2026年2月14日土曜日

久しぶりの札楽川上流

 


播磨新宮から国道179号線を西に走り、南に橋を渡ると善定という集落に出てきます。南に曲がって札楽川沿いに南下すると、松尾神社という農村舞台のある神社があります。ここに車をとめて札楽川沿いに歩きました。林道が続きます。石切場は立入禁止でした。北側斜面が伐採されているところがあります。そしてさらに奥に行くと大伐採地が南に広がります。ここは2007/01/06には植林だったのですが、2015/02/15には伐採されていました。伐採地の手前の谷には楓池まで50分と書いてありました。お地蔵様も健在です。2007/01/06には伐採地の西の尾根を登りましたが、ネットが張られ中は藪化しているので、2015/02/15と同様に伐採地の西側の道を歩きました。ネットを二回抜けると赤い「火の用心」がありますが、どこを登ったらよいのか分かりません。とりあえずは林道の終わりから踏み跡を探して尾根に上がりました。播磨線二七鉄塔に出ました。ここからは2007/01/06と同じ尾根歩きです。軽快に歩けましたが、標高350m付近で新しい林道が尾根を横切っていました。そして392m地点でたつの市と相生市の市境に出ました。


392m地点からは西に市境を歩きました。かつて道があったようですが、消えかかっています。西に少し歩いてから市境は北に曲がります。少し下っていくと植林の鞍部に出ました。南側は2023/01/15に通りましたが、かつて田んぼだったようで沼地になっています。ここから西の斜面には2023/01/15の逆コースとなりましたが、石積みが30段ほどあります(写真)。昔の黒蔵村の段々畑でしょう。地形図の小さな溜池は石積みの間にありますが水がありません。石積みを見に少し西に寄りましたが、市境に戻って登っていくと468m地点です。この付近の北側の谷は伐採された跡で、ネットで囲まれています。南側は太陽光発電施設の柵があり、谷の奥ではソーラーパネルが見えました。市境の道は続いており、北に曲がります。相変わらず東側にはネットが張られています。軽快に歩けました。488m地点の南で尾根を東に降りました。南側は植林です。そして地形図で札楽川の奥の破線道が峠を越える所には東から来た林道の終点がありました。南側にはネットがあり、<出来形図面>というのが掛けられていましたが、方向がわからず、理解できません。西の杣道に入る入口もありましたが、ここからは林道と並行して東に尾根を歩きました。


尾根を少し歩き、東に降りていくと、林道の終点があり、南谷池の北の堰堤に出ました。この池は水は南の方に少しあるだけですが、もともとは北に水を流せるように作られたようです。南側にも流せるのかも知れません。尾根に上がって東に歩き、奥善定四等三角点(417.43m)へ行きました。それから南に下ると西側には新しい林道があって、車やユンボが停まっており、この付近で切り出し作業を行っているようでした。北側にも林道があって、尾根を横切って合流していました。林道は南に降りていきますが、尾根を歩くと赤い「火の用心」があって、巡視路のようでした。ネットの入口を二回通って、北側のネット沿いに歩くと、播磨線二九鉄塔に着きました。この地点は地形図では破線道が尾根を横切っていますが、その道はありません。さらに東に歩くと北側にネットがあり、次に南側にもネットが現れて、ネットの間の藪を歩くことになりました。387mピークの手前で南側のネットがなくなり、ピークで北側のネットもなくなり、歩きやすい尾根になりました。南寄りに急斜面を降りて、林道があったらそれで降りようと思ったのですが見当たらず、結局尾根を東に歩くことになりました。標高が200mくらいになるとシダが増えてきましたが、ひどく歩きづらいということはありません。160m+のピークから東に降りると水道施設があり、さらに尾根を降りていくと害獣避けの扉があって道路に出られました。ここには「中山寺跡の宝篋印塔と板碑」と、新宮方面を見渡せる東屋があります。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「龍野」「二木」です。



2026年1月31日土曜日

美作市美咲町の盛上山

 


美作市美咲町の吉野川東岸の山並みに登りました。まず高下の近くから尾根端の墓地に向かいました。ここは新しいお墓もありますが、江戸時代のものもあって、かなり荒れています。一番奥には立派な台座があるのですが、何も載っていません。墓地の奥から登っていく道がありました。これは明らかに道で、特に歩きにくいことはありません。ひとしきり登ると230m+ピークに付きました。共同アンテナの残骸があります。北西に少し降りると林道が鞍部を横切っていました。これは地形図にある谷の破線道で、これが実在するので、尾根よりも谷を登ったほうが楽だったでしょう。鞍部からちょっと西に登ると西栄山です。奥塩田三等三角点(235.98m)がありました。


西栄山から和気町と美咲町の町界を南に縦走しました。自然林で木はまばらです。下草はなく邪魔な枝も少なく、落ち葉を踏んで歩けました。ほぼ平らなので軽快に歩きましたが、ちょっと登りがありまた平らになって、281mピークに着きました。ここまで踏み跡がありましたが、ここでも東に踏み跡があったような気がします。東に歩くと別の南北の尾根に出ました。この尾根はさらに広く、道があるのかどうかは不明でしたが、歩くのに問題はありません。ちょっと迷いやすい所もありましたが、少し下っていくと鞍部を仙道が横切っていました。ここで太郎谷三角点へ行こうと、緩やかな斜面を西に登っていきました。この付近は地形が読みにくく、枝も多かったのですが、少し登れば太郎谷四等三角点(276.56m)に着きました。ここは2021/02/27に南西の塩田から来ています。


2021/02/27には太郎谷三角点から今日登ってきた東の方向に歩いていますが、今回は方向を間違えて南東の尾根を降りました。谷まで降りると炭焼き窯の跡が二つありました。この付近にはかつて溜池があったようで、堰堤には木が植えられていましたが、水はほとんどなく沼地になっていました。この先は神田池の北の谷ですが、石積があり、ここも溜池だったかも知れません。この付近は道があちこちあるのですが、とにかく北に戻って2021/02/27と同じように、美咲町と和気町の町境を東に歩きました。植林が増えてきて倒木や枝があって歩きにくくなりました。植林の210m+ピークから急斜面を東に降りると道に出ました。東に曲がっていく方向に「月の輪古墳 大芦高原」の道標があります。2021/02/27にはまっすぐに南に道を歩きました。


町界を歩こうと思って、道路から東に斜面を登りました。いちおう道があるようなのですが、枝を払い続けて斜面を登りました。徐々にシダが増えてきましたが、210m+ピークに登ればシダはありません。しかしピークから降りようとすると藪が多く、北に降りて道を見つけて東に歩いて道路に出ました。この区間は一番藪っぽい所だったので、素直に道路を歩けばよかったのでしょう。道路を渡って、また斜面を登りました。登りきったところで町界は南に行くのですが、このピークの東側は伐採地で、ピークにはネットが張られていました。ネットのおかげか、伐採地では植林が無事に育っていました。見晴らし良好です。東に一度下ってから登り返すと、ちょっとシダがあったあとに盛上山に着きました。向山四等三角点(349.56m)があります。周囲は自然林です。(写真)


盛上山からは北西に出発点に降りる道もありそうでしたが、東にも道がありそうだったのでさらに東に歩きました。これは正解で、落ち葉を踏んで歩ける道がありました。特に330m+ピークの南側は地形図にあるように岩場がありますが、ここも地形図通りの良い道がありました。崩落している箇所にはロープがありました。ここからも南の上山の棚田が見えます。しかしその先の310m+ピークで道は南に行っており、北への道は不明瞭でした。とりあえず枝を避けながら北に歩くと、その先の北への斜面はシダが生えた藪でした。しかし少し降りるとまた道がありました。しばらく歩くと良い道になってきて、62鉄塔への「火の用心」があり、巡視路は東から上がってきているようでした。291mピークには63鉄塔がありますが、まっすぐに巡視路を歩きました。巡視路は北に向かい、植林になって鞍部の東側には林道があります。そこから270m+の植林のピークを歩いたと思うのですが、あとでGPSの記録を見ると地形図のピークの北西の破線道をそのまま歩いたようです。そしてピークの終わりまで来ると西側に南津山線64鉄塔がありました。ここから北西の尾根は巡視路歩きで、65鉄塔の手前には伐採地があって北に展望がありました。190m地点までくると66鉄塔への分岐があり、その先は伐採地で展望があります。この伐採地には肝試しのような急な木の階段があり、これを降りると67鉄塔でした。さらにジグザグに降りていくと墓地に出られました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「柵原」「周匝」です。





2026年1月24日土曜日

久学寺から西谷なごみの森

 

加西市の北条から北上し、万願寺川の支流である芥田川を遡って、突き当りまで行くと久学寺というお寺があります。江戸城の事件が起きた時に大石内蔵助が碁を打っていたというお寺なのですが、この付近は赤穂藩の飛び地だったそうで、お寺の近くに「大石内蔵助ゆかりの古道」があります。これが2011/12/29に茅野三角点から西谷なごみの森へ歩いた時に見かけた久学寺への道だということに気付いたので、歩いてみました。


古道には違いないのでしょうが、最初から荒れた登山道という感じで、倒木がありました。谷を登ってからターンすると、久学寺の東側の非常に高いコンクリートの壁の上に出ました。地形図ではここからまっすぐの登りですが、古道ははっきりしません。ときどきマーキングがありますが、間違えそうになったこともありました。道でなくても登れるのですが、なるべく道を探して尾根まで登ると東屋がありました。道しるべでは休憩舎となっています。ベンチもあります。ここの道しるべは、「久学寺」「休憩舎」「湧き水休息所」「周回コース」ですが、休憩舎と湧き水休息所は同じ方向になっています。


2011/12/29と同じように周回コースを歩こうとすると、すぐに湧き水休息所への分岐がありました。先ほど見た道しるべの方向とは逆なので、見に行ってみることにしました。この道は斜面に作られた登山道で、周囲が植林の間は良いのですが、徐々に木の枝がせり出してきて歩きにくくなりました。棘のある枝も多く、大回りしたこともありました。藪の中で道が消えそうなこともありましたが、徐々に下っていくと足元に階段があって、登山道を歩いていることが確認できました。かなり下ったと思ったころにネットに突き当たりました。どうしようかと思ったら、少し手前の木にビニール袋が縛り付けられていて、そちらの方向に戻って下る道を見つけました。この道も消え気味でしたが、ところどころ階段があり、道であることが確認できました。しかしジグザグに曲がるところは気をつけないと方向を間違えますし、藪もあります。そうこうしているうちに登山道は荒れた谷の奥に出ました。この谷を下れるものかと思いましたが、伐採された木の上を上手に歩くとすぐに林道に出ました。そこの道しるべでは、来た方向は周回コースとなっていました。林道は南向きが休憩舎で、北は西谷公園です。後で確認しましたが、この林道は尾根上の東屋(休憩舎)まで達しており、そのためこの谷への道が両方向にあるのでした。ただ、湧き水休憩所がどこにあるのかはわかりませんでした。この林道沿いにあるのでしょう。


林道を降りていくと途中には「中間ルート」への分岐がありました。ここでは林道の登り方向は湧き水休憩所なので、湧き水休憩所はここよりは上流側なのでしょう。まっすぐに降りていけば最近では2025/12/31に来ている西谷公園です。岩場広場の展望台に登って景色を眺めてから林道を少し戻り、2011/12/29に降りてきた道しるべから岩場広場の方に登りました。最初は植林ですが、東側に巨大な岩があります。普通なら岩の下を岩に沿って登りそうなものですが、消えかかっている登山道はシダの多い植林の中をジグザグに登って行きます。最後は岩の上に上がって、少し登るとベンチがありました。ここが岩場広場でしょうか。ここからはジグザグの尾根登りです。少し平らになると、「イヤガ谷西谷」への分岐があり、その先には「西谷展望広場」らしい壊れかけた階段のある展望台がありましたが(写真)、見えるのは東側だけでした。この尾根はかつては展望があったのでしょうが、今は木が伸びているのであまり展望はありません。ツガ林の説明板のある440mピークには「イガヤ谷東平」への道しるべがありました。


登山道は広くなり、遊歩道と呼んでも良いくらいになりましたが、「山並み眺望点」はどこか分かりませんでした。途中にネットが横切っており、2011年には抜けるのに苦労したようですが、もうボロボロだったので楽に通れました。これが先ほど湧き水休憩所への下山中に突き当たったネットのようです。登山道は次のピークを北に巻いていますが、登ると金属プレートの西谷四等三角点(434.34m)がありました。下ると「政鍛冶谷」への分岐がありました。この先にベンチがありましたが、ここでネット沿いに歩くと南に遠坂の方へ行ってしまいます。植林をジグザグに降りる道を見つけて降りていくと、湧き水休息所への分岐があって休憩舎に着きました。久学寺へは登ってきた古道で下山しました。マーキングを見失って適当に降りたところもありましたが、登りよりは道を良く認識できました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「粟賀町」です。



2026年1月22日木曜日

備前市伊部から大滝山

 


寒い日には暖かい岡山の山によく登っています。今回は2026/01/13にも行った大滝山に南の伊部から登りました。この付近はなんども歩いており、今回新たに歩くコースはほとんどありません。伊部から鬼ヶ城林道を歩きました。鬼ヶ城といえば岡山県では総社の鬼城山が有名ですが、この付近にも何か伝説があるのでしょうか。2019/03/24に通った不老山の北の210m+ピークに鬼ヶ城跡があるようなのですが、名前の由来は何でしょうか。とにかく鬼ヶ城林道を歩いて行き、途中から高倉稲荷大明神に寄りました。2019/03/21にも来ましたが、その時はここから屏風岩の下を通って大滝林道へ歩く、地形図の破線道がありました。しかし今回は屏風岩からの落石でこの道は通行止めになっていました。屏風岩を見上げたかったのですが、ここは諦めて鬼ヶ城林道に戻り、案内図のある終点まで歩きました。ここは2019/03/21に降りてきたところですが、畳谷に抜ける北東の谷は歩いたことがないので、これを歩いてみることにしました。荒れた道で、石が多くて歩きにくくなっています。谷川がかつて整備されたことは剥き出しになった土管でわかるのですが、道も藪化の一歩手前の感じです。しかしマーキングもあり、登山道と呼べる程度の道になっていました。そのうちに道は特定猟具試用禁止区域(銃)の赤い札の付近で谷から斜面を登って行き、落ち葉を踏んで鞍部まで上がると再び赤い札があり、47と48鉄塔への「火の用心」がありました。ここからは巡視路らしく良い道で、峠に位置する五差路に出てきました。「畳谷」「烏帽子岩」「不老山」「鬼ヶ城池」「熊山」への五差路です。今日歩いてきたのは「鬼ヶ城池」への道でした。


五差路からは「熊山」への道を進みました。よく整備された道で、シダの間を登っていきました。350mピークを巻いてひとしきり登ると、「黒岩東の分岐」に出ました。この付近は2018/02/12に歩いています。西に登山道を歩くと黒岩という岩があり、登ると素晴らしい展望がありました。さらに西に歩き、大滝林道から繋がっている林道に出て、まっすぐに歩いて

道路脇の大滝山四等三角点(425.09m)に着きました。ここから展望舎まで歩きました。これは車椅子可の遊歩道ということですが、平均勾配20%と書いてあります。歩いてみると勾配は少なく、電動車椅子なら問題なさそうでしたが、遊歩道はやや傷んでいる感じでした。なお、展望舎の道しるべには、遊歩道の平均勾配は1%と書いてありました。展望舎からは景色は見えませんが、近くの岩の上に立てば、瀬戸内海が見渡せます。ここからはひたすら下山で、342mピークからまっすぐに下っていき、大滝林道への分岐点から東に降りて、2019/03/21と同じコースで鬼ヶ城林道の終点に戻ってきました。


展望 ★★☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「和気」です。



2026年1月17日土曜日

美作の真木山と愛宕山



美作の吉野川から東に河会川を遡った所にある真木山を歩きました。登り口は神田の長福寺となります。朱色の三重塔を右手に見ながら登っていくと真木山へ道しるべがあります。最初は舗装道路で堰堤まで登り、その先はジグザグに登る整備された登山道です。自然林で雰囲気もよく、石仏があったりして楽しめます。徐々に周囲は急斜面になると道も石積でしっかり作られています。竹林が多いのが人が住んでいて雰囲気を漂わせます。川沿いに石積があって耕作地か建物の跡かと思っていると、竹中坊青山作蔵跡と書かれています。次は平等院跡で、広い所に出ると「史跡めぐりコース案内図」がありました。付近のたくさんの建物などの跡の場所が示されていますが、あまりに多くて全部見て回ったわけではありません。この場所には六地蔵をはじめとして石仏がいくつかあり、享保14年の板碑があります。

とりあえず北に参道を歩きました。周囲は平坦で木のない殺伐とした風景です。途中に墓地があったので見に行きましたが、江戸から大正時代の墓があり、俗名の書いてあるものもあって僧侶の墓ばかりではないようでした。仁王門跡を過ぎると急坂に階段があり、石垣や建物の基礎らしい石も増えてきました。わかりやすいのは弁財天跡で、水のない池の中に島があります。案内図では山王様と旧本堂は現存となっていましたが、本堂は本堂跡となっていました。大日堂跡は案内図にありません。鎮守山王宮跡というのが山王様だと思われますが、潰れた建物がありました(写真)。その上側に建物の跡があり、潰れているのは拝殿でその上に本殿があったのではないかと思われます。

長福寺跡を通り抜けている道は自然林の中を北に続き、林道に出ました。これを歩くと北の尾谷から上がってきている舗装道路に出ましたが、そちらには行かず並行して植林の中の道を歩くと伐採された木や枝が積もって歩きにくくなりましたが、その先に真木山四等三角点(428.83m)を見つけました。ここから南に尾根の中央を歩いたのですが、伐採した木や枝が邪魔で非常に歩きにくくなっていました。両側の植林は特に間伐したり枝打ちした様子はないので、中央を少し避けつつ歩いていくと、道らしきものがあり、それを南に歩きました。そのうちにはっきりした道はなくなりましたが、斜面を降りていくと道に出ました。ここは四つ辻で、西に行くと案内板のあった所に戻れるようでした。ここは六地蔵跡となっていたので、案内板のところの六地蔵はここから移したのかも知れません。東は八塔寺ふるさと村となっており(遠いですが!)中国自然歩道のようです[1]。

ここからは林道を歩こうと思って地形図の実線道で南に登りましたが、地形図よりは手前で東斜面を降りるようになっていました。この付近からの林道は巡視路でもあり、西播東岡山線六八鉄塔に着きました。地形図の実線道はここで終わりですが、この先も巡視路は続きます。周囲は自然林が多く、葉は落ちていますが明るくて気持ち良く歩けました。次の六九鉄塔は巡視路から少し登った所にあります。尾根は曲がっていますが巡視路を歩けば間違いなく歩けました。そして愛宕山に向けて登りとなりましたが、No.70の「火の用心」のあとは道がよくわからず、適当に上の平らな所に登ると少し下に七〇鉄塔がありました。西に道があったので歩いていくと、すぐに紅白の七一鉄塔が立っていました。七〇から200mほどしか離れていませんが、なにか事情があるのでしょう。

ここで巡視路は西に降りていきますが、愛宕山に登りたかったので藪を抜けて山頂に行きました。真神三等三角点(359.03m)があります。祠と明治10年の三角形の手水がありました。愛宕社なのでしょう。山頂への登山道はよくわからず、西側斜面の藪を横切って木の階段のある巡視路に戻りました。西に尾根を降りて、展望のある七二鉄塔を通り過ぎ、少し岩のある斜面を降りていき、七三鉄塔の手前から南に降りて中磯に出てきました。県道414号線の脇に丸っこい岩が祀られていました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「村野」「日笠」です。