2018年9月28日金曜日

瓶割峠から黒頭峰・夏栗山・三尾山

篠山市と丹波市春日町の境界に位置するこれらの山並みは、登山道が整備されており東南の佐仲ダムや南の高蔵寺から登るのが一般的のようですが、そうすると3つの山を歩くと行ったり来たりになります。尾根歩きも楽しみたいと思って地形図を見ていて、北から登るルートを思いつきました。

起点は春日町の国領温泉です。旅館が1軒だけあります。ここを南に歩くと、害獣除けの扉があり、「瓶割峠登り口 国領地区元気な地域づくり委員会」という看板があります。近くの「ながたにやまばし」を渡って、草で覆われた道を登りました。上流には巨大な堰堤(国領川第2砂防堰堤)があり、その上流にもいくつか堰堤があります。道が尾根の下で別れている所に来ると、瓶割峠への道標が谷の方に付いています。これは地形図どおりなので、真っ直ぐに谷に入りました。ところが道はどんどん怪しくなりました。地形図では谷の途中で東に曲がって尾根を登るようになっているのですが、この曲がり口が分かりません。谷の奥を登るのは難しそうだったので、道は分からなかったのですが適当に東に曲がって植林の危険な急斜面を登りました。すると斜面の上には道が東側から来ていました。道標を見落とした可能性はありますが、この付近は分かりにくいと思います。出てきた道は倒木以外はよく整備されていてロープが張られている場所もあります。すこし登れば「見晴エリア」という北に展望が広がる場所があります。さらに登ると「休憩エリア」ですが、ここは大師堂跡だそうで、弘法大師像の置かれていたと思われる石積みだけが残っています。本尊は大戦に供出したとありますが、金属製だったのでしょうか?さらに登ると「テンプルコース 瓶割峠へ」という標識が現れてきます。これは鐘ヶ坂で見たのと同じものですが、テンプルコースのルートはよく分かりません。そして瓶割峠に着きました。ここは西瓶割峠だそうです。登ってきた道は県道138号線のはずです。道標では北方面は奥町となっていますが、国領のことでしょうか。

西瓶割峠から東に尾根を歩くと、東瓶割峠に出ました。ここには南から道がありますが、北側にはありません。しかし峠であるからには北側にも道があったのでしょう。丹南町と春日町の標識もこちらにあります。峠には石のブロックがいくつかあって寄進者の名前が彫られており、石工の名前もあるのですが、何がここにあったのかは分かりません。東瓶割峠からは東に尾根を歩きました。特に歩きにくいことはありません。これはテンプルコースで、「高蔵寺へ」となっています。そして、はるか北から続く春日町の「分水界の径」でもあります。標識があるのは有り難いことです。テンプルコースは554mピークを南に巻いていますが、分水界の径はもちろん山頂へ行きます。このピークは奥坪山というようです。いったん黒頭峰との間の鞍部に降りると、テンプルコースは南に行ってしまいます。黒頭峰への登りはとても急な斜面で、はっきりした道もありませんが、間違いようもありません。土は崩れやすく落ち葉も滑りやすいのですが、道の跡を探して登りました。そして、黒頭山二等三角点(620.34m)のある山頂に着きました。少しだけ北に展望があり、北には佐仲峠への道もあります。

黒頭峰からは東に降りましたが、こちらは夏栗山へとなっていますが、あまり道標はありません。藪っぽいのですが、黄色とピンクのテープが目印と信じて降りていくと植林に出て、道標がありました。黒頭峰と夏栗山の間の鞍部は美しい植林です。そして北に佐仲峠への分岐があり、その東はしっかり作られた道なのですが、倒木が増えてきて、どちらに行ったら良いのか分からなくなりました。地形図の破線道は夏栗山の西で南に曲がるのですが、よくわからないので真っ直ぐに歩きました。最初は道があったのですが、そのうちに藪になりました。しかし少し登ると丹波森の径の道標があって、ここが道なのかと思って、そのまま上り詰めて夏栗山山頂に着きました。NHKの共同アンテナと金属製の見晴台がありますが、見晴台に登っても周囲の木が高すぎて景色はほとんど見えません。東は夏栗山観音菩薩となっているので行ってみると、石の祠の中に小さな石仏がありました。

夏栗山からは北東に佐仲ダムの池の北に出て佐仲峠へ行くことも考えましたが、観音菩薩から東にはほとんどマーキングがなく、地形図で北に降りている破線道も見当たりません。結局西に引き返しました。今回は地形図の破線道通りに真っ直ぐ西に降りてみました。道がありましたが、下った所で倒木で埋まっていました。その下には道があって、道標は大ケ谷となっています。この場所も倒木が多く、北に向かう道を探すのに苦労しましたが、道ははっきりしていて、北に歩けばさっき夏栗山に直進して登って地点に戻ってきました。ここから西に道を戻って、分岐から佐仲峠へ向かいました。最初は暗い植林でジメジメした谷に降りました。これは佐仲ダムに流れる水で、分水界はこの西にあります。谷を抜けると佐仲峠から黒頭峰へ向かう分水界の道に出ました。これは歩きやすく、「丹波森の径 雄岳・雌岳の径」だそうです。そして佐仲峠に着きました。お地蔵様があります。

佐仲峠には多紀連山県立自然公園の説明板があります。三尾山への道は険しくて熟練者向きとなっています。登り始めると、よく整備されていますが確かに険しい道です。熟練者向きというよりも体力のある人向きという感じで、頑張って登ると鏡峠からの尾根道と合流しました。しかしここからもかなりきつい岩場の多い登りで、遠景を見ながら登ると三尾城址のある山頂に着きました。木が少し邪魔ですが、あちこちに展望があります。山頂は平らで、気持ちの良い場所でした。ここからは曲輪のある北に降りて、中三尾(西峰)へ向かいました。登山道から登る道があるのですが、それを待たずに南から藪の斜面を登ってみました。ここも多少段差が作られている感じがしました。ここも北に展望があります。そして登山道に降りて、前三尾(東峰)へ向かいました。ちょっときつい岩の多い道を登って、展望バッチリの山頂に着きました。ここからの北の展望は最高でした(写真)。ちょっと降りたところにある「やれやれ地蔵尊」の石仏を拝んでから下山しました。この道も地形図で見ると非常に急ですが、しっかり整備されているので問題なく降りられました。谷に降りてきてからガレ石が増えて少し歩きにくくなりました。谷を降りると丸太小屋があり、2つ目の小屋の脇は山岳訓練場と書かれおり、ほぼ垂直の崖がありました。そのまま堰堤の横を通って舞鶴若狭自動車道まで降りて、その側道を歩いて国領に戻りました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「宮田」です。

2018年9月26日水曜日

若桜の諸鹿から広留野高原へ

以前に若桜の諸鹿から森林鉄道を見に来見野川沿いを歩いた時に、屏風岩の東側に中国自然歩道の標識があるのに気付きました。地形図で見ると屏風岩の近くだけあってとんでもなく急な斜面(計算上ほぼ45度)を登る破線道が描かれています。あまりに急勾配なので、登ってみようと出かけてみました。高所恐怖症なので岩場の急勾配は困るのですが、航空写真で見ると林なので、滑落しても木で止まるだろうと考えました。

諸鹿の「全面通行止」を過ぎて、中国自然歩道の標識に着きました。広留野3.0kmとなっています。しかしその標識の下には紙があって「通行止 中国自然歩道 諸鹿-広留の区間(区間上部)で歩道が崩落し通行が危険な状態となっているため、この区間を通行止めとします。」と書いてあります。ビニール袋に入っていますが、かなり古いらしく右半分の地図は読めません。日付がないのでいつのものかは分かりません。区間上部と言えば勾配の最も急な所です。どうしたものかと考えましたが、歩けなくなったら戻ることにして登ってみました。ちょっと登ると「諸鹿の大岩壁と諸鹿岩」という説明板があり、さらに登りが続きます。岩の多い自然林ですが、道がしっかりしているので問題なく登れます。ただし林の中なので標高が上がっても展望は全くありません。途中から、最初はなかった緑色のケーブルが地中に埋まっていました。問題の崩落箇所ですが、途中に注意書きが登山道に落ちていました。その上部では確かにターンで道が消えていて、倒木に手をついて登る必要がありました。その後に倒木もありましたが、結局手を使わなければならなかったのはここだけで、すぐ上でガードレールが見えてきて、舗装道路に上がれました。登り始めて30分もかかっていません。

この舗装道路は鳥取県道103号線です。まずは広留の方向に歩いてみました。道は良いのですが荒れています。H22若狭町ICTという札の付いた電柱があって光ケーブルが張られていましたが、これが中国自然歩道に敷設されていたケーブルに繋がっていました。不思議なのは、広留に向かっていくとこの舗装が終わっていたことです。このあと再び舗装道路に出るまでの間は、ほぼ未舗装でした。舗装道路からの入り口は車両通行止めでロープが張られていました。この舗装道路も県道103号線ですが、丹比の方からの道と繋がっており、そちらから車で上って来られます。「広留野高原」の看板があり、中国自然歩道は扇ノ山へ向かっていました。近くの藪に金属プレートの広留四等三角点(717.64m)がありました。ここが今日の最高地点となります。

下山は、先程の舗装道路を下りました。荒れ気味と言っても舗装道路は歩き易いのですが、いきなり終わってしまいました。地形図から予想はしていましたが、終わった眼の前が岩だったので驚きました。しかし舗装の先を降りる短い階段があって、降りると道らしきものがあったので、それを歩きました。岩の下を過ぎると古い道に出てきて、これが地形図の破線道のようです。崖を削って作られた道で(写真)、今は落石や崩落がありますが、作られたときは良い道だったと思います。しばらく歩いてそろそろ地形図で再び舗装道路に近づいたと思ったあたりで、道が谷で終わっていました。谷の向こうを見ても道はないので完全に道が流されたかと思って振り向くと、道がUターンしていました。この道は勾配が少なく、歩くには広く自動車には狭いので、森林鉄道用かと思ったのですが、このターンは鉄道では難しそうです。ここからはまた西に向かって歩きました。崖を削ってあるだけでなく、石積みもあってしっかり作られています。しばらく西に歩くと再びターンがあって東に向きが変わり、しばらくほぼ水平に歩くと、コンクリートの壁が見えてきました。見上げると柵があるので道路の終端のようでした。よく見えると木の階段が作られていましたが、段の間に木が生えていて歩けません。苦労して斜面を上がると道路の終端に出ました。幅広い道ですが舗装していないため、背の高い草が茂っていて、抜けるのは大変でした。とはいえ100mも我慢すると舗装道路に出ました。ここからは舗装された県道103号線を降りましたが、大きくヘアピンにターンする所から上は通行止になっていました。あとは県道で植林を抜けて帰りました。途中に「栃の実持ち帰り禁止」の札が出ていたので、この付近では栃の実が採れることが分かりました。栗の実はたくさん落ちていましたが、全部食べられていました。栃の実は殻が硬いので食べられないのでしょう。

2時間ちょっとしか歩いてないので姫路から出かけた割には物足りないのですが、登りも下りも楽しめました。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「若桜」です。

2018年9月24日月曜日

多可の道の駅から登る鳴尾山

丹波市と多可町の境界にある鳴尾山には以前にも登っていますが、今回は杉原紙の里のある多可の道の駅の東の山を歩きたかったので、道の駅から登ってみることにしました。杉原紙研究所の前を通って南に歩くと尾根の先は金網で囲まれていますが、扉がいくつかあります。両開きの扉から入るといきなり足元には溝がありますが、これを渡って急斜面の藪を登ると、尾根の裾に出ることができました。あとは植林を登りました。作業道もあって楽に350m+のピークに出ると、アシビが生えている程度で歩きやすく、北の360m+ピークに行きました。ちょっと降りると林道の終点がありましたが、林道は歩かずに次の360m+に登りました。東に降りると340m+の鞍部には南からまた林道が来ています。地形図にある実線道の続きで、東の山にも折り返して登っていましたが、これも無視してそのまま尾根で登山を続けました。やや急峻な植林を登ると、511mピークに着きました。ここもアシビが生えている植林です。北に歩くと藪っぽくなり、下島四等三角点(536.14m)がありました(写真)。さらに北に尾根を歩きましたが、ひどい藪はありません。尾根がC字型に曲がっている所は、谷を渡る必要がありました。その先も植林ですが、550m+の細長い尾根は道があるだけで特に面白くもなく、やや急な斜面を登って606mピークに出ました。ここからは2013/08/06の逆コースとなります。この地点から北に降りる所は藪で、赤テープのマーキングが無ければ降りる気にはならないでしょう。

一度歩いたと言っても、歩いたのはだいぶ前ですし、逆コースだと風景も違います。たまに上りもありますが急勾配はなく、最後に真っ直ぐの急斜面を登ると、鳴尾山山頂です。三方三等三角点(753.12m)があります。周囲にはママコナが咲いていました。ここからも前に歩いた尾根の逆コースですが、登ったときには問題ない分岐も降りるときには迷う所がいくつかありました。最後は699mピークから急斜面を降りて、鳥羽坂に着きました。文化7年のお地蔵様があります。ここからの下山も2013/08/06の逆コースなのですが、これも上りと下りでは事情が違います。木に赤と黄色のテープが巻いてあるのが登山道のマークだと思うのですが、道は消えかかっており、一つのマークから次のマークが見えない所もあって悩みました。所々に低い金属の筒が立っており、NHKの共同アンテナへのケーブルが敷設してあったのだと思います。地形図の実線道の終点から鳥羽坂に登山道があるはずなのですが、途中でマークを辿ると藪の中を降りることになりました。短気を起こして谷を降りるとガレ石や倒木に悩まされますから、これが正解だったと思います。最後は舗装された林道が見えたのですが、そこへ行くには谷を渡る必要がありました。この付近の谷には石垣が作られていました。あとは林道で下山しました。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「大名草」です。

2018年9月23日日曜日

虫井神社から歩く虫井谷川上流の山

鳥取県の智頭町と八頭町の境界の山を幾つかに分けて歩いていますが、虫井谷川の上流付近は、虫井谷川を遡った時には綾木峠の方に行ってしまったので(2018/08/14)歩いていません。そこで、その残った部分を歩くことにしました。最初は、登りに2018/09/02に下山に使った尾根を、虫井谷川から登ろうと思いました。地形図には虫井谷川から西に真っ直ぐ登って行く破線道が描かれていますが、この場所に行っても橋がなく、破線道が描かれている斜面は急すぎて登れるわけがありません。虫井谷に入った所に木の橋がありますが、この付近の斜面も非常に急です。そこで結局尾根先から登ることにして、尾根先の虫井神社から登ることにしました。

実際には神社ではなく、神社の東の土砂置き場から尾根を登りました。植林で勾配も緩いので楽に登れます。しばらく登ると、大きな木が二本、石で囲まれていて、前に灯籠と思われる石が転がっていました。その後ろも石で囲まれており、虫井神社の奥の宮ではないかと思います。虫井神社はブナ林で有名と神社の説明板にあったのですが、この二本の木はブナではなく、ドングリ系の木のようでした。もちろん周囲にはブナの木もありました。

ここからは黒い蛇腹チューブと地積調査のテープに従って尾根を登りました。相変わらず歩き易いのですが、徐々に急になってきます。それでも木に捕まらなくても登れて、主尾根に出ました。ここには智頭の方向に向いたアンテナがありました。主尾根は植林で、登って行くと広くなだらかな場所に出てきました。この付近は2018/9/2に来ていますが、開放感があります。ちょっと急斜面を登ると、虫谷三等三角点(710.08m)があり、2018/9/2の逆コースを歩いて気持ちの良い尾根を抜けて、八頭町と智頭町の境の尾根まで来ました。前回は西からここに来たのですが、今回は東へ進みました。この付近は地籍調査のピンクテープが多く、道に迷うことはありません。気持ちの良い尾根を歩いて786mピークに近づくと南側が広い伐採地で、八河谷と芦津の集落が見えました。虫井神社の北股川の対岸は山の斜面が大きく崩れているのですが、その光景が良く見えました。ここから尾根は北に向かい(ピンクテープに従って降りれば目指す尾根に降りられます)、少しアシビの増えてきた尾根を歩きました。下奥四等三角点(771.47n)周囲は伐採されていて、ここでも南側に展望があります(写真)。ここからは東に尾根を歩きますが、植林が多いとはいえ自然林もあって良い感じです。710m+に上がる付近は地形図からは予想できない急斜面がありました。その後は854mピークに登る所は地形図どうりの急斜面でしたが、石英の石が多く、きれいに光っているものもあるので、それを見ながら登るとすぐに854mピークに着きました。ここは2018/08/14に来ています。

下山になりますが、まずは尾根を南に下りました。登りでは急斜面で苦労した所もありましたが、下りでも楽ではありません。2018/08/14には南の尾根から登ってきましたが、今回は尾根を真っ直ぐに西向きに降りました。ちょっと広々した場所を過ぎると少し荒れた感じにはなりますが、地籍調査のテープもあります。真っ直ぐに降り続けると、地形図どうりに林道の上に出ました。ここでもちょっと苦労して林道に降り立ち、あとは林道で虫井谷川を下りました。林道がヘアピンカーブする所は谷の奥で、ちょっとした滝がありました。この林道はあまり荒れておらず、県道6号線に戻れました。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「郷原」です。

2018年9月22日土曜日

西粟倉村の影清・大滝三角点

岡山県の西粟倉村の三角点を二つ巡ってきました。1つ目は影清三角点です。これは西粟倉の道の駅から登りました。道の駅の目の前から東に入る道があって、駒の尾山登山道に行けるはずなのですが、東に入ると智頭急行のガードの手前で通行止めになっていました。この理由は後でわかりましたが、とにかく登り口はガードの手前から南の山に入って、トンネルの上の植林を登りました。すぐに林道が横切っていますが、無視して尾根を登り続けました。結局この後4回尾根を未舗装林道が横切っていました。尾根は植林がほとんどですから、特の登りにくいことはありません。作業道の名残も残っています。標高480m付近には共同アンテナの部品が落ちていました。最後は平坦になると自然林が少し増えてきて、影清四等三角点(691.05m)に着きました。南側は植林、北は自然林ですが、全体に植林の多い山です(写真)。なお影清というのは藤原景清のことのようですが、Wikipediaは西粟倉に悪七兵衛の伝説が残っていることに言及していません。

山頂からは北に尾根を歩きましたが、こちらも歩きやすく、林道が両側の下の方に見えると思ったら、尾根を横切っていました。しかし林道で下山するとどこに出るか分かりませんので、そのまま影石谷トンネルの北まで尾根を歩いて、北からトンネルの南出口に降りました。しかしどうやらこれは不正解で、トンネルの真上から谷を降りたほうが楽だったようです。トンネル出口の脇に降りて、コザイ峠を目指しました。しかし人家の手前まで来ると道が崩落していました。これが通行止めの理由でした。いつ崩落したのかは分かりませんが、早く修復されることを祈ります。

コザイ峠には2016/07/18に来ていて、その時はここから駒の尾山に登りました。今回は林道ダルガ峰線も、直進の愛の村パーク方面も通行止めでした。駒の尾山とは反対側の南の山に登ろうとしたのですが、峠付近には登れる場所がありません。東側の青野に行く道を少し降りると真砂土を採取している場所があったので、ここから尾根に上がりましたが、崩れやすい急斜面でした。峠の西側から登るのが正解だったと思います。

こちらの尾根も植林が主体で歩きやすいのですが、数箇所伐採されており、背を越える高さのススキが生えていて、非常に歩きにくくなっています。特に最初の伐採個所は急斜面なので西側の尾根に逃げました。ここを抜けて植林を歩くと、植林の中に大滝三等三角点(708.54m)がありました。この先も何箇所か伐採地があって、見晴らしは良いのですが、ススキをかき分けて抜ける必要がありました。その先の663mピークは黒山というらしく、黒山城跡のようです([1])。じっさい歩いていても地形に段差があって城跡だとピンときました。ただし石垣はありません。南に降りる尾根にも段差があります。そのまま下山しましたが、最後はまた下草の多い場所になり、峠(米ヶ乢?)の切通しは急すぎて降りられず、一旦西側の植林を降りてその下にあった林道に出てから峠の舗装道路で降りました。峠には明治30年の大日如来と掘られた石がありました。峠を横切る道は林道野井張線だそうで、西から峠まで舗装されています。これが地形図で峠を横切っている道だと思って下山していたら、実は最初に降りた林道が地形図の実線道で、野井張線はGoogleマップにはありますが地形図にはありません。真っ直ぐに降りれば西粟倉駅で、あとは373号線で道の駅まで戻りました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「坂根」「古町」です。

2018年9月5日水曜日

養父の舞狂山

養父市役所のある八鹿町の円山川をはさんだ東側に、舞狂という小さな集落があります。なんでも陰陽師と関係があるようですが、「舞い狂う」とは面白い名前です。その裏山である舞狂山に登ってみました。

登り口はもちろん舞狂です。山頂にはアンテナ群があるので舗装された保守道路が北からあるのですが、それではつまりません。BukyobashiをわざわざBukyo Bridgeと書き直した舞狂橋から集落に入り、幅の広い堰堤に向かいます。堰堤の前で西に流れを渡る橋があるのでこれを渡り、航空写真でよく見える電柱のある切り開きを目指しました。橋を通っている道は送電線の保守路ですが登っては行かないので、ススキをかき分けて電柱の方に登りました。電柱の下はそこそこ歩けますが、直射日光が暑いので脇の林の中を登りました。そのうちに荒れ果てた道があって、その後はこの道で登りました。最初はジグザグに電柱に沿って登って行きますが、そのうちに東に向かい、谷の下に出ました。荒れた谷でいつもなら避けるのですが、地形図では山頂からこの谷にジグザグに道が描かれています。ちょうどそれが終わっている付近だったので、谷を登ってみました。しばらく谷の東側を登っていたのですが、地形図の道は谷の西側に描かれていることに気が付き、探しに行くと荒れた道がありました。上手に探せば登ってきた道と繋がっているかも知れません。

地形図通りに道をジグザグに登って、山頂の道に出ました。KDDIの八鹿基地局です。山頂にはこの他に兵庫県の舞狂山中継所、養父市防災行政無線舞狂中継所、名無しのアンテナ、NHKの八鹿テレビFM中継放送所、それにドコモの舞狂無線中継所があります。金属プレートの養父頭四等三角点(381.11m)もあります。展望は木やケーブルに邪魔されますが、特に西のほうが良く見えました(写真)。今日の目的は舞狂山に登るだけではなく、東の尾根を歩くことなので、ドコモの中継所から尾根を降りました。あまり手入れの良くない植林と自然林が混ざった尾根ですが、歩きにくくはありません。木が邪魔ですが、北にも南にも円山川が見えます。一箇所だけ尾根上に大きな岩があって登るのに苦労した所がありました。それを越えると切り開かれたピークに金属パイプが転がっていました。共同アンテナの跡でしょうか。そこから東に同じような尾根を歩き、472mピークを過ぎ、さらにしばらく歩いて江波三等三角点(508.07m)に着きました。ほぼ藪の中です。さらに東に522mピークまで行き、少し北寄りに植林を抜けました。その先は東の峠に降りたのですが、ここは急斜面を降りる必要があります。マーキングや杭はあるのでなんとなく方向は分かりましたが、真東に降りる必要があります。

峠には地形図では破線道が描かれていますが、形跡がありません。しかし南側の谷は植林なので苦労せずに降りられました。枝や石を避けながら降りていくと石積みがあって、道のようでした。最初は石積みのどちら側が道か分からないくらいだったのですが、徐々に道らしくなりました。この付近は谷の奥の割には石積みが多く、斜面にもあるので耕作地とは考えにくいのですが、かなり人の手の入った谷です。細い踏み跡を降りていくと、地形図にもある砂利道の林道に出ました。車が通れないような崩落もありますが、歩くには問題なく、泉光寺の脇の害獣避け扉に着きました。あとは大藪(あまり歩きたくない地名ですが)を抜けて舞狂へ戻りました。大藪も城跡や古墳群があって面白そうな所です。

名前や集落の歴史から、もっと謎めいた山であってほしかったのですが、アンテナ群がすべての歴史を消し去った感じがしました。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「八鹿」です。

2018年9月2日日曜日

智頭町浅見の北の山

数日前に智頭町の北股川沿いにある西野の集落から北に峠道を辿りました。その時に浅見に下山した尾根が気持ちよかったので、今回も同じ付近を歩いてみました。登り口は浅見を流れる浅見谷川です。前に下山に使ったのは谷の西側の主尾根ですが、今回は主尾根の東側の支尾根を登りました。谷川を歩いていくと、道路は川の東側に渡りますが、西側の尾根の先端の下に「浅見本谷まぶ」という説明板があります。まぶ(間府)とは鉱山の跡のことだそうで、100年ほど前に掘られたが、利益の出る鉱物は出なかったと書いてあります。この坑道入口の上から登り始めました。最初は非常に急ですが、植林の作業道の跡を探して登ると、意外と楽に登れました。それから長く植林を登りましたが、途中から自然林に変わり、最後は急斜面を標高差150mほど登ると、754mピークに出ました。前回も来ているピークで、北側は植林です。

今日は754mピークから北に降りました。こちらも植林が続きますが、たまに自然林もあります。気持ち良い尾根道です。西側から中電の巡視路が登ってきて、八東大内線41鉄塔に着きました。1系統にしては高い鉄塔です。尾根の東斜面に立っているので、東に展望があります。この付近に落ちている石は全て石英で、露出している岩も石英でした。西側下には林道が見えていました。鉄塔から植林を歩いて、790m+地点まで来ると、北に展望が開けます。そして尾根を東に曲がって、スリムだが背の高い八東大内線39鉄塔では南北に展望が開けます。鳥取放牧場の風力発電の風車、鳥取と日本海が見えます。鉄塔の周囲は広く伐採されているため、東に歩くには生い茂ったシダの原っぱを抜ける必要があります。そして797mピークに出ると、南側が伐採地となっています。もちろん展望があります。伐採地と言うのは木が生えてないという意味なのですが、周囲は植林ではなく自然林なので、なぜ木が無いのかよく分かりません。低く灌木がネマガリダケのように地を這うように生えています。尾根上も草がなく、砂地になっています。そして東に少し降りると、また木の生えてない場所に出てきました。ここには北側に大きめのお地蔵様が鳥取の方向を向いて立っています(写真)。かなり風化してお顔はほとんどわからないのですが、文字は頑張れば少し判読できるかも知れません。確かにこの鞍部は浅見谷川のつきあたりで、大江経由で鳥取に行くなら最短の峠です。しかし峠の両側も急斜面で、北側はシダが茂っており南側は砂地の斜面です。道と思えるものはありません。展望が南北ともに素晴らしい場所です。

峠から東に登って尾根を歩き、地籍調査のピンクテープだらけの分岐点から南に曲がりました。ここは地形図では破線道が描かれていますが、植林の中の道です。特に整備されていなくても歩きやすくてどんどん歩けました。暗い植林ですが、森林浴と言ってしまえば良い気分になれます。たまには自然林もあります。しばらく歩くと切り開きがあって、虫谷三等三角点(710.08m)に出ました。この南は最初は狭い尾根ですが、少し下ると広い尾根になって方向が分かりません。ここでは地形図にある林道を見つける予定だったのですが、なんとなく尾根があるので下っていくと、南に向かう尾根でした。これはそのまま歩き続ければ浅見に出られるのですが、浅見谷川の上流を見るのも目的の一つだったので、611mピークのちょっと北で西に枝尾根を見つけたので迷わずに降りました。下っていくと、予想どうりに林道の終点に出られました。ここからは林道を北に歩き、もう一本の林道と合流して南に浅見谷川沿いに降りました。途中には「通称」として谷の名前が書かれた杭があって、「かつら谷」「大木炭」「つえ谷」などがありました。未舗装ですが良い道だと思って歩いていたのですが、舗装になった付近で土石流で道が流されており、アスファルトの路面がデコボコになっていました。そこを過ぎると三の滝、二の滝と小振りですが美しい滝がありました。この谷川の滝は浅見谷川の本流にあるので、谷を登って見に行く必要はありません。最後は一の滝(浅見の滝)です。三段に分かれた大きな滝ですが木の枝に隠されてよく見えません。森林浴に適した谷なのですが、もう少し手入れが必要なようです。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「郷原」です。