2026年1月13日火曜日

熊山の尺八山

 


熊山の東の尾根は、2018/02/12に剣抜峠から烏泊山に登り、舟下山経由で下山しています。今回はその時に行かなかった尺八山を目指しました。登りは舟下山経由ですが、地形図には2018/02/12に降りた尾根の東の谷に破線道があるので、これを試しました。民家から墓地の奥に行き、害獣避けの扉を通って山陽自動車道の下をくぐりました。それから自動車道沿いに少し西に歩いてから地形図の破線道を探すと、木に板がくくりつけてありましたが、文字は読めません。地形図通りの位置で間違いなさそうなので登っていきました。最初はゆるやかなのですが、落ち葉の下に石がゴロゴロある道で、歩きやすいとは言えません。地形図では破線道は谷を通っているので谷沿いに歩きましたが、確かに谷の東側に道がありました。しかしそのまま歩いていると、西寄りの谷に行って道は終わってしまい、トラバースして東の谷に行きました。こちらには踏み跡らしきものがあり、破線道と一致しているのでこれを登りました。しかし最後は谷の奥に岩がそびえており、前進不可能になったので、破線道は諦めて東の尾根に上がりました。これも岩の多い尾根ですが、踏み跡がありました。大きなシダの塊がありましたが、踏み跡で抜けられて、平らなところまで来ると木にマーキングがありました。東の尾根から登ってくる道があるのかも知れません。ここからは緩やかな登りで道もあったので楽でした。最後は三角点を探しに行き、舟下山四等三角点(424.74m)を見つけました。


ここから南の尾根は2018/02/12逆コースとなります。道が尾根の東側に作られており、そのため舟下山(435m)の山頂は巻きました。ちょっとシダが茂っていた所もありましたが、よく整備された道です。今回も「石積遺跡・L1犬の墓」に行ってみましたが、説明板がないので犬の墓がなんのことか分かりません。登山道に戻り、軽快に歩いて主尾根の登山道に出ました。そのまま林を横切ると道路に出て、脇に大滝山四等三角点(425.09m)がありました。三角点には珍しく赤く塗られています。道路は車が通れる幅ですが、ここから東はチェーンが掛かっていて行けません。展望舎への遊歩道がありましたが、今回は展望舎はパスして西に道路を歩きました。すぐに登山道と合流し、北に板場池コースへの分岐があり、大内に降りる道路がありました。さらに道路を西に歩き、尺八山への道に入りました。ここにも特に道しるべはありませんが、登っていく道はこれしかありません。この道はひたすら自然林を登っていく道で、山頂には「楽器名の山シリーズ」の山名札がありました。これがなければここが山頂とわからないでしょう(写真)。地形図のピークはもう少し南なのですが。


尺八山では登ってきた道をそのまま真っすぐ歩くと南に下山してしまうので、西に行く道を降りていき、また道路に出ました。少し歩くと北に舗装道路の分岐があり、途中で車は鎖で通れなくなっていますが、登っていくとDocomoの熊山無線中継所がありました。この付近で一番大きな通信塔です。その横に熊山二等三角点(507.37m)の、これまた大きな標石がありました。舟下山もそうでしたが、このピークが熊山なのかどうかは意見が分かれると思います。地形図では熊山神社のあるピークの方が509mで、そちらに熊山と書いてあります。三角点の隣にはクジラのような岩と、東備消防組合の熊山基地局の立派な通信塔があります。道路に戻って西に歩くと駐車場に出ました。2024/12/23に大内山から高津山経由で登ってきた道もあります。ここはまっすぐに西に歩いて、熊山神社に行きました。


熊山神社からは少し戻ってから登山道を北に行きました。「竜神二つ井戸」で道路に出ましたが、そのまま横切って登山道を降りました。これは2020/01/25に熊山駅から登ってきた道です。少し降りると熊山池のそばに展望台がありましたが、老朽化のため立入禁止でした。すぐに段谷コースへの分岐があります。この登山道はよく整備されていますが、階段が多く膝に悪そうなのでなるべく端を歩きました。402m地点の近くで鉄塔への分岐があり、本四連系線二一三号鉄塔に行きました。展望があります。さらに下っていくと展望台があって、ここも良い眺めです。ここからは溝のようになった登山道でシダの間を降りていき、蹄岩を通って二一四鉄塔、そして道路がターンしている場所に出てきました。そのまま尾根を歩き、熊山駅への分岐を過ぎると登山道というより巡視路になり、二一五鉄塔、二一六鉄塔、そして巡視路から少し外れた林の中にある野山四等三角点(264.06m)を過ぎて二一七鉄塔、さらに降りていくと車ヶ峠に出ました。ここは電力線の電柱があり、頭上ではJRの高圧線と本四連系線の高圧線が交差しています。2020/01/25にはこの北の広域農道から登ってきましたが、今回は車ヶ峠から東に下山することにしました。この道ははっきりしていますが、最初に歩いたのと同じような落ち葉の下に石が隠れている谷道でした。北側に石積がありましたが、用途はわかりません。最後は害獣避けの扉があり、墓地のちょっと南で道路に出られました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「和気」「万富」です。



2026年1月5日月曜日

弓削の北の尾根から登った熊山

 


瀬戸町弓削(ゆげ)からの熊山登山道は2020/02/19に歩きました。今回は弓削の北の、勢力との町界付近の尾根から登ってみました。地形図で見ると山陽本線の吉井川鉄橋と弓削橋の間付近にある尾根ですが、尾根の南の谷の奥は石切場だったらしく、とんでもない崖になっています。地形図ではこの尾根には送電線が通っているので、巡視路を探してみましたが簡単には見つかりません。しかし一番川沿いの鉄塔は尾根の先にあるようなので、笹薮から急斜面を登りました。笹薮を抜けると斜面に踏み跡らしきものがあり、登ると鉄塔はなく、基礎のコンクリートが4つあるだけでした。しかしなぜか電線が南北に尾根を越して張られていました。すぐ下の県道79号線にも電柱はあるので、この動力線は特殊な目的なものかも知れません。「Energia熊山支106」と書かれていました。


尾根に上がればあとは巡視路を歩くだけです。次の鉄塔跡には共同アンテナの残骸があり、その次ではNO.8への巡視路が北に降りていっていました。巡視路がなくなっても歩きやすい尾根で、226mピークに登り(南側を巻けばよいのですが)、上り坂になりました。シダはないので問題なく歩けますが、徐々に藪っぽくなりました。枝をかき分けて登っていき、390mピークに着きました。ここは岡山市と赤磐市の境なので道があるだろうと期待したのですが何も無く、東に少し降りてから藪を登りました。登ったところにあるのが岡山県の熊山反射板で、ここからは2020/01/25の下山コースです。素晴らしくよく整備された道で、少し登ると経盛山(503.9m)で、紅白の本四連系線第二一一号鉄塔があります。ここから熊山の方へ行く途中に「経盛山テラス」への道しるべがあり(経盛山の手前にも道しるべがありましたが道がわからなかった)良い道をたどると眺めの良い場所に出ました。北から東の方向に展望が広がります(写真)。


登山道に戻って南東に歩くと、弓削からの登山道に出ました。ここからは楽な道で、まず未舗装の道路を横切り、そのまま東に歩くとまた道があり、これも横切ってまっすぐ歩くと道に出て、南に大きな杉の木2本を見ながら歩くと熊山の山頂に着きました。四角い謎の石積と、南に開けた展望台があります。この日は空気が澄んでおらず、遠くはよく見えませんでした。


下山は弓削へ降りました。登ってきた登山道を引き返し、炭焼窯遺跡や鍛冶宮、石積遺跡を見ながら歩きました。やけに中央が深く掘られた道です。経盛山への分岐を過ぎて下っていくと南山崖への分岐があったので行ってみました。しばらくほぼ水平に歩くと駱駝岩への分岐があり、下っていくと特徴のある大岩と吉井川の素晴らしい展望がありました。この岩は2020年にはミナミ岩という名前だったようです。引き返して登山道に戻り、さらに西に行くと龍神山がありました。北側に巻き道がありますが、登ってみました。ここも素晴らしい展望があります。さらに西に歩き、陽当たりの良い林の中の弓削三等三角点(262.1m)を見て、あとは登山道を降りました。まったく問題なく弓削の八幡神社に降りてきました。


展望 ★★☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「万富」です。



2026年1月3日土曜日

揖保川町のめぐみの滝

 


Google Mapを見ていたら、揖保川町の山の中に「めぐみの滝(馬路川不動滝)」がありました。不思議な所なので行ってみました。揖保川町には「ヤッホの森」のある山がありますが、滝があるのはその西の、天下台山に繋がっている山です。原墓苑に車をとめて南に道を歩きました。すぐに害獣避けの扉があり、これを抜けると気持ちの良い自然林に車の通れる道が続いています。気持ち良く歩いていて、ちょっと左を見ると飛行機がありました。驚いて見に行くと、翼を外した飛行機だけでなく、かなり大型のモーターボートもありました。トラックの荷台もたくさんあり、石材や瓦、板材もあって、投棄されているというより廃品コレクションという感じなので詳しくは書きません。地形図ではこの先で道は川を渡っていますが、これは両岸がコンクリートの川で、水はありませんでした。そのまま道を歩くと堰堤がありました。その先は両側にロープの張ってある遊歩道のような道ですが、足元は石だらけでした。そして「原 めぐみの滝」と書かれた杭がありました。川を渡ると東屋というか小屋があり、中には不動明王が祀られていました。もう一つの石仏はお地蔵様というより托鉢僧という感じで、お顔もとてもリアルでした。この小屋からさらにロープを使って岩を登ると岩盤があり、これがめぐみの滝と思われますが、この日はほとんど水が流れていませんでした(写真)。滝の向かいの斜面の上の方にも不動明王などの石仏が3基ありました。


めぐみの滝を見たので、あとは周辺の山を歩こうと思いましたが、滝の周辺は急斜面で登れません。来た道を少し戻ると、水のない川が南の谷の方に延びていたので、これを遡りました。この周辺は自然林ですが、ほぼ一種類の木が生えており、たいへん美しい風景でした。落葉していて木の種類は分かりませんが、幹の細い木でした。谷を遡ると川はすぐになくなりますが、その先もシダ藪は少なく、少し登っていくと道らしきものも現れました。どこかでシダ藪に行く手を阻まれるのではないかと心配しながら登りましたが、道は意外と続いており、緩やかな谷を登って尾根に上がることができました。しかしこの尾根はシダ藪で入れません。道がまだ続いていたのでそれを辿りましたが、すぐに見失いました。しかしここで上を見るとシダのない岩の多い斜面があり、登れそうなのでここを登りました。登っていくとシダが増えましたが、突破するとシダのない林にでてきました。ここからはシダ藪を避けながら尾根を歩きました。道ははっきりしなかったのですが、少し歩くとマーキングがあって、東から道が登ってきていました。ここからは登山道らしく、多少の藪はありましたが、とても歩きやすくなりました。尾根にはときどき枝を広げた大きな木が生えていました。そして286mピーク付近に着きました。道しるべがあり、来た道は黍田富士方面、西は天下台山、北は岩屋谷公園となっていました。天下台山から岩屋谷公園への道は東尾根コースです。


ここからは東尾根コースを北に歩きました。良く整備されており、両側から延びてきたシダは切られていました。少しずつ下っていくと展望のある場所もありました。登ってきた原墓苑の方に降りたかったので、220mピークで北斜面に道を探しました。しかしここの北斜面は背の高いシダが茂った急勾配で、下手に降りると身動きが取れなくなりそうだったので断念しました。東尾根コースは220mピークから西に向かい、200m+から北に行って210m+、160m+ピークを過ぎて岩場の下りになりました。ロープがあって助かりました。途中に相生支線一四鉄塔があります。相生市街がよく見えます。最後は岩屋谷公園に降りてきて、大回りして原墓苑に戻りました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「網干」「相生」です。



2025年12月31日水曜日

舟坂峠から行った多可町と市川町の町界の茅野三角点

 


茅野三角点には2011/12/29に東の大和から、2012/03/04に西の岩戸神社側から登っています。この多可町と市川町の境界の尾根には、笠形線という立派な広域基幹林道が作られており、あまり歩く気がしなかったのですが、笠形線は尾根から少し下がったところに作られているので、尾根歩きの邪魔にはならなそうだったので、舟坂峠から歩いてみました。まず船坂トンネルを抜けて県道34号線を少し下り、舟坂峠を通る旧道を登りました。ちょっと細めの道ですが、トンネルができた平成9年まではこれが峠越えの道だったわけです。少し登ると「林道笠形線 起点」という札が立っていました。ここには「林道 笠形線 舟坂峠」とも書かれていますが、ここは峠ではありません。笠形線はさらに北に延びており、その起点ということです。峠はもう少し先で、地蔵尊堂があります。


地蔵尊堂の裏は急斜面ですが、切通しを市川町側に歩くと尾根に登る道がありました。これを登って町界の尾根歩きになりました。植林で道があり、楽に歩けました。特に目立つものはなく、西側ちょっと下に林道が見えたり、途中に文字らしきものが掘られた石があったくらいでした。自然林になると道は少し西に外れて作られていました。400m+のピークは2012/03/04に登ってきたところです。418mピークへと登り、その次の410m+ピークは西の398m地点の方へ行かないように気をつけて東に進みました。道は東側を巻いていました。そして藪っぽくなってきてちょっと苦労して藪を抜けると、未舗装の林道が尾根を横切っている「通称名 岩戸坂」でした。岩戸神社から大和に抜ける峠でしょう。ここには大和の方へ降りていく林道もありました。ここは尾根が人工的に切られているので、ちょっと苦労して南の尾根に登りました。少し登ってちょっと下った先に茅野三等三角点(481.15m)がありました。周囲は藪と言うほどではありませんが、自然林です(写真)。


帰りは笠形線を歩いて戻ろうと思っていたのですが、あまりに楽な登山だったので帰りくらいは少し冒険しようと思いました。茅野三角点から藪っぽい尾根を東に降りて、南東の尾根でその先にある林道を目指しました。地形図ではこの尾根はまっすぐ東に延びているように見えますが、実際には普通に歩いていると南東の尾根に向かいます。落ち葉の自然林になりますが、歩きにくいことはありません。しかし最後は植林となり、急勾配になりました。木につかまって降りましたが、林道の法面が高く、滑り降りるようにして林道に降りました。これは危険で不正解でした。降りてきたのは林道茅野線ですが、試しに西に谷の奥まで歩いてみましたが、地形図よりは少し先で終わっていました。法面はコンクリートではありませんがずっと高く、どこでも降りるのは大変そうでした。


茅野線を降りていくと西谷公園に出ました。城趾のような石垣がありましたが、灌漑工事の失敗の跡のようでした。岩盤に掘ったトンネルが印象的でした。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「粟賀町」です。



2025年12月26日金曜日

加西市の堂ケ丸三角点

 


国土地理院の地形図を見ると、加西市の上万願寺町の、万願寺川の支流を遡ったところに神社のマークがあります。階段も描かれていますが、Google Mapにはないので、この神社を確認しつつ加西市と市川町の境の稜線を歩いてみることにしました。万願寺川を北に遡っていっくと、道が2つに分かれて間に灯籠が2つ立っています。左は「八?大明神」右は「愛宕大権現」と掘られています。ここを左に曲がって未舗装の林道に入るとすぐに害獣避けの扉があります。これを通って植林の中をしばらく歩いていくと、階段がありました。脇に石があってなにか文字が掘られていたのかも知れませんが、読めません。階段は地形図では神社まで続いていますが、実際は途中は普通の道です。最後にまた階段があって、登ると大きな拝殿があり、その奥に小さめ目の本殿があります。拝殿の屋根替工事が昭和56年となっていますが、「八坂神社拝殿」と書かれており、八坂神社なのでしょう。(しかしYahoo!マップでは津谷神社となっています。)境内の灯籠は天明元年のもので、古くからある神社のようです。境内の赤い鳥居には「八五郎」と書かれていますが、落語ファンが作ったのでしょうか、それとも八五郎神社でしょうか?


神社の裏の植林からでも稜線に上がれそうでしたが、谷に道があり、地形図では破線道で稜線に登れるので、谷を歩きました。地形図で破線道が西の谷を登っていくところで見ると、この谷は倒木だらけで道ははっきりしません。そこで更に北に谷を登ることにしました。こちらには踏み跡程度しかありませんが、倒木は少なめです。周囲は植林ですが、登っていくと谷には岩が増えてきました。しかし岩を乗り越えながら踏み跡は続いているようで、斜面で流され気味の所もありましたが、岩の多いところを抜けると、また植林の谷に戻りました。川も水が少ないので渡るのも容易で、倒木を避けて歩きやすい場所を歩きました。勾配は少しずつ急になりましたが、急斜面や藪はなく、そのうちに植林の谷の奥に”乢”が見えてきました。ここを上り詰めると、418mピークの南の鞍部に出てきました。ここは2012/06/03に通っています。ちょっと登って418mピークに出ました。


ここからは南西に稜線の尾根を歩きました。少し藪っぽく、急斜面を降りると未舗装の林道笠形線に出ました。この先は林道を歩いても良かったのですが、せっかくなのでほとんど稜線を歩きました。尾根上は少し藪っぽいのですが、道は明らかでした。林道が尾根を横切るのはこの付近では二回だけで、南に行くと稜線は林道の南側になりました。この付近で地形図で尾根を横切っている破線道は、登山中に倒木が多くて登らなかった破線道ですが、これに相当するかもしれない道がありました。尾根上は多少倒木がある程度ですが、いくつかアップダウンがあり、林道の法面が尾根上までコンクリートで固められているピークを過ぎると、堂ケ丸三等三角点(462.81m)がありました(写真)。落ち葉の気持ちの良いピークで、大柿さんの13.12.5の赤いプラスチック板が木に下がっていました。


さらに尾根を南に歩きました。堂ケ丸三角点のピークは迷いやすく、南東に降りなければならないのですが道がありません。適当に降りていくと踏み跡があったので尾根に戻れました。この先は平坦で倒木も少ない落ち葉の尾根で、少し窪んだ道もありました。しばらく歩いて、南東の尾根で下山を始めました。歩きやすいなだらかな尾根を下ると、すぐに窪んだ道に合流しました。少し北で尾根から外れて行った道です。この付近は道がいろいろあるのですが、この先も道が続きました。250m+の植林の細尾根を通り、少し登ってからまた降りて、正面の270m+ピークに登ると共同アンテナの残骸がありました。そのまま東に降りるとピークを巻いてきた道がありましたが、行きたかったのはこちらではないので、道を少し戻って南の尾根に向かいました。こちらにも道があります。この先は地形図で見るとあまり起伏がありませんが、歩くと意外にアップダウンがありました。植林も自然林もあります。GPSで方向を確認しながら東の方向に歩きました。最後は植林で、降りていくと1基だけ墓石がありました。昭和50年のものなので登ってくる道が無いのが不思議でしたが、徐々に降りていき、最後は数メートルの藪を降りて、ストリートビューで確認してあった扉から道路に出ました。この扉にこだわらなければ、もっと楽な下山ルートがいくつもあったと思います。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「北条」です。