2010年3月27日土曜日

清水山と六道山

赤穂市西有年には、長谷川を挟んで地形図に名前の載っている山が二つあります。清水山(きよみずやま)と六道山(りくどうさん)です。この二つをまとめて歩こうという大胆な企画を立てました。

まず清水山ですが、登り口は西有年の2号線近くにしました。長谷川と尾根に挟まれて墓地があり、宝篋印塔があります。この付近に車をとめました。鹿避けの柵に入り口があるのでそこから山に入って尾根を目指しました。近くには貯水タンクへの道もありますが([1])、そこから登っても同じことになると思います。尾根の裾は木がまばらで登りやすく、すぐに四角く石垣で囲った場所に出てきました。おそらくお堂か何かの跡だと思われます。そのまま登っていくと、予想どうりシダが茂っていました。これになるべく突っ込まないように歩きましたが、結局は膝の高さくらいのシダを抜けて、やや平らな尾根に出てきました。200mを越えたあたりです。

ここからは踏み跡があって、シダもありましたがあまり苦労せずに山頂(315m)まで歩けました。山頂は展望はほとんどなく、「清水山」と書いたテープが木に巻き付けてあるだけでした。この付近には廃寺跡もあるはずなのですが、何も見つけられませんでした。下山は南の峠越えの破線道を使うつもりだったので、山頂から南西の300m+ピークに向かいました。踏み跡がありますが、シダ藪になると消えてしまいます。300m+ピークは雑木林ですが、ここから南に向かうとシダ藪になりました。しかも腰くらいまでの高さで、道があっても上からでは地面が見えません。道らしき場所を探しながら歩くと、また道に出てきました。この道は280m+ピークの北側で消えてしまいます。このピークはシダで覆われていますが、地形図を見るとこのピークに登る理由はなさそうなので、少し引き返して、やや谷に降りて斜面伝いに南に向かいました。そのうちに斜面の勾配がきつすぎるようになり、結局背丈より高いシダを10mほど突破して尾根に戻りました。尾根もシダが茂っており、ここから破線道までは肩くらいの高さのシダの間に道を探しながら斜面を降りました。正面に展望がありましたが、見ている心の余裕はありませんでした。最後は道を見つけて、峠に出ました。

峠には天保9年の石仏がありました([2])。とても優しそうなお顔ですが、周囲にゴミが散らかっているのが不快でした。ここから西の横山までは破線道を降りたつもりですが、道は不明確で、ガレ谷を降りました。地形図では破線道が谷の少し南側に描いてありますが、これがあったのかどうかは調べていません。ときどき流れを渡って岩の上を歩いて行くと、だんだん道らしくなってきました。最後は太い道になって、脇にブルドーザーがうち捨ててありました。そこからは良い道になると思いきや、また岩だらけの沢を歩くことになり、ブルドーザーがどうやって登ったのか不思議です。南に曲がる付近から良い道になりました。橋を渡ると、「山頂」と書いた標識がありました。百間山への登山道です(2009/12/20)。

次は六道山です。横山の集落まで戻り、西に舗装道路を歩きました。途中で牛さん達に挨拶して、溜池に出ました。ここから北の谷に入りましたが、かなり急です。ただ、道はあります。問題はどこから尾根に登るかだったのですが、道があるのでついついそちらに行ってしまったために、谷の奥までいくことになってしまいました。これは先人達と同じ過ちです([3][4])。GPSのトレースを見ると、明らかに左に曲がったところがあり、ここを曲がらずにまっすぐ登ればよかったのですが、道があるとだまされます。最後は谷の奥がシダで埋まっていたので斜面に取り付きましたが、背丈以上のシダの生えた急勾配を登る羽目になりました。尾根までの辛抱と思ってがんばりましたが、尾根もシダに覆われていました。ただし膝丈で、道もありました。道を見失わないように注意して尾根を歩くと、南の山々が見えて、少し安らぎを感じましたが、座れるような岩もない、一面のシダです。鞍部へ降りると、マーキングがたくさんありました。正しいルートではここへ出てくるようですが、はっきりした道はありません。

鞍部からも道ははっきりしません。シダの間に道があるようですが、見失いがちでした。南斜面なのでシダの生育が良いらしく、腰くらいの高さまで茂っています。マーキングがあるので道はあるのですが、マーキングの下は藪という場所が多いようです。少し尾根を登ると280m+ピークが二つあり、この付近に遍照院というお寺があったそうで、礎石があるとのことです。確かに岩は転がっていましたが、シダが多くて礎石を探す余裕はありませんでした。ネット検索で見つけた赤穂市の広報誌には、水源地から25分で石垣が見え、幾段もの僧坊跡があり、本堂跡があると書いてあるのですが、現実はだいぶ異なりました。

山頂まではすぐですが、シダ藪を抜けるので時間がかかりました。肩に近い高さのシダを押しのけて歩かねばなりません。足下は見えませんし、どこが道かも分かりません。そして、ようやく山頂に着きました。松頭山(しょうずやま)三等三角点(354.40m)がありました(写真)。

下山は予定どうりに北東の尾根にしました。しかしこれも背丈以上のシダで覆われています。三角点の近くから降りると北向きの尾根に降りてしまうので、まず東に向かい、そこから降りました。シダの背が高いので道は全く見えません。たぶん道があったのだと思いますが、完全にシダで埋まっています。下の方のシダは陽が当たらないので枯れており、その上に緑のシダが乗っていて、その上を歩いて降りました。ですから足は地面についていません。こんな状態で急斜面を降りました。倒木などで右往左往する場所もあり、足を踏み出したらシダから下に足が抜けて、宙づりになったりもしました。300m付近まで降りると少し楽になりましたが、それでも尾根はシダで覆われており、体で押して進む必要があり、かなり疲れました。

250mを切って、だいぶ楽になったと思ったのですが、目の前の240m+ピークを見るとシダに覆われており、道も見えません。このピークは登らなくても尾根を進めるので、南を巻こうと思ったのですが、斜面もシダだらけでうまくいきません。谷を見るとシダが生えていないので、結局ここから谷を降りることにしました。岩が多くて歩きにくい谷でしたが、シダはあまり生えていません。途中から道もあって、最後は人家の脇を通って循環バスの「横山六軒屋」に出てきました。文字どうり家が6軒くらいあります。三角点の「点の記」はここから登ることになっていますが(現在は不可能と思いますが)、それには「西側に3軒家がある」と書いてあります。昭和49年の記述のようです。

これら二つの山は、いかにも赤穂の山らしい藪山でした。山の8割方はシダで埋まっており、道のないところを歩くのは不可能に近いようですし、道があっても両側から背丈以上のシダが被さっていると、地面には道があるとはいえ、突っ込んで行くには気力が要ります。精神修養をしたいと思うなら、行者になったつもりで歩くのも良いでしょうが、楽しめる山登りではありません。

展望 ★☆☆
藪山度 ★★★

地形図は「備前三石」です。

2010年3月22日月曜日

赤穂の水晶山

先日登った赤穂の真殿山の北に聳えるのが水晶山です。真殿山から見ると険しい岩場が目立ちます。登山ルートとしては、南側の谷を尾根まで登って戻ってくることが考えられます[1]。この谷沿いの道は良く整備されており、途中に「つるべ落としの滝」という名所もあって良さそうなのですが、かなり大回りという感じがします。水晶山山頂には高台三角点がありますが、その「点の記」では林集落から登っています。これは大変な急斜面だろうと思います。しかし水晶山から北東に延びる尾根の先には高圧線の鉄塔がありますから、保守路があるはずです。これを下山に利用することとし、登りは北側の中山から地形図の破線道を通って谷沿いに尾根まで行くことにしました。

この付近の地形図の破線道は、実体と違っていることが予想されました。林集落から登っていくと尾根には達しますが、地形図よりも南で尾根に出ます。林集落から中山集落への地形図どうりの周回は期待できません。航空写真で見ても、林集落からの道はよく見えますが、中山集落からの道は見えません。救いは尾根上には鉄塔から上に向かって道のようなものが見えることでした。北側斜面は南側に比べれば勾配が緩いので、いざとなったら無理矢理登ろうと考えて出かけました。これは甘い考えでした。

中山集落から鹿避けの扉を通って、大避神社に参拝してから山道に入りました。川の北側にあります。少しすると赤い「火の用心」があり、北側の山の鉄塔への保守路のようですが、川の南側にも「火の用心」が立っています。ここを下山ポイントと心に決めて、川沿いを進みました。最初は良い道ですが、途中で川を渡るところに橋がありません。このあたりから道が荒れてきます。再び川を渡りますが、ここには腐りかけた丸太が一本かかっています。怖いので川辺に降りて渡りました。もう一度川を渡ると、道に大きめの石が増えてきて、堰堤に到達しました。

この先も道があります。岩だらけでかなり荒れていますが、明らかに道です。谷が細くなるとどこが道か分からなくなりますが、その先にも道はあります。さらに、橋だったと思われる大きなコンクリート板の残骸があり、その先は林道らしくなりますが、岩や倒木だらけです。川からは離れます。だんだん道幅も狭くなりシダが増えてきました。行き止まりっぽい所で左手を見ると道があるのでそちらに行くと、道はUターンした後でシダ藪に消えていました。少しシダ藪に入りましたが、急斜面に背の丈以上のシダが茂っており、30分近くシダと格闘したあげくに元の道に戻りました。よく探すと、行き止まりと思われた斜面に道がありました。

その道もすぐに消えてしまいました。周囲は背の高いシダの茂みが多く、それを避けて慎重に道を探しました。道だと思ってシダ藪に突入することを何度か繰り返し、あまり苦労せずに登れるルートを探し出しました。シダ藪の間を通る道で、体でシダを押して歩くので疲れますが、地面にシダが生えていないので道であることは判断できました。そして登り初めて1時間40分で尾根に出ました。

尾根と言っても少し草の生えていない場所があるだけで、展望は全くありません。木に白い荷造りテープのマーキングがあり、これが下山までずっと続きました。ここからは水晶山に向かって尾根を歩きました。この付近の尾根には切り開きがありますが、腰くらいの高さのシダが茂っており、ときどき道も消えてしまいます。大きなシダの茂みもあるので、無理をせずに尾根を少し外れて歩きました。だんだんシダが小さくなり、最後は落ち葉を踏んで登ると、頂上に出ました。

頂上と言っても、南側はシダ藪で、どちらを向いても展望はありません。310m+のはずです。木に「水晶山」と書いた白いテープが巻いてありました。高台三角点を探しましたが、結局見つけることはできませんでした。少し東に降りた所のシダの中にあったらしいのですが[1]、シダがかなり茂っていて、登りでシダに苦労した後だったので分け入って探す元気はありませんでした。

下山はまず北に向かいました。頂上から東に降りたところに裸地がありますが、ここから北に降ります。ここからは木の間の下りです。南側はシダが多いので、なんとなく北側を歩くことになりました。道らしき切り開きがあり、300m+ピークに登り返すと、少し展望がありました。二つ目の300m+ピークの岩の上に金槌の忘れ物がありましたが、地質調査でしょうか?水晶山というくらいですから、水晶の鉱脈があるのかも知れません。さらにシダの間を歩いていくと、突然幅2mほどの道に出ました。最近草を刈った形跡があります。少し進むと290m+ピークに共同アンテナがありました。古いものもありましたが、「平成21年度 電波遮へい対策事業費等補助金事業」と書いてあるボックスもあり、地デジ用でしょうか。

ここからは尾根伝いに良い道があります。ケーブルと一緒に降りて行くと、左右に展望があります。写真は南側に高雄方面を見たものです。そしてやや急坂を下りると、送電線の鉄塔に出ました。有年支線4です。ここからは南北に保守路があり、北に降りました。この道は急斜面をジグザグに降りて行きます。シダが茂った急斜面なので、道がなければ登ることも降りることも困難でしょう。先人の努力に感謝しつつ関電の黒いプラ階段を下りると、最初に見た赤い「火の用心」に出てきました。黒のマジックで「水晶山→」と書いてありました。

途中でシダ藪に突っ込んで、久しぶりに絶望感を味わいました。突っ込まなくても、難度の高いルートだと思います。水晶山に登るなら、関電の保守路から尾根伝いに上るルートをお勧めします。

展望 ★★☆
藪山度 ★★★

地形図は「相生」です。

2010年3月20日土曜日

赤穂の真殿山

赤穂の北、千種川を新幹線が渡る付近の西岸に真殿という地名があり、そこにあるのが真殿山です。ただ、正確にどのピークが真殿山なのか、よく分かりません。とにかく行ってみました。

林の集落から急斜面を送電線の巡視路で登るのが早そうですが[1]、門前奥三角点の「点の記」を見ると門前から登っており、こちらからの長い尾根を登ってみました。この山はしっかりと鹿避けの柵で囲まれていますが、門前にある尾根の先端には何もありません。藪ですが尾根に取り付くのは容易です。しかし少し藪を登ると金属の柵が尾根を横断していました。幸いに針金で留まっていない部分があったので、そこから入りました。これで難関を一つ突破です。

次の難関は長い尾根歩きです。Yahooの航空写真を見ると、この付近の山の尾根には道が見えます。この尾根にも道のようなものが見えるのですが、実際には場所によってはシダが茂っています。道はあるのですが、体でシダを押し分けないと進めない場所もありました。下から見上げると崖のような岩場で登れるのか不安になる場所もありましたが、これは問題無く登れました。登るにつれて南の展望が開けてゆくのが爽快です。

いきなりまともな道に出ました。この道のすぐ脇に、門前奥四等三角点(223.14 m)がありました。この道は林の集落のすぐ上にある鉄塔から上がってきているものです。逆に門前の側からは電線が上がってきており、その鉄塔へ降りて行っていました。なぜ電気を林の集落から取らないのか謎です。とにかく西へ進むと、次のピークに鉄塔がありました。赤穂火力線20です。建設は昭和49年ですが、使用開始が昭和62年なので、経路を変えたことが想像されます。

ここから次の200m+ピークへ歩きましたが、道が良いのに驚きました。写真は200m+ピークから赤穂火力線20鉄塔を見たものですが、関電のプラ階段が道に見えます。この次は220m+と230m+のピークが続きますが、このあたりを真殿山と呼ぶようです。展望は最高です。北の岩肌がたくさん露出している水晶山もよく見えます。そして244mピークを過ぎ、良く整備された道が続きました。244mピークの谷を挟んで西側の尾根は掘り返されているようで、そちらに行く分岐もありました。そして赤穂火力線18鉄塔のある220m+ピークに出ました。この先も良く整備された道が続きます。幅2mほどですが、単なる巡視路ではなく、防火帯の意味もあるような気がしました。

次の17鉄塔は道から少し外れて、新幹線のトンネルのほぼ真上にあります。また道に戻り、282mピークを東側で巻いて方向を南東に変えると、赤穂方面がよく見えます。赤穂の方に降りる分岐もありました。さらに250m+のピークに登ると、赤穂火力線16鉄塔があります。ここを稲荷山と呼ぶようです[1]。赤穂火力線の鉄塔は、林の集落のすぐ上にある21号鉄塔で北西から来る有年支線(この鉄塔1号は林のすぐ西にありますが、昭和44年に作られており赤穂火力線より古いことになります)と合流しています。そして、17号鉄塔までは上下に2系統が乗っていますが、17号と18号鉄塔の間で下の系統(有年支線に繋がっているもの)が別の鉄塔に分かれ、南東に向かいます。したがって16号鉄塔には1系統しかありません。

尾根をさらに南東に進みましたが、ここも良い道があります。関電さまさまです。正面に高山のアンテナ群が見えています。239mピーク付近には撤去した鉄塔の残骸らしいものがありました。少し降りると、南赤穂線11号鉄塔がありました。建設は昭和49年ですが、南赤穂線になったのは昭和61年のようです。この先も良い道を降りましたが、南北に分かれる分岐がありました。北側に降りると、鉄塔が二本建っています。南赤穂線10(昭和49年建設、昭和61年南赤穂線)と、南赤穂線9(建設時期などは同じ)です。9号の方には二系統が懸かっており、上の系統は南に向かっています。なんでこんな近くに二つ建てる必要があったのか不明です。ここから山を下りていくと、次に立っているのは赤穂線28鉄塔です。もうなんだかよく分かりません。

良く整備された道で下山しましたが、最後に大問題が生じました。出てきたところは川を挟んで道路の反対側なのです。小さな川ですが、コンクリートの護岸がしっかりしており、水も流れているので渡るのは困難です。周囲はイバラの多い藪ですが、結局上流側に少し藪を歩いて、堰堤の下の水のないところで渡りました。イバラでジャンパーにかぎ裂きがたくさんできました。この日の藪歩きのハイライトでした。

この付近の山はシダが元気で、道がなければあまり歩きたくない山ですが、関電のおかげでハイキング気分で歩けました。植林がないので明るい山という印象ですが、夏はきっと暑いでしょう。

展望 ★★★
藪山度 ★★☆

地形図は「相生」です。

2010年3月13日土曜日

上郡の二ツ道三角点

上郡の北に戦国時代に赤松氏が拠点としていたと言われる赤松という村があります。この裏山を歩いてみました。出発点は五社八幡宮です。神社の横に小道があって登れますが、すぐに金属製の柵があります。出入り口を探しましたが、神社の裏には見あたらず、結局倒木が柵を倒しているところがあったのでそこから入りました。付近は伐採の進んだ植林です。かなり急勾配ですが、尾根を目指して登りました。尾根に出れば、あとは楽に歩けました。

171mピークを過ぎ、やや急な坂を登ると平坦になり、小さな送電線鉄塔があります。上月上郡線27です。一系統しか電線がありません。この先も落ち葉の上を歩く気持ちの良い切り開きがあります。急な登り下りはありません。285mピークを過ぎて細い尾根になりますが、この付近からははっきりした道があります。ピークを東側で巻いてしまうので、ときどき尾根まで上がって千種川方面の景色を木々の間から眺めました。

次の鉄塔は西播東岡山線22です。これは大きな鉄塔です。北を見ると、これから行こうとしている尾根と次の鉄塔が見えます。次の鉄塔までは巡視路を歩くことになるので、良い道があります。ただし尾根を西に曲がる地点は要注意です。巡視路はいったんピークを行きすぎて戻るかたちになっていますが、西に向かう尾根を探してそちらに向かう必要があります。少し降りてから登ると、西播東岡山線23が立っています。鉄塔の前に赤い「火の用心」があり、「道路へ」という指示があり、南の谷に降りれば373号線に出られるようです。

この後は巡視路がなくなります。道があるのですが北の方に降りて行ってしまうので、藪っぽい尾根を西に歩きました。この付近の尾根は倒木もありますが、雑木林なので跨いで歩けます。二ツ道四等三角点(368.75 m)は雑木林の中にありました。その先は、まず尾根の西端まで歩き、北に降りました。この付近の地形は地形図とは若干異なった感じで、まず急斜面を谷に降り、北側の低い尾根に登りました。これは細い尾根ですが、場所によって北側の谷がよく見えて、意外と迫力のある眺めでした。送電線が目の前で谷を渡っています。この先の下りは急斜面もありますが、細い尾根なので迷うことはありません。そして尾根の先で再び上月上郡線に出会いました。31鉄塔です。鉄塔の先端に鳥の巣がありました(写真)。鉄塔からは保守路を伝って北斜面を降りました。鹿避け柵の出入り口に出てきたのでラッキーと思ったのですが、実は出たところもまだ柵の内側で、小川を渡った所で再び紐を解いて柵を抜ける必要がありました。あとは歩道付きの373号線を歩いて赤松に帰りました。

2時間ほどのショートコースですが、気持ちの良い山歩きでした。なお、西播東岡山線の二つの鉄塔の間から北に385mピークの方に歩くと獅子見に出るので、そこから南に曲がって細野に降りるというコースも考えられます。

展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆

地形図は「上月」です。