2026年6月3日水曜日

山崎町の塩田と谷の奥三角点

 


先週2026/05/31に歩いた小矢野川の東側にある山並みです。以前2010/12/29にも歩いていますが、今回はゆったりと大回りしてみました。台風の翌日なので登りは無理をせずに林道を使おうと思いました。菅野川の寺西の北に小さい狛犬のいる岩上神社があります。地形図ではこのすぐ北に実線道があって川を西に渡っているのですが、道も橋も見当たりません。しかたなしに旧「F.S.播磨西高等学院」(現在は持ち主が変わっているらしい)の建物のところから西の林道に入りました。この付近から植林を通って地形図の実線道に出ようという作戦です。実は2010/12/29にはこの付近の尾根をまっすぐ降りてきて正解だったのですが、今回は道を探しました。植林になっている段々畑の端を歩いて登ると、すぐに林道に出ました。しかしこれは南に歩くとすぐに終わっていたので、そこから杣道らしい踏み跡を歩くと、地形図の実線道らしい道に出ました。かなり荒れていますが、林道として作られたようです。ほぼ地形図と同じように、かなり急に登って行きます。谷の奥で一時見失いかけましたが、探すと道は続いていました。問題は生えている灌木にことごとく棘があるということで、少し怪我をしました。そして実線道の終点(標高470mくらい)からは踏み跡を探して斜面を登りました。踏み跡がずっと続いていた訳ではないのですが、問題なくすぐに稜線に上がれました。標高480m+です。


ここは2010/12/29に北から歩いてきた尾根で、今回は逆向きに歩きました。最初は青いネットがありましたが、すぐに伐採地で降りていきました。自然林で歩きやすいのですが、503mピークを過ぎ、ちょっと岩があってから急な登りになりました。少し登ると東の谷は伐採されていました。ここから660m+のピークまでの急斜面は2010/12/29にも苦労して降りたようですが、登りもたいへんでした。登り切ると尾根は藪で、東斜面の植林の作業道で北に降りると、また登りになりました。登りきって少し歩くと、塩田三等三角点(656.84m)の標石が5cmほど地面から出ていました(写真)。2010/12/29にも標石は同様だったのですが、以前より国土地理院による標高は低くなっており、標石が低いからでしょうか?この先も植林や自然林を歩き続けました。ちょっと下って登って714mピークに出ると、その後は特に興味を引くようなものはありませんが、多少のアップロードはあるものの歩きやすい尾根でした。そして谷の奥四等三角点(726.59 m)に着きました。


奥の谷三角点には2010/12/29と2011/03/19に来ています。どちらも東の尾根から来たので、今回は逆コースとなりました。三角点から少し南に戻って東に斜面を降りました。最初は急ですがすぐに緩やかになって、600m+の鞍部まで降りました。ここからはやや長い登りで、729mピークに着きました。2011/03/19にはここに北から来ました。今回は南に向かい、すぐに東の尾根に降りてからまた南に向かって、670m+から東に急斜面を降りました。幅の広い斜面で方向が少し不安でしたが、古いネットがあり、これに沿って降りるのが正解でした。550m-の鞍部まで降りると南斜面は植林です。ここは2014/12/28に谷沿いの林道で登ってきたところなので、今回はその逆コースで植林を降りました。かなり密度が高い暗い植林でしたが、問題なく降りられて、林道に出ました。あとはこの林道で戻りました。2014/12/28にはイバラの枝が邪魔だったようですが、今回は問題なく戻れました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「土万」と「千草」です。



2026年5月31日日曜日

山崎町の葛根三角点

 


宍粟市山崎町の葛根から北に小矢野川がありますが、これと志文川の間の尾根は2011/03/20に北の神宮司山に行った程度でしたので、南から通して歩いてみました。中国縦貫道の北側に地形図通りに道があります。コンクリートの法面を登る階段もあるのですが、これはパスして道を登りました。かなり荒れています。坂の上には墓所がありますが、この上で道は良くなり、害獣避けゲートがあります。この先は林道で、土万の方から登って来ています。墓参りもこちらから行くのでしょう。林道は新しいものもあって、地形図では北に行ってから戻るようになっていましたが、新しい道がまっすぐに葛根四等三角点(330.5m)の脇を通り過ぎていました。近くには東屋がありました。林道は北に続いており、340m+と360m+のピークを越えた先で終わっていました。ここからは藪を抜けなければなりますが、倒木や枝が少しある程度で、歩きにくい藪ではありません。少し歩くと地形図では破線道が西から上がってきていますが、実際に古そうな道がありました。この道は地形図通りに次のピークの東側を巻いています。350m-の鞍部はしっかりした道で、その先にも道がありましたが、飽きてきて392mピークに登りました。、地形図では破線道はこの先で終わっていますが、じっさいには続いており、尾根の東側に行ったあとでまた尾根を横切っていました。道は無視して390m+に登り、植林を歩きました。400m+を過ぎると西側の谷に林道が見えて、林道を降りる方向に「コウヤミズキ(下山口)」という道しるべがありました。群生地があるようです。林道は地形図通りに尾根を横切って東側に行きました。林道は歩かず、そのまま尾根を430m+に登り、急斜面で北の370m+の峠に降りました。急斜面ですが木が多いので掴まって降りられました。この斜面に林道はありません。この付近から北は、2011/03/20に逆向きに歩いています。


峠から北は東斜面に林道がありましたが、真っ直ぐに登りました。途中に平らな所もありますが、標高差100m程度の急斜面を登って、また尾根歩きとなりました。490m+から少し降りて再び登りとなり、ここも途中に平らな所がありますが、岩もありました。尾根が十字になっている610m+ピークに出て、また北に降りて、小ピークから鞍部、そしてまた登りになって、もう一つの610m+ピークに着きました。この付近は自然林が多いようでした。尾根を間違えないように注意して北に降りるとちょっとした岩があり、西側の展望もありました(写真)。その北の530m+ピークは東側に巻き道があったのでピークには上がらず、破線道の通っている500m-の峠に着きました。


地形図ではこの峠の北側は破線道、南側は実線道です。北は斜面に道があるようですが、南には道はありません。しかし倒木とイバラを避けて少し急斜面を降りると、草の生えた道らしい場所に出ました。石も多くて歩きにくいのですが、確かに谷の中央を水のない谷川に沿って降りる道がありました。下っていくと、東の谷からの川と合流しました。水がないので良かったのですが、水があると渡るのに苦労したかもしれません。ここから小矢野川沿いの長い林道歩きですが、最初は水流で削られている所もありました。ときどき小屋がありました。川もまっすぐ流れている訳ではないので、橋を何回か渡りました。下流に行くと東に入る谷に道しるべがあり、「火打場」「白口谷」「牛のくら」がありました。「里山ふれあい森づくり倉庫」があって、最後に害獣避けの扉を抜けると田んぼがあって葛根に戻りました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「土万」です。



2026年5月23日土曜日

明延鉱山学習館から登る大路三角点

 


明延の県道6号線沿いには探検坑道の入口があります。いつも中から冷たい風が流れてきています。ここから少し西に入ると明延鉱山学習館があり、明神電車が展示されており、また探検坑道の出口があります。世谷通洞坑と書いてあります。ここから谷奥へ道が延びています。谷沿いに歩くと谷の脇から水が吹き出ている所があり、何かと思ったら水道管に穴があいていて、そこから水が吹き出ていました。この道はすぐに倒木だらけになりますが、そこを抜けるとまた歩きやすくなりました。途中の北側に入口がブロックで塞がれた坑道の入口がありました。道が川を南に渡る地点の南の谷は人工的な感じがしましたが、そのまま谷奥へ石垣沿いに道を歩くと、地形図の実線道の終点に出ました。谷の北側にはまた坑道の入口がありました(写真)。道はここで終わりではなく、ターンして南斜面に上がっていき、先ほど見た人工的な谷の上流に出てきました。しかしここには坑道はなく、なぜここまで道が作られたのかわかりません。谷には水路が作られており、水はそこを流れています。土砂の流入を防ぐためか金網の柵までありましたが、目的は見ただけではわかりません。とりあえずは山登り開始ということで、ここの尾根を登り始めました。するとすぐに折れた水道管があり、尾根を横切って水を運んでいたようですが、これもどこに運んでいたのかは不明です。とにかく植林の尾根を登り続けました。最初は急勾配でも登りやすかったのですが、標高550m付近は岩が多く、安全な経路を探し、木に掴まって登りました。標高差100mくらいを登ると歩きやすい尾根に戻り、その後で長い急斜面を登ると、養父市と宍粟市の境界にある700m+ピークに着きました。


市境の稜線を北に歩きました。2011/05/05にも歩いています。たまにアシビも生えていますが、植林が多くて歩きやすい尾根でした。ただしアップダウンはけっこうありました。しばらく歩いて大路四等三角点(822.47m)に着きました。この方向から三角点に着くと、稜線は三角点の手前で曲がっているので要注意です。北に歩いて、その先で東に向かう尾根に降りて行きました。こちらも新緑のきれいな林でした。真っ直ぐに歩いて標高720m+で南東に急斜面を降りました。標高640m付近も急斜面を直進しましたが、尾根は南に曲がっており、南に行って登り始めた付近の谷に降りる方が楽だった可能性があります。とにかくひたすら東に歩き、いちど北に折れてからすぐにまた東に向かい、560mピークを過ぎると急斜面になり、ここから先はずっと木に掴まって降りました。足元に気をつければ降りられる急斜面でしたが、最後は道路なので例によって法面の低いところを探す必要ががあり、植林の作業道を探して西に歩いて、結局坑道の入口付近で道路に降りました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「大屋市場」です。



2026年5月12日火曜日

兵庫県と岡山県の県境の粟倉・大海里三角点

 


兵庫県と岡山県の県境、岡山県最高峰の後山からダルガ峰への尾根の途中に、粟倉と大海里の二つの三角点があります。この二つの三角点はまだ確認したことがないので、この二つを回って歩いてみることにしました。


まず鍋ヶ谷林道を歩きました。これは船木山への登山道になっています。途中に林道がたくさんありますが、地形図にある、谷を遡る林道に曲がりました。途中で消えることもなく谷を渡って北に向かい、分岐した急斜面で1014mピークの方向に歩きました。この林道も地形図にある通りですが、分岐がときどきありました。そして方向を何回も変えて、地形図での終点に辿り着きました。ここからは尾根に簡単に上がれるのでそれを登っても良かったのですが、南にさらに林道が延びていたのでそれを歩きました。少し歩くと岩塊流の跡のような谷で林道を終わっていました。しかたがないのでそこから斜面をよじ登りました。非常に急な斜面ではありましたが、掴まるものはあったのでなんとか登れて、尾根に上がりました。おそらく地形図の林道の終点から登ったほうが楽だったでしょう。ここからは歩きやすい尾根で、笹が増えてきて歩きにくくなったと思ったら稜線の登山道に出ました。ここが標高1253mの鍋ヶ谷山です。眺めの良い登山道を少し東に歩いて粟倉四等三角点(1235.08m)を探しました。いつも気づかずに通り過ぎていたのですが、実は登山道の少し南側にありました。登山道が曲がる所なので気づかなかったのだと思います。三角点からは南に展望がありました。


これからしばらくは稜線の登山道歩きで、まず鍋ヶ谷山に戻り、気持ちの良い林からチシマザサの草原に出て、「クマ出没にご注意下さい」の立札のある避難小屋を通って大茅二等三角点(1280.47m)のある駒の尾山に着きました。石のベンチが同心円状に並べられた広場があります。展望は抜群です。


次は避難小屋の前の分岐まで戻って北に歩きました。中国自然歩道の整備された道です。1211mピークを通り、危険な階段を下って2025/07/28に登ってきた分岐点に着きました。さらに北に大海里山を目指して植林の中を歩きました。登山道はこの大海里山のピークの西側を巻いていますが、真っ直ぐに登っていきました。すぐに急斜面になりロープが張ってありました。その上はロープがないと登れないくらいの急な岩場でした。これを登り切ると岩の多い細尾根で、その先に大海里四等三角点(1206.6m)がありました。この付近も展望は抜群でした。写真は後山方面です。


大海里三角点からは岩場を降りるのを避けてさらに北に歩きました。マンネンスギの群生地を迂回し、植林の階段を降りていくと巻いてきた登山道に出たので、登山道を南に歩き、分岐点まで戻りました。ここからは2025/07/28に通った登山道でも良かったのですが、地形図にはまっすぐ谷を降りる破線道があったのでこれを降りてみました。ここは登山道がありませんが、マーキングはあります。しかしマーキングにかかわらず谷を降りれば良いだけなので、最初のうちは岩や倒木を避けて降りれば良かったのですが、途中でもう一本の谷川と合流したあたりからは谷底は歩けず、斜面を降りていきました。植林なのでちょっと疲れましたが降りられて、林道の折り返し地点に出ました。これは泥だらけの林道で、かなり乾いていたから良かったものの、雨の後だったら靴が泥だらけになったでしょう。谷の北側に作られた、かなり長い距離の林道を歩いて、鍋ヶ谷林道に戻れました。


展望 ★★☆

藪山度 ★★☆

地形図は「西河内」です。



2026年5月9日土曜日

木地師の館から右手峠

 


梶並川上流の、美作市と智頭町の間にある県境の尾根は、2023/07/22に南の立木から歩きましたが、今回はもっと北の「木地師の館」から歩きました。これは標準的な山歩きコースのようです([1])。林道で谷を遡り、「じるこ谷」という荒れた谷を過ぎて登っていくと、土の河内から来ていると思われる道と合流して、西に曲がって谷を歩きました。北の斜面は伐採されています。この谷は狭く、小川も適当に渡れるのですが、奥に行くと道がなくなり、上を見上げると植林の斜面に林道がありました。この林道へ行くには、土の河内からの道と出会った付近で斜め上に行くべきだったようです。林道に上がって歩いていくと、林道は谷の奥で終わっているように見えました。間違えてここで谷を登ってしまいましたが、振り返ってよく見ると林道は谷を越えてそのまま北に続いていました。谷で切られていたので終わりかと思ったのでした。この先も倒木があったり、崩壊して一部消滅したりしましたが、林道は続き、2023/07/22に通った石仏のある峠に出ました。


この峠から北の岡山県と鳥取県の県境も、2023/07/22に歩いています。切通しから尾根に急斜面で上がると幅の広い道がありました。この道は切通しで切断されたようです。まずきれいに伐採されている、地籍図根三角点のある690m+ピークに登りました。少し展望があります。遠くに見えるのは那岐山でしょうか(写真)。ここからさらに北に登って、滑谷三等三角点(732.57m)のある「山の神山」に着きました。そういえば「木地師の館」の前の橋の名前は「やまのかみはし」でした。あまり展望はありません。


方向を見定めてさらに北に歩きました。道は続いており、展望もときどきあります。東寄りに方向を変えて、北に登ると769mの「家の奥山」です。地籍図根三角点がありますが、ピークはアシビに覆われており、県境がどちら向きなのか悩みました。結局地籍図根三角点から先には行かずに東に曲がるのが正解でした。こちらも植林に道があります。調子よく下って行きましたが、気がつくと道は県境を外れて南に向かっていました。あわてて県境に戻って東に歩きました。こちらには道はありませんが、歩きにくいことはありません。最後は植林の急斜面の上に出て、尾根伝いに降りましたがやはり急になって、作業道を見つけて林道に降りて右手峠に出ました。この付近には林道がたくさんあります。右手峠には明和2年の峠地蔵があります。立っている常夜灯は梶並神社のものでした。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「坂根」です。