2021年2月27日土曜日

和気町塩田の塩田三角点と太郎谷三角点

 


吉井川に突き出した尾根はいくつかありますがこれもその一つで、周匝の南対岸の尾根です。まず塩田の八幡宮に行きました。拝殿はガラス張りですが、江戸時代の灯籠などがあります。ここから尾根に上がろうとしたのですが、神社の周囲は鉄柵に囲まれており、結局いちど東参道に出て、植林の急斜面を登りました。作業道が残っているのでそれをなるべく使って神社の裏を斜めに登りました。尾根の先端に出ると、木はまばらで楽に歩けました。少し登ると周囲が伐採されていて吉井川の眺望の良い塩田四等三角点(144.63m)に着きました。


三角点から東へは道はありませんが、問題なく高光度航空障害灯の付いた巨大な赤白の西播東岡山線八七鉄塔に着きました。ここからは巡視路歩きで、八六鉄塔を過ぎ、空っぽのコンクリートブロック製の祠があり、DOCOMOの佐伯塩田基地局がありました。舗装道路の終点があり、梅が咲いていました(写真)。またコンクリートブロック製の祠がありましたが、こちらは少し手入れされていました。北の谷にも道があります。巡視路を東に歩くと西播東岡山線八五鉄塔です。この先の鉄塔は紅白ではありません。名前からわかるように電源開発と関西電力が一緒に立てた鉄塔なので、「あぶない!!のぼらないでください」は関西電力の張り紙です。さらに巡視路を歩いて八四鉄塔、八三鉄塔と続きます。しかし次の八二鉄塔は谷の向こうで巡視路は降りていくので、炭焼き窯のところで巡視路を離れました。特に道はありませんが、歩くのに障害はありません。ただ、ここから東の尾根はなだらかですがジグザグに曲がっており、向きを確認しながら歩く必要がありました。途中で巡視路に再開したり別れたりしながら尾根を歩き、太郎谷四等三角点(276.56m)に着きました。この先も複雑に折り曲がった尾根で、倒木も増えて藪っぽくなりました。ときどき道がありましたが、倒木もあるのでそれを歩くのが正解とは限りません。最後は植林に出たと思ったら道が見えて、笹の生えた急斜面を降りました。降りてきた189m地点は舗装道路の三叉路で、「月の輪古墳 大芦高原」の道標がありました。観光道路のようです。その道は通らず、南に降りました。途中にEnergiaの鉄塔への道標がありましたが、巡視路もこの付近は藪を抜けているようでした。その後は県道90号線(赤穂佐伯線)を歩いて戻りました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「周匝」です。



2021年2月25日木曜日

備前市のスケ岩・観音寺山・閑谷山

 


観音寺山には2018/01/28に北から、2020/12/19に南から登っていますが、今回は東からです。備前市宮ノ前の福神社から西に谷に入り、溜池の付近で南の谷に曲がりました。ここは閑谷分岐1だそうでスケ岩への道標もありますが、すぐ先には同じ方向に工事用の道路ができており間違えそうです。スケ岩にはまっすぐ谷を登りますが、徐々に急坂となります。ひとしきり登ると尾根に出ますが、東の164mピークはシダ藪です。スケ岩への登山道もシダの間をジグザグに登りますが、しっかり作られた道です。シダは問題ないにしても非常に急な登山道で、両側の木につかまらないと登れません。最後の一番急な所にはロープがありました。そこを登るとスケ岩があります。どうやって安定しているのかわからない岩で、地震の時には近くにいたくありません(写真)。展望は良好です。


スケ岩から西の尾根は歩きやすく、文句なしの尾根歩きです。東分岐1に来ると「1~5の岩 3の岩下より閑谷コース」と書いてありました。まっすぐ尾根を歩くと2020/12/19と同じコースで観音寺山に登ることになるので、岩を見に行ってみました。最初にあるのは東観音寺山第一大岩で、展望良好です。次は赤茶色の第二大岩で、ここは岩の左側を降りますが、降りたらすぐに右に曲がって岩の下を北に歩きます。そして第三大岩に着き、岩の下に降りて急勾配の道を降りて行くと、谷に降りられます。ここは閑谷分岐3だそうですが、谷を南に歩くと2020/12/19と同じ直登りで観音寺山へ登ることになるので、少し谷を北に戻り、「鞍部(十字路)へ」の分岐から西に谷を登りました。この道は緩やかで、鞍部に出ました。ここは2018/01/28に通っています。西に降りる道もあって、確かに十字路です。ここから南に2018/01/28と同じコースで観音寺山に登りました。最初は急勾配ですが、標高350m付近からはなだらかで、東に先程の大岩群が望めます。そして長水三等三角点(385.32m)のある観音寺山の山頂に着きました。各方面に展望があるのは山頂の醍醐味でしょう。


下山はまず北に来た道を戻りました。鞍部への急降下は気をつけないと滑ります。鞍部からは登り返して斜面を登って行き、370mピークに着きました。山名のプレートがなく、山の名前が分かりません。ここまで登山道を歩いてきたので、少しの藪は覚悟で閑谷三角点のある山に向かうことにしましたが、これは難路でした。まず370mピークの北の350m+まで来て、北東に降りる道を探しました。シダ藪と灌木と岩で、踏み跡すらありません。大きなシダの塊に突っ込まないように尾根の北側を降りていきました。しばらく灌木をくぐって降りるとシダが密集していましたが、かえって踏み跡が見つけやすくなりました。しかし消えかかる踏み跡を腰より高いシダと灌木の間に探さねばなりません。時々シダが消えるとほっとしますが、長くは続きません。東に延びた250m+の尾根で踏み跡をたどりました。そのまま東に向かって谷に降りるのかと不安だったのですが、うまい具合に北斜面に向かっていました。そのまま鞍部に降りて閑谷三角点のある尾根に行けるかと思ったのですが、この北斜面は難所でした。砂地で滑る場所もありましたが、それよりもシダの勢いが良く、踏み跡も背より高いシダに両側から覆われており、押しのけて進まなければなりません。シダが密集していて押しのけられない所では、シダのトンネルを這いつくばって抜けた所が二箇所ありました。190m+鞍部に出るとシダがなくホッとしましたが、東の尾根への登りもシダ藪でした。ここも踏み跡を探してシダの中を歩き、なんとか閑谷四等三角点(227.63m)に着きました。閑谷山というプレートがありました。


三角点からはマーキングがありました。来た方向にもマーキングがあって、「軍艦岩」と書いてあったので行ってみました。これも深いシダの中を歩く道ですが、マーキングがあるので気が楽でした。かなりの距離を降りて、軍艦岩の上に出ました。これは切り立った大岩で、岩の上に乗れますが、恐ろしくて近づく気にはなりませんでした。ここから下山は無理なので、閑谷三角点に戻って、東にマーキングをたどりました。シダの間を通る道で、見つけにくいマーキングでしたが、一応東に続いていました。南東に伸びる尾根に行くのかと思うと、尾根の上のシダの塊を避けて北の谷に降りていっていました。最初の予定とは違うのですが、あえてマーキングから離れてシダ藪に突っ込む気にもならなかったので、結局このマーキングの通りに谷を降りました。シダがガレ石に変わり、宿瀬池の堤防の下に出てきました。あとは谷沿いの道を歩いて戻りました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★★

地形図は「和気」です。



2021年2月23日火曜日

神戸市北区のナダレ尾山からキスラシ山

 


六甲山の北に位置する低山群ですが、北半分はオフロード車の練習場になっているようなので、南の大池から登りました。住宅地を通って登山道の入口には「太陽と緑の道」と書かれています。つづらに登ると天下辻です。道標がいくつかありますが、「モトクロスバイクにちゅうい」が気になります。ここからナダレ尾山の方向に歩くと、幅の広い登山道はバイクのタイヤで深く掘られて水が溜まっています。これではバイクも走りにくいようで、迂回路が道の脇にたくさん作られていました。これは丹生山系縦走路だそうです。ナダレ尾山への分岐からナダレ尾山への道はやっと山道らしくなり、倒木もあります。山頂には大池四等三角点(527.42m)がありますが、白い杭が倒木でなぎ倒されていました(写真)。


ナダレ尾山から素直に縦走路に引き返せばよかったのですが、地形図を見るとここから屏風川の谷に降りてひとつ北の尾根で戻ってくる破線道が描かれています。これを歩いてみようと、西に向かいました。こちらも道がありマーキングがあります。最初は急斜面をまっすぐ降りますが、降りてしまえばしばらくは楽に歩けました。しかしその先で谷に降りる所は木に掴まらないと降りられません。谷に降りると「太陽と緑の道」があって、ナダレ尾山への道標がありますが、ここから登るのは大変です。「この先落石に注意!!」の上に「バイク!!」と書いてあるのは、ここもバイクが爆走するのでしょうか。これは深谷ー黒甲越ルートのようです。道は東に向かっており、深い切通しがありました。ここが落石注意のようです。その先はロープのある急坂でしたが、これはバイクで通るのは難しいでしょう。この坂は実は石積みによるもので、よく見ると谷の両側に石積みがあり、ダムのような形ですが、もちろん間には水が流れています。太陽と緑の道はここで谷を渡って北に行っていましたが、破線道を目指しました。整備された道はなく、倒木だらけですが、しばらくは道の名残があり、谷の北に渡り、さらに岩だらけの谷にマーキングがありました。ここを渡れば確かに破線道の通りですが、道の形跡がありません。しかたなしに破線道に近い付近で斜面に取り付きました。最初は木に掴まり、少し登ってからは岩に掴まって登りましたが、これはあまりにも危険でした。少し登って一息ついて下を見ると、よく登ったものだと驚きました。おそらくここは北の谷に入らず、谷が別れている所でまっすぐに尾根を登る方がましだったと思います。存在しない破線道にこだわる必要はありません。登りきれば良い道ですが、500m+の山頂を南に巻いて行くので、道から外れて山頂を歩きました。特に何もありません。そこから東に斜面を降りて登山道に出ました。


降りてきたのは地形図では破線道の交差点ですが、南北の道は見当たらず、東に歩くと地形図とは異なり538mピークを北に巻いて行きました。道標では西は天下辻、東は多聞寺となっていました。その後の分岐(道標読めず)を南東に曲がって、ようやくバイク道から別れて山歩きらしくなりました。植林があり、赤い「火の用心」があったと思うと小ぶりな有馬大池線二八鉄塔がありました。鉄塔からは地形図には道がありませんが、片側に紐のはられた道があります。良い具合に東に降りて(この鞍部は北に道がありましたが南は未確認です)、少し登ると尾根道に出ました。南に行けば495mピークですが、おそらくこれが多聞寺に下山する道でしょう。東に歩いて縦走を続けましたが、道というか踏み跡があり、木の枝や倒木も少ないので楽に歩けました。特に面白いものもないのですが。ひたすら尾根を歩いて、天ケ峰四等三角点(486.74m)に着きました。さらに北へ尾根を歩きましたが、道があります。次の450m+ピークで東に曲がり、藪っぽくなりますが問題なく歩けました。443mピークでは初めてシダを見ました。この付近は細尾根ですが、両側の採石場はあまり見えません。地形図で太い破線の道が描いてあるところは、確かに幅広の道がありました。その北の突き当りは緑のネットが地面に張ってある急斜面で、木に掴まって登るとU字溝のある平坦地が山を取り巻いており、さらに登ると460m+のキスラシ山の山頂ですが、何もありません。あるのは「立入禁止(発破作業有り)」の看板だけです。採石場には降りられないので、さらに北に降り行きました。道があります。西側に採石場がある都合か、道は一度谷に降りて登り返し、尾根を横切って北側のシダの合間を縫って六甲有料道路の上にかかる橋に出ました。橋を渡るとその先はゴルフ練習場なので、ネットに沿って少し降りてから東側の谷に降りました。降りていくと竹やぶに荒れ放題のお稲荷さんがあり、その下に入り口に鍵のかかった中尾神社がありました。


ここから大池までは有馬街道を歩きましたが、歩行者用には作られていない道で、とても危険でした。バスに乗るべきでしょう。なお、地形図では縦走ルートから唐櫃へ急斜面をまっすぐ降りる考えられないような破線道が描かれていますが、この破線道が降り着く先は現在有馬口トンネルの入口になっていました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「有馬」です。



2021年2月20日土曜日

瀬戸内市の高松山

 


この山は2021/1/31に歩いた岡山ブルーラインの北側の美和神社から八反峠までの山並みの、さらに北にあります。遠くから見ると鉄塔が立っています。東から見るとその手前にアンテナが立っているので、アンテナ経由で行ってみることにしました。アンテナには保守道路がありそうなので、荒池の西から北に歩きました。山の斜面には六地蔵のある墓地が点々とありますが、奥の溜池まで行くと山火事注意の看板から未舗装の保守道路がありました。整備された道ですがとても急で普通自動車では登れないでしょう。山頂にあるのは長船デジタルテレビ中継放送所で、NHKをはじめ6社の放送を中継しているようです。東斜面にはまっすぐに登っている電柱の列がありますが、歩いて登るのには向かないでしょう。西谷四等三角点(139.53m)が隅っこにありました。


このアンテナは瀬戸内市と備前市の市境にあり、ここから市境を西の鞍部まで降りましたが、ここは藪です。適当に藪を抜けると東斜面の伐採地(植林してある)の上に出ますが、そこからまた踏み跡を探しつつ藪を抜けて鞍部に出ました。ここには南の谷から道が来ているようで、市境に沿って北に水平に道が延びています。これでは高松山に登れそうもないので、鞍部から高松山まで直登しました。これはお勧めできないルートで、かなりの藪です。踏み跡がたまにありますが、身をかがめて歩く必要があったので獣道と言うべきでしょうか。大きなシダの塊は極力避けましたが、背の高い草や灌木の藪が多く、先が見えなくて困りました。勾配があまりきつくないのが唯一の幸いでした。鉄塔が近くに見えてからが一番ひどい藪で、手で押し分けるのに力が要りました。登り切ると本四連系線大一九二号鉄塔がありました。ここは高松城跡だそうで、説明板がありました。


この鉄塔には南からは保守道路が来ていないようで、北に降りる道がありました。これはつづらに斜面を降りていく感じで、降りていくと高松城跡への道標と電源開発の火の用心がありました。ここからそのまま谷に降りる方向が登山道のようですが、次の鉄塔への道標は東向きです。巡視路なので良い道で、210m+の山の西側を水平に北上します。次は本四連系線大一九三号鉄塔で、展望は良好です。さらに少し岩の増えてきた道を歩いて、一九四号鉄塔に着きました。


巡視路はそのまま鞍部を通って北に降りていきますが、ここは西に向かいました。しかし道があるわけではありません。踏み跡も怪しいのですが、とりあえず木の間隔が広めなので登っていきました。枝が鬱陶しい藪ですが、途中からマーキングが現れました。踏み跡すら怪しいのですが、マーキングに従って登って、山頂の飯井三等三角点(251.44m)に着きました。周囲は藪です(写真)。ここから西の斜面も藪で道がなく、方向が定まらずに困りました。幸いに木の間隔が広めでしたが、シダ藪もあります。なんとか次の150m+鞍部に降りると、北から登ってきていると思われる非常に荒れた道の名残がありますが、どこにも繋がっていません。かつては耕作地だったようで、そのために荒れ方がひどいのだと思われます。しばらく歩くと道と思われるものが現れたので、それを歩きましたが、非常に荒れた道です。それでも歩き続けると捕獲檻があり、その先で道に出ました。道標は「ビジターセンター 展望台」となっており、長船美しい森の遊歩道のようです。未舗装ですが車でも登れます。途中に「重り岩様」という岩があり、良い道で「三沖の見張り台」に着きました。何が三沖か分かりませんし、広場ですがベンチもなく、北の展望も木に妨げられています。そのまま奥の道らしい所を歩いて西に進みました。これも道と呼べるものではありませんが、西に続いていきます。230mピークの北側を巻いていますが、場所によっては道よりも南側の林のほうが歩きやすかったりしました。この道は230mピークの北で降りていくようなので、そこからピークの西側を廻って南に出て、西に斜面を降りました。木の間隔が広く下草もないので楽でした。そして150m+の鞍部に出ると南側が植林で下山できそうでしたが、さらに西に歩きました。ここも下草はなく、170m+ピークは大きめの岩が転がっていて古代の祭祀場のような雰囲気でした。ここから尾根に沿って北西に降りていくと、少し藪っぽくなりましたが、林道に出ました。これを降りていくと長船窯の煙突があって、下山できました。


下山した所には古道があり、牛窓から香登、方上まで続く江戸時代の幹線道路という説明書きがありました。牛窓から香登ならここを通る理由はなさそうですが、とにかく出発点に戻る近道なので歩かせてもらいました。途中に大地権現跡への道標があり、180mとありますが倒潰した江戸時代の鳥居はすぐに分かったものの、大地権現への道筋がわからず、それでも鳥居の下と思われる場所から真っ直ぐに登ってみました。いくらなんでも180mはとっくに過ぎただろうと思ってからしばらく登って、階段と石垣、祭壇を見つけました。後で地形図で測ると、確かに直線距離は180mくらいですが、登るとけっこうありました。道沿いには古墳群もあり、楽しめる遊歩道でした。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「片上」です。



2021年2月14日日曜日

氷室池から姫路獨協大学

 


この付近は2006/05/03に氷室三角点について書いていますが、長らく行っていないので、歩いてみました。書写山の東向かいにあるゴルフ場の北から小道に入り、氷室池まではまっすぐの緩やかな登りです。氷室池は冬は水がほとんどないことが多いのですが、今日は水がありました。氷室池からは近畿自然歩道を南に歩きます。最初は歩きやすいのですが、ガレ岩が多くなり、徐々に歩きにくくなります。辛抱して歩くと、近畿自然歩道は広峯の方面へ斜面を登って行きます。この斜面はかなり急で、初心者には堪えると思います。この地点の道標には広峯神社と氷室池の方向しか示されていませんが、手書きで南向きに「獨協大 1K」と書いてあります。今回はここを曲がらず南に谷を歩きました。この先はあまり整備されていないので、慣れない人は迷うかも知れませんが、ちゃんと道は続いています。谷沿いの道で、けっこう山奥の気分が味わえます。途中に炭焼き窯がありました(写真)。峠付近で道が不明瞭になりますが、南に歩けば峠は越えられます。ここからも谷沿いで、最後は道に出てきます。逆コースで南から北に歩く場合は、この入口は分かりにくと思いますが、「警告 山林を大切に」の看板が倒れている橋の手前の、マーキングのある付近から東側に入って北の林に入ります。


出てきた道は南は姫路獨協大学に続きますが、北にも続いています。これを登っていくと、最後はゴルフ場の一番奥に着きます。ちょうど峠の最上部にはゴルフ場の道路があって、ゴルフカートが通ります。もちろんゴルフ場には入れません。峠の手前に、「左行者滝」の道標があります。地形図で見る限りでは、この付近に滝のありそうな谷はありませんが、探ってみるのも面白そうです。


展望 ☆☆☆

藪山度 ☆☆☆

地形図は「姫路北部」です。



2021年2月13日土曜日

多可町のサカ谷、木谷山三角点

 


西脇市と多可町の境界にある木谷山三角点には2012/02/18に南から行っていますが、今回は東の多可町中区曽我井から登ってみました。国道427号線から西の山に向かって道が延びている所があります。これは売れなかった分譲地なのですが、真っ直ぐに登っていくと藪の谷で行き止まりになります。ここから急斜面を木に掴まって登りました。赤いペンキで上向きの矢印の書いてある木があるのですが、道があるわけではありません。足元の土が崩れやすいので苦労しつつ尾根に上がるとシダ藪でした。しかし踏み跡はありますし、シダでぎっちり埋まっている訳でもありません。ここからずっとシダの間を歩きましたが、間違えて南側に行かなければ、ほとんどは腰以下の高さのシダ藪でした。踏み跡を見失った所もありましたが、途切れてはいないようなので、丹念に探せばよいはずです。ところどころに広めの道があるのですが、長くは続きません。木の枝が邪魔ですが、その間から展望はあって、北も南も翠明湖も見えます。サカ谷四等三角点(352.4m)はシダ藪の中の金属プレートでした(写真)。


三角点からの下りもシダ藪の中の踏み跡を降りて、良い道に出た所に加美町線三二鉄塔がありました。この系統の鉄塔のプレートは40年ほど前のものですが、剥がれかけていて読めません。次の鉄塔はサカ谷三角点から西の尾根を降りた所にありますが、巡視路はサカ谷三角点を経由していません。ここからは巡視路なので楽に歩けました。相変わらず展望もあります。次の加美町線三一鉄塔は展望地です。加美町線三〇鉄塔を過ぎ、次の鉄塔は尾根から外れるのでパスして、木谷山に着きました。木谷山三等三角点(414.79m)はシダ藪の東端にあります。


ここからは2012/02/18に歩いていますが、良い道です。気持ちよく歩いたのは良かったのですが、前回と同じく南東に降りる所はどんどん藪っぽくなり、最後は舗装道路のすぐ上の所で迷いました。南西に行く踏み跡は間違いで、赤テープのマーキングをまっすぐ降りる必要があります。その下では北東に向かう踏み跡を見つけて、広い未舗装道路に出ました。これは遊歩道でもあるらしく、ずっと続きます。これも良い道で、行きたいと思っていた東の239mピークの方へ向かって行くので助かりました。ただし地形図の実線道は尾根伝いで239mピークには行っていませんし、実態もその通りで、途中からシダの間を歩くようになりました。しかし気持ちのよい林ですし、西脇方面の展望もあります。239mピークは藪で道は南を巻いていきます。足元に金属のフックがあって転びそうになりましたが、これは木の階段を止めていた金具のようです。藪もありますが気持ちの良い林もあって、220m+のピークに着くと小さな祠と拝殿のようなものがあります。祠には屋根があったようですが、今は雨ざらしになっていました。ここからは遊歩道で、途中にもう一つ小さな祠があり、市原町の忠魂碑に降りてきました。


いかにも里山風の藪山でした。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「中村町」です。



2021年2月11日木曜日

北から山崎の高取山

 


山崎の北東の高取山には、2007/04/29に登っています。その時は西からやや変則的な登り方をしたのですが、今回は北からもっと変則的な登り方をしました。起点は山崎町中の墓地です。この付近から地形図では破線道が山に伸びているのでこれを探しました。山の麓を巡る道はありますが登っていく道は見つからず、適当に藪を登ると踏み跡らしきものがあり、楽に登れるようになりました。しばらく登ると、西からの林道に出会いました。高所から尾根を登ってくる破線道の続きのようです。ここはちょっと頑張って林道ではなく藪の尾根を歩き続けました。さほどひどい藪ではありません。ただ、林道が尾根をジグザグに登る所では林道の下に伐採された樹木が捨てられており、歩くのは無理だったので、しかたなく林道を歩きました。336mピークの手前で林道は二手に分かれ、ピークの両側を通ってピークの東で合流するようでした。このピーク付近には「これより先 立入禁止 NP法人花菖蒲とふる里づくりの会」という立て札がありましたが、尾根のどちら側が立入禁止なのか判然としません。この先も林道と並行して尾根を歩き、方向を南に変えて少し降りたところで、林道から東に尾根を越える道がありました。東側は植林のようです。ここらへんにも入山禁止の張り紙がありました。WEBカメラが設置されているそうです。尾根を降りていって花菖蒲園に山から入られると困るのは分かるのですが、ここまでするのは松茸が理由としか思えまがせん。NPO法人が松茸山を所有しているのでしょうか?この付近には「関電阪急(現在のかんでんエンジニアリング?)の標石がたくさんありました。尾根には大きな障害物はなく、468mピークに着くと、荷造り紐が張ってありました。ただしこれは東側の林に入れないようにしているようでした。ここから南に少し降りて登り返すと山崎支線四鉄塔があり、紐で塞がれた西向きの分岐のあと、高取山の頂上に着きました(写真)。ちょっと草が邪魔ですが、南に展望があります。ツツジの古びた説明板があります。「深呼吸の広場」からの登山道は、いま登ってきた道が標準ルート、西にすぐ降りる方向が健脚向けルートだそうです。50m東には、「安富方面展望ポイント」があり、2000年の登山記念碑があります。ここも、木が伸びたなという印象でした。


山頂から北に468mピークに戻り、東に歩きました。2007/04/29にも歩いた方向で、巡視路なので楽に歩けました。山崎支線三鉄塔を過ぎて分岐を右に行くと林道に出ました。南北に尾根を越えていますが、分岐が複雑で、北や南に向かう林道の他に東に向かうものもあって、その脇に巡視路がありました。これを歩いて山崎支線二鉄塔に着きました。巡視路は東に降りていきますが、北に尾根を歩くと西側が伐採地になっていました。伐採地の縁を北に降りて尾根を下っていき(東側の谷には林道があります)、340m+付近の鞍部は踏み跡はありますが目的と合わないので適当に藪と林を歩いて、364mピークに出ました。この付近は歩きやすく北に行くと神野溝口線三六鉄塔がありました。ここから少し巡視路を歩きましたが、巡視路は東に下るので別れて尾根を歩きました。ここから巡視路で下山するという安全な方法もあります。この先の尾根は境界明確化の小さな杭があるだけですが、だいたいは歩きやすかったと思います。航空写真で見ると付近には林道がたくさんありますが、尾根伝いに歩くとあまり林道には会いません。236mピークの藪を抜けてさらに降りていくと、最後に林道に出ましたが、ここも林道では下山せず最後まで斜面を降りました。ネットがありましたが結び目をほどいて通ることができて、三谷の集落に出ました。ふと見ると南への道の入口に「松茸山につき入山禁止 三谷自治会」という札が立っていました。松茸シーズンは避けたほうが無難です。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「山崎」です。



2021年2月6日土曜日

吉永から登る神道山

 


備前市吉永の北にある神道山には、2016/03/20に北の和意谷から歩いてきました。今回は南からです。吉永の北、八塔寺川の西側の山並みの南端には道があります。入口に鎖がかかっていますが、ジグザグに登った終点には東屋があります。ちょっと南に降りるとNHKのアンテナがあります。木が邪魔で展望はイマイチでしたが、山陽本線の貨物列車がすれ違うところを見られました。ここから尾根を北に縦走ですが、舗装道路がターンする所から北に幅広い道があります。防火帯かと思うような道ですが、ちょっと登った所に小さな祠があって、ここで一旦道は消えますが、踏み跡が復活しました。枝が邪魔な程度で歩きやすいのですが、南斜面の上り坂はシダが密集しています。腰くらいの高さで道がはっきりしているので問題なく登れて、北方四等三角点(167.49m)に着きました。ここにも祠があります。


三角点の祠には正月飾りがあり、人が来ている気配があるので、どこから来ているのか不思議でしたが、北に歩く道は割と良い道でした。斜面を降りていくと「H」という標識があって、ここから東に降りていく道がありました。これが三角点の祠への登山道なのでしょう。その先を北に歩くと、道があるのですが時々シダ藪に入ってしまい、辿るのは容易ではありません。大きなシダの塊を避けて歩きましたが、灌木の枝が邪魔です。その先では尾根の西側に道があり、それを歩きました。そして295mピークに向かう登りはひどい藪でした。ここは北に少し行くとシダ藪から出られて林になるので、そちらに逃げました。295mピークは何もない、木のまばらな静かな林です。北に行こうと坂を降りると、東の谷の方向から道が来ていました。そのまま北に行っているのですが、これも道に灌木が多くてあまり使えません。適当に枝をかき分けて登っていき、方向を確認しつつ歩いて滝谷四等三角点(338.43m)に着きました。これも周囲は林ですが、さらに歩き始めると厳しい藪になってきました。道を探しましたがなかなか見当たらず、しばらく藪を抜けて、最後は尾根の東側に道を見つけました。備前市と和気町の境界が西へ曲がる所には西に降りる道もありましたが、ここは北向きにも道がありました。これもすぐに不明瞭になりましたが、また復活して、しばらく道なりに歩きました。すると何かの台座と思われる石がありました(写真)。ここが神道山かと思って現在位置を確認すると368mピークの南西の360m+ピークでした。慌てて引き返して神道山に向かって歩きました。大きなシダの塊に隠され気味になることはありますが、はっきりした道です。この道は神道山の山頂付近の東側を北上するので、山頂を見に行きました。2016/03/20は山頂がよくわからなかったのですが、今回は「神道山」と書いた板が木に付けられているのを発見したので、ここを山頂としました。


道に戻ってさらに北に歩き、道が歩きにくかったので尾根に登って歩くと、今日初めて周囲が植林になりました。ここから東に降りて、350m+ピークから本ノ峠に出ました。前回見つけた明治11年の石仏があります。下山しようと思って石仏の前の道を降りていくと、地形図の尾根上の破線道ではなく、その北の谷に降りました。最初は石が多く、次は伐採した木が多くて歩きにくい道でしたが、谷が狭くなると道は谷の西側に渡り、尾根道(見たところ道はないが)と合流し、斜面を下っていきました。最後はボートの転がっている堰堤の下に出てきました。ここから出発点へは長い道のりでした。


多少の藪こぎを覚悟すれば、問題なく歩ける尾根でした。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「日笠」です。