2015年6月20日土曜日

暁晴山と出石山

暁晴山は峰山高原の西に聳えるアンテナ山ですが、高原のホテルからは遊歩道がありますし、アンテナ保守用の舗装道路もあるので、登山向きとは言えないと思います。しかし見晴らしは最高なので、行ってみるだけの価値はあります。ということで、登山道らしい道筋で登ってみることにしました。

起点は暁晴山の西側、一宮町東河内の中坪です。中坪川を遡りました。地形図には実線道が描かれており、その先は破線道となって谷を登って行っています。実線道どうりに林道があり、最初は「なかつぼふる里公園」になっているようです。かつては棚田だったようですが今は植林となっています。「日城山」など福田森林組合の立てたレクリエーション用らしい札が立っています。道は良いのですが、そのまま歩いて行くと木材の積み出しをしていました。この付近で林道は谷の南側に移ります。そのまま歩いていると、どんどん林道は西に、つまり逆戻りして行きます。航空写真で確認すると、明らかにこの道は間違いなのですが、破線道の方向に道があったという覚えもありません。歩いていた林道があまりに立派なので見落としたのかも知れません。航空写真を見るとこの付近は林道がたくさん作られており、国土地理院の最新の地形図にも描かれていますが、地形図の破線道に相当するものはありません。結局林道を適当に歩いて、中山線から中山路網拠点(?)、輪掛材乾燥土場を通って、森林基幹道峰山線(ほぼ舗装道路)に出ましたが、林道は真っ直ぐに登ってくれないので、1時間近くかかりました。

峰山線では、最初に目指していた破線道の場所へ戻りました。峰山線から探す限りでは、地形図の破線道は峰山線に達していないようでした。破線道は峰山線から東に中坪峠へと延びています。ここは2009/12/06に通った部分で、中坪峠には暁晴山登山口の標識もありました。峰山線から中坪峠へは曲がりくねった林道があるのですが、今回は真っ直ぐに植林の中を登ってみました。最初は作業道があったのですが、すぐになくなって荒れた谷間を登るはめになりました。ここは素直に林道が正解だったと思います。結局距離ではかなりショートカットでしたが時間的はまったく得にはならず、尾根の登山道に出ました。

中坪峠からの登山道は、地形図に描いてある破線道ですが、これは神河町と宍粟市の境界線よりも西側の斜面に付けられています。境界線に登ると土塁もありそうで面白そうだったのですが、ネットが張られていて抜けるのに苦労しそうだったので、そのまま破線道を歩きました。この道は地形図どうりに水平に斜面を通って西の方に行ってしまいます。これでは登山道にならないなと思ったあたりで、尾根に暁晴山への道標がありました。ここから尾根に取り付きましたが、特に道はなく、急勾配です。ちょっと登るとNTTの通信棟があります。これは不思議な通信棟で、櫓の上に携帯用のアンテナが立っているだけです。なぜこのような形にしたのか分かりません。以前は別の用途だったのかも知れません。ここはちょっと眺望があります。ここからは広い尾根を歩いて1010m+のピークに出ると、東から土塁が来ていました。ここで初めて神河町と宍粟市の境界を歩きました。そのまま境界を暁晴山まで登りました。途中で保守道路もありましたが、土塁に沿って登りました。土塁と言ってもこの付近では上に木が生えていることもあります。土塁のどちら側を歩くかという問題もあり、ネットよりも邪魔臭いという感じでした。この付近の土塁は、かつて軍隊用の馬を飼育するために作られたと聞いています。

暁晴山山頂には、意外と小さな暁晴山一等三角点(1077.11m)のほか、4つの通信塔があり、すべてパラボラアンテナが付いています。関西電力以外は行政関係のもののようです。暁晴山からは北の斜面を適当に降りました。ササやシダが生えていますが、途中から土塁があって、それに沿って降りて行くと、峰山線に出てきました。ちょうど岡ノ上林道に分岐する場所で、土塁の上に「暁晴山土塁コース」という標識が立っていました。ここからは真っ直ぐ尾根伝いに出石山に登るつもりで、「熊ノ原・出ツ石・岡ノ上」の標識もあったので、そのまま989mピークに登りました。この付近にも土塁があります(写真)。ピークから北に降りると林道が鞍部を横切っており、土塁に興味がなければ989mピークは林道で巻いたほうが良いでしょう。ここから出石山までも土塁のある尾根です。マーキングはありますが、藪がきつくて苦労しました。出石(ひついし)山(1050m)の山頂は、以前に来た時(2009/07/04)とあまり変わっていませんが、山名を書いた板が立っているので、確認が楽でした。ここからは西に尾根を歩きました。前回来た時に尾根に盛り土があることに気づいたのですが、今回はこれが土塁であることに気づきました。しかし馬を閉じ込めるためとしたら、馬を峰山高原側でなく中坪川に閉じ込めることになります。土塁の上は木が生えていて歩けないため、マーキングも北側に付けられています。マーキングは歩き易い場所を選んで付けられており、1028mピークを北に巻いて進みますが、本当に尾根に沿っているのか、ときどき心配になりました。少し斜面を降りて、標高980m付近に来ると、林道が尾根を越えていました。前回は無かったのでとまどいましたが、すぐに林道は南に降りていくので、平らな植林の尾根を西に歩き、アシビの藪の中の岡ノ上四等三角点(949.07m)を見つけました。前に来た時と同じ木の札が下がっていました。

岡ノ上三角点からは北西に尾根を降りました。この付近の山頂はなだらかで広く、気分の良い場所ですが、シダが生い茂っていたりします。ちょっと歩くとまた伐採用の林道がありました。伐採地は歩きにくいので林道を歩きましたが、途中からまた植林に戻って少し登ると930m+ピークに出て、木の札が立っていました。字は消えて読めなくなっていましたが、前回に来た時には「登山コース」と西向きの矢印付きで書かれていたようなので、西に植林の尾根を歩きました。標高900m付近で北側は伐採地となりネットが張られていました。そのまま885mピークを過ぎ、前回間違えて歩いた尾根を進みました。標高850m付近から急勾配になりました。大きな岩があって、見に行ったらその下を林道が横切っていました。ここからは荒れた林道をジグザグに歩いて、山田の方に降りる谷に出ました。谷を橋で渡って少し行くと岡ノ上林道と合流しました。あとは舗装された林道を降りましたが、途中で[放牧広場」への分岐があり、良い道をショートカットして中坪に戻れました。この付近は公園として整備されているようです。

後で調べると、中坪から登るなら、まっすぐ東に歩かずに、今日最後に降りてきた道から「針広混交林作業道」を歩くのが正解のようでした。

展望 ★★★
藪山度 ★★☆
地形図は「長谷」です。

2015年6月14日日曜日

南から登る山崎町の宮山

山崎の北に位置する宮山には、以前に与位から登りましたが(2007/04/08)、今回は南から登りました。森林の西側に山に向かう急勾配の階段があり、れを登ると貯水槽があります。その後ろから登り始めました。やや急な荒れた斜面を登って行くと大畑四等三角点(275.05m)がありました。地形図によっては東側からここへ破線道が描かれていますが、特に道はありません。ここには以前は共同アンテナがあったようです。

少し平坦な尾根を歩き、少し登ると、地形図どうりにちょっと平坦な場所に出て来ました。木が低めで小さな空き地もありますが、畑があったという風にも見えません。この付近から尾根に金網が張られていて、歩きにくくなります。

ややきつい藪を409mピークまで登り、少し降りて鞍部に出ました。ここも地形図によっては破線道が来ていますが、東側になんとなく道が見えました。この先は急勾配です。斜面西側に頑丈な金網が張られており、その西側に道があったので、しばらくはそれを歩きました。しかし尾根から逸れて行きそうだったので、入口を見つけて尾根に戻りました。この尾根は藪っぽく、歩きにくい場所でした。

尾根の中央付近には深い溝があって、その東側にも金網があります。溝の脇の薮を登って行くと、道標がありました。登って来た尾根の方向は野口神社ヘとなっており、登山道だったらしいのですが、整備されているとは言えず、マーキングも無かったので、登山道は別にあるのかも知れません。ここからは植林の中で、歩きやすくなりました。

宮山山頂には神谷三等三角点(645.83m)と、宍粟50名山のプレートが立っています。前回来たのは50名山制定前だったので、制定時に登山道も整備されたようです。よいたい登山口への道標もありました。神が降り立ったという金剛岩への道標があったので見に行きました。北とのピーク上にある、赤っぽい大岩でした(写真)。

下山は最初の道標まで植林の中を戻り、「野口神社 超急斜面」という方向に降りました。確かに急な斜面で落ち葉が積もっていて滑り易く、体を支えるのにかなり足の筋力が必要でした。ここも溝が掘られており、その中は歩きにくいので、脇の盛り上がった所を歩くことになりました。最後は地形図の破線道に出ましたが、破線道が伸びる方向には宮山への道標が有りました。登山にはこの急勾配を登るのは大変でしょうから、道標に従うのが正解と思います。ちょっと降りると、野口神社でした。

宮山は雄棲山とも呼ばれますが、宮山という名前は、この神社の裏山という意味です。神社の前に登山道入口の標識が立っていますが、急峻な山なので、こちら側から登るのは大変です。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「山崎」です。

2015年6月13日土曜日

千種川から登った後山

千種川を遡って行くと、千種町西河内の戸井の元という所で鍋ヶ谷川と天児屋川に分かれます。ここから後山に登ってみました。鍋ヶ谷渓谷の南沿いに林道を歩いてくと野生動物防護柵扉があって、これが中島林道という名前だと分かります。この林道は地形図とほぼ同じように勾配のゆるい谷間を登っていきます。この付近は棚田が整備されていますが、今は植林になっています。地形図では途中で戸井の元の集落から破線道と合流しますが、この破線道は見当たりません。しかし、この付近から尾根に登ることにしました。急斜面の植林を登って740m+ピークに上がりましたが、なんとなく地形が複雑です。一旦降りてから782mピークに登りましたが、この付近は明らかに人工的に削られており、カンナ流しの跡かも知れません。さらに一度ちょっと降りてからまた広い尾根を登りましたが、ここも削られて起伏の大きな地形になっています。付近は植林です。ここを過ぎると自然林になり、その後は植林と自然林が混ざった尾根をひたすら登りました。標高差300m以上を登ると、西側が伐採されて見晴らしの良い場所に出ました。ダルガ峰など西の連山と、ちくさ高原スキー場が見えます。

この付近の山を歩いていて一番気になるのはチシマザサです。ここまでずっとササ無しで来ました。1191m地点を過ぎてもササはありませんが、標高1200mまで登るとササが生えていました。最初はたいした背丈ではないのですが、だんだん背が高くなります。1280m付近には開けた場所がありササも生えていません(写真)が、その後は平坦ですがササ藪となります。結局その状態で東から来る道に出てきて、後山頂上に出ました。小さな祠と、角の欠けた後山三等三角点(1344.36m)があります。

下山は少し戻ってから東に降りて、「おごしきコース」にしました。特に何もなく、おごしき山(1095m)の平成之大馬鹿門まで降りました。眺望も良好です。そのまま降りて行くと松の木公園への下山コースが、板馬見渓谷の方に付けられていました。これを降りるととんでもなく遠くに行ってしまうので、北に降りることにしました。ちょうど下山コースが南に降りる付近から北に尾根があります。全く整備はされていませんが、歩きやすい尾根でした。最初は植林が多く、傾斜もたいしたことはありません。しかし標高850m付近からはアシビなども増えて、藪っぽくなりました。場所によっては木に掴まらないと降りられない所もありました。尾根としては分かりやすく、最後はまた植林となり、標高700mを切ると地形が複雑になってきて、ここもカンナ流しの跡のようでした。最後は墓地に出て、金網の扉を開けて(全開しないのでちょっと苦労した)村を抜け、千種川に沿って出発点へ戻りました。

後山にはなぜ千種川沿いからの登山道がないのでしょうか?登りの尾根も下りの尾根も歩きやすく、登山道の候補だと思います。

展望 ★★☆
藪山度 ★★☆
地形図は「西河内」です。

2015年6月6日土曜日

石ケ堂古代村から登る建屋山

養父市の建屋山にはこれまで2014/08/30と2015/04/18の二回登っていますが、今回は山の西側の石ケ堂古代村から登ってみました。古代村にある説明書によると、この付近は大昔から神聖な場所とされていたようです。最近はログハウスやキャンプ場もあり、登山道も整備されているため、まずはそれを登りました。環状歩道という丸太の階段を歩いて行くと、まず大神岩という巨石がありました。旧金毘羅宮跡だそうです。この岩の上にオオカミ岩四等三角点(345.53m)があります。名前が違うと思いきや、大神はオオカミですね。なかなか良い展望です。この先も臼岩とか鏡岩などがありますが、極め付きは小テング岩、中テング岩、大テング岩で、小天狗岩ではアルミの4連梯子を登ります。どれもかなりの巨岩です。展望も素晴らしく、御祓山と須留ケ峰が見渡せます(写真)。高所恐怖症にはつらい場所もありました。

大テング岩からは環状歩道から離れて建屋山を目指しました。赤テープのマーキングがありますが、最初は藪っぽくて枝をかき分けて歩きました。しかし徐々に下草がなくなって、684mピークを過ぎたあたりからは登りやすくなりました。登り始めて2時間位で、建屋山山頂に着きました。建屋二等三角点(855.78m)があります。この日は天気予報は晴れで、雨雲レーダーにも雨雲は無かったのですが、山頂付近は雨が降っており、すぐに下山を開始しました。

下山は山頂の二つ南のピークから南西に降りましたが、幅の広い尾根で迷いました。やっと目的の尾根に降りると藪で、刺のある枝が行く手を阻みました。雨はやんできたのですが、木が濡れているので藪を抜けると服がびしょびしょになります。なんとなく切り開きはあるのですが、木の成長に負けています。とにかく忍耐で藪を抜けると、地形図で破線道が尾根に現れる付近の手前から道がはっきりしてきました。そして、しばらくは破線道どうりに尾根を歩きました。しかし480mピークに向かう登りに手前で道は南の斜面に降りて行っており、ここはピークを目指して登りました。藪がきつくなってきたところで、北側斜面に道があることに気が付きました。この道は幅は狭いのですが谷側は丸太で補強してあり、しっかり作られています。これを歩いて行くと、北へ向かう尾根を降りて行っていました。もう480mピークの藪に挑戦する気力はなく、そのまま北に尾根を降りるとネットが尾根沿いに張られており、途中で道はネットを通って西に降りていきます。その通りに歩いて行くと、谷の最上流に出てきました。ここから破線道の林道までは谷を降りましたが、場所によっては道が消えていて谷底を歩かねばならず、ヒルも気になりました。とはいうものの、途中に水が岩をナメて流れていたり、岩に細い溝が掘られて水が流れている場所があり、景観を楽しめました。

展望 ★★☆
藪山度 ★★☆
地形図は「但馬竹田」です。