2024年12月28日土曜日

岡山の龍ノ口山

 


姫路から見ると岡山はどの付近でも岡山ですが、龍ノ口山は旭川の東岸にある山で、「グリーンシャワーの森」として整備されています。駐車場から南展望広場を目指して谷沿いの道を登りました。谷には水を引いたと思われる溝が並行して作られています。あまりに良い道なので、登山というよりピクニック気分です。219m地点の近くで主尾根に上がり、東に歩くと南展望広場です。ベンチで休めます。よく整備された山なので、道標もたくさんあり、登山道もたくさんあることが分かります。


南展望広場からは東に少し下り、南向きのお社を過ぎ、湯迫への道を過ぎて、少し登りが続き、南向きの展望地を過ぎて龍ノ口山の頂上に出ました。龍ノ口山四等三角点(256.76m)があります。岡山市街方面の景観の説明板があるのですが、肝心の展望は木が伸びすぎて隠されていました。展望台を建てるしかなさそうです。


頂上からは北に下山です。ジグザグの道を降りました。この付近は岩が多く、落ち葉が乗っていると滑ります。しかし子供でも登れそうな登山道です。ひとしりき降りると龍之口八幡宮の鳥居がありました。車がとまっていて驚きましたが、南から車で上がってこられるようです。鳥居から岩の多い参道を登って龍之口八幡宮に着きました。本殿の裏に行くと北に展望があります。ここからの下山は「けわしい参道」と書かれている西向きの道にしました。いきなり岩場があり、確かに険しい道でした。岩場が続き、どう降りるかを考えながら降りなければなりません。ここでも岩の上に落ち葉があると滑りますが、岩は濡れていなければあまり滑りません。岩場なので旭川を越えた展望が望めます。参道はきっちり作られていますが、岩場が延々と続きました。一息つけたのは、千代森稲荷大神と書かれた祠?の付近からですが、ここからもまだ岩場があり、最後はやっと普通の道になって八幡宮の鳥居に出てきました。


展望 ★★☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「岡山北部」です。



2024年12月25日水曜日

古市から松尾山(その2)

 


福知山線の古市駅の付近からは、2019/8/6に松尾山に登りました。今回はその逆コースを歩きました。古市駅の東北にある尾根には関電の巡視路の入口があります。この山には裾を巡る小道があるのですが、そこから尾根に上がると丹南線三三鉄塔があります。ここから北に尾根道を歩きました。ちょっと上がると鉄塔の撤去された跡のようなコンクリートがありましたが、二つしかありません。あとはほぼ一本道で歩きやすい道でした。400m+ピークの先では作業道が尾根を横切っていました。429mピークの手前では東側に林道が見えました。さらに429mピークの先で林道が横切っていました。正面に道がありましたが、倒木などで歩きにくそうだったので、尾根を歩いて登っていきました。そして500m+の主尾根に着きました。ここには夫婦杉の説明板がありますが、肝心の杉の木がどれかよく分かりません。ちょっと東に登って音羽三等三角点(530.3m)に行きました。ここは音羽山だそうで、説明板がありました。この日は霧の多い日で、ここまでの尾根歩きのあいだ東の篠山方面はずっと雲海に埋まっていました。その雲海は木が邪魔でよく見えなかったのですが、音羽山では北側に雲海を見ることができました(写真)。


音羽山から松尾山までは登山道です。509m地点を通り、肩越の辻から尾根を登りましたが、登山道は白髪岳に行くので、途中から松尾山へ向かいました。この急斜面の道はここまでの登山道に比べると見劣りしますが、ちゃんと松尾山(687m)に着きました。別名高仙寺山、酒井城跡でもあります。


下山は南の尾根を降りました。仙ノ岩という標識のある付近には名前の割には大岩が無いと思ったのですが、その南の急斜面には岩がありました。段々に平坦地が作られており、人工的な地形でした。その南は急斜面でロープが張られており、降りると卵塔群がありました。卵のような形の、僧侶の墓石が並んでおり、元禄と読める墓石もありました。ここから東に、斜面に作られた道を歩き、高仙寺本堂跡に行きました。ここには石仏と愛宕堂がありますが、本堂跡には何もありません。登山道ではなく東の尾根に行きたかったのでそのまま東に歩くと、石積があり、こちらの方が建物の跡のように見えます。ここから東寄りの尾根に向かいましたが、ここはいまは植林になっていますが段々に平地が作られており、人工的な地形です。そして顔のないお地蔵様があって、あとは尾根道が続きます。407mピークは寺谷山だそうです。ここから東側の尾根を歩き、倉谷三等三角点(366.69m)を過ぎ、その次の尾根の分岐は東に降りました。ここは長い平坦な尾根で、最後は丹南線三二鉄塔に寄って、二村神社の付近に降りてきました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「篠山」です。



2024年12月23日月曜日

大内山から登る熊山

 


備前市の熊山は有名な山ですし登山道も多く、あちこちから登ってきました。今回は南の大内山経由で登りました。大内山には航空写真で見ると香登小学校の北から道があるように見えます。じっさいに巡視路があるのですが、それを歩いていくと大内神社の上を通り、そのうちに斜面で消えてしまいました。落ち葉で滑りやすい急斜面を木につかまって登ると、緑色に塗られたNTN線1鉄塔に出ました。ここから更に登ると標高151mの大内山の山頂には、フェンスに囲まれた紅白の巨大な本四連系線第二〇四号鉄塔がそびえていました。


大内山からはピークを下って北に縦走です。すぐに本四連系線第二〇五号鉄塔があり、少し下った先にはキリンビール岡山線11鉄塔がありました。よく整備された道です。この北ではいちど少し下ると毘沙門堂を見られたのですが、ショートカットで尾根を歩きました。そのうちに毘沙門堂からの登山道と合流しました。ここからは登山道ですので何の問題もなく登れました。実は最初は毘沙門堂の裏から284m地点を目指して急斜面を登ろうかとも思っていたのですが、遠目にも岩が多く近めにもシダが茂っているので諦めました。登山道はやや急ですが、問題なく登れました。まず高津山に油瀧神社の鳥居があり、それから熊山姫大神神社下之宮があり、それから442mピークを過ぎて油瀧神社がありました。さすがに備前だけあって狛犬はすべて備前焼です。そのあとは通信塔があり、駐車場に出ました。ここからまっすぐに登っていき、熊山神社へ行きました。ここでも狛犬は備前焼です。さらにちょっと歩くと熊山遺跡に着きました。他では見たことのない四角い石積ですが、奈良時代前期とのことです。不思議なものです。遺跡の南には展望所があって、瀬戸内海がよく見渡せます(写真)。


下山は南に登山道を降りました。こちらの道には丁石があります。少し降りると舗装道路に出ますが、これを横切って坂根方面に降りました。33丁には本四連系線第二〇八号鉄塔があり、ここからは坂根への下山道を外れて南に向かいました。油瀧神社への分岐を経て、備前線39鉄塔に着きました。この付近は展望があります。そして城山(294m)です。山頂は広く、段もあって眺めも良く、まさに山城の雰囲気でした。この南は山城の正面なので当然急勾配でしたが、マーキングに従って降りました。そして城山四等三角点(242.12m)に着きました。まだまだ道は続いて、次はキリンビール岡山線14鉄塔です。ここまでは尾根道ですが、ここからは東のシダの多い斜面を下って行き、香登本に降りました。


展望 ★★☆

藪山度 ☆☆☆

地形図は「片上」「和気」「万富」「備前瀬戸」です。



2024年12月20日金曜日

神埼町大河から登る802mピーク

 


寺前の北の方にある入炭山の南の尾根の分岐に802mピークがあります。ここは2016/10/09に北の長谷から入炭山に登った時に通って、北寄りに為信神社へ降りました。今回は大河から送電線の巡視路を使って登ろうという作戦です。しかし問題は巡視路の登り口がどこにあるのかがわからないことです。だいたいのカンで、大河から播但線の線路に沿って歩きました。人家が切れた先にも道があり、突き当りに扉があって、その内側に赤い「火の用心」がありました。大当たり、というわけでここから植林を登りました。よく整備された道を登ると、市川発電所に水を送っている水路に出ました。蓋がしてあります。送電線は北にあるので、北へ歩きました。しばらく歩き、送電線の下を通ると水路の山側に「火の用心」がありました。この付近は植林といっても藪に近いのですが、巡視路を登ると大回りして播磨中央線二七鉄塔に着きました。


二七鉄塔からは巡視路で植林を登りました。赤い「火の用心」がなくても、黒いプラ階段があるので巡視路だとわかります。ネットの南側の急勾配の植林をジグザグに登ると、標高450mを過ぎた付近は大きな岩がたくさんあります。この付近から北に少し行くと、播磨中央線二八鉄塔に着きました。ここは良い眺めです。この付近から雪が増えました。標高600m付近は再び大きな岩があり、急勾配です。巡視路は階段だけでなくピンクのマーキングもあるので、あまり見失わずに登れました。途中からピンクのマーキングには地籍調査のものも入ってきたので、青いマーキングのほうが確実でした。ひたすら急勾配を登り、標高700mを超えて緩やかになった所に「火の用心」がありました。2016/10/09に北の二九鉄塔へ向かった地点です。この付近は勾配は楽なのですが藪があります。標高750mからは尾根歩きですが、途中にも「火の用心」があるので三〇鉄塔への巡視路への分岐なのでしょう。802mピークにも「火の用心」が立っていました。(写真)


802mピークから南の尾根は2009/09/26に歩いていますが、雪景色でだいぶ趣の違うものになっていました。植林はきれいでしたが方向には気をつけて、600m-の鞍部を過ぎて急斜面を登り、西向きの尾根に向かいました。この付近は意外と分かりやすく、その西の尾根も細いながら自然林で歩きやすかったのですが、その先は困りました。地形図で見ると斜面を降りなければならないのですが、マーキングが見つかりません。結局植林をかなり先まで行って、西に斜面を降りながら北に方向転換して510m+の鞍部に出ました。後から考えると、かなり手前で降りるのが正解だったようです。とにかくここからは尾根に上がって南に歩き、アップダウンしながら595mピークを過ぎ、大河四等三角点(597.77 m)に着きました。ここは2012/10/14に南から来ており、飛ヶ丸という名前のようです。


下山は適当に西に向かって降りようと思っていたのですが、あまり降りやすそうな斜面がなく、ブルーのマーキングのある方向に斜面を降りました。最初は非常に急でしたが、標高が下がって雪が消えていったので楽になりました。斜面も降りていくと徐々になだらかになりました。ネットがあり東側が植林だったのでそちらを降りました。徐々になだらかになってきたのは良いのですが、目指していた地形図の破線道が見当たらず、だいぶ下まで降りてしまいました。慌てて斜面を北向きに作業道を探しながら歩いていくと、小屋がありました。2010/04/03に通った「坂のお地蔵さん」でした。ここからは北に林道を降りましたが、地形図にない林道が延々と続きました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「長谷」「生野」「粟賀町」です。



2024年12月17日火曜日

栃原から登る高星山

 


寺前から播但線と並行して県道39号線を走って市川を遡り、渕で北に向かうと、道路脇に関電の赤い「火の用心」が白くなった立て札の後ろに「高星山」という札が掛かっています。ここが登山口です。これは関電の巡視路で、まずは植林の中を登ります。すぐに大河内線一〇鉄塔に着きました。ちょっと展望があります。この先の巡視路はススキの斜面を通っており、荒れ気味です。南の山の鞍部に来ると、巡視路は400m+の小ピークを南に巻き、次の鞍部で南に行ってしまいます。この付近では南側にいくつか林道があります。


この鞍部から西の植林の急斜面を登り始めました。急斜面ですが植林で道があります。標高差50mも登ると一息つけますが、再び急斜面になります。自然林になってもう一息つき、また急斜面を登ると標高600mに近づいてだいぶ楽になりました。地籍図根三角点(黄色いプラスチックの杭)がありました。614m地点の手前には大岩がありました。登っても行けそうでしたが、登山ルートを示すと思われるピンクのマーキングが南側を巻くように付けられていたので、南側を巻きました。それでも少しは岩をよじ登りました。この先にも岩はありますが、あまり障害にはなりません。ただし標高750m付近の岩は倒木があって越えるのに苦労しました。この先にも地籍図根三角点があったようでポールが立っていましたが地面は雪で覆われていました。この付近は傾斜は大きくないのでゆっくり登っていきました。標高860m+では北に曲がり(マーキングがあります)少し下った付近は谷の最上部で水が流れていましたが、雪で覆われて気をつけないと靴がめり込みました。この付近は植林で傾斜も少ないので歩きやすいのですが、この日は雪が10cm近く積もっていました。さらに登って行くとアセビが増えてきます。高星山には2011/04/10と2014/05/03に来ていますが、二回ともアセビで苦労しました。今回は登山道を登っているので、ピンクのマーキングが頼りです。確かにアセビの間を抜ける道があるのですが、マーキングが見つけにくく、次のマーキングを探しにあちこち行ってみる必要があって、かなり時間を使いました。結局はアセビを押しのけて歩く場所もあり、最後もアシビを押しのけて登ると新田三等三角点(1016.33m)のある高星山の山頂に着きました。マーキングに頼らず登るなら、相当の腕力を必要としそうです。山頂からは太田ダムの付近が見下ろせました(写真)。


下山は雪の上に残った自分の足跡を辿って降りていき、足尾滝への道標から足尾滝の方へ向かいました。こちらもマーキングがあるようなのですが、あまり多くはありません。地形が複雑でGPSを見ながら歩きました。植林で見通しが良く、なんとか目的の尾根に乗れて、966mピークに向けて歩きましたが、手前の鞍部から東の植林の斜面の植林を降りました。ここにピンクのマーキングがあったのですが、地籍調査のマーキングでした。それでも方向としては合っています。この付近は2011/08/14に歩いています。960m+付近は木がなく空が見える広場でしたが、雪の下は沼の所もあって、林の方に逃げました。このあとは2011/08/14の逆コースで、アセビの間を抜け、植林を登ると足尾四等三角点(898.55m)がありました。この東はアセビと倒木で苦労しましたが、標高750m付近で東の尾根に行き、植林を南東に降りました。ここは関電の巡視路かも知れません。急斜面ですが作業道があり、大河内線八鉄塔に着きました。大展望があります。


ここからは巡視路で下山しようと思ったのですが、途中で巡視路を見失いました。仕方ないので尾根をまっすぐに降りると、林道に出ました。これを北に歩くと上から巡視路が降りてきており、さらに歩くと下向きに赤い「火の用心」があったので、これを降りました。かなり長く植林を降りて、北に向かった付近で巡視路を見失いましたが、川があり金属の橋が掛かっていたのでこれを渡りました。すると林道があったので下っていくと、北側に鉄塔がありました。これが大河内線九鉄塔ですが、巡視路がここにどう来ているのか、よく分かりません。鉄塔からは北にススキの斜面を上がると林道の折り返し地点で、上がっていくと登り始めた時に通った植林の尾根に出ました。ここから植林を下り、巡視路と合流して400m+ピークの南を巻いて鞍部に出ました。


このまま最初に歩いた巡視路を帰ってもよかったのですが、ついでなので東の植林を登って金属プレートのマガリ石四等三角点(432.9m)を見に行きました。三角点からは北に植林を降りて、ススキを抜けて再び大河内線一〇鉄塔に出ました。あとは巡視路で県道39号線に戻りました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★★

地形図は「長谷」です。



2024年12月15日日曜日

東から登る佐用の大撫山

 


西はりま天文台のある大撫山ですが、あまり登山の話は聞きません。地形図を見ても低山に道路が一杯あって登山意欲は湧きませんが、とにかく東の江川川沿いの福澤のあたりから道を歩き始めました。舗装道路で、途中に地形図の破線道への分岐がありましたが、「私有地につき立ち入りを禁ず」と書いてあったので、こちらには行かずに歩き続けました。この道路は谷の奥で北に曲がりますが、ここの上には大谷川砂防堰堤があります。道路歩きにも飽きたので、谷の北の尾根を登ることにしました。急斜面を上がって植林に出たのは良いのですが、この先は笹薮でした。道はあるのですが笹が伸びて道の上を塞いでいるため、しゃがまないと通れません。鹿は問題なく通れるようで、まさに獣道になっていました。鹿の蹄の跡を追って笹薮を抜けましたが、道は登っていくとは限らず、いったん笹薮を抜けてまた笹薮に入り、という感じでしたが、標高差で30mも登ると林にでました。ちょっと登ると林道があり、この先も植林を登っていくといくつも林道がありました。植林を抜けて歩いていくと道路があって、天文台方面に歩くと来た方向は「田和坂峠」となっていました。


この先は天文台の敷地で、宿泊施設などもあります。中の方には入らず周辺を反時計回りに歩きました。北の遊歩道から舗装道路に出て南下し、天文台の脇にある大撫山三等三角点(435.49m)を見てから南から東に回って管理棟から南に道路を歩きました。舗装道路で面白いものはありませんが、南に歩いて「佐用の朝霧展望ポイント」に行きました。佐用川沿いが一望できるビューポイントで(写真)、地蔵堂と金属プレートの大撫不動尊四等三角点(403.33m)、それに名無しの通信塔がありました。道路の反対側にはスピカホールがあり、この前を横切って林から通信塔の管理道路に出ました。最初は東の端にあるNHK佐用テレビ・FM中継放送所に行ってからちょっと林を登って佐用郡消防署の「大撫山全身基地局無線中継所」そして巨大なNTTの大撫無線中継所を見てから管理道路を降りました。そして舗装道路には戻らず北に植林を登って、KDDIの佐用基地局、それにパラボラの付いた「大撫山無線中継所」を見ました。この付近には西から管理道路が来ています。樹齢推定150年のキンキマメサクラの木がありましたが、この付近の落ち葉は綺麗でした。


下山はこの付近から北東を降りました。植林を少し降りると平坦な自然林になりました。394m付近など広く平らで、分譲地にしたらよさそうでしたが、さらに下ると平坦地が何段もあって城趾のような雰囲気でした。しかしここに山城があったとはどこにも書いてありません。さらに下ると岩だらけで岩塊流の跡のようになりました。降りにくい岩の上を降りていくと、その下には細長い建物がありました。屋根と木の床と鉄骨の柱しか残っておらず、用途は不明です。ここへは道が来ていましたが、少し降りると笹薮になったので、林の方に戻って降りると林道に出ました。これは枝道のようで、ちょっと歩くと地形図の破線道に出ました。これを北のほうに歩いたのですが、これもかなり荒れていて、途中で何度も見失いました。最終的には大谷川砂防堰堤に出ました。堰堤の脇の舗装道路を下っていくと、これが最初に見た立入禁止の道路でした。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「佐用」です。



2024年12月7日土曜日

加美区多田から登る飯森山(その2)

 


何度も登っている飯森山ですが、今回は2022/12/07とほぼ同じコースです。ちょうど2年ぶりです。タイヤでできた怪獣?のオブジェのある扉(脇に小扉あり)から植林に入り、ロッジを過ぎて北に登りました。前回は途中で植林に入りましたが、今日は無理せずに坂を登っていき、脇道の林道に入りました。これは荒れていない林道で、南向きに斜面を登っていきます。最後は前回に尾根で登ってきた地点で森林基幹道千ヶ峰・三国岳線に合流しました。じっさい以前は千ヶ峰・三国岳線はこの地点でこの林道で下山するようになっていました。ここから前回と同様に尾根を登りました。ネットが邪魔ですが640m地点を過ぎると南側が伐採地で展望があります。翠明湖の橋や海まで見渡せるようになります(写真)。伐採地の脇を登り続け、さらに自然林の急斜面を登って、福畑山三等三角点(900.59m)のある飯森山の山頂に着きました。北側の越知川も見えるようになります。


下山も前回と同じで、南東の尾根を戻りました。こちらも伐採地のネットの脇を降ります。何回か林道と出合いましたが、前回にはなかったと思われるものもありました。最後は急斜面となりますが、東側は伐採地でネットが張られています。これは2年前にはなかった新しい伐採地のようでした。金属プレートの宮前奥山四等三角点(682.58m)はネットより少し上の藪の中でした。さらにネット沿いに東に行ってからネット沿いに下って林道に出ました。この林道は少し東に行くと終わっており、ここからネット沿いに下っていくと、丸太の階段があって、もう一つの林道に出ました。この林道はさらに南に続いていますが、そちらは草が生えていました。この付近の林道は伐採のための作業道のようです。ここからも伐採地の端のネット沿いに下り、法面の低そうなところで千ヶ峰・三国岳線に降りました。ガードレールを乗り越えて降りるとゴミが多そうな気がしたので、少し南に歩いてガードレールの切れている所から降りて、少し北に戻って再び伐採の端のネットに沿って降りました。ここはかなり急でしたが、伐採地の下端をまわって行き、伐採地から別れて尾根を下りました。この付近は地形図には破線道がありますが、ここまでは伐採地の中なので消えていました。伐採地の下には残っているかと思ったのですが、地形図で見ると破線道は尾根上ではなく谷に近い所にあるので敢えて探さずに降りました。最後は谷川に降りましたが、ここでは渡河は簡単で、北側を歩くと、最初は踏み跡程度でしたが、徐々に太くなり、地形図通りに北向きに降りていき、最初に歩いた林道に降りられました


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「生野」です。