2026年3月28日土曜日

南から登る笛石山

 


千種の笛石山は2011/08/22に後山登山の途中で登りました。なんとなく通過点という印象の山ですが、千種の町から眺めると立派な山で、登りたくなります。登山道は北の板馬見渓谷の方からですが、南から登ってみました。地形図では笛石山の南に林道があります。行ってみると別荘地帯を抜けて扉を通ると、しっかり作られた林道が続きます。周囲には植林だけでなくミツマタが咲いており、ちょうど良い季節でした。林道の中までミツマタが生えているところもありますが、林道は地形図通りに続いていき、谷で終わっていました。普通なら少し戻って林道が尾根の上でターンしているところから尾根を登るのでしょうが、踏み跡らしいものが植林にあったので、これで尾根に上がろうとしました。しかし踏み跡は谷を登って行き、途中から植林を登りましたが非常に急斜面で作業道もなかなか見つからず、ジグザグに登りました。最後は作業道を見つけて水平に歩いて尾根の上に出ました。ここからは真っ直ぐに標高差200mほどですが、尾根には踏み跡がありました。途中で踏み跡が東に水平に行っていたので、それを歩いていくと東の谷の岩の下に出ました。しかし折り返して登る道があり、元の尾根に戻ってきました。しかしなかなかの急斜面で、最後も作業道があったのでそれを歩くと少し西寄りの鞍部に出てきました。東に尾根を歩いて、宍粟50名山笛石山の山頂に着きました。笛石三等三角点(894.46m)があります。山頂は自然林で展望はありません。


無事に登れたのは良かったのですが、問題は下山です。地形図ではどちらを向いても急斜面です。とりあえず分かりやすそうな東向きの尾根を降りることにしました。山頂から少し東に行くと伐採地になり展望が広がりました。最初は登山道で「松ノ木登山口」の道しるべがあり、その下には大きな岩がありました。これが前回も見た猫石でしょう(写真)。この尾根は広く、方向が定まらないのですが、要するに松が生えているところが尾根の中心だとわかりました。松の中は歩けないので、松に沿って滑りやすい急斜面を降りていきました。地形図通りに標高600m付近が一番急な斜面で、ここを過ぎると植林になりました。それにしても標高差500m以上を真っ直ぐに降りなければなりません。植林を抜けると右手に小さな溜池があり、近くでフェンスに扉を見つけて抜けてススキの間を降りて行くと墓所に出ました。1時間ほどの下山でした。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「千草」「西河内」です。



2026年3月26日木曜日

非登山道で登る達磨ヶ峰

 

これまで生野の達磨ヶ峰から段ヶ峰の間の尾根には何度か非登山道で登っていますが、今回は一番東の達磨ヶ峰を目指しました。達磨ヶ峰へはジグザグに登る登山道がありますから、他のルートを探す必要もないのですが、ゴルフ場の北の尾根はもっと登りやすそうに見えたので、行ってみました。別荘地を少し西に行ってから斜面を斜めに登る道を歩きました。登った先はちょうど整地が行われたところのようで、作業をしていないユンボが2台ありました。付近は葉の落ちたきれいな林で、勾配も緩やかでした。落ち葉を踏んで登りましたが、じつに快適でした。少し登るとアセビが生えていますが、邪魔というほどではありません。そのうちに少し岩があり、勾配も急になりましたが、踏み跡もあって問題なく登れました。30分ほどで尾根まで上がれました。


登山道を東に少し歩いて、達磨ヶ峰に行きました。ススキが生えているだけで殺風景でしたが、勝負沢三等三角点(912.69m)があります。北の栃原川沿いには菖蒲沢という地名があります。ここからは尾根を西に縦走しました。ススキが生えている所が多く、木は少なめですが、たまに林がありますし植林もあります。しかしこの尾根を歩く時は、なぜかいつも霧が出ていて、今回も霧雨でびしょびしょになりました。またこの縦走路は滑りやすい場所が多く、登山道にも水たまりがたくさんありました。そのため登山道を歩くよりも脇の草地を歩くほうが楽なことが多く、じっさいに草地に道が作られつつある場所も多いようでした。土は黒く、水はけが悪いのかも知れません。霧で幻想的な風景でしたが、気温は5度程度で、北風が尾根を越えて渡ってくるところでは凍えそうになりました。915mピークを過ぎ、植林を抜けてから少し下り、最低コルから再び登りはじめ、ガレ沢のような道を登って荒涼とした風景に出ると、大岩があって金属プレートの倉谷四等三角点(1071.63m)がありました。


少し西に歩くとフトウガ峰の山頂(1082m)で、さらに歩くと杉谷登山道への分岐がありました。2022/11/22にはここから南に尾根を歩いて下山していますが、この登山道はジグザグに岩の上を歩くので雨の後の霧雨の中では危険そうでした。そこで寒さにもめげずに更に西に歩きました。アシビが生えている程度で「嵐が丘」という感じの尾根を歩きました(写真)。道はますますぬかるんで、ほとんどは脇を歩きました。そして登山道から少し外れている段ケ峰二等三角点(1103.43m)に着きました。南に歩いて宍粟50名山段ケ峰に着きました。


下山は2022/09/28と同じく千町峠まで行かずにショートカットの尾根を降りました。最初はアセビが多く、藪ではないのですが通り抜けると服が濡れました。アセビを避けると尾根の端を歩くことになりますが、尾根の位置を把握していれば間違った方向に行くことはありません。アセビが減ると急斜面になり、さらに降りるときれいな林になりました。林道には高い法面はなく、そのまま歩いて降りられました。あとは林道を1時間以上歩いて戻りました。山の斜面には岩塊流がところどころにあり、谷には雪解け水が勢いよく流れていました。杉谷登山道の入口に来て登山図を見ると、最初に登った尾根に道が描いてありました。はっきりした道はなかったのですが、実は非登山道ではなかったのかも知れません。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「神子畑」です。



2026年3月23日月曜日

福知の高取城址

 


福知川と草木川の間の山並みは、2011/05/07に歩いています。特に楽しめる尾根ではなかったようですが、途中に高取城という城趾があるのに気づきました([1])。そこで逆コースで行ってみることにしました。出発点は県道6号線で、少し草木川沿いに入ってから害獣避けの扉を開けて林道に入りました。前回に下山であまり苦労した様子がないので、林道から草地に入って植林を目指しましたが、意外と急斜面でした。植林に入ってからも急斜面で、ジグザグに登りました。前回に降りたのはもう一つ南の尾根だったようで、確認を怠りました。少し登れば楽になってきましたが、標高差300m以上を一直線で登るので、それなりに疲れました。それでも1時間もかからずに標高600mに到達しました。途中の標高450m付近には共同アンテナの残骸のようなものがありました。600m+まで上がれば西に少し歩いて高取四等三角点(609.87m)です。


600m+地点から東に降りて尾根を縦走しました。580m+付近は気持ちの良い林ですが、だんだんに岩が増えて藪っぽくもなりました。それを抜けて、608mピークに着きました。ここが高取城跡のようです。南に福知川をはさんで棚田が見えたり、揖保川沿いが見えるのは前と変わりません。前は城趾とは気づかずに通り過ぎたのですが、特にプレートもないので、いまでも普通に歩けば城趾とは気づかないでしょう。尾根の中央に岩が一列に並んでいますが、山城としてはあまり使い道がなさそうです(写真)。人工物としては、パイプが3本藪の中に倒れていました。


608mピークから東に行くとちょっと平坦地があって、ちょっと城趾の雰囲気があります。その先には岩があって巻いて降りましたが、大きな岩が尾根上にあるだけで人工物とは思えませんでした。この先は少しアップダウンがありますが、楽に歩けました。前回この付近に道があったようなので探していると、582mの東側の鞍部に北に降りる道がありました。今回の目的は高取城址だったので、ここから下山しようと思って尾根を外れてその道に進みました。この道は尾根近くでは幅が広くて林道だと思ったのですが、すぐに狭くなって杣道という雰囲気になりました。しかも降りては行かず、水平に東に延びていました。結局この道はその次の北に延びる尾根に達していました。ということで、この尾根を降りることにしました。最初は道があって楽に降りられたのですが、標高450m付近で大岩の上に出てしまいました。西側の植林に道があると信じて降りると、大岩の下に回り込めて、また続けて尾根を下りました。しかしまたすぐに大岩があって、ここからは植林を降りました。さいわいに作業道があり、最後はよくわからなくなりましたが、無事に谷に降りました。この谷にはジャケツイバラの多い林道があり、これで草木川沿いの道まで降りられました。草木川沿いに、いまは閉鎖されているらしい横住川キャンプ場を通り過ぎ、南斜面の石積みの上の大きな炭焼き窯を見て戻りました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「神子畑」「安積」「長谷」「音水湖」です。



2026年3月21日土曜日

岩上神社から野々隅原

 


山崎町の岩上神社と野々隅原は直線距離で1.5キロほどですが、あいだに山があります。これを踏破してみようと岩上神社から歩きました。神社の北の林道はすぐに県道429号線と合流します。しばらく県道を北に歩き、県道が西向きに川を渡る所で、地形図にある破線道を探しました。これは近道ですが、道が見当たりません。とりあえず地形図の破線道通りに歩いて東に曲がると、東斜面を登る付近に道を見つけました。道というより道の跡という感じで、荒れています。石積で支えられている部分もあって、林道ができる前に使われていた道なのでしょうが、落石や倒木も多く、流されている箇所もあります。最後は道が消えてしまったのですが、踏み跡で急斜面を少し登って林道に出ました。林道を歩いてくるのが正解です。


しばらくは林道を歩きました。2010/09/04や2014/05/18に歩いた道です。途中に地形図で破線道が西に行っている分岐がありますが、ここは橋がありません。しかし対岸に道らしきものが見えました。その先には木材の集積所があります。さらに歩くと伐採作業の準備をしていました。この先で作業中のようだったので、地形図で林道から東に描かれている破線道を探しました。しかしここは間伐された倒木の多い斜面で道はありません。結局植林を登って尾根に上がって少し登ると、林道の終点に出ました。この林道はすぐに登りと下りに分岐しますが、登りを選択しました。すると林道は尾根を横切って、南に下りになりました。この付近には分岐がたくさんあります。南に降りていくと東への分岐がありました。そのまま行くと西に行って地形図にある谷の道には行かないような気がしたので、東に行ってみました。谷の上部をぐるっと回って、地形図の破線道付近から谷に降りていき、地形図の実線道に出ました。まっすぐに歩いても谷に降りられそうで、この大回りは必要なかったかも知れません。とにかくきれいな植林の中を南に歩きました。


しばらく降りていくと、河原山国有林の看板があって、河原山川に出ました。歩いてきた道は岩上谷(河原山)林道とのことです。しかし河原山というのは、どの山を指すのでしょうか。河原山三角点は黒尾山の南ですし、河原川は波賀町です。ここから東に歩けば波賀町に出られますが、西に歩きました。この付近でも牧場の臭いがしており、川の南側に放牧するのかもしれません。歩いていくと川を渡る所に扉がありました。この道は県道546なのですが、県道の途中に扉があるのも不思議です。おそらく歩いてきた部分は牧場の一部なのでしょう。扉をくぐって歩くとすぐに黒尾山林道の入口がありました。そして小学校風の建物の大国牧場の前を通り過ぎ、北の河原山作業道に曲がりました。これも古そうな道でしたが、問題なく歩けました。少し登ってから北に曲がりました。崩れているところはなく、谷の奥を巡って西に、北に、東に曲がりました。地形図ではその先に尾根を登る破線道があるのですが、行ってみると何もなく、法面も高くて尾根も急斜面なので、少し戻って西の尾根を登りました。こちらは傾斜も多少は緩やかでした。とは言え急斜面をしばらく登り、少しなだらかな斜面を登ると、867mに着きました。展望はありません。


2014/05/18に来た時には867mピークから東に歩いてから北に降りましたが、かなり苦労したので、今回は西に降りました。こちらの尾根は植林で歩きやすく、810mピーク付近は少し藪っぽいものの北の尾根は植林でした。しかし769mピークを過ぎて、その先には岩があり、劇下りとなっていました。西側斜面は無理と諦め、南寄りの尾根を降りました。木や木の根に掴まって、時にはお尻でずりずりと降りて、なんとか降りられました。降りると杣道があって、地形図の破線道のようでした。東に歩けば最初に歩いた林道に出られたのでしょうが、西に歩いてみました。西の斜面は広く、意外となだらかだったので、まっすぐに降りることもできたと思いますが、破線道を探して歩きました。斜面なのでかなり流されていましたが、なんとなく続いて南の尾根に接近していきました。しかし南の尾根には大きな岩があり、その下に出てきたので、斜面を降りることにしました。するとネットに出会って、その下は広い伐採地で、植林されていました。ここからネット沿いに西に歩きました。ネットの向こうには岩上神社の上の470m+の丸いピークが見えています(写真)。ネットはさらに南に尾根に上がっていくので、ネットの曲がり角のところで伐採地に入りました。伐採地はネットで二つに区切られているのですが、その西側に入って西へ下りました。植えられた苗はネットに守られてすくすくと育っているのですが、他に生えている灌木はすべて棘があるという最悪の伐採地でした。しかしこれらは最近に切られた形跡があり、藪ではないので助かりました。棘に気をつけて降りていくと、林道がありました。ここには大きな岩があり、そのくぼみには泥で固められた立派な蜂の巣がありました。棘に気をつけて降りるとネットの出入り口があり、それを抜けると県道429号線に出られました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「安積」です。



2026年3月15日日曜日

美作市の壬生・塩谷・吉野三角点

 


美作市は広いのですが、これらの三角点は大原から吉野川沿いを南に行った所にあります。大聖寺の北です。まずは壬生の郵便局の付近から東に人家の間を歩きました。ストリートビューの終わりまで行くと、「ナイゲ線林道 完成記念」という平成7年の記念碑があり、その脇に「高林稲荷神社 右道路」という記念碑より古そうな看板があります。少し林道を歩きましたが、すぐに脇の植林に入って登りました。ピークまで登ると平成8年に改築された高林稲荷神社がありました。手水鉢は古そうでした。ここには壬生四等三角点(314.16m)があり、また尼山城とされています[1]


高林神社からは少し林道を歩いて峠まで行きました。ここで笹とトゲのある木の藪を抜けると旧道があり、自然林を南に歩くと植林になりました。370m+ピークに着き、南東に急斜面を降りました。このピークの付近はなんとなく人工的な地形という気がしたのですが、じっさい西の380m+ピークは比丘尼ヶ城とされています[1]。急斜面を下ると地形図では破線道が鞍部を横切っていますが、それらしい道の名残がありました。しばらく平坦な尾根を歩くと、ちょっと登りがあってトタンの波板が落ちていました。東に曲がった付近は真砂土で木が生えていないため東の方向が見渡せました。ここからは尾根に白い荷造り紐が張られており、それに沿って歩きました。徐々に藪っぽくなり、350m+ピーク付近は藪で、降りる方向を見定めるのに苦労しました。しかしこの付近の西側は地面が強化されており、土砂崩れを防いでいるようでした。藪を抜けると再び道があり、自然林を西に歩きました。巻き道がありそうでしたが、少し灌木の邪魔な360m+に登り、南の尾根に降りました。西に曲がると塩谷三等三角点(358.23m)に着きました。自然林に囲まれています。


塩谷三角点から南西に降りていき、西に曲がると長い平坦な尾根になりました。楽に歩けました。途中に杣道が尾根を南北に横切っているところがありました。北側は道が来ているようでした。この先も地形図通りに平らな尾根で、自然林が続きました。この付近の尾根は曲がりくねっており、ときどきGPSの確認が必要でした。標高250m付近からは植林もありました。それにしても平坦で長い尾根でした。標高200m付近になると斜面に段が作られており、人工的な地形になりました。それを降りていくと、道があり、さらに降りると地形図の道がありました。この付近は耕作地だったようです。


道を横切って北の斜面を登ると、1基だけ墓がありました。この付近も段が作られており、登ると平坦地になっていました。削って作ったと思われる広い平坦地で、人工物の跡であることは明らかですが、ここは横山城だったようです[1]。ピークの西の方は倒木のある笹薮で、かなり長く探して吉野四等三角点(195.68m)を藪の南側斜面の上の方で発見しました。三角点を確認したので南の道に降りればよかったのですが、平坦地が東に続いているので行ってみました。平坦地の外れは竹藪で、耕作地だったところは笹薮になっており、藪漕ぎになりましたが、なんとか墓地に出てくることができました。素直に道で降りるべきでした。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「佐用」です。