先週は小野豆に北から登りましたが、今回は南から尾根沿いに行ってみました。登り口は県道5号線沿いの宿という集落から5号線を東に少し歩いた所です。ここに尾根の先端が延びてきており、一番端には墓石が一例に並んでいます。これらの墓石には「○○先生の墓」のように書かれており、明治時代の書道などの先生のお墓のようです。
尾根の先端は竹薮ですが、尾根に登るのは簡単でした。少し尾根を歩くと土の採取場があり、尾根の南側が削られています。尾根の北まで削る気配はありませんが、尾根にあるべき道が削られて無くなっているので、藪の中を歩きました。採取場を過ぎると尾根に道があるので、楽に歩けました。落ち葉を踏んで尾根を上り310m+のピークに出て、次のピークから東に降りて登り直すと、椿峠三角点のあるピークに出ました。ここには関西電力のマイクロ波反射板がありますが、二枚が東西に対向するように立っています。反射する角度の問題でこうなったのだろうと思いますが、どこから来た電波をどこに向かって反射しているのか、気になります。一つは西播変電所だと思うのですが。反射板の北には鉄塔の跡があります。これは地形図に載っている送電線の跡です。その北に真新しい椿峠四等三角点(327.92 m)の標石と大柿さんのピンクのプラスチック板があり、それを過ぎて北に歩くと送電線の鉄塔があります。西播東岡山線3です。
この先は関電の巡視路になっている良い道で、そのうちに近畿自然歩道(山陽自然歩道?)と合流します。合流した先少し東に降りたところには播磨西線4鉄塔があります。自然歩道をしばらく歩くと、石仏があり、そこに関電の赤い「火の用心」があるので、そちらに尾根を登ると、播磨西線5鉄塔がありました。ここは先週北から来ました。この先は先週歩いたルートを逆に歩き、関電の反射板と再会し、西播線6鉄塔と躄松三等三角点(428.94 m)に行きました。さらに西尾根を歩き、平家山(?)から西に尾根を降りて再び近畿自然歩道に出ました。
ここからは下山ですが、小野豆の西側の尾根を降りようと思っていたので、まず道を横断して西側に登りました。ここには地形図に建物が描いてありますが、荒れ果てたトタンの小屋がいくつか残っています。この付近は地形図上は桑畑ですが、今は放置された耕作地です。ここから405mピークに登りましたが、この付近は草が多くて歩きにくい場所でした。草というよりは笹が多いのですが、葉は無くて茎だけなので、かき分ければ歩けます。笹で視界が悪いので、現在地確認のために鉄塔を探しました。西播東岡山線6です。この鉄塔は尾根のやや南東に建っています。この先も笹が多くて歩きにくい尾根が続きました。かなりの急斜面を降りますが、落ち葉が滑って何回か転びました。広い尾根で目標もなく、何回か迷いましたが、やや開けた尾根に鉄塔の跡があり、場所を確認できました。
この先は尾根沿いに関電の巡視路だったと思われる道を歩きましたが、南に見える佐用谷三角点のある山への行き方がわからず困りました。結局尾根の道を南に歩くと道が東西に走っており、それを西に歩いて佐用谷三角点のある山から北に伸びている尾根の先端に出ました。ここからは問題なく三角点まで登れました。佐用谷四等三角点(289.57 m)で、周囲はシダが少し生えていますが、藪というほどではありません(写真)。
この先の下山は道任せだったのですが、三角点からなんとなく歩きやすい場所を歩いていくと、西に延びる尾根に乗りました。他の方向は急勾配の藪だったのでこちらに歩いたのですが、尾根と言っても結局は急斜面を降りなければなりません。しかも笹薮が多く、それを抜けると崖のような所に出てきました。地形図にある採掘場のようですが、脇に下から道のようなものが来ており、降りることができました。今は使われていない棚田のような竹薮を抜けると頑丈な金網がありました。これに沿って歩いて出入口を探しました。結局扉を見つけましたが、どの針金をほどいたらよいのか分からず、しかも数年は開けたことがないような固い針金で、開けて締めるのに10分くらいかかりました。出てきたのは奥の集落の東でした。
この下山はお勧めしません。薮が多く道がわかりにくく、急斜面が多いという悪いことだらけの尾根です。登りのルートは大正解という感じです。
展望 ★☆☆
藪山度 ★★★
地形図は「二木」です。
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