2018年12月24日月曜日

北から登る水剣山

水剣山にはあちこちの方向から登っていますが、北から登ったことはなかったので、伊沢川を遡って宮ノ北の先で県道546号線に入りました。これは野々隅原に行く道ですが、のっけから非常に細くてすれ違い不能でビビりました。少し行って橋のところで道が別れているので車をとめました。Street Viewもここで終わりです。ここには川原山口保安林管理協議会の看板があるのですが、主にここの北の山の「保健保安林」について書いてあるようです。この付近にはコテージがいくつかあり、岩の上に祠があるのも目を引きました。

県道546号線とは別れて、河原山川の南の林道を歩きました。植林の作業が行われているようで、轍で泥だらけの道です。しばらく行くとコンクリートの道路が斜面を斜めに上がって行っていました。「アカゼハタ入口」という標識が立っている所です。道路を登っていくと、西向きに折り返して伐採地を抜けていきます。航空写真でも見える広い伐採地に出ましたが、このままだと降りてしまいそうだったので、東に登っていく道に向かいました。これは最終的には伐採地で終わっていまいます。おそらく航空写真で見えている終点だと思います。伐採地は登れないので、少し戻って、林道から尾根に上がりました。この後は急斜面の尾根を標高差300m近く登ることになりました。下草はなく、たまに大きな岩がありますが、傾斜は手を使わなくても登れる程度でした。1時間近く根気よく登って、主尾根に出られました。少し岩のある尾根ですが、まず東に登り、740m+ピークから759mピークに歩いて南に向かい、真っ直ぐ登って水剣山の西のピーク、そして水剣山の山頂に着きました。と書くと簡単ですが、けっこうなアップダウンがありました。山頂には蔦澤三等三角点(871.79m)があり、南向きの眺望は素晴らしく、逆光で天候もイマイチでしたが、瀬戸内海が見えました。(写真)

下山は東のピークに向かいました。途中に吊尾根を通る登山道への分岐があります。東のピーク付近は藪で、その先も藪が続きました。この尾根は2008/08/09に登っていますが、その時は倒木は少なかったようです。今回は倒木が多く、急斜面の岩場に倒木があると下山は危険でした。少し降りると楽になりましたが、742m地点の下は尾根が意外と複雑で、登りはよかったのですが下りでは迷いやすく、何回か尾根を探して斜面を横に歩きました。最後は620m+の鞍部に出ました。ただの林で、地形図の破線道はありません。適当に歩きやすそうな斜面を西に降りました。斜面は倒木があって歩きにくく、谷底は倒木とガレ岩が多いのですが、とにかく降りると、河原山林道東谷支線の終点に出ました。ここからも林道が南北に伸びています。あとは林道を歩いて降りました。途中に「森林水環境総合整備事業」の地図があり、うまく読み解けなかったのですが、林道がたくさんあるようでした。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「安積」「山崎」です。

2018年12月22日土曜日

加西市上芥田町の不動庵

加西市北部に芥田(けた)川という北から南に流れる川があり、一番奥には赤穂浪士由来の久学寺があります。そのずっと南の上芥田町に、不動庵というお堂がありますが、この付近の山に登ってみました。県道369から東に入ると、北方向に「不動庵」という標識があり、まっすぐ歩けば害獣避けの扉を開けて不動庵に着きます。4つの一隅燈があり、「不動庵」の揮毫は久学寺の住職さんによるもののようでした。不動庵の裏から山に入ろうとしたのですが、はっきりした道がなかったので西寄りの尾根向かって急斜面を登りました。地形図には東寄りに破線道が描いてあるので、これを探すべきだったかも知れません。しかし急斜面を登って尾根に出て、さらに急な尾根を登れば、播磨線一二六鉄塔に出られました。ちょっと眺めの良い場所です。ここへは西から巡視路と思われる良い道が登ってきていて、こちらから登るのが一番正解でしょう。

巡視路がどこへ行くのかは不明でしたが、とにかくさらに登り続けました。すると道らしきものがあり(これが地形図の破線道か?)、ちょっと岩の多い見晴らしの良い場所に祠がありました(写真)。扉を開けても中には特に変わったものは入っていなかったのですが、もともと不動庵はここにあって、参拝しにくいので下に移した、ということはないでしょうか?

さらに東に尾根を登りましたが、ここは藪山です。枝を押しのけながらの歩き、共同アンテナを過ぎて330m+まで行きました。ここも地籍調査の跡くらいしかありません。北に行けば遠坂ですが、南に降りました。ここは落ち葉を踏んで歩ける程度で、割と軽快に歩いて、290m+の鞍部に出ました。地形図では破線道が横切っていますが、西側にかろうじて道がありました。これは巡視路のようで、南に登ると播磨線一二八鉄塔がありました。その南の370m+ピークはシダ藪の中に地籍図根三角点がありました。ここから南西に向かいましたが、尾根はシダ藪が続きました。背丈はさほど高くありませんが、急斜面でも足元が見えないので危険でした。東側の奥池から南に時々展望があるのが唯一の救いでしたが、シダ藪を抜けるのは疲れました。たまに地面が現れて、不動庵が見えたりもしますが、結局このシダ藪はずっと続きました。320m+のピークから次の三角点へ行くつもりだったのですが、シダ藪で踏み跡もないので、西に下山することにしました。こちらはシダが少なめで、尾根上はシダ藪でも北に少し降りれば問題なく歩けました。最後は金網に突き当たりましたが、扉を探して出ることができました。

シダ藪はほぼ予想通りでした。足元が見えないと急斜面は危険なので、無理はしないことです。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「北条」です。

2018年12月10日月曜日

多々良木湖から行者岳

朝来市の行者岳には2013/03/30に登りましたが、その時は西の山口から登ってきました。本来の登山道は多々良木湖からのはずなので、今回はその正式ルートで登ってみました。

登り口は多々良木ダム湖の周回道路にあります。登山口の標識から登っていくと、整備された登山道が続きます。明治時代の石仏が所々にあって、昔からの参道だということが分かります。少し登ったところにある弥勒菩薩([1])は相変わらず危なげな石の祠に入っています。急な登りが続きますが、整備された道なので問題なく登れました。地形図で見ると明らかに606mピークが最大の難関で、下から見上げても急峻なのですが、ここには金属製の階段が設置されています。これを登ると遠景が楽しめます。ここが参道の終点かと思うのと、この後も石仏があります。背景がちょっと変わっていて雰囲気が違うと思ったら鈴懸不動だそうです([1])。着衣が鈴懸で、左手に持っているのは最多角念珠でしょうか。相変わらず整備された道に道標となる石仏が点々とあって、落ち葉で足を滑らせなければ問題なく歩けて、行者堂跡に着きました。小さめの祠があります。鍋と一升瓶が残っています。地形図で見ると半端な位置ですが、大きな岩が背後に聳えていて、大きな割れ目があり、その奥にはアルミのはしごがあります。上手に降りられる自信がなかったので一番奥には行かなかったのですが、中にも小さな祠があるようです。

行者堂跡からは素直に標識に従って南を巻いて鎖場で大岩の上に上がりました。ここには大岩の北を真っ直ぐに登ってくるロープがあって、とても急峻ですがこの方が面白かったかも知れません。もう一つ鎖場を登ると眺めの良い場所に出ますが、覗きの岩場のようです。この先は岩場は少ないのですが、意外と急斜面で、ロープに助けられました。そして主尾根に出ると大きな岩があって、また東に展望が得られます。そこからちょっと南に歩くと行者岳です。金属プレートの行者岳四等三角点(784.53m)と、名無しのマイクロ波反射板があります。

行者岳からは南に尾根を歩きました。素晴らしく良い道です。赤い「火の用心」がありますが、近くに送電線はないと思います。「火の用心」は岩屋観音の方に行っているようですが、そちらには行かずに錆びたドラム缶のある南東の尾根を歩きました。途中で2012/10/27に法道寺山(南の806.4m三角点ピーク)から登ってきたルートと同じになります。隅の欠けた地籍図根三角点を過ぎて、細尾根が楽しいのですが徐々に藪っぽくなります。769mピークの北を通って東に降りますが、ここは本当に分かりにくい場所で、今回もうろうろしました。小松やアセビの藪っぽい細い尾根を抜けて680m+の小ピークから北に下山しました。この尾根はあまり急勾配ではないのですが、593m地点付近を過ぎると広い尾根になって方向が分からなくなりました。フラフラと左右に揺れながら尾根を探して降りていきました。マーキングは全くありません。尾根には植林は少なく、落ち葉を踏んで歩けました。最後に420m+地点に出て、真っ直ぐに北に行くと道路に降りるのが難しいかと思い、西向きの尾根を降りました。しかしこの尾根の先はかなりの急斜面で、岩と落ち葉が多く足元は悪く、木に掴まりたくても木は少なく、最後はわざと藪を選んで降りました。ちゃんと周回道路に出てきましたが、この下山ルートは考えものです。降りてきた谷の奥には黒滝があるようで、谷の奥に降りる手もあったと思います。

展望 ★★☆
藪山度 ★★☆
地形図は「但馬新井」です。

2018年12月2日日曜日

晩秋の砥峰高原と琢美鉱山

琢美鉱山という砒素鉱物の鉱山が砥峰高原の西にあることを知って行ってみようと思いました。起点は当然砥峰高原です。晩秋の砥峰高原は一面のススキが小麦色に染まって美しく、逆光で見ると銀色に光って見えます(写真)。駐車場も無料ですし人も少ないのでゆっくりと楽しめました。

まずは山を歩こうと思って、交流館から福知渓谷の方に県道39号線を降りて、川が太くなる前に西に渡って、斜面を登りました。葉の落ちきったコナラの林で、地面は落ち葉で埋め尽くされています。障害物は何もなく、やや急な斜面を登り続けて982mピークに出ました。地籍図根三角点があります。北側の展望もあります。ここからは尾根伝いに南東に歩きました。こちらは植林で、すぐに西側に林道が現れます。林道は向かっている方向に伸びていますが尾根には上がらないので、並行して尾根を歩きました。地形図で破線道が尾根をよぎるところは小さな切通しになっていて、両側に道が四方に伸びています。ここから950m+ピークに登ると土塁があって砥峰高原の縁に出ました。

砥峰高原を見ながら土塁に沿って南に歩きました。地形図では破線道がこの付近で東西に走っていますが、ススキの中に地籍図根三角点があるだけで、道はありません。そのまま斜面を登って981mピークに上がり、西に尾根を歩きました。この尾根には土塁が作られています。北側は伐採地で青いネットで囲まれており、南側は倒木だらけです。土塁は文化遺産なので上を歩くのは極力避けたのですが、倒木が多くて土塁上を歩かざるを得ない場所もありました。尾根の外れからは峰山高原に向かう遊歩道があります。落ち葉を踏みながら歩けて快適ですが、しばらく歩くと舗装された峰山林道に出ました。しかたなくちょっと林道を歩き、尾根先を回って小さな切通しのところから支尾根を降りました。ここも植林です。暗く、意外と深い谷でした。北に林道もありましたが、とりあえず谷を降りて
から北に鞍部を抜けました。

ここから北の谷が琢美鉱山([1])ですが、まずは落ち葉のきれいな谷です。水はほとんどなく、谷底も歩けましたが、東側の斜面を降りました。平坦地があってレールが残っていましたが、抗口は完全に埋まっています。おそらく東側斜面の切り崩して谷沿いに平坦地が作られていたのだと思いますが、ほとんどは崩れてしまい、平坦地はわずかです。砒素鉱石は、正直言って見ただけでは分かりません。谷を降りてくると地形図で破線道の通っている谷(タクミ沢)に出ます。ここは一度は整備されたようですが、荒れまくっています。谷の南側にはかつて鉱山の建物があったと思われる平坦地があり、ここを東に歩きました。途中からは林道に出ますが、東に歩くと地形図にはない林道となり、かなり荒れていました。倒木の下をくぐり抜けたりして斜面を通って伐採地の下を通り、砥峰高原に出てきました。砥峰高原側からは立入禁止となっていました。そのまま砥峰高原に入り、きれいなススキを見ながら交流館に戻りました。

琢美鉱山は、人工物を探すよりは鉱物採集に行く所だと思います。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「長谷」です。

2018年12月1日土曜日

智頭の樅尾城跡

用瀬の三角山から洗足山に歩いたときに、いずれはその南の尾根も歩きたいと思っていました。すると洗足山と牛臥山の間に樅尾城という山城の跡があることを知りました([1])。登山道もあるということなので、行ってみました。

登山口は智頭ICを出て北に行った中島の集落の北の外れにあります。地形図の林道を登って行き、道標のあるところで西に折れて、その上の支尾根に上がります。平成27年に作られた新しい林道がいくつかあって、ややこしくなっています。林道を作ったときに道標を増やしてほしかったと思います。だいたい間違いなく登って行けたのですが、西の谷で林道が終わってしまいました。どう見てもその先に道はないと思って、少し戻って森林作業道中島二号線に入って西に向かって登りましたが、これも斜面で終わってしまいました。しかしすぐ上に尾根あるようだったので、細い作業道を探して斜面を登りました。少し平らなところに出てきましたが、見上げると急斜面です。しかし頭上を送電線が通っているので、東に向かってその下を通って斜面を登り、大内用瀬線21鉄塔の立っている510mピークの手前で主尾根に上がりました。

主尾根は下草は全く無く、落ち葉がほとんどなので歩きやすく、南に展望もあります。南斜面は非常に急ですが、その下に鉄塔が立っていて、巡視路は主尾根から降りて行くようでした。ずっと落ち葉のなだらかな尾根で気持ちよく、524mピーク付近は北側に少し削られた場所があって城跡かと思ったのですが、林道の跡のようでした。その先の鞍部は板井原から道が上がってきていて、峠地蔵という案内板があり、じっさいにお地蔵様があります。ここは狼煙場だそうです。この西は少し登りですが、尾根から南側にロープが何本か張られていました。土砂崩れ対策でしょうか?この付近の南斜面は木がほとんど生えていません。25鉄塔がすぐ下にある560m+地点から登りになり、600m+に樅尾城跡の案内板と地図があります(写真)。すぐ下には26鉄塔が立っています。この付近が城跡とすると、非常に細長く、たしかに両側が切り立っていて難攻不落という感じです(実際には落ちたようですが)。堀切や曲輪ははっきり残っています。城跡を見にさらに北に歩き、601mピークからその次の600m+ピークまで行きました。この先は植林だったので、ここから引き返すことにしました。

山の上の地図で見ると登山道は峠地蔵のある場所に登っているようでした。これで中島に下山しようかと思ったのですが、目的は尾根歩きなので、もっと歩いてみることにしました。尾根を510mピークまで戻り、さらに南東に歩きました。こちらも自然林が気持ちよく、勾配も少ないので楽に歩けました。東は板井原の谷がすぐ下に見えます。496m地点の南には電柱らしきものが立っており、中島から板井原へ電気を送っていたのかも知れません。538mピークに上がって、ここから下山することにしました。幅広くわかりにくい尾根をなんとなく西に降りましたが、なるべく植林か植林と自然林の境目を降りました。すぐに狭い作業道があって、それを降りました。途中で峠越えの道にも出ましたが、尾根を降り続けました。1mくらいの幅の作業道や、溝になった道が多く、降りるのに苦労はなかったのですが、選択肢が多すぎるのが問題でした。植林ばかりなのでどちらに降りても降りられたと思います。最後は岩鼻神社に出てきました。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「智頭」です。