朝来には物部という地名があります。古代の有力部族とどのような関係があるのかは分かりませんが、とにかくその村の西の山が物部山です。まず、入域禁止の竹田城址への道から大路ダムへ向う道に入り、古い道しるべ(ほとんど読めませんが『右 たきのや おう屋 道 左 者り満(はりま) 道』と書いてあるのだそうです([1]))のある交差点から大路ダムの方へ少し登り、山側がコンクリートの壁になっている所の手前で道からそれて、山に入りました。急斜面の植林を登って行きました。作業道の名残りがあり、登りやすくて助かりました。尾根に出るとやせ細った植林が密集しており、少し登ると自然林になりました。海抜200mくらいの所で振り返ると竹田城趾が見えました。距離から言えば川向うの立雲峡よりも近いくらいですが、南側から見ているので全容が見えないのが残念です。この付近からは切り開きがあって、楽に歩けました。地形図で見ると平坦な尾根が延びていますが、実際にはアップダウンがあります。
金属プレートの大路日後四等三角点(436.47m)はネットの向こうにありました。ちょっと南に展望があります。切り開きはしっかりしており、快調に歩けました。海抜530m付近からも竹田城趾がよく見えました。かなりの遠距離ですが、少し見下ろす格好になるので城全体がよく見えます。写真は少し上の560m付近から撮ったものです。614mピークには森林開発公団の赤い境界見出標がかかっていました。そして落ち葉を踏んで気持よく尾根を登ると、図根三角点のある630m+ピークに出ました。周囲は伐採してあるので南北に眺めが良く、残念ながら竹田城趾は見えませんが、気持ちの良い場所でした。さらに尾根を登って行くと竹田城趾の見えるスポットがあり、その上で700m+ピークに出ました。ここには2013/11/09に八代峠から来ています。北に少し主尾根を歩くと、物部山三等三角点(707.51m)がありました。物部山が旧養父町、和田山町、朝来町の三町境界の700m+ピーク([1])なのか三角点山かは分かりませんが、気持ちの良い尾根です。
下山は700m+ピークに戻り、614mピークまで降りて、そこから南東の物部に向かいました。この尾根も落ち葉の上を歩ける気持ちの良い場所ですが、降りて行くとなんとなく狭苦しくなりました。最大の原因は尾根を二分するネットで、かなり壊れているとは言え、心理的にはとても邪魔です。いちおう道が付けられており、途中には竹田城趾の見える所もあります。標高が下がると自然林の倒木が増えてきます。最後は地形図の破線道を目指したのですが見つからず、適当に尾根を降りて行くと荒れた道がありました。点々と石仏が置かれており、西国三十三所めぐりができるようです。最後は高峰寺に降りてきましたが、降り口には「物部遊歩道入口」と書かれた札が立っていました。破線道を探すよりも、南の尾根に行って物部城趾を見るか、いっそ途中から北に行って273m地点経由でカクシ谷林道に降りるというルートもありと思います。
展望 ★★☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「但馬竹田」です。
2014年12月7日日曜日
南から登った当田山
地形図で「のの字」に描かれているトンネルのある道([1])から、当田山に登ってみました。出発点は安富町三坂です。護持峠から西に下り、細い旧道に入ります。新しい峠道が余りにも立派なので、旧道の細さに驚きます。人家の所から北に谷を登って行きました。コンクリート舗装の道を登ると水道施設のようなものがあり、行者様(?)を拝むと、トンネルに出てきました(写真)。しっかりと作られたトンネルで、確かに上を道が越えています。当然考えるのが、なぜこのような構造にしたかです。このトンネルの奥は岩盤です。ぐるっとトンネルの上を廻った道は岩盤の中腹を登って行きます。もともとの岩盤がどうなっていたのか、今となってはよく分かりませんが、まっすぐに岩盤を登って行くと急勾配になり過ぎたのでしょう。この谷には当然水流もあり、こちらはトンネルの西側で道の下を潜っています。
トンネルを過ぎて落石の多い道を更に登ると、堰堤がありました。銘板はすり減って読めないのですが、ひらがななら「そま谷堰堤」だろうと思います。昭和31年に建設されており、トンネルはこの堰堤建設のために作られたのかも知れません。この先で道は終わっています。予定ではここから西側の尾根に登るつもりでしたが、伐採して草の生えた急斜面で、登る気になりません。結局倒木の間を抜けて正面の尾根を登りました。急斜面ですが登り易く、少し登ると平らになってきて、主尾根に出ました。ここは以前に来たことがあります(2007/09/09)が、相変わらず倒木が多い場所です。
西に少し歩いてから、南の452mピークに行ってみることにしました。急斜面を降りて南に向かう尾根に乗りました。ちょっと岩場もある尾根で、林田川方面が見えました。452mピークには三角点もありませんが、気持ちの良い場所でした。主尾根に戻ってさらに西に歩きました。この附近は木の間隔が広く、気持ちよく歩けました。黒谷三等三角点(493.63m)のある当田山のピークも広く、南に展望があります。この附近からは北の安志も見えます。更に少し西にピークを歩いてから、東に取って返しました。
まず来た尾根を戻り、そのまま東に進みました。こちらの方向は、2007/10/13に歩いています。488mピークの北側は植林の倒木がありますが、避けて歩けました。北から東に向きを変えると再び倒木があり、ここは北側を巻いて進み、三坂四等三角点(477.74m)に出ました。この付近は倒木も少なく、楽に歩けました。ただしアップダウンは多いので、けっこう疲れました。広くて迷いそうな尾根を通って439mピークに来ると、東側に木々の間から砂利採掘場が見えます。この後もアップダウンの繰り返しですが、歩きにくい場所はありませんし、迷いやすい場所もありません。無事に414mピークに来て、さらに護持峠を目指しましたが、どんどん急斜面の岩場になっていきます。足もとは砂状で滑りやすく、気を付けて降りました。最後は護持峠の切通の上に出ました。南側の旧道は法面に吸い込まれて消えています。
展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「安志」です。
トンネルを過ぎて落石の多い道を更に登ると、堰堤がありました。銘板はすり減って読めないのですが、ひらがななら「そま谷堰堤」だろうと思います。昭和31年に建設されており、トンネルはこの堰堤建設のために作られたのかも知れません。この先で道は終わっています。予定ではここから西側の尾根に登るつもりでしたが、伐採して草の生えた急斜面で、登る気になりません。結局倒木の間を抜けて正面の尾根を登りました。急斜面ですが登り易く、少し登ると平らになってきて、主尾根に出ました。ここは以前に来たことがあります(2007/09/09)が、相変わらず倒木が多い場所です。
西に少し歩いてから、南の452mピークに行ってみることにしました。急斜面を降りて南に向かう尾根に乗りました。ちょっと岩場もある尾根で、林田川方面が見えました。452mピークには三角点もありませんが、気持ちの良い場所でした。主尾根に戻ってさらに西に歩きました。この附近は木の間隔が広く、気持ちよく歩けました。黒谷三等三角点(493.63m)のある当田山のピークも広く、南に展望があります。この附近からは北の安志も見えます。更に少し西にピークを歩いてから、東に取って返しました。
まず来た尾根を戻り、そのまま東に進みました。こちらの方向は、2007/10/13に歩いています。488mピークの北側は植林の倒木がありますが、避けて歩けました。北から東に向きを変えると再び倒木があり、ここは北側を巻いて進み、三坂四等三角点(477.74m)に出ました。この付近は倒木も少なく、楽に歩けました。ただしアップダウンは多いので、けっこう疲れました。広くて迷いそうな尾根を通って439mピークに来ると、東側に木々の間から砂利採掘場が見えます。この後もアップダウンの繰り返しですが、歩きにくい場所はありませんし、迷いやすい場所もありません。無事に414mピークに来て、さらに護持峠を目指しましたが、どんどん急斜面の岩場になっていきます。足もとは砂状で滑りやすく、気を付けて降りました。最後は護持峠の切通の上に出ました。南側の旧道は法面に吸い込まれて消えています。
展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「安志」です。
2014年12月3日水曜日
篠ヶ峰南西の尾根
多可町と氷上町の間に位置する篠ヶ峰からは、いくつか尾根が延びていますが、そのうちの一つは南西から南に伸びて、これら2つの町界となっています(正式には多可郡多可町と丹波市氷上町の境です。さらに南に行くと、丹波市山南町となります)。この長い尾根を歩いてみようと思いました。登り口は、2014/11/22に降りてきた山南町西谷にしました。
花の苗を作っているビニールハウスの前にある「台風12号による災害のため通行不能」と書かれた害獣避け扉を開けると、いきなり道がふた手に分かれています。左は大海山の南の牛坂峠を越して牧野方面に行く道です。山南町小畑に近い道路沿いに「牧山の牛若さん」という説明文が立てられており、牧山(山南町側)と牧野とは交流があったようですが、牛坂峠から西側の道は消えてしまったようです(2013/01/26)。今回は北側の道を選びました。しばらく舗装道路を歩いて行くと、「右をみさか 左かはさか」と書かれた石の道標があります。「をみさか」は大海坂、「かはさか」は樺坂でしょうか?「かはさか」の方向には人家がありますが、ここは「をみさか」に向かいました。この道は兵庫県道293号門村山南線ですが、「コバトコ」と書かれた青い標識(地名らしい)のある、かつて祠があったらしい場所から先は、道が怪しくなりました。土砂崩れなどで埋まっている所があり、気を付けないと迷ってしまいます。それでもかつての道の跡は確かにあり、それを辿って登って行くと、峠の手前にお地蔵様がありました(写真)。ちゃんと屋根も架かっていますが、石に刻まれた文字はほとんど読めません。
さらにちょっと登ると、赤い「火の用心」の立っている峠に出ました。ここから北に歩きましたが、この主尾根は関電の保守路となっていますから、よく整備されています。まず播磨中央線66鉄塔がありました。多可町や、多可アルプスが見渡せます。ここには小野山四等三角点(482.58m)もありました。近くには共同アンテナの残骸もあります。この先も落ち葉を踏みながら歩ける気持ちの良い尾根で、十分な幅の切り開きがあります。播磨中央線67からも多可町が見渡せます。そのうちに播磨中央線は東に行ってしまいますが、歩き易さは変わりません。552mピークを過ぎ、530m+ピークの次の鞍部には、多可町側から道が上がってきているようです。この付近の木には、「キ」のような赤い字がペンキで書かれています。キの横棒の本数が木によって違っています。この先は長い尾根歩きで、594mピークを過ぎ、切り開きは狭くなりますが、藪にはなりません。小屋ケ谷四等三角点(655.51m)は、なぜか西寄りの斜面にありました。そして691mピークを過ぎ、篠ヶ峰の通信塔が見えてきて多可町地籍調査の地籍図根三角点を過ぎ、鞍部に降りると西側から林道が登っていました。斜面を登ると奥多々良木線36鉄塔が立っていました。尾根上にあるので送電線が低く、手が届きそうでした(届きませんが)。
この鉄塔の前の鞍部では、東の谷に降りて地形図の破線道で帰ることを考えましたが、破線道が存在するか確信がなかったので、谷の奥を回ることにしました。関電の37鉄塔への巡視路も尾根を回っています。道は落ち葉が気持よく、文句ありません。急坂を登ると「火の用心」が3枚も立っている地点に出ました。2013/04/08に来た道を逆に南に向かいました。黒いプラ階段が続く巡視路で、奥多々良木線37鉄塔に出ました。この先も岩屋山方面に向かいましたが、徐々に車を置いてきた西谷からは外れていくので、途中で意を決して南西の尾根を降りました。地形図では距離も短く勾配も大したことはないのですが、まっすぐは降りられず、作業道を探して南の谷に出てから破線道のある谷に降りました。この付近の谷は倒木で埋まっているわけではないのですが、それでも谷は歩けません。幸いにして谷の西側に小道がありました。斜面に付けられているのでいかにも崩落しそうですが、意外としっかりと続いており、谷に岩が突き出ている場所では上の方を越えています。地形図で見ても谷ではなく斜面に描かれていて変だと思ったのですが、実際に谷よりはかなり上の斜面に付けられていました。とはいえ荒れた道であることに違いはありません。最後は地形図に水色の川が描かれている付近で一旦急斜面を谷に向かって降りなければならなくなりましたが、谷に降りる前に再び斜面に道があり、川沿いに歩けるようになりました。この付近でも崩落はありますが、道があるだけありがたいと思わねばなりません。地形図の実線道に出ると、そこからは林道となりました。
多々良木線36鉄塔の手前から谷に降りても、おそらく小道があったものと思います。それが正解かどうかは、分かりませんが。
展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「丹波和田」です。
花の苗を作っているビニールハウスの前にある「台風12号による災害のため通行不能」と書かれた害獣避け扉を開けると、いきなり道がふた手に分かれています。左は大海山の南の牛坂峠を越して牧野方面に行く道です。山南町小畑に近い道路沿いに「牧山の牛若さん」という説明文が立てられており、牧山(山南町側)と牧野とは交流があったようですが、牛坂峠から西側の道は消えてしまったようです(2013/01/26)。今回は北側の道を選びました。しばらく舗装道路を歩いて行くと、「右をみさか 左かはさか」と書かれた石の道標があります。「をみさか」は大海坂、「かはさか」は樺坂でしょうか?「かはさか」の方向には人家がありますが、ここは「をみさか」に向かいました。この道は兵庫県道293号門村山南線ですが、「コバトコ」と書かれた青い標識(地名らしい)のある、かつて祠があったらしい場所から先は、道が怪しくなりました。土砂崩れなどで埋まっている所があり、気を付けないと迷ってしまいます。それでもかつての道の跡は確かにあり、それを辿って登って行くと、峠の手前にお地蔵様がありました(写真)。ちゃんと屋根も架かっていますが、石に刻まれた文字はほとんど読めません。
さらにちょっと登ると、赤い「火の用心」の立っている峠に出ました。ここから北に歩きましたが、この主尾根は関電の保守路となっていますから、よく整備されています。まず播磨中央線66鉄塔がありました。多可町や、多可アルプスが見渡せます。ここには小野山四等三角点(482.58m)もありました。近くには共同アンテナの残骸もあります。この先も落ち葉を踏みながら歩ける気持ちの良い尾根で、十分な幅の切り開きがあります。播磨中央線67からも多可町が見渡せます。そのうちに播磨中央線は東に行ってしまいますが、歩き易さは変わりません。552mピークを過ぎ、530m+ピークの次の鞍部には、多可町側から道が上がってきているようです。この付近の木には、「キ」のような赤い字がペンキで書かれています。キの横棒の本数が木によって違っています。この先は長い尾根歩きで、594mピークを過ぎ、切り開きは狭くなりますが、藪にはなりません。小屋ケ谷四等三角点(655.51m)は、なぜか西寄りの斜面にありました。そして691mピークを過ぎ、篠ヶ峰の通信塔が見えてきて多可町地籍調査の地籍図根三角点を過ぎ、鞍部に降りると西側から林道が登っていました。斜面を登ると奥多々良木線36鉄塔が立っていました。尾根上にあるので送電線が低く、手が届きそうでした(届きませんが)。
この鉄塔の前の鞍部では、東の谷に降りて地形図の破線道で帰ることを考えましたが、破線道が存在するか確信がなかったので、谷の奥を回ることにしました。関電の37鉄塔への巡視路も尾根を回っています。道は落ち葉が気持よく、文句ありません。急坂を登ると「火の用心」が3枚も立っている地点に出ました。2013/04/08に来た道を逆に南に向かいました。黒いプラ階段が続く巡視路で、奥多々良木線37鉄塔に出ました。この先も岩屋山方面に向かいましたが、徐々に車を置いてきた西谷からは外れていくので、途中で意を決して南西の尾根を降りました。地形図では距離も短く勾配も大したことはないのですが、まっすぐは降りられず、作業道を探して南の谷に出てから破線道のある谷に降りました。この付近の谷は倒木で埋まっているわけではないのですが、それでも谷は歩けません。幸いにして谷の西側に小道がありました。斜面に付けられているのでいかにも崩落しそうですが、意外としっかりと続いており、谷に岩が突き出ている場所では上の方を越えています。地形図で見ても谷ではなく斜面に描かれていて変だと思ったのですが、実際に谷よりはかなり上の斜面に付けられていました。とはいえ荒れた道であることに違いはありません。最後は地形図に水色の川が描かれている付近で一旦急斜面を谷に向かって降りなければならなくなりましたが、谷に降りる前に再び斜面に道があり、川沿いに歩けるようになりました。この付近でも崩落はありますが、道があるだけありがたいと思わねばなりません。地形図の実線道に出ると、そこからは林道となりました。
多々良木線36鉄塔の手前から谷に降りても、おそらく小道があったものと思います。それが正解かどうかは、分かりませんが。
展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「丹波和田」です。
2014年11月24日月曜日
東から登る篠ヶ峰
多可町と氷上町の間にある篠ヶ峰は舗装道路が頂上まであるくらいで、あまり頑張って登ろうという気のする山ではありませんが、敢えて東側から登ってみました。山頂に連なる尾根はいくつかありますが、北東の氷上町三原を起点に選びました。「観光指定地 細見池」という標識の所で害獣避けの扉を開けて、細見池に向かいました。途中で道が別れており、西側に向かうと、細見池の堤防の西側に出てきました。この付近から西の尾根に登ろうとしたのですが、傾斜が急でなかなか良い場所が見つかりません。結局谷を見つけて南側の小尾根に登りましたが、ここにはピンクテープのマーキングがあり、作業道もありました。このピンクテープには以後ずっとお世話になりました。
急勾配の小尾根を登って主尾根に出ると、典型的な里山の雰囲気でした。少し登ると向山南四等三角点(364.99m)がありました。この先も里山的ですが、ピンクや水色のマーキングのある切り開きがずっと続きます。そして、ふと上を見上げると電柱がありました。篠ヶ峰に向かう動力線で、ここでふた手に分かれているようです。ここで地形図の破線道に出ました。破線道の割には山側に斜面が描かれているので不思議に思っていたのですが、未舗装ですが山側をコンクリートで補強した道です。かなり荒れており、斜面が崩落して埋まっている場所もあり、ちょっと歩いた後で尾根道に戻りました。ここは尾根にも破線が描かれています。729m地点からは舗装道路と並んで登りますが、道路は尾根からは見えません。さらに標高で100m登りますが、雰囲気の良い尾根でした。そしてゴミが増えてきたと思ったら、山頂のNHKのパラボラアンテナに出てきました。
山頂からは関電の反射板まで東に少し降りましたが、ここでそのまま道を降りると2013/04/08に歩いた南西方向に行ってしまいます。道は分からなかったのですが、反射板の前の草むらを無理やり降りて、北東に延びる尾根に進みました。この尾根にもピンクのマーキングがあるのですが、標高800mから750m付近は幅広い尾根で、方向がよく分かりません。とにかく平坦な場所に降りられれば正解です。そこからは切り開きがあり、歩きやすくなりました。特に標高が550mを切った付近からはほとんど平坦な尾根となり、気持よく歩けました。途中、伐採地があって、篠ヶ峰を振り返って見ることができました。谷を挟んで南側の山から見るとこの尾根の南斜面は非常に急なのですが、じっさい631.7mに近づくと南側は急斜面になっていました。
そして、ちょっと急勾配を登ると、三原三等三角点(631.66m)に出ました(写真)。展望が開けますが、篠ヶ峰はもうはるかかなたでした。国土地理院の[点の記」が「現況状態(20140813)柱石き損」と記録しているように、標石は片側が欠けていました。東峰山という名前のピークのようです([1])。このピークでは、2014/10/30におなじみになった鉄の鎖と出会いました。この東側は墓地の管理となります。そのまま北東に尾根を下るとまた鎖と平行して歩くことになるので、そちらには行かずにピンクのマーキングがある北の尾根を降りました。これは非常に急峻ですが、マーキングも切り開きもあって心強い限りです。だいたい西側は植林で東側は雑木林でした。標高500mを切った付近で尾根が分かれますが、マーキングは東側の尾根につながっていました。細見池の方に降りたかったのですが、マーキングに従うことにして、そのまま北に降りて行きました。切り開きがあって問題なく歩けましたが、最後はマーキングが尾根からそれてシダの多い東の斜面に付いていたので、そこからはJForestの境界明確化の杭をたどって、まっすぐに降りました。途中からシダの多い急斜面の植林になりましたが、シダの背が低いのであまり苦労せずに下山できました。降りてきた場所は墓地の跡のようでした。
篠ヶ峰から三原三角点への尾根は2014/10/25に南の山から見て歩きたかった尾根なのですが、見立ての通り楽しく歩けました。ただ、ちょっと長すぎる感じではあります。篠ヶ峰の北の清水坂に最近トンネルができたので、この付近は姫路からだと高坂トンネルを通って行くことも可能になっています。
展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「丹波和田」です。
急勾配の小尾根を登って主尾根に出ると、典型的な里山の雰囲気でした。少し登ると向山南四等三角点(364.99m)がありました。この先も里山的ですが、ピンクや水色のマーキングのある切り開きがずっと続きます。そして、ふと上を見上げると電柱がありました。篠ヶ峰に向かう動力線で、ここでふた手に分かれているようです。ここで地形図の破線道に出ました。破線道の割には山側に斜面が描かれているので不思議に思っていたのですが、未舗装ですが山側をコンクリートで補強した道です。かなり荒れており、斜面が崩落して埋まっている場所もあり、ちょっと歩いた後で尾根道に戻りました。ここは尾根にも破線が描かれています。729m地点からは舗装道路と並んで登りますが、道路は尾根からは見えません。さらに標高で100m登りますが、雰囲気の良い尾根でした。そしてゴミが増えてきたと思ったら、山頂のNHKのパラボラアンテナに出てきました。
山頂からは関電の反射板まで東に少し降りましたが、ここでそのまま道を降りると2013/04/08に歩いた南西方向に行ってしまいます。道は分からなかったのですが、反射板の前の草むらを無理やり降りて、北東に延びる尾根に進みました。この尾根にもピンクのマーキングがあるのですが、標高800mから750m付近は幅広い尾根で、方向がよく分かりません。とにかく平坦な場所に降りられれば正解です。そこからは切り開きがあり、歩きやすくなりました。特に標高が550mを切った付近からはほとんど平坦な尾根となり、気持よく歩けました。途中、伐採地があって、篠ヶ峰を振り返って見ることができました。谷を挟んで南側の山から見るとこの尾根の南斜面は非常に急なのですが、じっさい631.7mに近づくと南側は急斜面になっていました。
そして、ちょっと急勾配を登ると、三原三等三角点(631.66m)に出ました(写真)。展望が開けますが、篠ヶ峰はもうはるかかなたでした。国土地理院の[点の記」が「現況状態(20140813)柱石き損」と記録しているように、標石は片側が欠けていました。東峰山という名前のピークのようです([1])。このピークでは、2014/10/30におなじみになった鉄の鎖と出会いました。この東側は墓地の管理となります。そのまま北東に尾根を下るとまた鎖と平行して歩くことになるので、そちらには行かずにピンクのマーキングがある北の尾根を降りました。これは非常に急峻ですが、マーキングも切り開きもあって心強い限りです。だいたい西側は植林で東側は雑木林でした。標高500mを切った付近で尾根が分かれますが、マーキングは東側の尾根につながっていました。細見池の方に降りたかったのですが、マーキングに従うことにして、そのまま北に降りて行きました。切り開きがあって問題なく歩けましたが、最後はマーキングが尾根からそれてシダの多い東の斜面に付いていたので、そこからはJForestの境界明確化の杭をたどって、まっすぐに降りました。途中からシダの多い急斜面の植林になりましたが、シダの背が低いのであまり苦労せずに下山できました。降りてきた場所は墓地の跡のようでした。
篠ヶ峰から三原三角点への尾根は2014/10/25に南の山から見て歩きたかった尾根なのですが、見立ての通り楽しく歩けました。ただ、ちょっと長すぎる感じではあります。篠ヶ峰の北の清水坂に最近トンネルができたので、この付近は姫路からだと高坂トンネルを通って行くことも可能になっています。
展望 ★☆☆
藪山度 ★★☆
地形図は「丹波和田」です。
2014年11月22日土曜日
山南町の三組尾
山南町の三組尾は、以前(2013/01/26)に北の大海山から縦走して来たことがありますが、今回は小畑から登ってみました。富田からよく使われている道があるようですが、小畑の立派な墓石のある墓地の脇に害獣避けの扉があり、これを開けて山に入りました。急斜面の植林を登りました。特に障害物はありません。ちょっと登って229mピークに着くと、一息つけました。その先も登りやすい尾根でした。少し岩が増えてきて、楽しく登れました。おかげでこの山が行者山だということを忘れてしまい、楽しく大岩を登って402mピークに着いた時に初めて思い出しましたが、後の祭りでした。大岩の周辺をよく探せば、行者様などを拝めたはずなのです([1])。仕方なくそれは次回ということにして、更に尾根を辿り、三組尾に着きました。延命寺山三等三角点(539.68m)がありますが、延命寺山というのは北の山本にある延命寺の背後の山の名前でもあります(2013/05/01)。
三組尾からは、北西に以前に来た尾根を縦走しました。前回と違って尾根には派手なピンクテープのマーキングが多く、木に巻きつけたテープには地籍を明らかにするためか地名が書いてあります。630m+ピークでは北東側は山下、南側は字三組尾で西側は中区の3つに分かれていました(写真)。その先では北東は足立、中岡、など所有者名のような名前が多く、南西側は東山、高岸、鍛冶屋、など遠くの地名が多く見られました。これらの村の共有地だったのでしょうか。尾根そのものは以前と変わらず、490m+ピークからは北側の展望があり、そこからは少し岩登りがあります。単純な尾根ですが、ピンクテープが多くて、かえって迷いそうになりました。そして528mピークから北の尾根に下山しました。こちらの方向には「北和田ふるさと」と書いてありました。これも歩きやすい尾根が続きました。途中には共同アンテナの残骸がありました。最後は急斜面の植林を降りました。降りてきた道は多可町へ山越えする県道のはずですが、「台風12号による災害のため通行不能」と書いてありました。いつの12号でしょうか?小畑集落の入り口には、「右いわや山 左すぎ原」と書かれた道標がありましたから、ここを通って杉原川への交通も多かったのでしょう。
意外と長い道のりで、4時間近く掛かりました。
展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「丹波和田」です。
三組尾からは、北西に以前に来た尾根を縦走しました。前回と違って尾根には派手なピンクテープのマーキングが多く、木に巻きつけたテープには地籍を明らかにするためか地名が書いてあります。630m+ピークでは北東側は山下、南側は字三組尾で西側は中区の3つに分かれていました(写真)。その先では北東は足立、中岡、など所有者名のような名前が多く、南西側は東山、高岸、鍛冶屋、など遠くの地名が多く見られました。これらの村の共有地だったのでしょうか。尾根そのものは以前と変わらず、490m+ピークからは北側の展望があり、そこからは少し岩登りがあります。単純な尾根ですが、ピンクテープが多くて、かえって迷いそうになりました。そして528mピークから北の尾根に下山しました。こちらの方向には「北和田ふるさと」と書いてありました。これも歩きやすい尾根が続きました。途中には共同アンテナの残骸がありました。最後は急斜面の植林を降りました。降りてきた道は多可町へ山越えする県道のはずですが、「台風12号による災害のため通行不能」と書いてありました。いつの12号でしょうか?小畑集落の入り口には、「右いわや山 左すぎ原」と書かれた道標がありましたから、ここを通って杉原川への交通も多かったのでしょう。
意外と長い道のりで、4時間近く掛かりました。
展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「丹波和田」です。
登録:
投稿 (Atom)









