国土地理院の地形図を見ると、加西市の上万願寺町の、万願寺川の支流を遡ったところに神社のマークがあります。階段も描かれていますが、Google Mapにはないので、この神社を確認しつつ加西市と市川町の境の稜線を歩いてみることにしました。万願寺川を北に遡っていっくと、道が2つに分かれて間に灯籠が2つ立っています。左は「八?大明神」右は「愛宕大権現」と掘られています。ここを左に曲がって未舗装の林道に入るとすぐに害獣避けの扉があります。これを通って植林の中をしばらく歩いていくと、階段がありました。脇に石があってなにか文字が掘られていたのかも知れませんが、読めません。階段は地形図では神社まで続いていますが、実際は途中は普通の道です。最後にまた階段があって、登ると大きな拝殿があり、その奥に小さめ目の本殿があります。拝殿の屋根替工事が昭和56年となっていますが、「八坂神社拝殿」と書かれており、八坂神社なのでしょう。(しかしYahoo!マップでは津谷神社となっています。)境内の灯籠は天明元年のもので、古くからある神社のようです。境内の赤い鳥居には「八五郎」と書かれていますが、落語ファンが作ったのでしょうか、それとも八五郎神社でしょうか?
神社の裏の植林からでも稜線に上がれそうでしたが、谷に道があり、地形図では破線道で稜線に登れるので、谷を歩きました。地形図で破線道が西の谷を登っていくところで見ると、この谷は倒木だらけで道ははっきりしません。そこで更に北に谷を登ることにしました。こちらには踏み跡程度しかありませんが、倒木は少なめです。周囲は植林ですが、登っていくと谷には岩が増えてきました。しかし岩を乗り越えながら踏み跡は続いているようで、斜面で流され気味の所もありましたが、岩の多いところを抜けると、また植林の谷に戻りました。川も水が少ないので渡るのも容易で、倒木を避けて歩きやすい場所を歩きました。勾配は少しずつ急になりましたが、急斜面や藪はなく、そのうちに植林の谷の奥に”乢”が見えてきました。ここを上り詰めると、418mピークの南の鞍部に出てきました。ここは2012/06/03に通っています。ちょっと登って418mピークに出ました。
ここからは南西に稜線の尾根を歩きました。少し藪っぽく、急斜面を降りると未舗装の林道笠形線に出ました。この先は林道を歩いても良かったのですが、せっかくなのでほとんど稜線を歩きました。尾根上は少し藪っぽいのですが、道は明らかでした。林道が尾根を横切るのはこの付近では二回だけで、南に行くと稜線は林道の南側になりました。この付近で地形図で尾根を横切っている破線道は、登山中に倒木が多くて登らなかった破線道ですが、これに相当するかもしれない道がありました。尾根上は多少倒木がある程度ですが、いくつかアップダウンがあり、林道の法面が尾根上までコンクリートで固められているピークを過ぎると、堂ケ丸三等三角点(462.81m)がありました(写真)。落ち葉の気持ちの良いピークで、大柿さんの13.12.5の赤いプラスチック板が木に下がっていました。
さらに尾根を南に歩きました。堂ケ丸三角点のピークは迷いやすく、南東に降りなければならないのですが道がありません。適当に降りていくと踏み跡があったので尾根に戻れました。この先は平坦で倒木も少ない落ち葉の尾根で、少し窪んだ道もありました。しばらく歩いて、南東の尾根で下山を始めました。歩きやすいなだらかな尾根を下ると、すぐに窪んだ道に合流しました。少し北で尾根から外れて行った道です。この付近は道がいろいろあるのですが、この先も道が続きました。250m+の植林の細尾根を通り、少し登ってからまた降りて、正面の270m+ピークに登ると共同アンテナの残骸がありました。そのまま東に降りるとピークを巻いてきた道がありましたが、行きたかったのはこちらではないので、道を少し戻って南の尾根に向かいました。こちらにも道があります。この先は地形図で見るとあまり起伏がありませんが、歩くと意外にアップダウンがありました。植林も自然林もあります。GPSで方向を確認しながら東の方向に歩きました。最後は植林で、降りていくと1基だけ墓石がありました。昭和50年のものなので登ってくる道が無いのが不思議でしたが、徐々に降りていき、最後は数メートルの藪を降りて、ストリートビューで確認してあった扉から道路に出ました。この扉にこだわらなければ、もっと楽な下山ルートがいくつもあったと思います。
展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「北条」です。