2012年12月1日土曜日

屋形の飯盛山


これは、国道312号線の屋形南交差点の南東の山です。市川に張り出した孤立した山で、播但道は飯盛山の東側を通っています。頂上の216mピークには地形図では城跡のマークが付いていますが、これが飯盛山城(屋形城)です([1])。この山を一周する道があり、地形図では南側から山に登る道が描いてあります。ここへ行くと道の脇に「飯盛山登山口」という道標があり、登って行くと道の終点には配水所らしき建物があります。そこから登山道を上るとすぐに山頂でした。低山ですが市川の上流から下流まで見渡せるロケーションは素晴らしく、向かいに谷城趾や鶴居城趾も見えて、ここに城を築かない手はないと思いますが、岩はあっても石垣などがあるわけではありません。写真は北方面です。

下山は東に少し降りた鞍部から北に道があったのでそちらに降りると、お稲荷さんがありました。紅葉が綺麗です。さらにジグザグに降りると道が東西に分かれており、西に水平に歩くと屋形知行所跡に出てきました。池田氏懐徳碑が立っており、妙見ふれあい公園だそうです。あとは312号線を歩いて車に戻りました。

どうにも歩き足りないので、飯盛山から見えた南側の山も歩くことにしました。西側からのアプローチは播但道が邪魔なので、播但道をくぐる所まで南に下り、播但道の東側の道を上がるとゲートボール場がありました。周囲は金網で囲われており、とりあえず一番奥まで行って扉を開けて谷に出ました。椎茸の栽培所があり、その先には道が続いていましたが、谷の奧で終わっていました。道がないので、西側の急斜面を登りました。酷い藪ではなかったのですが、尾根に出ると道があってがっくりきました。この道がどこから来ているかを確認するために、一度山を下りましたが、この道はゲートボール場奧の左側の扉に繋がっていました。途中にNHKの共同アンテナがあって、その保守用の道になっています。また登りなおして、浅野三等三角点(284.32m)に到達しました。

この先には道はありませんが、ここも藪はきつくありません。いかにも里山というか、ごく普通の藪山です。シダもあまり生えていません。278mピークのあたりは、山頂付近に段があって人の手が加わっているかも知れません。その先の、320m+ピーク手前の鞍部に降りると切通しになっており、2体の首のない石仏の脇の杭に「慈悲地蔵菩提 伝承標」「有為の身を地蔵看そなわす大原坂」と書いてありました。石仏(嘉永と大正)には「先祖代々」と書いてあります。地形図では破線道がこの北を通っていますが、以前(2010/04/24)にこの付近を歩いた時にはこの破線道を確認できなかったので、この鞍部から東に降りることにしました。しっかりとした道で、気持ち良く下山できました。

低山なので藪を覚悟していたのですが、意外と楽に歩けました。

展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「粟賀町」です。

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