2018年8月18日土曜日

芦津関山城から登る芦津渓谷の北の山

芦津は山奥と思っていたので、城跡があることを知った時は驚きました([1])。この山の東側は崖なので、西の谷から登ってみました。谷の奥に、地形図には描いてない祠があって、その前に建物があります。祠は神社ですが、鴨居の彫り物が蛸だというのがユニークです。神社の裏の植林を作業道を探しながら登りました。少し登ると北からの林道の終点がありました。この終点からさらに作業道を登ると、尾根の鞍部に出てきました。切通しのようですが両側に道はないので、これは堀切です。ここから細尾根を歩いて城跡に出ました。狭い城跡は切り開かれており、祠と芦津四等三角点(524.8m)の他に、屋根付きの台の上にサイレンが設置されていました。後で気がついたのですが、この集落には定時にサイレンが鳴り響きます。おそらく音源はこれなのでしょう。定時に登らなくてよかったと思います。山頂はこれだけでほぼ一杯で、城跡といっても見張り櫓を建てるのが精一杯だっただろうと思います。このサイレンは最近設置されたようなので、どこかに登山路があるのでしょう。

関山城跡は今日の登山の起点です。細尾根を引き返して堀切を渡り、植林を登りました。先程見た林道は西側を登って行きました。尾根は歩きやすいのですが、標高600m付近から急勾配になりました。そして650m付近で林道が尾根を横切っていました。しかも尾根の両側で上下に道が分岐していました。そのまま尾根を登ると、標高700m付近でも林道が横切っていました。林道の下側は打ち捨てられた木や枝が積み重なっており、上側は切り立っていて登るのに一苦労です。そしてさらに登って730m+の主尾根に出ました。ここは切り開かれていて地籍三角点があります。ここからもさらに東へ植林の登りです。しばらく登ると共同アンテナがありました。南側には林道が来ていましたが、この付近で終わっていました。そして植林の794mピークを通り、ちょっと下ってまた登り、820m+には切り開きがあって、地籍三角点がありました。南側の山が見えます。そして地形図では平らそうですが意外とアップダウンの多い所を抜けて、金属プレートの大東仙四等三角点(853.95m)に着きました。ここも南側の展望があります。この付近からは自然林が増えてきます。北側の谷の向こう側に伐採地があると思ったら、2018/08/08に登ってきた林道でした。この付近から徐々にブナの木が増えてきて、良い雰囲気になってきました(写真)。その分だけ足元には笹が増えてきます。そしてまっすぐに尾根を登って、出てきた尾根を北に行って、1074m地点に出ました。ここは少し切り開かれていて地籍三角点があります。そしてついでに2018/08/08に通った1010m+ピークまで行きました。この付近では枯れたネマガリダケの茎が地面を覆っています。

いちおう目標の尾根に出たので、下山をはじめました。1074m地点に戻り、そのまま南西に尾根を下りました。この付近では東の谷から水音が聞こえます。かなりの水量があると思われました。下っていく尾根はこの谷の西側です。登ってきた尾根よりは笹が多く藪っぽいのですが、時々マーキングもあり、踏み跡もあります。ちょっと急斜面を降りると谷に接近しますが、そのまま歩くと地形図にある細尾根に乗れました。この細尾根は藪っぽいのですが、時々倒木を越えたりしただけで、問題なく歩けました。ただし笹はなかなかなくなりません。921mはちょっと伐採されています。そのまま細尾根を歩いて、尾根を西に曲がり、自然林を降り続けると、岸上三等三角点(928.9m)に出ました。南に展望があります。この西は植林となりますが、そのまま芦津発電所の方には降りず、北西の倉谷を目指して北に尾根を降りました。この付近は気持ちの良い自然林ですが、尾根が複雑に分岐しており、GPSを見ながら尾根を探しました。徐々にブナは消えて植林になりました。美しい植林で、谷も歩けそうでしたが、上から見ると細い谷には倒木もあって、歩きやすい植林の尾根を降り続けました。複雑に折れ曲がり分岐した尾根を選びながら564m地点まで来て、さらに少し降りると林道が尾根を横切っていました。どこに行くか分からないのでまっすぐさらに尾根を降りると、地形図どおりに墓所がありました。周囲には石垣が多く、かなり手の入った耕作地だったようですが、今は植林です。倉谷の集落との間には東の谷から来る川があり、橋が掛かっていました。しかしこの橋はいかにも古くて今にも壊れそうでした。幸いに並行して上流側に堰堤があったので、そちらを使って川を渡りました。この堰堤から村の中に水を導いているのですが、水車があるのに驚きました。倉谷のこの付近の家はほぼ空き家です。

関山城はともかくとして、標高差が600m以上ある割には歩きやすく、美しい植林やブナの林が楽しめるコースでした。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「郷原」です。

2018年8月14日火曜日

智頭町の虫井谷川から綾木峠

つい先週歩いた綾木峠は鳴滝山から海上山に至る、八頭町と智頭町の境界に位置する長い尾根にあります。今日はこの尾根の、綾木峠の西側を少し歩きました。

登り口は虫井谷川という、芦津の西、虫井神社の北です。実は最初はこの川沿いを歩くつもりはなく、虫井谷川と堂本の間の尾根を歩きたかったのですが、虫井谷川沿いの林道に入って見上げると、尾根のこちら側は岩山で登れません。県道6号線に戻って尾根先の植林を登るのが正解だったかも知れませんが、未舗装ですが歩きやすい林道だったので、しばらく歩いてみることにしました。東側の山は急斜面であるだけでなく、川を渡らないと登れません。この川は深くて、林道から降りるのは大変です。結局登れそうな斜面を求めて上流まで歩いて、川が浅くなる付近から登ることにしました。地形図ではちょっと支尾根っぽくなっています。植林で地面は意外としっかりしていたので、木に掴まらなくてもなんとか登ることができました。尾根に出ると気持ちの良い植林で嬉しくなりました。

ここからはひたすら植林の尾根を歩きました。たまに自然林もありますが、ほとんどは植林で、下草もなく歩きやすいのですが、登りが続きます。574mピークを過ぎ、ゆっくり登って行くと、661mピークの手前では周囲のたくさんの木に地籍調査のピンクのテープが巻いてあり、華やかな雰囲気でした。その北はちょっと細尾根があり、それからきつい斜面になりました。ここもゆっくりと登って、854mピークに出ました。ここは西の海上山に繋がる尾根との合流点です。頭の赤い杭の束が積んでありました。この先では北の八東川沿いや西に河原方面が見えることがありましたが、ほぼ常に木が覆い隠しており、展望を期待するのは無理です。金属プレートの柳谷奥四等三角点(841.93m)はちょっと切り開きがあります。柳谷というのは八河谷の字の名です。

この先は尾根が北から東に曲がりますが、この付近は自然林が多く、ちょっと藪っぽい雰囲気もあります。しかしすぐ植林になって、斜面を降りると740m+の鞍部に出ました。ここは芦津の史跡案内板に大江越と書かれている峠です(大江では別の名前でしょう)。文政2年のお地蔵様があります。確かに山越えにはここは良いルートでしょう。お地蔵様の背後の急斜面を倒木を避けながら登って788mピークに上がり、ちょっと平らな植林を抜けた後、植林の急斜面を標高差200m近くも登らねばなりません。これはきつくて、ゆっくり休みながら登りました。途中で石英が目立つようになってきて、綾木峠に近づいているのを実感できます。疲れ果てて950m+の細長い尾根に登ると、あとは植林を歩いて八河谷二等三角点(971.26m)に着きました。ここには以前は祠があったのではないかと思います(写真)。そして斜面を降りて、綾木峠に降り立ちました。

綾木峠からは八河谷に中国自然歩道で降りました。最初は植林の中をジグザグに降りる道で、階段も作られています。峠の北には見られなかった枝打ちされた枝が地面を覆っています。このまま楽ちんに降りられるかと思いきや、道が落石で埋まった中に八河谷への道標が立っていました。ここからしばらくは道は渓流に沿って作られており、ほぼ完全に流されています。峠の北側と全く同じ状況です。ガレ石と流木の上を歩くのは同じですが、こちら側はマーキングが少なく、シダが茂っている所が多いので、北側よりも歩きにくい感じでした。たまに階段の横木のような棒が落ちているので登山道の残骸だということが分かります。場所によってはコンクリート製の道標がガレ石に埋まっていました。何度か渓流を渡り、登山道が再び現れるのを期待しながら降りましたが、結局道は中国自然歩道の案内図のある舗装道路の寸前まで現れませんでした。距離にすれば500mほどですが、とても疲れました。舗装道路も壊れかけてはいますが、歩くなら問題はなく、綾木谷川に沿って八河谷に降りました。途中には昔石英の集積場だったような空き地があったり、発電所用の取水口(芦津発電所経由で新大呂発電所に行くらしい)があったりしました。最後は八河谷から出発点まで県道6号線を歩きましたが、これは暑くてまいりました。

峠の北も南も中国自然歩道の荒れ方は相当なものです。人力で修復するのは不可能だと思いますので、しばらくはこのままでしょう。荒れまくっていてこれ以上荒れようがないのが救いです。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「郷原」です。

2018年8月11日土曜日

北から登った綾木峠と東の尾根

綾木峠は鳥取県の八東町と智頭町を結ぶ峠です。この付近は南の芦津付近を通って行くこともできますが、今回は北側から歩いてみました。若桜鉄道の八東駅の東から南に県道6号線を入って、柿原を登山口にしました。柿原はほぼ廃村で、けっこう立派な家もあって興味津々ではありますが、休日には人が来ていました。柿原から綾木峠までは中国自然歩道とされており歩きやすい道を期待しました。舗装はすぐに終わってしまいますし、自動車も入れなくなってしまいます。しかし道の周辺には立派な石垣があって耕作地だったことがわかります。問題は道が川沿いに作られていて、石や流木で埋まっていることが多いことです。これが最近の大雨のせいなのかどうかは分かりませんが、道の見えない場所が多く、非常に歩きにくくなっています。何度も渓流を渡りますが、飛び越えられる幅とは言っても滑ったら大変なので気を使いました。救いなのはマーキングが残っていることで、地籍調査のテープと間違えなければ迷うことなく登っていけました。ガレ石の上を歩き続けて疲れたころに、道は東側斜面に上がって、だいぶ楽になりました。階段が作られている所もあります。スギやチシマザサの説明板もあります。しかし斜面の道も流され気味ですし、再び谷に降りるとガレ岩の上を歩かねばなりません。谷の奥で地形図の破線道が東に曲がっている地点では西向きに階段が作られていますが、こちらが正解で、ここからは植林の急斜面をジグザグに登るようになります。たまに大きな草が茂っていますし、谷を渡る所には橋がありませんが、休みながら登れば大きな問題もなく、綾木峠に着きました。歩き始めて100分ほどかかりました。中国自然歩道だから歩きやすいと思ってはいけません。峠には道標がありますが、説明板は壊れていました。

綾木峠からは東に尾根を歩きました。まず急斜面をまっすぐに登りましたが、気持ちの良い尾根で風もあるので疲れもあまり気になりません。木の間隔が広く下草のないコナラやブナが主体の自然林となると、理想的な山歩きと言えます。ところが少し東に歩くと、いきなり尾根が切れていました。これは鉱山の跡のようです(写真)。綾木峠まで歩く間も石英の多い山だと思っていて、道標の上に石英が置いてあったりしました。尾根に出てからも露出している石がことごとく石英なのに驚いていたのですが、この鉱山は石英を掘っていたと思われます。南側はあまり詳しく調べなかったのですが、コンプレッサーが放置されていました。1981年の国土地理院の地質図によるとこれは珪石の稼行鉱山とされています。鉱山跡を北に巻いて再び気持ちの良い尾根歩きとなりました。しばらくは登りが続きますが、ゆっくり歩けば風も爽やかです。姫路は34度近い日でしたが、この付近は23度程度でした。

綾木峠から80分ほどで、西ケ谷四等三角点(1051.29m)に着きました。切り開かれていますが展望はありません。ちょっと南に曲がった1060m+ピークは東側が切り開かれています。ここは尾根に沿って歩くと南に行ってしまうので、間違えずに東に降りる必要がありました。この辺で植生が変わって、枯れ木が目立ちます。木の生えていない所は笹かヒカゲノカズラが生えています。また気持ちの良い尾根に戻ったかと思った付近の鞍部は、ちょっと切通しっぽくなっていました。ひょっとすると尾根を横切る道があるのかも知れません。この東も登りはありますが歩きやすい尾根が続きます。そして1023mピークの北に登ると植林になり、その東の鞍部には南から林道が上がって来ていました。林道にはこだわらずに尾根沿いに植林を歩き、厳しい登りで1150m+の細長いピークに上がりました。この付近から枯れたネマガリダケの茎が目立つようになります。

少し東に植林を歩くと、若桜町、八頭町、智頭町の境界点に出ました。特に何の標識もありません。ここからは北に尾根を降りました。ここは2016/08/05に鳴滝山からの下山で通りました。自然林の気持ち良い尾根です。その時と同じように糸白見川の突き当りまで降りて地形図の林道で戻ろうかとも思ったのですが、近道をして1053mの北から西に尾根を降りました。植林の尾根で幅広く方向が決めにくいのが難点でしたが、問題なく降りられて、地形図どおりに峠からの古い林道に出会いました。しかしこの林道は地形図通りにここで終わっているので、さらに尾根を降りました。さほど急な斜面ではないのですが、木の枝が落ち葉の下に隠れていることがあり、それで滑って何度か転びました。すぐに西側から林道が現れました。この林道は尾根近くを進んで、標高760m付近でターンして西の谷に降りて行きました。この林道で下山することもできましたが、歩きやすい尾根だったので、そのまま尾根を降り続けました。植林の尾根なので特筆すべきものはなかったのですが、細尾根は両側が切り立っていてちょっと楽しめました。それでも下り続けるのに飽きてきた頃に、最後はかなり急な斜面を降りて、地形図の舗装道路に出ました。あとは県道6号線を歩いて柿原に戻りました。

県道6号津山智頭八東線は、今回歩いた尾根の両側まできれいに舗装された道路が作られているのですが、両側ともパッタリと終わっていて、尾根をどうやって越えるのかが全く不明です。尾根を越えるとすると標高差はまだ400mもあるので、トンネルが一番簡単だと思うのですが、今日通った採石場を通ると尾根越えも少しは楽かも知れません。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「郷原」です。

2018年8月8日水曜日

八河谷から鳴滝山

鳥取県若桜町の南にある鳴滝山には、2016/08/05に東山から縦走したことがありますが、今回は西側から登ってみました。鳥取県道6号線を芦津渓谷の方向に走り、堂本で直進して八河谷方面に走りました。そのまま県道を走り続けると、谷の奥でUターンしますが、ここに車を停めました。この付近にはログハウスが何軒かあります。ここから八河谷(やこうだに)川を遡りました。林道があって所々で舗装されていますが、かなりの荒れ方で、ガレ沢と変わりありません。少し入った所に「智頭町大字八河谷字カンマチ口通称カンマチ口」と書かれた杭が立っています。しばらく荒れた道を歩くとチェーンが張られていて、鳥取営林署の「許可なく通行したときは事故があっても一切責任は負いません」の立て札があります。ここを過ぎるとすぐに鳴滝があります。滝の上の方は見えなかったのですが、大きな岩で埋まった谷で、これが本来の姿なのかわかりません。「ふるさとの川八十八景」と書かれているのですが。

鳴滝を過ぎると地形図では道がくねくねと曲がっていますが、道は実際にこの通りで、崩落だらけです。かなりしっかり作られた道だったようですが、谷側の側面を押さえていたコンクリートがずり落ちており、路上も山側から落ちてきた石や土で埋まっている所が何箇所もありました。これを過ぎると山側の岩がせり出した道で、それから川を南に渡ります。橋が落ちていないのでほっとしましたが、橋を渡るとしばらく道が川になっていました。それから立派な第4号堰堤(平成12年度)がありますが、上流側は湖になっています。ここで林道は南の山に入ります。道は少し歩きやすくなりますが、山側の法面は土がむき出しの所が多く、落石もあります。そして林道の終点に着きました。ここの谷側はしっかりと補強工事がされていて無傷でした。歩き始めて80分でした。

林道の先には斜面に作業道があり、これを使って林に入って、問題なく尾根に上がれました。やっと山歩きとなりました。歩きやすい尾根で、自然林がきれいです。なんとなく作業道があります。密に生えた林はなくて、むしろ開けた場所がたくさんあります。少し登ると、あまり太いものはありませんがブナの木が増えてきて、同時に地面には枯れたネマガリダケの茎が残っています。たまに急登もありますが、長くは続きません。周囲の雰囲気を楽しみつつ、ゆっくり登りました。ときどき見つかりにくくなりますが、マーキングもあります。1248mピーク付近はなだらかで、ブナがまばらに生えています(写真)。地面は膝より低い笹とシダが競合して、その中にネマガリダケの茎が残っています。シダの草原も通りました。

次の1240m+ピークを北に曲がり、北に歩いてまた東に曲がりましたが、人の手が入っていそうもない、気持ちの良い尾根です。東の1228ピークへは草地の細尾根を通り、シダで埋まった急斜面を登りました。幸い曇りだったので助かりました。山の上は林です。ここから鳴滝山までの尾根もブナの多い気持ちの良い場所です。最後の標高差100mほどは、膝くらいの高さの笹が茂った急斜面を登らねばなりません。林の雰囲気は良好です。途中に自撮り棒が落ちていました。断線したので捨てて行ったのでしょうか?自撮りしたい場所であることは確かです。そして笹の間を登って、鳴滝山の頂上に出ました。松尾三等三角点(1287.29m)がありますが、山名のプレートはありません(木が倒れたらしい)。

下山はまず前回同様に北に尾根を歩きました。この付近からは河原が見えます。尾根は植林になりますが、しばらくして西側下に林道が見えます。斜面を降りて林道に出て、林道を歩いて下山しました。と書くと簡単ですが、実は林道をどちらに歩いたら良いのかは大問題です。勾配が下りの方に行くのが正解とは限りません。今回は事前に航空写真で調べてあったので、迷わず南に歩きました。航空写真では林道は木に隠れて見えない部分もあるので、少し心配もあったのですが、幸運にもほぼ間違いなく降りられました。いくつかの林道が集まっている場所があり、木の橋がかかっていて、そこから谷の南側に道がありました。航空写真では見えないのですが、地形図の破線道とほぼ一致します。しっかり作られた道で、崩落箇所もあまりありません。川沿いの自然林を眺めながら、第4号堰堤に出てきました。ここからは再びガレ石だらけ、崩落だらけの道を歩いて県道6号線に戻りました。

林道の荒れかたは、山の上よりも下のほうが激しいようです。付近に降った雨が全部下流に集まるのですから当然なのでしょう。山の上は天国のようでした。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「郷原」「岩屋堂」です。

2018年8月4日土曜日

千種川から登る大鳴山

千草町の南に位置する大鳴山には、2017/09/03に北の黒土の滝から登りましたが、千種川から直接登れないか検討しました。すると、地形図では千種川沿いの県道72号線から、大鳴山へ繋がる尾根に向かって破線道があることに気付きました。行ってみるとこれは関電の巡視路です。まず植林を上がり、それから尾根沿いに登ると、千種佐用線二四鉄塔がありました。1系統の小振りな鉄塔です。この場所はさほど登っていませんが既に展望は良くて、千種川沿いに南方面が見えます。さらに登っていくと、川向かいの集落や笛石山が見えるようになります。少し急な植林の中を登っていくと、直射日光の眩しいススキの茂みに出ました。ススキをかき分けて登ると、山崎智頭線三五鉄塔がありました。ここも眺めの良い場所ですが、日差しが強くて参りました。

すぐに林に逃げ込んで、林の中を歩きました。傾斜は少なく、614mピーク付近までは自然林もありましたが、あとはほぼ植林となりました。たまに三室山が見えます。この道は関電の巡視路なので整備されています。尾根上が伐採地の場合はそれを避けて林の中に道があります。700m+のピークの植林には、34鉄塔への赤い火の用心があります。ここから東にまっすぐ歩くと、大鳴山の頂上に出ます。伐採してあるので明るいのですが、展望は皆無です。大鳴山三等三角点(742.88m)があります。(写真)

山頂からは2017/09/03と同じルートで巡視路を通って南に歩きました。時々巡視路を見失いますが、問題なく歩けて、山崎智頭線三三鉄塔に着きました。紅白の鉄塔で、高さは60mほどあるのではないでしょうか。ここも展望地です。ここから植林を降りて、前回同様に金属製の橋を渡って、林道に出ました。地形図ではここから西に谷を降りる破線道があって、それが下山には一番近道なのですが、この方向は草の生い茂った小川が流れているだけで、歩けそうもありません。そこでとりあえずは林道を南に歩きました。

この林道は少しずつ谷を登って行き、そのうち舗装道路になりましたが、峠を越した付近で終わってしまいました。地形図ではそのまま志文川まで行っているのですが。道が終わった先には作業道があり、これは山裾を巻いていく感じで、山側にはネットが張られています。いちおう重機で作ったような感じの道ですが、低い松が生えていて歩きにくく、しかも最後はこれも終わってしまいました。この先は作業道の名残があり、消えかかりながらも斜面を横切って行きます。しかしそのまま斜面を伝っていくと千種川には絶対に出られないので、山側の傾斜が緩い所で西の山に登り、尾根を西に歩きました。西側の谷は植林で、それを渡って尾根に上がってからは尾根の西側斜面につけられた作業道を南に歩きました。この付近は2011/04/03に来ていますが、その時には尾根を歩いています。斜面の作業道は崩れ気味でトラバースと変わらない場所もありますが、不思議と消えることはありません。途中で林道ツヅラ線(谷の北から志文川に延びている道)の突き当りになる鞍部には、たくさんのスラグが落ちていました。周囲を見回しても鉱山の入り口はなかったのですが。

この先もさらに西側斜面の作業道を歩きました。すぐに地形図の破線道と思われる作業道になりましたが、道の状態は相変わらずで流れて消えかかっています。そのまま南に塩地峠まで歩いても良かったのですが、斜面の作業道は疲れるので、降りやすそうな尾根を見つけて西に降りました。この尾根は多少は急でしたが、他の斜面に比べればずっとマシだと思います。途中に「村」という標石があって、眼下に村が望めました。地形図で塩地峠から北に延びる破線道と思われる付近に来ると、確かに道が尾根を横切っていました。これかと思って北に行くとなんだか登りになっていきます。変だと思って見回すと、一段下にもっと幅の広い道がありました。こちらがかつて千種から山崎への街道だった道で、県道72号線に降りた所にある県教育委員会による説明板では幅6尺に作られたとあります。しかし崩落が激しく、人が歩くのがやっとという場所がいくつもあります。しかも谷に来ると堰堤が作られており、沢を横断する道は消えています。路面上はガレ石が多く、歩くだけでも疲れました。最後は害獣除けの扉を通り、墓地の多い付近を抜けて、県道に降りられました。

このコースの難点は下山だと思います。急斜面でも尾根を探してまっすぐ降りるのが正解でしょう

展望 ★☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「千草」です。