2025年5月31日土曜日

山崎町野々上から登る野々上三角点

 


山崎町の野々上三角点には2008/08/31と2008/12/29に登りましたが、今回は西の野々上から登りました。野々上八幡神社の隣に好古館という懐古品を展示した施設があり、その前に駐車場があって「永尾山展望台まで5分」「山野草の小径」「ウンゼンツツジ群生地」という道標があります。ここから整備された登山道を登りました。ウンゼンツツジは時期外れでしたが、展望台では揖保川沿いが一望でき(写真)、小さな休憩所もあります。この付近を風の丘ガーデンと呼ぶそうです。


展望台から東に歩き、尾根を登ると害獣除けフェンスがあります。これを抜けると林道があり、尾根を登っていきます。この林道には尾根の南北両側から登って来られるようです。途中で道が尾根の両側に分かれていたので、道ではなく真ん中の尾根を歩きました。ここにも窪んだ道があり、ネットも尾根沿いに張られています。しかし結局292m地点の付近でまた北側の林道に出てきました。この先はまっすぐに543mピークを目指して登ろうかと思っていたのですが、地形図で見るとかなり急斜面です。いっぽう地形図には谷を渡ってひとつ北の緩やかな尾根を登る破線道が描かれており、これが尾根の北側の林道ではないかと推測して、林道を歩きました。すると確かにこの林道は谷を横切って北の尾根に延びており、複雑に分岐していますが尾根を登っていく林道がありました。稜線から標高差50mくらいのところで林道はまた左右の谷に行くようだったので、ここからは中央の尾根を登りました。藪っぽいのですが、突破できないようなものではなく、すぐに稜線に達しました。地形図ではこの付近で破線道が稜線を横切っていますが、見当たりません。


稜線上で530m+ピークから北に降りると、西側から道が登ってきていました。これが登ってきた林道と繋がっているのではないかと思って降りていってみたのですが、林道が下に見えるものの、この道は細くなって杣道となり、登ってきた尾根を巻いているような感じでした。作業道には違いないと思うのですが、不思議な道でした。稜線に戻って北に歩くと、厳しい斜面が待ち構えていました。木に掴まって標高差50m程を登って細尾根に上がりました。北に歩くと東側から林道が尾根近くに来て、地形図通りに折り返していました。真っ直ぐに斜面を登たところ倒木が多く、非常に歩きにくかったのですが、東に歩いて野々上四等三角点(597.53m)に着きました。藪の中ですが、今回は尾根を歩いてきたので簡単に見つけられました。以前は赤く塗られていたようですが、現在は色はついていません。


野々上三角点から西に藪を戻って、北西に藪の尾根を降りました。倒木と灌木で非常に歩きにくいのですが、溝状の道があります。少しずつ藪は薄くなり、道は下っていって、そのまま道を下れば地形図の破線道と繋がっているのかも知れません。しかしそちらには行かず、尾根を北西に降りました。藪はなくなって楽な尾根歩きになり、430m地点に着きました。ここからは南西に尾根を降りましたが、これも歩きやすく、深く掘られた道もありました。降りていくと植林になって林道がありました。最初は林道を西に歩きましたが、墓所があり、その先は人家らしく林道は終わっていたので、戻って谷を渡って南に降りて、地形図の実線道に降りました。害獣除けの扉を抜けて、野々上に戻りました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「山崎」です。



2025年5月27日火曜日

吉野川上流から中国自然歩道を歩く

 


新緑を見に吉野川の上流に行きました。舗装道路の終点の駐車場に車をとめて、中国自然歩道を歩きました。よく整備されています。天気が良く、新緑は素晴らしく綺麗でした。第一分岐点で若杉自然研究路に入りましたが、美しい自然林の林が続きました(写真)。説明板がたくさんあって、勉強になりました。急な坂には階段が設けられていますが、階段は膝に負担がかかるのでなるべく階段の外を登りました。ナラやブナの新緑を満喫して、県境の尾根に着きました。中国自然歩道をここで西に曲がり、少し歩いて西粟倉村、若桜町、智頭町の三町尾根点で北に曲がりました。県境は三町尾根点から西では藪になることを2018/07/31に知りました。


ここからは周囲は主に植林になりますが、尾根上は自然林が残っており、新緑を楽しめました。アップダウンがありますが急な所には階段があります。1191m地点、1111m地点を過ぎて階段を降りると芦津・吉川越です。智頭と若桜の間の峠ということになります。ここからは2018/07/25の逆コースです。この季節には自然林の緑に負けますが、やはり美しい植林の中を北に歩きました。ここもよく整備された中国自然歩道です。道標やマーキングがあって迷いやすい所はありませんが、ぼんやり歩いているとあらぬ方向に行く可能性もあります。狩谷三等三角点(1158.75m)にはベンチと案内板があります。ここは狩谷山だそうです。この付近から北は自然林が増え、展望もあって楽しめました。1206m地点を過ぎて、少し下ると林道沖ノ山線に出ました。


この先さらに北に歩くと東山ですが、今回は沖ノ山線を西の智頭町側に降りました。これも中国自然歩道です。舗装道路なので車に気をつけて降りていき、森林鉄道の説明板のある分岐から南に沖ノ山林道大川線を歩きました。この林道は何度か歩いています。最近大規模な伐採が行われたようですが、現在は作業している様子はありません。南に歩き、芦津・吉川越の西側の谷に入りました。ここも2018/07/25と2018/07/31に歩いている谷ですが、今回は林道ではなく谷の南側にある作業道を歩きました。この道はすぐに北の方に曲がりますが、道のない谷を登っていくと、南側にまた道がありました。これもすぐに終わりましたが、広い谷で、時々湿地になっている以外歩くには不都合はないので、新緑見ながらを登っていき、芦津・吉川越に着きました。


中国自然歩道を歩くなら南の1111mピークに長い階段で登らなければなりませんが、ここは近道を試みました。植林を南にトラバースして、1111mピークから南東に延びる尾根の先に出ました。このトラバースは急斜面ですが、作業道があって助かりました。南東に尾根を降りて谷に出て、さらに南東に登り返しました。周囲は植林で傾斜も緩いので楽に登れました。登り切ると県境の尾根に中国自然歩道があり、植生がいきなり変わって南側は美しい自然林になりました。東に歩いて、休憩所から南に階段を降りると若杉峠で、お地蔵様がありました。ここからは大茅スキー場方面に降りました。新緑の若杉天然林は感動的でした。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「西河内」「岩屋堂」です。



2025年5月25日日曜日

砥峰から福知川

 


2025/05/15に福知川沿いの千町・段ヶ峰線起点にある地図を見ていたら、「長沢村の集落跡」がありました。場所は高圧線が福知川を渡るあたりですが、福知川を渡るのは難しいので砥峰から行ってみることにしました。砥峰高原から北に行くと、砥峰登山口があります。山頂まで800mと書いてあるようです。ここから登山道を歩きました。途中に道標がいくつかあり、遊歩道と書いてあります。林道に3回出会って、その上は黒いプラ階段があって関電の巡視路のようですが、こちらの方向には鉄塔はありません。巡視路を歩いていくと、まっすぐには登らずに西に行ってしまうので少し心配になりましたが、結局は尾根に上がりました。土塁があり、それに沿って歩いて砥峰の山頂に着きました。以前は伐採されていたようですが、いまはアシビなどが茂っています。川上三等三角点(972.08m)があります。山頂からは下山近道の矢印もあって、巡視路を使わずに急斜面の尾根を降りる道でしょう。この山の名前は地形図では砥峰ですが、ところどころで砥峰山という名前が使われています。峰も山も同義なので、なんだか変ですが、砥峰高原の名前が知れ渡っているので、山を付けたくなる気持ちはわかります。


砥峰から北に歩いて尾根を下りました。2011/04/17の逆コースです。900m-の鞍部はちょっと展望があり、東側には林道が通っていました。ここから少し登って975mピークに行きました。それから引き換えして北の尾根を降りました。枝分かれが多いので方向に気をつけて降りていきました。途中にネットがありますが、問題なく福知川まで降りられました。この付近が地図で長沢村の集落跡になっていた所なので、歩き回ってその痕跡を探しましたが、何もありません。福知川を遡ると地形図では川が二本に別れて間に島があります。しかし上流で二本に分かれる付近は大規模な土砂崩れがあったらしく、福知川から水は流れておらず、実際には東側の水流は少なくなっていました。長沢村のあったとされている付近には錆びたドラム缶やワイヤーがありましたが、木材の切り出しの跡でしょう。人工物らしいものとしては石積がありましたが、これは炭焼き窯で、集落があったことの反証になりそうです(写真)。カマツカの花の咲いている気持ちの良い平坦地なので、農耕に使われた跡が無い方が不思議な気がしましたが、福地川が増水すれば水没してしまいます。なお、明治31年の地形図を見ると、この付近には福知川の北側に一つだけ建物が描かれています。


平坦地の南西側の斜面は植林で、帰りはまずここを登りました。急斜面ですが植林なので問題はありません。少し登ると幽霊のように白いものがたくさん立っていましたが、白いレースで囲まれた新しく植えられた植林です。その中に細身の草木南小田第一線四一鉄塔がありました。この先は南向きに植林の尾根を上がり、867mピークから東に降りて草木南小田第一線五一鉄塔に着きました。四一鉄塔から2本目なのですが、一気に番号が増えています。途中にあった鉄塔も五一鉄塔も付近には白い幽霊のような植林がありましたが、鉄塔の番号が増える方が育っていました。五一鉄塔の脇には林道があったのでそれを南に歩きました。しかし下っていくような感じはしないので、途中で尾根を下って県道39号線に降りました。途中で谷に降りたのですが、尾根を最後まで歩いたほうが楽だったかも知れません。また、降りてきた谷には北に向かう林道があったので、ひょっとしたら林道を逆に歩いたほうがよかったのかも知れません。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「長谷」です。






2025年5月15日木曜日

砥峰高原から琢美谷を下る

 


2018/12/02に琢美鉱山に行きましたが、その時は砥峰高原から往復しました。今回は琢美鉱山から福知渓谷に降りてみました。前回同様に砥峰高原のススキの間を登り(今年は山焼きは実施されていませんでした)、東屋から立入禁止の林道に入りました。そのまま尾根の鞍部を抜けて、地形図の破線道通りに琢美谷に向かって降りました。この林道は荒れていますが、いちど橋がなくて迂回したくらいで、あまり苦労せずに琢美鉱山の谷の下に出ました。この付近の林道はぬかるんでいます。今回は鉱山には行かず、そのまま谷を下りました。人工的な地形が続きますが、すぐにコンクリートの塊と、コンクリートの貯水槽のようなものが現れました(写真)。水が溜まっており、山水が流れ込んでいます。なんだかよくわかりませんが、鉄穴流しでいう大池とか、シックナーみたいなものかと想像しました。ということは、ここで少し精錬した鉱物を谷を下って運んで福知川沿いに出荷したということも想像できます。が、まずこれらの人工物が邪魔で谷を下るには谷の反対側に移らなければなりません。この付近の谷川はコンクリートの溝を流れており、渡れません。倒木が何本かあって、丸太橋のつもりで渡れるかも知れませんが、一本ですからとても危険です。結局谷を戻って、鉱山の下付近まで来ると土砂で溝が埋まっていて渡れました。ここから谷の北側を歩いて谷を降りると、貯水槽の先は林道はありません。どうやら谷を下って出荷はしていなかったようです。


細々とではありますが、谷を下る道は続いています。踏み跡と言ってもよいでしょう。マーキングもありますが、地籍調査のものが多く、道を示しているとは言えません。谷なので岩を登ったり降りたりもありますが、難しいのは流れを渡るところで、渡らなければ先へ進めない所もありますが、先がどうなっているのかわからない箇所もたくさんありました。マーキングが流れの向こう側にあっても、渡るべきかどうか悩んだこともありました。踏み跡はずっと続きますが、岩場に来るとわからなくなります。難所はたくさんあり、水流の脇が垂直で通れない時には少しよじ登って上の方を歩きました。一番の難所は地形図で神河町と宍粟市の境界線が谷をよぎっている付近で、谷が狭くて深く、滝の連続で、岩を伝って斜面の上の方を歩きました。当然下手をすると滑落します。谷に降りずに進んでいくと、踏み跡は植林の作業道に繋がっていました。これは歩きやすく、結局この後は谷に降りずに福知渓谷まで歩きました。谷に降りても歩けただろうと思いますが、場所によっては植林にエスケープが必要だろうと思います。福知渓谷の県道39号線に降りて琢美谷橋から見上げてみると、いきなり滝が見えました。谷下りはかなりの難所続きでしょう。


福知渓谷では県道39号線を歩きました。休日だと車の怖い道ですが、平日は車は来ないので新緑を楽しめました。広域基幹林道千町段ケ峰線の起点まで来て橋を渡り、砥峰高原の方に戻りましたが、ずっと県道を歩くのもつまらないと思い、すぐに林道に入りました。この林道はジグザグに斜面を登っていきますが、水平部分が多く、結局は県道に戻ってしまいました。しかたなくここからは植林の急斜面を登りました。オニゼンマイの密集している斜面を登り、さらに落ちた枝と間伐材で埋まっている急斜面を登りました。標高850mを付近を超えると少し楽になり、尾根歩きになりました。この付近は自然林も残っています。標高982mのピークには、地籍図根三角点がありました。この付近は2018/12/02に歩いていますが、西に少し降りると林道があったので、今回はこれを歩きました。砥峰高原に引き返し、周回路を歩いて自然交流館に戻りました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★★

地形図は「長谷」です。



2025年5月10日土曜日

野尻から登るマンガ谷三角点

 


波賀町原の東にあるマンガ谷三角点には、2012/05/19に原から登っていますが、今回はその時の下山コースに近い、野尻からのコースで登ってみました。国道29号線を引原川沿いに北上すると、皆木の北の付近で引原川を西に渡る手前に未舗装の道が二本分岐しています。上に上がっていく方には「この先4Km農園内入園禁止」という札があります。2012/06/02に笠ヶ城山から降りてくる時にこの阿舎利(広路山)林道を通りましたが、確かに農園の中を通っていました。この林道を使えないとこの付近の山歩きはかなり制限されますが、林道歩きが目的でもないので、いろいろルートは考えられます。阿舎利林道ではなく引原川沿いの道を歩くと、広路川を越えた先に上がっていく道があります。害獣除けの扉を通って登っていくと、昔の耕作地らしく、大きなログハウスがありました。ログハウスの先は植林で、どう登るかが問題でしたが、結局は谷沿いがいちばん楽そうでした。植林の広い谷なので、歩くのには差し支えありません。谷も水があるわけではなく、ほぼ中央を登っていきました。作業道もあって、最後はちょっと急でしたが、460m+の鞍部に出られました。鞍部の東側の眼下には林道がありました。


ここからはひたすら斜面を登りました。美しい新緑の自然林も植林もあります。落ち葉で滑りやすく、木が少なくて四つん這いで登ったところもありましたが、急斜面は少なく、ときどき緩やかになるので休みながら登りました。40分ほどで690m+ピークで登り着きました。ここからは2012/05/19の逆コースとなり、少し岩のある尾根を登って行きました。やや急な斜面はありますが、760m+ピーク近くからは植林で、小林四等三角点(793.74m)に着きました。展望はありません。この先も植林が続きます。おかげで歩きやすく、いったん730m+まで降りてから植林をまっすぐ登って標高810m+の植林に上がり、北に歩いて836mピークを通りました。少し降りてから、幅の広い植林の斜面を登りました。上には平らな稜線が見えます。稜線に登ってから東に歩くと北側下には林道があり、並行して植林の尾根を歩いてマンガ谷四等三角点(904.2m)に着きました。周囲は伐採してありますが、展望はありません(写真)。


下山は来たルートを引き返しました。836m地点に降りていく広い斜面は2012/05/19には迷って西の谷に行ってしまいましたが、今回はまっすぐ降りられました。この付近は東側に広い林道がありますが、航空写真で見ると広路川へ降りられるわけではなく、阿舎利林道に繋がっているようなので、確実なルートを下りました。標高810m+から東側の尾根を降りました。いったん760m+ピークに上がり、方向の確認しづらい広い植林の急斜面を、何度も方向を修正しながら降りて、細い尾根に乗りました。この付近もずっと植林で、急な所もありましたが降りやすい尾根でした。最後はどちらに降りるか悩みましたが、東側の広い植林を降りて阿舎利林道に出ました。こちらに降りたのは正解で、江戸時代の墓石の集められている「マンガ谷国有林過去諸聖霊位」がありました。これを見ると、マンガ谷というのはかなり広いエリアを指す名前のようです。反対側に降りたら見過ごすところでした。あとは阿舎利林道を下って下山しました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「音水湖」です。