美作の吉野川から東に河会川を遡った所にある真木山を歩きました。登り口は神田の長福寺となります。朱色の三重塔を右手に見ながら登っていくと真木山へ道しるべがあります。最初は舗装道路で堰堤まで登り、その先はジグザグに登る整備された登山道です。自然林で雰囲気もよく、石仏があったりして楽しめます。徐々に周囲は急斜面になると道も石積でしっかり作られています。竹林が多いのが人が住んでいて雰囲気を漂わせます。川沿いに石積があって耕作地か建物の跡かと思っていると、竹中坊青山作蔵跡と書かれています。次は平等院跡で、広い所に出ると「史跡めぐりコース案内図」がありました。付近のたくさんの建物などの跡の場所が示されていますが、あまりに多くて全部見て回ったわけではありません。この場所には六地蔵をはじめとして石仏がいくつかあり、享保14年の板碑があります。
とりあえず北に参道を歩きました。周囲は平坦で木のない殺伐とした風景です。途中に墓地があったので見に行きましたが、江戸から大正時代の墓があり、俗名の書いてあるものもあって僧侶の墓ばかりではないようでした。仁王門跡を過ぎると急坂に階段があり、石垣や建物の基礎らしい石も増えてきました。わかりやすいのは弁財天跡で、水のない池の中に島があります。案内図では山王様と旧本堂は現存となっていましたが、本堂は本堂跡となっていました。大日堂跡は案内図にありません。鎮守山王宮跡というのが山王様だと思われますが、潰れた建物がありました(写真)。その上側に建物の跡があり、潰れているのは拝殿でその上に本殿があったのではないかと思われます。
長福寺跡を通り抜けている道は自然林の中を北に続き、林道に出ました。これを歩くと北の尾谷から上がってきている舗装道路に出ましたが、そちらには行かず並行して植林の中の道を歩くと伐採された木や枝が積もって歩きにくくなりましたが、その先に真木山四等三角点(428.83m)を見つけました。ここから南に尾根の中央を歩いたのですが、伐採した木や枝が邪魔で非常に歩きにくくなっていました。両側の植林は特に間伐したり枝打ちした様子はないので、中央を少し避けつつ歩いていくと、道らしきものがあり、それを南に歩きました。そのうちにはっきりした道はなくなりましたが、斜面を降りていくと道に出ました。ここは四つ辻で、西に行くと案内板のあった所に戻れるようでした。ここは六地蔵跡となっていたので、案内板のところの六地蔵はここから移したのかも知れません。東は八塔寺ふるさと村となっており(遠いですが!)中国自然歩道のようです[1]。
ここからは林道を歩こうと思って地形図の実線道で南に登りましたが、地形図よりは手前で東斜面を降りるようになっていました。この付近からの林道は巡視路でもあり、西播東岡山線六八鉄塔に着きました。地形図の実線道はここで終わりですが、この先も巡視路は続きます。周囲は自然林が多く、葉は落ちていますが明るくて気持ち良く歩けました。次の六九鉄塔は巡視路から少し登った所にあります。尾根は曲がっていますが巡視路を歩けば間違いなく歩けました。そして愛宕山に向けて登りとなりましたが、No.70の「火の用心」のあとは道がよくわからず、適当に上の平らな所に登ると少し下に七〇鉄塔がありました。西に道があったので歩いていくと、すぐに紅白の七一鉄塔が立っていました。七〇から200mほどしか離れていませんが、なにか事情があるのでしょう。
ここで巡視路は西に降りていきますが、愛宕山に登りたかったので藪を抜けて山頂に行きました。真神三等三角点(359.03m)があります。祠と明治10年の三角形の手水がありました。愛宕社なのでしょう。山頂への登山道はよくわからず、西側斜面の藪を横切って木の階段のある巡視路に戻りました。西に尾根を降りて、展望のある七二鉄塔を通り過ぎ、少し岩のある斜面を降りていき、七三鉄塔の手前から南に降りて中磯に出てきました。県道414号線の脇に丸っこい岩が祀られていました。
展望 ★☆☆
藪山度 ★☆☆
地形図は「村野」「日笠」です。
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