先週石龕寺の東側の尾根を歩きましたが、今回は西側を歩いてみました。井原の北の丘に神社(稲荷)があり、その裏の金網の扉から山に入りました。植林ですが上の方は急斜面の藪なので、作業道を見つけて西にトラバースして、傾斜の緩やかな付近から尾根に登りました。登ってみると典型的な藪山で、シダが邪魔な程度でした。地形図ではこの尾根には岩場がいくつも尾根上に描かれていますが、この尾根の岩は風化しており、むしろ歩き易く、西向きには展望もあります。
325mピークを過ぎたあたりからは道も作られていますが、ピークは巻いて行くことが多いようでした。ピークに登ってもシダ藪があるだけなことが多いので、巻いて行くのは正解ですが、その道も古くて通れなくなっている箇所が多数ありました。426mピークの手前あたりからは、山南町和田方面が見渡せます(写真)。439mピークを過ぎると、次のピークで関電の巡視路と合流します。鉄塔は、プレートが下の方にあったのでわざわざ確認はしていませんが、奥多々良木線55鉄塔と思われます。狭い尾根を挟んで立っています。この先のピークには、大きな平べったい岩があります。東に歩いて登山道に出ると、歩いてきた方向には「重ね岩へ0.3km」と書いてあったので、この岩のことでしょう。
ここからは、先週歩いた道を逆に歩きました。岩屋山山頂から石戸山に行きました。山頂の案内板には「これより少し北に鉄平石の採石場跡がある。その付近は360度の展望がたのしめます」とあったので、更に北に行ってみました。確かに人の手で地形が大きく変えられた跡がありました。展望は木が伸びすぎて360度とはいかないようですが、木の先端越しに柏原方面や氷上町の北のほうが見渡せました。南に戻り、切り堀の説明板のある所から急斜面を降りて、鉱山跡に出ました。この斜面は関電の巡視路なので整備されていますが、枯れ葉で足を滑らせそうになりました。鉱山跡を再び見てから、東側の急勾配を登り、奥多々良木線57鉄塔に行きました。この場所を頭光嶽というのでしょうか。ここからは石龕寺の奥の院を経由して、石龕寺に下山しました。とても良く整備された道でした。
東側の尾根よりも展望があって楽しめる尾根でした。
展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「丹波和田」「柏原」です。
2014年5月3日土曜日
東から登る平石山
平石山には西側の川上から登ったことがありますが、今回は東の栃原川沿いから登ってみました。
県道39号線沿いの、栃原の南の集落の南側に林道があります。これを西に栗谷川沿いに登って行くと、平成24年竣工の高さ14mという巨大な堰堤(金属パイプを組み合わせたタイプ)に出ます。ここから川の北側に渡り、少し登ってから北側の植林を登りました。非常に急な斜面で、作業道がほとんど残っておらず、足元は崩れやすく、まっすぐは登れないので斜めに登って尾根に出ました。付近は植林が多く、たまにアシビの藪がある程度で、勾配もきつくなく、歩きやすい尾根でした。この山には地籍図根三角点がたくさんあります。展望はほとんどありませんが、894mピークを過ぎる頃からコバノミツバツツジが増えて、綺麗な花を咲かせていました(写真)。そして標高1000mに近づくと付近は平らになり、アシビが群生しています。このアシビの藪を抜けるのは大変で、なるべく大回りして強行突破は回避しました。アシビも白い花をたくさん咲かせています。頂上近くには広くて気持ちの良い場所もあり、その上付近に朽原三等三角点(1061.20m)があります。アシビの藪をかき分けて探さなくても見つかるはずですが、付近にある「平石山頂そこ」という赤い標識が藪を指し示しているので、藪に突入して探しそうです。
しかし、平石山から南に尾根を縦走するには、まずはアシビの強力な藪を突破しなければなりません。これを抜けると歩きやすくなります。途中に「南平石山1051」と書かれた木板が下がっていましたが、場所は1051mピークの南の1060m+ピークでした。再びアシビを抜けて、1067mピークの手前に、地籍図根三角点だけでなく、金属プレートの四等三角点がありました。No.113667ですが、検索しても見つかりません。1067mピーク付近もアシビの大きな群生があり、尾根が広いので方向が分からなくなりました。なんとか東に歩いて行くと、少し降りた1030m+付近もアシビに覆われており、南側を少し巻いて進みました。アシビの生えていない所は広くて気持ちの良い尾根なのですが、それでも方向が時々分からなくなりました。結局高星山まで1時間ほどかかってしまいました。ここには新田三等三角点(1016.33m)がありますが、これも探すのは大変です。ピークにあるアシビの藪をかき分けて探しましたが、結局三角点はピークの南側斜面から少し登り返した所にありました。前回も探すのに苦労したのですが、場所まで覚えていませんでした。
ここから下山です。普通なら朝来市と神河町の境界の尾根をずっと南に下っていくのですが、少しショートカットしようと思って、高星山から東に広い尾根を歩きました。この尾根も所々にアシビが生えており、広いので迷いやすいのですが、雰囲気は悪くありません。923mピークには地籍図根三角点があり、展望もあります。ここからが本格的な下山なのですが、少し降りると巨大な岩に遭遇しました。標高850m付近にある岩です。本当ならここは北側の尾根を真っ直ぐ降りていけば良かったのですが、岩に圧倒されて位置を確認するのを忘れて、岩の西側を降りてしまいました。非常に急な斜面で、危険でした。この巨大な岩は地面に埋まっておらず、下側にたくさん洞窟のような穴がありました。岩の下に出ても急斜面は変わらず、尾根を探して降りましたが、また岩場に出てしまいました。これも地形図にある岩で、ここは慎重に現在位置をGPSで確認し、岩場をトラバースして東側に抜け出しました。この作戦は正解で、比較的緩やかな斜面を降りることが出来て、15分ほどで古い林道に出ることができました。あとはこの林道を降りて、生野学園に降りてきました。途中で簡易コンクリート舗装になりますが、コンクリートが割れたり土石流で流されたりしているため、単純な林道歩きとはなりませんでした。
6時間近く歩いていました。下山は素直に南の尾根を降りるのが正解だったでしょう。
展望 ★★☆
藪山度 ★★☆
地形図は「長谷」「生野」です。
県道39号線沿いの、栃原の南の集落の南側に林道があります。これを西に栗谷川沿いに登って行くと、平成24年竣工の高さ14mという巨大な堰堤(金属パイプを組み合わせたタイプ)に出ます。ここから川の北側に渡り、少し登ってから北側の植林を登りました。非常に急な斜面で、作業道がほとんど残っておらず、足元は崩れやすく、まっすぐは登れないので斜めに登って尾根に出ました。付近は植林が多く、たまにアシビの藪がある程度で、勾配もきつくなく、歩きやすい尾根でした。この山には地籍図根三角点がたくさんあります。展望はほとんどありませんが、894mピークを過ぎる頃からコバノミツバツツジが増えて、綺麗な花を咲かせていました(写真)。そして標高1000mに近づくと付近は平らになり、アシビが群生しています。このアシビの藪を抜けるのは大変で、なるべく大回りして強行突破は回避しました。アシビも白い花をたくさん咲かせています。頂上近くには広くて気持ちの良い場所もあり、その上付近に朽原三等三角点(1061.20m)があります。アシビの藪をかき分けて探さなくても見つかるはずですが、付近にある「平石山頂そこ」という赤い標識が藪を指し示しているので、藪に突入して探しそうです。
しかし、平石山から南に尾根を縦走するには、まずはアシビの強力な藪を突破しなければなりません。これを抜けると歩きやすくなります。途中に「南平石山1051」と書かれた木板が下がっていましたが、場所は1051mピークの南の1060m+ピークでした。再びアシビを抜けて、1067mピークの手前に、地籍図根三角点だけでなく、金属プレートの四等三角点がありました。No.113667ですが、検索しても見つかりません。1067mピーク付近もアシビの大きな群生があり、尾根が広いので方向が分からなくなりました。なんとか東に歩いて行くと、少し降りた1030m+付近もアシビに覆われており、南側を少し巻いて進みました。アシビの生えていない所は広くて気持ちの良い尾根なのですが、それでも方向が時々分からなくなりました。結局高星山まで1時間ほどかかってしまいました。ここには新田三等三角点(1016.33m)がありますが、これも探すのは大変です。ピークにあるアシビの藪をかき分けて探しましたが、結局三角点はピークの南側斜面から少し登り返した所にありました。前回も探すのに苦労したのですが、場所まで覚えていませんでした。
ここから下山です。普通なら朝来市と神河町の境界の尾根をずっと南に下っていくのですが、少しショートカットしようと思って、高星山から東に広い尾根を歩きました。この尾根も所々にアシビが生えており、広いので迷いやすいのですが、雰囲気は悪くありません。923mピークには地籍図根三角点があり、展望もあります。ここからが本格的な下山なのですが、少し降りると巨大な岩に遭遇しました。標高850m付近にある岩です。本当ならここは北側の尾根を真っ直ぐ降りていけば良かったのですが、岩に圧倒されて位置を確認するのを忘れて、岩の西側を降りてしまいました。非常に急な斜面で、危険でした。この巨大な岩は地面に埋まっておらず、下側にたくさん洞窟のような穴がありました。岩の下に出ても急斜面は変わらず、尾根を探して降りましたが、また岩場に出てしまいました。これも地形図にある岩で、ここは慎重に現在位置をGPSで確認し、岩場をトラバースして東側に抜け出しました。この作戦は正解で、比較的緩やかな斜面を降りることが出来て、15分ほどで古い林道に出ることができました。あとはこの林道を降りて、生野学園に降りてきました。途中で簡易コンクリート舗装になりますが、コンクリートが割れたり土石流で流されたりしているため、単純な林道歩きとはなりませんでした。
6時間近く歩いていました。下山は素直に南の尾根を降りるのが正解だったでしょう。
展望 ★★☆
藪山度 ★★☆
地形図は「長谷」「生野」です。
2014年4月26日土曜日
丹波市氷上町のの石戸山
石龕寺の北にある一等三角点山石戸山ですが、ちょっと長めのコースで登ってみました。山南町井原に日吉神社があります。この裏の山に稲荷社があり、そこから更に上に登りました。典型的な里山で、ちょっと歩きにくい程度でした。すぐ山頂に着き、反対側に降りると貴布彌神社の屋根が見えました。更に藪っぽい尾根を歩いて鞍部に降りると、「貴布禰神社ハイキングコース」と書いた札が立っていました。ここからは、四国八十八箇所の石仏が道沿いに点々と置かれた道を歩きました。尾根の西側に付けられた水平道で、ネットを2回抜け、そろそろ尾根に戻りたくなってくると、「大師堂まで約300m」と書かれた看板がありました。この看板の矢印の方向はよく分からないのですが、東に登り道があるので、それを歩いて行くと、最後に小さな石仏がありました。ここが大師堂でしょうか?ここは地形図の379mピークに繋がる尾根なので、そのまま倒木の多い斜面を登り続けました。途中からはややなだらかになり、「NHKケーブル埋設」という杭が現れて歩きやすくなりました。379mピークには「MTB登山 ロールアウト 大柿 01.4.22 (時刻読めず)」という札が下がっていました。
この先しばらくもNHKの杭があって歩きやすいのですが、それが無くなると道もなくなります。アンテナも何も無いので、どうしてケーブルが埋設されているのか不明です。尾根は植林が増えて来て下草も少なく、歩きやすいことは変わりありません。地形図には岩のマークのある場所もありますが、大きな岩はありません。260m+の鞍部は道が横切っていました。そこから北の330mピークへの登りは急斜面でシダも生えています。これを登り切って330mピークを過ぎると明瞭な道が現れました。380m+ピークは南方面に展望が良く、その先には「東向き地蔵」という解説板が立っていました。この道は寺坂道と言うようです。肝心のお地蔵さんは首から上が割れて落ちていたので、乗せておきました。ここには石龕寺の奥の院への登山道から分岐して来れるようです。そして、さらに北には巨大な奥多々良木線57鉄塔があります。ここは展望が良いのですが、中でも目を引く北に見える岩場が金屋鉱山跡です。この鉄塔からは石龕寺の奥の院を通って下山もできます。
この先は登山コースで、「石がん寺へ 石戸山へ」という青い標識が100m置きに立っているという念の入りようです。関電の巡視路でもあるため、よく整備されています。300mも歩くと崖の上に出てきます。「転落注意」が立っていますが、正面の崖に圧倒されます。黒いプラ階段で下に降りると建物の廃墟がいくつかあり、鉱山跡に出てきます。両側が岩の深い谷です。鉱山と言ってもトンネルを掘るのではなく岩を削ったようです。採れたのはカオリナイトだと説明板に書いてありました。トラックや重機が捨てられていました(写真)。これらはおそらく金屋方面から運ばれてきたものと思われます。
鉱山跡からは、えらく急な斜面を登って尾根に出ました。尾根を北に歩くと、石戸山です。途中に氷川町の赤いプラスチック杭があり、この付近が氷川町だということが分かります。石戸山には一等三角点があります。説明板には無線中継所があると書かれていますが、撤去されたのかもしれません。更に北に行けば展望の良い場所があるとのことですが、ここまでにして引き返しました。先ほど鉱山跡から登ってきたところには「岩屋城堀切跡」という説明板があり、南に尾根を歩いた鉱山の上の山には岩屋城があったとのことです。ちょうど地形図では記念碑のマークが描かれている場所ですが、本丸のあった山頂は鉱山で削られて無くなってしまったようです。
岩屋山から石龕寺までは、整備された登山コース兼巡視路で、非常に急な道を降りました。鎖場もあります。奥多々良木線56鉄塔を過ぎて、黒いプラスチック杭をひたすら降りて行くと、新緑の美しい石龕寺に出ました。
長い尾根を歩かなくても、鉱山跡にも岩戸山にも登れますので([1])、勘違いしないようお願いします。
展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「柏原」です。
この先しばらくもNHKの杭があって歩きやすいのですが、それが無くなると道もなくなります。アンテナも何も無いので、どうしてケーブルが埋設されているのか不明です。尾根は植林が増えて来て下草も少なく、歩きやすいことは変わりありません。地形図には岩のマークのある場所もありますが、大きな岩はありません。260m+の鞍部は道が横切っていました。そこから北の330mピークへの登りは急斜面でシダも生えています。これを登り切って330mピークを過ぎると明瞭な道が現れました。380m+ピークは南方面に展望が良く、その先には「東向き地蔵」という解説板が立っていました。この道は寺坂道と言うようです。肝心のお地蔵さんは首から上が割れて落ちていたので、乗せておきました。ここには石龕寺の奥の院への登山道から分岐して来れるようです。そして、さらに北には巨大な奥多々良木線57鉄塔があります。ここは展望が良いのですが、中でも目を引く北に見える岩場が金屋鉱山跡です。この鉄塔からは石龕寺の奥の院を通って下山もできます。
この先は登山コースで、「石がん寺へ 石戸山へ」という青い標識が100m置きに立っているという念の入りようです。関電の巡視路でもあるため、よく整備されています。300mも歩くと崖の上に出てきます。「転落注意」が立っていますが、正面の崖に圧倒されます。黒いプラ階段で下に降りると建物の廃墟がいくつかあり、鉱山跡に出てきます。両側が岩の深い谷です。鉱山と言ってもトンネルを掘るのではなく岩を削ったようです。採れたのはカオリナイトだと説明板に書いてありました。トラックや重機が捨てられていました(写真)。これらはおそらく金屋方面から運ばれてきたものと思われます。
鉱山跡からは、えらく急な斜面を登って尾根に出ました。尾根を北に歩くと、石戸山です。途中に氷川町の赤いプラスチック杭があり、この付近が氷川町だということが分かります。石戸山には一等三角点があります。説明板には無線中継所があると書かれていますが、撤去されたのかもしれません。更に北に行けば展望の良い場所があるとのことですが、ここまでにして引き返しました。先ほど鉱山跡から登ってきたところには「岩屋城堀切跡」という説明板があり、南に尾根を歩いた鉱山の上の山には岩屋城があったとのことです。ちょうど地形図では記念碑のマークが描かれている場所ですが、本丸のあった山頂は鉱山で削られて無くなってしまったようです。
岩屋山から石龕寺までは、整備された登山コース兼巡視路で、非常に急な道を降りました。鎖場もあります。奥多々良木線56鉄塔を過ぎて、黒いプラスチック杭をひたすら降りて行くと、新緑の美しい石龕寺に出ました。
長い尾根を歩かなくても、鉱山跡にも岩戸山にも登れますので([1])、勘違いしないようお願いします。
展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「柏原」です。
2014年4月20日日曜日
瑠璃寺の南の山
瑠璃寺には2014/03/29に来たばかりですが、今回は瑠璃寺の奥の院に直接登ってみることにしました。地形図を見ると門前と善吉の間に神社があるので、ここから登ることにしました。行ってみると、苅屋神社でした。神社の北側に未舗装の林道があり、これを登って行くと堰堤に出ました。ひどく荒れた道ですが、さらに登って行くと谷の奥で終わっていました。ここからは右手の斜面を登って尾根に出ました。非常に急な斜面で足元も崩れやすく、疲れました。こんなことなら林道を登らずに最初から尾根に上がるべきだったでしょう。
尾根は倒木が多く、最初は急ですが、徐々に平坦になります。493mピークには「ルリ寺」と彫られた標石がありました。気持ちの良い平坦な尾根を歩いて2014/03/29にも来た壊れた天狗堂に出ました。ここから奥の院へ行きましたが、今回は薬師堂の中を覗いてみました。そして前回と同じように裏山を登り、571mピークを過ぎて、次の580m+ピークから南に下りました。こちらも時々倒木が邪魔な程度で歩きやすい尾根です。地形図では401m地点の手前で破線道が尾根を横切っていますが、この付近には作業道はあるもののこのような明瞭な道はありません。その先は470m+ピークまで登り、少し降りると再び尾根を破線道が横切っていますが、こちらは道らしきものがありました。ただし尾根のどちら側も斜面に付けられた道なので、途中で消えているかも知れません。この先は494mピークまで尾根が切り開かれていますが、その先は倒木だらけとなります。再び500m+ピークまで登り、東に曲がって尾根を降りました。ここは気持ちの良い尾根です。先端まで来ると444mピークへ降りるか北に曲がるかの選択になりますが、近道と思って北に降りました。最初は壊れたネットに沿って降りていきますが、そのうちに少し藪っぽくなり、最後は植林に出て、非常に急斜面の植林を降りると、堰堤の付近に出てきました。あとは善吉林道を歩いて帰りました。
最初と最後は急斜面でしたが、尾根は倒木が邪魔なだけでさほど苦労せずに歩けました。コバノミツバツヅジ(写真)とミツマタの花が綺麗な、3時間ほどのコースでした。
展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「千草」です。
尾根は倒木が多く、最初は急ですが、徐々に平坦になります。493mピークには「ルリ寺」と彫られた標石がありました。気持ちの良い平坦な尾根を歩いて2014/03/29にも来た壊れた天狗堂に出ました。ここから奥の院へ行きましたが、今回は薬師堂の中を覗いてみました。そして前回と同じように裏山を登り、571mピークを過ぎて、次の580m+ピークから南に下りました。こちらも時々倒木が邪魔な程度で歩きやすい尾根です。地形図では401m地点の手前で破線道が尾根を横切っていますが、この付近には作業道はあるもののこのような明瞭な道はありません。その先は470m+ピークまで登り、少し降りると再び尾根を破線道が横切っていますが、こちらは道らしきものがありました。ただし尾根のどちら側も斜面に付けられた道なので、途中で消えているかも知れません。この先は494mピークまで尾根が切り開かれていますが、その先は倒木だらけとなります。再び500m+ピークまで登り、東に曲がって尾根を降りました。ここは気持ちの良い尾根です。先端まで来ると444mピークへ降りるか北に曲がるかの選択になりますが、近道と思って北に降りました。最初は壊れたネットに沿って降りていきますが、そのうちに少し藪っぽくなり、最後は植林に出て、非常に急斜面の植林を降りると、堰堤の付近に出てきました。あとは善吉林道を歩いて帰りました。
最初と最後は急斜面でしたが、尾根は倒木が邪魔なだけでさほど苦労せずに歩けました。コバノミツバツヅジ(写真)とミツマタの花が綺麗な、3時間ほどのコースでした。
展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「千草」です。
2014年4月12日土曜日
生野町黒川の直谷の頭
生野から酷道429号線で銀山湖沿いを東に走り、魚ヶ滝からさらに市川を遡ると、黒川橋を渡った所に「直谷渓谷(直谷不動尊)」と書かれた板が林道の入り口に立っています。単にこの付近の山を歩こうと思っていただけですが、とりあえず滝を見に行くことにしました。林道を500mほど歩くと「直谷の滝」がありました。落差10mほどですが、幅広い滝です([1])。周囲はみつまたの花が綺麗でした。滝の上にも登れますが、そこに関電の赤い「火の用心」が2枚立っていました。この付近から、東側の斜面を登りました。特に道はありませんが、作業道の名残らしき場所を選んで急斜面を登って行くと、簾野四等三角点(643.07m)に出ました。周囲はこぶしの白い花が綺麗でした。
三角点から尾根を歩くと、関電の巡視路が上がってきていましたが、あまり明瞭な道ではありません。巡視路の行き先は、大河内線39鉄塔です。この先の尾根も歩きやすく、時々展望もあります。そして展望の良い765mピークには、奥多々良木線8鉄塔が立っています。この北の尾根も気分良いのですが、古いネットが倒れており、歩きにくくなっています。そして800m+の尾根が曲がる地点からは黒川ダムが見えて、姫路工業大学ワンダーフォーゲル部OB会の「ハンザキ研究所」という道標が立っています。確かに東に尾根を降りれば、ハンザキ研究所の方向に降りられます。しかし今日は北西の尾根に進みました。こちらは藪っぽくて歩きにくい尾根です。しばらく平らな尾根を歩くと直谷三等三角点(822.48m)があり、「直谷の頭」という同じOB会の立てた板がありました(写真)。確かにここは直谷渓谷の突き当たりです。大持山という名前もあるそうです([2])。周囲はススキの藪ですが、南方向の展望は良好です。西に行くと黒川温泉への道標も倒れていましたが、ここは西に進みました。ここから次の800m+ピークまでの間では多々良木ダムが見えるようになります。しかしネットの残骸もあって、藪っぽい歩きにくい尾根です。
800m+ピークには紅白の奥多々良木線5鉄塔があります。青い金網に沿って西に降りると厳重に囲われた関電のものと思われる反射板が立っていました。ネットがあって歩きにくい尾根を降りて行くと、尾根を間違えて南に降りて行きそうになり、北の尾根に引き返しました。この先の鞍部には、ネットに角が引っかかって憤死した牡鹿の皮付きしゃれこうべが残っていました。無残です。749mピークに登ると、真新しい金属プレートの四等三角点がありました。No.11453ですが、基準点成果等閲覧サービスには登録されていません。ここでネット沿いに尾根を南に曲がり、枝に足を取られながらネットの東の植林側を降りて行きました。登り返して700m+の小ピークを過ぎ、その先の690m+ピーク付近からは青い金網が現れました。壊れている場所もありますが、邪魔な金網です。731mピークを過ぎても、結局650m付近までこのネット沿いに歩きました。この付近は地形図以上に複雑な地形です。鉄塔のある尾根に降りたかったのですが、南に向けて小さな尾根がたくさんあって、どれを歩いて良いのか分かりません。地形図と景色が合わないのでGPSもあまり役に立たず、かなり時間を掛けて目的の尾根に降りることができました。尾根の先には大河内線38鉄塔がありました。ここからは巡視路で直谷の滝に降りるつもりでしたが、最初の頃こそ黒いプラ階段があるものの、徐々に落ち葉に隠れて見えなくなりました。落ち葉が多く、崩落した急斜面でかなり危険でしたが、滝の上流側に降りるようにトラバースしながら降りて行き、無事に滝の上に出られました。
全行程4時間以上掛かっています。特に直谷の頭から後はネットと藪が多く、時間がかかりました。
展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「但馬新井」です。
三角点から尾根を歩くと、関電の巡視路が上がってきていましたが、あまり明瞭な道ではありません。巡視路の行き先は、大河内線39鉄塔です。この先の尾根も歩きやすく、時々展望もあります。そして展望の良い765mピークには、奥多々良木線8鉄塔が立っています。この北の尾根も気分良いのですが、古いネットが倒れており、歩きにくくなっています。そして800m+の尾根が曲がる地点からは黒川ダムが見えて、姫路工業大学ワンダーフォーゲル部OB会の「ハンザキ研究所」という道標が立っています。確かに東に尾根を降りれば、ハンザキ研究所の方向に降りられます。しかし今日は北西の尾根に進みました。こちらは藪っぽくて歩きにくい尾根です。しばらく平らな尾根を歩くと直谷三等三角点(822.48m)があり、「直谷の頭」という同じOB会の立てた板がありました(写真)。確かにここは直谷渓谷の突き当たりです。大持山という名前もあるそうです([2])。周囲はススキの藪ですが、南方向の展望は良好です。西に行くと黒川温泉への道標も倒れていましたが、ここは西に進みました。ここから次の800m+ピークまでの間では多々良木ダムが見えるようになります。しかしネットの残骸もあって、藪っぽい歩きにくい尾根です。
800m+ピークには紅白の奥多々良木線5鉄塔があります。青い金網に沿って西に降りると厳重に囲われた関電のものと思われる反射板が立っていました。ネットがあって歩きにくい尾根を降りて行くと、尾根を間違えて南に降りて行きそうになり、北の尾根に引き返しました。この先の鞍部には、ネットに角が引っかかって憤死した牡鹿の皮付きしゃれこうべが残っていました。無残です。749mピークに登ると、真新しい金属プレートの四等三角点がありました。No.11453ですが、基準点成果等閲覧サービスには登録されていません。ここでネット沿いに尾根を南に曲がり、枝に足を取られながらネットの東の植林側を降りて行きました。登り返して700m+の小ピークを過ぎ、その先の690m+ピーク付近からは青い金網が現れました。壊れている場所もありますが、邪魔な金網です。731mピークを過ぎても、結局650m付近までこのネット沿いに歩きました。この付近は地形図以上に複雑な地形です。鉄塔のある尾根に降りたかったのですが、南に向けて小さな尾根がたくさんあって、どれを歩いて良いのか分かりません。地形図と景色が合わないのでGPSもあまり役に立たず、かなり時間を掛けて目的の尾根に降りることができました。尾根の先には大河内線38鉄塔がありました。ここからは巡視路で直谷の滝に降りるつもりでしたが、最初の頃こそ黒いプラ階段があるものの、徐々に落ち葉に隠れて見えなくなりました。落ち葉が多く、崩落した急斜面でかなり危険でしたが、滝の上流側に降りるようにトラバースしながら降りて行き、無事に滝の上に出られました。
全行程4時間以上掛かっています。特に直谷の頭から後はネットと藪が多く、時間がかかりました。
展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「但馬新井」です。
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