2026年5月12日火曜日

兵庫県と岡山県の県境の粟倉・大海里三角点

 


兵庫県と岡山県の県境、岡山県最高峰の後山からダルガ峰への尾根の途中に、粟倉と大海里の二つの三角点があります。この二つの三角点はまだ確認したことがないので、この二つを回って歩いてみることにしました。


まず鍋ヶ谷林道を歩きました。これは船木山への登山道になっています。途中に林道がたくさんありますが、地形図にある、谷を遡る林道に曲がりました。途中で消えることもなく谷を渡って北に向かい、分岐した急斜面で1014mピークの方向に歩きました。この林道も地形図にある通りですが、分岐がときどきありました。そして方向を何回も変えて、地形図での終点に辿り着きました。ここからは尾根に簡単に上がれるのでそれを登っても良かったのですが、南にさらに林道が延びていたのでそれを歩きました。少し歩くと岩塊流の跡のような谷で林道を終わっていました。しかたがないのでそこから斜面をよじ登りました。非常に急な斜面ではありましたが、掴まるものはあったのでなんとか登れて、尾根に上がりました。おそらく地形図の林道の終点から登ったほうが楽だったでしょう。ここからは歩きやすい尾根で、笹が増えてきて歩きにくくなったと思ったら稜線の登山道に出ました。ここが標高1253mの鍋ヶ谷山です。眺めの良い登山道を少し東に歩いて粟倉四等三角点(1235.08m)を探しました。いつも気づかずに通り過ぎていたのですが、実は登山道の少し南側にありました。登山道が曲がる所なので気づかなかったのだと思います。三角点からは南に展望がありました。


これからしばらくは稜線の登山道歩きで、まず鍋ヶ谷山に戻り、気持ちの良い林からチシマザサの草原に出て、「クマ出没にご注意下さい」の立札のある避難小屋を通って大茅二等三角点(1280.47m)のある駒の尾山に着きました。石のベンチが同心円状に並べられた広場があります。展望は抜群です。


次は避難小屋の前の分岐まで戻って北に歩きました。中国自然歩道の整備された道です。1211mピークを通り、危険な階段を下って2025/07/28に登ってきた分岐点に着きました。さらに北に大海里山を目指して植林の中を歩きました。登山道はこの大海里山のピークの西側を巻いていますが、真っ直ぐに登っていきました。すぐに急斜面になりロープが張ってありました。その上はロープがないと登れないくらいの急な岩場でした。これを登り切ると岩の多い細尾根で、その先に大海里四等三角点(1206.6m)がありました。この付近も展望は抜群でした。写真は後山方面です。


大海里三角点からは岩場を降りるのを避けてさらに北に歩きました。マンネンスギの群生地を迂回し、植林の階段を降りていくと巻いてきた登山道に出たので、登山道を南に歩き、分岐点まで戻りました。ここからは2025/07/28に通った登山道でも良かったのですが、地形図にはまっすぐ谷を降りる破線道があったのでこれを降りてみました。ここは登山道がありませんが、マーキングはあります。しかしマーキングにかかわらず谷を降りれば良いだけなので、最初のうちは岩や倒木を避けて降りれば良かったのですが、途中でもう一本の谷川と合流したあたりからは谷底は歩けず、斜面を降りていきました。植林なのでちょっと疲れましたが降りられて、林道の折り返し地点に出ました。これは泥だらけの林道で、かなり乾いていたから良かったものの、雨の後だったら靴が泥だらけになったでしょう。谷の北側に作られた、かなり長い距離の林道を歩いて、鍋ヶ谷林道に戻れました。


展望 ★★☆

藪山度 ★★☆

地形図は「西河内」です。



2026年5月9日土曜日

木地師の館から右手峠

 


梶並川上流の、美作市と智頭町の間にある県境の尾根は、2023/07/22に南の立木から歩きましたが、今回はもっと北の「木地師の館」から歩きました。これは標準的な山歩きコースのようです([1])。林道で谷を遡り、「じるこ谷」という荒れた谷を過ぎて登っていくと、土の河内から来ていると思われる道と合流して、西に曲がって谷を歩きました。北の斜面は伐採されています。この谷は狭く、小川も適当に渡れるのですが、奥に行くと道がなくなり、上を見上げると植林の斜面に林道がありました。この林道へ行くには、土の河内からの道と出会った付近で斜め上に行くべきだったようです。林道に上がって歩いていくと、林道は谷の奥で終わっているように見えました。間違えてここで谷を登ってしまいましたが、振り返ってよく見ると林道は谷を越えてそのまま北に続いていました。谷で切られていたので終わりかと思ったのでした。この先も倒木があったり、崩壊して一部消滅したりしましたが、林道は続き、2023/07/22に通った石仏のある峠に出ました。


この峠から北の岡山県と鳥取県の県境も、2023/07/22に歩いています。切通しから尾根に急斜面で上がると幅の広い道がありました。この道は切通しで切断されたようです。まずきれいに伐採されている、地籍図根三角点のある690m+ピークに登りました。少し展望があります。遠くに見えるのは那岐山でしょうか(写真)。ここからさらに北に登って、滑谷三等三角点(732.57m)のある「山の神山」に着きました。そういえば「木地師の館」の前の橋の名前は「やまのかみはし」でした。あまり展望はありません。


方向を見定めてさらに北に歩きました。道は続いており、展望もときどきあります。東寄りに方向を変えて、北に登ると769mの「家の奥山」です。地籍図根三角点がありますが、ピークはアシビに覆われており、県境がどちら向きなのか悩みました。結局地籍図根三角点から先には行かずに東に曲がるのが正解でした。こちらも植林に道があります。調子よく下って行きましたが、気がつくと道は県境を外れて南に向かっていました。あわてて県境に戻って東に歩きました。こちらには道はありませんが、歩きにくいことはありません。最後は植林の急斜面の上に出て、尾根伝いに降りましたがやはり急になって、作業道を見つけて林道に降りて右手峠に出ました。この付近には林道がたくさんあります。右手峠には明和2年の峠地蔵があります。立っている常夜灯は梶並神社のものでした。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「坂根」です。



2026年5月7日木曜日

夜久野ヶ原から登る和田山の高森三角点

 


和田山の北東の山にある高森三角点には、2017/09/23に北の久田和から登りましたが、今回は東の夜久野ヶ原の方から登りました。夜久野には日本には珍しくロータリーが二つありますが、西のロータリーから南に走って緑化センターの北の付近に車をとめて、植林を歩きました。夜久野はよく知られているように溶岩台地で、地形が読みにくくて困ります。この付近も地形図で見ると平坦なのですが斜面が植林になっていますし、じっさい針葉林の記号があります。ちょっと歩くと切通しがあり、そこから急斜面の植林を登りました。植林なので急な割には登りやすく、登ってしまえば楽に南に歩けましたが、更に西に登って280m+ピークからまた南向きに歩くと西側に金網がありました。しかしこれはすぐに終わり、歩きやすい植林が続きました。標高350m付近はやや急な登りで、登りきって南に植林を歩くと金属プレートのヤナギ谷四等三角点(398.31m)に着きました(写真)。


さらに植林が続きました。標高400m+に上がって西に歩くところは平坦ですが、尾根の中央に有刺鉄線が張られていて、端のほうを歩きました。その西の鞍部では北側で林道がターンしていました。林道を使った登山も可能なようです。ここから少し急斜面を登って、稜線に上がりました。2017/09/23に通ったところです。幅が広くて気持ちの良い植林で、南から西に折れて、高森三等三角点(499.86m)に着きました。展望はありません。


下山は来た尾根を戻って、2017/09/23の逆コースにしました。北に稜線を歩き、501mピーク付近は植林ですが、その先で植林が終わると急に藪っぽくなりました。朝来市の地籍図根三角点は藪に埋もれ気味でした。藪でも道はあって、北に降りていくと分岐があり、ここは東寄りを歩くと、さらに藪になりました。しかし抜けられないような藪ではありません。標高350mから300m付近は広い急な尾根で、登りでは迷うことはないでしょうが、下りでは方向を定めるのが大変でした。GPSを見ながら降りていき、金属プレートの覺性寺四等三角点(228.98m)に着きました。その先には梅谷支線五七鉄塔があり、東側の植林は急斜面でしたが、作業道を探して墓地に降りました。そして害獣避けの扉をあけて道路に出ました。


問題はここからどう出発点に戻るかで、人家の間を抜けて東に曲がり、直谷池に向かいました。この付近は勾配は緩いのですが棚田になっており、直谷池は棚田の途中にあります。直谷池の北側の道を歩き、さらに棚田の谷を登っていきましたが、最後は湿地になっており、周囲は金網で囲まれていて出口がありません。出ても外は笹藪です。どうしようかと思いましたが、直谷池の所に北の山に登っていく林道があったのを思い出し、そこまで戻って林道を登りました。この付近も地形図からは様子がまったく読み取れませんが、谷の北側は谷から見れば山で、森なのです。しばらく林道を登ると建物があり、そこから東に林道がありました。地形図通りなのでそれを東に歩きましたが、すぐに終わってしまいました。付近の様子がわからないので森の中を北に歩くとフェンスがあり、その向こうは耕作地でした。とりあえず森を東に歩くと、南側に古い林道がありました。笹で覆われていましたが、歩いていくと徐々に谷に降りていって、最後は笹薮の谷で終わっていました。しかたなしに南斜面の藪を登ると、林道がありました。これを東に歩くと、最初に通った切通しに出ました。今回は北の植林は通らず、そのまま東に歩くと緑化センターの林に出ました。いろいろな木が整列して植えられていました。道路に出て、出発点に戻りました。覚性寺から1時間もかかりました。この付近は地形がわかりにくいだけでなく、地形図の実線道はあてになりません。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆ 特に最後のあたり

地形図は[直見」「矢名瀬」です。



2026年5月2日土曜日

出合川から登った大段ヶ平

 


大段ヶ平には2024/11/12に横行渓谷から行きましたが、今回はもっと北の出合川の上流の安井から行ってみました。安井から西に延びる尾根の東端から登りたかったのですが、ここは耕地になっているので遠慮して南側の急斜面を登りました。しかし滑落しそうになりながら登った上はやはり石積のある耕地で、その脇を登りました。素直に耕作地を通らしてもらうのが正解です。耕地の上には水道施設らしいものがありますが、その上にはさらに平坦地がありました。そこからはちょっと藪がありましたが、抜けると軽快な尾根歩きになりました。最初は急坂もありましたが、徐々に楽になり、636mピークを過ぎて、その先の鞍部は切通しのようでしたが、両側とも道ははっきりしません。その先の600m+の細尾根はアシビが生えていましたが、少し降りたところに踏み跡がありました。この付近は勾配も緩く、所々に植林もありますが、自然林は新緑が綺麗でした。827mピークを過ぎると南側に林道が見えました。この先の850m+ピークは植林で、南側に林道が通っています。林道に沿って西に行き、南に曲がると林道が西に尾根を横切っていました。地形図では南西に実線道があるので、これに繋がっていそうでした。林道は歩かずに尾根で928mピークに登り、南に歩くと尾根の両側に林道が見えました。そして尾根の終わりで林道がつながりましたが、ここの南斜面は伐採されてススキに覆われていました。少し林道を歩くと、すぐに舗装された但馬アルペンロードに出ました。注意しないと車に轢かれます。少し南東に歩くと北に展望があり、スキー場のリフトが見えました。されに、地図で轟安井林道・西入口となっている所に出ました。東に分岐する林道は杉ヶ沢高原方面に延びて轟に達している長い林道です。大段ヶ平に登ろうと、少し但馬アルペンロードを西に行って、急斜面を登りました。これは非常に急で、休憩しながら登ると林道に出ました。もう斜面を登る気力はなかったので、林道で大段ヶ平の東の端まで行きました。地形図通りに林道は少し南を巻いてから大段ヶ平を登っていきます。今回はここまでにして、大段三等三角点(1067.67m)で休みました。


下山は2024/11/12の逆コースで東に尾根を下りました。途中で林道が尾根を横切りますが、法面が高かったり、細尾根を林道が半分削っていたりと邪魔でした。この尾根はナラの林の新緑が美しく、それを楽しみながら降りていくと、981mピークを過ぎ、南東に下って、最後は林道の高い法面を降りました。ここで北側を見ると下に林道があったので、ちょっと無理でしたが急斜面を降りました。これが轟安井林道で、少し北西に戻り、地形図で東の尾根に破線道のあるところまで行きました。この破線道は道としては整備されていませんが、幅の広い尾根で非常に楽に降りられました。はじめは新緑が美しく、徐々に植林が増えてきました。両側が広々しているところもあって、開放感のある尾根でした(写真)。問題は最後に谷の林道へ橋があるかどうかだったのですが、橋はなくても川幅が狭く大きな石があるので、靴を濡らすことなく渡れました。この付近は石積がたくさんあり、耕作地だったようです。あとは谷沿いの道で安井に戻りましたが、ずっと両側は石積のある耕作地で、文化遺産と呼んでも良いくらいでした。この道はよく整備されていますが、倒木がありました。登りで通った850m+ピーク付近の南にあった林道がこの谷に通じていることを期待したのですが、合流点は見当たりません。航空写真で見ると850m+ピークの東のあたりで終わっているようでした。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「氷ノ山」です。



2026年4月29日水曜日

八重垣神社から登る船越山

 


瑠璃寺の北にある船越山には2011/12/17に登ったきりなので、久しぶりに行ってみることにしました。以前は瑠璃寺の入口の船越から尾根沿いに登りましたが、今回は東の千種町下河野の農村歌舞伎舞台のある八重垣神社から登りました。神社の上の谷には堰堤があります。谷のどちら側の尾根を登ろうか迷っていたのですが、堰堤と水路のおかげで北側の尾根には行けないので、南側の尾根を登りました。急斜面に作業道があって植林に入れるので、そこから登り始めました。植林ですがすぐに灌木が増えてきました。しかしその中に道があり、鉄塔の巡視路のようでした。これを歩くとネットを抜けて南に行くのですが、この付近には鉄塔はなく、ひとつ南の尾根に行くようだったので、戻って最初の尾根を登り続けました。藪っぽいのですが道はあって、問題なく登れました。しかし標高400m付近は大岩が多く、迂回したり間を抜けたりして登りました。標高450mを過ぎると藪もなくなって気持ち良く登れるようになりました。そして2011/12/17に下山で通った主尾根に出ました。


主尾根は歩きやすく、どんどん歩けました。登りはありますが、最初ほどのものではありません。植林も自然林もありますが、展望は僅かでした。。西谷四等三角点(739.95m)は植林と自然林の間にありました。ここから西は藪っぽくなり、丈夫なネットもありました。そのうちに南側に林道が現れました。そして千合地峠からの道と合流して南に向かうと、東側のネットに沿った登山道となりました。途中で西側に林道がありました。登山道は歩きやすいのですが、ネットが所々登山道に倒れ込んでいたり、倒木があったりしました。しかしともかく船越山の山頂までは難なく辿り着けました。船越山三等三角点(726.93m)がありますが、2011/12/17にはあったらしい展望はありません。山頂の杭と宍粟50名山のような杭(ここは佐用町)はネットの向こう側にあり、付近はアシビが茂っています。このネットは2011年よりも新しいものです。


下山は再び登山道で北に向かい、千合地峠に向かいました。途中の林道がおそらく千合地峠に達していると思われますが、とりあえずは尾根を歩きました。が、ここは登山道にしては荒れ気味で、林道を歩くのが正解ということかも知れません。千合地峠は林道の広い交差点ですが、船越山への道しるべの杭が交差点の北側に置かれていたのは誤解を生じるかも知れません。千合地峠からは林道で下山しました。途中で北の奥海越へ向かう林道と合流しました(西谷支線?)。林道の北側斜面に岩塊流の跡があったり、さらに下っていくと畑を作っていた跡のような石積があったりと、植林も美しく楽しめる林道でした。


倉谷の集落に出てから、千種川を渡らずに出発点の宮の下に戻ろうとすると、こちらも林の中の林道となりました。途中の谷には堰堤がありました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「千草」です。