篠山市の八上(やかみ)城は、戦国時代には波多野氏が守っていたものを明智光秀が落城させたので有名です。歴史を学びに登ってみました。
登山口は八上の春日神社です。トイレがありますが駐車スペースはごく僅かです。神社を見てから登山です。本丸まで45分と書いてあります。今は植林されていますが主膳屋敷跡を抜けて、木の階段が作られている登山道を登りました。途中には説明板があります。無いとどこが城跡か分からないでしょう。途中であちこちに展望があります。最後は三の丸、二の丸と過ぎて山頂の本丸跡に着きました。波多野秀治の碑があります。昭和初期に波多野氏復権運動があったのでしょうか?本丸の周囲だけは石垣が残っていますが、他には目につくような石垣がなくて、城跡っぽい雰囲気があまり味わえません。しかし周囲には平坦地が多く、山全体が城跡なのでしょう。
山頂を過ぎて南に歩くと、蔵屋敷跡などがあります。その先は分岐で、「藤ノ木坂コース」と「野々垣コース」に分かれています。前者は北に八上へ戻るようなので、後者を選びました。するとすぐ下が大竪堀となっており、竪堀を降りて行くと「朝路池跡」という朝路姫が入水自殺したという小さな池があり(小さすぎるような?)、番所を過ぎると広い谷です。幅は広いのですが全体に沼化しており、山際を歩きました。谷も道も狭くなって、方向を確認すると野々垣の方向へ降りる深い谷を降りていました。ここは南の尾根を歩くつもりだったので、少し戻って作業道を探し、尾根に上がって南に歩きました。400m+ピークを西側に巻いていく作業道を歩いて、細い尾根に乗りました。
ここからは尾根歩きですが、全体に自然林が多く、尾根は切り開かれています。地形図どうり、あまり急峻な所はありません。たまに倒木があったりしますが、全体に歩くのに困ることはありません。ただし低木が茂っている藪っぽい場所を抜ける所は何ヶ所かありました。348m地点を過ぎて少しずつ登って行くと、木々の間から北側の展望がありました。少し急な斜面を登ると、八上村三等三角点(519.69m)に着きました。周囲は伐採してありますが、展望はむしろピークの前後のほうがありました。さらに尾根を西に歩き、467mピークから下山することにしました。
467mピーク付近の北斜面は伐採されています。そこで斜面を降りて伐採地の西の縁を歩いて降りました。伐採に使った道は途中でなくなってしまったので、適当に雑木林を降りて、谷沿いの道に出ました。あとは溜池沿いに殿を通って歩いて八上に戻りました。溜池の堰堤から西の方へ行く道は「林道滝谷線 延長1240米」ですが、崩落しており通行止だそうで、ちょっと歩いてみたくなりました。
城跡から南に延々と延びる尾根は、登山コースとしては平坦で単調なので面白みには欠けます。しかし付近は戦国時代の激戦地で、この尾根にはありませんが周囲には山城がたくさんあったようです。歴史の浪漫を感じられる山ではありました。
展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「篠山」「福住」です。
2016年7月10日日曜日
大原の大空山
あまり高い山ではありませんが、良い名前の山です。場所は岡山県美作市、智頭急行大原駅の北です。江ノ原集落から登ることにしました。山に入っていく道はいくつかありますが、結局集落の北の、因幡街道が国道373に戻る付近の墓地から登りました。神社があり、墓地には江戸時代の墓もあります。その端から竹の多い荒れた急斜面を登りました。作業道の形跡がありますが、急斜面で滑りやすくて困りました。ひとしきり登ると尾根に出て、南側は植林、北側は自然林です。多少の倒木以外は障害物は少なく、風も涼しくて快適に登れました。標高480mを越えて、鳥取自動車道と智頭急行のトンネルの上を歩いていったん降りると、林道がありました。新しいもので、高圧線の鉄塔付近を通って北の桐尾方面から来ているのではないかと思います。これは無視して自然林の尾根を登ると、意外と周囲は広々としています。特に大空山のある主尾根に上がる手前には広い平坦地がありました。そして主尾根に出るとすぐに大空山山頂でした(写真)。吉田三等三角点(545.41m)があります。国土地理院のHPでは「電子基準点取り付け 不明」ですが、金属製のチップが付いていました。展望はありません。
大空山からは南に尾根を下りました。周囲は植林です。地形図では450m-の鞍部に破線道が描かれていますが、道らしい道はありません。ただし植林なので降りられそうな感じではありました。その南の490m+ピークを南東に曲がって尾根を歩きました。489mピークの手前は倒木が藪化していましたが、それ以外は大きな問題はありません。しばらくは広々とした尾根ですが、植林が消えると徐々に藪っぽくなりました。その南の猪の谷四等三角点(434.94m)の周囲は伐採されていますが、展望はありません。このまま南に歩くとどんどん出発点から外れてしまうので、西に適当に藪を降りました。そんなにひどい急斜面ではないのですが、藪っぽい尾根でした。最後は鳥取自動車道のフェンスに突き当たり、北に尾根を降りました。どうしたらよいのか分からないので東側の谷に降りましたが、真っ直ぐに尾根を降りるのが楽だったかも知れません。鳥取自動車道を潜り、さらに智頭急行を潜って、国道373号線に戻りました。
3時間くらいのショートコースです。特に見応えのあるものはありませんが、日本の田舎は良いですね。
展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「古町」です。
大空山からは南に尾根を下りました。周囲は植林です。地形図では450m-の鞍部に破線道が描かれていますが、道らしい道はありません。ただし植林なので降りられそうな感じではありました。その南の490m+ピークを南東に曲がって尾根を歩きました。489mピークの手前は倒木が藪化していましたが、それ以外は大きな問題はありません。しばらくは広々とした尾根ですが、植林が消えると徐々に藪っぽくなりました。その南の猪の谷四等三角点(434.94m)の周囲は伐採されていますが、展望はありません。このまま南に歩くとどんどん出発点から外れてしまうので、西に適当に藪を降りました。そんなにひどい急斜面ではないのですが、藪っぽい尾根でした。最後は鳥取自動車道のフェンスに突き当たり、北に尾根を降りました。どうしたらよいのか分からないので東側の谷に降りましたが、真っ直ぐに尾根を降りるのが楽だったかも知れません。鳥取自動車道を潜り、さらに智頭急行を潜って、国道373号線に戻りました。
3時間くらいのショートコースです。特に見応えのあるものはありませんが、日本の田舎は良いですね。
展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「古町」です。
2016年7月2日土曜日
播但線の廃トンネルを歩く
生野の南にある播但線の廃トンネルは、前から地形図で見て気になっていました。しかし廃トンネルはどこでもコンクリートで蓋をされるか柵が作られていて、入れないのが普通です。ところが[1]を読むと、今でも中に入れるようなので、行ってみることにしました。
問題は、どうやってトンネルに到達するかです。この廃線区間は市川の東側にあって、この間に橋はありません。となると方法は3つ考えられて、(1)市川を歩いて渡る、(2)播但線の鉄橋で市川を渡る、(3)北の工場を通る、(4)市川の東側の山を越える、です。(1)は長靴が必要ですし(2)は見つかると警察に連れて行かれます。(3)は知り合いがいない私には無理で、結局(4)の山越えを選びました。
出発点は生野峠です。2009/05/02に同じルートを歩いていますが、登り口を忘れました。西に向かってコンクリートの階段があり、登って植林に入ると江戸時代末期から昭和初期までの墓石がありました。その背後の植林の急斜面を登って尾根に出て、あとは尾根沿いに歩きました。アップダウンを経て、藤ノ棚三等三角点(460.81m)に着きました。周囲は原っぱですが展望はありません。ただしこの付近の尾根は木々の間からあちこちの方向が見えることがあります。さらに植林の尾根を歩いて490m+地点に出ますが、ここは迷い易い場所です。今日は南に歩きましたが、尾根が見えないので今回も迷いました。その後も植林が多いのですが、自然林もあってちょっと藪っぽい場所もあります。それでも大した問題はなく、527mピークを過ぎ、目指していた510m+ピークに着きました。三菱の黄色いプラスチック杭と頭の赤い地籍調査の杭が並んでいます。ここから北に尾根を降りました。
この尾根は降りて行くと植林になり、最後はかなり急になります。南側に寄って降りていくと、播但線の鉄橋が見えました。周囲をよく見ると、自分がトンネルの入口の上にいることに気付きました。播但線の線路に出ないで回りこむのは難しそうでしたが、トンネルの山側はしっかりした石組みになっていて、その上を歩いて降りて行くと、トンネルの南側に出られました。明治28年に作られたという割にはしっかりしたトンネルで、中に入れます。入口にレンガや材木が置かれており、最近清掃された感じです。名前は向山トンネルというそうです([1])。向こう側の出口が見通せるくらいの長さです。床はコンクリートで、壁のレンガもかなりしっかり残っています。廃線になったのは昭和2年だそうですから、80年以上も手入れをしていなかったとは思えない保存の良さです。
向山トンネルを出ると廃線の跡ですが、植林されています。倒木もありますが、山側と川側の石積みはしっかりと残っています。不思議なのは比較的新しい(とは言っても50年もの)の碍子のかけらがあちこちに落ちていることで、以前は電線が引かれていたのかも知れません。川に沿って歩いて行くので勾配はほとんど感じられません。途中に山側からの水流をまたぐ場所があって、レールは残っていませんからギャップが開いていますが、飛び越すのは難しいので山側を巻きました。この部分の石積みもしっかり残っています。写真は[1]をごらんください。途中には尾根の先を切り通した部分もあります。
そして、畑山トンネルに着きました。しかし入口は倒木などで藪化しており、しかもトンネルの入口は水没しています。長靴がないのでここはパスして、尾根の先を越しました。これが意外と急斜面を横切る場面が多く、滑落に気を使いました。途中には大きな岩もありますし、また頭上を可愛らしい送電線が越えていく場所もあります。この送電線は川尻から市川を渡って来ますが、山は越えないで、尾根を越えたらまた市川側に戻るようでした。ようやく尾根の北側にまわると、畑山トンネルの入口がありました。こちら側は水没していません。このトンネルはゆるくカーブしていますが、南の出口からの光が弱く見えます。足元は砂利です。レンガには亀裂が多く、剥がれている場所もたくさんありました。中を歩いて北の出口に近づくと、土が積もっている場所があり、その北側は水没していました(写真)。この土がどこから来たかと見上げると、頭上のレンガが剥がれて、穴が空いていました。穴の大きさに比べると土の量は多すぎるような気もしましたが、この土のおかげでトンネル全部が水没しないですんでいます。
畑山トンネルの北にも廃線跡の植林は続いており、また途中に山側からの水流をまたぐ場所がありました。そのうちに播但線の鉄橋が見えてきて、山から林道が降りてきて下を潜っていました。その先は私有地につき立入り禁止なので、林道で山に戻ることにしました。なおこの鉄橋には大正15年と書かれているようで、昭和2年に播但線のルートが変わったことと合致しています。さて林道は草は生えていないのですが、途中から倒木で塞がれてしまいます。不思議なのはこれらの倒木は自然に倒れたのではなく、伐採した木なのです。ちゃんと片付ければ良かったのだと思うのですが。頑張ってフィールドアスレチックのつもりで倒木を乗り越えたり潜ったりして、ようやく畑山トンネルの通っている尾根の上にでました。ここには「災害に強い森づくり」という朝来市の作った樹木整備の看板があり、この先はさらに良い林道になります。しかし水平に伸びているだけなので、途中から急斜面をよじ登って尾根に上がりました。尾根沿いを東に登って行くと、再び林道がありました。これも太い林道で尾根を横切っていますが、南側はやはり伐採した倒木で埋まっています。ちょっと林道を北に歩くと、伐採地に出ました。植樹してあり、ネットで囲った区画の中に植えた木は鹿避けネットで巻いてありますが、林道の路肩が崩れて鹿は自由に出入りできそうです。北には「兵庫森林組合連合会バイオマスエネルギーbe材供給センター」があって、大量の材木が積んであります。再び尾根に戻って、490m+地点に出て、藤ノ棚三角点に戻りました。
藤ノ棚三角点から少し東に降りた所には尾根を横切る浅い切通があるのですが、そこの南側にレールを発見しました。この地点で尾根を越えるという発想は分かりますし、北側には道があるようでしたが、尾根を越した南側は急斜面で、レールが延ばせるとは思えません。謎です。この後は最初に通った尾根は歩かずに、踏み跡を辿って南の尾根に出ると、木の階段が作られていました。これを降りてみたのですが、途中でシダが増えて道は不明瞭になりました。それでも谷を降りるとベンチがあって、散策路として整備されたことがあるのでしょう。ベンチからは水平に道があるのですが、藪化していて水平とはいえ歩くのは大変でした。しかもぐるっと周って国道312号線に近づいても、道との間は抜けられそうもない藪でした。結局植林に戻ってから国道に降りやすそうな場所を探すと、最初に上がった階段のすぐ近くに出てきました。
トンネルを二つとも歩けたので大満足です。整備したら福知山線のような人気スポットになるかも知れません。
展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「生野」です。
問題は、どうやってトンネルに到達するかです。この廃線区間は市川の東側にあって、この間に橋はありません。となると方法は3つ考えられて、(1)市川を歩いて渡る、(2)播但線の鉄橋で市川を渡る、(3)北の工場を通る、(4)市川の東側の山を越える、です。(1)は長靴が必要ですし(2)は見つかると警察に連れて行かれます。(3)は知り合いがいない私には無理で、結局(4)の山越えを選びました。
出発点は生野峠です。2009/05/02に同じルートを歩いていますが、登り口を忘れました。西に向かってコンクリートの階段があり、登って植林に入ると江戸時代末期から昭和初期までの墓石がありました。その背後の植林の急斜面を登って尾根に出て、あとは尾根沿いに歩きました。アップダウンを経て、藤ノ棚三等三角点(460.81m)に着きました。周囲は原っぱですが展望はありません。ただしこの付近の尾根は木々の間からあちこちの方向が見えることがあります。さらに植林の尾根を歩いて490m+地点に出ますが、ここは迷い易い場所です。今日は南に歩きましたが、尾根が見えないので今回も迷いました。その後も植林が多いのですが、自然林もあってちょっと藪っぽい場所もあります。それでも大した問題はなく、527mピークを過ぎ、目指していた510m+ピークに着きました。三菱の黄色いプラスチック杭と頭の赤い地籍調査の杭が並んでいます。ここから北に尾根を降りました。
この尾根は降りて行くと植林になり、最後はかなり急になります。南側に寄って降りていくと、播但線の鉄橋が見えました。周囲をよく見ると、自分がトンネルの入口の上にいることに気付きました。播但線の線路に出ないで回りこむのは難しそうでしたが、トンネルの山側はしっかりした石組みになっていて、その上を歩いて降りて行くと、トンネルの南側に出られました。明治28年に作られたという割にはしっかりしたトンネルで、中に入れます。入口にレンガや材木が置かれており、最近清掃された感じです。名前は向山トンネルというそうです([1])。向こう側の出口が見通せるくらいの長さです。床はコンクリートで、壁のレンガもかなりしっかり残っています。廃線になったのは昭和2年だそうですから、80年以上も手入れをしていなかったとは思えない保存の良さです。
向山トンネルを出ると廃線の跡ですが、植林されています。倒木もありますが、山側と川側の石積みはしっかりと残っています。不思議なのは比較的新しい(とは言っても50年もの)の碍子のかけらがあちこちに落ちていることで、以前は電線が引かれていたのかも知れません。川に沿って歩いて行くので勾配はほとんど感じられません。途中に山側からの水流をまたぐ場所があって、レールは残っていませんからギャップが開いていますが、飛び越すのは難しいので山側を巻きました。この部分の石積みもしっかり残っています。写真は[1]をごらんください。途中には尾根の先を切り通した部分もあります。
そして、畑山トンネルに着きました。しかし入口は倒木などで藪化しており、しかもトンネルの入口は水没しています。長靴がないのでここはパスして、尾根の先を越しました。これが意外と急斜面を横切る場面が多く、滑落に気を使いました。途中には大きな岩もありますし、また頭上を可愛らしい送電線が越えていく場所もあります。この送電線は川尻から市川を渡って来ますが、山は越えないで、尾根を越えたらまた市川側に戻るようでした。ようやく尾根の北側にまわると、畑山トンネルの入口がありました。こちら側は水没していません。このトンネルはゆるくカーブしていますが、南の出口からの光が弱く見えます。足元は砂利です。レンガには亀裂が多く、剥がれている場所もたくさんありました。中を歩いて北の出口に近づくと、土が積もっている場所があり、その北側は水没していました(写真)。この土がどこから来たかと見上げると、頭上のレンガが剥がれて、穴が空いていました。穴の大きさに比べると土の量は多すぎるような気もしましたが、この土のおかげでトンネル全部が水没しないですんでいます。
畑山トンネルの北にも廃線跡の植林は続いており、また途中に山側からの水流をまたぐ場所がありました。そのうちに播但線の鉄橋が見えてきて、山から林道が降りてきて下を潜っていました。その先は私有地につき立入り禁止なので、林道で山に戻ることにしました。なおこの鉄橋には大正15年と書かれているようで、昭和2年に播但線のルートが変わったことと合致しています。さて林道は草は生えていないのですが、途中から倒木で塞がれてしまいます。不思議なのはこれらの倒木は自然に倒れたのではなく、伐採した木なのです。ちゃんと片付ければ良かったのだと思うのですが。頑張ってフィールドアスレチックのつもりで倒木を乗り越えたり潜ったりして、ようやく畑山トンネルの通っている尾根の上にでました。ここには「災害に強い森づくり」という朝来市の作った樹木整備の看板があり、この先はさらに良い林道になります。しかし水平に伸びているだけなので、途中から急斜面をよじ登って尾根に上がりました。尾根沿いを東に登って行くと、再び林道がありました。これも太い林道で尾根を横切っていますが、南側はやはり伐採した倒木で埋まっています。ちょっと林道を北に歩くと、伐採地に出ました。植樹してあり、ネットで囲った区画の中に植えた木は鹿避けネットで巻いてありますが、林道の路肩が崩れて鹿は自由に出入りできそうです。北には「兵庫森林組合連合会バイオマスエネルギーbe材供給センター」があって、大量の材木が積んであります。再び尾根に戻って、490m+地点に出て、藤ノ棚三角点に戻りました。
藤ノ棚三角点から少し東に降りた所には尾根を横切る浅い切通があるのですが、そこの南側にレールを発見しました。この地点で尾根を越えるという発想は分かりますし、北側には道があるようでしたが、尾根を越した南側は急斜面で、レールが延ばせるとは思えません。謎です。この後は最初に通った尾根は歩かずに、踏み跡を辿って南の尾根に出ると、木の階段が作られていました。これを降りてみたのですが、途中でシダが増えて道は不明瞭になりました。それでも谷を降りるとベンチがあって、散策路として整備されたことがあるのでしょう。ベンチからは水平に道があるのですが、藪化していて水平とはいえ歩くのは大変でした。しかもぐるっと周って国道312号線に近づいても、道との間は抜けられそうもない藪でした。結局植林に戻ってから国道に降りやすそうな場所を探すと、最初に上がった階段のすぐ近くに出てきました。
トンネルを二つとも歩けたので大満足です。整備したら福知山線のような人気スポットになるかも知れません。
展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「生野」です。
2016年6月18日土曜日
大屋町の中間三角点
大屋町には山がたくさんありますが、歩きやすそうなコースを探していて、中間三角点に行くことを思い付きました。出発点は大谷川沿いの、大屋町中間です。民家の間を抜けて北に歩くと川沿いの道になります。少し歩くと昔の畑らしく、石垣があります。今は植林になっているので、作業道をたどって登ることにしました。とても急な斜面で、作業道も微かに残っている程度なので、滑落に気を使って登りました。途中に植林だけでなく竹も生えているのが不思議でした。かなり上の方まで平坦地が作られているのも不思議です。途中にときどき入らな所もありますが、この急斜面が標高差で200m近く続きます。546m地点まで来てほっと一息という感じですが、ここから目標の三角点まで、まだ標高差400m近くあります。それでも標高が上がると徐々に登りも楽になりました。藪は全くありません。約2時間登り続けて、ようやく中間三等三角点(915.49m)に着きました。植林と自然林の境界付近の三角点で、展望は皆無です。
三角点から先は、西の尾根を回りました。ほぼ平らな尾根ですが、間違いやすい場所もあります。西に進んで、突き当りを南に曲がって、ちょっと植林の立て込んだ場所を抜けると、しばらくは植林が続きます。888m地点の先はちょっと迷いましたが、そこを抜けると良い雰囲気の植林が続きます。東に向きを変えて、896mピークの手前には共同アンテナがありました。812m地点あたりはクヌギの林となりました。間違えずに東に降りて行くと、また植林となり、637m地点付近では北の谷川を見下ろせます。谷に降りても道はないでしょうから、そのまま東に降りましたが、この付近は尾根が広くて迷いそうになりました。あとは尾根を伝って、最後は南に向かいました。中間の集落に降りたほうが良かったのかも知れませんが、人家の無い栗ノ下の方向に降りました。最後は非常に急な植林で、降りるのは大変でした。降りても害獣避けのガードが固くて、ちょっと苦労しました。
最初と最後は急斜面の植林を通らざるを得ませんが、尾根は風もあって快適でした。航空写真で見るとこの付近は伐採地も多いのですが、尾根を歩いている限りでは伐採地には出会いませんでした。
展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「戸倉峠」です。
三角点から先は、西の尾根を回りました。ほぼ平らな尾根ですが、間違いやすい場所もあります。西に進んで、突き当りを南に曲がって、ちょっと植林の立て込んだ場所を抜けると、しばらくは植林が続きます。888m地点の先はちょっと迷いましたが、そこを抜けると良い雰囲気の植林が続きます。東に向きを変えて、896mピークの手前には共同アンテナがありました。812m地点あたりはクヌギの林となりました。間違えずに東に降りて行くと、また植林となり、637m地点付近では北の谷川を見下ろせます。谷に降りても道はないでしょうから、そのまま東に降りましたが、この付近は尾根が広くて迷いそうになりました。あとは尾根を伝って、最後は南に向かいました。中間の集落に降りたほうが良かったのかも知れませんが、人家の無い栗ノ下の方向に降りました。最後は非常に急な植林で、降りるのは大変でした。降りても害獣避けのガードが固くて、ちょっと苦労しました。
最初と最後は急斜面の植林を通らざるを得ませんが、尾根は風もあって快適でした。航空写真で見るとこの付近は伐採地も多いのですが、尾根を歩いている限りでは伐採地には出会いませんでした。
展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「戸倉峠」です。
2016年6月15日水曜日
篠山口駅から登る松尾山
前回(2016/3/25)は南の住山から登った丹波の松尾山と白髪岳ですが、今回は東の篠山口駅から登りました。駅からすぐの「大沢ロマンの森」へ入り、八幡神社を通って植林に入りました。道が整備されていて、たいへん登りやすくなっています。標高325mの禄庄城跡には説明板があります。木の間から僅かに町が見えます。ここからは尾根を縦走しました。尾根上には大沢城跡(422m)がありました。細長い平地があるだけですが、周囲は段々に削られていて、ちょっと山城らしい雰囲気があります。しかし細長いお城です。建物を建てるのも大変そうです。
更に植林を急登して歩くと、火とぼし山(標高約501m)という場所があり、篠山方面の見晴らしが良いので(写真)、のろしを上げたのでしょう。佐幾山城址への分岐があります。ここへは八幡神社から直接登れるはずです。この先もずっと整備された道があります。次は尾根から少し北に外れた場所に鉄塔がありました。斜面が急なのでプレートを読みに行かなかったのですが、播磨中央線121号鉄塔でしょう。眺望は良好です。この先はすぐに三角点がありました。音羽三等三角点(530.30m)で道の真中にあって展望はありません。さらに西へ歩くと、途中に味間新への道(ほとんど形を留めない)があって、その先には石仏がありました。
そして、「肩越の辻」という場所に出ました。ここは地形図でも破線道が集まっていますが、道があちこちから来ていました。一つは北の文保寺からの道、真っ直ぐ西は白髪岳、南は「高仙寺本堂跡より住山へ」となっています。ここは文保寺と高仙寺を繋ぐ重要な峠だったのでしょう。面白いのは西の道が松尾山ではなく白髪岳に向かっていることです。ちょっと西に歩くとまた石仏がありましたが、この辺で見た2つの石仏は文保寺と高仙寺を結ぶルートには乗っていません。その先には松尾山山頂への分岐があり、白髪岳への道は北を巻いていきます。松尾山へ向かうとやや急な登りで、大きな岩があるなと思ったら山頂に出ました。大きな岩は四角いものが多く、城に使われていたのでしょう。山頂は酒井城跡です。西向きには「白松の辻より白髪岳へ」という標識があり、分かりにくい斜面を降りてマーキングを探すと、「鐘掛の辻」に出てきました。ここは北を巻いていた道との合流点で、南はワン谷ですが、白松の辻はどこに行ったのでしょうか?
鐘掛の辻からは前回同様に白髪岳まで道を歩きました。ずっと木の柱の道標があります。白髪岳の北側はロープがありますが、足元が岩の所は滑りやすく、道ではなくヤブの中を登りました。白髪岳は素晴らしい展望が広がり、白髪岳二等三角点(721.50m)があります。今日は北にまた急坂を降りて、そのまま689mピークに登りました。ピークからは北側が見えます。ここからは北西に尾根を降りました。ちょっと狭くなりますが道はあります。途中に植林を北に降りる道がありましたが、そのまま尾根を644mピークまで歩きました。ここでは西にも道がありますが、そのまま北に尾根を歩くと、行き止まりのような感じになりました。ここは市境が北西に折れ曲がっている所です。市境の方は藪でしたが、よく見ると北東に細い道がありました。これを降りて行くと、播磨中央線一一五鉄塔がありました。ここも良い眺めです。鉄塔の北側は藪ですが、抜けると植林に入ります。ここは尾根に溝があって、それに沿って降りて行くと、最後は雑木林になり、金網に扉を見つけて茶畑の多い味間奥に降りられました。
松尾山までは2時間ほどでした。ほぼ全ルートに道がありました。なぜ文保寺からの道が松尾山ではなく白髪岳へ向かうのかとか、石仏の位置とか、分からないことがいくつかありますが、昔から人の往来が多かった山なのでしょう。
展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「篠山」です。
更に植林を急登して歩くと、火とぼし山(標高約501m)という場所があり、篠山方面の見晴らしが良いので(写真)、のろしを上げたのでしょう。佐幾山城址への分岐があります。ここへは八幡神社から直接登れるはずです。この先もずっと整備された道があります。次は尾根から少し北に外れた場所に鉄塔がありました。斜面が急なのでプレートを読みに行かなかったのですが、播磨中央線121号鉄塔でしょう。眺望は良好です。この先はすぐに三角点がありました。音羽三等三角点(530.30m)で道の真中にあって展望はありません。さらに西へ歩くと、途中に味間新への道(ほとんど形を留めない)があって、その先には石仏がありました。
そして、「肩越の辻」という場所に出ました。ここは地形図でも破線道が集まっていますが、道があちこちから来ていました。一つは北の文保寺からの道、真っ直ぐ西は白髪岳、南は「高仙寺本堂跡より住山へ」となっています。ここは文保寺と高仙寺を繋ぐ重要な峠だったのでしょう。面白いのは西の道が松尾山ではなく白髪岳に向かっていることです。ちょっと西に歩くとまた石仏がありましたが、この辺で見た2つの石仏は文保寺と高仙寺を結ぶルートには乗っていません。その先には松尾山山頂への分岐があり、白髪岳への道は北を巻いていきます。松尾山へ向かうとやや急な登りで、大きな岩があるなと思ったら山頂に出ました。大きな岩は四角いものが多く、城に使われていたのでしょう。山頂は酒井城跡です。西向きには「白松の辻より白髪岳へ」という標識があり、分かりにくい斜面を降りてマーキングを探すと、「鐘掛の辻」に出てきました。ここは北を巻いていた道との合流点で、南はワン谷ですが、白松の辻はどこに行ったのでしょうか?
鐘掛の辻からは前回同様に白髪岳まで道を歩きました。ずっと木の柱の道標があります。白髪岳の北側はロープがありますが、足元が岩の所は滑りやすく、道ではなくヤブの中を登りました。白髪岳は素晴らしい展望が広がり、白髪岳二等三角点(721.50m)があります。今日は北にまた急坂を降りて、そのまま689mピークに登りました。ピークからは北側が見えます。ここからは北西に尾根を降りました。ちょっと狭くなりますが道はあります。途中に植林を北に降りる道がありましたが、そのまま尾根を644mピークまで歩きました。ここでは西にも道がありますが、そのまま北に尾根を歩くと、行き止まりのような感じになりました。ここは市境が北西に折れ曲がっている所です。市境の方は藪でしたが、よく見ると北東に細い道がありました。これを降りて行くと、播磨中央線一一五鉄塔がありました。ここも良い眺めです。鉄塔の北側は藪ですが、抜けると植林に入ります。ここは尾根に溝があって、それに沿って降りて行くと、最後は雑木林になり、金網に扉を見つけて茶畑の多い味間奥に降りられました。
松尾山までは2時間ほどでした。ほぼ全ルートに道がありました。なぜ文保寺からの道が松尾山ではなく白髪岳へ向かうのかとか、石仏の位置とか、分からないことがいくつかありますが、昔から人の往来が多かった山なのでしょう。
展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「篠山」です。
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