2018年7月1日日曜日

千種町の室三角点

千種町の西には日名倉山が聳えています。西斜面には鐘を鳴らせる目立つ建物があるため、あちこちの山から認識可能です。千種町からの登山道は雛倉神社からですが、この登山道は谷を登って奥海越を経由して尾根を登って日名倉山に登るコースで、かなり長いものです。今回は日名倉山ではなく、奥海越の東にある山に登りました。

千種町の雛倉神社から少し登ると東に行く道がありますが、この道が尾根先を切通しで横切っています。切れた先の方に登ると小さな祠がありました。登山は当然反対側の尾根から始まります。ちょっと耕作地がありますが、それを避けて登ると尾根裾をまわる道がありました。素直に道に従って歩くと、害獣避けの扉がありました。無理に登って金網に突き当たらずよかったと思います。扉を通って本格的に登り始めると、地形が複雑です。明らかに鉄を採取した跡です。地形図で見てもこの付近は比較的なだらかですが。これは山が削られたためと思われます。凹凸の多い地形ですが踏み跡があって問題なく歩けました。ある程度登って標高550mを超すと急斜面になりますが、踏み跡は続きます。踏み跡をたどってなんとか標高差200m程度登ると、少しずつ緩やかになりました。同時に踏み跡も消えてしまいましたが、下草のない植林なのでどこでも歩けます。山頂の平らな所では倒木もあり、ちょっと藪っぽくなりました。ネットも張られています。室四等三角点(857.15m)は、アセビとシダと低い松の藪の山頂にありました(写真)。伐採してあるのですが、そのままになっているので乱雑な伐採地です。日名倉山が望めました。

この後は少し山頂付近を散策しました。三角点の南の斜面は倒木をシダが覆い隠しているので危険です。ネットは西の伐採地の方へ行ってしまいますが、南の森に入って降りていくと、鞍部に未舗装道路がありました。東に延びていましたが、おそらくは西側から来ている道だと思います。西側は伐採地で、道路は真新しいネットで遮断されていました。さらに南に歩き、真東に登っていくと、826mピークに山崎智頭線四〇鉄塔がありました。ついでにもっと南東に歩いて、三九鉄塔も見に行きました。ここは東から南に向けて展望があります。この付近の植林は昼でも夜のように暗いのが印象的でした。

四〇鉄塔に戻って、次の鉄塔への赤い火の用心を頼りに西に降りると、道がありました。周囲はシダが茂っているので無理はせずにこの道で降りていきました。かなり荒れた道ですが、倒木だらけのシダ藪よりはましです。しばらく歩くと舗装道路に出ました。780m+ピークの東側を南北に走る道です。ちょっと北に行くと広場がありますが、航空写真で見えている四角いものは巨大な動物捕獲用の檻でした。この付近で地形図の破線道に合流しますが、西へ行く破線道はあまりはっきりしません。舗装はすぐに終わりますが、この付近は東に道があり、先程鞍部にあった道に繋がっているようでした。そのまま破線道を北から西に歩いて、日名倉山への登山道に出ました。この付近が奥海越です。760m+のピークに登りたかったのですが、周囲がしっかりとネットでガードされています。さらに航空写真でも分かるように山頂には木が残っていますが斜面は伐採されています。そこには背の高い草が茂っていて、登るのは大変そうだったので諦めました。おそらくネットで鹿が入れないので草が生え放題なのだと思います。

奥海越からは登山道で雛倉神社へ下山しました。ここは2011/07/23にも通りましたが、荒れかたは変わっていません。水が道と並行して流れており、途中で道が流されています。途中で道幅が広くなってからも水が道路上を流れている場所がいくつかありました。

特に面白い山ではありませんが、山裾の削られ方はこの付近には共通しており、地形は変化に富んでいます。奥海越へは倉谷から南の谷に道があり、千合地峠にも達しているようです。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「千草」です。

2018年6月16日土曜日

畑から登る養父市の建屋山

これまで何度か登っている養父市の建屋山ですが、今回は東の畑から登ってみました。登り口は乙屋神社で、神社の裏の植林を登ると尾根に上がれました。後はひたすら建屋山を目指して登りました。標高差は600m以上ありますが、長距離なので全体にゆったりとした登山となりました。とは言え最初は少し急登もあり、その先の尾根は場所によっては切り開きがあるものの、藪をかき分ける場所もありました。細い尾根を登っていくと、地形図どうりに道が横切っていました。あまり整備された道ではなく、西側は土砂崩れで埋まっていました。歩くのには問題ないと思います。

植林が増えてきて、そのうちに青いネットも張られています。そして金属プレートの毛坂四等三角点(620.22m)に着きました。周囲には低い松が生えています。ここには2014/08/30に来ました。ここから建屋山までのコースはその時にも登りましたが、楽なコースで、毛坂三角点までよりはずっと速く登れました。切り開きのある712mピークを過ぎて植林を登り、最後に急斜面を登り切ると建屋二等三角点(855.78m)のある山頂でした。切り開かれていて中央にはアシビの藪ができていますが、三角点はその西側にあります。

山頂からは南に歩きました。ここは2014/08/30と2015/04/18に歩いていますが、美しい自然林で落ち葉のクッションになっていました。829mピークまで来ると藪ですが地籍図根三角点があり、見晴らし良好です。西には建屋から餅耕地方面、東には和田山ICがよく見えましたが、竹田城は見えません。ここから東に尾根を歩きました。この付近は2014/08/30に藤和から登ってきた所で、養父市と朝来市の市境の尾根です。尾根は藪ですが北側に降りたところには林道があります。壊れたネットもあって足を取られますが、展望があるのを楽しみに我慢して東に歩くと、徐々に歩きやすくなりました。途中にパラボラアンテナがありましたが、機能していないようです。アンテナ付近はアシビの藪です。そして、乙屋四等三角点(747.05m)に着きました。ここは伐採されているのであちこちに展望が広がります。このあと770m+ピーク付近で林道が終わるまで、林道は尾根に近づきます。この付近からの北側の展望は素晴らしく、ハチ高原まで見渡せます。(写真)

林道終点の付近から、真北に延びた尾根で下山しました。まず739mピークまで歩き、西側の尾根に降りました。この後はこれも長い尾根ですが、数箇所地形図からは分からない急斜面がある以外は何も問題はなく降りられました。分岐がいくつかあって、どの尾根を選ぶか迷いましたが、なるべく乙屋神社に近い方向に降りました。標高300m付近はかなりの急斜面で、東の尾根にしたほうが楽だったかも知れません。最後は堰堤があり、長福寺の裏の舗装道路に出ました。

長い尾根を登って長い尾根を降りたという感じでした。林道から見えた遠景は儲けものをしたような気分になりました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「八鹿」「但馬竹田」です。

2018年6月13日水曜日

鳥取市用瀬の三角山と洗足山

用瀬(もちがせ)は鳥取市ですから、姫路からはだいぶ遠くなります。しかし無料の鳥取自動車道のおかげで意外と早く安く行けます。用瀬で有名なのは三角山と洗足山で、これを繋ぐ尾根を用瀬アルプスと呼ぶようです。

三角山へは用瀬から登りました。最初の鳥居は三角団地というちょっと不思議な形の家の団地の上にあります。ここから真っ直ぐ山に道が延びています。まず最上山道場という日蓮宗の祈願所がありますが、それを過ぎると神社関連の施設が増えてきて、女人堂に着きました。三角山神社の説明板があり、ここからが本格的な登山となります。かなりの急斜面を登りますが、道は整備されています。景石城址からの道と合流し、さらにロープも張ってある急な道を登ると、洗足山への分岐に出ますが、ここはまず三角山神社を見に行きました。大きな岩の上にある神社で、眺望もあります。名前の三角山は「みすみやま」なので三角点はありません。この山の形は特異なので用瀬から見上げてもすぐに分かります。

山頂から分岐点に戻って山頂を東側で巻くと、この山頂の周囲には大きな岩がいくつも聳えているのが分かります。そして山頂の南に出て縦走路となります。まず最初に岩が尾根に聳えており、西側に鎖があって巻いて進めるのですが、その先でいきなり岩が切れています。ここには梯子が作られているのですが、梯子を降りるには後ろ向きに足を掛ける必要があり、高所恐怖症には辛いものがありました。結局岩の北に戻って、東側を巻きました。この梯子は南から来て登るのなら問題ないと思うのですが、降りるには技を要します。この難所を過ぎると登りになりますが、ロープが張られています。ちょっと登ると592mピークの北には「おおなる小屋」という名前のログハウスがありました。新しいもので、中は木材の香りが充満していました。この南では再びロープのお世話になって、648mピークに登るとここは「おおなる山」だそうで、用瀬アルプスの案内板があります。ここと洗足山とは標高差100mほどなのですが、実際には一度大きく降りてから登り返します。尾根の外れでちょっと曲がって急斜面を降りました。そして下って下って、468mの「鬼ケ乢」に出ました。そしてここからは大変な急勾配で、ロープや鎖が大いに役立ちました。そして東からの道と合流すると、その上は展望のある平坦地でベンチがあります。ここからは日本海が見えます。この付近の石は赤く、また石英も見られました。この先は比較的楽な登りで、洗足山に着きました。洗足谷山一等三角点(736.18m)があります。流石に一等三角点は立派です(写真)。

下山は少しでも用瀬に近づくように、金屋へ向かいました。地形図で見ると急斜面を降りるのですが、「洗足山遊歩隊」が最近この付近の整備を進めているので、問題無いだろうと考えました。じっさいこの道は急斜面をジグザグに下っていきます。「路肩注意」という看板が立っていましたが、たしかにこの道は大雨が降ると流されて消失しそうです。登山道としては整備されており、時々道標もあります。ですが、基本的に登山用に整備されており、下山の時には必ずしも役に立ちません。役に立つのは木に付けられた赤いマーキングでしたが、場所によってはそれも見つけにくいことがあったので、もっと必要と思います。というのは、この道は単調に尾根を降りるようなものではなく、斜面を通る場所が多いからです。最後は谷に降りてきて、林道に出ました。ここが登山口となっています。気持ちの良い林道を降りて、用瀬に帰るのに1時間ほどかかりました。

見どころたくさん、楽しみもたくさんの登山道です。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「用瀬」「智頭」です。

2018年6月9日土曜日

法道寺城から登る養父市の石禾城

養父市と朝来市の市境の尾根に位置する石禾(イサワ)城は、2017/12/02に西から登っていますが、調べてみると東から登るほうが楽そうなので、こちらのルートでも登ってみました。登り口は国道9号線の法道寺交差点を南西に曲がり、少し走って法道寺城跡の看板が出ているところです。法道寺城は中山城とも呼ばれるそうで、戦国時代後期に改築されたと書かれた説明板があります。指示に従って法道寺(高野山信号週亀岡山 法道密寺)に向かい、鐘楼の後ろから大手登城路に入ります。イノシシ避けの扉を通ると「大師みち」という矢印がありますが、ここからは八十八ヶ所のお参りができる道です。これを登っていくと、山頂近くに大手虎口という看板があり、ここから先が城跡となります。確かに深い堀切があり、平らな山頂は周囲が盛り上がっており、ここが本丸跡となります(写真)。目指す方向へは大土塁を越して西に降りて堀切を渡ります。

ここからは尾根登りですが、すぐに尾根上に頑丈な金網があります。とりあえず北側に扉で抜けて金網沿いに登りました。そのうちに金網は終わって、やや急な登りになりました。そして地形図で尾根を南北に破線道が横切っている場所は、広く平らな場所で、ここも周囲が盛り上がっている感じがして、山城の一部だったような感じでした。そしてさらに登っていくと、石禾上城に出ました。市境の尾根です。前回は市境の尾根を歩いただけだったのであまり山城の感じはしなかったのですが、下から登ってくると山城のような気がしました。市境を南に歩けば、石禾城(畑高城)です。この手前がやけに急斜面なのですが、ここは堀切があるのです。山頂の廻りには一段低い所にぐるっと平坦地があります。このような人工の地形が500年近くも残っているのには驚きます。山頂には上野三等三角点(537.65m)があります。

下山はまず前回と同じく市境の尾根を北に歩きました。石禾上城を過ぎて、急斜面を降りますが、ここにも堀切があったのかも知れません。鞍部付近には地形図では破線道があります。はっきりしませんが、道の跡があるかも知れません。地籍図根三角点のある石禾下城からは今回は東にさらに市境を降りました。この尾根は切り開きが多く、勾配はなだらかで、実に歩きやすい尾根でした。ほぼ平坦地を歩いているような感覚でしばらく歩けました。植林が増えてきて、少し急斜面を降りると宮内四等三角点(220.32m)に出ました。ちょっと切り開きがあります。この付近からもさらに市境を降りましたが、そのままだと野球場の方に行ってしまい帰りが遠くなるので、東の植林を降りました。谷に降りると頑丈な金網があり、扉はあるのですが針金が錆びていて開けられず、別の扉を探してやっと外に出ました。東に降りると墓地に出てきました。

下山に登った尾根は距離は長いのですが勾配は緩いので楽に登れそうです。法道寺城からの尾根も、急登はありませんでした。法道寺城や石禾城については[1]に詳しく解説されています。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「八鹿」です。

2018年6月3日日曜日

智頭の篭山

前日に牛臥山に登ったときに、西に聳えていたのがこの篭山です。続けて登ってみました。

登り口は智頭駅の北西で、新見川を渡ると「比丘尼城 岩神城跡」という石標が立っており、そこから真っ直ぐに山に入りました。「かごやまトレッキングコース」の標識もあります。林道は複雑に曲がって山を登っていきます。分岐もたくさんありました。途中に鳥居があって、地形図で岩神から真っ直ぐ登ってくる破線道が鳥居に通じているようでした。つまりこれが岩神神社への参道なのでしょう。神社は再建されたようで、「つどいの館」という建物もありました。神社の先で道は草が増えてきます。344m地点を過ぎて、その先は尾根の先端に突き当たるので、普段ならここから尾根登りを開始するのですが、「登山口まで0.2Km」の標識があったのでそのまま道を歩きました。

登山口はこの道が終わった所にあり、尾根に向かって北に上ります。マーキングがありますが、途中からは作業道があって、ジグザグに登って行き、ススキの生えた尾根に上がれました。ここからは尾根登りで、少し平らになった場所では見晴らしも楽しめます。牛臥山や智頭の市街地も見えます。北から南まで展望が広がるのはこの付近だけでした。しかし徐々にススキの背が高くなり、手強くなってきます。標高600m付近からはススキの間を縫って歩くようになり、切り開きを探すのも困難になりました。特に夏はススキの背も高く日照りも強いでしょうから、避けるべきコースだと思います。なんとか頑張って登ると、市之瀬三等三角点(699.31m)の手前で南から整備された道が上がってきていました。この付近の展望も良好で、鳥取平野が望めます。条件が良ければ日本海も見えると思います。

ここからは笹の間に作られた道を歩くことになりました。雰囲気としては氷ノ山や駒の尾山に近く、風もあって気持ちよく歩けました。道標もあります。いったん868mピークにあがり、建設省の篭山反射板のある880m+を過ぎると、ちょっと茂みを抜け、笹の草原を抜けて(写真)、篭山頂上に着きました。篭山三等三角点(905.28m)があります。日本海が見えると嬉しかったのですが、ちょっと霞んでいました。

下山は山頂から南に降りようと考えていたのですが、笹が生い茂っており、道も無いので歩きようがありません。西に降りる道もすぐに終わっているようでした。しかたないので東に引き返し、「かご山中田」という道標のある所から南に降りました。最初は藪の中を通りますが、道ははっきりしています。降りていくと笹の背丈もだんだん低くなり、植林を快適に降りました。625m地点を過ぎて、最後は尾根から東側に降りる切り開きがあって、急斜面を降りると林道に出ました。これは林道篭山線で、地形図よりもさらに西に延びています。林道を戻る気はしなかったので、尾根に沿って下っていく林道を歩きました。この道は少し荒れていますが、無事に地形図に描かれている実線道に繋がっており、下山できました。途中に「智頭林業技術研究所」の建物がありましたが、この付近の植林の美しさは抜群でした。このあとは「ナメラ谷作業道」で下山しました。

林道篭山線の入り口にある案内板によると、今日は岩神登山道を登って、西側の登山道で下山したことになります。岩神城跡は神社の近くにあったようで、岩神登山道は林道の終わりまで行かずに登り始めるように描かれています。篭山線の途中から登る輪登山道がおそらく一番楽でしょう。素晴らしい山だと思いますが、冬は積雪があり、夏は暑いだろうと思います。

展望 ★★★
藪山度 ★★☆
地形図は「智頭」です。