2026年1月24日土曜日

久学寺から西谷なごみの森

 

加西市の北条から北上し、万願寺川の支流である芥田川を遡って、突き当りまで行くと久学寺というお寺があります。江戸城の事件が起きた時に大石内蔵助が碁を打っていたというお寺なのですが、この付近は赤穂藩の飛び地だったそうで、お寺の近くに「大石内蔵助ゆかりの古道」があります。これが2011/12/29に茅野三角点から西谷なごみの森へ歩いた時に見かけた久学寺への道だということに気付いたので、歩いてみました。


古道には違いないのでしょうが、最初から荒れた登山道という感じで、倒木がありました。谷を登ってからターンすると、久学寺の東側の非常に高いコンクリートの壁の上に出ました。地形図ではここからまっすぐの登りですが、古道ははっきりしません。ときどきマーキングがありますが、間違えそうになったこともありました。道でなくても登れるのですが、なるべく道を探して尾根まで登ると東屋がありました。道しるべでは休憩舎となっています。ベンチもあります。ここの道しるべは、「久学寺」「休憩舎」「湧き水休息所」「周回コース」ですが、休憩舎と湧き水休息所は同じ方向になっています。


2011/12/29と同じように周回コースを歩こうとすると、すぐに湧き水休息所への分岐がありました。先ほど見た道しるべの方向とは逆なので、見に行ってみることにしました。この道は斜面に作られた登山道で、周囲が植林の間は良いのですが、徐々に木の枝がせり出してきて歩きにくくなりました。棘のある枝も多く、大回りしたこともありました。藪の中で道が消えそうなこともありましたが、徐々に下っていくと足元に階段があって、登山道を歩いていることが確認できました。かなり下ったと思ったころにネットに突き当たりました。どうしようかと思ったら、少し手前の木にビニール袋が縛り付けられていて、そちらの方向に戻って下る道を見つけました。この道も消え気味でしたが、ところどころ階段があり、道であることが確認できました。しかしジグザグに曲がるところは気をつけないと方向を間違えますし、藪もあります。そうこうしているうちに登山道は荒れた谷の奥に出ました。この谷を下れるものかと思いましたが、伐採された木の上を上手に歩くとすぐに林道に出ました。そこの道しるべでは、来た方向は周回コースとなっていました。林道は南向きが休憩舎で、北は西谷公園です。後で確認しましたが、この林道は尾根上の東屋(休憩舎)まで達しており、そのためこの谷への道が両方向にあるのでした。ただ、湧き水休憩所がどこにあるのかはわかりませんでした。この林道沿いにあるのでしょう。


林道を降りていくと途中には「中間ルート」への分岐がありました。ここでは林道の登り方向は湧き水休憩所なので、湧き水休憩所はここよりは上流側なのでしょう。まっすぐに降りていけば最近では2025/12/31に来ている西谷公園です。岩場広場の展望台に登って景色を眺めてから林道を少し戻り、2011/12/29に降りてきた道しるべから岩場広場の方に登りました。最初は植林ですが、東側に巨大な岩があります。普通なら岩の下を岩に沿って登りそうなものですが、消えかかっている登山道はシダの多い植林の中をジグザグに登って行きます。最後は岩の上に上がって、少し登るとベンチがありました。ここが岩場広場でしょうか。ここからはジグザグの尾根登りです。少し平らになると、「イヤガ谷西谷」への分岐があり、その先には「西谷展望広場」らしい壊れかけた階段のある展望台がありましたが(写真)、見えるのは東側だけでした。この尾根はかつては展望があったのでしょうが、今は木が伸びているのであまり展望はありません。ツガ林の説明板のある440mピークには「イガヤ谷東平」への道しるべがありました。


登山道は広くなり、遊歩道と呼んでも良いくらいになりましたが、「山並み眺望点」はどこか分かりませんでした。途中にネットが横切っており、2011年には抜けるのに苦労したようですが、もうボロボロだったので楽に通れました。これが先ほど湧き水休憩所への下山中に突き当たったネットのようです。登山道は次のピークを北に巻いていますが、登ると金属プレートの西谷四等三角点(434.34m)がありました。下ると「政鍛冶谷」への分岐がありました。この先にベンチがありましたが、ここでネット沿いに歩くと南に遠坂の方へ行ってしまいます。植林をジグザグに降りる道を見つけて降りていくと、湧き水休息所への分岐があって休憩舎に着きました。久学寺へは登ってきた古道で下山しました。マーキングを見失って適当に降りたところもありましたが、登りよりは道を良く認識できました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「粟賀町」です。



2026年1月22日木曜日

備前市伊部から大滝山

 


寒い日には暖かい岡山の山によく登っています。今回は2026/01/13にも行った大滝山に南の伊部から登りました。この付近はなんども歩いており、今回新たに歩くコースはほとんどありません。伊部から鬼ヶ城林道を歩きました。鬼ヶ城といえば岡山県では総社の鬼城山が有名ですが、この付近にも何か伝説があるのでしょうか。2019/03/24に通った不老山の北の210m+ピークに鬼ヶ城跡があるようなのですが、名前の由来は何でしょうか。とにかく鬼ヶ城林道を歩いて行き、途中から高倉稲荷大明神に寄りました。2019/03/21にも来ましたが、その時はここから屏風岩の下を通って大滝林道へ歩く、地形図の破線道がありました。しかし今回は屏風岩からの落石でこの道は通行止めになっていました。屏風岩を見上げたかったのですが、ここは諦めて鬼ヶ城林道に戻り、案内図のある終点まで歩きました。ここは2019/03/21に降りてきたところですが、畳谷に抜ける北東の谷は歩いたことがないので、これを歩いてみることにしました。荒れた道で、石が多くて歩きにくくなっています。谷川がかつて整備されたことは剥き出しになった土管でわかるのですが、道も藪化の一歩手前の感じです。しかしマーキングもあり、登山道と呼べる程度の道になっていました。そのうちに道は特定猟具試用禁止区域(銃)の赤い札の付近で谷から斜面を登って行き、落ち葉を踏んで鞍部まで上がると再び赤い札があり、47と48鉄塔への「火の用心」がありました。ここからは巡視路らしく良い道で、峠に位置する五差路に出てきました。「畳谷」「烏帽子岩」「不老山」「鬼ヶ城池」「熊山」への五差路です。今日歩いてきたのは「鬼ヶ城池」への道でした。


五差路からは「熊山」への道を進みました。よく整備された道で、シダの間を登っていきました。350mピークを巻いてひとしきり登ると、「黒岩東の分岐」に出ました。この付近は2018/02/12に歩いています。西に登山道を歩くと黒岩という岩があり、登ると素晴らしい展望がありました。さらに西に歩き、大滝林道から繋がっている林道に出て、まっすぐに歩いて

道路脇の大滝山四等三角点(425.09m)に着きました。ここから展望舎まで歩きました。これは車椅子可の遊歩道ということですが、平均勾配20%と書いてあります。歩いてみると勾配は少なく、電動車椅子なら問題なさそうでしたが、遊歩道はやや傷んでいる感じでした。なお、展望舎の道しるべには、遊歩道の平均勾配は1%と書いてありました。展望舎からは景色は見えませんが、近くの岩の上に立てば、瀬戸内海が見渡せます。ここからはひたすら下山で、342mピークからまっすぐに下っていき、大滝林道への分岐点から東に降りて、2019/03/21と同じコースで鬼ヶ城林道の終点に戻ってきました。


展望 ★★☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「和気」です。



2026年1月17日土曜日

美作の真木山と愛宕山



美作の吉野川から東に河会川を遡った所にある真木山を歩きました。登り口は神田の長福寺となります。朱色の三重塔を右手に見ながら登っていくと真木山へ道しるべがあります。最初は舗装道路で堰堤まで登り、その先はジグザグに登る整備された登山道です。自然林で雰囲気もよく、石仏があったりして楽しめます。徐々に周囲は急斜面になると道も石積でしっかり作られています。竹林が多いのが人が住んでいて雰囲気を漂わせます。川沿いに石積があって耕作地か建物の跡かと思っていると、竹中坊青山作蔵跡と書かれています。次は平等院跡で、広い所に出ると「史跡めぐりコース案内図」がありました。付近のたくさんの建物などの跡の場所が示されていますが、あまりに多くて全部見て回ったわけではありません。この場所には六地蔵をはじめとして石仏がいくつかあり、享保14年の板碑があります。

とりあえず北に参道を歩きました。周囲は平坦で木のない殺伐とした風景です。途中に墓地があったので見に行きましたが、江戸から大正時代の墓があり、俗名の書いてあるものもあって僧侶の墓ばかりではないようでした。仁王門跡を過ぎると急坂に階段があり、石垣や建物の基礎らしい石も増えてきました。わかりやすいのは弁財天跡で、水のない池の中に島があります。案内図では山王様と旧本堂は現存となっていましたが、本堂は本堂跡となっていました。大日堂跡は案内図にありません。鎮守山王宮跡というのが山王様だと思われますが、潰れた建物がありました(写真)。その上側に建物の跡があり、潰れているのは拝殿でその上に本殿があったのではないかと思われます。

長福寺跡を通り抜けている道は自然林の中を北に続き、林道に出ました。これを歩くと北の尾谷から上がってきている舗装道路に出ましたが、そちらには行かず並行して植林の中の道を歩くと伐採された木や枝が積もって歩きにくくなりましたが、その先に真木山四等三角点(428.83m)を見つけました。ここから南に尾根の中央を歩いたのですが、伐採した木や枝が邪魔で非常に歩きにくくなっていました。両側の植林は特に間伐したり枝打ちした様子はないので、中央を少し避けつつ歩いていくと、道らしきものがあり、それを南に歩きました。そのうちにはっきりした道はなくなりましたが、斜面を降りていくと道に出ました。ここは四つ辻で、西に行くと案内板のあった所に戻れるようでした。ここは六地蔵跡となっていたので、案内板のところの六地蔵はここから移したのかも知れません。東は八塔寺ふるさと村となっており(遠いですが!)中国自然歩道のようです[1]。

ここからは林道を歩こうと思って地形図の実線道で南に登りましたが、地形図よりは手前で東斜面を降りるようになっていました。この付近からの林道は巡視路でもあり、西播東岡山線六八鉄塔に着きました。地形図の実線道はここで終わりですが、この先も巡視路は続きます。周囲は自然林が多く、葉は落ちていますが明るくて気持ち良く歩けました。次の六九鉄塔は巡視路から少し登った所にあります。尾根は曲がっていますが巡視路を歩けば間違いなく歩けました。そして愛宕山に向けて登りとなりましたが、No.70の「火の用心」のあとは道がよくわからず、適当に上の平らな所に登ると少し下に七〇鉄塔がありました。西に道があったので歩いていくと、すぐに紅白の七一鉄塔が立っていました。七〇から200mほどしか離れていませんが、なにか事情があるのでしょう。

ここで巡視路は西に降りていきますが、愛宕山に登りたかったので藪を抜けて山頂に行きました。真神三等三角点(359.03m)があります。祠と明治10年の三角形の手水がありました。愛宕社なのでしょう。山頂への登山道はよくわからず、西側斜面の藪を横切って木の階段のある巡視路に戻りました。西に尾根を降りて、展望のある七二鉄塔を通り過ぎ、少し岩のある斜面を降りていき、七三鉄塔の手前から南に降りて中磯に出てきました。県道414号線の脇に丸っこい岩が祀られていました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「村野」「日笠」です。


2026年1月15日木曜日

下牛尾から登る堂ケ丸三角点

 


加西市と市川町の境にある堂ケ丸三角点には、2025/12/26に東の加西市側から登りましたが、今回は西の市川町の下牛尾から登ってみました。下牛尾で岡部川を東に渡ると、川沿いに害獣避けの扉があります。これを通って尾根の先に取り付きました。最初はかなり急な植林ですが、手を使わなくても登れました。頑張って少し登るとなだらかになってきて、市場四等三角点(244.73m)がありました(写真)。周囲は木の少ない自然林です。ここからは植林と自然林の混ざった尾根歩きですが、急斜面も下草も無いので苦労することはありません。徐々に高度が上がりますが、たまに下りもあります。327mピークを過ぎて、少し下ってから402m地点までは登りです。そして平らな道が続いて、水平に森林基幹道笠形線に出ました。この林道は斜面を削って作られていますから、法面は非常に高くなっています。ちょっと見上げて登るのは無理かと思ったのですが、よく見ると踏み跡かも知れないものが見えたので、無理やり登ってみました。木や草に掴まって登り、藪を抜けると開けた林に出てきました。まっすぐに登っていって、堂ケ丸三等三角点(462.81m)に着きました。


三角点からは2025/12/26と同様に尾根を南に歩きました。まず急斜面を下り、尾根に乗るとあとは軽快に歩けました。前回は途中で東に降りましたが、今回は歩き続けると、林道には西から道が上がってきていました。その南で林道が尾根を横切っていたので、林道の東側から西側の尾根上を歩くようになりました。尾根上にも踏み跡がありますが、アップダウンもけっこうあります。ちょっと藪っぽくなったと思ったら尾根が切られており、、坂ヶ谷峠駅という場所に出ました。木材集積所のようで、展望があるわけではありません。西に降りる林道があり、下山できるかも知れませんが、そのまま南に、林道の西側の尾根を歩きました。ひとしきり登り、西に向きを変えて気持ちの良い尾根を歩くと、また尾根がなくなり、北に行く林道がありました。ここも突っ切って歩くと少し藪っぽくなり、340m+ピークに着きました。共同アンテナの残骸があります。ここから天岩峰神社に向かって下山しました。最初は急斜面の植林で、作業道の名残を探しながら降りました。少し降りて尾根に乗り、あとは平坦な尾根を緩やかにアップダウンしながらゆるゆると降りていきました。植林になって楽に降りていくと、フェンスに突き当たりました。向こう側に天岩峰神社があります。左右どちらに行くか少し迷ってから右手の神社の裏の方向に行くと、扉があり、無事に天岩峰神社にお参りできました。神社には珍しく鐘楼がありますが、昭和36年に鳥居と一緒に奉納されたようです。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「粟賀町」「北条」です。



2026年1月13日火曜日

熊山の尺八山

 


熊山の東の尾根は、2018/02/12に剣抜峠から烏泊山に登り、舟下山経由で下山しています。今回はその時に行かなかった尺八山を目指しました。登りは舟下山経由ですが、地形図には2018/02/12に降りた尾根の東の谷に破線道があるので、これを試しました。民家から墓地の奥に行き、害獣避けの扉を通って山陽自動車道の下をくぐりました。それから自動車道沿いに少し西に歩いてから地形図の破線道を探すと、木に板がくくりつけてありましたが、文字は読めません。地形図通りの位置で間違いなさそうなので登っていきました。最初はゆるやかなのですが、落ち葉の下に石がゴロゴロある道で、歩きやすいとは言えません。地形図では破線道は谷を通っているので谷沿いに歩きましたが、確かに谷の東側に道がありました。しかしそのまま歩いていると、西寄りの谷に行って道は終わってしまい、トラバースして東の谷に行きました。こちらには踏み跡らしきものがあり、破線道と一致しているのでこれを登りました。しかし最後は谷の奥に岩がそびえており、前進不可能になったので、破線道は諦めて東の尾根に上がりました。これも岩の多い尾根ですが、踏み跡がありました。大きなシダの塊がありましたが、踏み跡で抜けられて、平らなところまで来ると木にマーキングがありました。東の尾根から登ってくる道があるのかも知れません。ここからは緩やかな登りで道もあったので楽でした。最後は三角点を探しに行き、舟下山四等三角点(424.74m)を見つけました。


ここから南の尾根は2018/02/12逆コースとなります。道が尾根の東側に作られており、そのため舟下山(435m)の山頂は巻きました。ちょっとシダが茂っていた所もありましたが、よく整備された道です。今回も「石積遺跡・L1犬の墓」に行ってみましたが、説明板がないので犬の墓がなんのことか分かりません。登山道に戻り、軽快に歩いて主尾根の登山道に出ました。そのまま林を横切ると道路に出て、脇に大滝山四等三角点(425.09m)がありました。三角点には珍しく赤く塗られています。道路は車が通れる幅ですが、ここから東はチェーンが掛かっていて行けません。展望舎への遊歩道がありましたが、今回は展望舎はパスして西に道路を歩きました。すぐに登山道と合流し、北に板場池コースへの分岐があり、大内に降りる道路がありました。さらに道路を西に歩き、尺八山への道に入りました。ここにも特に道しるべはありませんが、登っていく道はこれしかありません。この道はひたすら自然林を登っていく道で、山頂には「楽器名の山シリーズ」の山名札がありました。これがなければここが山頂とわからないでしょう(写真)。地形図のピークはもう少し南なのですが。


尺八山では登ってきた道をそのまま真っすぐ歩くと南に下山してしまうので、西に行く道を降りていき、また道路に出ました。少し歩くと北に舗装道路の分岐があり、途中で車は鎖で通れなくなっていますが、登っていくとDocomoの熊山無線中継所がありました。この付近で一番大きな通信塔です。その横に熊山二等三角点(507.37m)の、これまた大きな標石がありました。舟下山もそうでしたが、このピークが熊山なのかどうかは意見が分かれると思います。地形図では熊山神社のあるピークの方が509mで、そちらに熊山と書いてあります。三角点の隣にはクジラのような岩と、東備消防組合の熊山基地局の立派な通信塔があります。道路に戻って西に歩くと駐車場に出ました。2024/12/23に大内山から高津山経由で登ってきた道もあります。ここはまっすぐに西に歩いて、熊山神社に行きました。


熊山神社からは少し戻ってから登山道を北に行きました。「竜神二つ井戸」で道路に出ましたが、そのまま横切って登山道を降りました。これは2020/01/25に熊山駅から登ってきた道です。少し降りると熊山池のそばに展望台がありましたが、老朽化のため立入禁止でした。すぐに段谷コースへの分岐があります。この登山道はよく整備されていますが、階段が多く膝に悪そうなのでなるべく端を歩きました。402m地点の近くで鉄塔への分岐があり、本四連系線二一三号鉄塔に行きました。展望があります。さらに下っていくと展望台があって、ここも良い眺めです。ここからは溝のようになった登山道でシダの間を降りていき、蹄岩を通って二一四鉄塔、そして道路がターンしている場所に出てきました。そのまま尾根を歩き、熊山駅への分岐を過ぎると登山道というより巡視路になり、二一五鉄塔、二一六鉄塔、そして巡視路から少し外れた林の中にある野山四等三角点(264.06m)を過ぎて二一七鉄塔、さらに降りていくと車ヶ峠に出ました。ここは電力線の電柱があり、頭上ではJRの高圧線と本四連系線の高圧線が交差しています。2020/01/25にはこの北の広域農道から登ってきましたが、今回は車ヶ峠から東に下山することにしました。この道ははっきりしていますが、最初に歩いたのと同じような落ち葉の下に石が隠れている谷道でした。北側に石積がありましたが、用途はわかりません。最後は害獣避けの扉があり、墓地のちょっと南で道路に出られました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「和気」「万富」です。