2019年3月2日土曜日

篠山の中尾の峰

まるで知られていない山ですが、2019/01/26に登った愛宕山の西の山です。龍蔵寺の入り口に「自然保護地「愛宕山」森林浴ルート」という案内板があります。男の子の絵が描いてあって、ハイキングコースの地図のように見えますが、この付近の荒れて厳しい山道の地図です。これに南ルートとして愛宕山の西の山への登山コースが描かれています。龍蔵寺の西側の山を歩く道で「森の散歩道」となっています。地形図にも破線道が描かれているので、歩いてみることにしました。

登り口は案内板では分からないのですが、少し北に戻ると「生死は因縁なり」と書いてあって、そこから道がありました。登って行くと、墓地でした。古いものは中央に集められていました。ここから斜面を登ると、上に道がありました。ということは、斜面を登らなくてもよかったということですが、とにかく地形図どおりの道に従って歩きました。軽トラでぎりぎりくらいの幅の道ですが、荒れていて倒木を避けて歩かねばなりません。しかし急勾配はなく、あまり疲れません。周囲は植林ですが、徐々に自然林も増えてきます。道は消えてしまうことはありませんが、555mピークは南に巻いていってしまいました。しかもこの付近では道というよりは踏み跡に近くなりました。しかしそれでも消えることはなく、555mピークの西の平地に出てきました。せっかくならと思って東へ歩いて555mピークに行ってみましたが、特に何もありません。この付近は平らなので僧坊の一つや二つ建っていてもよさそうですが、建物の跡は見当たりません。そのかわり、尾根には錆びた鉄のパイプが適当な間隔で立っていました。これはこの後ずっとあちこちで見ましたが、ネットを張るための杭には見えず、正体不明でした。

西の鞍部に戻って緩い斜面を登りました。この上は地形図では平坦地に破線道が描いてありますが、最初は道がはっきりせず、そのうちに幅広い道になりました。防火帯のような広い道で、尾根を登って稜線に出ました。篠山市と三田市の市境、昔なら丹波と摂津の境界でしょうか。稜線を西に登ると、650m+のピークに出ました。ここは案内板にあった奥山なのかも知れません。尾根が西と北に別れていますが、北に降りてみました。鞍部で登り返して、さらに西の鞍部に降りました。ここまでの稜線にも錆びた鉄パイプが立っていました。この鞍部の北の谷は植林でした。ここで、鞍部の両側に関電のプラ階段があることに気付きました。この付近の南にある鉄塔に行こうと思っていたので、巡視路を引き返すことも考えましたが、まずは南側の幅の広い谷を降りてみました。地形図では谷を降りると東向きに斜面を登る破線道があるのです。しかし探してもこれは見つからず、しかたなく急斜面を無理やり登って630m+の鉄塔に着きました。播磨中央線一三〇鉄塔で、太陽電池で航空障害灯を点けているようでした。

鉄塔からは北向きに良い道がありました。航空写真でも見える舗装道路です。あまりに楽なのでしばらく歩いていましたが、北側の稜線が下がってきて、鞍部で同じくらいの高さになったときにそちらに乗り換えました。ここは最初に北から登ってきた場所よりは既に東側です。相変わらず鉄パイプが立っています。緩やかに登ると平らになり、南に母子大池が見えました。しばらく歩いて城南村三等三角点(658.76m)に着きました。ここが中尾の峰ではないかと思います。標石の上には座りやすいように板が置いてありました(写真)。ここからの下りは、地形図には急斜面にジグザグの破線道が描かれています。案内板の地図は真東に降りるように描いてあるようにも見えますが、そうすると2019/01/26に降りた荒れた細い谷を降りなければなりません。ここは地形図の破線道に従って降りてみました。どんどん急斜面になりましたが、頭の赤いプラ杭が目印になりました。最初のうちは鉄パイプ(赤や白に塗られていたらしい)がありましたが、そのうちになくなりました。プラ杭は地形図の破線道とは違って北に延びた小さな尾根に沿っていたので、それに沿って比較的楽に降りていたのですが、ついにあまりに急な斜面に行ってしまったので、方向を変えて北の楽な方向に降りました。この先は非常に急でしたが、倒木は少なく、滑らないように気をつけて降りました。谷に出てきたのは、「水源かん養保安林」の黄色い標識の所でした。あとは谷を下って龍蔵寺に戻りました。この龍蔵寺川は武庫川の源流だそうです。確かにここより篠山に近づくと鍋塚池から先は篠山川に流れ込みますので、武庫川に流れ込むのはここが一番奥かも知れません。

展望 ☆☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「篠山」です。

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