2025年11月1日土曜日

引原ダムから登る山品山

 


何度も登っている山品山ですが、今回は引原ダムから登ってみました。グーグルの地図を見ると、引原ダムの北東に「引原ダム展望公園」があります。ここを起点にしようと思って、引原ダムから東に歩くと、「すすむ世の ためとてあはれ ささなみの そこに消えぬる 引原の里」と書かれた引原ダム記念碑があります。これの道の反対側に急階段がありました。入口にはトラロープが掛かっていましたが、これを登らないと山品山に行けないので、とりあえず登ってみました。ベンチのある展望スペースがあり、音水湖が木々の間に見えました。登り始める前に少し少し公園を歩いてみましたが、ダム建設時の遺構が残っており、興味深いものでした。


展望公園の東側には削られた尾根があり、これを登りました。急斜面ですが太いロープがあって、登山道のようでした。ロープを使って登ると上には岩がありましたが、ここにもトラロープがあり、問題なく越えられました。岩の先の538m地点は歩きやすい尾根で、しばらくは南側にコンクリートの大きなブロックがいくつかあり(写真)、ダム建設時にはこの付近まで利用していたようです。尾根はしばらくは植林で、急斜面でも問題なく登れました。標高750mまで登ると平坦な自然林になり、アップダウンするようになりました。770m+ピークを越えて曲がりながら尾根を歩いていくとまた植林になりました。アセビが生えている所もありましたが邪魔というほどではなく、ほぼ植林が続き、最後は植林の急斜面を登って自然林になったと思ったら山品山の山頂でした。静かな切り開きに山品三等三角点(945.76m)があります。今年は例年よりも栗やどんぐりがたくさん落ちており、樹の実は豊作のようです。兵庫県ではあまり熊のニュースを聞かないのはそのせいでしょうか。


下山は南に尾根を歩きました。広くて気持ちの良い自然林の尾根です。まだ少し早いとはいえ、紅葉が見られました。ほぼ平坦で、940m+ピークから930mピークまで歩きました。ここから北西や南東の尾根で下山できそうでしたが、940m+に戻って、ここから東の尾根で下山を始めました。歩きやすい尾根が続き、817m地点を過ぎて、間違えないように尾根を辿って降りていき、標高720m付近まで来ると少し灌木が増えて、そのせいもあって少し西寄りに降りてしまい、斜面を横切って正しい尾根に戻りました。さらに標高620m付近では正しい方向に倒木があって下の尾根が見えず、少し迷いました。倒木を避けて降りると次は岩があって巻きながら降りました。地形図で見るよりは急斜面という印象でした。この後もまっすぐに尾根を降りました。最後は崩落防止の金属網があって邪魔でしたが、問題なく道路に降りられました。引原ダムまでの帰りは引原川沿いの道で下流公園へ行こうと思ったのですが、この道路は拡幅工事の真っ最中だったので、国道29号線で戻りました。


展望 ★★☆

藪山度 ★★☆

地形図は「音水湖」です。



2025年10月25日土曜日

八上城跡から野々垣三角点

 


2024/10/2に丹波篠山の高城山(八上城跡)に登ったときに、道なりに歩いていたら近道で下山してしまいました。今回はその時の最初のプラン通りに、野々垣三角点まで歩いてみました。出発点は野々垣一の谷コースの駐車場です。害獣避けの扉を開けて、谷沿いの道を登ります。よく整備された登山道です。堰堤がいくつかありますが、きれいな谷です。途中に番所と朝路池跡があります。この朝路池の付近は人工的な地形に見えました。ここから高城山への登りとなり、長い階段を登って山頂に着くと、八上城跡です。いくつかの平坦地があって、篠山市街を望めます。城としては絶好のロケーションだったでしょう。


山頂からは2024/10/26と同じように斜面を降りました。こちらも山城らしく段があり、その間は急斜面ですが踏み跡があって安全に降りられました。途中で道がありましたが、これをそのまま歩いていくと2024/10/26と同じコースになるので、「六七六」と木に赤く書かれている付近から道を外れて南に行きました。この付近は地形図では破線道が東西に走っており、それらしい踏み跡がありました。さらに南に歩いて、ここは2016/07/16と同じコースです。特筆することは何もありませんが、自然林で尾根には踏み跡があって楽に歩けました。348m地点から長い尾根歩きでした。500m+ピークの手前では西に巻いていく道と南に登っていく道が別れていました。500m+ピークは天狗岩と呼ばれるようです[1]。この付近は岩が多く、少し展望もあります。大岩から急斜面を降りて、ここからも長い尾根歩きでした。周囲は自然林です。490mピークを過ぎて、北に降りていくと倒木が増えます。その東の鞍部には地形図通りに道が尾根を横切っていましたが、倒木が多そうでした。その先は曲がりくねった尾根で、433mピークでは間違えて南に行きそうになりました。だんだんに道もはっきりしてきて、ここも特筆することは何もありませんが、軽快に歩けました。野々垣三等三角点(384.67m)の周囲は自然林の切り開きでした(写真)。ここまで高城山から歩いてきたコースは、八上城の籠城の時に修行僧が物資を運んだルートだということです[1]。三角点の周囲も段があって砦があったと言われたら納得しそうな地形でした。下山は北西に尾根を降りました。まっすぐに降りていくと植林になり、害獣避けのフェンスがありましたが、扉がありました。そのまま降りると人家に降りそうだったので、竹藪を少し南に降りて道路に出ました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「福住」です。



2025年10月20日月曜日

道の駅あさごから登る三本松三角点

 


朝来市の円山川東側、多々良木川南側の山に三本松三角点があります。行ったことがないので、小雨の中の軽い登山に登ってみました。車は「道の駅あさご」にとめて、南に歩いて登山道を探しました。地形図に道が描いてあるところは、多々良木配水池への道でした。手すりが続いていますが、階段はシダなどが生えてわかりにくくなっています。配水池の前には鍵のかかった扉があって入れません。少し戻って植林を登って配水池の上に出ましたが、なかなか立派な丸い配水池です。航空写真でも確認できます。


配水池からは370mピークまで標高差150mの尾根登りです。邪魔なものはなく、単調に登って370mピークに着きました。ここから東へは緩やかな尾根で、北側に展望もあります。北側斜面は伐採地が多いようでした。地形図で南から林道が来ているところには、確かに林道の終点がありました。草が生えていて、倒木もあって歩きにくそうな林道でした。この後も標高差150m程度の登りですが、520m+ピークを越えるところは岩があって意外と急斜面、そして最後の山頂に向けての登り坂は急でした。そして、三本松三等三角点(586.76m)に着きました。ちょっと切り開きがあるだけで、展望はありません。霧雨の中でした。(写真)


下山は北に尾根を降りました。すぐに共同アンテナの残骸がありました。歩きやすい尾根を降りていくと尾根が広くなった付近は伐採地で、多々良木川沿いが展望できました。ここで尾根が別れますが、東寄りの植林を降りました。植林だから降りやすいかと思ったら岩のある急斜面があり、植林で体を支え、灌木に掴まって降りました。そこを抜けると少し楽になり、尾根沿いにネットが張られていました。最後はまっすぐに降りると急斜面に出そうだったので(この予想は当たっていました)、尾根に切通しのある所から東に植林を降りました。切通しはあっても道はありません。木の少ない植林なのでどうにでも降りられそうでしたが、じっさいは急斜面で作業道の跡を探して降りました。下の林道の法面も高そうだったので谷沿いを探して、多々良木八幡社に降りてきました。あとは、「あさご芸術の森」の興味深いオブジェや「山の神」を鑑賞しつつ、道の駅に戻りました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「但馬新井」です。



2025年10月14日火曜日

松尾神社から登る丹波の黒頭峰と夏栗山

 


丹波篠山市と丹波市の境にある黒頭峰と夏栗山には、2018/9/28に瓶割峠から登っています。その後2021/06/05に南から黒頭峰に登りましたが、今回はちょっと北の高倉にある松尾神社から登りました。神社の背後は急斜面なので、少し手前から東の尾根に上がりました。ここも急斜面ですが、踏み跡らしきものがありました。尾根に上がるとちょっと藪っぽいのですが、北に少し行くとフェンスがあり、これの扉を抜けると植林になりました。実は高倉からは登山道がありそうなのですが、神社に行ったついでで近くの尾根を登ったのです。この尾根は歩きやすく、最初は自然林、それから植林になり、ゆっくりと登って2021/06/05に西の520m+から歩いてきた尾根に出ました。すんなりと尾根が繋がっていて最初は西に歩きましたが、気がついて東に戻りました。少し下って藪を抜けると高倉からの道と合流しました。あとは大山振興会の白い杭のある整備された道でした。黒頭峰に近づくと「テンプルコース高蔵寺へ」という東への道しるべが気になりましたが、おそらく谷に降りていくのだと思います。そちらには行かずに市境まで行き、黒頭峰に登りました。最初は非常に急勾配ですが、マーキングに従うとジグザグに登る踏み跡があって、意外と楽でした。急斜面が終わってからも長い登りです。山頂には黒頭山二等三角点(620.34m)があります。


三角点の東には道しるべがあり、北は佐仲峠、東は夏栗山、西は奥坪山(黒頭峰の西の554mピーク)とのことで、地形図にはない道が東にあります。これを降りると植林になり、南の谷は植林ですが、伐採されて2021年に黒頭峰がよく見えた付近は既に背の高い木が育っていました。2021年は夏栗山はスキップしましたが、今回は夏栗山も登りました。黒頭峰よりは少し楽でしたが、まっすぐの登りでした。標高600mの山頂には金属の展望台があって、南の方向が見えました(写真)。黒頭峰もですが栗の多い山で、夏栗山にも秋栗がたくさん落ちていましたが、小さくて人が食べるのは難しく、ほとんどは動物に食べられていました。


夏栗山からは登った斜面を降りて、2021/06/05と同じルートで歩きやすい尾根道を大ケ谷という方向に歩きました。途中から倒木も増えて道が崩落している場所もありましたが、問題なく歩けました。南向きの尾根も倒木はありますが道があります。地形図では途中で破線道が南東に降りていきますが、この付近は植林で道ははっきりしなかったと思います。そして、地形図で破線道が尾根を横切っている所には道がありました。その先は尾根にネットが現れて歩きにくそうだったので、ネットの手前に道があったのでそれを西側に降りました。この道はジグザグに降りていく道もあったのですが、それは降りないで斜面をトラバースする道を歩き、なだらかな支尾根を降りました。最後はフェンスがあったので西の竹藪の谷に降りると、フェンスに扉があって出られました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「宮田」です。



2025年10月11日土曜日

音水湖西岸の山品山(3回目)

 


音水湖の西の山にある山品山には、2014//10/11と2022/11/06に登っています。今回は別ルートですが、2014//10/11の逆ルートで登りました。音水湖北端のさざなみ公園から音水湖西岸の道を南に歩き、2022/11/06に遡っていった林道のある谷の南側斜面を登りました。2014//10/11には植林を降りてきて階段を見つけて道路に降りたようですが、今回は谷から尾根先を登りました。踏み跡があるのですが、少し登ると切られた枝がうず高く積まれており、苦労して乗り越えると林道がありました。帰りに見たところでは、この林道は谷の少し奥から上がって来ているようでした。周囲は伐採地で、2014//10/11に降りた植林は無くなっていました。林道はジグザグに伐採地を登っており、以前からある南側の伐採地の上の林道にも繋がっていました。登り続けると林道は606mピークの展望地まで行って終わっていました。ここの展望は変わっていませんが、大木は伐採されていました。(写真)


ここから本格的な登山です。山品山まで標高差300m以上あります。植林が多く、藪はないので歩きにくことはありません。地形図で見ると細い尾根も通りますが、そんなに尖った感じはしませんでした。急斜面はまず748mピークの手前にありました。これを登ってちょっと下り、また急斜面を登って820m+まで登りました。ここから楽な尾根歩きになりましたが、山品山の手前にまたちょっとした急斜面があり、やっと山品山に着きました。山品三等三角点(945.76m)があります。展望はありませんが、気持ちの良い切り開きです。


下山はまず北に気持ちの良い尾根を歩きました。そしてちょっとアセビが増えてきた付近から東寄りの尾根を降り、さらに南寄りの尾根を降りました。付近は植林なので方向を間違えなければ問題なく歩けます。ここから2022/11/06に登りに歩いた林道を目指して降りました。しかし標高780m付近まで降りてくると、眼下に林道が見えました。ちょっと尾根をそれて林道の終点に降りていき、あとは林道を歩きました。たくさん分岐がありましたが、降りるつもりだった尾根をジグザグに降りていく道があり、最後は南北両方に分岐していましたが、北に歩くと谷に出て、目的の林道に降りられました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「音水湖」です。



2025年10月5日日曜日

笠形トンネルから三郡山

 


何度か歩いている宍粟市と朝来市の市境の尾根ですが、今回は須留ヶ峰林道を利用してみました。国道429号線で笠形トンネルを宍粟市側から朝来市側に抜け、しばらく降りて行くと須留ヶ峰林道への入口があります。週休二日の工事中で、土曜日なので安心して少し林道を走り、林道が分岐する点まで行きました。ここで両方の林道が通行止めになっていたので、車を置いて、須留ヶ峰林道ではない方の林道を歩きました。この林道は南に向かい、笠形山方面へ行くのですが、途中に北に行く林道の分岐があります。これは曲がらず南に歩き、登りやすいところを探して、林道から尾根の先を西に登り始めました。


最初は緩やかな植林ですが徐々に急勾配になりました。しかし植林なので問題なく登れて、市境に出ました。植林の歩きやすい尾根です。ちょっと下ると2013/05/23や2015/08/01に来た笠形峠に出ました。お地蔵様があります。前にはなかったと思うのですが、北東からここまで林道が来ていました。斜面を北に登りましたが、ここから先は急斜面となり、植林とは言えまっすぐに登るのは難しく、作業道の名残を見つけて西寄りに登りました。しかしこの道も結局流されたようで消えてしまい、斜面を四つん這いになって登りました。土が柔らかく、滑り落ちそうでした。なんとか尾根に登って北にさらに登ると、朝来四等三角点(845.59m)がありました。奥組山というようです。ここでも東の下を見ると林道がありました。


朝来三角点には道しるべがあり、西の奥組の方向から尾根沿いに登山道があるようです。ここから北の三郡山までは登山道で、道しるべがあります。これでだいぶ楽になりましたが、まだ登りです。周囲は東側は植林で、しばらくは林道がありました。西側は自然林が多かったようです。栗の木の多い山ですが、ことごとく食べられていました。ウリ坊が元気よく走っていきました。936mピークを過ぎ、神子畑二等三角点(977.48m)に着きました。ここは黒原山です。この付近から尾根上も美しい植林が増えて(写真)、北に歩くと宍粟別選5名山の三郡山(950m)です。ここから尾根の西側は養父市となります。さらに北に細くなった尾根を歩き、金属プレートの間歩谷四等三角点(967.24m)に着きました。この先は尾根を東に曲がり、細尾根を歩いていくと、須留ヶ峰林道に降りられました。ここにはプレハブ小屋や簡易トイレがあり、工事の起点となっているようでした。


下山は須留ヶ峰林道(正式には森林基幹道須留ヶ峰線)を歩きました。考えてみると、降りてきた地点は2013/05/23に既に工事が終わっていました。幅員5mの舗装された林道ですが工事開始は20世紀で、法面を見ると非常にしっかりと作られており、なんとしてでも道を作ろうという、ガウディの教会のような強い意思を感じました。法面はほぼ降りられませんが、要所にはハシゴが設置されているので、これを利用すれば山歩きには便利だと思います。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「神子畑」です。



2025年9月23日火曜日

波賀町溝野から登る今市山

 


2025/09/07に今市から今市山に林道経由で登った時に、東の尾根でも登れそうだと思ったので、登ってみました。まず国道29号線から波賀町谷で引原川を渡り、川沿いに溝野に行きました。送電線の鉄塔が何本もまっすぐに並んでいるのが印象的です。舗装道路から溝野の西にある鉄塔への巡視路に入って、安積上野線二二鉄塔に行きました。ここから今市山までは標高差450mの尾根登りです。なるべく植林を歩きましたが、藪はないので自然林も歩けました。急な尾根ですが、木に掴まらないと登れないような箇所はありません。それでもずっと登りですから時々休みました。標高500m付近から岩が増えますが、道があるようで上手に登れました。そして植林に入ると主尾根に出て、今市四等三角点(712.22m)のある今市山に着きました。


山頂からは2025/09/07と同じく北東に歩きました。きれいな植林です(写真)。倒木のある690m+ピークまで来て、南東に尾根を降りました。これは2015/11/15に登ってきた尾根です。長い尾根なので、登ってきた尾根よりは全体に勾配は緩いのですが、標高550m付近には少し高い岩場があり、その下には藪もあります。しかし大問題ではありません。この付近には東から来た林道の終点もあります。藪を抜けると植林になり、調子よく降りていくと尾根の真ん中の見つかりやすい場所に谷四等三角点(353.5m)がありました。その下には三峰神社の奥の院?があり、三峯神社に出ました。神社の前に安積上野線一九鉄塔が立っています。


三峯神社からの下山には舗装された北向きの道がありますが、さらに尾根の先に向かって道があったので歩いてみました。18鉄塔へもこちらとなっていましたが、分岐を見落としました。マーキングを頼りにまっすぐに植林を降りていくと、尾根の先にはフェンスがありました。扉はすぐに見つかりましたが、下の道路への法面がきついので少し北に歩いて岩のところから道路に降りました。あとで見ると、南に行ったほうが楽だったようでした。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「安積」です。



2025年9月20日土曜日

閏賀から登る閏賀三角点

 


閏賀三角点に行ったのは2009/08/18で、その時は2025/06/02に使った林道で470m+の峠に出てから南に登ったのですが、今回は閏賀の集落から延びる尾根を登ってみました。閏賀の墓地を過ぎると谷沿いに林道があります。少し登ると害獣避けの扉があり、これを抜けると尾根先を回る作業道があり、これで植林の尾根を登り始めました。この作業道は溝になっていて、ずっと続いていました。藪のない尾根で勾配も緩めで、楽に登っていけました。倒木の多い付近を抜けると地形図にある林道に出ました。この林道はここで終わりではなく、まだ南に続いていました。この先も尾根を登りましたが、道も続いていました。ここも楽な尾根登りで、多少の急勾配はありますが、長続きしません。途中に共同アンテナの残骸があり、真空管が30本も使われているアンプ?(写真)が落ちていました。ここでも溝ではなくなりますが道は続いており、そのまま閏賀山の山頂に着きました。閏賀四等三角点(561.91m)があるだけで、静かな山頂です。登り始めて1時間ほどでした。


2009/08/18はここから南に歩いたので、少し歩いてみました。標高510m程度までは楽な植林歩きでしたが、急な下りになって藪っぽくなりました。その先は植林のようでしたが、2009/08/18にひどい目にあっているので、ここで引き返しました。閏賀山まで戻って方向を見定めて北西の斜面を降りました。植林を下っていくと、林道がありました。降りてみると折り返し地点で、地形図を見ると登っていけば峠に降りられそうでしたが、登るとすぐに林道は終わってしまいました。戻って下り方向に行きましたが、荒れた林道で、崩落もあれば倒木も多く、その間に山椒とシダが茂っているという状態で、この日に歩いた中では一番の藪でした。我慢して下っていき、470m+の峠に出られました。あとはいつもの長い林道で下山しました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「安積」です。



2025年9月15日月曜日

生野の古城山

 


生野の古城山は近くに大規模な露天掘りがあって近づき難かったのですが、登山道もあるので登ってみることにしました。登り口は狭い道を登って行く「琵琶の丸健康公園」です。長い滑り台があり、さらに階段を登って一番上の見晴らし台の手前に登山道があります。標識はありませんが、歩き始めればよく整備されています。まずはジグザグに登るのであまり急ではありません。いったん平坦地に出ますが、これは城のマップにはなく、すぐ上に生野北支線五六鉄塔があります。ここからは幾分急な道になりますが、プラ階段があって関電の巡視路のようです。


途中で平坦地に上がる道があり、上がると別郭のようでした。ここで登山道とは別れてしまい、植林を登って三の曲輪に出て、二の曲輪から主郭に上がりました。二の曲輪に説明板がありましたが、完全に消えていて現在地以外は読めなくなっていました。主郭には岩がありましたが、掘られている文字はいたずら書きにしか見えません。とにかくここが古城山頂上(609m)です。たしかに北側を見ると平坦地が続き、しかも斜面は非常に急で、城趾の雰囲気があります。いまはぜんぶ植林になっています。


方向を確認しつつ山頂から東に降りました。少し歩きやすい尾根を歩くと南側に深く掘られた採掘地が見えてきます(写真)。遠くに鉛錫の製錬所が見えて、シックナーがいくつもあります。近くの採掘跡には水はありませんでした。深い谷になっていて斜面は非常に急です。あまり斜面に近づかないように北側の茂みを歩きました。採掘地のいちばん奥のところは意外と傾斜が緩く、降りようと思えば降りられそうでしたが、降りたらあとが大変です。そのまま歩くと上りになって、600m+の平坦地に出ました。ここはCATVの円弧状のアンテナが立っていたようですが、いまは倒れています。地籍図根三角点があります。そのままぐるっと歩いて古城山四等三角点(605.49m)のある太盛山に着きました。この付近からも覗き込むと採掘地の斜面が見られます。


いったん北に600m+地点に戻り、さらに北に稜線を歩きました。歩きやすい道にCATVのものらしいケーブルが延びています。途中にブースターらしいものも落ちていました。このケーブルは600m+ピーク付近で見られなくなりました。2025/09/13に見た「金掘りの径」がどこに上がってくるのか確認したかったのですが道しるべはなく、そのままもう少し北に歩きました。そのまま北に行って2025/09/13に登ってきた破線道で下山してもよかったのですが、2009/08/07に内山寺の裏から稜線まで上がったのを思い出して、同じあたりを降りることにしました。とは言え道があるわけではなく、木の少ない所を適当に降りました。稜線近くには昔なにかが建っていたと言われれば信じてしまうような平坦地がありますが、何の形跡もありません。自然林を適当に降りていくと最後は植林の急斜面になり、内山寺跡に出てきました。あとは2025/09/13の逆コースですが、鳥居跡までは神社跡の平坦地を歩いて、天明年間の墓石を見つけたりしました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「但馬新井」です。



2025年9月13日土曜日

生野の釜床山再び

 


再びとは言っても、前回登ったのは2009/08/07なので、だいぶ様子も変わっているだろうと思い、ほぼ同じコースを歩きました。奥銀谷の天満宮から北に天神坂を登り、焼飯天神跡からさらに北に歩きました。石仏がところどころにありますが、番号が振ってあるので四国八十八ヶ所参りだとわかります。ただ相当に抜けがあるのか、番号に一貫性が無いように思えました。周囲は植林が多く、道もよく整備されていますが車が通る幅はありません。以前より案内板が増えており、古城山に通じる「金堀の径」、「休み堂跡」、「内山番所跡」(ということは、この付近からも金が採れた?)、竹原野への下山道、そして「熊野神社石段鳥居跡 寛政8年(1796)」があって、この先に神社があることが分かります。ここで道は441mピークの西側を北上するように曲がり、ぬかるんだ道を避けて歩くと、右が熊野神社、左が内山寺、真っ直ぐが「至 岩屋観音 5Km」という道しるべがありました。まず熊野神社を見に行きましたが、広く平らな植林の中に社務所跡や熊野神社跡があります。石段や基石らしきものが残っていますが、建物の瓦礫などはまったく見当たりません。建物を分解してどこかへ運んだとしか思えません。内山寺を見に行くと、こちらは繋がった島のある立派な池がありますが、橋は丸太でした。草が茂っていますが、湿気が高い他は雰囲気は悪くありません。鐘堂跡(1629)があり、松滝山 内山寺は高野山南院末 寺格3等格地20等とのことですが、どの程度のものかは分かりません。和歌がいくつか掲示されていました。墓石は一箇所にまとめられており、苔がついて読みにくいのですが、江戸時代のものが多いようでした。(写真)


岩屋観音への道を北に歩きました。生野の住民がこの山越えルートで岩屋観音に参拝したというのはありそうな気がします。ルート的には釜床山を通りそうなので、ずっと道があることを期待しました。前回は内山寺付近から西に稜線まで登りましたが、今回は地形図の破線道どおりに北に植林を歩いてから細い支尾根で稜線に上がりました。支尾根に出たところには石仏があり、その上にもありましたが、その先は石仏を見なくなりました。四国八十八ヶ所は東に降りていったのかも知れません。稜線に出てからも踏み跡があったのですが、そちらに行くと西に行ってしまい、小和田の方に降りそうだったので慌てて戻りました。北に向かう尾根は細めですが、藪はありません。はっきりした道はありません。523m地点を過ぎて、降りてから登ると関電の白くなった「火の用心」がありました。ここからは黒いプラ階段がけっこう長く続きました。急斜面なので助かりました。階段の終わりからは展望があります。大河内線は稜線上にはありません。620m+に登ると、この付近からは2020/07/19にも歩いています。釜床山へは地形図では破線道が西から急斜面を登っていますが、そんな道はなくて、普通に尾根を上って山頂に着きました。山頂は広いのですが、釜床山三等三角点(648.65m)は松の藪の中なので、こちらから登ると見当たりません。山名のプレートなど何もないのが不思議でした。


山頂から三角点の前を通り、さらに北に向かいました。植林を下っていき、2009/08/07に谷を降りた550m-の鞍部まで行って新しい道しるべはないか探しましたが、なにもありません。前回はここから谷を降りたものの道がなかったので、今回は少し引き返して570m+の小ピークから、前回も降りた尾根を降りました。植林の急斜面で滑りやすいのですが、藪などはなくて楽に国道429号線のヘアピンカーブまで降りられました。帰りに小野の熊野神社に寄りましたが、これが内山の熊野神社を昭和26年に奉遷したもののようでした。


標高350mを国道429号線のヘアピンカーブから南に歩くと市川を渡る橋がありますが、その北で水路を渡ります。この水路は生野ダムから来ていますが、この付近から口銀谷まで標高350mを保って市川と並行して山裾を流れています。この水路は奥銀谷や新町の人たちには貴重な水源だったことでしょう。今は最後は三菱マテリアルの生野発電所で使われているようです。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「但馬新井」です。


2025年9月7日日曜日

波賀町の今市山

 


国道29号線を引原川沿いに北上すると、道の駅みなみ波賀の南に橋があります。これを渡ると今市集落で、その後ろに聳える山が今市山です(と、今市のマップに書いてありました)。この山には2010/08/27に北から来たことがありましたが、西向きの下山で苦戦しました。今回は素直に今市から林道で登ることを計画しました。


林道の入口付近に杭があって林道の名前が書いてあったようなのですが、消えてしまって読めません。害獣避けの扉を開けて林道に入るとすぐに赤い「火の用心」があって、送電線の鉄塔への巡視路だということがわかりますが、とりあえずは鉄塔には行かずに林道を歩きました。よく整備されている林道です。しばらく歩くと安積上野線二五鉄塔に着きました。東に展望が開けます。巡視路は東から上がってきており、火の用心はありませんがここから西の次の鉄塔に上がるようでした。ここが地形図の林道の終点ですが、さらに東に林道が伸びていました。これを歩くと徐々に登っていって、支尾根らしき所で折り返し、そこからは北西に延びていました。草が生えているところもありますが、歩くには文句ない林道です。途中で分岐が2つありましたが、最後は支尾根で終わっていました。この支尾根は今市山から西に延びている最も登りやすそうな尾根なので、ここから今市山に向けて登りました。木の間隔が広い自然林で、かわいいマムシに会った程度で問題なく登れました。山頂近くは岩が増えて、大岩をよじ登れば今市四等三角点(712.22m)のある山頂です。切り開きがありますが展望はありません(写真)。


ここからは気持ちの良い尾根歩きです。自然林も植林もきれいです。2015/11/15に谷から登ってきた690m+ピークから北に向かうと、2010/08/27に見た白い板は地面に落ちていました。アップダウンはありますが気持ち良く歩けて、藪の下にある谷村三等三角点(769.85m)に着きました。ここは最近では2024/07/07に東から来ています。


下山は「山の神」[1]を降りました。北西に延びる尾根で、最初は肝試しのような急勾配です。幸いに先人の方たちが作ったと思われる踏み跡があり、マーキングや杭もあり、周囲は植林なので割と楽に降りられました。少し降りれば美しい植林ですが、そこから作業道を見つけて少し北の谷に降りたら、枝打ちした枝と石の多い谷を降りる羽目になりました。急勾配でもまっすぐに広い尾根を降りるのが正解だったと思います。波賀城に行く道路に出ましたが、この付近はかつて牧場だったようで石積があり、それを観察しながら植林を降りました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「安積」です。



2025年8月31日日曜日

高坂峠へ東から旧道で上がる

 


これは山登りではなく、道歩きの記録です。県道8号線の高坂トンネルを多可町に向けて抜けて、坂を下ると「新松か井の水公園」があります。広い駐車場があっていつも車が何台かとまって水を汲んでいるようです。ここから少し下ると「松か井の水ここより2km」という看板があり、道標もあります。これらは県道8号線ではなく、旧道の道標です。ここから下向きの旧道は荒れ気味ですが、上向きにはやや狭い1車線の舗装道路が登っていきます。植林の間の道で、車は来ないので安心して歩けます。飯森山方向に延びる谷には林道の入口があり、「角シガ谷」と書いてあります。このような地名の札は他にもありました。少し歩くと高坂トンネルの上に出ます。ここは地名「荒谷」だそうですが、県道8号線に降りる道はありません。道は南向きになり、しばらく歩くと「松か井の水」の第1駐車場があります。「松か井の水」まで250mということで、250m歩くと「松か井の水 この左下」という表示があります。これがなければ気が付かないでしょう。階段をくの字に降りると湧き水がありま(写真)。2016/04/16にも来ています。播磨十水の内「落葉の清水」だそうです。堰堤の脇で、すぐ上にももう一つ堰堤があります。木陰で虫もいなくて人も来ないという素晴らしい休憩所で、しばらく本を読んでいました。


道路に戻って250m登ると狭い第2駐車場があります。ここから大量の水を汲んで帰るのは大変だったでしょう。少しで危険区間は終わり、高坂峠です。「為無縁佛供養」と天保二年の子安地蔵があります。ここから2021/11/28に歩いた作業道奥山3号線を歩きました。最初はまともな道で、真っ白になった関電の「火の用心」も2つあって、下方の鉄塔に行けるようです。しかしその先では作業道とは言えない、車は通れない状態になりました。藪漕ぎ状態のところもあり、山椒や松が邪魔です。道があっても落石注意の典型のように岩で塞がっているところもありました。しかし我慢して歩き続けると舗装道路に出ました。これは広域基幹林道笠形線で、福崎の東から延びている道です。ここではバイクやランナーと出会いました。的場山三角点に上がる付近には長い金属製のハシゴがありました。松井庄眺望駅は、木が伸びて眺望はありません。最後は県道8号線に戻りましたが、ここにある笠形線の案内図は「新松か井の水公園」の場所を間違えています。


Wikipediaには、「松か井の水」は1957年に林道工事(峠の旧道か?)で所在不明となり、1987年に治水工事(堰堤工事でしょう)の際に再発見されたとあります。高坂トンネルの開通が1984年で「新松か井の水公園」ができたのが2001年ですので、「松か井の水」が現役だった時代は短いようです。「新松か井の水公園」は「松か井の水」の下流にあるので、「松か井の水」の水も流れていると言っても良いでしょう。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「生野」です。



2025年8月29日金曜日

道谷から三久安山

 


2025/07/04に、波賀町道谷から南に歩いて三久安山に登りました。その時は県道521号線を歩いて阿舎利三角点経由で登りましたが、今回は県道48号線から尾根を歩いて行ってみました。道谷といっても、登ったのは県道521号線の西の尾根です。尾根の東に破線道があるので、48号線から橋を渡って耕作地の西を歩きました。この道は車は通れませんが、登っていくと地形図通りに平坦地があり、耕作地となっていました。小屋がありましたが潰れているものもあり、耕作地もススキが生え放題で、長い間放置されていたようでした。ここから尾根に上がるのは簡単で、気持ちの良い尾根歩きとなりました。2020/11/03の逆コースとなります。ずっと登りで、尾根は自然林でも両側の斜面は植林が多かったようです。途中で標高900m付近では東側から林道が尾根近くまで来ていました。


最後はちょっと急な登りで1012mピークに着きました。ここからも長い植林の尾根で992m地点を過ぎ、2025/07/04に通った1050m+に着きました。ちょっと西に歩くと1067mピークで、ここから南にお馴染みの長い稜線歩きとなります。最初に長い下りがあり、992mピークから1050m+ピーク、1067mピークからまた下りで、登り返して1012mピーク、さらに下って登って、少し歩けば三久安山です。登り始めて2時間ほどでした。小原三等三角点(1123.13m)があります。途中の稜線は自然林も植林も美しく(写真)、たまに藤無山も見えて、100m程度のアップダウンはあるにしても楽に気持ち良く歩けました。何度も歩きたくなってしまうルートです。山頂は水が少ないのかシダが枯れかけていました。しばらく風にあたっていました。


帰りは来た稜線を北に戻りました。登ってきた時とは逆で、急な登りは急な下りになり、長い下りは長い登りになります。疲れれば気持ちの良い林の中で休めば良いのですが、風が止まると暑くてメゲました。1067mピークから東に曲がり、1050m+から北に降りるところは登りと同じですが、帰りは少し違うルートにしようと思って、1012mピークから西に歩きました。これは最近では2024/11/09の逆コースで、ちょっとわかりにくいのですが、尾根を西に十分行ってから北に降りていくと目的の尾根に乗れました。ここはネットがあり、西側の鹿伏からの谷の斜面が伐採されています。だいぶ草が生えてきたようです。倒木があって歩きにくい尾根で、いったん降りてから植林を登ると草が茂っており、その中に道谷四等三角点(926.26m)がありました。


草叢から北に尾根を下ると、最初はシダの生えた植林ですが、すぐに歩きやすい植林になりました。ここは2020/11/03に登ってきた尾根ですが、下りでは分岐が多くて迷いやすく、GPSをしっかり見ながら降りました。793mピークまでは植林を登りましたが、ピークの北は伐採されていました。2020年とは大違いで、東に林道が降りて行っていました。少し林道を歩いてから、植林を降りました。最後はこの日最高の急勾配になりましたが、川沿いの草地に降りられました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「戸倉峠」です。



2025年8月26日火曜日

下牧谷から登った戸倉山

 


山崎町の戸倉山(宍粟50名山の篠ノ丸山)には最近では2023/03/02に篠ノ丸城跡から登っていますが、今回は歩く距離を縮めて下牧谷から歩きました。下牧谷に大倭物代主神社があります。この神社の随神門は神社から道路と駐車場を隔てたところにあって、随神門の前の道は舗装されていません。この道を南に歩くと溜池があります。ここで扉を開けて、溜池の南東側を歩くと道があります。地形図の破線道のようで、倒木もありますが溜池の奥に続いています。山のほうへは、地形図通りに上がっていく踏み跡があって、これを登りました。荒れた若い植林という感じですが、歩きにくくはありません。斜面にえぐられた溝があって、これに沿って登りました。よく見ると切った木をたくさん積んでありましたが、かなり昔のものに見えました。徐々に荒れ方がひどくなって溝もなくなりましたが、大きな問題はなく2023/03/02に通った稜線まで上がれました。


稜線を西向きに歩くとすぐに兵庫県の2級基準点のある場所に出ました。木の背が低ければ南に展望のありそうな場所です。ここからも歩きやすい道が続きました。380m地点を過ぎると宍粟市らしいきれいな植林になりましたが、472mピークの手前から少し藪がありました。棘のある枝に気をつけてここを抜けると、また道があり、472mピークには岩もありますが、問題なく歩けて、最後に植林の急斜面を登ると「戸倉山」という札が掛かっていました。山頂を示す札としては場所が変ですが、この一帯を戸倉山と呼ぶのかも知れません。ここには道標もあって、山頂へは200mとなっています。この200mが例によって大問題で、倒木とその周りの大きな草や灌木で道がよくわかりません。果敢にここを突破すると、上牧谷三等三角点(511.98m)に着きました。この山頂付近は少し開けています(写真)。


問題は下山で、2023/03/02には西に歩いて大倒木地帯で苦労しました。そこで北を降りてみようと思いました。地形図を見ると等高線の間隔はあまり狭くなく、支尾根っぽいところもあります。なんとなく地形図の神社マーク(住吉神社)を目標に降りてみましたが、広い斜面で方向が定まりません。倒木が多く、藪を避けていると西寄りの谷を降りることになりました。最初の目標の支尾根は藪で近寄れません。倒木だらけの急斜面の谷を、降りやすい所を探して降りていきました。しばらく降りると倒木が減って植林らしくなりましたが、そのまま谷を降りるのは危なそうだったので、西にトラバースして別の支尾根に行きました。ここにも倒木は多かったのですが、藪ではなく、しかも地面には登ってきた尾根にあったような溝がありました。これは作業道の可能性が高いので、この支尾根を倒木を避けながら降りました。なんとか標高差100mくらいを降りて標高300m付近まで来ると藪になりました。倒木は相変わらずあるので突破は難しく、東に降りていくと谷がありました。地形図ではわからないのですが、狭くて両側が急斜面の谷です。一度東側に渡ったものの、こちらも倒木が多くて降りにくく、結局西側の斜面を登って前の支尾根を降りました。今度は倒木も少なく、そのまま降りていって2023/03/02に通った湯塚池に着きました。堰堤の真ん中の階段を降りて、住吉神社にお参りに行きました。この神社は大倭物代主神社の御旅所だったそうで、縁のある2つの神社にお参りできました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★★

地形図は「山崎」です。



2025年8月24日日曜日

登山道で登る笠ヶ城山

 


波賀町皆木の笠ヶ城山に登ったのは2012/06/02のことで、だいぶ経っているのでもう一度登ってみました。登り口は2025/05/03に皆木三角点から降りてきた所で、「笠ヶ城山上野登山口」となっています。林道を登って行くと谷沿いになってユンボがありました。谷の東側の斜面は急斜面で道があるようなないようなで、ここに降りてくるのはやめようと思いました。ユンボの先の林道も草で覆われていましたが、問題なく歩けました。登っていって林道が水平に西向きになる付近に登山口がありました。ここでは急斜面をロープを伝って登れば笠ケ城山、西はモミジ谷方面となっていましたが、他の道標では左に大谷登山口方面へ、右には峠登山口へ、となっていました。ここからいきなり登るのは急斜面すぎると思ったので、林道を西に歩きました。次の道標は大谷登山口が下で、モミジ谷と観音堂は東、笠ケ城山は上となっていました。モミジ谷が謎なのですが、ここから斜面の登山道を登りました。仙道だった道のようでしたが、楽にすぐに600m-の鞍部に着きました。鞍部なのでどちら側にも登れますが、まずは南寄りの斜面を登りました。少し登ると岩が増えますが、すぐに650m+の山頂に着きました。クサイソ山の札がありました。また鞍部に戻って、急斜面を北に登りました。こちらも岩が増えてきますが登山道があってロープもあり、笠ケ城山の山頂に着きました。笠ケ城三等三角点(668.85m)があります。伐採されていて北側は展望があります。


山頂からはさらに東から北に歩きました。次の660m+ピークには「観音屋敷」というプレートがあって、観音堂の跡のようです。説明板によると観音様は皆木に降ろされたとか。この先には峠登山口への道標もあります。どうやら登ってきた登山道が大谷登山口からの登山道らしく、皆木からは谷沿いの道です。後で登山口を見に行ったところ、皆木登山口となっていました。最初に見た登山口は峠登山口コースの登山口ですが、そちらの入口は上野登山口でした。名称が混乱していますが、要は登山道は2つあるということです。今回は2012/06/02と同様に北に歩きました。するとすぐに峠登山口への道標がありました。なるほど最初に見た登山口からは近い場所ですが、さらに尾根を北に歩きました。自然林や植林が気持ち良く、アップダウンも少なく楽に歩きました。ちょっと急斜面があって、それを登ると690m+ピークで、ここは2025/05/03にも来ています。ここからその時のルートを逆に歩いて下山しました。


気持ちの良い尾根で、道もあってピークを巻いているところもありました。どんどん南に降りていき、660m+ピークでは2025/05/03のルートに従って東寄りに進み、南に降りました。この付近は鉄穴流しの跡で変な地形になっています。はっきりした道もないので、歩きやすいところを歩いて降りました。そのまま南に降りるつもりだったのですが、楽な方に行くと西寄りの谷を降りることになりました。変な地形に気を取られて降りていくと、結局谷を降りることになりました。行き先は最初にユンボから見た歩きたくない谷になりました。植林を降りていき、ススキをかき分けて道らしきものに出ました。これで降りられるかと思ったら、金網があって降りられなくなりました。この金網は堰堤で終わっており、堰堤の上の扉には鍵がかかっています。しかたなく堰堤から飛び降りて斜面を登って道に出ました。この道は川の東側でどこかで川を渡る必要があったのですが、堰堤のすぐ下に川を渡るための階段などがあったので、それを渡って西側に渡り、ススキの中を降りました。途中にあった説明板には徳長川砂防堰堤と書かれていました。ススキの原っぱを降りて、登山口に戻りました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「音水湖」です。



2025年8月17日日曜日

北から登る成卜三角点

 


神河町の長谷の西にある山の上の成卜三角点(なんと読むのでしょうか?)には、何度も登っています。今回は地形図を見ていたら山頂の北に通信塔のマークがあり、航空写真にもなにやら写っているので、これを見に行くことにしました。登り口は長谷ダムの近くのログハウス村です。目的の尾根の先に行くと、道路脇にコンクリートの法面があって登れません。しかし少し東に下っていくと、法面の切れたところに登り口があり、ここから仙道がありました。急な斜面を西寄りに登っていくと植林に出ました。ここからしばらくは急斜面の植林登りですが、標高450mを越すと一息つけました。その先も地形図通りに急斜面と平たい場所が繰り返すので、休み休み登りました。標高580m付近で林道に出会いました。これは以前に下山した林道なのですが、それに気づかずにさらに登りました。岩が増えてきますが、邪魔になるような大岩はありません。そして航空写真にも見えている伐採地があり、シダの中を登ると反射板がありました。通信塔ではなく反射板です。ここからは長谷ダムがよく見えるので(写真)、銘板は見つけられませんでしたが関電が設置したものでしょう。


反射板は標高730m付近なので、さらに登りが続きます。伐採地があって赤い「火の用心」の札が立っていました。以前にも見て、付近に送電線はないので不思議だったのですが、反射板への道標でした。さらに西に歩くともう一つ「火の用心」があって、そこからシダ藪を登ると低い松の間に金属プレートの成卜四等三角点(821.42m)がありました。


山頂付近をぶらついて、南の836mピークまで植林を歩きました。植林以外は藪もありますが、風があれば快適です。836mピークの手前の北の暗部では南から来た林道が東西に分かれています。この付近は何度か来ており、林道で降りるなら東に行くのが正解だったのですが、何も考えずに西側の林道を歩きました。成卜三角点のあるピークの西側を巻いていき、しばらく行くと「火の用心」が立っていました。あまり気にせずに林道を歩いているうちに、このままだと上部調整池に行ってしまうことを思い出しました。2022/04/02にこの林道を歩いています。そこで、「火の用心」が太田ダムから反射板を見に行く巡視路だと思い当たり、引き返して巡視路を歩いてみました。林道脇の「火の用心」から成卜三角点には登らず、斜面に道があります。流されている部分もありますが、途中にも「火の用心」を見つけてこれが巡視路だと確信しました。地形図には山頂から北に破線道がありますが、これは見つからず、じっさい2021/09/26には破線道と同じ谷を降りていますが危険な谷でした。林道を降りるなら2021/10/16と同じように東に行って林道カクレ畑線に出ればよいのですが、大回りなので「火の用心」に従って反射板に行き、尾根を下って林道カクレ畑線に出て下山しました。


林道を降りきった付近でサルの群れを見ました。2021/10/16には山頂付近で駆除をしていましたが、じっさいにサルが生息していました。あまり人のいない別荘地ですが、ゴミを漁りに降りてくるのかも知れません。なお、桜の名所でもある関電のPR施設は2年前に閉鎖されていました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「長谷」です。



2025年8月15日金曜日

道谷から横行と六郎谷三角点

 


2012/08/27と2021/11/13に宍粟市波賀町の道谷(どうだに)から六郎谷三角点と横行三角点に行っていますが、今回はその逆回りです。登山道はその時に降りてきた、阿於意神社の裏山です。神社の右手から急斜面を登ると祠があります。ここから長い登りですが、横行三角点まで標高差は300mほどしかありませんので、そんなに疲れません。しばらく登って尾根が平らになってきた付近に共同アンテナの残骸があります。この付近までは植林だったのですが、ここからは広葉樹も増えてきました。緑が美しく気持ちの良い自然林です。足元にはときどき太いケーブルが見えており、横行三角点前にあったと思われる共同アンテナのケーブルのようです。気持ちの良い尾根をアップダウンしつつ登って行き、1時間ちょっとで横行三等三角点(940.12m)に着きました。ちょっと展望があります。最近では2023/04/04に北の横行渓谷から来ています。


横行三角点からは養父市と宍粟市の市境、昔の但馬と播磨の国境を歩きました。植林も自然林も美しい尾根です。そんな尾根に突然黒いプラスチックの長い階段が現れ、その上にはプラスチックの筒が並んだ不思議なオブジェがありますが、これは木を育てようとした努力の跡のようです。大屋原線八七鉄塔が尾根の上に立っており、横行渓谷の水力発電所からの電力を送っているようです。ここでもプラスチックの筒を見ましたが、中で窮屈そうに育っている木もありました。この付近に木が境界見出標を飲み込んだのを見ました(写真)。引っ張っても抜けません。西に歩いて926m地点の先には何度も通っている鉄塔の跡らしい石積みがあります。美しい自然林が続きますが、いったん少し下ってからやや急な斜面を登り、さらに少し登ると六郎谷四等三角点(950.5m)に着きました。この尾根は木々がきれいな分だけ展望はあまりありませんが、このピークもそうでした。


さらに市境を西に歩きました。きれいな自然林が続きましたが、そろそろ下山しないと道谷に戻れないので、970m+のピークから南の尾根を歩きました。2020/11/08には東の909m地点から尾根を降りたのですが、植林なので道があるだろうと思って、今回は急斜面を南に降りていきました。地形図には実線道が描かれていますが、見当たりません。西には林道が見えますが、これでは大森神社に降りてしまいます。2021/11/13にはこの付近の林道を登ってきたのですが、下りではうまく見つけられません。結局シダが生えていないところが道らしいということになって、それらしい所を降りていきました。実線道とはほど遠く、シダの草原の中を水が流れに沿って降りていきました。なんとなく太めの道らしいところに出てきましたが、2021/11/13にも苦労したミツマタの藪があって、これを迂回すると、やっと林道らしい道に出ました。石の多い歩きにくい林道でしたが、問題なく谷沿いに下って新戸倉スキー場跡(いまはANNEX PARKと呼ぶらしい)を通って道谷に戻れました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「戸倉峠」です。



2025年8月9日土曜日

山崎町与位から巡視路で登った峰旗

 


峰旗には2008/5/2と2011/03/12に登っています。今回は峰旗の近くを山崎智頭線が東西に通っていることを利用して、東から巡視路を利用して登ることを計画しました。与位から北に高尾川沿いを歩きます。高尾林道ですが、鍵のかかった扉があって自動車は侵入できません。しばらく歩いて小さな川を渡ると西に林道があります。ここの道標では、この道はウルシバタへ向かい、北側の尾根を登ると一ノ谷とシモツに行くように読めますが、よくわかりません。ここに赤い「火の用心」があることを期待していたのですが、何もありません。植林の尾根をまっすぐに登ろうかと思ったのですが、上の方は藪っぽかったので、とりあえずは赤い「火の用心」を探そうと植林を歩きました。最初は舗装されていますが、未舗装になると荒れてきます。北側斜面は藪で登りたくありません。そのうちにシダ藪になりましたが、その中に「保安林内作業許可済標識」があって、昨年から今年3月までの1年の間に「土地の形質の変更 送電用保守通路の利用更新」を行ったことになっています。確かに足元には黒いプラスチック階段があって、やっと巡視路にたどり着けました。しかし付近はシダや土砂が多く階段も埋まっています。巡視路は谷を南から渡ってきたように見えたのですが、そんなことはあるでしょうか?巡視路はさらに谷奥に向かっているようでしたが、すぐに消えてしまいました。本当に巡視路の保守作業を行ったのかどうか疑問です。周囲をよく見たのですが、北の斜面を巡視路が上って行ったようには見えません。結局谷を登っていくことにしました。この谷は広く、意外と歩きやすかったのですが、ヤマビルに喰い付かれました。斜面が急になってくると細かな石の斜面となって足元が崩れるため、疲れました。まっすぐ登るとさらに急斜面になりそうだったので、東寄りに登り始めました。急斜面ですが岩などを利用して適当にジグザグに登っていくと、尾根に上がることができました。ここは巡視路でプラ階段があり、それを登っていくと山崎智頭線一一鉄塔に出ました。展望があります。


ここからは尾根歩きで、2011/03/12と同じコースとなります。巡視路なので楽に歩けました。山崎智頭線一二鉄塔では展望があり、山崎智頭線一三鉄塔も展望があります。ここで巡視路を離れると灌木の藪になりました。イバラが生えておりネットもあって、登りづらいことこの上なしです。しかし前回同様に苦労して登って、峰畑(855m)に着きました。特になにもない場所です。


下山も2011/03/12と同じコースです。すぐに尾根が二つに分かれており、行くべき東寄りの尾根のほうが藪っぽいので若干躊躇しましたが、藪っぽい方を降りていきました。与位反射板への赤い「火の用心」があります。巡視路がどこからここに登ってくるのか不思議です。次の743mピークを巡視路は巻いているようで、たしかにその方が楽です。ここからは尾根歩きですが、下山のつもりでも登りもあります。与位反射板は2011年以降に作り直されており、ネームプレートもなくなっていました(写真)。このあと岩場と藪を歩いて、播磨西線七三鉄塔に着きました。南のピークにある毛利三角点を探しに行きましたが見つかりませんでした。2011/03/12には見つけましたが、2008/5/2には見つけられず、今回も落ち葉に埋もれていたのでしょう。


播磨西線七三鉄塔から巡視路を降りました。植林の中を下るのですが、かなり土砂が流されて見つけにくくなっていました。マーキングがあり、赤い「火の用心」もあるのですが、道はほぼ埋もれて見えなくなっているところに「火の用心」だけが立っていたりしました。この巡視路はいったん標高450m付近の尾根に出ます。ここは2011/03/12に毛利三角点から急斜面を降りてきたところです。巡視路はここから東の植林の谷を降ります。ジグザグに降りますが、ときどき消えかかって、黒いプラ階段を見つけて巡視路であることを確認しました。最終的には林道に出て、あとは林道で降りましたが、途中に七四鉄塔への巡視路がありました。巡視路は林道のかなり下から作られていて、おそらくこの林道が延びる前からあったのでしょう。下の方は藪化した分譲地ですが、別荘が建てられた気配はなく、バブルの名残という感じでした。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「山崎」です。



2025年7月28日月曜日

登山道で登った駒の尾山

 


地形図を見ていると、ちくさ高原の南から西の県境に斜めに破線道が伸びています。不思議な道で本当にあるのなら歩いてみたいと思ったら、これは登山道でした。ちくさ高原スキー場に向かう県道72号線のせせらぎランドの前に林道がありますが、この南に「ダルガ峰・船木山 せせらぎ公園登山口」があります。大海里峠への道標もあり、ちょっと木の根っこの階段を登ると快適な登山道が始まりました。最初のうちは鉄穴流しの跡の複雑な地形が楽しめます。急勾配もわかりにくい所もなく、実に快適な登山道です。斜面に作られていますが流された場所はありません。いくつか岩塊流の跡もあって、高山登山を楽しめます。標高差300mも登らないで大海里峠に着きました。


大海里峠にはいろいろ道標がありますが、地形図にある西に降りる破線道はなかったように思います。実際この破線道は谷沿いで、林道ダルガ峰線沿いの「白雲の滝」に降りてしまいますので歩きやすい道ではないでしょう。大海里峠から南の県境は中国自然歩道として整備されています。岡山県最高峰の後山を通る尾根なので近畿自然歩道ではないのでしょう。少し歩くと長い階段で1211mピークに登ります。途中に「急な下り 階段注意!」と書いてありますが、危険な階段なら作らないほうが良かったのでは?とも思います。登りでは階段は多少助かりました。登り切ると気持ちの良い自然林ですが、すぐに両側からチシマザサが覆いかぶさってきました。チシマザサの間から避難小屋が見えてきて、東西の尾根に出ました。チシマザサの間の道を西に少し登れば駒の尾山の山頂です。大茅二等三角点(1280.47m)があり、座りやすい石が二列に円形に並べられています。展望もあちこちあって、山頂としては後山よりも楽しめますが、木はないので夏は晴れていると長居できません。


駒の尾山からは東に尾根を歩きました。最初はチシマザサの壁の間を歩きますが、自然林になると日陰ができました。しかし鍋ヶ谷山へは再び木がなく、チシマザサの間の道です。鍋ヶ谷山(1253m)からも南に展望があります。ここは日陰もあります。さらに東に尾根を歩きましたが、粟倉三角点は景色を眺めていて見落としました。そして山上庭園的な雰囲気の中を歩き、ややきつい坂を登ると、船木山(1334m)に着きました。さらに一踏ん張りして、尾根道を下って登り返すと、何度も来ている後山(兵庫県では板馬見山?)です。祠と後山三角点(1344.36m)があり、展望もありますが、狭い山頂です。


下山も登山道にしました。2011/09/06に登ってきた道です。最初は急斜面を横切るように作られた道で、ジグザグに降りていきます。マーキングがはっきりしていますし、道もはっきりしています。少し下ると緩やかになりましたが、まだ標高差100mほどしか降りていません。ここからは植林となって楽になりましたが、長く続きます。周囲は鉄穴流しの跡のようになり(写真)、マーキングを頼りに降りていきました。最後はシダと岩の多い谷に出ましたが、この付近の道は不明瞭で、登りでは少し悩むかも知れません。鍋ヶ谷登山口に降り立つと、あとは長い林道歩きです。この林道では特に作業は行われていませんでしたが、881mピークに降りる尾根には新しい林道がありました。県道72号線に出るところでは木材の積み出しが行われていましたが、伐採が行われているのは最初に通ったせせらぎ公園登山口のすぐ南付近でした。


展望 ★★☆

藪山度 ☆☆☆

地形図は「西河内」です。



2025年7月26日土曜日

峰山高原で土塁をたどる

 


中坪峠から暁晴山に登ろうと考えて、県道8号線から峰山高原に向かう道路を走って、車をとめられる場所を探してとめて、西向きのヘアピンカーブのところから中坪峠を目指しました。地形図にある峠越えの破線道なので、なんらかの道標を期待したのですが、カーブミラーのほかは何もありません。シダに隠れて鎖がかかっていて、ここが林道の出口だということはわかりますが、谷の道は流されたようです。水源林造成事業が行われているようで、かろうじて杣道が谷の西側に残っていました。ピンクのマーキングもありますが、肝心の道がとても怪しい感じでした。しかし見上げると石積があって、マーキングに従ってジグザグに登ると石積で補強された道がありました。これはしっかり作られた道だったようで、ジグザグに登っていってネットを通って中坪峠に着きました。


中坪峠には西から林道が上がってきており、2014/05/03に西から来ました(ただしその時のブログは地図と文章が食い違っているような気がします)。その時は中坪峠から林道を歩いたようですが、今回は尾根歩きにしました。最初は植林で、ネットと大岩がありました。ネットの東はススキの草原です。この付近に中坪峠三角点があったはずですが、気づかずに通り過ぎると先は藪っぽくなりました。西側から林道が二回近づいてきますが、それと分かれて藪を抜けると低めの土塁がありました。ここからは土塁に沿って歩きましたが、灌木の藪が続きます。土塁は柔らかい土でできているので、保存のためにできれば上を越えたくなかったのですが、藪を抜けられそうな所を探しに何度か土塁を横切りました。1015mピークの西にはススキの中に地籍図根三角点がありました。この付近からは暁晴山とスキーコースが見えます。しかし藪が続き、うんざりしたころに植林に出てホッとしました。ここで土塁は小さい谷を横切り、また登っていくと、眼の前にコンクリートの壁がありました。これは南の通信塔へ行く道ですが、壁が高くて登れず、北に藪を抜けて壁が低い所を探してよじ登りました。道を横切ると地籍図根三角点があり、土塁はさらに続いていました。土塁はその先の1010m+ピークで北に向きを変えて下っていきます。東から道路が接近しますが、土塁に沿ってまっすぐに暁晴山を目指しました。この付近は2014/05/03に歩いています。比較的歩きやすく、暁晴山の山頂に着きました。山頂は平らでススキに覆われており、パラボラのついた通信塔が4つ立っています。宍粟50名山(とは言え市境です)と暁晴山一等三角点(1077.11m)があります。東にリラクシアやスキー場が見え、展望最高です。


土塁はススキに覆われていますが山頂を通過しています。山頂の北側は背の高いススキを抜けるのが大変でした。抜けてしまえば多少楽になって、斜面を降りていくと峰山林道に出ました。土塁の上にはススキに隠れて「暁晴山 土塁コース」の札が立っています。この北も土塁が続いていることは2014/05/03に確認していますが、今回は峰山林道を東に歩きました。暁晴山登山口を過ぎて山笑の碑に来ると、北の尾根に登りました。ここは地形図に土塁が描かれていますが、ここも灌木の藪は手強く、土塁の脇に抜けられそうなところを見つけながら進みました。途中で土塁は方向を南寄りに変え、市境を横切って斜面を降りていきます。この付近は歩きやすくなりました。地形図の破線道を横切る付近は高原の雰囲気です。小さな渓流を渡り、東屋のある910m+の小ピークの北を通ってまた破線道を横切り(写真)、最後は谷で水流が合わさるところの間で終わっているようでした。この先は地形図の破線道を使って、大河内高原ラインに出ました。この道路をたくさん歩いて出発点に戻りました。


地図には黒で土塁を書き込んであります。


展望 ★★☆

藪山度 ★★☆

地形図は「長谷」です。



2025年7月23日水曜日

上乢から登る後山

 


先週行かなかった後山に、上乢から登りました。車は「愛の水」の駐車場にとめ、行者参道を登り始めました。いきなり不動明王像等がありますが、参道だからでしょう。付近は「後山ふるさと公園」として整備されています。道を登っていくと害獣避けの扉があります。これを開けて、すぐに右に曲がって林道を歩きました。植林の中を歩く舗装道路で、気持ち良く歩けました。途中で枝道に曲がりますが、未舗装でも問題はなく、急坂を登っていくと、上乢に着きました。峠のお地蔵を期待していたのですが、周囲は植林で峠の名前の札も地面に落ちています。旧道の峠の面影はありません。


峠からは北に林道が延びているので、まずこれを歩きました。この林道は北の伐採地に行く道で、しばらくは登っていきますがそのうちに水平に尾根を回って行くので、尾根に上がりました。この先は意外と急斜面になり、大きな岩もあったので杣道を見つけて登りました。ひとしきり登ると北側は伐採地です。道がかなり高いところまで来ているので、これを歩いたほうが楽だったかも知れませんが、伐採地はしっかりした青いネットで囲まれているので、出るのが大変かも知れません。


伐採地に沿って登っていくと、植林の中の入谷四等三角点(939.55m)に着きました。ここまでで一区切りで、その北では少し降りてからまた急登になりますが、ここはロープがありました。この尾根には道標はないので、ロープがあるのは意外でした。この付近は岩が多くロープに従って登って、次は1094mピークで一区切りとなりました。この先は割と歩きやすかったと思います(写真)。1253mピーク付近まで来ると笹が増えますが、強力なチシマザサではありません。ここで初めて笛石山と上乢への道標がありました。ここからは登山道なので歩きやすくなりました。道仙寺奥の院拝見処という場所がありますが、急斜面の上から恐る恐る下を見ても木が延びすぎで奥の院は見えませんでした。板馬見渓谷への分岐があり、背の高くなった笹を押しのけて登山道を登っていくと、後山の頂上に着きました。後山三等三角点(1344.36m)と祠があり、晴れていれば各方面に展望が楽しめます。


下山も登山道を歩くことにして、後山から西に尾根道をあるきました。おごしき山への分岐の後、幅の広い道が続きます。展望もあって良い感じです。下って上がって、2011/09/06に登ってきた鍋ヶ谷林道からの登山道への分岐を過ぎると船木山です。ここからは2025/7/16に登ってきた登山道を降りました。最初はまっすぐに尾根を降りますが、中央部の凹んだ道は歩きづらいので脇に逸れて植林を降りました。1136mの手前から斜面をジグザグに降りるようになり、谷に降りると渓流を二回渡って谷沿いの道になります。降りていって鉄穴流しの跡のような地形になると林道に出ました。


林道を東に歩いて後山キャンプ場に行きましたが、誰もキャンプしていません。そのままキャンプ場を東に抜けて、斜面をジグザグに降りる遊歩道を歩きました。草で覆われている場所もありますが、折り返し点にはベンチがあって、楽に降りられました。この遊歩道は行者参道に繋がっており、仏像に見守られながら降りると駐車場に出ました。この駐車場は害獣避けの扉を開閉しないと来られないので、アクセスが良くありません。その扉を抜けて、「愛の水」に戻りました。


展望 ★☆☆

藪山度 ☆☆☆

地形図は「西河内」です。



2025年7月21日月曜日

大畑から登る飯森山

 


神河町の越知川を遡っていくと、越知から大畑の間くらいに東に延びる林道があります。この林道の先の峠は東の多田から大畑に繋がる旧道だったそうで、この峠を目指して歩き始めました。越知川を渡ったところに工事の情報が表示されており、「(基)千ヶ峰・三国岳線 森林基幹道開設事業」だそうです。2023/08/13に歩いた、目指す峠を横断している林道です。工事に使われているだけあって整備された林道で、美しい植林もあります。途中に関電の赤い「火の用心」があって鉄塔への巡視路の所在がわかりました。ここに戻ってくることを目標に林道を登りました。途中で林道の近くに鉄塔があったので藪を抜けて見に行きました。播磨中央線五一鉄塔です。下から車で来られるので巡視路は荒れて藪になっていたのでした。


林道を登っていくと、千ヶ峰・三国岳線への分岐がありまり、ここを右に入りました。この付近は地名が表示されており、分岐点は「池ガ谷」のようで、次は「大谷」のようでしたが、その次は錆びていて読めません。そして林道の終点に来ると「南山 大師堂」で、石造りの礼拝所があって「光明遍照」が掛かっていました。地形図にはこの先に峠まで破線道があるのですが、ふと見ると赤い「火の用心」があったので、これがその道だと思い込んで登り始めました。途中までは整備された道なのですが、谷の奥で消えてしまい、ここでGPSで位置を確認すると破線道よりもひとつ西の谷を登っていました。しかたなしに倒木の多い急斜面を登ると上に千ヶ峰・三国岳線がありましたが、コンクリートの壁があって登れないので少し北に寄って道路に上がると、下に鉄塔が見えました。この鉄塔への巡視路だったので、谷を詰めようとすれば見失うのは当然でした。峠への道を確認できないまま、林道で峠まで歩きました。


この峠には2017/08/06に来ましたが、林道の交差点で、千ヶ峰・三国岳線が横切っているだけでなく地形図にもある北東向きの荒れた林道がありますし、南西にも林道があります。東への破線道は2017/08/06に降りてひどい目にあいました。北に登れば播磨中央線五三鉄塔があり、その先は「多可の天空」です。今回は南の尾根に上がって「多可の天空」を歩きました。よく整備されていて植林もきれいです。見ると東側も尾根のすぐ下に林道があります。あまりアップダウンはなく徐々に登っていって、岩場から急斜面を登り切ると、福畑山三等三角点(900.59m)のある飯森山の山頂に着きました。最近では東の多田から2024/12/07に来ています。山頂からは西に降りていき、鞍部を経て少し登ると2011/04/29にも来た飯森山南です。峠からここまで、木々が美しく涼しい風の吹く文句の付けようのない稜線歩きでした。越知川沿いの展望もあります(写真)。


下山は最初に巡視路を見つけた鉄塔に降りるため、少し東に戻ってから植林の斜面を降りました。ここからはほぼ一本道の尾根下りですが、標高800m付近に地形図で見ても勾配のきつい所があり、ここには大岩があったので西側を巻いて降りました。ずっと植林なので降りやすく、少し下草のある所がある程度で、登りにも使えそうです。標高600mを切ったあたりで東から来た林道が終わっていました。さらにその下でも東から林道が来て、少し尾根沿いに下ってまた東に行っていました。これらでも下山できたでしょうが、遠回りになりそうなので尾根を降り続けました。最後は少し藪を抜けて、播磨中央線五〇鉄塔に着きました。ここからは巡視路が2つあり、東寄りの巡視路を階段を頼りに歩いていくと、最初に見た「火の用心」に出てきました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「生野」です。



2025年7月16日水曜日

南から登山道で登る船木山

 


美作市の東粟倉村から北の県境の山々へは、後山キャンプ場からの登山道が整備されています。東粟倉村はなんとなく姫路からアクセスが悪いという印象で、あまり行ったことがなかったのですが、たまには登山道を歩こうと思って行ってみました。


後山キャンプ場から少し戻ると登山口があります。メインは後山のようですが、船木山だって標高は10mしか違いません。よく整備された登山道で、谷を登っていきます。岩場が多く、登山の雰囲気が味わえます。道ははっきりしていますが、ぼんやりと歩いていると時々見失うことがありました。冷静に周囲を見渡せば登山道が必ずありました。渓流がきれいで気持ちがよいのですが、雨の後で岩が濡れていて滑りそうでした。特に渓流を渡る所が2箇所あり、足を濡らさずに渡るのに気を使いました。谷の奥からは少し鎖のあるところをトラバースすると、自然林の気持ち良い道になりました。さらに少し登ると平坦になって、最後は北にまっすぐ延びる木の階段になりました。これを根気よく歩くと県境の尾根に出て、切り開かれたチシマザサの間をちょっと東に行くと、船木山の頂上でした。


この日は雲で視界が悪く、風も強かったので後山には行かずに下山することにしました。船木山から西に少し行って、尾根が南北に分かれるところで南側の尾根に向かいました。チシマザサの藪を恐れていたのですが、チシマザサはすぐになくなり、植林に出ました。ここからはあまり急勾配はなく、楽に歩ける尾根でした。大きな岩があっても簡単に巻いて降りられました。途中で出会った生き物もマムシくらいです。ただし一番勾配の小さそうな尾根に向かうために、方向は間違えないように降りなければなりません。中筋四等三角点(1016.57m)まで来て、さらに南西に尾根を降りて、標高950m付近からはやや急斜面になりました。少し藪っぽくもなりましたが、本格的な藪はありません。ここを過ぎると林の中に金属の柱を見つけました(写真)。何も繋がっておらず、高さも周囲の木に負けているので、なんのためのものなのか謎でした。近くに金属の脚立が倒れており、そんなに古いものとも思えません。ここからも尾根を降り続け、林道竹の頭線に降りました。林道を歩いてキャンプ場に戻りました。


展望 ★★☆ 晴れていれば良いはず

藪山度 ★☆☆

地形図は「西河内」です。



2025年7月6日日曜日

高峰から草木川

 


一宮町の高山には2011/05/08に登りました。その時は下山では百千家満に降りたのですが、今回は草木川沿いの道で戻ることにしました。登山道は前回と同じ道路です。折れ曲がりながら登っていき、途中にauとdocomoの基地局、同じ場所に西はりま消防組合の三方基地局があります。その先に受信塔という珍しい名前の三角点があります。これは道路の脇の尾根の上にあるので、少し行き過ぎてから尾根を戻って探しました。受信塔四等三角点(613.53m)は尾根の道のちょっと脇にあります。前回にはあったNHKのアンテナはありません。道路に戻ってまっすぐに歩くと、すぐにNHK一宮三方FM中継放送所があります。前回はテレビ中継放送所だったのですが、FM専用となったようです。ここからの尾根歩きは快適です。少し岩もあります。山頂に近づくと尾根の北側は伐採地となりネットがありますが、ネット越しの展望は草や木が育ったせいかあまりよくありません。そして高峰の山頂に着きました(写真)。狭い切り開きで高峰三等三角点(844.66m)があります。ネット越しに南向きの展望があります。


山頂からは前回同様に北東に降りました。まっすぐに降りていくと、草木登山口への道標がありました。前回はここから北向きの尾根を降りましたが、今回はまっすぐに降りました。この先の尾根には分解されたアンテナがいくつか転がっていました。そして「草木坂登山口」「草木越え」「高峰」の3つの道標のあるところに出ました。ここから北寄りの尾根を降りると百千家満から草木に登る道路に出られるようですが、草木越えに向かいました。いきなり大岩があり、その先は切れているので、ちょっと苦労して登って、降りて、巻いて幾つかの大岩をやり過ごしました。ここはかなり危険でした。その先はちょっと藪ぽいところがありましたが、東寄りにマーキングに従えば作業道があり、道路に降りられました。ちょうど草木城の入口です。道路を歩いて草木に降りました。


帰りは草木から草木川沿いに長い道のりです。最初は気持ちの良い植林で、川を渡ると自然林の中を歩くようになりました。ときどき大きな岩が転がっていました。林道が東の谷に入っていく地点までは、2011/05/07に逆コースで歩いてきました。その時はここまではかなり荒れていて、復旧工事も行われていたのですが、今回はきれいに整備された道で、どこで工事をしていたのか形跡も残っていません。おそらく舗装が新しげな所が復旧された所でしょう。未舗装でも歩きやすい道でしたが、車がすれ違うにはやや狭いので、途中で出会ったのは軽トラ一台だけでした。横住川キャンプ場はただの空き地で何の設備もないので、ワイルドなキャンプが楽しめそうですが、最近使われた気配はありません。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「神子畑」です。



2025年7月4日金曜日

阿舎利三角点から三久安山

 


暑い夏には標高の高い気持ちの良い山を歩きたいので、三久安山を北から目指しました。国道29号線から県道48号線で若杉峠の手前まで行って、県道521号線を南に入ろうとすると、いきなり通行不能と書いてありました。10月末まで樅木沼谷林道災害復旧工事だそうです。とりあえずどのへんで工事なんだろうと思って521号線に入り、しばらく走って植林に入る手前に車を置いて、歩き始めました。すぐに「これより先未改修(悪路のため)通行不能」の表示があり、その次のカーブで通行止めになっていました。柵をどければ通れますが、この先はあまり車が通っていないようで荒れているので、通行はお勧めできません。渓流を下に見ながら歩いていくと藤無山登山口がありました。たしかにここからなら藤無山は近いでしょう。この付近には林道がたくさんありますが、さらに登っていって峠のあたりで西の伐採地に向かいました。ここまで工事の気配はありませんでした。


伐採地付近は鹿の楽園でした。しばらく作業道を登ってから壊れたネットを越えて尾根に移り、そのまま登って金属プレートの阿舎利四等三角点(982.51m)に着きました。ここには最近は2024/11/09に来ていますが、今回は南の展望が霞んでいました。ネットの壊れ方は進んでいます。ここからはいつもとは逆コースで尾根を西に歩きましたが、気持ちの良い尾根です。そして1067mピークに着き、南に稜線を歩きましたが、こちらはさらにブナが美しく、アップダウンも多少はありますが、歩きやすい尾根なので気になりません。1012mピークを過ぎ、少し登った付近に最近倒れた木がありました(写真)。特に空洞にもなっていないようですが、なぜ倒れたのでしょうか?


気持ち良く登って三久安山の山頂に着きました。小原三等三角点(1123.13m)があります。下山を検討しましたが、東に降りると521号線を峠まで登ることになるので、来た稜線をもどることにしました。美しい尾根なので不満はありません。1067mピークまで戻り、登りと同じ尾根を東に進みましたが、1000m+ピークからは北の尾根に降りました。こちらも歩きやすい尾根でした。992m地点を過ぎ、途中で北東に降りる尾根もありましたが、さらに北に歩いて1012mピークに着きました。ここでややこしいながらも東に降りる尾根を見つけて降りました。少し急斜面ですが植林ですし問題はありません。少しなだらかになってからは右手(南)側の下に林道が見えて、左(北)からは林道の終点があり、その先で右手の林道が尾根を横切っていました。ここからは少し林道を歩きましたが、すぐに尾根を過って左側に行ってしまいました。右手側には下に林道が二つ見えたので、右の斜面を降りました。2つ目の林道まで降りて林道を歩きました。この林道は下っては行くのですが、途中で北に行かず南に曲がり、堰堤のある谷を横切って(橋はない)さらに尾根先を回ってから地形図にある谷沿いの林道に繋がりました。道は良いのですが、水流をなんどか横切る必要がありました。橋はありません。谷沿いを歩いていくと、521号線に出て、車に戻れました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「音水湖」です。