2026年6月28日日曜日

轟から登るマタニ山

 


千ヶ峰から多可アルプスを北に行ったところにあるマタニ山には何度も行っており、最近では2025/05/01に加美区の清水から登っていますが、その前に2015/07/04に西山から登っており、今回はほぼその逆コースです。轟の北で送電線が杉原川(と国道427号線)を横切っており、これの巡視路で登ろうと計画しました。轟には地形図では寺がありますが、これは墓地の端に美しいお堂が建っているだけです。ここの道を北に行くとすぐに林に入る林道の分岐があり、これを歩くと害獣避けの扉がありました。これを抜けるとしばらく植林が続きますが、植林へ入っていく分岐はいくつもありました。しかしこの付近の植林は下草が多く、あまり踏み込んでいく気にはなりません。地形図には建物が二つ描いてありますが、これらは水道施設です。この脇に、期待通りに赤い「火の用心」が立っていました。


ここから巡視路歩きとなります。わかりやすい巡視路で助かりました。シダの多い植林を登ると、草の生えた古い林道に二回出会いました。この付近から少し巡視路が流されている場所がありましたが、黒いプラ階段と、赤と白のテープが何本か巻いてある木が目印となりました。岩や倒木が増えてきますが、巡視路で谷を登って行くと、391mピークの北の鞍部に出てきました。391mピークには行っていませんが、四角い岩が立っていました。巡視路はここから急斜面を登り、途中に「通称名 森ケ谷」という表示がありました。斜面なのでどの谷のことかよく分かりませんが、391mピークの西側の谷でしょうか。巡視路は斜面を登ってから北に向かい、尾根に出てくると左右に別れます。右がこの尾根に立っている奥多々良木線二七鉄塔で、左が二六鉄塔への巡視路です。二六鉄塔に向かうと、巡視路は植林の斜面を登らず、北に向かいます。そしてかなり長く歩いてから尾根に上がりました。ここは2015/07/04に下山してきた時に巡視路を見失った尾根です。赤い「火の用心」はあるのですが、尾根の中央ではなく南に少し降りたところにあるので、尾根を下っていたら見つけるのは無理でしょう。岩のある尾根を登っていき、最後の急斜面を登り切ると奥多々良木線二六鉄塔がありました。かなりの急斜面に立っています。森ケ谷四等三角点(658.99m)は木の間です。


2015/07/04に降りてきた尾根を登りました。最初は巡視路なので整備されています。奥多々良木線二五鉄塔に着くと、ここは2025/05/01に登ってきたところです。西に歩くと南側の下方に林道が見えました。最新の地形図ではここまで達する林道が描かれています。この林道で登れば楽でしょう。706mピーク付近には囲いしか残っていない轟無給電中継所があり、この先も歩きやすい尾根が続きました。ときどきアセビの藪があり、雨の後なので服が濡れましたが、通り抜けるのは容易で、森林基幹道 千ケ峰・三国岳線」に出ました。展望が良く、正面に多可ラベンダーパークが見えましたが、ラベンダーの紫色は見えません(写真)。ちょっと高い法面をよじ登ると、残りは標高差60mほどの自然林です。藪と呼ぶ人もいるかも知れませんが、障害物があるわけではなく、道がないだけです。登り切ると多可の天空と呼ばれる稜線で、南に少し歩くとマタニ山の名称のもとになっている深谷山三等三角点(927.94m)があります。


この稜線の道は素晴らしく整備されていますが、背の高いアセビが両側から伸びてきており、ここでも服が濡れました。南に歩いて、872mピークで「千ヶ峰」「またに山・三国岳」という直角の道しるべを曲がらずに歩いていって、南東に尾根を降りました。道と呼べるものはありませんが、問題なく降りられて、「千ケ峰・三国岳線」の法面も低くて簡単に降りられました。この森林基幹道でこの尾根は切られていますが、地形図では少し西に行った所から破線道があり、それで下山できそうに見えます。ガードレールを跨いで降りてこの道を探しましたが、道のあったところで斜面を補強したようでした。藪なので結局はこの道を探すよりは切通しのすぐ脇でガードレールを越えるのが正解でした。


そのまま2015/07/04の逆コースを歩きました。長い尾根ですが、歩きにくいところはありません。しかも途中から尾根沿いに道があり、739mピークは西側を巻いていました。仙道というよりは幅の広い道ですが、歩いているとあらぬ方向に降りていってしまう可能性があるので、なるべく尾根を歩きました。道はだんだん尾根に作られた溝のようになり、倒木などもあって歩きやすくはありませんが、ずっと続いていました。西山三等三角点(800.09m)は自然林の中にあり、付近の地形はよく分かりません。溝は続いていますが、降りていっても西から降りてきて終わっている林道があるだけでした。結局適当に尾根らしい所を降りていき、溝を辿って東の方に向かいました。地形図には破線道がターンしている所があり、ここには確かに道がありました。2015/07/04には問題なくこの林道で登って来ています。今回は林道は使わず東向きに降りました。ちょっと斜面を降りると歩きやすくなり、少し登って500m+ピークの端には共同アンテナの残骸がありました。ここからは地形図通りに急な斜面ですが、問題なく降りられました。途中で何度か林道が尾根を横切っていましたが、どちらに歩いたら良いのかわからないので、そのまま植林を真っ直ぐに降りました。最後に植林に出た時には下に家の屋根が見えていたので、そろそろ潮時と思って北に林道を歩くと、害獣避けの扉を通って巨大な堰堤の下に出ました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「丹波和田」です。



2026年6月21日日曜日

八頭町の姥ヶ城三角点

 


前回2026/06/16に清徳寺で寺の説明書きを読んだ時に、近くに婆(うば)ケ城という山城があったことを知りました。場所は姥ヶ城三角点のあるピークなので、鍛冶屋から尾根を歩いて行ってみることにしました。歩くのは小畑川と清徳川の尾根です。尾根の先には小さな墓地がありますが、ここから登ると笹薮なので、少し鍛冶屋の側に行ってから斜面を登りました。この付近は鍛冶屋温泉の源らしく、斜面に水の栓がありました。古い林道もあります。尾根まで登ると少し笹が生えていますが、南に歩き始めるとなくなりました。問題なく歩ける急坂のない自然林で、しばらく歩くと八東大内線10鉄塔です。展望があります。この先しばらくは道がはっきりして、金属プレートの三山口四等三角点(354.48m)に着きました。


この先の420m+ピークまではちょっときつい登りでしたが、その後はまた楽な尾根歩きになりました。婆ケ城に近づくと、まず470m+までがややきつい登りで、下ってから登り返すと城らしくい雰囲気になり、城まで坂を登りました。山頂は南北と西に平坦地があって、たしかに城趾の地形です。城の名前は老婆ヶ城または婆ヶ城だそうです[1]。金属プレートの姥ヶ城四等三角点(510.94m)は、名前は城の名前と少し異なりますが、南の曲輪にありました(写真)。この城は若狭鬼ヶ城より古いとのことですが、鬼ヶ城は街道を見下ろす要所にあるのに対して、こちらは街道から離れており、最初は平家の落人が隠れていたとしても、戦国時代の山城としては価値がわかりません。可能性があるのは、いまは荒れている柿原から綾木峠を抜けるルートが、千代川沿いの道が通行困難であったとしたら価値のあるものだっただろうということです。しかしそれにしても、例えば板井原隧道のあたりを越えれば標高はずっと低いはずです。その時代にはなにか事情があったのでしょう。


というようなことを考えながら城趾から南に尾根を降りると、こちらは一転して岩の多い細い尾根でした。岩場を降りてから少し歩き、さらに450m+の鞍部に降りる付近は急勾配で掴まる木も少なく、注意して降りました。この付近は西側下に林道があり、502mピークに登って降りると、その林道が尾根を横断する舗装道路につながっていました。この舗装道路は2020/06/27に佐崎から歩いてきました。その時と同じように舗装道路を少し東側へ歩き、植林の中の中国自然歩道を歩いて奥野に出ました。あとは清徳川を下って鍛冶屋に戻りました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「因幡郡家」「郷原」です。



2026年6月18日木曜日

おおやスキー場から藤無山

 


2014/07/20に北の若杉の方向から970mピーク経由でダイレクトに藤無山に登りましたが、今回は県道48号線から登ってみました。若杉峠は標高750m近いのですが、その東の若杉は標高400mもありません。県道48号線は若杉峠から急勾配で降りて行きますが、奥若杉の付近では若杉の集落のはるか上を走っており、しかも斜面を削ったのではなく若杉大橋という橋になっています。その橋の西側の谷の付近の斜面は大きく削られており、ジグザグに登る道が作られています。下の集落からこの地点に登る階段もあり、この上に何かがあると予想できます。そこで階段を登ってみると、道は法面の上で終わってしまいますが、杣道があります。それを登ると、段々畑のような耕作地に出ました(航空写真でよく見えます)。いまは草原ですが、昔は下の集落から標高差100m以上を登ってここに畑仕事に来ていたのでしょう。


耕作地から「若杉高原おおやスキー場」を目指しました。地形図ではわかりませんが、先ほどの耕作地の東側は細い尾根になっています。これを登り続けると、530m+ピークに着きました。間違えてそのまま南の藪に降りそうになりましたが、戻って南東の植林の細尾根に降りると作業道が横切っていました。耕作地から来ているのでしょう。この先は植林から自然林に変わり、急斜面になりました。692mピークに着いた時は疲れ切っていました。ここから西の尾根は割と楽で、最後の斜面を登ると800m+ピークでスキー場の最高点に着きました。ここからはスキー場の縁の尾根を歩こうとしましたが藪がひどく、少しスキー場に越境して歩きました。スキー場の真ん中で鹿がこちらを見ていました。リフトを過ぎ、「おやこみち」の方に向かい、次のリフトに近づくと、周囲やゲレンデにジギタリスがたくさん生えていました。リフトの先では林道がターンしており、ここから養父市と宍粟市の境の稜線まで林道を歩きました。斜面を強引に削って作った道で、崩落箇所があって車は通れません。この道沿いにもジギタリスがたくさん生えていました(写真)。


養父市と宍粟市の境の稜線は、中央分水嶺でもあります。林道はここで西の尾根に曲がり、南には登山道があります。藤無山へは、まずここから標高差70mを急勾配の植林で登る必要があります。さいわい道が作られており、階段もあります。登りきって982mピークまで来て、残りの標高差150m程度は距離が長い分だけ楽に歩けました。そして三本杉二等三角点(1139.36m)のある藤無山の頂上に着きました。北向きに展望があります。


下山は山頂から東に歩きましたが、かなりの急斜面でロープの張ってあるところもありました。徐々に岩が増えてきて、1010m+付近は岩の上から南に展望がありました。ここでもジギタリスが咲いていました。ここで南に下山できるようです。さらに東に荒れ気味の稜線を歩くと、そのうちに幅の広い道?が現れ、植林の尾根をジグザグに曲がってから、940m+ピークから北の尾根で下山しました。障害物は無い尾根で、地形図の林道まで標高差350mを降りるのかと思っていると、標高790m付近で林道が尾根を横切っていました。林道は遠回りになるので使わずに尾根を降りたのですが、この下でも標高750mと650m付近で林道が横切っており、そのたびに法面を降りるのに苦労しました。最後は地形図の林道では法面が高そうだったので手前で西寄りの谷にトラバースして林道に降りました。これは正解だったようです。あとは林道を降りましたが、ここでもジギタリスの群生が見られました。毒があるので鹿が食べないので増えるのでしょうか?この林道は犬小路支線というらしく、さらに下っていくと若杉取水池、若杉浄水場があり、若杉の集落の水源となっているようです。浄水場の前に古い墓石が一つだけありました。この先の林道は谷の上を通りますが、落石もあるので車の通行は注意が必要です。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「戸倉峠」です。



2026年6月16日火曜日

茂谷から登る若桜の遠見峠再び

 



2020/06/27に八頭町の佐崎から奥野を経由して茂谷に行き、そこから遠見峠に行きましたが、今回は清徳から歩きました。清徳から舗装道路を歩きました。標高差150mほどを登ると茂谷です。途中の川沿いには畑の跡が見られました。茂谷には電気も電話も光ファイバーも通じているように見えましたが、人はほとんど住んでいないようでした。前回同様に小畑上神社に参拝してから、中国自然歩道で遠見峠を目指しました。植林の杣道で、標高差350m近くを登りました。整備された登山道で、途中で谷を渡る所が少し危なげでしたが、ロープがありました。遠見峠にはお地蔵様があり、道しるべもありますが、ここが遠見峠だとは書いてありません。


遠見峠からは前回と同じように南に歩きました。植林の急斜面を二回登り(二回目はきつい)、少し作業道を歩くと西浦三等三角点(972.99m)に着きました。ここでちょっと方向を間違えて弁天山の方に行きましたが、気がついて戻って、前回と同じように南の900m-鞍部まで降りました。じっさいには少し西寄りに降りたのですが、南に行く道は両側から木の枝が延びていて、歩きにくそうでした。


今回は北に降りる林道を歩きました。かなり古いらしく、倒木がかなりあり、あやうく路肩から滑り落ちるところでした。地形図ではこの林道は615m地点に延びる尾根を回った先で終わっていますが、実際には尾根で終わっていました。その先に仙道でもないかと探しましたが、急斜面で流されたのか、見つけることはできませんでした。急斜面をトラバースするのは危険なので、ここから尾根を降りることにしました。自然林で特に障害なく降りられました。途中の標高650m付近で、ワイヤーロープがたくさん巻かれている木を何本か見ました(写真)。そして615m地点まで来ると林道があったので、あとは林道を降りました。この林道は尾根の先を行ったり来たり横切っていましたかが、そのうちに南斜面に大きく延びてから、北に戻ってきていました。そのためたいへんな長距離を歩くことになりました。最終的にこの林道は地形図の実線道に降りてきたので、これを下って奥野に行きました。そしてここから前回と同様に中国自然歩道で茂谷に戻りました。


奥野からは地形図では最初に鞍部から降りてきた林道へ破線道がつながっていますが、道しるべではこれは「やまみち」となっていました。前回同様に緑山農場で迷いましたが、犬がいて車がとまっているので、誰かがおられるようでした。前回同様に登っていく道を見つけて反対側にまわり、杣道を歩くと尾根を横切る所では作業道茂谷奥野線1に出会いました。降りてきた林道とどこかで繋がっているのでしょうか?茂谷への道沿いでは、斜面に古い墓石がたくさんありました。宝暦とか寛保とか、18世紀のものがたくさんありました。明治時代や、もっと新しい墓石もありました。茂谷に近づくと犬に吠えられましたので、完全に無人ではないようです。犬に吠えられたので道は歩かず、ここでも斜面に向かって「やまみち」の道しるべがあったので降りてみました。予想どおりですが道はなく、急斜面を歩きやすそうなところを探して降りました。帰りは静かな清徳寺に寄りました。紅葉の季節はきれいでしょう。鳥の鳴き声しかしない静かなお寺でした。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「郷原」です。



2026年6月13日土曜日

山崎町黒原の太谷を一周

 


宍粟市山崎町黒原は、宍粟市の北東の端にあり、北には何度か行っている三郡山があります。黒原の西に太谷という小さな集落のある谷があり、その周囲の山を歩いてみました。まず国道429号線の太谷の入口に行きました。ここには黒原の案内図がありますが、太谷は無視されています。案内図の後ろの、地形図で392m地点のある場所は昔は畑だったらしくぬかるんでいますが、ここを渡って尾根に登りました。植林の急斜面ですが登りやすく、踏み跡もあります。少し登ると南斜面から林道が来て終点になっていました。もう50mほど登ると林道が横切っており、さらに50m登るとまた南斜面からの林道の終点がありました。この付近からは登りやすくなってきて、平らな山頂に出て少し歩くと太谷四等三角点(587.4m)がありました。


気持ちの良い尾根を北に歩きました。だいたい尾根のどちらか側は植林です。西側下方には林道が見えましたが、地形図の破線道から延びているのでしょう。また560m+に登ってから、鞍部に降りるとまた西側に林道がありました。さらに575mピークを過ぎ、また下って地形図で破線道が横切っている峠に着きました。東西両側ともはっきりした道はありませんが、倒木は多いものの歩けそうな感じでした。峠にはコンクリートの台座の塊がありました。ブロックが載っていて、お地蔵様があったような感じではありません。


峠から北はちょっと古い道があり、その先の登りは藪になりました。踏み跡はあるようでしたが、藪を抜けなければなりません。標高700m付近まで登れば植林になって軽快に歩けるようになり、標高760m付近には共同アンテナの残骸らしきものがありました。そして今日のルートの最高点の標高790m+のピークに着きました。ここへは2011/09/24に北から来ました。その時と同じように西に尾根を探して降りると、その時と同じように標高720m付近で北側に林道がありました。この付近からはその時とは異なり、南に尾根を降りました。標高600m付近まで降りてくると、植林ですが、地形図でもわかるように尾根付近はならだらかで、しかも斜面に広い平坦地がいくつもありました。こんな所に畑を作ったとは思えないので自然の地形だと思いますが、なんとなく広々した植林でした。このあとはアップダウンがありますが、踏み跡があって楽に歩けました。そして三ツ谷四等三角点(612.93m)に着きましたが、標石は落ち葉に隠れており、周囲の4つのブロックがなければ見つからなかったでしょう(写真)。近くに別の紛らわしい標石がありました。


三ツ谷三角点には2015/11/23南から来ており、その時の逆コースでまず南に歩きました。ちょっと灌木が増えましたが、尾根が東から南に曲がる急斜面にはトラロープがありました。ここがハイキングコースとは思えませんが、植林の作業用でしょうか?トラロープはこの後も下山まで植林の中の急斜面に何箇所がありました。植林の中にプラスチックの筒が立っており、新しく苗を植えたのだと思いますが、まったく育った様子はありませんでした。たまに自然林もありますが、だいたい植林で、アップダウンを繰り返して490m+ピーク付近から尾根は西寄りとなり、南に国道429号線も見えてきましたが、そのまま歩いて植林を降りました。最後は二重の金網に行く手を阻まれました。向こう側は竹林です。左右どちらに扉を探すか迷いましたが、左は国道の上の斜面に出るので国道の法面で降りられないだろうと思い、右に金網を辿りました。しかし扉はなかなか現れず、ついに堰堤に出てしまいました。堰堤は渡れませんが、周囲に地形図通りに草の生えた道があり、これをぐるっと歩きました。谷の奥で水流を渡らずに歩けたので、ここは以前は溜池だったのかも知れません。結局30分もかかって国道418号線に出られました。下山の正解は何だったのだろうと思って、戻る時に国道から登れそうなところを探したのですが、金網に扉があったのは太谷の近くで、これだと最後の450m+ピークの手前で植林を国道に降りるべきだったということになります。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「神子畑」です。