2008年7月21日月曜日

能下三角点から三濃山

相生から播磨科学公園都市に向かう県道相生山崎線(実は山崎には繋がっていない、[1],[2])を三濃山トンネルに向かって北上すると、両側が険しい山になってきます。左手(西側)は城跡のある感状山で、ハイキングコースですが、右側(東側)の山並みにはハイキングコースはありません。下から見上げると岩山が見えますが、これら権現山や高巌山には矢野町森から登るのが一般的で、私も「相生市矢野の権現山」(2006/09/30)に記録を残してあります。

更に北にある山は、矢野町能下(のうげ)から登るのが楽そうです。この付近には西播線と播磨線の二つの高圧線が走っており、保守路もありそうですから、ルートもありそうです。そこで能下に車を停めて八幡神社の前から登り始めました。送電線への赤い「火の用心」があり、指示どうりに登ればすぐに西播線53の鉄塔です。ここから北は巡視路ではなく、シダも生えていますが、尾根道があります。少しずつ登りですが、急勾配はありません。途中から幅1m程度の道が現れ、次の高圧線鉄塔(播磨線17)の東側を通っています。ここで尾根まで登ると、能下四等三角点(330.6m)(写真)があります。ちょっと岩場があり、展望もあって休憩にはもってこいです。

この後の尾根も、東側に少し降りたところに道があって、歩きやすくなっています。少し整備すればハイキングコースになると思います。そして400mの標高線を越した付近で一度道が不明瞭になり、植林に入りますが、すぐにコンクリートの道に出てきます。この付近はゴミやタイヤが散乱しており、人の気配を感じます。実はここから東側の平らな尾根は一度別荘地として開発されたらしく、地形図にもいくつかの道が描かれています。これらはすべて別荘地の中を通る舗装道路です。山中だというのに赤い消火栓が道路脇にあって違和感があります。

舗装道路は枝道が多くて迷いそうですが、東へ進むと交差点に出てきます。北に降りれば池の西側を通って三濃山峠越えの旧道に出ますが、もっと東に砂利道を歩いてみました。「××様所有地」という札が立っていますが、尾根とはいえじめじめしており、私ならここに別荘を買おうとは思わないでしょう。この道の行き止まりは、二つのパラボラアンテナを持った通信塔でした。何も表示がないので、さらに東にある2本の通信塔と同じく、防衛庁の持ち物ではないかと推察されます。しかし、有刺鉄線だけで監視カメラも付いていません。この先は道がないので、電柱を伝って降りることにしました。途中から植林の作業道を通って、旧道に出ました。

ここからは三濃山に行きました。旧道を少し西に戻ると、北に入る道があります。この付近から尾根が三濃山まで続いています。旧道から入った道は植林の作業道らしく、そのまま歩くと北に降りてしまいそうなので、尾根に登ると切り開きがありました。この先の尾根の切り開きは、時には山道っぽくなりますが、時には消えてしまって木の間を歩くことになります。この尾根は相生市とたつの市の市界なので、石標やマーキングもあり、迷う恐れはあまりありません。勾配もあまりありません。北側には地形図に無い林道ができているようです。

上手に尾根を伝って歩くと、相生山崎線の三濃山トンネルの真上に出てきます。真上と書いてある訳ではありませんが、岩の多い平坦地があります。そこから先は三濃山に向かって登りとなります。100m程度をだらだらと登ると、三濃山山頂に出てきます。ここでやっと南側の眺望が開けます。そういえば、ここまでは送電線の下以外はほとんど眺望は無かったような気がします。

三濃山で風に当たって涼んだ後は、南に降りて、さらに東の谷を下りました。感状山の方に尾根を歩いて、送電線の保守路を降りるというルートもあるのですが、保守路が見つからないと悲惨なことになると思い、安全なルートを採りました。この谷あいの道は、昔は良く使われた道でしょう。いまでは若干不明瞭な部分もありますが、電信柱に沿って歩けば問題ありません。美しい石積みが多く、歴史が感じられます。降りてきた場所は能下よりはかなり北なので、相生山崎線を下ります。最初は旧道があり、犬塚五輪塔という文化財もあり楽しめますが、最後しばらくは歩道のない相生山崎線を歩かねばなりません。道幅が広いのでさほど怖くはありませんが、考えてみるとこんな場所の道路に歩道を付けたら税金の無駄遣いと言われるのでしょうね。

歩きやすいルートでしたが、一般向けとは言えません。山頂の旧別荘地には建物も残っており、探検隊としては見逃せませんが、一時期不法投棄が多かったらしく、ゴミには辟易します。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆