2018年7月31日火曜日

若桜町の吉川から大川の上流へ

先週(2018/07/25)東山から芦津・吉川越まで中国自然歩道を歩いた時に、大川の上流付近を歩いている時間がなかったので、行ってみることにしました。しかし芦津の方から入ると伐採作業の邪魔になりそうだったので、北の吉川から登ってみることにしました。

登山の起点は沖ノ山林道にある芦津・吉川コースの案内板にしました。吉川からこの地点まではヒレジ谷川という川沿いに林道があり、Street Viewで見ても走れそうだったので、狭い吉川集落内の道を抜けて行ってみたのですが、集落から出る所の橋が落ちていました。しかたなく沖ノ山林道へ行ってみましたが、なんとこちらも若桜町側は通行止めで入れません。結局車は吉川に置いて、ヒレジ谷川沿いの林道を歩くことにしました。ところが林道につながる橋(正確には川沿いの道路)はほぼ完全に落ちていて、旅の安全を祈るお地蔵様はあるものの、車で通れないだけでなく、歩いて渡ることもできません。迂回路もなく、付近の畑を通ることもできず、結局橋の脇から南の畑に入り、そのままヒレジ谷川の東岸を歩きました。最初は作業道があったのですが、堰堤付近で無くなってしまい、急斜面を川沿いにトラバースして、やっと林道が川を東に渡った地点に出ました。ここからは作業道ヒレジ線をひたすら歩きました。特に土砂崩れなどもありません。ちょっと歩くと中国自然歩道の道標がありました。スヌーピーの縫いぐるみが下がっています。ここだけは旧登山道がありますが、ほとんどの部分では林道を歩きました。距離は1キロちょっとなので、30分もたたずに沖ノ山林道の下に出て、ここからは登山道を真っ直ぐに上がりました。谷沿いで、ここにもお地蔵様がありました。沖ノ山林道に上がると、芦津・吉川コースの案内板があり、ここが今日の本来の起点となります。やれやれ。

中国自然歩道はさすがに整備されており、階段があって芦津・吉川越までは快適でした。植林がきれいです。芦津・吉川越のベンチで休んでから、前回行かなかった南を目指しました。まず階段の急登で1111mピークに出ました。この付近は植林もありブナもありという感じで、雰囲気の良い場所です。下草は笹が主体です。いくらかのアップダウンののち、1191m地点を過ぎ、三町尾根点と呼ばれる若桜町、西粟倉村、智頭町の境界点に出ました。ここにもベンチがあります。中国自然歩道はここから東の若杉峠に向かうのですが、私は大川の上流に出るために西を目指しました。この県境の尾根には地形図では破線道が描いてありますが、踏み跡を探すのがやっとでした。ネマガリダケが茂っており、それをかき分けて進む場所がいくつもありました。赤テープのマーキングがたまにありますが、見つからない箇所も多く、あてにはなりません。笹の草原は暑いので日陰を探して林に入ると少し歩きやすくなりますが、林も荒れており、樹木はネマガリダケ並みに地面を這っています。積雪の多い地域なのでしょう。県境をジグザグに進んで、やっと若杉四等三角点(1196.07m)を見つけました。これも藪の中にあります。

三角点の北は笹の草原で、展望は良好です。眼の前には沖ノ山が見えます(写真)。問題はここからどうやって大川の上流に降りるかなのですが、特に道があるようにも見えないので、とりあえずは県境の草原を少し降りてから北に下って行きました。すぐに植林に入りますが、非常に荒れていて、しかも水が複雑に流れていて進路に困りました。とにかく木を乗り越え流れを渡って下り続け、地形図の大川沿いの破線道まで来ましたが、道はありません。さらに大川を下って行くと、西側の上の方に幅広い作業道がありました。航空写真で見るとこの付近にはたくさんの作業道があります。作業道は川に沿っているので、そちらを歩くほうが楽ですが、古い道なので川で分断されていたり、車で通れる状態ではありません。しかも川沿いと思って歩いていると山に登っていってしまい川沿いに急斜面を降りたこともあります。これは破線道ですが、あまりに退屈なので途中で東の山に入る道があったのでそちらに行ってみました。この道は1104mピークの南を通って、地形図の実線道へと繋がっています。実線道は沖ノ山林道大川線なので整備された道で、これを下っていきました。

地形図上では大川線には芦津・吉川越から破線道があります。これは先週に存在しないことを確認しているので、先週と同じ林道を使って芦津・吉川越に戻ろうとしました。先週は最後は川沿いを降りたのですが、今回は大川線に林道が降りてきているのでそれを登りました。ところがこの道はどんどん山奥に入ってしまうので、谷に戻ろうとして、眼下にあった別の林道に降りました。これをひたすら歩いたのですが、先週歩いた林道とは違うようで、狩谷三角点の近くまで行ってから中国自然歩道沿いに南に向かっていました。自然歩道の立て札にある「この先の作業道は立入禁止!!」の作業道のようです。最後は芦津・吉川越の少し北で終わってしまったので、中国自然歩道に出て芦津・吉川越に着きました。えらく大回りでした。

あとは登山時と同じように沖ノ山林道まで下り、さらに今回はずっと舗装された作業道ヒレジ線を吉川目指して降りました。が、吉川にどうやって入るかが大問題でした。登りでは谷川の東斜面をトラバースしましたが危険そうなので、地形図にある東側の山(吉川の南の山)の林道を通って東側に出ようと考えました。この道は草は生えていますがいちおう地形図どうりにあります。しかし崩落が激しく、道が流されていたり土砂に埋まっていたりで歩くのも楽ではありません。しかも最後は尾根に出て終わってしまうのですが、ここは背の高いススキが茂っていて歩けません。ちょっと北寄りに降りて、植林を抜けて畑まで降りましたが、金網があって通れません。扉があったのですが開かず、結局は土砂が溜まって地面が高くなっている場所で金網を乗り越えました。

今回は、橋の重要性を再認識させられました。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「岩屋堂」「郷原」です。

2018年7月25日水曜日

東山から芦津・吉川越

鳥取県の若桜町と智頭町の町境に位置する東山には、以前も登っています。特に2016/08/05には北から登って東山から鳴滝山へ縦走しています。今回は南から登りました。登り口は沖ノ山林道です。吉川から芦津を結ぶ全長27kmもある長い林道で、2週間前の大雨でかなり荒れていました。それでなくても対向車が来ないように祈りながら走らねばならない道です。芦津渓谷から入って、冷や汗をかきながら三滝ダムに抜けて、大川を遡って「芦津部落東仙宿舎」の看板のある所まで来ました。宿舎らしきものはなく、「やまみち」と書いてある道標の方向にも道はありませんが、すぐ隣に北に入っていく林道があります。これは地形図にもありますが、今は川を西に渡って西の山に入って行くのに使われているようで、まっすぐ川沿いに北に上る道はとても荒れており、車の走れる状態ではありません。水流を避けながら歩いて行きました。気まぐれに舗装があったりしますが、荒れ方に変わりはありません。たまにキツネノテブクロの花が咲いているのが救いです。林道は地形図どうりの場所で終わります。その先は地形図ではなだらかな谷で、まっすぐに稜線に上がれるはずです。谷に道はありませんが、荒れているにもかかわらず期待どおりに歩けました。何回か流れを渡り、最後は流れの東側から斜面を登りました。ブナの木が現れると稜線近くです。

この稜線は2016/08/05に歩いたところで、東山まではチシマザサが所々に生えています。しかしほとんどの場所は林の中の日陰を歩くことができました。ちょっとは藪を抜ける場所もありましたが、たいした問題ではありません。それでも木が生えておらずシダとチシマザサが混じった草原を歩かねばならない所が何箇所かあり、特に山頂に近づくとチシマザサの草原を抜ける必要があります。とは言え道はつけられており赤いマーキングもあるので特に問題はなく、東山の山頂に着きました。広く伐採されており、日陰がありません(写真)。360度の展望があるのは、この地域の最高峰だからでしょう。若桜の市街や沖ノ山が見渡せます。藤仙山三等三角点(1387.98m)があります。氷ノ山が字は違っても「せん」で山の意味ですから、「藤仙山」の山は余分ではないでしょうか?

東山からは南に長い尾根を歩きました。まずは再び低いチシマザサの草原を抜けて1320m+のブナの林に着きました。この先も赤いマーキングに従って登山道を降りて行きました。最後がちょっと分かりにくいのですが、林道脇の空き地に降り立ちました。降りたところは実は草むらの下に水が流れており、靴が濡れました。ここは沖ノ山林道が尾根を超える地点で、中国自然歩道の案内板があります。ここから南は中国自然歩道を歩くことになります。いきなり急登がありますが、階段が設けられていて楽に上れました。この階段は助かりました。さすがに中国自然歩道はよく整備されていて、おかしな形の木やブナを見たり植林を見たりして、ゆったりした気分で歩けました。標高はずっと1100m以上ですので、涼しくて快適です。西側に林道が見えて、狩谷三等三角点(1158.75m)に着きました。沖ノ山林道から1時間もかかりません。この三角点の前には国定公園の説明板がありますが、山歩きをする人には不要の看板だと思います。

三角点から南に植林を降りると、「歩道が曲がっています。注意して歩きましょう!」という意味不明(明瞭?)の注意書きがありました。確かに道は少し曲がっているのですが、林道が見えてきて、「歩道に注意!この先の作業道は立入禁止!!」となると、やや意図が分かりました。要は歩道以外を歩くなということのようです。指示に従って歩道を歩くと、「芦津・吉川越」の説明板がありました。ここが昔の峠のようです。この先も中国自然歩道は続きますが、登りになりますし帰り道も心配なので、ここで芦津側に降りることにしました。地形図には破線道があるので少し谷を降りましたが、とても歩けるような状態ではないので、結局北側斜面の林道に上がって、林道で下山しました。立入禁止の作業道なのかも知れませんが、あちこちで崩落していて、とても車が走れる状態ではありません。草が茂っている部分は林道に水が流れています。ほぼ水平に作られているので谷を降りるよりは大回りですが、沖ノ山林道大川線に降りることができました。

沖ノ山国有林では伐採や積み出しが現在も活発に行われており、落ち着いて歩ける雰囲気ではありません。大川線の入り口には森林鉄道の説明板がありますが、その隣には「関係者以外通行止」の看板もあります。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「郷原」「岩屋堂」です。

2018年7月22日日曜日

宮ノ前三角点から赤谷山

赤谷山には何度か登っていますし、2012/09/16にはばんしゅう戸倉スキー場からも登っています。今回は同じ戸倉スキー場からですが、北西にある宮ノ前三角点を経由して登ってみました。

戸倉スキー場の入口の北側には尾根の終端があります。入り口のゲートを入ってすぐに北に階段があり、ここから尾根先に登れます。登ると何かの装置(サイレン?)と、祠が2つあり、北西の尾根に踏み跡があります。真っ直ぐに登ると急なので、踏み跡に従って少し南側を通って登って行きました。植林なのでどうにでも歩けます。途中には自然林もあって、いかにも熊が住んでいそうです。急斜面は最初だけで、あとは楽な登りが続き、宮ノ前四等三角点(909.98m)に着きました。展望はありませんが、周囲は植林と自然林の境目で切り開かれており、良い雰囲気です。(写真)

この先はしばらく平坦な尾根が続きます。特に荒れた場所も藪もなく、気楽に歩けました。方向を北西から南西に変えて914mピークを通り、下りになります。この付近から南下方に林道が見えてきます。航空写真でもこの付近には林道が見えます。さらに南西に下って行くと、最後は急斜面となって、820m+の鞍部に出ますが、ここでは東側に林道が南北に走っています。まっすぐ東の谷に降りていく道はありません。鞍部から尾根を登ってからも、しばらくの間は林道が東側に見えていました。尾根は植林が主体で歩きやすく、南に歩いて宮向四等三角点(997.84m)に出ました。ここは以前に戸倉スキー場から別の尾根で登ってきた場所です。南側に少し展望があります。

ここから赤谷山までは2012/09/16に歩いたコースで、特に問題はありません。標高1000mを超すと徐々に笹が増えて来ますが、かき分けるくらいになるのは尾根近くの少しの距離だけです。ブナの木が多く、途中には「奥山保全トラスト」のカメラが設置されていました。私も野生動物の端くれとして撮してもらえたかも知れません。県境の尾根はチシマザサの藪ですが、切り開かれて道が作られているので問題はありません。赤谷山の山頂は切り開かれて、北側の一部を除いて全方位に展望があります。この付近の主要な山がほとんど見えるのが嬉しいところです。宍粟50名山のプレートと、落折二等三角点(1216.57m)があります。

下山は2012/09/16に登ってきたコースで、まず宮向三角点まで取って返し、東に延びる尾根を下りました。方向を間違えないように気を付けて降りて、2012/09/16に登ってきた作業道で尾根を下りました。この作業道は標高780m付近で北の谷の方向に降りて行きます。2012/09/16に登った時に、この作業道を使えば登山も楽だろうと思っていたので、今日はこの作業道で降りてみました。植林の作業道なので急勾配の植林の間をジグザグに降りていきます。いったん傾斜の緩い、地面が枝打ちした枝で埋まっている所に出て作業道を見失ってしまったのですが、その外れでまた急斜面になると作業道が復活し、再びジグザグに降りて、赤谷川沿いの林道に出ました。この道が登りに使えるかですが、出てきた場所にはあまり特徴がなく、川が道から外れる場所としか言いようがありません。川底は茶色い岩盤を水がナメている感じです。林道をまっすぐ降りて、戸倉スキー場に出ました。

戸倉スキー場には「赤谷山登山口」の標識が立っているので、降りてきたルートが正しい登山ルートに近いのかも知れませんが、他に標識は見なかったので違うのかも知れません。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「戸倉峠」です。

2018年7月18日水曜日

芦津発電所から沖ノ山

沖ノ山は雪の積もった冬に東の若杉峠からスキーで行くのが定番のようです。これはチシマザサが茂っていて夏は歩きにくいのが一因です。以前(2016/05/14)に南の駒帰の方から林道を利用して登ったことがありますが、この時にもチシマザサを避けて歩く必要がありました。一方で沖ノ山の北西には長い尾根が延びており、一度歩いてみたいと思っていました。しかし航空写真を見るとこの方面は尾根に沿って草地がたくさんあります。草地がチシマザサの藪だとすると、とてもこの距離は歩けません。しかし最近この尾根を歩いたという報告があり([1])、勇気づけられて歩いてみることにしました。途中でチシマザサに行く手を遮られたら素直に戻ってくるつもりでした。

登り口は芦津発電所の西から南に入る林道です。入り口はチェーンが掛かっており、車は入れません。周囲には発電所から来ている送電線(中電 芦津線)があり、鉄塔の立っている部分は木がありません。植林を切ったというより、植林しなかったようで、今となっては鉄塔よりも周囲の杉の木の方が高くなっています。先々週の大雨の土石流で荒れている箇所もありますが、植林の中を斜面沿いに登って、谷に出ました。ここで林道は西に行きます。南西の山は野段三角点のある山で、ここから南に地形図の破線道で谷を登れば、2018/07/14に野段三角点から東に降りた谷に出ます。そこでは林道工事が行われていたのですが、この地点には工事の形跡はありません。地形図では南に向かう谷に破線道がありますが、灌木で覆われていました。この破線道をちょっと登ってから東に植林を登りました。かなりの急斜面ですが、足元は悪くありません。標高が高いので気温も27度程度で、なんとか標高差50mを登れば、あとは楽に登になりました。西からは工事の音がしていました。後で調べると、芦津渓谷の南あたりから林道を延ばして、2018/07/14に見た工事中の林道に繋がる予定のようでした。これを中ノ津線と呼ぶようです。

832mピークは植林です。ここから南東に植林を降りて(この付近を中ノ津線が通る?)、大きな岩を見たりマムシに挨拶したりしながら斜面を登って、980m+ピークに出ました。ここから東に964m地点を通り、少しずつ登って行きますが、勾配は緩く、たまにシダが生えているものの、周囲は植林か自然林なので気持ちよく歩けました。1162mピークを間違えずに東に進み、1138mピークに向かうとシダの間に枯れたチシマザサの茎が残っていることがありました。しかし尾根はほとんどが林で、照りつけられることはありませんし、シダは低いので問題になりません。航空写真どうりに北斜面は美しいシダの草原になっているのですが、尾根は大部分日陰を歩けました。ただその分だけ展望はありません。1138mピークを過ぎてもまだ林は続きますが、たまに通るシダ藪にはチシマザサの茎が増えてきます。1266mピークを過ぎても同じです。最終的に尾根に木がなくなるのは、1270m+ピークからで、ここで植林の縁は南に行ってしまいます。このことは航空写真でも確認できます。

1270m+ピークから東の鞍部に向かって500m程度は、シダの草原を歩かねばなりません。膝くらいの低いシダですが、踏み跡は不明瞭でチシマザサの茎も残っています。炎天下ですが、ところどころに大きなブナの木が生えていて、その日陰から日陰へと移動して進みました。そして沖ノ山の北東の林の日陰に入り、沖ノ山の頂上に出ました。中原二等三角点(1317.94m)がありますが、切り開かれて日陰がないので、近くのブナの林に逃げ込みました。とにかく山頂まで尾根歩きで来られたので満足でした。ブナの林も綺麗です。登り始めから4時間近くかかりました。

下山はさらに東に歩いて林道を目指しました。Google mapでは山頂の東に「沖ノ山展望所」というマークがあるのですが、道がないのでそちらには行かず、まっすぐに歩きました。林を抜けると、徐々にチシマザサの茎が増えてきて、枯れていないチシマザサも増えてきました。南下方には林道が見え、これが駒帰から来る大井谷林道に繋がっているはずですが、そちらには降りないで藪の1240m+ピークまで行き北に降りました。こちらもシダとチシマザサの混ざった草地ですが、正面の山が伐採されており、数本の木が面白い形に残っていました(写真)。この先をちょっと降りると未舗装の林道に出ました。

ここからは長い林道歩きで下山しました。ここも雨でかなり流されています。しばらく泥の多い林道を降りると、地形図の破線道になりますが、ここは沖ノ山森林鉄道の跡だそうです。レールなどは見当たりませんが、勾配が少なく、いかにも森林鉄道という感じです。そのぶん大回りになりますが、崩落箇所以外は楽に歩けました。その下は舗装されていますが、荒れている場所が多く、道に泥が積もっていたり、道が川になっていたり、ひどい状況でした。ただ、植林の美しさは印象的でした。この道は地形図の「小川」沿いで、降りていくと沖ノ山林道(東に行けば東山の南から吉川を通って岩屋堂に出る)に出ました。ただ、沖の山林道に出た所には、歩いてきた道の方にも「沖の山林道」と書かれています。メインの沖ノ山林道も泥が除去されたばかりのようで、この時はあちこちで路面を水が流れており、防水なしの登山靴には辛いものがありました。さらに三滝ダムから芦津渓谷セラピーロードを歩きました。道は整備されていましたが、谷沿いで湿度が高く風はなく、高所に付けられた鉄の橋は肝試しのようでした。この道も森林鉄道の跡のようです。結局林道から2時間歩いて発電所に戻りました。

とにかく沖ノ山まで歩けたというだけで大満足の登山でした。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「郷原」です。

2018年7月16日月曜日

養父市の光明山

この光明山は、養父市場から円山川を渡った北側に位置します。南に米地(めいじ)川が流れています。登り口は中米地にして、東に県道255号線を少し歩いて山裾の害獣避けの金網にある扉から山に入りました。この扉はStreet Viewで見つけたものですが、草が延びていて開けるのに苦労しました。山に入ると植林の急斜面で、作業道はありますが、暑さの中を登るのは大変でした。時間をかけて少し登ると竹田養父線一三鉄塔があります。これの保守道を登るのがおそらく正解でしょう。この後はやや藪っぽくなり、登りが続きます。そして九曜谷三等三角点(340.17m)に着きました。周囲は藪です。この付近の尾根は藪っぽいので、少し西側に降りて植林の中の作業道を歩いたのですが、次の340m+ピークは行き過ぎてしまい、ピークに登り返して北東の尾根を降りました。この付近の北側は伐採されており、これから歩く行程がほぼ全部見渡せました。ネット沿いに歩いて330m+ピーク付近を過ぎると少し広めの歩きやすい尾根になりました。296m地点付近には、養父市の地籍図根三角点があります。尾根は少し細くなりますが、岩場はなく植林が主体です。そのまま北に歩くと直谷三角点のあるピークにぶつかるのですが、まっすぐ登るのは辛そうだったので、植林の作業道に沿って東向きに登りました。結局地形図の破線道の通る鞍部の付近で尾根に出ましたが、この破線道は見当たりません。西に尾根を登って、金属プレートの直谷四等三角点(423.27m)に出ましたが、ここには国土交通省の中米地中継所が建っています。比較的新しいもののようです。

中継所から南西に尾根を降りましたが、藪です。しかしいきなり目の前が開けて、未舗装の林道の終点に出ました。この林道は中継所の建設のためのものかも知れませんが、それなら山頂までまっすぐ延ばせばよかったと思うのですが。とにかくこの道は北の大江の方に行っているようなので使えず、ずっと尾根を歩き続けました。少し藪っぽいところもありますが、比較的楽に南北に走る尾根に出ました。ただ、この尾根に上がるところは急斜面だったのでピークには上がらず、作業道を伝って南に斜めに歩きました。ここからは南にまっすぐ歩いて、最後はまた急斜面を登って、光明山の頂上に出ました。展望はほとんどありませんが切り開かれており、シダ藪の端に光明山四等三角点(551.01m)がありました。(写真)

下山は東の尾根に向かいました。すぐに尾根が別れており、最初の予定は東に降りて306m地点を経由するはずだったのですが、南に向かう尾根の方が植林で歩きやすそうだったので、南に向かいました。砂地の急斜面を降りる場所もありましたが、まっすぐ南に降りて竹田養父線一六鉄塔に出ました。ここからは巡視路で降りる予定だったのですが、どうも西に向かう巡視路は降りていかないようなので、途中から適当に尾根を降りました。藪ではないのですが急勾配の崩れやすい斜面で、木に掴まりながら谷に降りました。谷を下ると段々畑の跡が広がっており、宇留破神社に出てきました。この下山は不正解です。

とにかく暑い日で、和田山は36度まで上がりました。直谷三角点まで出てやっと北からの風が出てきて、気温も28度くらいまで下がりましたが、そこまでは32度以上で風もあまりなく、熱中症になりそうでした。夏に登るにはあまり向かない低山です。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「八鹿」です。

2018年7月14日土曜日

智頭町の野段三角点

この山は鳥取自動車道や智頭急行の走っている千代川と芦津渓谷の間くらいにあります。行きにくい場所ですが付近には林道がたくさんあるようで、下山はそれを利用することにしました。

登り口は山郷駅の近くの中原にしようとしたのですが、まずここの千代川に掛かっている橋が先週の豪雨で落ちていました。集落の中を通って迂回できるのですが、登り口にと思っていた鳥取自動車道のトンネル入口付近でも何やら作業を行っていたので、ここは諦めて尾根先の北にある智頭南ICまで歩いて行きました。工事中の県道373を恐る恐る歩いてICに近づくと鳥取道の下を抜けるトンネルがありました。名引橋を渡ってこれを抜けると山裾に出ますが、どちらから登るべきかちょっと迷いました。トンネルを抜けた所には小さな堰堤があるのですが、その南側の竹藪を急登することにしました。作業道の名残があって、それを登っていくと小さな祠がありました。中身は何か分かりませんが、とにかくお参りしてさらに急登を続けました。この斜面はかなり急ですが植林なので登りやすく、頑張って登って尾根に上がれました。尾根も植林で風もあって歩きやすく、591mの小さなピークを過ぎ、さらに620m+を歩いて少し降りて、一旦下ってから頑張って登ると704mピークです。あまり展望はありませんが、たまに北の遠景が見えます。

704mピークの東で尾根は北に折れます。ここを下った鞍部を林道が横切っていました。704mピークの西側で既に林道が南側下方向に見えていたのですが、その林道がここで尾根の両側の北の方向に分岐してる形です。ということは林道でこの先を登れるのかも知れませんが、尾根歩きは快適なのでそのまま尾根を歩きました。しばらくはなだらかな登りですが、徐々に勾配がきつくなります。なんとか登りきって821mピークまで来ると、ここも未舗装の林道が横切っていました。林道を無視してさらに尾根を歩くと、次は地形図にある舗装された林道が西側から上がってきました。この林道はとても歩きやすいのですが、日差しがきついので尾根の林の中を並行して歩きました。場所によっては尾根がほとんど残っておらず、尾根というよりも東側の斜面を登っていきました。最後は僅かに残った法面の上を歩いて、地形図にある実線道の分岐に出ました。どちらも舗装された道です。この地点には大きな平坦地が作られています。木材の集積場でしょうか。広く展望があります。ここから見えるのは白坪川沿いでしょうか。ここからも林道は歩かず、日陰の尾根を歩き続けました。割と平坦ですが結構距離はあって、野段三等三角点(999.49m)に着きました。ちょっと展望があります(写真)。

下山は林道を歩くつもりだったのですが、頂上から東に降りて地形図で破線道のある谷を歩くと近道できることに気付きました。こちらへ降りる尾根も問題ありませんが、破線道の鞍部まで北側の林道が延びており、さらに北に延びているようでした。まだ工事中なのか、工事の車が何台かとまっていました。破線道の谷は予想どうりに水が流れていて渓流沿いには歩けませんが、西側斜面に踏み跡があり、それを辿って南に降りました。途中から適当に林道の方へ降りていって、無事に林道に出られました。

あとは林道で下山しましたが、ずっと舗装されています。工事用車両のための道案内の表示が分岐ごとにありました。また作業用の枝葉の林道もたくさんあります。しかし先週の大雨のダメージは大きく、あちこちで舗装が剥がれており、一番ひどい場所では舗装が完全に流されていて、車が通れるようになるにはだいぶかかるでしょう。また、アスファルト舗装にヒビがたくさん入っている箇所が多く、上を歩くと凹みました。この道は林道野々段線というようです。横瀬川が分かれる部分には水門らしきものあって(横瀬川発電所の取水点らしい)、東へ向かうのが「森林セラピーロード」のようです。しかしここからも土砂で道が埋まっている箇所がいくつもありました。鳥取県営横瀬川発電所もありました。最大有効落差54.37mとありますが、水路は隠されていて全く見えません。ここで横瀬川の南側に移りますが、中原夢来キャンプ場の西で道が川に完全に削られて通れない部分がありました。車で来られるのはここまでということになります。

今回は横瀬川沿いの道を調べるのが目的の一つだったのですが、車ではほとんど入って行けないということが分かったので、登山ルートも考え直さなければなりません。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「郷原」「坂根」です。

2018年7月1日日曜日

千種町の室三角点

千種町の西には日名倉山が聳えています。西斜面には鐘を鳴らせる目立つ建物があるため、あちこちの山から認識可能です。千種町からの登山道は雛倉神社からですが、この登山道は谷を登って奥海越を経由して尾根を登って日名倉山に登るコースで、かなり長いものです。今回は日名倉山ではなく、奥海越の東にある山に登りました。

千種町の雛倉神社から少し登ると東に行く道がありますが、この道が尾根先を切通しで横切っています。切れた先の方に登ると小さな祠がありました。登山は当然反対側の尾根から始まります。ちょっと耕作地がありますが、それを避けて登ると尾根裾をまわる道がありました。素直に道に従って歩くと、害獣避けの扉がありました。無理に登って金網に突き当たらずよかったと思います。扉を通って本格的に登り始めると、地形が複雑です。明らかに鉄を採取した跡です。地形図で見てもこの付近は比較的なだらかですが。これは山が削られたためと思われます。凹凸の多い地形ですが踏み跡があって問題なく歩けました。ある程度登って標高550mを超すと急斜面になりますが、踏み跡は続きます。踏み跡をたどってなんとか標高差200m程度登ると、少しずつ緩やかになりました。同時に踏み跡も消えてしまいましたが、下草のない植林なのでどこでも歩けます。山頂の平らな所では倒木もあり、ちょっと藪っぽくなりました。ネットも張られています。室四等三角点(857.15m)は、アセビとシダと低い松の藪の山頂にありました(写真)。伐採してあるのですが、そのままになっているので乱雑な伐採地です。日名倉山が望めました。

この後は少し山頂付近を散策しました。三角点の南の斜面は倒木をシダが覆い隠しているので危険です。ネットは西の伐採地の方へ行ってしまいますが、南の森に入って降りていくと、鞍部に未舗装道路がありました。東に延びていましたが、おそらくは西側から来ている道だと思います。西側は伐採地で、道路は真新しいネットで遮断されていました。さらに南に歩き、真東に登っていくと、826mピークに山崎智頭線四〇鉄塔がありました。ついでにもっと南東に歩いて、三九鉄塔も見に行きました。ここは東から南に向けて展望があります。この付近の植林は昼でも夜のように暗いのが印象的でした。

四〇鉄塔に戻って、次の鉄塔への赤い火の用心を頼りに西に降りると、道がありました。周囲はシダが茂っているので無理はせずにこの道で降りていきました。かなり荒れた道ですが、倒木だらけのシダ藪よりはましです。しばらく歩くと舗装道路に出ました。780m+ピークの東側を南北に走る道です。ちょっと北に行くと広場がありますが、航空写真で見えている四角いものは巨大な動物捕獲用の檻でした。この付近で地形図の破線道に合流しますが、西へ行く破線道はあまりはっきりしません。舗装はすぐに終わりますが、この付近は東に道があり、先程鞍部にあった道に繋がっているようでした。そのまま破線道を北から西に歩いて、日名倉山への登山道に出ました。この付近が奥海越です。760m+のピークに登りたかったのですが、周囲がしっかりとネットでガードされています。さらに航空写真でも分かるように山頂には木が残っていますが斜面は伐採されています。そこには背の高い草が茂っていて、登るのは大変そうだったので諦めました。おそらくネットで鹿が入れないので草が生え放題なのだと思います。

奥海越からは登山道で雛倉神社へ下山しました。ここは2011/07/23にも通りましたが、荒れかたは変わっていません。水が道と並行して流れており、途中で道が流されています。途中で道幅が広くなってからも水が道路上を流れている場所がいくつかありました。

特に面白い山ではありませんが、山裾の削られ方はこの付近には共通しており、地形は変化に富んでいます。奥海越へは倉谷から南の谷に道があり、千合地峠にも達しているようです。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「千草」です。