2010年1月24日日曜日

小野豆の周囲の尾根を一周

先週は小野豆に北から登りましたが、今回は南から尾根沿いに行ってみました。登り口は県道5号線沿いの宿という集落から5号線を東に少し歩いた所です。ここに尾根の先端が延びてきており、一番端には墓石が一例に並んでいます。これらの墓石には「○○先生の墓」のように書かれており、明治時代の書道などの先生のお墓のようです。

尾根の先端は竹薮ですが、尾根に登るのは簡単でした。少し尾根を歩くと土の採取場があり、尾根の南側が削られています。尾根の北まで削る気配はありませんが、尾根にあるべき道が削られて無くなっているので、藪の中を歩きました。採取場を過ぎると尾根に道があるので、楽に歩けました。落ち葉を踏んで尾根を上り310m+のピークに出て、次のピークから東に降りて登り直すと、椿峠三角点のあるピークに出ました。ここには関西電力のマイクロ波反射板がありますが、二枚が東西に対向するように立っています。反射する角度の問題でこうなったのだろうと思いますが、どこから来た電波をどこに向かって反射しているのか、気になります。一つは西播変電所だと思うのですが。反射板の北には鉄塔の跡があります。これは地形図に載っている送電線の跡です。その北に真新しい椿峠四等三角点(327.92 m)の標石と大柿さんのピンクのプラスチック板があり、それを過ぎて北に歩くと送電線の鉄塔があります。西播東岡山線3です。

この先は関電の巡視路になっている良い道で、そのうちに近畿自然歩道(山陽自然歩道?)と合流します。合流した先少し東に降りたところには播磨西線4鉄塔があります。自然歩道をしばらく歩くと、石仏があり、そこに関電の赤い「火の用心」があるので、そちらに尾根を登ると、播磨西線5鉄塔がありました。ここは先週北から来ました。この先は先週歩いたルートを逆に歩き、関電の反射板と再会し、西播線6鉄塔と躄松三等三角点(428.94 m)に行きました。さらに西尾根を歩き、平家山(?)から西に尾根を降りて再び近畿自然歩道に出ました。

ここからは下山ですが、小野豆の西側の尾根を降りようと思っていたので、まず道を横断して西側に登りました。ここには地形図に建物が描いてありますが、荒れ果てたトタンの小屋がいくつか残っています。この付近は地形図上は桑畑ですが、今は放置された耕作地です。ここから405mピークに登りましたが、この付近は草が多くて歩きにくい場所でした。草というよりは笹が多いのですが、葉は無くて茎だけなので、かき分ければ歩けます。笹で視界が悪いので、現在地確認のために鉄塔を探しました。西播東岡山線6です。この鉄塔は尾根のやや南東に建っています。この先も笹が多くて歩きにくい尾根が続きました。かなりの急斜面を降りますが、落ち葉が滑って何回か転びました。広い尾根で目標もなく、何回か迷いましたが、やや開けた尾根に鉄塔の跡があり、場所を確認できました。

この先は尾根沿いに関電の巡視路だったと思われる道を歩きましたが、南に見える佐用谷三角点のある山への行き方がわからず困りました。結局尾根の道を南に歩くと道が東西に走っており、それを西に歩いて佐用谷三角点のある山から北に伸びている尾根の先端に出ました。ここからは問題なく三角点まで登れました。佐用谷四等三角点(289.57 m)で、周囲はシダが少し生えていますが、藪というほどではありません(写真)。

この先の下山は道任せだったのですが、三角点からなんとなく歩きやすい場所を歩いていくと、西に延びる尾根に乗りました。他の方向は急勾配の藪だったのでこちらに歩いたのですが、尾根と言っても結局は急斜面を降りなければなりません。しかも笹薮が多く、それを抜けると崖のような所に出てきました。地形図にある採掘場のようですが、脇に下から道のようなものが来ており、降りることができました。今は使われていない棚田のような竹薮を抜けると頑丈な金網がありました。これに沿って歩いて出入口を探しました。結局扉を見つけましたが、どの針金をほどいたらよいのか分からず、しかも数年は開けたことがないような固い針金で、開けて締めるのに10分くらいかかりました。出てきたのは奥の集落の東でした。

この下山はお勧めしません。薮が多く道がわかりにくく、急斜面が多いという悪いことだらけの尾根です。登りのルートは大正解という感じです。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★★

地形図は「二木」です。

2010年1月16日土曜日

鞍居川から小野豆に往復

上郡の東にある小野豆の集落は、平家の伝説で知られています。ここには南から道路も来ていますが、北の鞍居川から往復してみました。出発点は鞍居川沿いの広根の集落から南東に入った谷で、溜池がありその南端に「さんげん屋」という藁葺き屋根の店があります。この付近に車を止めて、近畿自然歩道ではなく、東に向かう尾根を歩き始めました。入り口には「火の用心 播西11 上月支8」という標識が立っています。

最初は手入れの良い未舗装道路ですが、だんだん細くなり、荒れてきます。ネットが現れると歩きづらくなります。そして、左手(北側)が岩場で前(東側)が谷という地点に出てきました。どちらも尾根までは遠くなさそうに見えたのですが、なんとなく面白そうな岩場に向かいました。するとネットが尾根に沿って張られており、ネットの周りは木が多くて歩きにくいので、結局谷を歩くことにしました。岩だらけですが、炭焼き窯があったりして、最初は楽しめました。しかしだんだん足場が悪くなり、砂利っぽい急斜面になると足下がすぐに崩れるので登れません。這いつくばって登っていると、周囲にはだんだん灌木が増えてきます。ここで方向を確認して気がついたのは、ここは先週(2010/1/11)に北側の尾根を歩いたときに出会った、ネットに囲まれた谷なのです。そのまま登れば藪に突入することは明らかだったので、東側の尾根に登りました。ネットをくぐって東側に出て尾根を登ると、先週歩いた尾根に出てきました。

ここからは東に歩きやすい尾根を歩いて、相生市と上郡町の境界の尾根に出ました。そして、そこから南に尾根をたどりました。計画ではもっと南で尾根に出るつもりだったのですが、北側に登ったために尾根歩きが長くなりました。しかし歩きやすい尾根なので、時間のロスはあまりありません。437mピークの近くで境界は鋭角に曲がっていますが、ここは430m+のピークまで登ると行き過ぎで、道はそのだいぶ手前で西に曲がっていました。この後も歩きやすい尾根道がだいたいはあるのですが、明確でない所もあって、うっかりしてピークから降りるときに尾根を何回も間違えました。

注意深く尾根をたどっていると、送電線の鉄塔がありました。上月支線5です。当然巡視路があり、良い道なのですが調子に乗って歩くと北に降りてしまいます。適当なところで藪に入って尾根を歩かねばなりません。その後南西に進むと、下り斜面にシダが茂っていました。背が低く道もはっきりしているので問題はなく、坂を下ると鞍部に出ました。ここは地形図で小河から広根に通じている破線道の峠で、嘉永二年(1849年)と彫られた台に乗っている石仏がありました。破線道ははっきりした道でした。これは県道449号線のはずです。

南西に少し登ると、赤白に塗られた巨大な鉄塔がありました。播磨西線8です。一緒に反射板のようなものが二基が立っていましたが、方向がなんか変です。よく見るとソーラーパネルでした(写真)。シャープのNT51A86(最大パワー85.5ワット)を64個並べたものです。これで発電し、蓄電池に蓄えて航空障害灯の電源としているようです。この後は良い道が植林の中を通っていました。ピークは巻いてしまうので、あまり登山をしたという実感はありません。しかし最後は尾根を西にそれて、小野豆の平家塚の北付近に降りて行ってしまったので、尾根に戻って東に歩きました。430m+のピークには、「平家山?(430M)」と書かれた大柿さんのピンクのプラスチック板が下がっていました。'04.10.16のものです。小野豆の裏山だから平家山でしょうか?近くには播磨西線6のこれも巨大な赤白の鉄塔と、躄松(いざりまつ)三等三角点(428.94 m)があります。眺望も良好です。これにも航空障害灯がついていますが、その電源は小野豆から来ています。そのため、ここからは電柱と一緒に境界を歩きました。南東の410m+ピークには関西電力のマイクロ波反射板がありました。ここからは、龍野方面などが望めました。そして南に進むと播磨西線5鉄塔があり、そのまま道を降りて小野豆に出ました。

小野豆ではジャンジャン穴と平家塚を見て、林道を歩いて石仏の所から北に降りました。近畿自然歩道の標識がたくさんあるので道に迷うことはありませんし、道もかなり整備されています。炭焼き窯や溜池を見ながら「さんげん屋」まで降りました。

登りに使った谷は明らかに不正解で、さらに東に谷を進むべきでした。ただ、その先の境界の尾根はかなり尖っており、はたしてすんなりと尾根に登れるかどうかは分かりません。尾根から見ると登りやすそうな場所もあったのですが、谷側からそこを目指すのは難しいだろうと思います。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆

地形図は「二木」です。

2010年1月11日月曜日

上郡町の小棟三角点と阿曽山三角点

冬の尾根歩きを楽しみたくなって、千種川の支流である鞍居川から南側の尾根を一周するコースを設定しました。前日に南東側の瓜生から三濃山まで歩いたときに通った尾根を一部通ります。

起点は鞍居川に沿った野桑と金出地の間です。稗田と野尻の間に尾根があり、北に出っ張って川に接近しています。県道28号線で尾根の先が少し切られている地点です。地形図には記念碑のマークがありますが、あるのは子持地蔵です。尾根は鹿避けの金網でしっかりガードされています。登り口を探して尾根の西側の道を入っていくと、金網の向こう側に小屋があり、その脇に出入り口がありました。ここから入りましたが、非常な急斜面で登りづらいので、結局尾根の先端まで横に歩いて、先端から登りました。灌木がまばらに生えている程度なので、木に掴まりながら登れました。登ると高圧線の鉄塔が急斜面に立っています。上月支線12です。南側から保守路が登ってきているようなので、探してそこから登るのが正解かも知れません。

この先の尾根はおそらく保守路になっていて、上月支線11まで時々鞍居川沿いの風景を楽しみながら落ち葉を踏んで登りました。鉄塔から先も歩きやすい尾根です。巡視路が尾根を横切っている場所があり、そこからは少し荒れてきますが、歩くには問題ありません。北からの尾根と合流し、だんだん登りが険しくなると岩が増えてきます。面白い形の岩を見ながら坂を登って、小棟(こむね)三等三角点(376.75 m)に出てきました。この付近まで、下草はほとんどなく、三角点も落ち葉の中です(写真)。

ここからは東に尾根を歩くことになりますが、ここも落ち葉を踏みしめて歩ける広い尾根です。東急の標石がピークごとにあります。これが主尾根まで続くかと期待したのですが、430m+の長細いピークに共同アンテナがあります。東に向いたパラボラも立っていますが、この先はいきなり植生が変わります。藪をかき分けて進むと、正面にネットが張られています。ネットの向こうは強烈な藪になっています。ネットを迂回しようとしても、ネットの周囲も藪で、しかもネットを辿ると尾根から降りて行ってしまいます。ここで20分くらい行ったり来たりしましたが、結局北側の斜面を少し降りて、木の間を東に進みました。少し進んでから尾根に接近するとネットがありました。ネットは尾根沿いに張られており、ネットの外側(北側)を歩くことができました。このネットは次の420m+ピークから南東に折れて、その先の410m+の小さなピークから南の尾根に延びていました。なぜこの一帯だけをネットで囲んでいるのかわかりませんが、とにかくネットと別れられてほっとしました。この付近は昔から荒れ気味だったようです([1])。

再び落ち葉を踏んで歩ける気持ちの良い尾根が続きました。そして、430m+のピークで主尾根と一緒になりました。ここからは昨日歩いたのと同じコースを北に進み、急な下りを二つ通って、鞍部でお地蔵様を見て、再び登って阿曽山四等三角点(425.88 m)に到着しました。途中で二人組のハンターさんとすれ違って道を聞かれました。この付近にはハンターさんが多いようです。

阿曽山三角点からは西に尾根を降りて下山しました。この付近の尾根も木の間隔が広く、落ち葉を踏んで気持ち良く歩けるため、かえって二回も尾根を間違えました。展望はほとんどないのですが、400mを切って西に尾根を降りると、その先は伐採地になっており、白旗山方面が見えました。展望があるとその先行くべき尾根が分かるので楽です。この付近は南側が植林になっています。迷うことなく353mピークまで行きましたが、ここでそのまま北に行きそうになり、間違いに気がついて北西の尾根に戻りました。この先は尾根の先端まで進み、最後は道らしきものを辿ってジグザグに急斜面を降りました。これが本当に道だったかどうかは怪しいのですが、出てきた尾根の先端には金網に出入り口があったので、正解だったと思われます。

3時間半の一周コースでした。ほとんど下草が無く、落ち葉の上を気持ち良く歩けました。あのネットがなければ、最高のハイキングコースとしてお勧めできるのですが。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆

地形図は「二木」です。

2010年1月10日日曜日

瓜生から三濃山へ

三濃山に南から登るなら、感状山経由か、羅漢の里経由が普通ですが、あえて尾根伝いに歩いてみました。まず瓜生から西に近畿自然歩道を歩いて、尾根に出ました。大池の手前で扉を一つ、そのあと二つ通ってやっと登山道になります。よく整備されていますが、けっこう急峻です。峠には小さなお地蔵さんが置かれています。この峠から北に登るのが、尾根歩きの始まりです。

270m+ピークまでは枯れ葉の間を歩きました。このピークの岩場は、建造物の跡かも知れません。北に尾根を辿り、東に曲がって330m+ピークの西側は少しシダが生えています。ピークは木の間から感状山が見えます。ここからは北へ尾根を歩きましたが、シダが少し生えています。三角点に向かって登る途中で、ハンターの人にお会いしました。この付近の山に何人か入っているそうでした。とりあえず尾根は安全そうでしたので、北に登って中筋四等三角点(357.27m)に着きました。さらに北に下りて尾根を歩きましたが、シダが元気でした。西側に少し降りると歩きやすかったと思います。そのうちに西側から送電線の巡視路が上がってきて、道になりました。鉄塔は西播線58です。鉄塔の先端に鳥の巣がありました。感状山や海が望めます。

さらに北に歩きました。巡視路は東に降りてしまいます。すぐ北に昔の鉄塔を撤去した跡がありました。尾根はシダが生えているところが多く、背の高さ以上に茂っているところもありますが、西側に降りると道があり、さほどの苦労もなく歩けました。その後370m+ピークまで上り、再び鉄塔があります。播磨線12で昭和52年建設ですが、かなり巨大です。この先もずっと北に歩きましたが、尾根には道があります。ただ、尾根の一番上ではなく。少し下がったところに道がつけられているので、ピークがあっても登らずに通り過ぎてしまいます。400mピーク付近には岩が多く、人工物かも知れません。YAMAHAと書いてあるビニールがこの付近の木にたくさん巻き付けてあったのは、何か意味があるのでしょうか?

この先は細い尾根が続いていますが、道があって迷うことなく歩けます。快適に歩くと、437mピークに着きました。ここで良い道が続くのでそのまま北に行くと行き止まりなので、一度西に少し尾根を歩き、そこから北の尾根に降りる必要があります。ここは相生市と上郡町の境界です。この境界には道があって、落ち葉を踏んで歩くことができます。東急の標石が現れる430m+ピークを過ぎて、尾根は東に曲がって急な下りです。東に進むと今度は北に急な下りがあります。この付近の地形図は間違っていて、破線道が尾根を東に降りていますが、実際には破線道は尾根の北の谷にあります。急な下りを北に降りると、峠のお地蔵様を見ることができました。これは瓜生から鞍居川沿いの西谷に繋がる山越えの道です。「三濃別れ」の標石に「くらい」と書いてある道です。

この後も道があって快適な尾根歩きです。少し登って、阿曽山三角点(425.88m)です。2001年の大柿さんのプレートが残っていました。道を辿ると南に降りて、尾根伝いに東に進めました。この辺は深い溝のある道があって迷うことはありません。しかし、溜池の西側の尾根を進むと、溝は東へ行き、境界から離れて溜池の方に行ってしまいます。おそらくそちらに辿っていけば、溜池の北で破線道(羅漢の里からの登山道)に出られたと思いますが、ちょっと無理して境界に戻ってみました。道はありませんが、北に斜面を降りると平坦地に出てきました。地形図では畑のマークが描いてあります。ここから東は昔の三濃村の耕作地が広がっています(写真)。当初の計画では447mピークに登って境界の尾根を歩くつもりでしたが、面白かったので耕作地を通って三濃山に向かいました。むかし田圃か畑だったと思われる平坦地はぬかるんでいて歩きにくかったのですが、意外なことに草や木はほとんど生えていません。2007/01/06に行った黒蔵とは同じ廃村でもだいぶ違います。泥に足をとられながら北東に進むと、果樹園と思われる場所に出てきます。この先は人家の跡がありますが、竹薮なので東に抜けて登山道に出ました。あとは人家跡を少し見学してから、森を抜けて三濃山に登りました。歩き始めてほぼ3時間でした。ちょっと曇っていましたが、南向きの展望は抜群です。帰りは素直に羅漢の里に降りました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆

地形図は「二木」です。

2010年1月3日日曜日

金出地から三濃山

相生の北を地図で見ると、500m超の山としてまず目に付くのが三濃山です。播磨科学公園都市の南にあり、播磨テクノライン(県道44号相生宍粟線)の三濃山トンネルが近くを潜っています。三濃山の登山ルートはたくさんあり、西の金出地からも谷沿いの道がありますが、ここを尾根沿いに登ってみました。

起点は金出地の阿曽です。この付近の山はしっかりと金網でガードされており、山に入るのは容易ではありません。果樹園の奥に墓石が点在しており、その付近の金網に沿って歩いて入口を見つけました。猪捕獲用の檻があり、中に貝殻が散乱していました。猪は貝が好きなんでしょうか?近くの木には「立入禁止 当森林はマツタケ人工栽培林に付き無断立ち入る事を禁ず 相生警察署 上郡町 管理人 区長」と書いた古い札が下がっていました。マツタケの季節ではないので無視しましたが、今でも栽培しているのでしょうか?

尾根は急峻ですが木の間隔が広い雑木林なので登れます。北側の斜面は伐採されています。落ち葉を踏みしめ、木に掴まりながら登りました。少し登るとやや平らになりましたが、しばらくするとまた急峻になり、落ち葉に足を取られそうになりながら登ると、388mピークに出てきました。雑木林で展望はありません。この後は少し下りがあり、細い尾根を東に歩くと登りになりました。しばらく登ると400mを越えた付近に東急の標石がありました。さらに登ると、420m+の尾根に到達しました。ここは三叉路で、左に行きます。この付近の尾根も落ち葉を踏みしめて歩けます。次は432mピークですが、ここで道を間違えて南の尾根に行ってしまい、戻りました。このコースは全般に尾根の分岐が多く、私が間違えそうになった、もしくは迷い込んだ場所に地図で×を付けてあります。

432mピークには兵庫県企業庁の標石があり、これはほぼ10m間隔くらいに尾根に並んでいます。これに沿って歩いて行くと迷いません。ただ、430m+の小さなピークを過ぎたあたりで標石が無くなってしまいます。尾根は右にカーブして登っていき、上郡町と相生市の境界の尾根に出てきます。この尾根には道があり、それを辿ればすぐに三濃山です。

下山は北側の尾根にしました。三濃山から北に降りますが、「新都市」という表現が手塚治虫の漫画のようで印象的です(写真)。播磨科学公園都市という名前が決まる前の呼称なのでしょう。北への道は、まっすぐ降りていくと貯水タンクの脇に出てしまいます。途中で降りずに尾根を北西に行かねばなりませんが、この尾根も遊歩道として整備されています。ただし、少し行くと道は北の368mピーク方面の尾根へ降りて行ってしまうので、北西の尾根を辿らねばなりません。この付近も落ち葉の尾根で、気持ち良く歩けます。この尾根はかろうじて開発をまぬがれた尾根です。

この後何ヶ所か尾根を間違えそうになりながら、西に急勾配の斜面を降りました。足元はやや崩れやすいので、木に掴まらないと降りられません。そして最後は地形図に果樹園が描いてある付近に降りてきました。金網の出口を探して少しさまよいましたが、運良く見つけることができました。

後から思うと、このルートにはシダが生えている場所がほとんど無かったのが、奇蹟のような気がします。整備すれば気持ち良いハイキングコースになるでしょう。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆

地形図は「二木」と「三日月」です。