2025年12月31日水曜日

舟坂峠から行った多可町と市川町の町界の茅野三角点

 


茅野三角点には2011/12/29に東の大和から、2012/03/04に西の岩戸神社側から登っています。この多可町と市川町の境界の尾根には、笠形線という立派な広域基幹林道が作られており、あまり歩く気がしなかったのですが、笠形線は尾根から少し下がったところに作られているので、尾根歩きの邪魔にはならなそうだったので、舟坂峠から歩いてみました。まず船坂トンネルを抜けて県道34号線を少し下り、舟坂峠を通る旧道を登りました。ちょっと細めの道ですが、トンネルができた平成9年まではこれが峠越えの道だったわけです。少し登ると「林道笠形線 起点」という札が立っていました。ここには「林道 笠形線 舟坂峠」とも書かれていますが、ここは峠ではありません。笠形線はさらに北に延びており、その起点ということです。峠はもう少し先で、地蔵尊堂があります。


地蔵尊堂の裏は急斜面ですが、切通しを市川町側に歩くと尾根に登る道がありました。これを登って町界の尾根歩きになりました。植林で道があり、楽に歩けました。特に目立つものはなく、西側ちょっと下に林道が見えたり、途中に文字らしきものが掘られた石があったくらいでした。自然林になると道は少し西に外れて作られていました。400m+のピークは2012/03/04に登ってきたところです。418mピークへと登り、その次の410m+ピークは西の398m地点の方へ行かないように気をつけて東に進みました。道は東側を巻いていました。そして藪っぽくなってきてちょっと苦労して藪を抜けると、未舗装の林道が尾根を横切っている「通称名 岩戸坂」でした。岩戸神社から大和に抜ける峠でしょう。ここには大和の方へ降りていく林道もありました。ここは尾根が人工的に切られているので、ちょっと苦労して南の尾根に登りました。少し登ってちょっと下った先に茅野三等三角点(481.15m)がありました。周囲は藪と言うほどではありませんが、自然林です(写真)。


帰りは笠形線を歩いて戻ろうと思っていたのですが、あまりに楽な登山だったので帰りくらいは少し冒険しようと思いました。茅野三角点から藪っぽい尾根を東に降りて、南東の尾根でその先にある林道を目指しました。地形図ではこの尾根はまっすぐ東に延びているように見えますが、実際には普通に歩いていると南東の尾根に向かいます。落ち葉の自然林になりますが、歩きにくいことはありません。しかし最後は植林となり、急勾配になりました。木につかまって降りましたが、林道の法面が高く、滑り降りるようにして林道に降りました。これは危険で不正解でした。降りてきたのは林道茅野線ですが、試しに西に谷の奥まで歩いてみましたが、地形図よりは少し先で終わっていました。法面はコンクリートではありませんがずっと高く、どこでも降りるのは大変そうでした。


茅野線を降りていくと西谷公園に出ました。城趾のような石垣がありましたが、灌漑工事の失敗の跡のようでした。岩盤に掘ったトンネルが印象的でした。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「粟賀町」です。



2025年12月26日金曜日

加西市の堂ケ丸三角点

 


国土地理院の地形図を見ると、加西市の上万願寺町の、万願寺川の支流を遡ったところに神社のマークがあります。階段も描かれていますが、Google Mapにはないので、この神社を確認しつつ加西市と市川町の境の稜線を歩いてみることにしました。万願寺川を北に遡っていっくと、道が2つに分かれて間に灯籠が2つ立っています。左は「八?大明神」右は「愛宕大権現」と掘られています。ここを左に曲がって未舗装の林道に入るとすぐに害獣避けの扉があります。これを通って植林の中をしばらく歩いていくと、階段がありました。脇に石があってなにか文字が掘られていたのかも知れませんが、読めません。階段は地形図では神社まで続いていますが、実際は途中は普通の道です。最後にまた階段があって、登ると大きな拝殿があり、その奥に小さめ目の本殿があります。拝殿の屋根替工事が昭和56年となっていますが、「八坂神社拝殿」と書かれており、八坂神社なのでしょう。(しかしYahoo!マップでは津谷神社となっています。)境内の灯籠は天明元年のもので、古くからある神社のようです。境内の赤い鳥居には「八五郎」と書かれていますが、落語ファンが作ったのでしょうか、それとも八五郎神社でしょうか?


神社の裏の植林からでも稜線に上がれそうでしたが、谷に道があり、地形図では破線道で稜線に登れるので、谷を歩きました。地形図で破線道が西の谷を登っていくところで見ると、この谷は倒木だらけで道ははっきりしません。そこで更に北に谷を登ることにしました。こちらには踏み跡程度しかありませんが、倒木は少なめです。周囲は植林ですが、登っていくと谷には岩が増えてきました。しかし岩を乗り越えながら踏み跡は続いているようで、斜面で流され気味の所もありましたが、岩の多いところを抜けると、また植林の谷に戻りました。川も水が少ないので渡るのも容易で、倒木を避けて歩きやすい場所を歩きました。勾配は少しずつ急になりましたが、急斜面や藪はなく、そのうちに植林の谷の奥に”乢”が見えてきました。ここを上り詰めると、418mピークの南の鞍部に出てきました。ここは2012/06/03に通っています。ちょっと登って418mピークに出ました。


ここからは南西に稜線の尾根を歩きました。少し藪っぽく、急斜面を降りると未舗装の林道笠形線に出ました。この先は林道を歩いても良かったのですが、せっかくなのでほとんど稜線を歩きました。尾根上は少し藪っぽいのですが、道は明らかでした。林道が尾根を横切るのはこの付近では二回だけで、南に行くと稜線は林道の南側になりました。この付近で地形図で尾根を横切っている破線道は、登山中に倒木が多くて登らなかった破線道ですが、これに相当するかもしれない道がありました。尾根上は多少倒木がある程度ですが、いくつかアップダウンがあり、林道の法面が尾根上までコンクリートで固められているピークを過ぎると、堂ケ丸三等三角点(462.81m)がありました(写真)。落ち葉の気持ちの良いピークで、大柿さんの13.12.5の赤いプラスチック板が木に下がっていました。


さらに尾根を南に歩きました。堂ケ丸三角点のピークは迷いやすく、南東に降りなければならないのですが道がありません。適当に降りていくと踏み跡があったので尾根に戻れました。この先は平坦で倒木も少ない落ち葉の尾根で、少し窪んだ道もありました。しばらく歩いて、南東の尾根で下山を始めました。歩きやすいなだらかな尾根を下ると、すぐに窪んだ道に合流しました。少し北で尾根から外れて行った道です。この付近は道がいろいろあるのですが、この先も道が続きました。250m+の植林の細尾根を通り、少し登ってからまた降りて、正面の270m+ピークに登ると共同アンテナの残骸がありました。そのまま東に降りるとピークを巻いてきた道がありましたが、行きたかったのはこちらではないので、道を少し戻って南の尾根に向かいました。こちらにも道があります。この先は地形図で見るとあまり起伏がありませんが、歩くと意外にアップダウンがありました。植林も自然林もあります。GPSで方向を確認しながら東の方向に歩きました。最後は植林で、降りていくと1基だけ墓石がありました。昭和50年のものなので登ってくる道が無いのが不思議でしたが、徐々に降りていき、最後は数メートルの藪を降りて、ストリートビューで確認してあった扉から道路に出ました。この扉にこだわらなければ、もっと楽な下山ルートがいくつもあったと思います。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「北条」です。



2025年12月23日火曜日

美作市の逸谷から登るツズラ山

 


西粟倉村と美作市の境にあるツズラ山には、最近では2022/05/28に南の金谷から登っています。今回はその時のルートを少し変えて登りました。登り始めた逸谷はあまり人の気配がしませんが、「熊出没注意!」という看板が立っています。ここから登り始めました。急勾配の植林を少し登ると古い林道がありました。さらに登り続けると林道の終点がありました。ここを過ぎると少し平らな自然林の尾根に上がれました。尾根はすぐに植林になりました。登りですが息が切れることはありません。2022/05/28に下山の途中で通った504mを過ぎ、気持ちの良い植林が続きました。尾根を西に曲がって猿ケ谷四等三角点(580.86m)を過ぎ、急勾配を降りて、540m-の鞍部から急斜面を登り返して584mピークに上がりました。ここからは比較的穏やかな植林の尾根でした。西側斜面は落葉した自然林がきれいでした。少しずつ登っていき、640m+からちょっと降りて630m+ピークで東に曲がり、またっちょっと降りてから登ってツズラ山から北に延びる尾根に出ました。まずは北に急斜面の植林を降りると整備された道がありました。これは送電線の巡視路で、山崎智頭線六七鉄塔に着きました。さらに黒いプラ階段を登ると真新しい標石の知社谷四等三角点(603.65m)です(写真)。このピークはまさにトンガリ山という感じで、鉄塔越しに遠くの山が見えました。


知社谷三角点からは南に急斜面を降りました。巡視路は東の斜面に分かれて行きましたが、ここは植林の急斜面を標高差50mほど登り返しました。ここからツズラ山までは西粟倉村と美作市の境界を一直線に標高差100mほどの登りとなりますが、アップダウンがあります。一旦降りると東側から巡視路が戻ってきてまた東に行っていました。つまり巡視路は620m+ピークを東に巻いているようでした。このあとはひたすら自然林や植林の斜面を登りました。倒木が少しある程度で、邪魔なものはありません。720m+ピークに登り、倒木の多い東斜面を降りました。降りた鞍部では南の谷に林道がターンしていました、そしてまた斜面をまっすぐ登って、古町三等三角点(723.96m)のあるツズラ山の頂上に着きました。冬が来て鳥の声はまったく聞こえず、完全な静寂を味わいました。


下山は急斜面を降りて登り返して720m+ピークに戻り、南に歩きました。2022/05/28の逆コースです。やや曲がりくねっていますが素晴らしく気持ちの良い静かな植林の尾根で、690mピークまで歩きました。そして西寄りの尾根を降りました。こちらも植林で、少し降りると南側に展望がありました。その後も歩きやすい方向に植林を降りました。人家の裏に出ないようにと思って北向きの尾根を選ぶと急斜面になり、最後は谷に降りて谷の北側の杣道を降りて道路に出ました。


展望 ★★☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「古町」です。



2025年12月16日火曜日

北から登る東河内の福田・本谷三角点

 


一宮町東河内の染河内川の南の山並みは何度か歩いていますが、今回は北から東へ歩きました。出発点は福田ですが、山に向かう道があり、扉があって林道が水平に西に延びています。これを歩いていくと下って行って、扉がありますが、これを出てしまうと意味がないので、フェンスの北から目の前の植林に入りました。ここから植林の尾根を登りました。かなり急斜面ですが林道なので作業道があり、ジグザグに登れました。この尾根はなかなか緩やかにならず、標高差250mほどを登りました。少し楽になると、溝のような道がありました。西の尾根に下っていっており、2010/12/12に降りた尾根です。これはしっかりと作られた道という感じでした。これを登っていくとやっと平らな所に出てきて、ちょっと西に行くと福田四等三角点(652.49m)がありました。ここまで1時間近くかかっています。


ここからは南に尾根を歩きました。2010/12/12の下山では迷った所もあったようですが、今回は気持ち良く迷わずに歩けました。緩い勾配が続きましたが、標高720m付近からまた山登りになりました。標高830mまで登り、南に行って東西の尾根に乗る付近で暁晴山が見えました。しかし東西の尾根は間伐材が転がっていて歩きにくくなりました。780m-の鞍部では南側に林道がありました。東に登ると、登ったところにネットがありました。2009/07/18にこの尾根を歩いていますが、その時にはなかったものです。尾根を歩くにはネットの北側の自然林を歩く必要があります。ネットの中は藪っぽいのですが、しばらく歩くとネットの南側に林道がありました。そのままネット沿いに南東に降りるとネットが終わり、林道がターンして東西に延びていました。地形図の破線道だろうと思います。林道は使わずに東に自然林の斜面を登っていき、本谷四等三角点(825.51m)に着きました(写真)。


尾根は南東向きになり、地形図では南側に実線道がありますが、この付近の林道は草の生えた古いものです。南斜面は植林ですが尾根上は藪になりました。藪を避けるために少し南に降りて植林を歩きましたが、南側は下に林道と岡城川がすぐそこです。この付近は2023/09/18に北から登ってきたところですが、林道があるとは言え、北へ下山するには向いているとは思えません。そのまま東に歩くと、藪が減って植林になり、やや歩きやすくなりました。そして735mピークの手前の切通しから地形図の実線道を北東に歩きました。この林道は2013/08/17に反対方向に歩きましたが、古くて荒れており、倒木もあり崩落も進んでいます。どこが道かわからなくなる所もありましたが、終点まで歩きました。ここからは杣道がありました。2013/08/17の逆コースです。両側の斜面がどんどん急になるのが気になりましたが、とにかく行けるところまで行ってみました。2013/08/17に登ってきた場所なのですが、登るのも大変だったようですが、降りるのはあまりにも危険でした。ちょうど北向きに植林の作業道があったので、これで斜面を横切って北に歩きました。この作業道は流されてはいませんが、急斜面に作られているため下手をすると滑落して谷に落ちそうでした。作業道は水平ですが、そのうちに谷も同じ高さになりました。ここで渓流を二回渡って東側の植林を歩きました。その後も二回谷を渡って、染河内川の赤い橋を渡って県道8号線に出ました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「長谷」です。



2025年12月12日金曜日

丹波市山南町の大部谷・下滝三角点

 


丹波市山南町の下滝と上滝の間の北の山にある大部谷三角点は、2016/11/26と2016/12/03に行っています。特に今回のコースは2016/11/26の逆コースに近いものです。今回は上滝から登りました。道路から山に入れる道を探しましたが、最初の道は墓所へ行くだけで、その上には頑丈なフェンスがあるので失敗、結局その北の、2016/11/26に降りてきた谷の扉から植林に入りました。北側の尾根に上がり、まっすぐ登って主尾根に上がりました。北に向かって歩きましたが、植林で気持ちの良い尾根です。ちょっと曲がってから斜面を登ると2つ目のピークにある下滝四等三角点(273.01m)に着きました。その先も少し曲がりくねった尾根を歩き、ちょっと急坂を登ると東側が伐採されて見晴らしの良い場所に出ました(写真)。ここからも植林で、たまにアシビが生えている程度で藪はありません。植林の尾根を西に曲がって、ここも2つ目のピークにある金属プレートの大部谷四等三角点(464.75m)に着きました。だいたい尾根の上まで植林してある山なのですが、三角点の周囲だけはアシビが生えた切り開きでした。


下山は2016/11/26に登ってきた急斜面を降りました。落ち葉が滑るのが危ないのですが、掴まれる木がそこそこあるので助かりました。降りきってしまえばまた植林です。まっすぐ南に降りたのですが、地形図で急斜面のところは確かに急斜面ですし、うっかり歩いていると間違えそうなところがたくさんありました。小ピークを2つ越すと植林の斜面になりました。水平な林道があり、その下には江戸末期から明治の墓石が4基ありました。このあたりで道を探せばよかったのですが、さらにまっすぐ降りると人家の裏手に出てしまいました。結局急斜面をトラバースして東の植林に入り、谷のところから降りました。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「柏原」です。



2025年12月10日水曜日

閏賀から登る河原山三角点

 


閏賀から河原山三角点には、2025/06/02に黒尾山への途中で通っています。そのときは峠まで林道で登ったのですが、今回は峠には行かず、599mピークに直接登ってみました。閏賀の学校給食センターの近くから林道を登っていくと、いくつも北に林道の分岐がありますが、最後の分岐は地形図にもある、大きなヘアピンターンの場所で、その先には分岐はありません。そこで、ここから北向きの林道に入りました。この林道はほぼ水平ですが、最初にまず登っていく分岐がありました。これを過ぎると少し下りになり、分岐があったので登り気味の方に行くと、終点になってしまいました。先に踏み跡があるのでこれを登り、尾根っぽいところをよじ登っていくと、上に林道の終点がありました。この林道は南から来ていたので、しばらく歩いていくと、ターンして降りて行っていました。おそらく分岐後最初に見た道に繋がっているのでしょう。


林道がターンしているところは幅広い尾根なので、最初は少し藪を横切って登り、それから下草のない林の中の急斜面を登り始めました。障害物はないのですが、落ち葉で滑りやすく、まっすぐには登れません。それでもジグザグに登れば、特に苦労はありません。この尾根の中央には古いネットがあります。標高500m付近まで来ると、笹が増えてきました。そして標高差250mを登り切ると、599mピークに着きました。木立を通して向かい側の山並みが見えます。ここからしばらくは歩きやすい尾根を登っていきました。2025/06/02に峠から登ってきた付近からは藪っぽくなりましたが、それを抜けると河原山四等三角点(798.25m)に着きました。(写真)


河原山三角点からはいつものように西に尾根を歩きました。標高850m付近まで来ると尾根上は藪になり、もっぱら西側にある踏み跡を歩きました。ここはいつも苦労しています。我慢ガマンで「五」の標石のある893mピークに着きました。ここからは2011/11/27に歩いた長い尾根を下りました。なだらかで歩きやすいのですが、とにかく長い尾根です。標高630m付近からはしばらく倒木があり、東側に迂回して降りました。そして576mピークでは、なんとなく歩いていたら東向きの尾根を降りていました。2011/11/27にはここはまっすぐ北に降りたのですが、そちらはあまり歩きやすくなかったようです。東向きの尾根は急勾配ですが適度に掴まれるような灌木が生えています。藪はないのですが、問題は落ち葉で、ザクザクと落ち葉を踏んで降りるとすぐに滑ってしまいます。広い尾根の中央には少し窪んだところがあって、これが道らしいのですが、掴まるものもなく落ち葉で滑るので、ここは降りられません。灌木に掴まりながらジグザグに急斜面を降りました。これが標高差200m近く続いたので、とても疲れました。最後は笹原が少しあって、そこを降りると植林になりました。植林の中に林道があり、さらに植林を降りると地形図の実線道に出ました。すぐに道に降りられたという点では、この下山は正解でした。


展望 ☆☆☆

藪山度 ★★☆

地形図は「安積」です。



2025年12月7日日曜日

オートキャンプ場から奥海越経由で日名倉山

 


日名倉山には何度か登っていますが、2019/09/25には”おねみ滝谷オートキャンプ村”から登っています。このときはキャンプ場からいきなり北に登り始めたのですが、今回は滝谷川沿いの林道で奥海越まで行き、そこから日名倉山に登ることにしました。おねみ滝谷オートキャンプ村は今年3月末で閉まったようなのですが、いずれにしてもこの季節には人はいません。キャンプ場は谷の入口だけで終わり、少し谷を歩いた先にあるのは奥海水源地という水道施設です。林道は滝谷川を渡り、登っていくと滝谷堰堤があります。通常砂防工事となっていますが、落差の大きい堰堤で、しっかりと水が蓄えられていました。この先も未舗装ですが整備された林道が続きます。南にも北にも、ときどき斜面を斜めに上がっていく林道がありました。滝谷川を渡って南側を進みましたが、その先にもうひとつ橋がありました。ここは送電線が滝谷川を横断する地点で、赤い「火の用心」が川の両側にあります。橋があるので渡って歩くと、ミツマタの藪になってしまいました。これは北に向かう谷だと気付いて、戻って橋を渡らずにさらに滝谷川を遡りました。川の北に渡り、また南に戻って少しターンして進むと道が二手に分かれており、南に行く道は797mピークの方に行くのだろうと思って北側の谷沿いの道を進むと、道がなくなりました。おそらく土砂崩れで埋まったのだと思いますが、踏み跡があるので斜面を登っていくと、その踏み跡も怪しくなり、倒木に掴まって斜面をよじ登ると、上に林道がありました。未確認ですが、分岐で南側に行くべきだったのだと思います。見た感じでは、この付近の林道は谷沿いの旧道(地形図の破線道)が荒れたために、比較的最近に作られたようでした。奥海越へ向かって登っていくと、いくつか北方向に分岐がありますが、まっすぐに歩いて行くと終点に着いてしまいました。少し戻って周囲を見渡すと道標が見えたので植林を抜けて行くと、そこが奥海越の日名倉山登山口でした。林道は繋がっているのかいないのか、よくわかりません。


奥海越から日名倉山までは整備された登山道で、最初と最後がやや急ですが、道があるので木に掴まる必要はありません。自然林は葉が落ちていましたが、きれいでした。ちょっとアセビの藪もありますが、柿の木があって実がたくさん付いていました。この付近の熊は食べ物に困っていないのでしょう。今年は兵庫県はどんぐりが豊作だそうです。実のついた柿の木もありました。日名倉山の山頂には祠と宍粟50名山と、雛倉山一等三角点(1047.09m)があります。北方面の展望は素晴らしく、後山から駒ノ尾山がきれいです。三室山も見えます。山頂近くに南側の展望の案内図があって「瀬戸内海を見渡せるほどの展望」とありますが、植林が伸びすぎて見えません。


下山は南斜面を降りることにしました。この付近は航空写真で見ると林道がたくさんあります。植林なら降りられると判断して、まずベルピール公園に向かって降りました。公園の鐘楼が見えてきたあたりで広い伐採地の上を南に横切りました(写真)。地形図にある破線道です。伐採地の端まで来ると道は終わりですが、すぐ先に林道がありました。東へ向かう林道です。そういえば奥海越から登って来る途中、山頂手前で南から林道が折り返していたので、これに繋がっているのかも知れません。しかし林道を頼りにしていると大回りになるので、少し歩いてから植林の斜面を降りました。この付近から標高差200mほどは尾根っぽいところを辿って植林を降りましたが、何回も林道に出会いました。都合良く林道が折り返しながら目指す方向に降りていく所もありましたが、基本的に林道には頼らずに降りました。標高750m付近の西の谷はネットで囲まれた伐採地でした。何度も林道を横切って降りていくと730m+ピークに出ました。ここにも林道がありましたが、植林を西に歩くと、ピークの南側を回って来た林道に出会いました。この林道は谷の西斜面を南に延びていたので、好都合と思って歩きましたが、すぐに終わってしまいました。ただ、仙道がその先にあったので歩いていくと、うまい具合に尾根に出てきました。この尾根は途中から自然林になって枝や倒木が邪魔でしたが、歩けないほどではなく、山崎智頭線四五鉄塔に着きました。この先は巡視路で降りられるかと思ったのですが、赤い「火の用心」の先は道がよくわからず、結局植林を降りました。急斜面になると、非常に急な林道に出ました。これを降りていくと最後はミツマタの藪になりましたが、それを避けて滝谷川沿いの林道に降りられました。林道から見上げるとミツマタの藪で、林道があるようには見えません。この付近には他にも林道の入口があり、ここへ出てくることも可能だったかもしれません。オートキャンプ場の入口には石の道標があって、滝谷川の方向は「ちくさ」になっているように読めました。奥海越は古い山越えの道だったのでしょう。


展望 ★★☆

藪山度 ★☆☆

地形図は「千草」です。