前回2026/06/16に清徳寺で寺の説明書きを読んだ時に、近くに婆(うば)ケ城という山城があったことを知りました。場所は姥ヶ城三角点のあるピークなので、鍛冶屋から尾根を歩いて行ってみることにしました。歩くのは小畑川と清徳川の尾根です。尾根の先には小さな墓地がありますが、ここから登ると笹薮なので、少し鍛冶屋の側に行ってから斜面を登りました。この付近は鍛冶屋温泉の源らしく、斜面に水の栓がありました。古い林道もあります。尾根まで登ると少し笹が生えていますが、南に歩き始めるとなくなりました。問題なく歩ける急坂のない自然林で、しばらく歩くと八東大内線10鉄塔です。展望があります。この先しばらくは道がはっきりして、金属プレートの三山口四等三角点(354.48m)に着きました。
この先の420m+ピークまではちょっときつい登りでしたが、その後はまた楽な尾根歩きになりました。婆ケ城に近づくと、まず470m+までがややきつい登りで、下ってから登り返すと城らしくい雰囲気になり、城まで坂を登りました。山頂は南北と西に平坦地があって、たしかに城趾の地形です。城の名前は老婆ヶ城または婆ヶ城だそうです[1]。金属プレートの姥ヶ城四等三角点(510.94m)は、名前は城の名前と少し異なりますが、南の曲輪にありました(写真)。この城は若狭鬼ヶ城より古いとのことですが、鬼ヶ城は街道を見下ろす要所にあるのに対して、こちらは街道から離れており、最初は平家の落人が隠れていたとしても、戦国時代の山城としては価値がわかりません。可能性があるのは、いまは荒れている柿原から綾木峠を抜けるルートが、千代川沿いの道が通行困難であったとしたら価値のあるものだっただろうということです。しかしそれにしても、例えば板井原隧道のあたりを越えれば標高はずっと低いはずです。その時代にはなにか事情があったのでしょう。
というようなことを考えながら城趾から南に尾根を降りると、こちらは一転して岩の多い細い尾根でした。岩場を降りてから少し歩き、さらに450m+の鞍部に降りる付近は急勾配で掴まる木も少なく、注意して降りました。この付近は西側下に林道があり、502mピークに登って降りると、その林道が尾根を横断する舗装道路につながっていました。この舗装道路は2020/06/27に佐崎から歩いてきました。その時と同じように舗装道路を少し東側へ歩き、植林の中の中国自然歩道を歩いて奥野に出ました。あとは清徳川を下って鍛冶屋に戻りました。
展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「因幡郡家」「郷原」です。



