2026年6月18日木曜日

おおやスキー場から藤無山

 


2014/07/20に北の若杉の方向から970mピーク経由でダイレクトに藤無山に登りましたが、今回は県道48号線から登ってみました。若杉峠は標高750m近いのですが、その東の若杉は標高400mもありません。県道48号線は若杉峠から急勾配で降りて行きますが、奥若杉の付近では若杉の集落のはるか上を走っており、しかも斜面を削ったのではなく若杉大橋という橋になっています。その橋の西側の谷の付近の斜面は大きく削られており、ジグザグに登る道が作られています。下の集落からこの地点に登る階段もあり、この上に何かがあると予想できます。そこで階段を登ってみると、道は法面の上で終わってしまいますが、杣道があります。それを登ると、段々畑のような耕作地に出ました(航空写真でよく見えます)。いまは草原ですが、昔は下の集落から標高差100m以上を登ってここに畑仕事に来ていたのでしょう。


耕作地から「若杉高原おおやスキー場」を目指しました。地形図ではわかりませんが、先ほどの耕作地の東側は細い尾根になっています。これを登り続けると、530m+ピークに着きました。間違えてそのまま南の藪に降りそうになりましたが、戻って南東の植林の細尾根に降りると作業道が横切っていました。耕作地から来ているのでしょう。この先は植林から自然林に変わり、急斜面になりました。692mピークに着いた時は疲れ切っていました。ここから西の尾根は割と楽で、最後の斜面を登ると800m+ピークでスキー場の最高点に着きました。ここからはスキー場の縁の尾根を歩こうとしましたが藪がひどく、少しスキー場に越境して歩きました。スキー場の真ん中で鹿がこちらを見ていました。リフトを過ぎ、「おやこみち」の方に向かい、次のリフトに近づくと、周囲やゲレンデにジギタリスがたくさん生えていました。リフトの先では林道がターンしており、ここから養父市と宍粟市の境の稜線まで林道を歩きました。斜面を強引に削って作った道で、崩落箇所があって車は通れません。この道沿いにもジギタリスがたくさん生えていました(写真)。


養父市と宍粟市の境の稜線は、中央分水嶺でもあります。林道はここで西の尾根に曲がり、南には登山道があります。藤無山へは、まずここから標高差70mを急勾配の植林で登る必要があります。さいわい道が作られており、階段もあります。登りきって982mピークまで来て、残りの標高差150m程度は距離が長い分だけ楽に歩けました。そして三本杉二等三角点(1139.36m)のある藤無山の頂上に着きました。北向きに展望があります。


下山は山頂から東に歩きましたが、かなりの急斜面でロープの張ってあるところもありました。徐々に岩が増えてきて、1010m+付近は岩の上から南に展望がありました。ここでもジギタリスが咲いていました。ここで南に下山できるようです。さらに東に荒れ気味の稜線を歩くと、そのうちに幅の広い道?が現れ、植林の尾根をジグザグに曲がってから、940m+ピークから北の尾根で下山しました。障害物は無い尾根で、地形図の林道まで標高差350mを降りるのかと思っていると、標高790m付近で林道が尾根を横切っていました。林道は遠回りになるので使わずに尾根を降りたのですが、この下でも標高750mと650m付近で林道が横切っており、そのたびに法面を降りるのに苦労しました。最後は地形図の林道では法面が高そうだったので手前で西寄りの谷にトラバースして林道に降りました。これは正解だったようです。あとは林道を降りましたが、ここでもジギタリスの群生が見られました。毒があるので鹿が食べないので増えるのでしょうか?この林道は犬小路支線というらしく、さらに下っていくと若杉取水池、若杉浄水場があり、若杉の集落の水源となっているようです。浄水場の前に古い墓石が一つだけありました。この先の林道は谷の上を通りますが、落石もあるので車の通行は注意が必要です。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「戸倉峠」です。



2026年6月16日火曜日

茂谷から登る若桜の遠見峠再び

 



2020/06/27に八頭町の佐崎から奥野を経由して茂谷に行き、そこから遠見峠に行きましたが、今回は清徳から歩きました。清徳から舗装道路を歩きました。標高差150mほどを登ると茂谷です。途中の川沿いには畑の跡が見られました。茂谷には電気も電話も光ファイバーも通じているように見えましたが、人はほとんど住んでいないようでした。前回同様に小畑上神社に参拝してから、中国自然歩道で遠見峠を目指しました。植林の杣道で、標高差350m近くを登りました。整備された登山道で、途中で谷を渡る所が少し危なげでしたが、ロープがありました。遠見峠にはお地蔵様があり、道しるべもありますが、ここが遠見峠だとは書いてありません。


遠見峠からは前回と同じように南に歩きました。植林の急斜面を二回登り(二回目はきつい)、少し作業道を歩くと西浦三等三角点(972.99m)に着きました。ここでちょっと方向を間違えて弁天山の方に行きましたが、気がついて戻って、前回と同じように南の900m-鞍部まで降りました。じっさいには少し西寄りに降りたのですが、南に行く道は両側から木の枝が延びていて、歩きにくそうでした。


今回は北に降りる林道を歩きました。かなり古いらしく、倒木がかなりあり、あやうく路肩から滑り落ちるところでした。地形図ではこの林道は615m地点に延びる尾根を回った先で終わっていますが、実際には尾根で終わっていました。その先に仙道でもないかと探しましたが、急斜面で流されたのか、見つけることはできませんでした。急斜面をトラバースするのは危険なので、ここから尾根を降りることにしました。自然林で特に障害なく降りられました。途中の標高650m付近で、ワイヤーロープがたくさん巻かれている木を何本か見ました(写真)。そして615m地点まで来ると林道があったので、あとは林道を降りました。この林道は尾根の先を行ったり来たり横切っていましたかが、そのうちに南斜面に大きく延びてから、北に戻ってきていました。そのためたいへんな長距離を歩くことになりました。最終的にこの林道は地形図の実線道に降りてきたので、これを下って奥野に行きました。そしてここから前回と同様に中国自然歩道で茂谷に戻りました。


奥野からは地形図では最初に鞍部から降りてきた林道へ破線道がつながっていますが、道しるべではこれは「やまみち」となっていました。前回同様に緑山農場で迷いましたが、犬がいて車がとまっているので、誰かがおられるようでした。前回同様に登っていく道を見つけて反対側にまわり、杣道を歩くと尾根を横切る所では作業道茂谷奥野線1に出会いました。降りてきた林道とどこかで繋がっているのでしょうか?茂谷への道沿いでは、斜面に古い墓石がたくさんありました。宝暦とか寛保とか、18世紀のものがたくさんありました。明治時代や、もっと新しい墓石もありました。茂谷に近づくと犬に吠えられましたので、完全に無人ではないようです。犬に吠えられたので道は歩かず、ここでも斜面に向かって「やまみち」の道しるべがあったので降りてみました。予想どおりですが道はなく、急斜面を歩きやすそうなところを探して降りました。帰りは静かな清徳寺に寄りました。紅葉の季節はきれいでしょう。鳥の鳴き声しかしない静かなお寺でした。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「郷原」です。



2026年6月13日土曜日

山崎町黒原の太谷を一周

 


宍粟市山崎町黒原は、宍粟市の北東の端にあり、北には何度か行っている三郡山があります。黒原の西に太谷という小さな集落のある谷があり、その周囲の山を歩いてみました。まず国道429号線の太谷の入口に行きました。ここには黒原の案内図がありますが、太谷は無視されています。案内図の後ろの、地形図で392m地点のある場所は昔は畑だったらしくぬかるんでいますが、ここを渡って尾根に登りました。植林の急斜面ですが登りやすく、踏み跡もあります。少し登ると南斜面から林道が来て終点になっていました。もう50mほど登ると林道が横切っており、さらに50m登るとまた南斜面からの林道の終点がありました。この付近からは登りやすくなってきて、平らな山頂に出て少し歩くと太谷四等三角点(587.4m)がありました。


気持ちの良い尾根を北に歩きました。だいたい尾根のどちらか側は植林です。西側下方には林道が見えましたが、地形図の破線道から延びているのでしょう。また560m+に登ってから、鞍部に降りるとまた西側に林道がありました。さらに575mピークを過ぎ、また下って地形図で破線道が横切っている峠に着きました。東西両側ともはっきりした道はありませんが、倒木は多いものの歩けそうな感じでした。峠にはコンクリートの台座の塊がありました。ブロックが載っていて、お地蔵様があったような感じではありません。


峠から北はちょっと古い道があり、その先の登りは藪になりました。踏み跡はあるようでしたが、藪を抜けなければなりません。標高700m付近まで登れば植林になって軽快に歩けるようになり、標高760m付近には共同アンテナの残骸らしきものがありました。そして今日のルートの最高点の標高790m+のピークに着きました。ここへは2011/09/24に北から来ました。その時と同じように西に尾根を探して降りると、その時と同じように標高720m付近で北側に林道がありました。この付近からはその時とは異なり、南に尾根を降りました。標高600m付近まで降りてくると、植林ですが、地形図でもわかるように尾根付近はならだらかで、しかも斜面に広い平坦地がいくつもありました。こんな所に畑を作ったとは思えないので自然の地形だと思いますが、なんとなく広々した植林でした。このあとはアップダウンがありますが、踏み跡があって楽に歩けました。そして三ツ谷四等三角点(612.93m)に着きましたが、標石は落ち葉に隠れており、周囲の4つのブロックがなければ見つからなかったでしょう(写真)。近くに別の紛らわしい標石がありました。


三ツ谷三角点には2015/11/23南から来ており、その時の逆コースでまず南に歩きました。ちょっと灌木が増えましたが、尾根が東から南に曲がる急斜面にはトラロープがありました。ここがハイキングコースとは思えませんが、植林の作業用でしょうか?トラロープはこの後も下山まで植林の中の急斜面に何箇所がありました。植林の中にプラスチックの筒が立っており、新しく苗を植えたのだと思いますが、まったく育った様子はありませんでした。たまに自然林もありますが、だいたい植林で、アップダウンを繰り返して490m+ピーク付近から尾根は西寄りとなり、南に国道429号線も見えてきましたが、そのまま歩いて植林を降りました。最後は二重の金網に行く手を阻まれました。向こう側は竹林です。左右どちらに扉を探すか迷いましたが、左は国道の上の斜面に出るので国道の法面で降りられないだろうと思い、右に金網を辿りました。しかし扉はなかなか現れず、ついに堰堤に出てしまいました。堰堤は渡れませんが、周囲に地形図通りに草の生えた道があり、これをぐるっと歩きました。谷の奥で水流を渡らずに歩けたので、ここは以前は溜池だったのかも知れません。結局30分もかかって国道418号線に出られました。下山の正解は何だったのだろうと思って、戻る時に国道から登れそうなところを探したのですが、金網に扉があったのは太谷の近くで、これだと最後の450m+ピークの手前で植林を国道に降りるべきだったということになります。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「神子畑」です。



2026年6月3日水曜日

山崎町の塩田と谷の奥三角点

 


先週2026/05/31に歩いた小矢野川の東側にある山並みです。以前2010/12/29にも歩いていますが、今回はゆったりと大回りしてみました。台風の翌日なので登りは無理をせずに林道を使おうと思いました。菅野川の寺西の北に小さい狛犬のいる岩上神社があります。地形図ではこのすぐ北に実線道があって川を西に渡っているのですが、道も橋も見当たりません。しかたなしに旧「F.S.播磨西高等学院」(現在は持ち主が変わっているらしい)の建物のところから西の林道に入りました。この付近から植林を通って地形図の実線道に出ようという作戦です。実は2010/12/29にはこの付近の尾根をまっすぐ降りてきて正解だったのですが、今回は道を探しました。植林になっている段々畑の端を歩いて登ると、すぐに林道に出ました。しかしこれは南に歩くとすぐに終わっていたので、そこから杣道らしい踏み跡を歩くと、地形図の実線道らしい道に出ました。かなり荒れていますが、林道として作られたようです。ほぼ地形図と同じように、かなり急に登って行きます。谷の奥で一時見失いかけましたが、探すと道は続いていました。問題は生えている灌木にことごとく棘があるということで、少し怪我をしました。そして実線道の終点(標高470mくらい)からは踏み跡を探して斜面を登りました。踏み跡がずっと続いていた訳ではないのですが、問題なくすぐに稜線に上がれました。標高480m+です。


ここは2010/12/29に北から歩いてきた尾根で、今回は逆向きに歩きました。最初は青いネットがありましたが、すぐに伐採地で降りていきました。自然林で歩きやすいのですが、503mピークを過ぎ、ちょっと岩があってから急な登りになりました。少し登ると東の谷は伐採されていました。ここから660m+のピークまでの急斜面は2010/12/29にも苦労して降りたようですが、登りもたいへんでした。登り切ると尾根は藪で、東斜面の植林の作業道で北に降りると、また登りになりました。登りきって少し歩くと、塩田三等三角点(656.84m)の標石が5cmほど地面から出ていました(写真)。2010/12/29にも標石は同様だったのですが、以前より国土地理院による標高は低くなっており、標石が低いからでしょうか?この先も植林や自然林を歩き続けました。ちょっと下って登って714mピークに出ると、その後は特に興味を引くようなものはありませんが、多少のアップロードはあるものの歩きやすい尾根でした。そして谷の奥四等三角点(726.59 m)に着きました。


奥の谷三角点には2010/12/29と2011/03/19に来ています。どちらも東の尾根から来たので、今回は逆コースとなりました。三角点から少し南に戻って東に斜面を降りました。最初は急ですがすぐに緩やかになって、600m+の鞍部まで降りました。ここからはやや長い登りで、729mピークに着きました。2011/03/19にはここに北から来ました。今回は南に向かい、すぐに東の尾根に降りてからまた南に向かって、670m+から東に急斜面を降りました。幅の広い斜面で方向が少し不安でしたが、古いネットがあり、これに沿って降りるのが正解でした。550m-の鞍部まで降りると南斜面は植林です。ここは2014/12/28に谷沿いの林道で登ってきたところなので、今回はその逆コースで植林を降りました。かなり密度が高い暗い植林でしたが、問題なく降りられて、林道に出ました。あとはこの林道で戻りました。2014/12/28にはイバラの枝が邪魔だったようですが、今回は問題なく戻れました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「土万」と「千草」です。



2026年5月31日日曜日

山崎町の葛根三角点

 


宍粟市山崎町の葛根から北に小矢野川がありますが、これと志文川の間の尾根は2011/03/20に北の神宮司山に行った程度でしたので、南から通して歩いてみました。中国縦貫道の北側に地形図通りに道があります。コンクリートの法面を登る階段もあるのですが、これはパスして道を登りました。かなり荒れています。坂の上には墓所がありますが、この上で道は良くなり、害獣避けゲートがあります。この先は林道で、土万の方から登って来ています。墓参りもこちらから行くのでしょう。林道は新しいものもあって、地形図では北に行ってから戻るようになっていましたが、新しい道がまっすぐに葛根四等三角点(330.5m)の脇を通り過ぎていました。近くには東屋がありました。林道は北に続いており、340m+と360m+のピークを越えた先で終わっていました。ここからは藪を抜けなければなりますが、倒木や枝が少しある程度で、歩きにくい藪ではありません。少し歩くと地形図では破線道が西から上がってきていますが、実際に古そうな道がありました。この道は地形図通りに次のピークの東側を巻いています。350m-の鞍部はしっかりした道で、その先にも道がありましたが、飽きてきて392mピークに登りました。、地形図では破線道はこの先で終わっていますが、じっさいには続いており、尾根の東側に行ったあとでまた尾根を横切っていました。道は無視して390m+に登り、植林を歩きました。400m+を過ぎると西側の谷に林道が見えて、林道を降りる方向に「コウヤミズキ(下山口)」という道しるべがありました。群生地があるようです。林道は地形図通りに尾根を横切って東側に行きました。林道は歩かず、そのまま尾根を430m+に登り、急斜面で北の370m+の峠に降りました。急斜面ですが木が多いので掴まって降りられました。この斜面に林道はありません。この付近から北は、2011/03/20に逆向きに歩いています。


峠から北は東斜面に林道がありましたが、真っ直ぐに登りました。途中に平らな所もありますが、標高差100m程度の急斜面を登って、また尾根歩きとなりました。490m+から少し降りて再び登りとなり、ここも途中に平らな所がありますが、岩もありました。尾根が十字になっている610m+ピークに出て、また北に降りて、小ピークから鞍部、そしてまた登りになって、もう一つの610m+ピークに着きました。この付近は自然林が多いようでした。尾根を間違えないように注意して北に降りるとちょっとした岩があり、西側の展望もありました(写真)。その北の530m+ピークは東側に巻き道があったのでピークには上がらず、破線道の通っている500m-の峠に着きました。


地形図ではこの峠の北側は破線道、南側は実線道です。北は斜面に道があるようですが、南には道はありません。しかし倒木とイバラを避けて少し急斜面を降りると、草の生えた道らしい場所に出ました。石も多くて歩きにくいのですが、確かに谷の中央を水のない谷川に沿って降りる道がありました。下っていくと、東の谷からの川と合流しました。水がないので良かったのですが、水があると渡るのに苦労したかもしれません。ここから小矢野川沿いの長い林道歩きですが、最初は水流で削られている所もありました。ときどき小屋がありました。川もまっすぐ流れている訳ではないので、橋を何回か渡りました。下流に行くと東に入る谷に道しるべがあり、「火打場」「白口谷」「牛のくら」がありました。「里山ふれあい森づくり倉庫」があって、最後に害獣避けの扉を抜けると田んぼがあって葛根に戻りました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「土万」です。