2024年8月15日木曜日

波賀町齋木から大甲山

 


波賀町の大甲山は何度も登っていますが、今回は一番近くの齋木から登りました。出発点は国道429号線沿いで、「大甲山行者山登山口」という表示のある安養寺の付近から北に登りました。日差しが強く暑いのですが、途中で植林に入ると突然雰囲気が変わって涼しくなりました。この変化は劇的です。この林道は北山線というらしく、途中には行者道の丁石があります。丁石は約109mごとにあるはずですが、新しげな丁石の割にはかなりが見つかりません。それに1丁から始まって、あと何丁で着くのかがわからないので、あまり役には立ちません(じっさいには行者堂は30丁です)。途中にあるはずの齋木三角点は墓の下でしょうか?見つけられませんでした。


害獣避けの扉を通って登っていくと、前地カンカケ林道に出ました。この付近はやや古い感じで未舗装で幅も狭めです。登り着いたところには「迎え行者」がありました(写真)。まっすぐ登ると「お滝さん登山口」、左にカンカケ林道を行くと「大甲山 行者山 登山口」ですが、ここからカンカケ林道を右に行きました。2023/11/26に通らなかったルートを通るためで、559mピークの北の付近に行って、荒れた植林を登りました。鉄穴流しの跡で複雑な地形のところに倒木があって、右往左往しながら登っていきました。鉄穴流しの跡の急斜面を登り、岩の多い付近を通って尾根に上がると楽になりましたが、アセビが増えてきました。しかし全体的には植林が多く、急なところが多いとは言え登りやすい尾根でした。最後に一踏ん張りして、871m地点で稜線に出ました。ここは2011/10/16と2023/11/11にも下山で通った尾根です。長い稜線は気持ちよく歩けましたが、最後の長い植林の坂はちょっと疲れました。登り切ると大甲山の山頂です。斉木三等三角点(1035.37m)があり、少し霞んでいましたが南に展望がありました。


下山は南に尾根を降りました。これは登山道らしいのですが、あまり標識がありません。この尾根は2015/08/15に降りているのですが、今回はマーキングが減っているような気がしました。標高950mあたりから下は急斜面の植林で、適当に歩いていると登山道の矢印があって、ここからは登山道で降りました。この付近からは標識も増えて、2011/07/31に通った行者登山口への道標がありました。さらに自然林を下っていくと、鉄穴流しの跡の植林になりました。ここは歩きにくいのですが、おそらく2015年にはなかった作業用の林道があったので無理して降りました。


前地カンカケ林道まで降りて、しばらくはこれを東に歩きました。そのまま南に下山すると、国道を歩いて戻らなければならないと思ったからなのですが、たまたま南に分岐する古い林道があったのでそれを下りました。この草の生えた林道はすぐに伐採地の上で終わってしまったので、戻って東の植林に入りました。鉄穴流しの跡で、地形を見ているぶんには楽しいのですが歩きにくく、とにかく降りていくと谷になり、谷沿いで下山できるかと思って谷に降りましたが、倒木と灌木で埋まっており、通れないので石や草に掴まって東側の急斜面を登りました。最初からもう少しカンカケ林道を東に歩いて、この尾根を降りればよかったのです。植林から出ないようにして尾根を下っていくと石積みのある平坦地に出ました。棚畑の跡の植林です。何段か下ると湿地になってきましたが、一番下には扉があって道路に出られました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「安積」「音水湖」です。



2024年7月27日土曜日

福知から登るユリ三角点

 


一宮町生栖の東の山並みを、少し北の福知の抜山付近から歩いてみました。地形図では耕作地に見える広い谷があり、記念碑のマークがありますし、階段のマークもあります。なんだろうと思って下の方の段になった住宅地を歩いていると記念碑が見えましたが、容易には行けません。最終的には苦労して辿り着いたのですが、ここには北から山沿いの道で来るのが正解でした。これは地形図にある記念碑ではなく戦争で亡くなった方たちの忠魂碑でした。ここから草の生えた登り始めると南の大歳神社の方から良い道があって、これが正解のようです。その道の終わりにある記念碑には山津波と書かれており(写真)、昭和51年に3名の死者を出した大雨による地すべりのことが書かれています。この付近はその時に崩れた場所で、耕作地ではありません。先に見た忠魂碑もこの地すべりで流されて二つに割れています。記念碑の近くには東屋があり、堰堤とため池があります。この上は地滑りの跡で、木が植えられて気持ちの良い林になっています。しばらく登っていき、半分シダに覆われた木の階段を登ると、最上部には「福知地区(Bブロック)の治山事業」というほとんど読めない看板がありました。この先も北向きに道がありましたが、山に登りたかったので南に歩いて急斜面を登りました。


木に掴まって植林を登ると、地形図の林道に出ました。この先に林道はたくさんありましたが、林道は使わずに尾根を登りました。登っていった尾根の南側には林道がたくさんありましたが、大規模な伐採が行われているという感じではありません。尾根も植林が多く、下草はありません。この尾根は長く、標高差も揖保川から600m以上あるので、休みながら登りました。標高650m-の鞍部で林道とニアミスします。そのあとも南側にはたくさんの林道がありました。標高700m付近がややきつい登りでしたが、全体に緩やかで、植林も手入れがされており綺麗でした。855mピークは少しシダが生えている以外はなにもありませんが、少し展望がありました。


855mピークには2009/07/04に岡ノ上三角点から来ています。その時は尾根を西に少し縦走して林道月谷線で降りました。また、2009/07/04には行者山からユリ三角点経由で歩いてきて、やはり林道で下山しました。今回は林道を横目に見ながら藪っぽくなってきた尾根を歩き、さらに防火帯のような切り開きに生えた腰辺りまでのシダの間を歩きました。以前と比べるとシダが元気なようです。そこを抜けると植林で、ユリ四等三角点(760.26m)に着きました。


ユリ三角点から西は折れ曲がった尾根で、相変わらず北側には林道がありました。アセビが邪魔なところもありますが、大体は植林で、650m-の鞍部から少し登ると東向きに林道への道標がありました。この道標はこれひとつきりでしたが、尾根をたどっていくと林道に出られました。これが生栖への下山道だと思ってそのまま尾根を降りる方向に歩くと、低い松の密集地があって林道を見失いました。まっすぐ尾根を降りずに周囲を見渡すとシダの斜面の下に林道があったので、こちらに降りました。この林道で谷沿いに降りて行きましたが、またしても林道は消えてしまいました。踏み跡を探して降りると「くらしを支える森づくり事業」の看板がありましたが、看板にある歩道は見当たらず、踏み跡を探して斜面を登ると、地形図の実線道に出ました。これでやっと下山することができました。


展望 ★☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「安積」「長谷」です。



2024年7月25日木曜日

川上から平石山と福知川

 


何度か登っている朝来市と神河町の境界にある平石山ですが、今回は川上から尾根をまっすぐ登ってみました。登り始めは大歳神社から東に行ったところにある林道で、害獣よけの扉を開けて植林を登りました。目的の尾根の先はやや急勾配ですが、主に植林なので割と楽に登れました。少し登れば勾配は緩くなりましたが、標高差450mの尾根登りです。特に障害物はなく、踏み跡もあるので、ゆっくり登ればいいだけです。周囲は植林ですが尾根は植林から自然林に変わり、下草はありません。たまにアセビの藪がありますが避けて登れました。842m地点付近には板目の新しい倒木がありましたが、落雷の様子もなく、どうして割れたのか気になりました。この付近から尾根が広がって植林となり、標高850mから少し厳しい真っすぐの急斜面になりました。登りきればまた緩やかな植林で、アセビを避けて歩いていくと、地形図通りの林道の終点に出ました。北側の斜面は広く伐採されています。そのまま登ると稜線を北向きに歩きそうになり、慌てて南に向きを変えました。この地点には悠友山荘の平石山への道標がありました。ここからは稜線を歩き、いったん下ってから登り返しました。するとシダの生えた斜面の先にアシビの藪が現れました。これを避けるために東側を巻いて行くと踏み跡がありましたが、これをたどると山頂の東のシダの草原に出ました。何度も来ていますが学習能力がなく山頂の方向がわからず、南に行き過ぎてから山頂の西側の林に入りましたが、木の枝が低くアセビもあって山頂を探すのに苦労しました。最後は山頂を見つけましたが、朽原三等三角点(1061.2m)は山頂から離れてアセビの下にあったので探すのに時間が掛かりました。どちらも東のシダの草原を横切れば楽にアクセスできます。ここがグーグルマップで「平石山砦跡」となっているのは、謎です。


平石山からは北に引き返して稜線を歩きました。鞍部まで降りると川上への道標があることに気が付きました。斜面の道が流されていなければ、植林の谷を降りれば近道です。稜線を戻って登ってきた標高1000m付近を過ぎるとネットが張られています。1040mピークの手前からは別の青いネットで、1040mピークの北も二つのネットの回廊ができていました。北へ降りていくと、1042mピーク(ヒロシガ峰)の手前で西側のネットは終わりますが、ここは更に北に少し登ってから南西に尾根を降りました。植林を少し降りると林道があり、横切って更に林道を降りていき、軽く登ってアセビの藪を抜けると金属プレートのサカノウシロ四等三角点(1003.28m)がありました(写真)。新しい三角点ですが面白い名前です。しかも同じ名前の三角点が2キロほど西にあります。


尾根を誤らないように気をつけて北向きに植林を降りていくと、2011/04/10、2011/04/17、2015/07/20に見た「桑ノ木谷(歩いてきた方)、川上、ナガソウ」の道標に出ました。ここから「ナガソウ」に向かって北に谷を降りました。かつて道があったのかも知れませんが、今は踏み跡がある程度です。福知川に近づくと沼地も増えて、まず小さな川を渡るとその北には広い平地があり、トタン屋根の小屋がありました。平地は石だらけでした。ここからかつて橋があったと思われる地点で福知川を渡ると2011/07/17や2015/07/20に歩いた川沿いの道に出ました。北に歩くと2011/04/10に見た謎の盛土もありましたが、2011/04/10に千町ヶ峰から降りてきた地点まで行ってから下流に戻りました。バイクで走るのに向いた道で、橋のところまで来ました。ナガソウというのがどこのことか分からなかったのですが、少し下流に行くと長沢村の跡があり、これがナガソウだという説明もある一方で、長層という地名もあるようで[1]、福知川のこの辺りのことをナガソウと呼ぶのではないかと思います。


橋を渡って作業道ナメラ谷線で川上に戻りました。この林道はバイクでも気をつけないと転倒しそうな荒れ方でした。2011/04/17にも行った峠のところには「川上」「川上」「ナガソウ」の道標があり、お地蔵様は作業道とは分かれて西に行く「川上」の方向にありました。作業道ができる前は下の谷からここに上がってくるのが峠越えの道だったようです。地形図にはいまだに描かれていないのですが、ナメラ谷線は林三角点のあるピークを大きく巻いて県道39号線まで降りていきます。歩くとかなりの距離がありました。降りてきた県道にもナガソウへの道標がありました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「長谷」「神子畑」です。



2024年7月22日月曜日

芦津渓谷の三滝ダムから小藤仙三角点

 


2023/08/26に芦津渓谷の三滝ダムから北に登り、渓谷の北側の山を西に降りましたが、今回は南の大川に降りる計画で、三滝ダムの北の斜面を登りました。芦津渓谷駐車場に車をとめ、前回と同様に三滝ダム北側の「ブナ天然林」の案内板の付近から急斜面を登り、あとは緩やかな登りが続きました。妙に先の尖った岩の先に切り開かれて地籍三角点のある平地があります。この付近から笹が増えてきますが、ブナも増えてきて広々した良い感じで、トウゲシバがたくさん生えていました。この付近に限ったことではないのですが、かつてはチシマザサが茂っていたらしく、枯れた頑丈な茎が地面に落ちているところがあって、気をつけないと怪我をします。1110m+ピークに一旦は登りますが、方向を間違えないように広い斜面を降りて登り、2時間ほど登り続けて、1246mピークに着きました。


もう90分も歩けば鳴滝山まで行けますが、今回はここから下山しました。ここも広々していて方向がわからなくなりますが、東に降りて1240m+ピークに上がり、南東の1240m+ピークから北東の1240m+ピークへ歩きましたが、この付近も低くシダの生えたブナの木がきれいな尾根です。少し急坂を降り、尾根を下っていくと、小藤仙三等三角点(1126.9m)がシダに埋もれていました。この付近から下は低い笹の生えた林で、笹の背が高かったりアシビが茂って邪魔なところもありましたが、植林もあって大きな障害物はありません。標高1000mくらいからは植林の急斜面を降りましたが、川が近づくと森林鉄道のレールがありました。車輪もありました(写真)。森林鉄道は実物が旧山形小学校に陳列されていますが、現場でレールを見たのは初めてでした。この付近では沖ノ山林道は大川の南側を通っており、地形図では大川の北側に破線道があって、これが渡河しているように見えて橋がありそうなのですが、これは森林鉄道の橋でコンクリートの棒が二本渡してあるだけです。しかもここでは大川は二手に分かれて流れており、間の島では線路に木が覆いかぶさっており、さらに南側の橋は落ちています。この様子はストリートビューでもよく見ると見えています。ということで、渡河に橋は使えません。川を二回渡るのは嫌なので大川が一本になっている場所に行こうとしたのですが、これには降りてきた谷に北から流れてきている川も渡る必要がありました。こちらの川は小さかったのでオーバーシューズを使って渡れましたが、流石に大川は水量も多く、倒れないように歩いて渡るのがやっとで、ズボンまでびしょ濡れになりました。それでもなんとか大川も渡って、あとは沖ノ山林道を長々と2時間近く歩いて駐車場まで戻りました。この林道は広域基幹林道というだけあって舗装されていますが、車が多い割には狭くてガードレールのない場所が多く、観光に使うには危険過ぎます。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「郷原」です。



2024年7月20日土曜日

谷川から登る安積の五蔵山

 


一宮町安積の北にある五蔵山には2010/09/26に安積から登りました。今回は西の谷川から登りました。登り口は2024/7/7と同じで「谷彩りの郷」付近で、林道が東西に延びている所です。ここから東向きの林道を登り始めました。林道はすぐに左右に分かれて、左(北)向きのほうが良い道ですが、右向きに進みました。背の高い草の生えた林道で崩落箇所もあり、車両通行禁止と書かれなくても通行不能でした。地形図ではこの林道は尾根先を二つ回って終わっていますが、じっさいには終点の先にも林道が延びていました。二回ターンして登ってから南に延びていましたが、調べてみるとこの林道は2010/09/26の下山で歩いていました。しっかり作られており、南に行くほど道が良くなるので、南の方のどこかで下から上がってきていると思ったのですが、2010/09/26のときには岩谷山(安積三角点)の北で終わっていたようです。西側に展望があり、途中に壊れた木のはしごがあったので、ここから植林を登って750m+小ピークに北に登れそうでした。林道は稜線に達していましたが、とりあえず南に歩きました。751mピークの西の付近に広く切り開かれた場所があり、林道は谷に降りていったので、ここから尾根に上がって方向を変えて北に歩きました。


この付近の尾根は間伐材やシダで埋まっていますが、北に歩くと気持ちの良い尾根になりました。しばらくは西側下の林道と並走し、780m+に登ると松ノ崎山の標識がありました。西の展望があります。ちょっと北に降りると深河谷登山口へのシャクナゲコースの標識がありました。これは2013/04/20に東山からの帰りに降りた道です。この北の750m+小ピークは尖っていて登りにくいのですが、トラロープがありました。そして岩場を歩いてから北に登ると五蔵山の山頂です(大師堂への道標は見落としたようです)。深河谷四等三角点(790.76m)があります。(写真)


下山はさらに北に植林を歩きました。まっすぐに尾根を歩くと西に曲がってしまうので、2013/04/20の逆コースで北に急斜面を降りました。629m地点の手前で東側に林道がありましたが、西に降りました。この付近は鉄穴流しの跡で、はっきりした尾根はありません。鉄穴流しの跡では、削り残しの尖ったピークを歩いていると周囲が急斜面で降りられなくなることがありますが、かといって谷は岩や倒木やシダで歩きにくいので、なんとなく尖ったピークを降りていきました。最後は眼下に林道が見えたので谷に降りて林道に出ました。この林道は最初に見た分岐の北向きの林道で、少し北に行ってみましたが地形図通りに終わっていました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「安積」です。