2011年12月29日木曜日

多可町大和から登る茅野三角点


冬になると北の山は積雪が多く、気楽には歩けなくなります。そこで南の山に行くのですが、南に行くほど山は低く、藪が多い傾向があります。そんな中で、海から遠い加西市や多可町の山は比較的藪が少ないと思います。ただし場所によっては立派な林道が作られて山道を分断しています。それを避けるようにしてルートを設定して、今回歩いたのは多可町八千代区大和から西側の山です。

出発点は大和の大歳神社です。神社の北側に山に入る道があります。谷に入ってすぐに終わってしまいますが、目の前の植林を登って尾根に上がりました。やや急斜面ですが、歩き易い尾根を上がり、30分も登れば主尾根です。380m+ピークから374mピーク付近は尾根の片側が植林でもう一方は自然林というパターンが多く、落ち葉を踏んで歩きました。最後はやや急斜面を登って、茅野三等三角点(481.17m)に出ました。周囲は灌木ですが、木の間から西や北の展望があります。

ここからは南に尾根を歩きましたが、すぐに東側の斜面が伐採されていました。これは航空写真でも確認できて、伐採のおかげで展望が得られます。この次のピークは490m+で、この付近の最高地点であり、また市川町、多可町、加西市の三辻山でもあります。なぜがベンチがありますが、ベンチ前の道は西に向かっているので、上万願寺から道があるのかも知れません。しかしここは南に行きたかったので、ベンチより手前の「西九二」と掘られた標石から斜面を降りる必要がありました。

この先の加西市と多可町の境の尾根も気持ちよく歩けました。ほとんど展望はありませんが、標高差も少なく(429mピークは急登だったような記憶がありますが)、落ち葉の気持ちよい尾根です。456mピークは尾根の十字路なので迷いそうになりました。正しく南の尾根に降りるとネットが張られていました。ネット沿いに尾根を歩き続けると、いきなり林道の終点に出て、東屋がありました。

意外な展開に驚いて案内板を見ると、ここは「西谷なごみの森」だそうで、この地点が一番奥になっています。この先歩こうと思っていた尾根に遊歩道があるようなので、喜んで「ツツジと展望の小径」に行ってみることにしました。なお、この付近からは西側の久学寺にも降りられるようです。植林の中の意外と急な斜面をジグザグに登って行くと、433mピークの西側のピークに出ました。ここは景色の良い場所で、笠形山から千ヶ峰までが見渡せます(写真)。433mピークでは遊歩道をネットが横切っており、開けるのにけっこう苦労しました。持っていた地形図に載っていなかったので見落としましたが、このピークには西谷四等三角点(434.37m)があるはずです。

この先は遊歩道なので落ち葉を踏んで楽々歩けます。440mピークからは「イガヤ谷東平」に行けるようですが、ピークは藪でした。大きなツガの木があります。少し降りた鞍部には見晴台があり、大和川から東の山々が望めました。この付近からネットを開けて「イヤガ谷西谷」にも降りられるようですが、谷は荒れ気味のようでした。尾根は下ると岩場が増えて道はジグザグです。「岩場広場」というベンチの置いてある場所もあります。真っ直ぐ降りた方が早いような気もしますし、道が分かりにくい場所もありましたが、やはり遊歩道は安心して歩けます。最後は暗い植林を抜けますが、この付近の遊歩道は荒れています。

ここからキャンプ場の西谷公園まではすぐですが、その間の道路は壊れていて、自動車では通れないと思います。ここはおそらく川が道路の下を通っていたのではないかと思うのですが、東側の斜面が崩れたためか、現在は川しかありません。この日は川に水がなかったので歩くには問題無かったのですが、雨の後には川の中を歩くことになりそうです。西谷公園キャンプ場は大石内蔵助良雄が溜池を作ろうとして失敗した場所だそうです。

文句のつけようがない歩き易い尾根で、最後は遊歩道歩きになりました。展望もまずまずで、大満足の山歩きでした。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「粟賀町」です。

2011年12月24日土曜日

多可町の妙見山


登山道が整備されていることで知られている多可町の妙見山に登ってきました。登山道は山の東側の牧野からとゴルフ場の南側からの二つがありますが、西側の尾根から登ってみました。集雲山瑞光寺に車をとめて道を登っていくと、動物避けの扉がありました。この道はすぐに終わってしまいますが、終わりのところにドコモの「門山無線中継所 登り口」という札が立っています。この尾根には携帯の通信塔が立っており、その保守路を使って登る計画です。山の下から見ると、電信柱が真っ直ぐ登って行くのが見えますが、保守路は前からあった登山道を使ったようで、ジグザグに登って行きます。さすがに手入れはよく、プラ階段と、場所によっては金属の階段が整備されていました。ただし地形図とは違って塔は尾根上に立っていました。途中には「通称名 天神山 中区:門前管理地」と書かれた札が立っており、この山の名前は天神山なのだと思いましたが、少し登ると今度は「通称名 しろやま」という札があって、結局山の名前は不明です。

通信塔までは予定どうりでしたが、この先は道があるかどうかが問題でした。通信塔の後ろの山は岩が多くなりますが、切り開きがあります。向山四等三角点(479.99m)は、「たいせつにしましょう」の杭とポールは倒れていましたが、肝心の標石が見当たりませんでした。落ち葉を引っかき回してみたら、標石の代わりに白い札が出てきました。よく読めないのですが、この山はやはり城山のようです。三角点の名前は向山です。北の方角に少し展望がありました。ここはまだ480mなので、妙見山までは更に200m登らねばなりません。まず三角点ピークから降りるところが難所で、灌木が多く尾根が見つけにくくなっています。藪をかき分けて鞍部まで降りると、気持ちよく歩けるようになりました。この後はなんとなく切り開きのある尾根でした。急勾配の登りもあるので、休みながら自然林の中を登って行きました。

突然展望が開けたのは、ピーク近くの670m+地点で、東山登山コースが登ってきている所です。ここは明らかに何かの遺構で、石組みが二段あります。何の跡か知りたかったのですが、標石には「山林境界線」としか書いてありません。ここは南向きの展望があります。さらに頂上に向かうとログハウスがあり、「中町ネットワーク21」「火の用心 西脇消防署中町分署」という札が掛かっています。避難所でしょうか。そして山頂に出ると、北も南も見渡すことができました。妙見山二等三角点(692.63m)があり、「登山記帳・応急医薬品BOX」があります。展望できる山の名前を書いた案内板もあるのですが、プラスチックの内部に水滴が付いていて読むことができません。しかし北には千ヶ峰をはじめとする「多可の天空」の山並み(写真)、南には淡路海峡大橋までが見渡せました。

下山は東山コースで、先ほどの遺構まで戻り、南に尾根を下りました。619m地点は展望台になっており、西から南がよく見えました。このコースはさすがに整備されており、階段もしっかり作られています。気持ちよく鞍部まで降りると、そこは3合目となっており、東に下山できます。しかしまっすぐ南に歩くと「城山」があるそうなので、そちらに行きました。こちらの城山は364mピークで、伐採されています。広々した山頂を南端まで歩いて、道はないものの西へ下山しました。最初は植林の中を快調に降りましたが、だんだんシダが増えてきて、降りれば降りるほど藪っぽくなるのはどこでも同じです。しかし最後まで植林で、歩けなくなることはありませんでした。荒田神社を目指して降りたのですが、出てきたのは養鶏場の跡地(?)でした。

道のあるところばかりを歩いたわけではないのですが、さすがによく知られた山は歩き易いと思いました。

展望 ★★★
藪山度 ★☆☆
地形図は「中村町」「丹波和田」です。

2011年12月17日土曜日

船越から登る船越山


佐用町の船越山は、地形図に山名が載っているので登りたいと思っていたのですが、登山道がありません。奧海越から千合地峠までは林道があるようですが、そこにどうやって出てくるかが問題です。千種町七野から谷沿いの道がありそうですが、工事が行われていますし、ピストンになります。船越山の南の谷には瑠璃寺があって進路を塞いでいます。結局、真面目に尾根で登ることにしました。千種川沿いに北に走って、瑠璃寺の入口付近に車をとめて、登り口を探しました。少し北に歩くと送電線があり、そこに登る金属の階段がありました。登ってみると千種佐用線39鉄塔があり、その上は森なので、そこから登り始めました。動物避けネットなどはありません。

地形図から予想できるように、かなりの急勾配です。しかし落ち葉の積もった雑木林ですから、登れないわけではありません。それに、少し登ると適当に平坦な場所があり、意外と楽でした。標高500mを越すとかなり平らな尾根になりました。541mピークは特に何もありませんが、その北の尾根からは谷を挟んで西の尾根にある瑠璃寺奥の院が見えました。この付近から尾根も植林のところが多くなったと思います。倒木は多少ありますが、楽に歩けました。標高550mから600m付近は急登ですが、ジグザグに作業道があります。その後670m+のピークで西に尾根が曲がりますが、この付近からネットが現れました。630m+の鞍部は伐採されています。この先はずっとネット沿いに歩きましたが、歩きにくい尾根でした。伐採されている所が多いので日名倉山などが見えて、展望は良好です。600m+と640m+のやや平坦な尾根を登りましたが、ネットが邪魔ですし、伐採後にアシビなどが育っており、足下は良くありません。しかし眺めは良く、雪をかぶった植松山や三室山まで望めました。

そして、登り始めて2時間弱で船越山山頂に着きました。船越山三等三角点(727.21m)があります。山頂を示す杭がネットぎりぎりに立っています(ネットは倒れているので邪魔ではありませんが)。2001年に船越山観光株式会社(瑠璃寺モンキーパークを運営する会社らしい)が建てたものですが、杭を立てるなら登山道も整備してほしいものです。僅かに宍粟市を外れてここは佐用町ですから、宍粟50名山の碑はもちろんありません。山頂の周囲は伐採されており、眺めは良いのですが(写真)荒れ放題で歩くのも大変です。倒木をたくさん乗り越えて、ようやくネットの張ってある北向きの尾根に乗れました。少し降りると西側に林道が来ています。林道を歩かずにネット沿いに700m+の小ピークを越すと、また林道と出会いました。林道はここから北西に下って行っており、千合地峠へ向かうものと思います。この林道で峠から谷に下山するのが普通と思いますが、それでは出発点に戻るのが大変なので、ネット沿いに尾根を歩き続けました。

この先は、作用町と千種町の境界まで行って、境界の尾根を降りました。この付近は倒木が多く、灌木もあって歩くのに苦労しました。尾根が東に向くと北側は伐採されており、北の谷が見下ろせるようになって、日名倉山も千種町も見えますが、尾根にはネットもあり、息苦しく歩きにくい場所でした。西谷四等三角点(740.22m)までが辛抱のしどころで、その後は歩き易くなりました。落ち葉で敷き詰められた尾根で、場所によっては切り開きや踏み跡があります。常緑の広葉樹が多く、緑がいっぱいです。548mピークまで下がると、だんだんに尾根が細くなってきました。その後町界は南東に曲がりますが、こちらに行くと急勾配になって降りられそうもありません。尾根の終わりで西向きに急勾配を降りました。かなり急な斜面で、しかも広いのでどちらに向かって降りたらよいのか分かりません。地面は落ち葉で気持は良いのですが、滑りやすいのが難点です。150m近く下って、ようやく尾根らしい場所に出てきました。ここからは細い尾根を南に歩きました。落ち葉あり雑木林あり岩場ありで、狭い尾根ですが結構楽しめました。尾根の先まで歩いて、最後は西側に斜面を降りたところ、鉄山墓地という江戸時代の墓地に出てきました。尾根の先端まで歩いても降りられると思います。

登りに使った尾根の東側も倒木処理・斜面処理が進んでいます。2009年の作用の災害以来、植林の手入れが進んでいるようですが、尾根の方は放置されている感じもしました。

展望 ★★☆
藪山度 ★★☆
地形図は「千種」です。

2011年12月10日土曜日

宍粟市養父市朝来市の境界点


市境を歩くことはよくありますが、三つの市が接している点はあまり多くありません。姫路付近で有名なのは、姫路市、宍粟市、神河町の接点となっている三辻山ですが(この命名には異論もあるようですが)、その北には宍粟市、養父市、朝来市の接点となっている山があります。名前は分かりませんが、行ってみました。

姫路からはとても行きにくい場所ですが、まず国道29号線で山崎から一宮を抜け、安積で県道429号線をひた走って、笠杉トンネルの手前の黒原まで行きました。子安地蔵と若一神社の前を通って集落を抜けた付近に車をとめて、歩き始めました。浄水場があって、あとは林道奥山線となります。すぐに舗装は終わりますが、林道は続きます。かなり荒れており、自動車の通行は無理だと思います。この日は前日の雪が積もっており、土はどろどろで歩きにくい道でした。

地形図では破線道が分岐していますが、林道は東側の谷を進みます。周囲はずっと植林です。最終的には標高710m付近まで行って、林道は終わりました。西側の尾根までは標高差も150mほどで、距離は近いのですが、林道の終点の前の植林は勾配がきつそうなので、少し戻って多少は勾配が緩い植林の中を登りました。緩いと言っても急斜面ですが、雪が少し積もっていても登りやすい斜面でした。稜線は養父市と宍粟市の市境で、雪が5cmくらい積もっていました。キツネかタヌキの足跡がついており、それをたどって稜線を北に歩きました。

この付近は尾根も植林の所が多かったと思います。872mピークの北の市境が東に曲がる所には四角い石標がありましたが、三角点ではないようです。徐々に雪が深くなり、944mピーク付近では20cmにもなりました。地形図では破線道がこの近くまで達していますが、ここは植林でした。そして、三市の接する点に出ました。ここは比較的平坦で、三方向に尾根が伸びています。中央には三菱のマークのある標石が立っていました(写真)。この付近の山は、生野の山と同じく三菱の所有地なのかも知れません。

次は宍粟市と朝来市の市境を南に歩きました。雪は相変わらず深く、風が吹くと雪が舞い上がり、吹雪のようになりました。尾根は植林から雑木林に変わりましたが、斜面は植林が続きました。神子畑二等三角点(977.49m)の周囲は木が刈られていますが、展望はありません。一面の雪で、動物の足跡が点々と付いていました。さらに南に歩くと、少しずつ雪が減ってきて、標高が少し下がってきているのが感じられました。そしていきなり目の前が開けて、大段山が見えました。ここは朝来四等三角点(845.56m)のある小ピークですが、南側が伐採されていて、素晴らしい展望でした。残念ながら雪が舞っていて視界が遮られがちでしたが、それでも雪をかぶった山々の美しさは格別でした。

ここからは西に下山しました。この下山は長い道のりですが、おかげであまり急斜面はありません。最初は尾根にネットが二重に張られていますが、大部分は倒れています。雪に埋もれていますが、思わぬ所で足を取られて転びそうになることがありました。そのうちにネットは南に降りていってしまいます。そのあとは、ピンクテープのマーキングに従って下山しました。これは大正解で、途中に何箇所か勾配の緩い尾根に進まずに急斜面を降りる所がありましたが、マーキングは正確に尾根に沿って下山コースに付いていました。雪に埋もれていましたが、植林の作業道を歩いたので楽だったのだと思います。最後は地形図では破線に囲まれている棚田に出てきました。

思いのほか雪が深かったので疲れましたが、歩いていたのは3時間以下でした。姫路からは遠いのですが、夏に歩けば気持ちの良いコースだと思います。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「神子畑」です。

2011年12月4日日曜日

夢前町山之内の高山三角点


夢前川を遡って山之内まで来ると、川が二手にわかれます。ここを東に曲って熊部の方に入ると、すぐにまた道が二手に分かれますが、この付近が我孫子です。東に熊部の方に少し行くと、薬上寺というお寺があります。ここからずうっと北に尾根を歩きました。

お寺の一番上のお堂まで行き、そこから笹薮を抜けて尾根に出ました。藪は20mもありませんが、道が無いので強行突破するしかありません。あとは尾根を急登してピークに出て、稜線歩きとなりました。下草は無く、倒木も少ないので、低木の枝が少し邪魔な程度で楽に歩けました。少し北に歩くと尾根に切り通しがあり、ここへ登って来れれば楽かも知れませんが、おそらく畑を抜ける必要があります。尾根には道はありませんが、問題なく歩けます。

あとは特筆すべきこともない、普通の尾根です。364mピークよりも前に西側の展望が開ける場所があり、雪彦山が見えました。間に以前に歩いたことのある賀野神社に繋がる尾根があるのですが、歩いている尾根のほうが高いので、それを越して雪彦山からウリュドへ連なる尾根がよく見えました。幅の狭い尾根なので、左右の谷が見下ろせることが多く、佐中の人家が見えました。尾根にケーブルが埋まっている所がありましたが、アンテナは撤去されているのではないかと思います。

三角点の手前のピークには「川口」と掘られた標石がありました。三角点の周囲は林で展望はありません。高山四等三角点(568.45m)の標石は落ち葉に埋まりかけています。ときどき東にも西にも木々の合間に展望がありますが、特に560m+ピーク近くからは再び雪彦山がよく見えました。560m+ピークから北に降りると細い尾根になります。519mピークでは間違えて西に降りそうになりました。植林は気持ちが良いのですが、展望がないなぁと思って歩いていると、いきなり正面の植林の間に展望が広がっていました。ここは地形図で熊部に向かう破線道が尾根を横切っている地点のちょっと南の490m+ピークです。北側の斜面が広く伐採されており、熊部の集落と、その北の送電線がよく見えました。写真は高場山の鉄塔と、その西側の鉄塔です。この周囲は派手に伐採されています。

破線道で西側に降りようと思っていたのですが、予想どうり道はありません。しかし植林の谷なので、倒木が邪魔ですが降りられます。谷底は石が多くて足が痛くなりますが、最初は水もなく、倒木を乗り越えれば歩けました。陽の当たらないじめじめした谷で、あまり気分良くは歩けませんが、降りていくとだんだんに作業道も形を成すようになり、最後は我孫子から北に伸びる谷に出てきました。ここから我孫子までの谷(林道我孫子線)には特筆すべきものはありませんが、退屈せずに自然を満喫できました。

展望 ★★☆
藪山度 ☆☆☆
地形図は「寺前」です。