新宮町の高倉山はおそらく南のフタゴ山の方から登るのが普通だと思いますが、ずっと離れた揖保川沿いから登ってみました。後で調べてみると、これは[1]と同じコースでした。揖保川の香島橋の南に尾根が川岸まで突き出している所があります。ここの害獣避けフェンスの扉を入ると、地形図にもある道があります。ジグザグに登っていくと、平らな場所に着きました。NHKの中継局の跡ですが、跡形もありません。何もなくて驚いたので吉島三角点は探すのを失念しました。ここからは尾根登りで、気持ちよく歩けました。主尾根に着くと西向きに大寺山廃寺への道標の杭がありますが、まず南に歩くと335mピーク付近に大寺山城という札が木に掛かっていました。ここが大寺山のようです。城については資料が見つかりません。西に尾根を戻り、最初のピーク付近が廃寺跡のようですが、大寺山城とあるだけで、寺についてはよく分かりません。とにかく西に尾根を歩きましたが、少しアップダウンがある程度で歩きやすい尾根です。370m+ピークには三角点と大寺山への道標が残っていました。その西は少し急斜面があって、篠首三等三角点(378.34m)に着きました。
三角点の西は急斜面ですが、少し行くと共同アンテナの残骸がありました。低い松で少し藪っぽくなりますが、すぐに平穏な山歩きに戻りました。373m地点を過ぎて地形図の破線道はなくなりますが、問題なく歩けて、眼の前にとんがったピークが見えてきました。これが最初の420m+ピークで、これには短距離ですが木につかまって登りました。登ってしまえばまた気持ちの良い山歩きで、いちど下ってから登り返して、高倉山の頂上に着きました。高倉山四等三角点(426.88m)があります。木が伸びて、展望はあまりありません。東栗栖小学校の登頂記念プレートが何枚かあり(どれも10年以上前のものです)、祠は完全に壊れていました。(写真)
下山は東に戻りました。420m+ピークまで戻り、北に急斜面を降りました。落ち葉で滑りやすい斜面だったのですが、マーキングがあり作業道の名残のようなものもあったので、木につかまって降りました。少し降りれば楽になり、気持ちの良い尾根になりました。東に尾根が曲がるとはっきりした作業道があり、南の谷に降りていくようでしたが、東に広い尾根を歩きました。共同アンテナの残骸があり、いかにも里山の雰囲気なので踏み跡くらいあるかと思ったのですが、何もありません。急斜面を木に掴まって降りました。南側に植林がありましたが、そちらには行かず、東の向かって降りました。最後は人家の近くに出ましたがフェンスがあり、それに沿ってちょっと歩くと扉があって出られました。地形図ではこの付近に池がありますが、今は埋められたようでした。
展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「安志」です。
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