。平坦な尾根を南西に歩き、南に向きを変えて294mピークを通って、その南は登りとなりました。そして植林を抜けて平坦な380m+に来ると、いきなり綺麗な広場となりました。これは「利他の花咲く村」でした。美しいスロープを抜けて道に出ました。あとは目高を抜けて帰りました。

全体に下草がなく、藪としては歩き易い方でしょう。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「上月」です。

2018年4月21日土曜日

畑川の上流から大倉部山

大倉部山には以前も東側から長い尾根を通って登っていますが、今回は西側から登ってみました。このコースは普通ならば大倉部山から北西に延びる尾根を登って山頂に着き、南から西に降りて畑川を通って帰ると思うのですが、畑川の上流の谷が歩けるのかどうか心配だったので、まず谷を南に歩いてから折り返すことにしました。

畑の八幡神社から道が畑川(はたがわ)の上流に伸びています。途中で未舗装となり害獣避けの扉がありますが、それを過ぎると川沿いに今は植林となっている段々畑が続きます。谷の分岐点にお地蔵様がありますが、ここを過ぎてもずっと耕作地が作られています。朝来市と養父市の境界を過ぎても、ときどき広い耕作地があります。しかしさらに南に歩くと地形図でも分かるように谷は細くなってきます。この付近まで道は川の西側に作られていたのですが、この付近で東側に渡る必要が生じます。しかし畑川は上流の藤和の付近の雨水が全部流れているわけで、水量が多く、渡るにはちょっと苦労しました。東側に渡ってからも、ときどき西側に平坦地があって再び川を渡るべきか思案しましたが、結局ずっと東側を歩きました。道はあるのだと思いますが、崩落箇所もあって歩けずに河原に降りる必要もあります。谷が狭い付近にお地蔵様が置かれていました(写真)。嘉永六年と記されているようです。

消えかかった道を歩いて行くと植林に入りました。この先は藤和の農耕地ですが、そこに入るには川を渡る必要があります。農耕地もしっかりガードされているので、ここから一気に大倉部山に登ることにしました。東側の斜面の登りやすそうな所を探して、木に掴まってよじ登りました。ネットがありましたが、壊れている場所があって抜けられました。その後もずっと急斜面が続きました。標高差300mの山頂まで水平距離800mで登ろうというのですから、急登にならざるを得ません。途中で作業道もありましたが水平に進んで埒が明かないので、結局は急斜面を登り続けました。最初は草地が多く、足元も崩れやすかったのですが、徐々に自然林になって登りやすくなりました。そしてツツジの花を見ながら山頂に着きました。山頂は岩場で最高の展望台です。竹田城も見えますし、粟鹿山や朝来山だけでなく、北側も見渡せます。小倉部三等三角点(691.85m)があります。

下山は北西に延びる尾根ですが、こちらは登山路が整備されていました。案内板もあり、道もはっきりしています。今回は下りでしたが、登りに使うと山頂付近の坂はかなりキツイでしょう。下りは快調に降りられましたが、登山道は途中で観音寺へ降りていってしまうので、登山道から外れて尾根を歩きました。こちらも一応道が作られています。この付近は細尾根も多く、楽しめる尾根です。岡四等三角点(358.36m)を過ぎると尾根にネットが張られており、倒木も増えてきました。それでも特に文句を言うほどの藪はなく、普通の藪歩きとなりました。362mピークを通り、自然林の尾根を伝っていくと、北側に未舗装の林道が現れました。最初は無視していたのですが、行く手の尾根先を横切っていたので、結局林道で下山しました。しかしこの林道は山の周囲を廻っているだけで、道路には北の方で繋がっているようでした。西の端まで来たところでまた尾根に戻って、尾根先から急斜面を降りました。林道を使わないほうがずっと速かったでしょう。

畑川の上流はいちおう歩けますが、靴を濡らす可能性が高いので準備して行ったほうが良いでしょう。

展望 ★★☆
藪山度 ★★★
地形図は「八鹿」「但馬竹田」です。

2018年4月14日土曜日

氷上町から登る鳴尾山

鳴尾山は多可町と氷上町の境界付近にある山です。以前(2013/08/06)に多可町の鳥羽から登りましたが、今回は東の氷上町から登ってみました。とは言うものの登山道があるわけではありません。氷上町三方の山裾を歩いているとゲンジボタルのための親水施設があり、そこから山に入る道がありました。入っていくと扉があり、開いていたので楽に植林に入れました。植林の中を登って行ったのですが、作業道がところどころにあるとは言え、登山道があるわけではありません。北側の尾根に登らなければならなかったのですが、最後は真っ直ぐに上がっていく切り開きがあって、そこを通って尾根に上がりました。

尾根に登ってもはっきりした道はなく、相変わらず急峻です。木に掴まって登る所もありました。さらに北寄りに尾根を登らねばならないのですが、ここからは金網が張られていました。金網に沿って登ればよいので方向が定まってよいのですが、金網の東側を登っていったら、北の尾根に出るところで金網が東に曲がっており、出られなくなりました。出入り口を探したのですが見つからず、結局金網の下に少し隙間のある所を見つけて地面を滑って抜けました。この手の金網には何度も悩まされています。

金網の向こうの尾根は間伐された植林で、これも急斜面です。枝が落ちているのでこれまでの藪と同じくらいに登りにくいのですが、少し登ると滑車やワイヤーが残っていました。この付近からは少し勾配が緩くなりますが、アセビの藪です。大きな岩が増えてきて、569mピーク付近にも大きな岩がありました。ここで少し尾根は平坦になりますが、開けた場所はなく、藪が続きます。その後は植林の中に道があり、だいぶ登りやすくなりました。それでも藪っぽいことには変わりありません。最後に急斜面を登ると、鳴尾山の頂上に着きました。標高差600mほど、ほぼ2時間の登山でした。三方三等三角点(753.12m)があります。(写真)

下山は普通なら北か南に市境の尾根を歩いて峠から谷を降りるのですが、どちらの谷もあまり楽しくないことは知っていたので、北に尾根を降りることにしました。こちらの尾根は最初は急ですが、あとは比較的緩やかです。植林が多く、藪の中にはっきりと道が付けられていました。アセビの藪になっても黄色い杭があって、尾根を外すことはありません。この季節だけではありますが、ツツジも咲いていました。430m地点から下の植林が一番急勾配でしたが、このコースは登山道として適当なものだと思います。真っ直ぐ降りると桜大池(三方大池)に出てきました。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「大名草」です。

2018年4月8日日曜日

三日月の判官三角点

これは、上月の西、姫新線の北側の山です。登り口は和田の付近で探しました。なんとなく山裾を南に歩いていくと、姫新線の近くに害獣避けの扉があり、その西から植林に上がれました。植林の上はコブシの植えられている急斜面でしたが、足元は落ち葉で滑りはしません。190m+の山頂まで登ると小さな祠があり、中は空でした。周囲はコバノミツバツツジが咲き乱れていました(写真)。山頂から北西に降りましたが、この付近の周囲もツツジが多く、ピンク色に囲まれた感じでした。地元の人が花見に来ないのが不思議です。下から見上げるとほとんど花は見えないので、隠れた花見スポットと言えるでしょう。

ツツジを見ながら尾根を歩きましたが、道があって楽に歩けました。150m+の鞍部は道が横切っていました。この先240m+のピークまで、ツツジを見ながら歩きました。道は幅広いものですが倒木が多く、ツツジの多い尾根上を歩いた部分のほうが多いと思います。ピークまで来ると伐採地がありました。伐採地を抜けて、伐採地を西に見ながら210m+の鞍部まで降りると、東から道が来ていました。この道は南のピークを北に巻きますが、ツツジがきれいだったので220m+ピークに上がりました。しかしここは笹藪なので、道を歩くに越したことはありません。これは次の270m+ピークでも同じで、道もかなり荒れていますが、道から逸れると倒木だらけの藪でした。その西は植林となり、判官四等三角点(290.07m)は植林の中にあります。

三角点の西は少し植林が続き、自然林になっても竹が生えていたりします。再びツツジが見られたのは、270m+ピークを過ぎてからでした。この付近は荒れているだけでなく地形が複雑です。地形図には破線道があり、確かに溝があるのですが、倒木で埋まりがちでした。倒木を避けつつツツジを見ながら歩くと、植林に出てきました。ここはシイタケの栽培をしているようです。ここを少し上がると開けた場所に出て、道が通っていました。290m+ピークの東側です。この道は地形図どうりに東にある340m+ピークの西の麓を通っていますが、そのピークに上がっていく道があったので登ってみました。この道はピークの南側に上がっていきます。ツツジがきれいだったので見ながら歩いていると、ピークには行かずに東に降りていきそうになったので、戻ってピークへの踏み跡を探しました。笹の間にかろうじて踏み跡らしい隙間を見つけてピークまで登ると、ピークは広く空き地になっていました。北側に降りる所には化学肥料か何かのタンクがいくつか並んでいました。舗装道路に降りると杉坂峠への道標があり、県境を歩いていたことに気が付きました。

山の上はツツジが満開でしたが、下から見上げるとほとんど見えません。もったいないことだと思います。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「上月」です。

2018年4月7日土曜日

閑谷学校から義方山

閑谷学校はとても有名な文化遺産で、キャンプ場も併設されています。その奥には地形図には義方山という山があり、ハイキングコースを使って登れそうなので行ってみました。

旧閑谷学校をキャンプ場の方へ歩くと、黄葉亭というとても落ち着いた藁葺の小さな家があって、そこから右に「備前市森林公園 閑谷の森」という標識があるので、そちらに向かいました。坂を登ると市谷池という溜池があり、山に登る分岐があります。ここから階段の遊歩道を登りました。コバノミツバツツジが両側に咲いていて、最高のコンディションでした。しばらく頑張って登ると、階段のない道になって気持ち良く歩けるようになりました。遊歩道は264mピークを東に巻き、次の260m+ピークも西に巻きます(ここには熊山が見える見晴らし台があります)。遊歩道はその先の鞍部で東に降りていきますので、ここで正面の藪に入りました。ツツジが咲いていますが、藪には違いありません。灌木だけでなく、場所によっては膝くらいまで伸びたシダが生えています。シダの間に踏み跡を探しながら歩いていくと、シダの間に大蔵山三等三角点(288.04m)がありました。展望は全くありません。

さらに義方山を目指して歩きましたが、どんどんシダの背が高くなりました。大きなシダの塊に突っ込まないように道を探して歩くと、なかなか思った方向に行けません。尾根上はシダが育っているので、南向きの谷に入り込んでしまい、東の尾根に登りました。そして義方山の西の尾根に向かいましたが、この付近は腰くらいの高さのシダで埋まっていました。どこが道か分からないのですが、踏み跡と思われる所を歩きました。義方山に向かって登り始めるとシダは少し減り、枝をかき分けて登ると、320mの山頂と思われる付近には標石(写真)と銃猟禁止区域の立札がありました。

義方山からは北に降りましたが、ここも大きなシダの塊を避けたので尾根から少し東に外れた付近を歩きました。鞍部には横切る道があったかも知れません。300m+ピークには岩が少しと銃猟禁止区域の立札がありました。この北もシダが多く、少し尾根から降りてシダの中に踏み跡を探して歩きました。再び標高300mを超すと西にも降りられましたが、溜池に突っ込みそうだったの更に北に歩きました。やや間隔の狭い灌木の藪で、時々シダ藪もありました。ツツジが咲いていなければ歩きたくない山です。しかしそれでも大きなシダ藪に突っ込んで身動き取れなくなることはなく、290m+のピークに上がって、西に尾根を曲がりました。こちらの尾根でも尾根の中心から南側はシダが多く、北側にシダの無い場所を探して歩きました。そのため時々尾根から外れそうになれました。それでもこの付近はツツジの密度が高く、目を楽しませてくれました。写真を撮ろうと思ってシダをかき分けて近づくと、方向を間違えがちでした。それにこの尾根は意外と地形が複雑で、主尾根を見失いがちでした。そして尾根の西の端では大きな岩の上に出てしまい、大きく南側に迂回しました。黄葉亭の前から見上げると、木の間に大きな岩が見えると思います。

ツツジの多い山で、視界からツツジが見えなくなることはありませんでした。しかしシダの多い藪山なので、山歩きを楽しむには向いていません。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「和気」です。

2018年3月24日土曜日

和気の雨乞山と室原山

これら二つの山はどちらも地形図に名前が載っていますが、和気町と美作市と備前市の境界付近にあるので、どこの山かと言われると形容は微妙です。とりあえず和気から北に車で行けば着くので、出発点は室原の北にしました。谷を北に登る道があります。堰堤があり、峠の付近に来ると地形図どうりに分岐があって、北東へ行く林道がありました。軽トラとユンボがとまっていましたが、作業をしている様子はありません。ここは和気町と美作市の境界なので、ここから境界沿いに東の350m+のピークに登りました。地形図には破線道があるのですが、切り開きはなく、溝があるだけだったので、藪を抜けて登りました。下草はありませんが灌木の枝が邪魔です。山頂まで登ると道がありました。林道と言うにはお粗末な道ですが、南北に走っています。ちょっと南に歩いて、地形図ではもう少し広い350m+の山頂にも行きました。こちらには道から切り開きがあります。山頂には平べったい石が数個ありましたが、建物の基礎石と言えるかは微妙でしょう。

この付近は荒れた道が沢山あって、選択肢に迷いましたが、まず東に降りました。この付近は水はけが悪いのか、水たまりがたくさんあります。おそらく理由はまさ土で、あちこちに穴を掘った跡があってそこにも水が溜まっていましたが、まさ土を採取したものと思われました。東に谷まで降りて、南に登りました。この道も古くて荒れています。登った付近はまさ土の山で、低い松が生えています。ここで南の方から来る林道と出会って、室原下四等三角点(393.18m)を見に行きました。林道から北に行く道があり、両側にゲートの名残の柱が立っています。その先は幅の広い道が山頂まで延びています。山頂に行くと、壊れかけた建物がいくつかあり、作業場のような感じでした。どんな作業をしていたのか、ちょっと見ただけでは分かりません。

三角点からさらに東に林道を歩きましたが、だんだん道が細くなって、最後はあまり良くわからなくなりました。しかたがないので藪を抜けて雨乞山を登りました。山頂手前には壊れかけた祠がありました(写真)。かつてはここで雨乞いをしたのかも知れません。山頂からは木の間からちょっと展望がある程度です。下山は少し降りると切り開きがあって、先程の林道の続きのような道に出てきましたが、もう林道とは言えない荒れた道です。この切り開きがこのあとずっと南に向かって続いていました。場所によっては土を盛ったような分かりやすい道ですが、見失うことはないと言え、荒れた道です。途中のピークに南を向いた共同アンテナの残骸があり、ケーブルは東に延びていました。その南で標高400mを切った付近では尾根を東西に道が横切っていました。その後はまさ土のピークが2つあり、北に南ウネ山がよく見えました。この付近は全体に山が低いので、400m程度の標高でもけっこう遠くまで見渡せます。ここまでの道は、まさ土を採取するための道のような気がします。というのは、その先は切り開きがなくなったからです。しかし木の間隔の広い灌木の藪なので枝を払えば歩けました。南に歩いて、室原山の広い山頂に出ました。薄い藪の中に保曾三等三角点(454.45m)がありました。展望はありません。山頂から南にさらに藪を抜けましたが、少し標高が400m付近まで下がると、切り開きがはっきりしてきて、最後は道になって林道の交差点に降りてきました。東に行けば牛中に行けそうでしたが、西に谷沿いに林道(民有林林道室原線)を降りました。

3時間ほどの里山歩きでした。たまにシダも生えていますが、びっしりと生えている所はないので助かりました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「日笠」です。

2018年3月17日土曜日

備前市吉永町の堂ガ谷山

この山は和意谷の西側の山です。和意谷側は谷が深くて登りにくそうなので、西の飯掛から登ってみました。県道46号線が南から飯掛の手前で曲がる辺りから尾根に上がりました。反対側の北側から上がる方が楽だったかも知れませんが、いずれにしてもこの付近は藪です。地面がちょっと窪んでいる作業道と思われるものの名残はありますが、藪に隠れています。枝をかきわけて登ると、地形図で丸く見える350m+ピークの付近からは少しまともな道になって、これで南側の斜面を上がりました。登って行くと道は消えてしまいましたが、あとは藪を登ると少し道らしいものがあり、木見谷四等三角点(320,33m)に出ました。三角点の東のちょっときつい藪を抜けると、尾根の南側に道がありました。これは地形図で南の谷から上がってくる破線道と同流して、ここからは割と歩き易い尾根歩きとなりました。

さほど高い山でもないので、アップダウンもたいしたことはなく、時々膝くらいまでのシダが生えていても、歩くのには差し支えありません。枝や倒木を避けながらですが、気持ちよく歩けました。ぐるっと尾根を歩いて南に向きを変えると、370m+ピークを過ぎたあたりの西側の谷は伐採地帯となっていました。その南で東への分岐を探すと、何のマーキングもありませんが、石標があって倒木が道を塞いでいる付近で道がありました。これも明確な道ですが、途中で南に向かってしまいました。しかしそのまま歩くと、谷を東に渡る付近は土が盛ってある明瞭な道でした。南側は植林です。その先の東側へも道がありましたが、途中で消えてしまいました。とりあえず尾根に上がって藪を歩くと、切り開きがありました。ここから堂ガ谷山まで、時々切り開きがあり、鞍部には盛り土がありますが、シダや灌木が多く、ちょっと歩きにくくなっています。北の尾根に上がって東に歩くと、堂ガ谷山の山頂に着きました。和意谷2三等三角点(364.75m)があります。周囲は雑木林ですが、雰囲気も陽当たりも悪くありません。(写真)

この山は行き止まりなので、西の尾根まで戻りました。北道なのに、何度か藪で方向を見失いそうになりました。西の尾根の道に出て南に歩くと西に曲がっており、たどり着いたた所は大伐採地の奥でした。この伐採地はネットで囲われているので、しばらくはネット沿いに歩きました。備前市と和気町の境界方向は藪で道もなさそうなので、しばらく南にネット沿いを歩きました。途中にネットに引っかかって憤死したらしい鹿の死体がありました。尾根先を西に折れると南側の谷には道があります。未舗装ですがきれいに整備された道です。しかしネットの向こう側なのでネット沿いに歩き、さらにネットから離れて古い道を歩きました。この道は地形図では南東から来ている破線道になります。この破線道は地形図では途中で北西に向かうのですが、そこの分岐が分かりません。何度か探したあと、藪に入ってしばらく歩くと切り開きがありました。この先は例によって途切れ途切れの切り開きと盛り土の道が続きました。298m地点に来てもあまり様子は変わらず、結局最後までそんな感じでした。マーキング等もまったく無く、古い里山という感じです。最後は道路際の斜面の上に出たので少し北に藪を抜けて谷に降りて、携帯の基地局のところで県道46に戻りました。

気持ちよく歩けた部分もありましたが、藪を抜けるのに少々飽きたというのが感想です。藪の密度はさほど高くないので、身動きが取れなくなることはありません。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「日笠」です。

2018年3月15日木曜日

篠山の三嶽と小金ヶ嶽

多紀連山で最も有名な山は三嶽でしょう。漢字は御嶽とか三岳とかいろいろありますし、三嶽山と山を付けることもあるようです。とりあえずは定番のルートで登ってみました。

三嶽山登山者駐車場に車をとめて、少し南に戻って御嶽道から登りました。階段が整備されていて登りやすいのですが、長く続くとさすがに斜面を歩きたくなります。とか思っていると、楽に尾根に上れました。尾根に出れば平坦なのでもっと楽に歩けます。途中に鳥居堂の跡があり、東へ降りるヨートギ谷からの道との合流点は、クリンソウ自生地だそうです。そのすぐ先には大岳寺の跡があります。15世紀の修験道のお寺だったそうです。この付近から勾配が急になり、岩場が増えてきて、南に展望が得られるようになりました。春霞で篠山の町すら霞んでいましたが、遠くまで見えていました。ルートは明確で、岩の間を登っていくと植林に出て、東屋と簡易トイレがありました。避難小屋だそうです。そこから西に登ると三嶽の山頂で、兵庫県の通信設備があります。展望は北側のほうが良いのですが、大きなゴルフ場が目を引きました。御岳山一等三角点(793.2m)は、方角を示す丸い台の隣にしっかりとコンクリートで固定されていました。東に降りると行者様が祀られていました。

三嶽の山頂から東に縦走するルートは雑木林で夏は緑がきれいでしょう。鎖場が一箇所ありましたが、ひどい急斜面はありません。少し降りると長い階段が続きましたが、ここはザレ石の斜面なので階段がないと歩きにくいと思います。気持ちの良い縦走路を降りると、大たわ(たわは漢字では山へんに定と書きます。普通の乢ではありません。)に出ました。ここにはフォレストアドベンチャーというフィールドアスレチックの施設があります。北からの道はよく整備されているので車で楽に上がってこれるようで、駐車場には数台の車がとまっており、実際にフィールドアスレチックを楽しんでいる人たちもいました。登山道はその中を真っ直ぐ抜けて植林を上がります。しばらく登っていくと、いよいよ岩場があります。最初の鎖場は尾根にそびえる大きな岩を巻くためのものです。その後は目の前に大きな岩山がそびえて(写真)、これをどうやって抜けるのだろうと思うと、鎖場続きで南側から巻いて裏側に上がりました。岩の上に出るにはコースと反対に西にちょっと登るのですが、これは高所恐怖症には無理です。ここ以外も高所恐怖症には辛い鎖場がありますが、危険な箇所は少なく、目眩でも起こさない限りは大丈夫でしょう。節理の面白い岩を鑑賞しながらゆっくりと登るとヒカゲノカズラが生えていて、小金ヶ嶽の山頂(725m)にでました。ここにも方角と見えている山の説明の載っている丸い台がありました。意外ですが見えている山には1000mを越すものがありません。

さらに東に歩けば小倉たわ(これも山定)まで2.4kmとありますが、もちろん南の小金口に向かって降りました。ここも最初は急な岩場で、鎖場もありました。なんとか一息つけたのは鞍部に出た時で、ここからは西に降りる道もありますが、定番の小金口への道を歩きました。畑山はピストンになるので寄らず、斜面を歩くと福泉寺跡に出ました。この付近の修験道の寺は15世紀終わりに吉野の僧兵に焼かれてしまったようです。このあとはジグザグに斜面を降りて谷に出ました。谷沿いでも斜面に道が作られている所は良いのですが、谷に降りると道は途切れ途切れで、土石流で流されてような場所が何か所かありましたし、道だったところに水が流れている所もありました。赤いマーキングがあるのですが、それも見つからない場所が何か所かありました。せめて流れを渡る場所だけでもしっかりとマーキングがあると、だいぶ助かると思います。雨の後でなくても川の石は濡れていて滑るので、けっこう危険です。美しい渓流を楽しんでいる余裕など無く、石積みのあるかつては畑だったような場所に出てからも、はらはらしながら堰堤の所まで降りてきました。ここで扉を抜けて道路に出ました。

よく知られているコースの割にはハードだったというのが感想です。小金ヶ嶽への登りの鎖場を考えると、このコースを逆に回る気はしません。

展望 ★★☆
藪山度 ★★☆
地形図は「村雲」です。

2018年3月11日日曜日

牧からたつの市新宮町の千本三角点

千本三角点には2006/03/21に千本の側から登っていますが、久しぶりです。今回は播磨道延長工事の進捗状況を見るついでに西側の牧から登ってみました。地形図では牧という地名は栗栖川から東に入った福原の方向に書いてありますが、栗栖川沿いの地域も牧で、その牧運動公園の裏山から歩きはじめました。急斜面にジグザグに作業道の名残があり、なんとか尾根に上がることができましたが、おそらくは少し北の太い尾根から登ったほうが楽だったと思います。尾根は歩き易く、落ち葉を踏んで倒木を避けながら歩きました。栗栖川沿いが時々見えます。最初の倒木地帯はたいしたことはありません。それから植林が増えてきて、409mピークへの吊尾根は美しい植林です(その前の登りは倒木だらけでしたが)。そしてくねくねと尾根を曲がって主尾根に近づくと倒木地帯が増えてきます。植林の倒木が斜面に折り重なっているので、容易には越えられません。我慢して迂回しながら登って、やっと主尾根にたどり着きました。ところが東の千本三角点に向かう尾根も倒木地帯でした。前回(12年も前です)にはこんなことはなかったと思うのですが、平らな尾根でも倒木が多いと疲れます。とにかくフィールドアスレチックの気分で千本二等三角点(488.79m)に着きました。周囲に特に何もないところは前と同じです。(写真)

三角点の東側は倒木はなかったのですが、そちらに行くとどんどん出発点から遠くなるので、倒木地帯を西に戻りました。南側の斜面に少し降りると、かなり倒木を避けられるので多少は楽でした。登ってきた尾根には戻らず、西に真っ直ぐに歩きましたが、さほどのアップダウンはないとは言え、倒木はまだ時々あります。前にも通っている尾根なのですが、だいぶ荒れたようです。前回も行っている牧四等三角点(422.19m)は、今回もゴミが散乱していました。ここへの分岐は水溜りのある広いなだらかな場所で、ちょっと迷いました。牧三角点から西の尾根は道があります。登山道なのだと思いますが、少し西のピークから北に曲がっていくようでした。地形図ではこの北に実線道があるので、そこから登るのが登山道なのかも知れません。しかしここは最初の予定どおりに西に尾根を降りました。こちらにも道があります。最後は北側の斜面を降りるか南側を降りるかの選択があり、南を選んだら落ち葉の急斜面になってしまいました。落ち葉の下は砂地で、木が少ないので掴まるものがなく、足の筋力だけで降りる必要がありましたが、この斜面には大きな岩がいくつかありました。少し降りると林の中に道があって、谷のところでやっと栗栖川まで降りられました。ここからは荒れたススキの草原を歩いて出発点に戻りました。

気分の良い山なのですが、以前よりも植林の倒木が増えて歩きにくくなりました。斜面にも倒木が目立っていました。なお播磨道は栗栖川の西側を通るので、こちらの山には影響はありません。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「三日月」です。

2018年3月10日土曜日

美作市大原の滝山

この山は地形図に名前が載っていますが、登山コースは特に無いようです。とりあえず大原から国道429を西に走り、滝から北に曲がって大滝川をさかのぼった付近で車をとめました。大滝川を国道が渡る橋の両側に道がありますが、東側の道を歩きました。この谷は柵で囲まれた耕作地ですが、東に歩くと峠に出てきます。ここから尾根を登りました。動物捕獲用の罠がいくつか仕掛けられていましたが、自然林の気持ちの良い林で、葉が全部落ちて見通し抜群でした。足元には下草はなく、落ち葉を踏んで登っていきました。道は特にないので木に掴まって登りたいのですが、木の密度が低くてそうもいきません。とにかくなんとか456mピークに出て、あとは割と平らな尾根歩きとなりました。

ここからの尾根も歩き易く、平坦でもありどんどん歩けました。最後は急登となって尾根に上がりました。滝山は西の方向なのでここは西に降りるべき所ですが、ちょっと東の520m+ピークを見に行きました。予想どうり、特に何もありません。たまに赤いマーキングがありますが、本当に倒木以外は何もない尾根です。何もないことを確認して、予定どおりに西に引き返し、一度鞍部に降りてから500m+に、そして木成四等三角点(505.95m)のあるピークに上がりましたが、ここは倒木だらけでした。しかしおかげで北側の山々がよく見えました。そして三角点より高い522mピークに行って、そこから南に降りました。特に問題もなく430m+の鞍部まで降りましたが、鞍部の付近は少し倒木が増えました。地形図の破線道は見当たらず、そのまま南に歩くとその先の鞍部には横切る古い道がありました。そのまま500m+のピークに上がり、西に登ると、滝山の山頂に着きました。本谷三等三角点(583.57m)がありますが、周囲は荒れ気味です(写真)。

滝山からはすぐに南に降りる予定でしたが、歩きやすくて物足りない感じだったので、もう少し西に歩いて、570m+の広いピークまで行きました。この付近は倒木地帯で、来るべきではなかったかと思いましたが、南向きに尾根を降りると植林で歩き易くなりました。そのまま歩いて、植林の倒木の多い尾根を通って561mピークに着きました。この場所だけは自然林で、なんとなく落ち着いた感じの場所でした。南側には林道がありましたが、おそらく小房の方から来ているのではないかと思います。ここからの下山はなるべく出発点に近い方向と思ったので、南東に尾根を降りました。何も考えずに降りましたが、途中までは道というか溝が付けらられていました。その先は自然林で、急斜面になったと思ったら暗い植林になりました。最後は谷に出て、国道に出られましたので、正解だったと思います。

寄り道して3時間半ほどかかりましたが、倒木の多い数カ所を除けば歩き易い尾根でした。葉が落ちて見通しの良い冬もよいのですが、新緑の季節にも歩いてみたいと思います。滝山という名前は滝があるからではなく、滝の集落の近くだからでしょうか?

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「古町」です。

2018年3月7日水曜日

三田の千丈寺山

一等三角点のある千丈寺山は人気のある山です。Wikipediaにもエントリーがあるくらいですが、その記述を読んでいて気になったのは途中にある高根山で、城山だそうです。そこで、高根山を経由して登ってみようと思いました。

感神社から千丈寺山に登山道があると書いてありますが、高根山にもあるだろうと思って探してみました。高根山の裾を巻いている道を歩くと、「NHKケーブル埋設」の杭があり、そこから山頂にまっすぐ切り開きがありました。ケーブルを埋めるだけですので、登りやすくする必要がないのは分かりますが、直滑降の道でした。標高差は150m程度なので、頑張って一気に登りました。362mの山頂には、当然共同アンテナがありました。千丈寺湖の展望が良好です。Wikipediaには石積みがあると書いてあるので探してみたのですが、見つけられませんでした。西側をちょっと降りると平坦地があるのですが、その下は岩場の絶壁なので石積みが必要とは思えません。

Wikipediaには高根山が千丈寺山への途中にあると書いてあるので、ここからは東に尾根を目指しました。この方向には道はなく藪なのですが、下草はないので枝を避けながら斜面を降りました。それほどの急斜面はありません。鞍部で藪を抜けたと思うと、その先の登りも藪でした。しかしこちらも下草はなく、最後にちょっと急勾配になる程度で、辛抱強く枝をかき分けて登りました。430m+まで登ると、南の北浦天満宮から登ってくる道に出て、あとは文句なしの尾根歩きになりました。時々展望もあって良い感じです。460m+ピークは東に巻いて、千丈寺山への登りになるとトラロープがあります。岩場を登ると再び千丈寺湖を望める展望所があります(写真)。一休みしてちょっと北に歩くと、千丈寺山の山頂です。さして大きくもない千丈寺山一等三角点(589.54m)があります。ちょっと下がると、感神社に遥拝所のある千丈寺山大権現が祀られています。

千丈寺山からは北に歩きました。山頂の北側は岩場ですが、それを過ぎて少し歩くと松住大権現の石祠があって、その前は焚き火を囲んで座れるようになっています。「てんぐの森」はここから下山するようですが、さらに道の不確かな北のピークに上がると、北千丈寺山(576.9m)と書いた札が下がっていました。ここから北は下り坂で、左右から枝が出ている所もありますが、あまり迷わず降りられました。ただ、標高460mで尾根は岩場となって、道は西側を巻いているようでしたが、よく分からなかったので真っ直ぐ尾根の藪を突っ切りました。突っ切ると道があって、そのまま鞍部まで降りました。鞍部は道が横切っていました。

ここから西に下山するのが普通だと思いますが、少し歩き足りない感じだったので、さらに北に斜面を登りました。こちらは登山ルートではないにしても、たまにマーキングもありますし、かなりの場所で切り開きもあります。地形図で峠の北で尾根を横切っている破線道は、あったとしても気が付きませんでした。地形図で500mの標高線がちょっとだけある山頂は、特に何もありません。ここからは下山することにして、北西に尾根を降りました。途中で尾根が広くなって方向がわからなくなり、なんとなく北寄りの尾根が楽そうだと思って降りたのですが、実際はかなり北に寄っていて、谷に降りてしまいました。谷の北側は伐採されていて、谷沿いには道があり、それを歩いて問題なく下山できました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「藍本」です

2018年3月3日土曜日

和気の大王山と高星山

和気から吉井川を遡ると、川はほぼ直角に西に蛇行します。それから再びUターンして東に向いてから北に行くのですが、Uターンの先にあるのが佐伯大橋で、その北にあるのがこれらの山です。この付近については[1]に詳しい解説がありますが、大王山の南にある蜜厳寺跡が気になったので、まずここに行ってみました。

米沢の墓地(元禄時代の墓がある)から、地形図の破線道(イガヤ谷)を北に歩きました。これは車でも通れる良い道です。蜜厳寺跡への登山道を探したのですが、見つかりません。害獣捕獲用の檻が置いてある場所の付近のようでしたが、特に目印もなく、どう川を渡ったら良いのか分からずにいたら、道路沿いに罠の仕掛けてある付近から川向うを見ると、なんとなく人工的な地形に見えました。そこで渡ってみると、川に沿って北に向かう道(の跡)がありました。これを歩いていくと、徐々に山の方へ向いて、真っ直ぐに登って行っていました。とても急なので本当に道だったのか、あまり確信は無いのですが、昔は階段があったと思えば不自然ではありません。さすがに斜面の上まで来るとシダがはびこっていましたが、そこを抜けると平坦地があって、石灯籠と思われる石もありました。この付近は蜜厳寺の端に当たるようです。[1]では、ここよりも南の谷を登っています。

平坦な場所が続き、蜜厳寺はかなり大きな寺院だったことが分かります。平坦な場所が斜面に作られており、それを東へ歩いて行きました。石積みもありますが、木が生えて藪化している場所もあります。広い平坦地に石塔のようなものがある場所が本堂跡でしょうか(写真)?山側の石積みは炭焼き窯の跡にも見えました。さらに東に行くと平坦地が上に下にあって、広さに関心しました。その東の尾根には鐘楼跡があるそうですが、石がある程度でした。ここから大王山へ登り始めました。マーキングがあって、迷うこともなく山頂に着きました。大王山三等三角点(434.25m)がありますが、展望のない藪です。

大王山からは真っ直ぐに北に歩きました。ちょっと藪っぽいとは言え、切り開きがあります。途中で地形図では破線道が横切っており、これは古い林道でした。その北は少し荒れてきますが、逆に足元はしっかりと盛り上げられた道もありました。そして、和気町と赤磐市の境の尾根に出ました。ここから北西にこの尾根の切り開きを歩きましたが、幅が広くて迷いがちでした。そして道の終点に出たと思ったら、そこから広大な伐採地が広がっていました。ススキが茂っていて道以外は歩きづらいのですが、展望は良好です。航空写真でも目立つ場所ですが、単なる伐採地というより、別荘地開発でも計画したのかも知れません。川向うには延原の集落が見えます。伐採地の北の端まで行って、藪の中の標石が40cmも露出している余田四等三角点(441.13m)を見てから引き返し、伐採地の道をなるべく使って、でも最後はススキの間を歩いて尾根に戻りました。木立の間を少し歩くと高星山に出ましたが、やけに平坦でどこが山頂か分かりません。札の一つでも掛かっていればそこにしてしまうのですが、テープが4本巻いてあった大きな木が山頂ということにしました。

下山は高星山から真っ直ぐ南に歩くことにしました。最初はマーキングがあって盛り土の道や切り開きもあったのですが、徐々に確信が持てなくなってきました。しかし倒木が多いだけで、我慢して倒木を避けつつ枝を押しのけて歩けば、ゆっくりですが進めました。盛り土や溝の道のようなものも、時々あります。347mピークでは間違えずに南東に曲がりましたが、その先は方向が定まりません。斜面を歩いたりして、なんとか西側の谷には入らずに東の細い尾根を歩けました。ここも倒木だらけですが道があるような感じです。このあと283m地点の付近は広い平坦地で、特に何もない藪でしたが、ここも道があるようでした。ただしこの道は南西の本矢田部の方へ行っているようで、戻って南東の尾根に向かいました。こちらは道はありません。しかし、しばらく降りていくとシダが増えてきて、そうなると却って道がはっきりしました。とは言うものの、シダが生えすぎて道が分かりにくい箇所もたくさんあります。とにかくここはめげずにシダの生えた急斜面を降りて、岩の多い付近を過ぎるとやっと普通の林になって、最後は金網に達しました。金網沿いに歩いて、道があったので金網を乗り越えて外に出ました。出発点のすぐ近くでした。

この下山ルートは全くお勧めできません。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「周匝」です

2018年2月28日水曜日

和気の外国山から円光寺山

外国山は岩場の上に赤白の鉄塔が立っていて目立つ山で、地形図にも名前が載っているので一度は登ろうと思っていました。名前は「そとくに」だそうで、国山の南にあります。

登り口はネットで調べると最も多く出てくる東側にしました。これは送電線の巡視路で、とてもわかりやすく、快適に登れます。笹やシダの間を登るかなりの急勾配で、ぐいぐい標高が上がるのも楽しいのですが、岩場はあまりありません。途中でも展望を楽しみつつ、20分も登ると本四連系線第二二三号鉄塔に出ました。本四を結ぶだけあって碍子の数も多く(50万ボルトらしい)、瀬戸大橋からやってくる重要な系統のようです。展望良好です。北に歩くと岩場がありますが、その先は平坦な道で、途中に外国山四等三角点(257.44m)があります。そして二二四号鉄塔に着き、そこからは激下りとなります。しかし整備された巡視路なので問題ありません。降りた鞍部は北に下山できるようでしたが、さらに北に巡視路を登りました。

ひとしきり歩くと木に「ワコウ」(円コウか?)と彫られて矢印が西に向いていますが、北向きに「東円光寺 春日神社」という道標もあります。この道標はどう考えても西向きのはずだと思ったのですが、とりあえず北に降りて二二五号鉄塔を見て、やはりおかしいと思って戻り、西に歩きました。この方向は巡視路ではないので倒木の多い藪です。マーキングは少ないですがあります。途中の240mピークの北側からは道らしくなりました。少しシダも生えています。いったん180m+の鞍部に降りて南に登りましたが、倒木はありますが下草がないので歩き易い山でした。252mピーク(畑山)を過ぎて西に尾根を曲がると、木の間に切り開きがあって、ますます歩き易くなりました。木に横木を付けたり、棒を立てたりと人工的な所作が見られますが、意味不明です。

円光寺山の沢原三等三角点(250.5m)は下草のない林の中にあります(写真)。下山はそのまま西に適当に歩きました。平坦な林の中で方向がよく分かりませんが、道のような所に出たので歩いていくと、共同アンテナがありました。道があるようなのでそのままケーブルを辿って斜面を降りました。最初は道らしかったのですが、そのうちにマーキングも無くなりました。急斜面で砂地ですが意外と降りやすく、最後はケーブルとも分かれてしまったのですが、堰堤まで延びている道路に出られました。途中に展望地がなかったのが残念です。

[1]を見ると、東円光寺への道標は昨年は西向きになっていたようで、1年で90度回転してしまったようです。

展望 ★★☆
藪山度 ★★☆
地形図は「万富」です。

2018年2月24日土曜日

和気の石仏山から城山・衣笠山

山陽自動車道を東に向かって走ると、和気ICを過ぎた付近の左手に、斜面にジグザグの登山道が見えます。その上には送電線の鉄塔があるので保守路だということは分かるのですが、あまりに明瞭な登山道なので、いちど登ってみたいと思っていました。今回はその思いを叶えてみました。

和気ICから山陽道沿いに東に入ると、溜池があります。その北側に道があり、害獣避けの扉を通ってさらに東に行けます。この道は山陽道の保守路に繋がっています。溜池付近の北側にはJRの送電線があって、溜池の東の森のなかには「万富~三石39」鉄塔がありますが、あまり高くないので木が成長したら困りそうです。そのすぐ先に北に入る道があり、入口には中国電力岡山電力所による「お願い」の札が立てられています。ここからは期待の尾根登りです。見て分かる通りに良く整備された道で、急勾配の尾根をぐいぐい登れます。小石が多くて少し滑りますが、特に登りにくくはありません。途中で山陽自動車道の写真を撮りました(写真)。登り切ると南津山線18鉄塔がありました。

今日の目的はこれで果たせましたが、山歩きはこれからです。保守路を歩くと次の鉄塔への分岐がありますが、ここは右への道(地形図の破線道)へ向かいました。鞍部に出ると西の260m+ピークへ行く道もあったので、ちょっと行ってみましたが、広々した藪でした。破線道は鞍部で下へ行ってしまうので(ここには「備前周匝線19」の立て札が倒れていました)、そのまま斜面を登ると道標があり、左が「吉永・向山」右が「石仏三角点へ」下が「日室・本荘小学校へ」でした。向山の方へもちょっと行ってみましたが、大きなシダが生えていたのでやめました。ただしもっと東に行くべきだったような気がします。三角点へは軽快な尾根で、シダ藪の中の稲壺三等三角点(283.12m)に着きました。

三角点からは山陽自動車道を越えて南の山へ行こうと、尾根を東に歩きました。この付近はシダが生えていますが、道標が多く、来た方向は「石仏山、向山経由斎場」です。東の方は「ゴアテックス方面」のようで、向かっているのは「山陽道越えて観音寺方面」となっています。確かに観音寺に繋がる尾根です。次の240m+ピークの尾根に上がって東に歩くと、尾根上に大きなシダが茂っている手前にトラロープが直角に張ってあり、ここで南に曲がるのだと分かりました。南に斜面を降りると「万富~三石43」鉄塔です。そこからは稲坪トンネルの上ですが、南向きには「城山方面 観音寺山 広域農道方面」となっていて、向かっている城山へも道がありそうでした。

トンネルの上を通ると南へ登りになりますが、意外と急勾配でした。260m+の広いピークに出ると、西に向かう道を探しました。登って来てすぐの付近から西へ降りるマーキングがありました。ここから西の城山、衣笠山までずっとマーキングがあります。しかし間違えやすい場所にはたくさんマーキングがありますが、自明と思われる場所にはほとんどありません。自明かどうかの判断は難しく、何回も道を外れました。272mピークから南西に尾根を歩き、西に曲がらないといけないのですが、道を見失って彷徨い、やっと尾根を見つけて歩いて行くと今度は谷に降りてしまい、尾根に戻ると道があって備前周匝線16と17への道標がありました。この備前周匝線の鉄塔は見当たらず、撤去されたのでしょう。この道は南の谷から上がってきており、南津山線16鉄塔へ通じていました。この鉄塔から先はシダが増えて歩きにくくなります。マーキングを見失うことも多く、急斜面もあってGPS必須となりました。シダの合間を縫って尾根を歩き、いきなり岩が増えたと思ったら、城山236mでした。北側に展望が広がります。高速道路のすぐ上にあるため、岩が崩れないようにワイヤーで固定してあります。さらに西に下山する道がありましたが、これもシダの間を抜ける急斜面です。しかも地形図どうりに岩場が多く、危険でもあります。途中のマーキングで次のマーキングが見つからず、適当に歩いたらシダに嵌ってしまい、道のない急斜面を歩く羽目になりました。展望の良い岩場の上に出ましたが、当然真下には降りられないのでシダの中を南にトラバースすると、マーキングを見つけました。あとは忠実にマーキングに従って降りましたが、危険な斜面です。

城山の西は衣笠山との間に鞍部があります。ちょっと北へ降りると角の付いた鹿の頭蓋骨が木にマーキングの赤いテープで固定してありました。悪い趣味です。しかし赤いテープに従って行くと、城山と衣笠山への道標がありました。衣笠山への赤いマーキングに従って登り始めましたが、状況は城山と同じで、シダの間を縫って登りました。背丈よりも大きなシダの塊もあって、避けながら歩きましたが、場所によっては背丈ほどのシダをかき分けて登る所もありました。南に展望のある岩場もありましたが、斜面は砂地が多くて滑りやすく、シダの間では足元も見えないので危険でした。何回かマーキングを見失ないながら登っていくと、ようやくシダだらけではありますが平坦な場所に出てきました。シダと藪を抜けると、道に出ました。すぐに衣笠山250.4mの山頂でした。衣笠山四等三角点(250.44m)があります。北方面が見渡せる気持ちのよい場所でした。山頂からは道を歩いて下山しましたが、最初に平成22年設置のまだ現役らしい共同アンテナがありました。その下には鉄塔がありますが、電線もアンテナも付いておらず、何の目的のものか分かりません。かなり古いもののようでした。この付近も急斜面なので、歩き易い植林の中を通ったりして下山しました。

いつも見ていた尾根道を登れただけで満足でしたが、城山と衣笠山は一級の藪山で、藪山探検も堪能できました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「和気」です。

2018年2月18日日曜日

佐用の庄ノ上山

佐用の西の外れにある庄ノ上山は、地形図では知っていても、低山で登山ルートを決めかねていました。とりあえず杉坂峠から南に中国自然歩道があるので、これを使って行ってみました。まずは先日(2018/01/21)も行った杉坂峠の史跡に行きました。「杉坂聖蹟口」と石に彫られていますが、戦前は児島高徳に関連して聖蹟だったのでしょう。江戸時代の道がどこを通っていたのかを考えてみたのですが、深く切り通しが掘られた現在となっては、この遺跡に佐用側から登って来る道は想像できません。

史跡からは南に歩きましたが、自然歩道はあまりにも整備された道です。地形図では、杉坂峠の南東には東に折り返したような形に細い尾根が二本あるのですが、自然歩道は西側を通り過ぎるので、まずこの尾根を見に行きました。切り開きがあって、植林の尾根に上がれました。倒木が多く荒れ気味ですが、広びろした場所です。ぐるっと尾根を廻って自然歩道に戻りました。この先も、自然歩道はピークを巻き気味なので、尾根に上がって県境を歩きました。350m+の東西に長細いピークにも登って地形図どうりに平らで広いことを確認しました。ここへは東側から林道が登ってきており、草地になっています。この付近の植林はまだ若いのか、細い木が多いようです。自然歩道以外にも林道はたくさんあって、方向を間違え気味でした。

幅広いピークから南に降りると、地形図では建物がいくつか描いてありますが、いずれも廃墟です。ちゃんと残っているのは、いくつかの古い石碑と赤い消火ホースの箱だけでした。ここは道の交点になっています。ここから南の山に急斜面を登り、荒れた県境を歩きました。上月町の地籍図根三角点がありました。大回りして再び自然歩道に戻ると、土居方面への道は舗装されています。自然歩道は蓮花寺の方へ斜面を登って行きますが、目的の庄ノ上山には行きません。この付近はススキが繁っていますが、それをかき分けて尾根の東側に道を見つけて登りました。ススキだらけの道ですが無事に植林の尾根に上がれました。ここからは県境の荒れた尾根歩きですが、ところどころに土を盛った道がありました。300m+の鞍部に一度降りて登り返すと、北側に林道が来ていました。それには頼らず荒れた県境を登ると、斜面の木に杉坂峠への道標が掛かっており、ここが登山道だと知ってびっくりしました。確かに赤いマーキングがあります。この長い尾根も荒れ気味ですが、問題なく歩けますし、途中で南から道が上がってきて、庄ノ上山近くは道がありました。山頂には宇根二等三角点(379.74m)がありますが、山名の札などはありません。

山頂からは南に歩きました。この付近には珍しく大きな岩があり、その付近の380m+ピークで県境は東に折れ曲がりますが、ここには二体の小さな石仏(不動明王と役行者?)と宝暦4年(18世紀半ばです)の供養碑(?)(「奉供養大峯山上」と書いてある)がありました(写真)。峠とは呼べないような場所なので驚きました。ここから東に降りて(ここにも杉坂峠への道標)、地形図にある南北の破線道を探しましたが、北側は笹薮と植林で道はありません。それでも植林の中を北に降りて行くと、林道の終点に出ました。

ここからは林道で下山しましたが、地形図とは違っていて、西寄りに歩くと地形図で四角く閉じた破線道の南東隅に出て来ました。北へは舗装されていましたが、北から西へ電線が延びていたので西に何があるのか見に行きました。地形図ではこの付近にはいくつかの建物が描かれていますが、どれも荒れ果てた人家でした。中には潰れた家屋の隣にしっかりと鍵の掛かったイナバ物置があって、窓が封鎖されていることもあって、何なのか気になりました。一番大きな家はしっかりしており、鶏小屋もあってまだ住めそうな感じでした。都迦之大神と書かれた小さな祠もありました。地形図ではここから北に破線道があるのですが、見つけられずにしばらく尾根を降りました。その後で道を見つけましたが、途中で消えてしまい、最後は小川を渡って舗装道路に出ました。そのまま皆田まで下山できました。

3時間ほどの短コースでしたが、意外とバラエティがありました。自然歩道を歩けば楽でしょうが、発見は少ないでしょう。それにしても、あちこちから響く銃声には肝を冷やしました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「佐用」です。

2018年2月12日月曜日

和気の烏泊山

先週に引き続いて、和気から赤磐市付近の山を歩きました。まず、先週と同様に奥吉原から剣抜峠まで歩きました。二度目なので慣れたもので、楽に峠に上れて、先週とは反対に峠から南に歩きました。登山コースとしては満願寺コースですが、剣抜峠の北壁が急なので、峠までは谷を登ったわけです。そのまま南に急斜面を上がりましたが、道が整備されていて、息は切れますが楽に登れました。周囲は背丈以上の大きなシダの塊ですが、道があるのでその間を登って行けます。ちょっと登ると東側に展望があり、さらに230m+まで登ると少し平らになって、その後もう一息登れば、あとは楽な尾根歩きです。岩場もあって、ときどき展望が楽しめます。軽快に緩やかに尾根を登っていきます。383mピークは西側で巻き、その先の430m+ピークも西側で巻いて、主尾根に出ました。

主尾根には良い道があるので、あちこち行けそうでした。そこでまず東の烏泊山に向かいました。地形図どうりに道は南に一旦降りていきます。「黒岩」という札が木にかかっていて、確かに大きな黒い岩がありました。石に感心するだけでなく、登ってみると南に素晴らしい展望が広がり、片上湾に岡山ブルーライン、小豆島まで見渡せます。その先にはとても大きな炭焼き窯の跡があります。そして「黒岩東の分岐」という札の掛かっている分岐があり、南の伊部の方に下山できるようです。ここは和気町と赤磐市の境界のようですが、和気駅と書いてある方向に歩きました。次は烏泊山西の分岐で、まっすぐ行くと下山して和気駅に行けるのかも知れませんが、烏泊山に向かいました。尾根に戻ると大正池の方から登ってくる道があり、そこから少し登ると烏泊山の山頂に出ました。黒岩四等三角点(434.44m)があります。木の間から少し北側に展望があります。木に書けられた山名には「カラストマリヤマ」と振り仮名が振られていました。

烏泊山からは西に引き返しましたが、同じコースではつまらないので尾根道をショートカットしました。道の整備されてない尾根はシダ藪を恐れていたのですが、マーキングもあり、かつては道があったようです。木の枝を払いながら登ると、430m+ピークに出られました。マーキングはそのまま北に向かっていますが、南西に向きを変えて尾根を降りました。ここはマーキングがなくて心細かったのですが(いつもはマーキングに頼ることはないのですが、今日のコースはここ以外は十分に整備されていました)、枝や倒木を避けて降りていくと、尾根道に戻れました。先程剣抜峠から登ってきて地点を過ぎると、すぐに広い未舗装道に出ました。防火林道のようです。しばらく西へ歩くと南から道が来ており(伊部分岐)、保々呂谷からの道もこの付近に出るようでした。その先には舟下山への分岐がありました。時間があったので、すぐにはそちらには行かず、まず道路脇の大滝山四等三角点(425.09m)を確認しました。大滝山の山頂は分からなかったのですが、見晴台への車椅子可の舗装された遊歩道があったので、歩いてみました。これは南に降りていって、展望の良い東屋に出ました。ここからも瀬戸内海が望めます。ここからは林道鬼ヶ城線で伊部に出られると書いてありました。帰りは遊歩道でなくて登山道で防火林道に戻って、舟下山へ向かいました。

舟下山へのコースもよく整備されています。途中に「石積遺跡・L1犬の墓」という標識があったので行ってみましたが、確かに石積み(の残骸)がありました(写真)。そういえば熊山遺跡の説明に近くに幾つか似たようなものがあると書いてあったので、そのうちの一つなのでしょう。軽快に尾根道を降りていきましたが、道は尾根の東側に付けられている場所が多く、地形図の舟下山(435m)も東に巻いていってしまったので、引き返して山頂に上がりました。上がってみても、何もありません。登山道に戻って北に歩くと、舟下山四等三角点(424.74m)がありました。地形図ではここから真北に降りていく破線道がありますが、マーキングに従って西の尾根を降りました。水色の荷造り紐のマーキングを辿ったのですが、370m+ピーク付近から先はかなりの急勾配になりました。木に掴まって降りましたが、大きな岩や、大きなシダが茂っている場所もありました。シダは間を抜けて降りましたが、マーキングがないとここを降りるのは大変でしょう。マーキングは、水色の荷造り紐、赤いテープ、金色の紐、黄色のテープの順に従うようにしました。かなり長い下りで忍耐を試されているような感じでしたが、最後はガレ石の多い沢に出て、降りると山陽自動車道に突き当たりました。保守道路で、最初に登ってきた地点に戻れました。

バラエティがあって楽しめる山歩きでした。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「和気」です。

2018年2月4日日曜日

赤磐市奥吉原の満願寺山の南壁

和気南西の論山の下を広域農道で抜けて赤磐市に入ると、目の前に綺麗な山が見えます。地形図には264mピークとなっているだけですが、山の西端に満願寺というお寺があるので、満願寺山という名前のようです。山の南側はかなりの急カーブで落ちていて、剣抜峠(地形図では「けんぬきだお」と振り仮名が振られている)という鞍部を経て、南の山に繋がっています。この満願寺の南の壁は地形図で見ても航空写真で見ても岩場の急斜面です。登れるかどうか、行ってみました。

山の西の大内から剣抜峠を目指します。満願寺へは行かずに山の西側を廻って、山陽自動車道の下を通り、谷沿いの道を歩きました。地形図にも破線道がありますし、「保々呂谷コース」と書かれた板もありましたので、登山コースのようです。しかし剣抜峠に行くには、堰堤の所で川を渡る必要があります。水はほとんど無いので問題なく渡れて、その先にも地形図にあるように破線道があります。この道は大きめの石が転がっていますが、勾配はなだらかでマーキングもあり、楽に剣抜峠に出られました。剣抜峠には東西南北にマーキングがありますが、北に行くと、満願寺山の南壁を登ることになります。岩場が多いのですが、岩の上を歩ける所は問題ありません。足元が砂っぽいザレ場は滑落の危険がありますが、登る限りでは安全だと思います(写真)。ロープの張られている場所もあります。登るにつれて南から西の展望が広がりますが、頂上近くには東の方が見える展望地もあります。264mピークには特に何もなく、展望もありません。

この後は西に延びる長い尾根で下山しましたが、良く整備されており、時々展望もあって快適でした。尾根の最後は鳥居があって、小さな祠が二つ並んでいました。素敵な常夜灯もありましたが、展望はイマイチでした。ここから南にも降りられるようですが、北に降りると満願寺でした。

この付近のコースについては、ネットに詳細があります([1][2])。満願寺山南壁はかなり急なので、私としては、このコースを逆に歩く気にはなりません。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「和気」です。

2018年1月28日日曜日

和気の観音寺山

先週に登った論山から、東に長く延びた尾根が見えていた山です。一般的な登山コースは南からになりますが、山陽自動車道からのアクセスの良い北側から登ってみました。大中山の小林牧場の中を通って林道長溝線に入りました。すぐに右に水引の滝への分岐がありますが、少し直進した所に車を止めました。論山から見えた尾根がきれいだったので尾根先から登ろうと考えていたのですが、尾根の一番先には送電線の鉄塔があります。巡視路を探したのですが見つからず、結局は川を渡って急斜面を登ることにしました。川の南側は意外に広くて道もありますが、斜面を登る道はありません。楽そうな場所を探してシダの茂った急斜面を登りました。シダは背丈くらいに伸びていますが、急斜面なのでシダに掴まって岩の多い斜面を登りました。シダの薄い所を探して登って、なんとか尾根に上がれましたが、尾根もシダに覆われています。その中に踏み跡があって、それを辿って中谷口四等三角点(222.38m)に着きました。南のサーキットが見えます。

ここからの尾根歩きもシダの中に踏み跡を辿りましたが、消えかけているところもあります。抜けられないようなシダ藪はありませんが、シダで足元が見えないので、根や岩に躓かないように注意が必要でした。シダ藪のピークを抜けて、次のピークには岩があって古墳のような雰囲気でしたが、石の隙間が狹いので、おそらく違うでしょう。さらにシダ藪が続きますが、マーキングが木に付いているようになりました。北からのルートと合流したからでしょう。この先は少しシダが減って歩きやすくなってきますが、快適とは言えません。岩場もあって西に展望がありますが、この日は小雪で、遠くは霞んでいました。

370mピークからいったん鞍部に降りると、道しるべの札が何枚か木に掛かっていました。西は中山、東は石仏峠および日暮滝で、南は当然観音寺山です。ここから山頂までは結構きつい登りでしたが、足元はしっかりしていました。展望のある場所もあったのですが、この日は駄目でした。そして平らな尾根を歩いて観音寺山山頂に着きました。長水三等三角点(385.32m)があり、ご意見箱もありますが、この日は雪で寒々としていました(じっさい寒かった!)。(写真)

下山はまず南西に降りました。観音寺山の南側の道は北側とは違ってとても良く整備されており、広い道が続きます。ただ、東片上へのルートの標識があるだけで、中山への道標はありません。とりあえずは鞍部に峠があることを期待したのですが、水のない西ノ池の付近まで来て、峠道は諦めました。その先で「最高点」(399mピーク)への分岐があったので、そちらに向かいました。このルートは道としては整備されていませんが、赤いマーキングがたくさんあって分かりやすくなっています。この付近は落ち葉も多く、気分の良い林です。そのまま最高点まで行って下山することも考えましたが、雪が降っている状況で急斜面を降りる気にはならなかったので、297m地点の前で谷に降りました。この付近は倒木はあるもののシダは生えておらず、谷まで降りればかなり広い平地なので安全なルートでした。しかし平地と言っても場所によっては沼地に近く、また土が柔らかいらしく水流で深い溝がたくさん作られており、歩きやすいとは言えません。もう一つの問題は谷の東西どちら側を歩くかで、北の溜池のどちら側に出るかが決まってしまいます。谷には川があるので、簡単には横切れません。山の上から見た時に、溜池の西側に道があったので、谷の西側を歩きました。これは正解で、そのうちに道に出てきました。溜池沿いに歩いて行くと、林道長溝線の終点に出てきました。ここは溜池の堰堤となっています。あとは舗装された林道を歩いて帰りました。

雪の中でしたので、ルートの評価は難しいのですが、北から登るのはシダが多くあまりお勧めできません。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「和気」です。

2018年1月21日日曜日

杉坂峠から兵庫岡山県境を歩く

杉坂峠は、昔の美作道が通っていた峠で、今は中国自動車道がトンネルで抜けています。県道365号が峠を通っていますが、兵庫県側は2車線なのですが岡山県側は非常に狭く、拡張工事中です。峠の南側には杉坂の関の跡に「杉坂史蹟」という立派な記念碑が建てられています。峠のお地蔵様もあります。中国自然歩道が南から県境に沿って通っていますが、北側は岡山県側に降りてしまいます。そこで今回は杉坂峠から北に県境を歩くことにしました。

峠の兵庫県側から笹薮をかき分けて登ろうとしたのですが難しく、まずちょっと北の植林に入りました。そこから県境はすぐでした。県境には特に道はありませんが歩き易く、ぐるっと廻って杉坂四等三角点(313.17m)に行きました。ピークから少し西側に降りた所にあり、金属プレートが完全に落ち葉に埋まっていて、見つけるのに時間がかかりました。ちょっと不自然な感じに石が周囲に置いてなければ見つけられなかったでしょう。

三角点から北に歩きました。倒木がある程度で歩きやすいのですが、広い尾根なので方向が分からず苦労しました。県境だからといって特に標石や目印のようなものがあるわけではありません。次の田原四等三角点(327.98m)は金網でしっかりガードされた土地の中にありました。普通なら入って行かないのですが、三角点があるので行かないわけにいかず。倒木で金網が低くなっている所から入り込んで、松と笹の藪の中に三角点を発見しました。この付近には東の斜面には林道があり、三角点の西側にも林道がありました。三角点の北の方は岡山側から林道が延びてきていますが、ここは東に行かねばなりません。東には兵庫県側の林道があるのですが、林道を歩くと北池に降りて行きそうでした。そこでなるべく県境を歩いたのですが、植林の中でGPSもあまりあてにならず迷走しました。地形図で破線道が北池から北に県境を越している所は、南側には林道があり(地形図にも短い実線があります)、北の谷は荒れています。この難所を過ぎると植林となり、倒木に悩まされつつ歩くと、舗装道路に出てきました。広い空き地にこの道路の竣工碑がありました。ちょっと道路を歩くと大聖寺の説明板と路傍休憩地があって休めます。実際の大聖寺はもっと北です。

ここで南の谷に行く道を探しました。地形図では実線道ですが、軽トラでも難しそうな道です。しかも舗装道路から南に入ってまっすぐ行くと最近作られたらしい伐採用の道に行ってしまうので、地形図どうりにちゃんと西に曲がらねばなりません。少し谷を降りて、尾根に乗るために東側の尾根に上がりましたが、その東は伐採地です。そして南に行く尾根道は西側に青い荷造り紐が張られています。どうやらこの付近は松茸山のようです。少し登ると岩の多い場所に出ました。東に歩くと展望がありそうな場所があったので、二つの岩の間を通って景色を見に行きましたが、山々山で、さほど面白くはありません。しかし振り向くと岩に仏様が掘られてありました(写真)。かなり風化していますが、岩の前には線香をあげるための石鉢のようなものもあったので、何かの跡なのでしょう。

すぐ南の大きな岩でできているピークから東に曲がって、クネクネと尾根を歩きました。整備されているとは言えませんが、道がありました。倒木と枝は邪魔ですが、問題なく歩けます。尾根の西側に道がある所もありましたが、どこに向かっているか分からないので尾根を辿りました。岩津口四等三角点(350.63m)はちょっと切り開かれていますが、展望は全くありません。そのまま南西に歩いて、340m+の分岐に着きました。ここから北に折れて北池の方に降りることも考えましたが大回りなので、そのまま西に降りました。この分岐点には斜面に大きな岩の穴があって、人が2,3人寝られるくらいのスペースがありました。自然にできた穴とは思えなかったのですが、古墳のように石を積んで作ったものではないので、何だか分かりません。この西の細尾根は岩が多く、面白い場所でした。下山はそこからさらに南に県道365へ降りたのですが、非常に急な斜面で、木に掴まって落ち葉に足を取られながらなんとか降りましたが、降りた先には金網がありました。かなり西に移動して、なんとか扉を見つけましたが、無茶な下山でした。

GPSを見ながら歩くことが多く、歩きスマホ状態になってしまいましたが、山道では躓くものが多いので危険でした。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「佐用」です。

2018年1月14日日曜日

小野アルプス

日本で一番低いアルプスと自虐的なキャッチコピーが付いていますが、山は高さではありません。では何か、と言われるとわからないのですが、藪山という点では実は小野アルプスはかなりのものです。しかし整備された道を普通に歩けばそれに気づくことはないでしょう。ということで、まずは登山道を歩いてみました。

まずはたしかに鴨の一杯いる鴨池から、紅山(182.8m)を目指しました。工事中で大きく迂回させられますが、池の南に作られた大規模なソーラーパネルは自然破壊とは呼ばないのでしょうか?とりあえずは岩倉峠まで県道下来住-平荘線をまっすぐに歩いて、紅山の岩場を登りました。これは高御位山の岩場よりも急峻で、四つん這いで登らざるを得ません。膝でよじ登ったので膝に軽い打撲傷ができました。高所恐怖症にはきついものがあります。頂上に救助用のロープを用意しても良さそうなものですが、これまで誰も滑落していないとしたら大したものです。山頂からの眺望は素晴らしく、これを楽しむだけなら北から登るのが正解です。この岩場を降りる気にはならなかったので、下山はその北からの道にしたのですが、階段の段差が大きく、膝にこたえました。階段の脇にロープが張ってあるのはそのためなのでしょうね。一度県道まで降りてから、東側の登山道を登りました。結構長い道のりで展望デッキにでてきて、通称小野見山の岩場を通り、紅山の岩場を人が登っているのを眺めてから(写真)、惣山(198.9m)に着きました。ここも南に展望があります。明石海峡大橋もばっちりです。

惣山からは縦走路となり、現役とは思えない共同アンテナのあるアンテナ山(171.6m)を通って、下って登ると総山三等三角点(168.06m)のある総山です。三角点は登山路の脇です。ここから下りで自動車道路に出ました。峠の地蔵があります。このあたりで歩き始めて2時間、そろそろ登山道にも飽きてきたので、少しルートを外れました。まずアザメ峠まで行って、公園として整備されたらしい東の道に入って、保安林の標識から山を登りました。ここには道があって、山の西をぐるっと回って、そのまま行けば登山道と合流できるのですが、途中に尾根に上がる道があったのでそちらに歩いて、150m+の山に登りました。笹の多い藪山ですが切り開きがあります。この付近には町堺の石標らしいものがいくつか埋めてあります。怪しくなってきた切り開きを辿って笹薮を抜けていくと、「都染町内 見土呂町内会」という標石があり、南に降りる道がありました。しかしここの東の尾根はは背より高い笹薮です。危険を覚悟で突破を試みると、南から道が上がって来ており、「あずまや」「大山谷池」の標識がありました。ここからは遊歩道らしく、やや荒れていますが、大山谷池に降りることができました。地形図では池の東岸に破線道があるのでこれを歩こうと思っていたのですが、ひどい藪で、結局池の西側を北に歩きました。大きなシダの塊を避けつつ、枝を払って歩くと、登山道に出ました。

ここからはまた登山道を歩き、急勾配を登って来住四等三角点(156.03m)のある安場山につき、下って登ってポケストップにもなっている愛宕山(154.2m)を過ぎ、NTTドコモの白沢中継所に出ました。これ以上東に歩くと鴨池まで帰るのが大変なので、NTTの保守道路を降りました。

整備された登山道を歩くのは楽でよいのですが、だんだん飽きてくるのと、階段に悩まされるのが欠点です。かと言ってこれほどの藪山だとコースから外れるのは紅山の岩場を登るくらいのリスクがあります。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆ 登山道を通れば★ゼロです
地形図は「三木」です。